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宮崎参考人 初めに、いわば
序論といたしまして、
農業者年金制度のいわゆる
政策年金としての効果の
実績判断に関しまして、日ごろ強く感じておりますことについて
一言申し上げます。
例えば、
経営移譲というものが書類上のものにとどまって
実質が伴わないような場合が少なからずあるのではないか、こういう疑問が出ているようであります。すなわち、
経営移譲の相手方の九〇%は
後継者であります。そしてまた、
農地に関する
権利の約七〇%は、
所有権移転ではなくて
使用収益権の
設定になっております。この
使用収益権の大
部分は実は
無償の
貸借、正式には
使用貸借と申しますが、
無償の
貸借になっているのが
実態のようであります。このような状態でありますので、
後継者が取得する
権利が大変弱い
権利になっております。そこで、そのことが
経営移譲を名
目的なものにとどまらしめ、
実質が伴わないものにしてしまった
一つの原因ではないかと思われております。
それでは、なぜ
経営移譲の際に
使用貸借、
無償貸借が多いのかといいますと、実はこれは、
税務行政上、もし
賃貸借にいたしますと、
耕作権の
無償設定となって
耕作権の
価格に対する
贈与税課税の問題が発生するとか、
経営移譲のためのものであっても、その後に親が死亡した場合、もし親が子に
賃貸借をしておりますと子が
相続税の
納税猶予の特例を受けられないのではないか、こういったふうなことが
税務行政上出ておりまして、そこで
農林行政ないしは
農業団体実務の方が、このような
税務行政上の方針に、いわば歩調を合わせてといいますか妥協をなさっておられるようでございます。したがって、
賃借権の
設定を指導するということを意識的に控えておられるのではないかと私には思われるわけでございます。
このようにして親子間の
賃貸借の実行がかなり抑制されておりますので、どうしても
経営移譲に
実体が伴わないことになってしまうのではないだろうか。そこで、この
経営移譲に
実体を伴わせるためには、いわゆる
家族協定あるいは
父子契約というふうなものを積極的に導入して、それによって
経営移譲に
実体を持たせなければならないと思うわけでございます。しかし、この辺もまた
税法ないし
税務行政の
現実にかなり引きずられてそれが
実現できない、こういう要素があるように思うのです。要するに、
一言で申しますと、現在まで
農業者年金の
経営移譲が必ずしも
実体を伴っていないのではないか、このような批判があるように思います。
事実としてはそういう状態もあるかと思いますが、そのことの
責任は、現在の
農業者年金基金法が悪い、あるいはその
農業者年金基金のもとにおける
実務が悪い、あるいは
農家が悪いのだ、こういうふうに
年金法なりその
実務なり
農家ばかりについて厳しくその
責任を追及する、こういうことは的外れであろうと思います。むしろ、
税務行政がもう少し
農林行政に歩調を合わせてくれたならばよかったのではないか、こういうことをつくづく感じておる次第でございます。
以上を
序論として、では次に、今回の
改正案に関して、私のこれまでの
研究分野に関するものについてのみ卑見を申し上げさせていただきます。
私の
研究分野は
農業関係の
法律学でございまして、
保険論とか
農政一般ではないものですので、私が申し上げます点は次の二点に絞られますことをお許しいただきたいと存じます。
第一点は、
改正法案の第四十四条でございます。つまり、
経営移譲年金の
年金額につきまして、
経営移譲がいわゆる
特定譲受者に対するものである場合とそうでない場合、そうでない場合といいますと代表的なものはいわゆる
サラリーマン後継者、
被用者年金加入の
後継者でございますが、このような者に対するものの場合とで、
経営を
移譲した親がもらう
年金額に差をつける、こういう案でございます。
このことに関しまして、これをもっともなりとする御
意見もあるかとも思いますが、私はなお多大の疑問を持っております。それは、
後継者が
農業者年金の非
加入者になるあるいは
農業に常時従事しなくなる、このことにつきましては、一体だれの
責任か。もちろん
経営移譲をした親の
責任ではございません、また、
後継者本人が特に
責任を負うべき事柄でもないと思います。じゃ、それはだれの
責任かといいますと、むしろ
経済高度成長政策の当然の帰結でございます。
経済高度成長がむしろ
農業者年金加入資格ある
経営主の
後継者を
被用者年金加入者にしてしまう、もしくは
農業常時
従事者ではなくする、そういうことによってまさにその
目的が、その
目的と申しますのは
高度成長の
目的が達成されたわけでございます。
そこで、
農業者年金加入の
経営主の大
部分の方にとっては、
農業者年金制度というものは
自分の
後継者が
農業常時
従事者ではなくなったときに、そのときに
自分が老境に達するわけでありますが、このときに
自分たちを助けてくれる
制度である、まさにこういう
認識を持っていたはずでございます。したがって、
経営移譲者の大
部分、少なくとも過半数の者にとって、
自分の
後継者に
移譲したのでは
年金額に
加算が受けられない。これは
加算というよりもむしろ
現実の意識としては減額されるということになると思うのですが、
法律の条文上では
加算が受けられない、こういうことになるわけです。これは彼らの当然の
期待に対して
相当の
ショックを与えることであろうと存じます。
このような私の
意見に対して、
本案をそのまま是認するお
立場の方からは、
経営移譲者が
加算を受けたければ、
年金をいわばフルに受けたければ、
後継者ではなくて
特定譲受者であるところの
第三者に譲渡すればよいわけだし、しかもその
方法は、何も
所有権を移転する必要はない、十年間の
使用収益権の
設定、もっともこの場合の
使用収益権というのはほとんどが
賃借権、
使用貸借ではなくて
賃借権になると思いますが、
賃借権の
設定でよろしいわけであります。したがって、
経営移譲者にとって与える
ショックというものは無視し得る
程度である、こういったふうなことかと思います。
そのような御
意見に対して、なお私は疑問を持っております。それは、山村、農山村もしくは離島、こういったふうな地域をとってみますと、
現実に
特定譲受者に該当する者はほとんどいない場合があるようでございます。そこで、そういう場合には
年金基金なり
農地保有合理化法人なりあるいは農協、場合によっては
市町村、こういうものが
使用収益権の
設定を受けておけばそれで
年金はフルにもらえるんだからいいではないか、こういう御
意見かと思いますが、しかし、これらの
法人が
経営移譲として
賃貸借によって
賃借権の
設定を受けましても、これらの
法人が
現実に
農業を
経営するわけではございませんので、結局これらの
法人は
現実に
農業を
経営する
特定譲受者などに転貸しなければならないわけです。ところがその
希望者がいない。転貸して
農業をやる人がいない。とすれば、
実態としては
農地の高度利用には結びつかないわけでございます。
さらに、感情論だと言われるかもしれませんが、高齢農民の感情として、
後継者が仮にパートタイムでありましても、とにかく在村し、そして
農業に従事しているという場合には、こういったふうな基金とか
農地保有合理化法人とかいったいわゆるお役所的な
第三者に
経営移譲をすることについては、そのための
方法が十年の
賃貸借でよい、かつまたいわゆる自留地が十アール残せるということがありましても、なおかなりの抵抗感が残るのはやむを得ないだろうと思います。
この点は単なる感情論だけではございませんで、
法律的にもある
程度の理由があることでございます。それは、その後その
後継者がもし
農業常時従事を希望するようになった場合にどうなるかということでございます。その場合に、
第三者に賃貸中はその
農地はもちろん使えないわけです。のみならず、
農地取得
資格に関しても、
農地法の最低面積制限五十アール、この要件に抵触してしまいまして、ほかの人から
農地を追加取得することもかなり困難になるだろうと思います。それやこれやで、やはりこのような感情論というものも無視できないものがあると思います。
以上のような次第で、
本案のこの
部分につきましては、
農業者年金加入者で
経営移譲時期が近づいた者の大多数の者の現況に適合しないので、非常に疑問があると思います。
あるいは反論として、
特定譲受者への譲渡についての
加算と同額の
年金を、
特定譲受者ではない人、いわば
サラリーマン後継者への譲渡についても
支給するということは、結局兼業
農家の世代的再生産になり、あるいはそのための財政負担というものは不合理である、こういう批判があると思います。私はそういう批判があるのは知っておりますが、しかしなお私としては納得をいたしかねます。
それは、兼業
農家の世代的再生産を悪と決めつけるのはどんなものであろうか。それは社会的
現実を無視し、また将来の歴史的展望を非常に楽観視した、そしてまた極度に合理主義に走り過ぎた思想であろうと思います。私としては、
経営主の交代が
実態として
実現する以上は、兼業
農家の世代的再生産であっても差し支えない、もしくはやむを得ないという
立場をとりたいと思います。また、財政負担についての問題でございますが、これにつきましては
経営移譲者の
後継者の労働力を利用している者の応分の負担を何らかの手法によって求めるということの方が、広い
意味での社会的公平に合致するというふうに考えます。
なお、どうしても
本案のように
年金額に差をつけたいということであれば、一種の妥協的
意見でございますが、ある集落の中に
特定譲受者に該当する者がほとんどいない、こういう地域につきましては例外を設けまして、
特定譲受者に該当しない者に
経営移譲した場合も
年金に差をつけないでフルに
支給する、こういったふうなことが考えられると思います。
さらに、もし
本案のこの
部分がそのまま
法律となる場合におきましては、いわゆるUターン
後継者でありましても
特定譲受者に該当する場合が多くなりますように、政令におきまして十分の御配慮をお願いしたいところでございます。このUターン
後継者につきましては、現行政令の第九条におきましても、そうでない
後継者に比べて少し要件が厳しいようであります。例えばUターン
後継者についてのみ同一
世帯員となっていなければならない、こういうことが要求されているようでありますが、これも、Uターン
後継者ならば、むしろ逆に必ずしも
経営移譲者と同一
世帯員となっている必要はないのではないか、このように思います。そういったふうなことにかんがみまして、特に
本案がそのまま
法律となります場合には、政令で、Uターン
後継者が
特定譲受者になる場合が多くなりますように、特段の御配慮をお願いする次第でございます。
それから、大分時間がたってしまいましたが、次は、
農業生産法人の組合員または社員、いわゆる
構成員で常時従事する者につきまして、
厚生年金法の
改正によって
厚生年金加入者となり、したがいまして
農業者年金の被
保険者資格がなくなる、こういう問題についてでございます。
この点につきまして、
経過措置といたしましては
厚生年金法の方と
農業者年金法の両方で一定の手当てはあるわけでございます。
農業者年金法の側の手当てといたしましては、
本案の附則第三条にあるとおりでございます。これは当然の配慮でございまして、この点については一応賛意を表したいと思いますが、しかし、このような
経過措置があるからこれでもう十分であるかといいますと、やはりそうとは言いかねるという感じがいたします。
経過措置はさておいて、いわば、最終的な姿といたしましては、
農業生産法人の
構成員で常時従事する者が
農業者年金加入資格を失います。したがいまして、このような人たちは立派な
農業従事者でありますけれ
ども、
農業者年金の
経営移譲年金を受ける可能性は完全にシャットアウトされることになります。今までは
農業生産法人というものがそう多くはなかったわけで、数の上ではネグってしまってもいいというような感じもおありかと思います。しかし、今後は大型の自立
経営は一戸一
法人となることが非常に多くなると思います。
また、自立
経営が育ちにくいような地域、例えば山村、農山村などでありますが、そういうところでは、多くの場合、集落を基盤とした一集落一
法人なり、あるいは数戸一
法人というふうなものが
農業の
担い手として育っていくでありましょうし、農政としてもそれを大いに育てていただきたいと思います。現に、パイロット的なものでございますけれ
ども、例えば岐阜県上石津町の有限会社松ノ木農園、これは一集落が一有限会社に結集した例でございます。それから、これも岐阜県でありますけれ
ども、瑞浪市大湫町の農事組合
法人大湫機械化営農組合、これは農事組合
法人で第二号
法人でございますが、こういったふうなものが、自立
経営が育たないといいますか育ちにくいところで
農業の
担い手として頑張っているわけであります。
そういうわけでございますので、やはり
農業生産法人の
構成員で常時
従事者につきましても、
農業者年金に
加入する道が残され、そして
経営移譲によって
経営移譲年金を受けられるという道を残していただければ大変ありがたいと思うわけでございます。
なお、
本案の四十四条の第二項第四号に、
経営移譲年金の額は、
特定譲受者に対するものはフルに出す、そうでない場合には四分の三になる、この条文でございますが、その中で、
農業生産法人に対して有する持ち分の全部を
特定譲受者に譲渡しないと
農業生産法人の場合には
年金がフルに出ないということになっております。しかし、この持ち分の譲渡というのはやはり財産権の処分でございますので、したがって、同じ
特定譲受者に対するものであっても少し要件が厳し過ぎるのではないか。
したがって、結論としては、私は、
農業生産法人の
構成員であり常時
従事者である者につきましては、
特定譲受者に対するものでなくても
経営移譲年金は一〇〇%
支給するということでよいのではないかと思います。
以上のような二点でございます。
失礼しました。(拍手)