○
参考人(
北川博敏君)
農産物の
価格変動を端的にあらわす言葉といたしましてピッグサイクルという言葉があります。これは、豚が高ければ
農家がたくさん豚を飼う、それが大きくなりましてたくさん
出荷されますと安くなる、だから安値が続きますと豚はやめる、そういうサイクルなんですが、
需要と
供給と農民心理を端的にあらわしていると思います。
このピッグサイクルは、
果樹農業にも当てはまります。昨年まで過剰で
暴落しておりました
温州ミカンは、
昭和三十年あるいは四十年代の前半の好景気のときに大増殖された結果であります。
昭和四十年代の前半に安値が続いた
リンゴが、四十三年の百十四万トンをピークにして減少になっておりましたが、再び百万トン台に入ってきております。海外でも同様であります。現在、カリフォルニアではレモンの過剰
生産で安値が続いております。これは、一九六四年に
日本が
自由化いたしまして景気がよくなって、そのとき増植したものが原因になっております。
果樹は永年作物でありまして、このサイクルの幅が非常に広く、十年あるいは二十年になります。一たび過剰
生産時代になり
価格の低落が始まりますと、
農家の困窮は非常に長いものになります。
果樹農業では、
長期の
需要に見合った
生産誘導が何よりも重要だと思います。
すべての
農産物は天候その他による豊凶があります。
果樹は豊凶の差が著しいという宿命を持っております。一年生の作物ですと、その年に終わりますが、
果樹の場合は何年も続きます。したがって、
長期の
生産誘導に加えまして短期の
需給調整が必要になります。短期の
需給の
調整をするものとしましては、
アメリカのマーケティングオーダーというものが有名です。これは、農務長官が任命しました
生産者、
出荷業者から成る
委員会で生食用の
出荷量を決めますと、全
生産者、全
出荷業者に対する農務長官の命令となるものであります。命令でありますから、違反すると処罰されます。我が国でも、
ミカンが
暴落しましたとき、日園連などが中心になりまして
出荷制限をたびたび試みましたが、商系の
人たちに対する規制がないもので実効が上がりませんでした。この
アメリカのマーケティングオーダーも同じようなことがありまして、全
生産者、全
出荷業者を規制するように構成されたものであります。しかし、現在このマーケティングオーダーを我が国に設けるのは種々の困難があり実際的ではないと思います。
まず、現在
アメリカでも非常に
消費者からの反対が問題になっております。
アメリカは、さきに申しましたとおりレモンが過剰
生産なのですが、スーパーなどへ行きますと非常に高く売られております。一例を申し上げますと、八一年、八二年度にカリフォルニアのレモンは八十五万五千トンの
生産がありましたが、その四三%の三十六万四千トンだけを生食用に
出荷しております。五七%の四十九万トンは
加工用に回ったわけです。マーケティングオーダーは生食用だけしか
出荷を認めないわけです。ですから、
加工用に回らざるを得なかった。このとき、
アメリカの場合は樹上
価格、
果樹園の上の
価格で
果樹の
価格をよくあらわすのですが、
加工用の場合は一キロ五十三円ぐらいになっております。ところが、
加工用にしたものは木の上の
価格でマイナス二十二円、つまりそれをとりまして
ジュース工場へ持っていくだけで赤字になっておるわけです。そういう
状態なんです。それを
消費者が知りますと、我々は高いレモンを無理やりに買わされているということになります。そういうふうに問題になりまして、それが続きますかどうか、いろいろ今もめております。そういうことがありますので、それよりも
出荷協議会や安定基金協会を強化し、商系の
人たちも含めて
出荷調節ができるようなそういう
工夫が要るだろうと思います。
昨年の十二月と本年の一月に、フロリダ、テキサスを大寒波が襲いまして、
かんきつはここ数年は
原料不足ぎみでございます。私、昨年の夏フロリダに行ってみましたが、約四万ヘクタールが枯れ木園になっております。その一部枯れ木園がこの一日の寒波で再び枯れまして、恐らく四万ヘクタールは枯死すると思います。しかし、ブラジルなどの中南米の大増植で、
長期的には過剰
生産ぎみであります。
昨年七月、国際柑橘学会がブラジルでありまして私も
出席いたしました。そこで
かんきつの経済についてのシンポジウムがあったんですが、将来の過剰
生産が非常に
心配されております。その過剰
生産のときどうするか。
オレンジの
ジュースその他、
オレンジを食べてない国はたくさんあるけれ
ども、そのような国は大抵金がない。現在、
オレンジを比較的食べなくて果汁も余り飲んでない
日本、ここには金がある。そういうわけで、
日本に
消費増を非常に期待しております。加えて、ミバエの防除に対する技術の進歩が進みまして、
日本に対する海外の
果実の輸出攻勢は強まる一方でございます。
日本の
果樹園、特に
リンゴあたりは、植物防疫法でコドリンガという害虫が
外国の
リンゴの
産地におるものですから、そういう法で守られているところもあるわけですが、防除法の技術が進みますとそれができなくなります。そういうことがありますので、
需給の
調整には
輸入果実も加えることが必要で、何らかの国境
調整が望ましいとは思いますが、この点につきましては、
国内外の諸情勢を踏まえて、広い視野に立つ政治的判断によるべきであろうと思います。
一方、
需要と
供給を安定させますことは、
果樹農業の活力を失わせ、小さくまとめてしまうという危険性があります。
果樹農業を発展させるためには、
消費の
拡大を図らねばなりません。現在、
果樹農業停滞の最大原因は
果物の
消費の減少であります。
昭和四十年代の好景気によりまして
日本人の
果物の
消費はどんどん伸びまして、
昭和四十八年、一人当たりの年間購入量は五十四・六キログラムまで伸びました。ところが、四十八年の後急落しまして、五十六年三十八・七キロ、実に一人当たり十五・九キロこの八年間に減っております。幸い、五十七年、五十八年は横ばいになっております。この十五・九キロに
日本人の人口を掛けますと、百九十万トンにもなります。一方、この十年間、
日本人の
消費支出が二・三倍になっております。このうち
食料の支出は二・〇倍、つまりエンゲル係数は減少の
傾向にあります。これはいたし方ないと思います。しかし、
果物への
消費支出は一・六倍です。わずか一・六倍にしかなっておりません。しかし、お菓子は二・二倍になっております。これは菓子業界がどんどん新製品をつくりましてじゃんじゃんテレビで宣伝をして、それに
果物が負けてしまったことによるものだろうと思います。
この結果、砂糖の過剰摂取をもたらし、国民、特に子供の健康は著しく損われていると思います。菓子も
果物も糖を含みます。しかし菓子は酸性食品です。体内でカルシウムを
消費します。最近、子供の骨が簡単に折れると言いますが、これはその一つの原因じゃないかと思います。私はその方の専門家ではありませんから余りはっきりしたことは言えませんが、その結果、子供の情緒が不安定になって、校内暴力あたりも菓子のとり過ぎだと言う人もあります。
果物はカルシウム、カリを多量に含みまして、これはアルカリ性食品であります。血管を補強する高血圧に有効な成分もあります。最近、最も恐れられているがんを予防する成分もたくさん含んでおります。そういうことで、
果物の
消費を伸ばすことは国民の福祉の上からも非常に望ましいことであります。
日本農業の弱点はたくさんあります。しかし、強いところはただ一つ、品質がよければ高い金を出して買ってくれるという一億二千万人の人口、それをすぐ横に持っている、そういうことだと思います。今後の
日本農業は、その強みを伸ばす方向に進むべきであります。
果樹園芸の発展は、まさにその方向でございます。
日本人ほど
果物を楽しむ国民はありません。結果といたしまして、
日本人ほど
果物を高い金を払って買う国民もありません。
果物屋さんというのがあるのも
日本だけです。一流の商店街に
果物屋があるのは
日本だけです。
日本人の
果物観というのは独特です。さきにも申しましたように、お菓子と
果物を同一視しています。
嗜好品と思っているわけです。贈答品にも使います。
果物を贈答に使うのは
日本人ぐらいです。大体、
外国人が
日本にやってきましてホテルに泊まりまして、立派な
果物屋があって高く売っている。これはうちの裏に生えている
オレンジも
日本へ持ってきて売れば高く売れるんじゃないかと、そういうふうに思うんですけれ
ども、非常に独特です。しかし、この狭い傾斜地で高い人件費をかけまして
果樹産業が成り立っているのは、
消費者が高い金を出して買って、喜んでいるわけです。それを楽しむんですね、そういう
日本人がいるからだろうと思います。
日本の
果樹農業の発展には、そういうすぐれた
果物をたくさんつくる、そういう一つの文化だろうと私は思うんですね。
日本人の
果物に対する文化だと思うんです。そういうものを育てるということも大事です。
しかし一方、これだけでは
日本人の
果物の
消費量は大きくはふえません。
果物の
消費量を増大するためには、欧米型の
果物観の導入が必要です。欧米では
果物は生活必需品です。現在、一番たくさん
果物を食べますのは地中海諸国の国です。そこは大体水質が悪い、水が飲めない、それで
果物をかじるわけです。非常に乾燥しております。大体
日本人の四倍ぐらいは食べているんですね。今、世界で
果物の
生産が一番多いのは
ブドウです。これはほとんど
ブドウ酒にされます。あれも、
ブドウの水をかめの中に置いておいたら発酵して酒になった、そういうところからできております。
それと、もう一つはやはり栄養です。カリフォルニアは、御存じのように
オレンジとかレモンの大きな
産地です。しかし、これはもともとカリフォルニアに砂金目当て、金鉱目当てに採掘にやってきまして、御存じのとおりカリフォルニアの夏は半沙漠です。そういうところをパンぐらい持って走り回っておりますから、ばたばた死んだんですね。これは壊血病です。しかし、それがたまたま、
オレンジあるいはレモンを持っていってそれをかじったら死ななかった。そういうことから、もちろんそのころは壊血病がビタミンCによるということがわからなかったんですけれ
ども、そういうことから、レモンあるいは
オレンジが一個一ドルの金貨と交換になったというんです。そういうことでばあっと植わったわけで、栄養ということを
外国人は非常に重要視しています。
こういう欧米型の
果物観の導入には、
果物が健康によいという教育とともに、安く
供給できる努力が必要であります。
日本型の
果物観に加えて欧米型の
果物観を持つようになりまして、我が国の
果樹園芸は大きく発展すると思います。
海外の
人たちは
日本人ほど高価な
果物は買いませんので、
果物の輸出は容易ではありません。
日本の自動車は
アメリカでは結構高いんですけれ
ども、すぐれているから買うわけです。ところが、
外国人は、
果物の場合は立派だからといってそう買いません。ですから容易ではありません。しかし、
日本の
果樹農家も、
輸入攻勢におびえるだけでなく、輸出によって
需要を伸ばすということも
考えるべきであります。
日本人に次いで
果物を喜ぶ、あるいは高い金を出して買いますのは東南アジアの
人たちであります。東南アジアの
人たちはお金持ちもたくさんおります。こういう
人たちは、落葉
果樹を非常に喜びます。特にナシですね。暑いときのナシは非常にいいものですね。こういう努力をすべきだろうと思います。
また、近年、
アメリカでも品質のよいものはかなり高く売れる
傾向があります。実は私、去年の夏カリフォルニアのサンキストに行きました、ちょっと話してくれと言うので。これで
アメリカは十回目になるけれ
ども、毎年来てみると、だんだんいい
果物は高い値段がついているじゃないかと言いましたら、サンキストもそのとおりだ、その
傾向があるということを言っておりましたけれ
ども、そういうことがありますので、
アメリカへの輸出も不可能ではありませんし、伸びると思います。そのためには、植防上の交渉あるいは
調整、輸送の
研究も必要であります。
この
法律で
需給を安定させることは、
日本の
果樹農業として非常に重要なことだろうと思います。しかし、その前提といたしまして
消費の
拡大が必要なことを、特に強調したいと思います。
以上です。