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参考人(宮里邦雄君)
弁護士の宮里でございます。
本日は、
労働者派遣法について
参考人として
意見を開陳する機会を与えていただきましたことについて感謝申し上げます。
労働者派遣法は、
雇用の場における戦後民主主義の原点と言われております
昭和二十二年制定の
職安法、これを抜本的に改正するものであります。
職安法四十四条によって禁止をされておりました
労働者供給事業から
労働者派遣事業を取り出して、これを制度として正式に認知しようという
法案であります。これまで
法律で、しかも罰則によって禁止されていた
事業、つまり刑罰法規によって禁止されていたわけですから、いわば法が反
社会的
事業とみなしていた
事業を一転して認めようとするのでありますから、これは
労働立法の重大な改定であり、
労働政策の一大転換であると思うわけであります。
御
承知のとおり、
職安法四十四条が
労働組合のほか
労働者供給事業を禁止した趣旨は、
中間搾取の排除、強制
労働の排除、
雇用形態の民主化ということであると言われておりますけれ
ども、私は、これを現代的な意味でとらえ直すならば、このような
職安法の指導理念は、人間の尊厳に値する
労働権の
保障、言いかえますならば公正な
労働基準の定立された人間の尊厳に値する
雇用の
保障、これがまさに
職安法の現代的な指導理念としてとらえられるべきであると思います。このような指導理念は、まさに
ILOの志向する指導理念でもありますし、
雇用にかかわる
労働立法や
労働行政の
基本に置かれるべきものであるということについては異論がないと私は信じます。
労働者派遣法の制定の是非、その
内容の当否を判断するに当たりまして、私はこのような
基本的
立場がぜひとも踏まえられなければならないと考えるのでございます。
このような点を踏まえまして、
労働者派遣法の制定による政策の大転換がもし支持し得る条件があるとすれば、私は次の二つだろうと思います。
その第一の条件とは何か。それは、
派遣事業は今日においてはもはや
社会的
実態として制度として容認してよいほど弊害の伴わないものになっているということが証明された場合であります。
派遣事業に伴う弊害については、私は先ほど
坂本参考人が述べられたところに賛成をしたいと思います。第二の条件は、
職安法四十四条による禁止方式に比べて、この
労働者派遣法がより有効に
派遣事業の弊害を排除する保証があるということであります。この二つの条件がいずれかが満たされたときに、初めて私は
労働者派遣法の制定の意義が肯定されると思います。
しかしながら、まず第一条件について申しますと、私は、
政府・
労働省は、
派遣事業、
派遣労働の
実態について十分
調査し、少なくともその弊害がなくなっていることを
国民の前に
国会の前に資料によって明らかにしていないと思います。
高梨先生のところにはダンボール十個の資料があるかもしれません。しかし、私
どもは見ておりません。
国会の先生方も恐らくごらんになっていないんだろうと思います。まず
実態が
国会の前に明らかになること、これが大前提ではないでしょうか。私がこの
法案について最も疑問として提起をしたい第一点でございます。そして、
立法の変更に当たって最も重要なのは、まずその変更の必要性、合理性、正当性を裏づける資料の存在、事実の存在ではないでしょうか。
次に、第二の条件について申します。これはまさにこの
法案の
内容の評価にかかわる問題でありまして、私は六点ばかり、私が主要な
問題点として認識するところを申し上げたいと思います。
第一の問題は、
派遣事業を認める対象について、極めて広いかつ不明確な業務基準を採用しているという点であります。職種や業種ではなく業務によって
規制しようというわけでありますが、四条一号、二号で定められている業務基準は、私は事実上無限定に近いと思います。このような基準では、あらゆる産業分野に
派遣事業が拡大される危険性をぬぐうことはできません。
第二の問題、これは私最も強調したい点でございますが、
登録型
派遣事業を認めているということなのであります。
登録型は
派遣事業の中でも最も弊害の多い
派遣事業とされてきたものでありまして、私はこれは実質上有料紹介
事業とも目すべきものであると思います。したがいまして、例えば先ほど
高梨先生がおっしゃられた
労働力需給システム研究会の
報告書においても、弊害があるとして
登録型は否定され、常時
雇用型のみ、しかも本
法案のような届け出制ではなく、許可制で認めるという
立場がとられているのであります。重ねて申し上げたいのでありますが、もしも
登録型と
常用雇用型の二つの併存を認めた場合、私は競争メリットの有利な
登録型が拡大をすることは間違いないと考えるわけであります。私は、このような
登録型すら認めているところに本
法案の持っている
基本的な性格が端的にあらわれていると思うのでありまして、
法案は
派遣事業を適正に
規制しようというのではなく、現に存在する
派遣事業を追認するのみか、さらに増大、拡大のきっかけを与えるものであると言わざるを得ないのであります。私は
政府案においてせめて
登録型ぐらいはきちっと否定するほどの良識が望まれたと思うのであります。
第三に、
派遣理由、
派遣期間について、本
法案は全く
規制していないのでございます。例えばこの点につきましては、フランスで一九八二年二月五日に制定をされたオールドナンス、大統領命令では、
派遣労働者について一時的理由に限定をしておりますし、また、
派遣期間についても原則として六カ月を超えることができないとしているのでありまして、これはまさに
派遣労働者が
常用労働者に代替をすることを防止しようとする政策に基づくものであります。残念ながら我が
法案にはこのような姿勢は全く見られないのでございます。
第四に、兼業禁止の
規定がないことであります。このことは
一般企業が容易に
派遣事業に進出できることを意味するのでありまして、既に新聞報道等で伝えられておりますように、金融機関や商社等が急成長産業と目して
派遣事業へ参入しつつあるのであります。このことは
一般企業の正規
雇用労働者が容易に
派遣労働者にかえられるということでもあります。
派遣事業の
法制化論は
昭和五十三年以降論議されてまいりましたけれ
ども、
法制化に賛成する
立場の方においても一貫して言われていた
基本的
立場がございます。それは、
企業が直接
労働者を雇い入れ、終身的な
雇用管理を行うという
我が国の
雇用慣行に
基本的に影響を与えないようにする、
派遣労働が
常用労働者に代替しないようにする、これが
法制定賛成論者の
基本的な
立場としていたところであります。
労働省も
衆議院でそのような御答弁をなさっておられます。
しかしながら、果たしてこのような
基本的
立場は
法案の中に見られるでしょうか。私はむしろ
法案はそれとは逆に、
登録型を容認していることといい、
派遣理由、期間について何らの制限もしていないことといい、兼業禁止をしていないことといい、むしろ
派遣労働者をたやすくつくり出し、
常用労働者への代替化を促す
仕組みを
法案は準備したのではないか、このように評価せざるを得ないものでありまして、これはこれまで
政府がとっていたはずの
雇用政策の根本的な転換を意味するのでありましょうか。私はそのように指摘したいと思います。
第五に、
派遣先の
使用者責任の問題であります。
法案では、
派遣先は
指揮命令権を持つかぎ括弧つきの
使用者として位置づけられ、
雇用者としての責任を否定されているわけでありまして、
労基法、
労働安全衛生法の適用も限定的でございます。
法案は、
労働力を利用しながら利用に伴う
使用者責任を免脱させるという
使用者をつくり出したわけでございます。実はこのような
使用者は、
企業にとって大変メリットのある、魅力のあるいわば安上がりの
使用者ではないでしょうか。このような安上がりの
使用者が合法的に許容されることによって
派遣事業、
派遣労働を生み出し、拡大させる構造がつくっていくのではないでしょうか。私は、
派遣先に対しても
使用者責任をとらせる
規制方法が講じられなければならないと思いますし、なかんずく
雇用関係が仮に否定されるにせよ、集団的
労使関係上の責任は
派遣先についても明確にすべきであると思います。
派遣先と
派遣労働者間における
労働組合法の適用、とりわけ
労組法七条の
団体交渉応諾責任、不当
労働行為責任の明確化は最低限の要請であるということを強調したいと思います。
六番目に申し上げたいのは、
中間搾取の
規制の問題であります。この点については何の
規制もございません。
派遣労働者保護において最も緊急の課題とも言うべき低
賃金構造にメスを入れることなくして一体
労働者保護のための
法案と言えるでありましょうか。
その他、本
法案においては、時間外
労働協定を
派遣元ではなく
派遣先と締結するとされていることの問題、
派遣労働者の不安定な地位の保護について実効的な
規制を欠いている問題等々多くの問題があることもつけ加えておきたいと思います。
時間の制約がございますので十分述べることができませんが、本
法案には、以上に指摘しましたように
派遣事業を許容する対象範囲の問題、
派遣事業の拡大に対する抑制措置の問題、
派遣労働者の
常用雇用への代替化に対する歯どめの問題、
常用労働者が
派遣労働者に転化していくことについての歯どめの問題、
中間搾取の
規制や
労働条件、地位等
派遣労働者の保護にかかわる問題等々検討を要する実に多くの
問題点が存在するのでございます。
衆議院の段階におきまして、本
法案については三年間で見直すという修正がなされました。このこと自体、本
法案に賛成をする
立場であっても、
法案に少なからざる
問題点があることを認識されているからではないでしょうか。私は、この種の
法案は、一たび成立するならば、そのもとで
派遣事業が拡大し、
派遣労働が大量に生まれるという既成事実が生まれた後に
法律の
見直しをすることは容易ではないと思います。
ここでぜひ
委員の皆さんに注意を喚起したい点が一つございます。今日
派遣がこのように拡大をした、社外工が拡大をした、この大きなきっかけをつくったのは一体何だったんでしょうか。これは実は
昭和二十七年の
職業安定法施行規則の改正なのであります。
昭和二十七年に、
労働者供給事業と請負
契約の認定基準を定めた
職安法施行規則を
労働省が変えた、このことが社外工をふやし、請負形態の
事業をふやしてきた、
派遣型の請負をふやしてきた原因であるということは今日定まっている評価ではないでしょうか。
八幡製鉄所八十年史というのがございます。この社史は、
昭和二十七年の職安規則の改正についてこう言っているのであります。戦後二十七年に至り、待望の
職安法が改定されたと述べているのであります。この待望という表現の中に、
職安法がいかに目の上のたんこぶであったかを如実に示しているのでございます。私は、今回の
労働者派遣法が、
派遣事業に乗り出そうとしている
企業、
派遣労働者を導入しようとしている
企業にとって、後に、
昭和六十年に待望の
労働者派遣法が制定されたと言われるのではないかと危惧するものであります。
当院におかれまして、以上の
問題点について十分な
審議を尽くされ、
法案の成立を急がれることなく、慎重な
審議を尽くし、抜本的な再検討を要望して要見の開陳を終わります。ありがとうございました。