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参考人(石坂誠一君) 石坂でございます。本日、この小
委員会にお招きいただきまして
意見を述べさせていただく機会を与えていただきまして本当にありがとうございます。
それにもかかわらず、私、実はちょっと誤解をしておりまして、こういうフォーマルな会合と思っておらなかったものですから、お手元に差し上げた資料、大変体裁の悪い、また読み直しますと
若干ミスプリントもあるようなものをお渡ししまして恐縮に存じておるわけでございます。
きょうは三十分ほどということでございますので、要点だけ申し上げてみたいと思いますが、きょうお話ししたい要点というのは、
日本の
技術は大変進歩してきたと、国際的な
レベルを超えるものも出てきたと、しかしその結果としていろいろなことが起こってきている、例えば貿易黒字の問題なんかはその
一つの例ではないだろうか、そして少しでも問題を解決するために
技術として何か考える方法がないだろうかということで、
技術者としての友好
関係の維持とか、あるいは内需拡大と
技術の
問題点というようなことをお話し申し上げ、よく考えてみると、
日本の
技術はどうも根のない、非常にきれいな切り花のような感じがするということをちょっと表や図を使って御説明し、最後に官庁の
役割というようなものをひとつ考えてみたい。なお、
アメリカは大変科学
技術に対して努力しているというようなことをまとめてお話をしたいと思います。
さて、
日本の
技術進歩が非常に速いということを申し上げましたのですが、人により立場によりまして皆さんいろいろなことをおっしゃるわけでございます。したがいまして、専門でない方の一部では、一体
日本の
技術というのは本当のところどうなんだろうかというような、そういう御質問がよく出てまいるのでございます。それを私なりに整理してみたいと思うのです。
考えてみますと、製造業の方にその会社でつくっている
技術の
レベルはどうなのかと、こういうように聞きますと、当然うちの製品はそれは
世界で最もいいんだと、こういう答えが返ってくることに決まっていると思うんですね。それからマスコミの方はどういう
対応をしているかといいますと、どっちかというと、やはり読者がどう読むかというそういう感じを非常に強く前提条件として持っておりますから、やはり書いたものがアピールするような書き方がなされるのじゃないか。したがって、私ども若干心配しているのは、少しその記事がゆがめられている点はないだろうか、全部が全部じゃありませんが、一部非常に過大に書かれているところがないだろうかというようなことをちょっと心配しているわけでございます。そういう
意味でもう少し客観的に見るために、例えば
アメリカで
日本の
技術をオフィシャルにどう見ているかというようなことは大変
参考になると思うのでございます。
実はお手元にお配りしたかと思いますが、「
日本の
先端技術の国際的位置」という表題で講演をいたしましたのが東京談話室からプリントになって出ております。実はその二ページあたりのところをちょっとごらんになりますと、具体的な比較論としまして
アメリカの商務省が一九八三年二月に出版しております報告書の引用が出ております。表題は「米国の
ハイテクノロジー産業における競争力についてのアセスメント」ということになっております。四段目にございますように幾つかの例が挙がっておるわけですが、飛行機はどうか。これは実は
日本はもう名前も出てこない
程度でございまして、多少
ヨーロッパの飛行機、例えばエアバス等を対抗意識として挙げているという
程度でございます。
それからスペース、これにつきましては、フランスがアリアンロケットを
国際協力で
開発しておるわけでございますが、
アメリカ側から見れば、これはもう二十年も前の
技術をやっているなという印象のようでございまして、
日本もぼつぼつ研究しておるからいずれはという感じで報告書に載っておるのでございます。
そこで、きょう申し上げたいコンピューターでございますが、コンピューターにつきましては、ハードウェアも
ソフトウェアも、つまり電算機本体も、それから電算機をどう使うかというような問題も含めまして
アメリカは優位に立っているという見方をしております。ただそのギャップは縮まっておるということでございまして、特に
日本とのギャップが縮まっておるというように書いてございます。特に大型の計算機本体につきましては
日本の製品はよくなっておりますし、新しいディスク、円盤のような形をした記憶装置が使われるようになっておりますけれども、そういったものの勉強をよくしておるということが書いてございます。
それから半導体でございますが、これは計算機の一番心臓部に当たる大事なものでございますが、ある一部の製品については
日本は非常に強くなっておると、しかし依然として
アメリカはその他の部門、大部分の分野においてまだ力を持っているように書いてあるわけでございます。
それから光ファイバーが出ておりますが、光ファイバーというのは、これを通信に使ったり、あるいは計測制御なんかに使ったり、これからの期待が非常に大きい分でございますが、これにつきましては光を出す部分、それから伝える部分、それから受ける部分と、こう三つに分けて議論しておるのですが、光を出す部分については、その周辺
機器を含めて
日本の力が非常に強いんだということが述べてございます。
それから、今マスコミをにぎわしておりますバイオテクノロジーでございますが、これについては、バイオテクノロジーの基本的な問題でございます遺伝子をある一部分切り取って、そこへ別の遺伝子を組み入れるというような、そういう組みかえDNAの
技術というものについては
アメリカは大変リードをしておるし、細胞培養
技術等も
アメリカは進んでおると、こういうように言っております。ただ、
アメリカが心配しておりますのは、
日本が持っておる発酵の
技術でございまして、これはみそ、しょうゆの類から
日本の発酵
技術というものは非常に進んできているわけでございます。そういう
技術を背景にして新しいバイオテクノロジーがこの分野に溶け込んだような形で
日本が強くなるんじゃないだろうかということを心配しておるわけでございます。
あと医薬品は飛ばしまして、四ページあたりにはロボッティクス、つまりロボット
技術が書いてございます。これにつきましては、とにかく工業用のロボットは
日本が圧倒的に強いんだというように言っておりますが、ただ、この報告におきましては比較的
日本の優位を高く評価しておりますけれども、実際に最近
アメリカに行った方の話などを伺いますと、ロボット自体は
日本のロボットを買っても、それをどう使うかということについては
アメリカは非常に熱心だし、これについては相当の力があるというように私は話を聞いておるわけでございます。
ちょっとくどく若干御説明を申し上げましたけれども、そんなようなわけで、
アメリカは
日本に対して一部の分野については若干警戒的である、しかし、まだまだ
アメリカが強い部分がたくさんあるんだという見方をしているわけです。
一まとめにいたしまして、私が
日本の
技術をどう評価しているかということをつけ加えさしていただきますと、
日本の
技術は大量
生産技術において
世界に誇るものがあると、これは一種の大きな
技術革新をもたらした根源であるというように考えております。そしてそれを支えておるものは高度の品質管理であり、そして工程管理を極度に合理化することによって
生産性を向上しておるというように見られるかと思います。したがいまして、大量
生産をされるものについては
日本の
技術は非常に強いんだけれども、比較的少量の
生産しかできない、つまり、余り売れないようなものについてはどうも
日本はそんなに強い力を持っているとは思われないのでございます。
さて、こういったことを背景にしまして
日本の大量
生産されたものが
世界各地で非常に売れるようになったわけでございます。これは
一つは、
日本の消費者の目というものが非常に厳しいということがこういう結果を生んだのではなかろうか。つまり、メーカー側から見れば、消費者の目が厳しければ消費者の要求にこたえてより高度の
技術でよりいい物をつくっていかなきゃならない、こういうことになろうかと思います。それから、
一つのこれは
日本的なものとして、非常に発注をする人が強いということでございます。例えば、中
間原料をある会社に納めようとした場合に、買う会社の方は非常に厳しい仕様を言いまして納入する会社の競争を促す、そういうことが極めて厳しく
日本では行われておるというような背景があろうかと思います。そういうような背景の中で
日本のいわゆる民需
産業というものが育っておりますから、これはいろんな開放をいたしましても、
日本に物を売り込む側から見ると大変厳しい状態ではないだろうかというように思うのでございます。
特に
アメリカの
技術は、総体的に見ますと、全部を一まとめにして見ますと、非常に強大な
技術力を持っておるわけでございますが、その強大な
技術力の相当の部分が国防省だとかNASAの
技術を
発展させるために費やされているというように私は見ております。例えば、ことし審議されております一九八六年の
アメリカの予算等を見ますと、十兆円に近い金が国防省とNASAに回っておるわけでございまして、これは
日本の民間が使っているお金の倍でございます。ということは、それを消化するために大変なマンパワーが要るということでございまして、大勢の
技術者がそちらに引きつけられる、特にそういうところの仕事は、何か非常に高性能のものをお金に構わずつくらしてもらえるということもございますので、そちらに引きずられる。したがって、ごく地味な高いものをつくったら売れないよというような民需
産業に若干
技術的な問題が起こっているのではないだろうかというように私は推察をしておるわけでございます。したがいまして、大きな
日本の貿易の黒字というものはそう容易に解決できないんじゃないだろうかというように
技術的には見られると私は思うのでございます。
さて、しかしそんなことでは済まないわけでございますから、
技術者もそういう国際的ないろいろな摩擦を緩和するために努力をしていかなきゃならない。そのために二つをちょっと考えておるわけです。
一つは、やはり友好
関係を維持するために国際交流というものができるだけスムーズにいくように仕組みも考え、若干お金も出していくということでございます。これはMITから
日本の
電子技術総合研究所に留学しておりましたある女性の研究員が私に申しましたんですが、MITでは九十人の
日本人スタッフが働いている、そのうち九名は教授のような非常にハイ
レベルの方である、電総研に来た
アメリカ人が果たして一人としてハイ
レベルにいるだろうか、これはアンバランスじゃないだろうかと。その後で彼女が言うには、非常にいい二人の友達がいた場合に、ある日Aという人がBという人に何か贈り物をする、今度はそのBという人がその後で、普通だったら同じような額の物をお返しするのが当然じゃないのと、もしそれをしなかったら、Aという人とBという人の間には、そこに何かやはりわだかまりができるんじゃないのというような
意味のことを言っておりました。これは大変正直な
意見ではないだろうかと。そういうことを考えますと、
技術屋としても個別的なつき合いを含めて何らか考えることが多いんではないだろうかと思うわけでございます。特に、人材交流というようなことにつきましては国としても大いに考えていただかなければならないと思うのでございます。
もう
一つの問題は、外に輸出するだけでなくて、何か内需拡大ということをやっていかなきゃならないと思うんですが、
技術屋仲間でこういった問題もしばしば議論をしております。その結果を、大変格好よく言っておりますが、例えばフローからストックの時代が来ているんじゃないか、あるいはハードから
ソフトに頭を転換しなきゃいけないというようなことを言っております。かみ砕いて申しますと、どうも消費財ばかりやっているようなことではぐあいが悪いので、長い世代にわたって財産として残るようなもの、そうでなくてもかなり長くもつようなものに頭を切りかえたらどうなんだろうかと。そうすると、そういうものを建設するためにいろいろな
技術を育てていかなければいけないということになります。
具体的な例で申しますと、今NTTが
INS構想というものを出しております。これは非常に新しい通信の仕組みを全国的につくろうという非常に意欲的なプランだと思うんですけれども、こういうものが完成して、もし単位当たりの通信料の値段が安くなるとすれば、それを使っていろいろな仕事ができますし、個人も大いにそういうものを使うようになるでしょう。ということは、それを
中心に非常にいろいろな回転が起こるわけですね。
経済の
展開が非常に速く行われる
可能性がある。単に光ファイバーをつくる
技術だけがその恩恵を受けるというわけではないと思うんです。
ただ問題は、こういう
INSという新しい通信網をいかに安くつくるか、つまり、通信をする費用を安くするために
INSという
情報網をどうやってつくるか、あるいはNTTの競争会社がいかに安くそれに対抗して仕組みをつくり上げるかというようなところに問題があろうかと思います。つまり、
技術にゆだねられる部分が非常に多いと、こういうように考えるのでございます。
同時に、今私どもが議論しているものの中にメンテナンス
技術ということがございます。例えば、橋をつくっても絶えず塗っていかなきゃならない、ペンキを塗るための値段というものは大変なものでございます。高速の鉄道を敷きましても、バラストを
機械でレールの下に押し込めるというようなそういう
労働集約的な仕事がまだ残っておりますが、そういうものがなくても済むような鉄道の敷き方はないだろうかと、そういうようなのが
一つの例でございます。事実そういう研究は今行われているわけですし、一部実用化されているわけですが、そういうものに代表されるようにメンテナンスを少なくする、あるいはメンテナンスを安くするというそういう
技術を今後大いに
開発していかなければいけないだろうと思います。もちろん、電算機のようなハードのものをつくるということだけじゃなくて、それをどう使うかという問題、あるいは電算機をつくるにしても頭脳的な作業が非常にたくさん含まれますから、そういうところを積み上げた財産として将来に残していかなきゃならない、これがハードから
ソフト志向と、そういう表現になるわけですが、御案内のとおり、
日本は
ソフトウェアが非常に弱いわけでございます。そういうことを考えますと、これから
ソフトの
発展のために国民的な努力が必要であろうかと思うのでございます。
こういう
状況に今来ておるわけでございますが、もう
一つ非常にメンタルなことがあるかと思うのです。私ども、また時に応じまして
アメリカ人だとかあるいは
ヨーロッパの人と会うことがございますが、時々びっくりするような発言を聞くのでございます。例えば
ヨーロッパへ行きますと、非常に有名な会社の社長が、
日本はかつて自分のところのカメラをまねしてとうとう市場を乗っ取ったというようなこと言ったり、あるいは
日本のロボットは、今少なくとも工業用のロボットというのは非常に進歩しておりますが、その発明者などは、
日本は
アメリカで
開発されたロボットを模倣したというようなことを、我々の方から見ますとびっくりするような表現でおっしゃるわけでございます。そういうようなことを考えますと、やはり
日本の
技術にまだ反省すべき点が多々あるわけでございまして、特にその
一つは、先ほども申しましたように、切り花のような非常に見事に咲いているけれども根がないというような
技術では困るわけでございます。やはり種をまいて、それが育ってくるというような
技術にしなければ本物ではない。外から見ますと、おれたちに倣ってうまくやりやがったなあというような感じになってしまう。よく借り物
技術というようなことも言われたり、あるいは生むのは下手だけれども育てるのはばかに上手だなあとか皮肉を言われるわけでございます。
その辺、資料の番号もよく打たずに大変申しわけなかったんですけれども、お手元に何枚か行っておりますでしょうか。例えばノーベル賞の数なんかを見ますと、
日本は大変少ないわけでございます。フィールズ賞という数学の賞なんかも大変
少ない、情けない状態でございます。
それから、表の2というのをごらんになりますと、研究論文の収録数としてSCIというものに載りました数なんかを見ますと、米国だけではなくイギリス、ソ連、西独に劣っている。化学の分野だけで議論いたしますと、CASという、これはコンピューターにも入っている非常な蓄積ですが、それに記載されたものだけ見ますと三位になっておりますが、いずれにしてもどうももう少し
日本は基礎分野において
世界的な貢献があっていいんじゃなかろうか、その辺が弱い。
それから、表の3あたりをごらんになりますと、表の3には
技術貿易の収支が載っております。例えば五十八年、一番左側の欄の一番下、五十八年度の新規の
技術輸出は七百四十九億円という数字になっておりますが、これは輸入額に比べてかなり大きいわけで、一・七七という数字になっている。これだけ見ますと、
日本は新しい
技術輸出をする、あるいは新しく
技術輸入をするという分だけで議論しますと、かなり
日本は
技術を輸出する国になってきたわけでございます。しかし、従来までのものを加算いたしますと、従来大変たくさんの
技術を買っておりますので、その右にありますようにその比が〇・八六というような数字が上がっております。一になりますと貿易の収支がちょうど同じだということでございまして、これが一より小さいということはまだ輸入が多いということです。しかし、これだけ見ますと大体一に近いので問題はないように思われますが、その右をごらんになりますと、これは対米、
アメリカを対象にして
技術収支をとってみますと、今、比で言いました新しいものをとっても〇・三四、古いものを合わせますと〇・二八にしかすぎないのでございます。
ヨーロッパをとりましてもこの値は非常に小さい値になるわけです。ということは、
日本の
技術は大変派手に見えるけれども
技術輸入に依存しているものがいまだにあると。では、おかしいじゃないか、なぜ新規のものは輸出が多くなっているのという御疑念も出るかと思いますが、これはその分
ヨーロッパや
アメリカを除いた国に
技術が輸出されているということでございます。先進国から
技術を輸入して
発展途上国にその
技術を出しておるというのが
日本の姿であろうというように言えるかと思います。
もう
一つ、ちょっと次のページに四つほど表だとか図が載っておるのをごらんいただきますと、図の1、一番左の上のところにちょっと見にくいかもしれませんが、「我が国の
技術水準」というのが載っております。これは企業の方に
日本の
技術水準をどう思うかという質問をした答えでございます。基礎研究についてどう思うかと、こう問いますと、何と驚いたことに八六・八%の人はほかの国に劣っていると、〇・八%の人だけがほかの国より優位にあるというように答えられたのでございます。一方、
開発という点で同じような質問をいたしますと、六三・五%の人が優位に立っておると答え、そして同等というものを含めまして九九・二%、つまり先ほど言いました〇・八%の人が劣っていると答えたのでございます。これは大変対象的なおもしろい結果だと思うんでございますが、とにかく
開発には大変自信を持っている。にもかかわらず基礎研究にはてんで自信がないというのが
日本の
技術者の見方でございます。
そういう
状況でございますので、これから政府もその責任を担って少しでもこの
状況を改善する必要があるんじゃないかというように思うわけでございます。特に、新製品として出すまでに
開発作業をやるわけですが、その
開発作業自体は大部分の場合民間で行われます。民間で勉強する部分、民間がやらなければならない部分についてはその責めを民間は果たしているわけです。しかし、基礎研究というようなものはどっちかといいますと民間企業ではなかなかやりにくい分野でございます。何となれば、基礎研究をやり上げましても、その成果というものは利潤に直接つながる機会が少ないわけでございまして、それどころか、基礎研究の場合は一般に邦文の形で公開されますから、Aという社が幾らお金をかけて基礎研究いたしましても、その効果というものはB社、C社にも同じように使われると、極端に言いますとそういうことになるわけです。ですから利潤につながらない。そういう
意味で当然この基礎研究は官庁に責任のある分野であろうというように感ずるわけでございます。
そういうように見ますと実は大変情けない状態になっているわけでございまして、今八六年度の米国議会が審議している予算で申し上げますと実に七七・一億ドル、約二兆円、もうちょっと正確に言いますと一・九兆円に近いものが基礎研究のために計上されております。
日本は御案内のとおり、科学
技術予算全部合わしても一・五兆円とか一・六兆円、そのオーダーでございますから、それ以上の金を基礎研究につぎ込んでおる。これは大変な違いでございます。ちなみに
日本の基礎研究はどのくらい政府によって支持されているかということを計算しますと、これはちょっと難しいのでございますが、まあ
アメリカの四分の一あるいは場合によっては五分の一
程度でございます。ちょっと同じように計算するのは難しいのではっきりは申し上げられませんけれども、大体四分の一ないし五分の一しか
日本の政府は基礎研究に投下していないと私は思うのでございます。
それから、時間が過ぎましたので少し急いで申し上げますが、例えば基礎研究の結果いろいろなデータが出ますけれども、これを集約して、そしてこれを使う人にいかに使いやすい形で
情報として流すかということが今非常に問題になっておるわけですが、そういった仕組みが外国に比べて
日本は大変劣っておる。あるいは材料試験センターというようなものも
日本は十分ございません。そういう研究のインフラストラクチャーとも言うべき部分が
日本は非常に不足しているというように思います。
それから、こういった部分でもう少し具体的な問題といたしまして、都道府県だとか国はいろんな研究所を持っておるわけですから、こういったものをもう少し有効に使えないかというお話がよく出てまいります。これにつきまして実は問題が多々あるんでございまして、一言申し上げますと、どうも例えば国の研究所の
役割論というものが十分公開の席上でやられていない。これは行革審等でも議論が今行われているようでございますが、もう少し公開された形で十分討論をする必要がある。と申しますのは、国の研究所はどちらかといいますと、行政目的を遂行するだけのためにつくられておるわけです。例えば通産省に属する研究所で申しますと、じゃ行政目的とは何ぞやというようなふうに考えますと、標準の維持だとかあるいは地質
調査だとかというようなものを実施する、これはもう当然でございます。それから外国といろいろおつき合いしなきゃいけない、
発展途上国を援助しなきゃいけない、
技術的にいろいろ援助しなきゃいけない、あるいは先進国とも研究協力をしてお互いにいろんなメリットを享受していかなきゃならない、そういうような目的でこの研究所は貢献をしていただかなければなりません。それからまた、国としてはこういう問題に非常にお金がかかるし、リスクが多くて民間に任せておいてはできないような分野については、ぜひ民間にお金を回しても大きな計画を立てていかなければなりませんが、そういったものの面倒を見るのはだれがやるかと申しますと、国の研究機関がいわば幹事になって世話をしていかなきゃならない、そういうようなこともございます。あるいは
中小企業がいろいろ新しい
技術の
展開におくれをとるというようなことを心配しておりまして、それなりに努力はされておるわけですが、そのままほうっておきますと
技術の
発展に立ちおくれてしまう。そういった場合に国の研究所を活用して、
技術指導というふうな形でもよろしいし、共同研究というようなものでもぜひ国の研究所に貢献をしてもらわなければならないということになろうかと思います。
ただ、そういうようないろいろな国の研究の行政目的にかなう仕事のほかに、今外から期待されているものは基礎研究をしっかりやってくれと、
こういうことでございます。実は従来までの国の研究所、私どもが若いころあるいは第一線で活躍していたころの仕事を思い起こしてみますと、
アメリカなり
ヨーロッパからいち早く
情報をとって、そしてそれを
ベースとしてある
程度の仕事を仕上げますと、そうすると民間の方は喜んでその
情報をとって使っていただけたわけです。しかし、今やそういうことはできないわけですね、民間の企業の研究
開発力が非常に強くなりましたから、あるいは
情報量がむしろ国の研究所よりもたくさんございます。ですからそういう次元では国の研究所はもう機能できないわけです。したがって、国の研究所の責任というものはもっと基礎的な仕事をしっかりやってくれと、こういうことでございます。
これは大学も同じでございます。もう少し別の言葉でいいますと、
日本の大学は国立の研究所のケースが非常に多いわけでございます。有名校というのは国立の研究所の場合が多い。そうしますと、国の研究所と同じようないろいろな
社会的な制約とか、あるいは法制的な制約とかいうようなものがございます。これを若干でも緩めるために努力が積まれてはおるんでございますが、もう一段と努力が必要ではなかろうかと、こういうように感ずるわけでございます。
時間がなくなりましたのでこれでやめますけれども、実は
日本もうかうかしておられません。
アメリカは物すごい勢いで今研究
開発の努力を始めました。先ほども申しましたが、審議中の予算に盛ってあります研究
開発費は、二百五十円のレートで換算しますと大体十四兆近い金が研究
開発費として計上されておる。そうすると
日本の九倍でございます。そういう状態で、異常とも思われるほどにこの研究
開発に力を入れている
アメリカに置いてきぼりを食わないようにするためには、
日本はこれからまた格段の努力が必要ではないか。せっかくいいところまで来たんですけれども、これからまた追い抜かれて引き離されてしまわないように努力が必要ではないかと、こういうように思うわけでございます。
どうも時間を超過いたしましたけれども、一応このくらいでやめておきます。