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柄谷道一君
防衛庁長官にお伺いします。
中曽根
総理は、三月十五日
予算委員会で、我が党の伊藤郁男委員の質問に対しまして、次のように答弁されております。「やはり一番大事なことは制空権のないところでは有力な
防衛行為はできないということであり」「その地域における航空優勢あるいは海上優勢、そういうようなものがないところでは列島
防衛を
担当している日本の場合では非常に難しくなる。一たん上げてしまったら、これはもう日本の
国民もおりますし非常に被害も出てきて混乱が起こるのでありまして、やはり上げないでやる、それが
防衛の第一義」でありますと。これは明らかに海空重視、洋上撃滅重視の姿勢を表明されたものと受けとめます。
他の委員からも
指摘されたところでございますが、私は、この
総理発言には次のような問題をはらんでいるのではないかと思います。
第一は、
防衛費の対GNP一%枠と正面装備との
関係であります。五十九年度
防衛白書によりますと、極東ソ連軍の作戦用航空機は二千二百二十機、それに対して航空自衛隊三百五十機、在極東米軍作戦用航空機五百八十機、両者を合わせた兵力は九百三十機でありまして、その差は千二百九十機。圧倒的に極東ソ連軍が優位にあります。航空自衛隊の第一線戦闘機であるF15Jは、一機当たり約百億円であります。千二百九十機を仮に
整備するといたしますと、約十三兆円、国家総
予算の約四分の一の経費を今後必要とするということになります。
また、海上勢力を比較いたしましても、同じ
防衛白書では極東ソ連海軍百七十万トン。これに対して、海上自衛隊二十四万二千トン、米第七艦隊七十万トンで、この兵力差は七十五万八千トン。これは現有海上自衛隊の約三倍の差がございます。しらね型護衛艦一隻当たりの建造費は約四百三十億円、艦艇建造費だけでも膨大な財政支出を必要とするということになります。
総理は国会でしばしば
防衛費の一%枠は守りたいと、こう答弁されております。また
防衛大綱の見直しは行わないと言明されております。その一方で海空優勢を保つために膨大な財政支出を必要とするという側面が
配慮されていないことは明らかに矛盾ではないかと思います。
第二は、航空優勢を確保することと航空基地の数との問題でございます。北方の航空自衛隊基地は、北海道・千歳、青森・三沢、宮城・松島の三カ所でございますが、一方沿海州に展開いたしております極東ソ連軍の航空基地は、軍事専門家の説によりますと、三十ないし四十あると言われております。有事の場合、相手の航空勢力を壊滅させるために航空基地を先制攻撃するというのは
世界の軍事常識でございます。三十ないし四十あります航空基地から飛び立った侵攻機が一斉に航空自衛隊の三基地を襲う可能性は当然予想しなければなりません。
一方、専守
防衛の
立場に立つ航空自衛隊は、先制攻撃を沿海州各地の基地に行うことは禁じられております。侵略があって初めて自衛行動と対応が許されているわけでございます。抗堪性が脆弱である、奇襲対処の方策も確立されていない日本において、ある程度有事の場合、自衛隊機の損害や破壊は予想しなければなりません。また航空機は直ちに補給できないという脆弱な側面を持っていることも
配慮しなければなりません。
総理がこのような諸点をどう考えて、航空優勢を強調しておられるのか全く不明であります。
第三は、航空優勢の確保と北海道の地政学的な不利な点でございます。
北海道はその周辺を沿海州、樺太、千島列島と三方面から囲まれておりまして、千島までは航空機で十数分で到達するという、いわば極東ソ連空軍のエアカバー内にすっぽり入っているという現実があります。
総理の発言は、このような地理的な特性の中で
我が国の
防衛を航空優勢に大きく依存するような
防衛姿勢が危険であるという
配慮がなされているとは思われないのであります。
第四は、
総理発言が
国民に幻想を抱かせ、
防衛意識を希薄にするおそれがないかということであります。
総理の洋上撃滅論は確かに
国民の耳には甘い言葉になって聞こえてまいります。かつて日本海海戦で北上するバルチック艦隊を対馬海峡で撃滅したように、はるか洋上で航空機と艦船で撃退するということは
国民にとって望ましいことであります。また第二次大戦で本土空襲、沖縄戦と国土での悲惨な戦争の体験を持つ
国民には本土での
防衛戦を忌避する感情が根強いことも事実であります。このような
現状から、
国民感情から見ますと、
総理の持論である海空重視、洋上撃滅論は
国民に幻想を抱かせるおそれもございます。
しかし、既に四点
指摘いたしましたように地理的特性、航空機、艦艇、基地の持つ脆弱性、さらには膨大な財政負担等から見まして、
総理の発想は決して現実的
政策と評価することはできませんし、みずからの国をみずからの責任と努力で守るという
防衛意識をかえって希薄にするおそれすらあると憂慮いたします。
私は、限られた
防衛費の中で
我が国の
安全保障を確保するためにはハード面、ソフト面の均衡を図ること、さらに陸、海、空
防衛のバランスのとれた
整備を図ることが
防衛政策の基本であろう。日本
防衛の要諦は、有事の場合侵攻してくる勢力をまず洋上で撃退し、それでもなおかつ侵攻する戦力には水際で要撃し、さらに沿岸、内陸と根強い戦力を
整備することが侵略を未然に防ぐいわゆる抑止力になるのではないか、このように考えるものでございます。
防衛庁長官のしかとした御見解をお承りいたしたい。