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刈田貞子君 それから、今までもそうであったように、これからも、例えば七年という経過を見ただけでも協力のあり方とか中身というのは、相手国の事情にもよるわけですけれども、必然的に変わっていかなければならないものがあるだろうというふうに思うんですね。
その一つの
考え方の例として、これは東南アジアの
関係に例をとって考えてみますと、東南アジア諸国で最近農業開発
計画の目標に大きな変化が見えてきているということが言われております。その一つの最たるものは、米、穀物を中心のいわゆる食糧増産重点型の農業から、つまり農村の住民が所得を上昇させなければならない、所得
確保をしていかなければならないという形への志向が出てきている。これは行った先で見せてもらいました。インドネシアの一九八四年から始めた第四次農業五カ年
計画、それからタイの一九八二年から一九八六年までの第五次五カ年
計画の中にうたわれている基本政策は、いわゆる農民の所得
確保ということがあるわけでありますね。タイなんかもマクロの立場から見れば非常に農業は進んできている、稲作も立派だ、それによって経済も喚起されている。だけれど、ローカルに行って農村を歩くと、一人一人の農民所得というのは実に厳しいものがあるという実態も見ました。そういうところへのまさに転換として、この新しい農業開発
計画というものをもたらしていくんだろうと思うんですね。
それと相まって、いわゆる経済基本
計画というようなものの中に輸出可能なものの増産、開発というようなことをうたっておりまして、先ほどの、農業
計画を再度つくり上げたタイ、インドネシア両国の現行の経済
計画の中にこれが盛り込まれております。そういたしますと、この輸出可能なものの増産、開発を主軸にした農業
計画の展開というようなものが出てきた場合に、これは非常に私どもとしても考えさせられる部分が出てくるのではなかろうかというふうに思います。
端的に申し上げまして、
日本の農業における協力援助というものも、今まで稲作中心のいわゆる技術・経済援助という形のものだけではなく、もっと広範なものへ技術援助の
要求が出てくるであろうというふうなものに対してどのような対応の仕方があるのかということが一点。
それから、技術開発が進み、そしていわゆる自前の産品がたくさん出てくる、そういうものに対する扱いまでも負わされる部分が出てくるのだろうかどうなのだろうか。いわゆる開発援助というのはそんなことまで考えてはならないのかどうなのかということもあると思います、本質的に。
例えば、昨日も話をいたしましたが、タイのトウモロコシの問題がありますね。これは
日本の技術で米のできない地域にトウモロコシを生産するということをもって、これを
日本の国内の畜産振興を図るために飼料として輸入するという形でこのトウモロコシはつくっているわけですね。最初そういう形でつくったのか、それとも、トウモロコシが大変上手に生産できるようになったから買わなければならない羽目になったのか、その辺の因果
関係は私よくわからないんですけれども、トウモロコシのテーマを考えながら私は一つそういう問題を考えた。
それからまた、米にしても、かんがい
事業をあれだけ応援をしました。そして品種改良も技術援助の形で、タイの自前の部分もありますけれども、いい部分が出てきているわけですね。それによって単収増産ということが現実に出てきているわけであります。結局、その米は
日本が大変一生懸命買っている。買っていますね、今タイ米を。そして食糧援助に使っているというふうなこと。あるいはまた、円借換でやっているエビの養殖の技術の問題、これも大変エビの生産が上手になった、そうしたら
日本は一生懸命タイからエビを買う、こういう形の問題。
言っていいか悪いかわからないんですけれども、いわゆるブーメラン
効果みたいな問題について、これからの協力の中でどう考えていったらよろしいのかということをお伺いしたいと思います。