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梶本参考人 先ほど来の
先生の御質問をじっと拝聴いたしておりまして、
大変観光の真髄をおつきいただいた御質問と私承っております。
観光部長がお答えになりました点とダブりますと、ただ時間をいたずらにちょうだいするだけということになりますので、
観光部長の
お話しにならなかった点、お触れにならなかった点について、私御説明を申し上げたいと思います。
先ほど来
先生も御
指摘になりました五十七年の
旅行業法の改正、五十八年の四月一日から実施されたわけでございますが、この
旅行業法の改正と、それから五十四年の前回の
国際観光振興会法の改正、それから総理府にございます売春対策審議会と
観光政策審議会との何回となくやり合ったいろいろの事実、こういうふうな歴史的な事実のもとに
旅行業法の改正なり
国際観光振興会法の改正が行われたわけでございます。
その間の事情をるる申し上げますと大変長くなりますので、省略させていただきますけれ
ども、前回の
国際観光振興会法の改正は、五十三年の十二月十二日に総理
大臣あてに出されました
意見具申の「最近における情勢の
変化に
対応し当面講ずべき
国際観光対策について」この中に触れられているわけです、その当時非常に問題になりましたのが買春ツアー、麻薬ツアーというのですか、それだけを
目的にしたような
旅行があって問題になったことも間々ございます。それから
日本人が
海外旅行に出かけて至るところでトラブルを起こす。これは
国際信用を大変失墜するじゃないかというふうな問題がございまして、それで総理府の
観光政策審議会の中に
国際観光部会が設けられたわけです。その
国際観光部
会長を仰せつかりましたのが実は私でございまして、私がこの提言を取りまとめたわけでございます。そのときに、
日本人対策というものは一体どうなんだ、これは政府がすべきことなのか、それは過保護じゃないのか、これは第一義的には
旅行に出かける本人
自身が自覚すべき問題じゃないか、それからその
旅行を売る
旅行業者が美辞麗句を並べて行きなさい行きなさいと言って金もうけするだけが能じゃないぞ、それに対しては、切符を売れば売っただけにアフターケアをきちんとして十分
旅行に対する情報を提供すべきじゃないか、政府がそこまでやらなければならぬのか、こういう
議論が
国際観光部会で延々と行われたわけでございます。それを取りまとめまして結局こういう表現にしたわけです。「このような事態の改善はそもそも
旅行者個人の自覚と
旅行業者の努力により措置されるべきことではあるが、一面このまま放置しておくことは
我が国の
国際信用にもかかわってくることでもある。」このようなことで大変トラブルが多いから「
日本人海外旅行者に対し従来行ってきた指導が
国内においてのみ行われ、その効果が限定的であった点に鑑み、
海外にある
我が国の政府
関係観光機関の活用を図っていくことが指導を徹底する上で適切であると
考えられる。」こういう提言が五十三年十二月十二日になされたわけでございます。この提言を受けて、五十四年の
国際観光振興会法の改正が行われ、政府出資五千万円がついたという
経緯でございます。
その後、臨調でいろいろこのことについて問題になりまして、そこまで政府がやる必要はないじゃないか、もっともっと本人の自覚、
旅行業者の責任というものを
考えてもらわなければ困るというので、臨調の方から安全に限定すべきであるというふうな答申がなされまして、それが今度の
振興会法の改正になったわけでございます。
〔鹿野
委員長代理退席、
委員長着席〕
私は
国際観光部
会長といたしまして、自分の
意見よりもできるだけ部会員の皆さんにしゃべっていただいて、その
意見を取りまとめるのが私の仕事でございましたから、先ほど申し上げたような表現に相なった次第でございますけれ
ども、個人的な見解といたしましては、いかなる企業にも
社会的責務がある、これが私の気持ちでございます。ですから、
旅行業者にはもう少しそういう問題について、
日本人が
外国へ出かけていった場合に恥ずかしいような行動をしないように、ここへ行ったらこういう注意をしなさいよということをやっていただきたいと私は
考えております。
しかし、現実にはなかなかそういうわけにはいかないわけなんです。非常にトラブルが多うございます。失礼でございますが、トラブルの実例を二、三挙げさせていただきます。
実は、ケネディ空港へおり立った
日本人がかばんを持ってタクシーを待っておった。さあ、いらっしゃいというわけで、かばんを持ってさっと行ったわけです。これはタクシーの運転手だろうと思って乗りましたら、何とそれが白タクであった。空港から都心までは大体三十ドルというのがタクシー料金の相場でございますけれ
ども、途中で、人里離れたところで二百五十ドルを要求された。身の危険を
感じて二百五十ドルを払った、こういう話です。
それからもう
一つは、ダラスの例でございますけれ
ども、
日本の保険会社の女性外交員四十名の報賞
旅行でございましょう、ツアーを組んで行った。それであるストアといいますかデパートというかそこへ行ったわけです。
日本のバーゲンセールでよく見かける風景がございますけれ
ども、我先にと土産物の売り場に殺到いたしまして、前からいらした現地のお客様をのけてみんながわっと行った。それのみならず、スカートをめくり上げて下着から現金を出して買い物をした。その苦情が
振興会のダラス
事務所へ来たわけなんです。もう恥ずかしくて恥ずかしくてどうにもこうにもならなかったとダラスの
事務所長は申しております。
それから、アメリカの例でございますけれ
ども、
日本人の男性が、いかがわしい女性でございましょう、
ホテルヘ引っ張り込んだというのが当たっているのでございましょう。そしてあれしましたら、その間に
ホテルの自分の部屋のかぎがあけられて、すっからかんに洋服から何から財布等が盗まれておった。つまりぐるになっておるわけなんです。いつの間にやら引っ張り込んだ女性がわからないようにドアのかぎをあけておく。そうすると、相棒がやってきて、その間に取っていくという事例です。これはあえてアメリカだけではございません。
今度はバンコクで起きた例でございますけれ
ども、
日本人の女性が旅に出て大変解放感を味わうのでございましょうか、現地の男性と水上スクーターに乗って遊んでいて暴行を受けた。しかし、これは警察ざたにすることは御本人の立場からいたしましていろいろはばかられるところがあったのでございましょう、その問題がバンコクの私
どもの
事務所の方へやってまいりました。こういうことでございます。
東南
アジアなんかにおきましては、かつて自分は
日本へ留学しておったのだというので、片言の
日本語を話しながら近寄ってきて、あっという間に懐から財布を抜き取るというふうな事例は幾らでも挙げれば切りがございません。
日本人対策が始まりました五十四年には、
日本人が
外国へ行ったのが初めて四百万人の大台に乗ったのです。四百三万人。去年は四百六十五万人ですから、五年間に一割五分ふえております。ところが
海外での事故あるいはどう言ったらいいんでしょうか、
振興会の
事務所の方へ御相談に
おいでになります事故は、五十四年度は四千三百十二件、昨年度は、先ほど
先生御
指摘のように一万六千件ということで三・六倍になっておるのです。人数は一割五分だけれ
ども、相談に
おいでになる件数は三・六倍になっておる。こういう事実を踏まえますと、法律に「安全」と書いてあるから、相談に行ったら安全のことしかしないのかと思われますが、そんな非常識な人間は
振興会の現地の職員にはおりませんから、これは法律があるからするのじゃなくして、
日本人対策はたまたまそういうふうな表現になっておりますけれ
ども、できるだけのお世話をさせていただきます。これが
振興会の務めだと私は
考えておる次第でございます。
それからもう
一つは、今度は内部の話でございます。今一番大きな問題は受け入れ体制の問題です。もちろん
海外での
観光宣伝も重要でございますけれ
ども、受け入れ体制です。なぜ変わってきたかといいますと、
日本の経済発展がすばらしい、このすばらしい経済発展を遂げた
日本人というものはいかなる人間なんだ、どういう生活をしているんだ、精神構造は何なんだ、こういう
日本人に対する興味と関心が大変高まってきております。
一例だけ挙げさせていただきます。最近、銭湯が物すごく興味の対象になっています。有楽町の案内所へ
おいでになった方が、銭湯へ行ってみたいから銭湯の紹介をしてくれと言ってきます。聞きますと、銭湯ですからもちろん裸になる、大きな湯船の中で裸と裸で接すると、そこにえも言われぬ
日本人のコミュニケーションの場が形成される、そのコミュニケーションの場が形成されることによって、長年
日本人の精神構造が培われてきたんだ、その精神構造が今日の
日本の経済発展を支えているんだ、こういう
考え方なんですね。現にそう言うのです。本当なんです。それで
東京都内に銭湯が十軒あるんです。私
どもの方ではとうとうチラシを英語でちゃんとつくっちゃいました。いらっしゃると、これだと言って渡すんです。一番近いのは銀座一丁目の銀座湯と銀座八丁目の金春陽、これが一番近うございますと言っておりますけれ
ども、
東京都内に十カ所ございます。チラシを英語で書いております。それのみならず、最近は成田で銭湯を要求される。それはトランジットのお客様、それから早く空港に着き過ぎて、まだ時間があるから、そうだ、
日本には銭湯というものがあった、この機会にひとつ銭湯へ行ってみたいというので、成田にございます私
どもの総合案内所へいらっしゃるわけです。成田には松の湯という銭湯がただ一軒だけございまして、その銭湯を、また英語で地図をつくりまして、ここでございますと申し上げるのです。私がいかにも何だかおもしろおかしく並べておるようにお
考えでしょうが、そうじゃございませんのです。事実なんです。成田で銭湯に入って帰るんですから。銭湯というものを通じて
日本人の
理解を取りつけたい、こう言うのです。
私
どもの方がエッセイコンテストをやって、ごく最近もイギリスから二名とフランスから二名、こちらへ招待いたしまして、そして
日本の
旅行十日間を提供したのです。そうすると、彼らが言い合わしたように、行程の中には座禅が入ってないけれ
ども、ぜひ座禅を組ましてくれと言うんです。それで彼らを案内いたしまして、後で私会いまして、足が痛くなかったかと言いますと、足は痛かったけれ
ども、いい経験になったと言うのですね。もう
一つのエッセイの題は「塾」なんです。この塾というものが
海外においては大変な興味と関心を持っているようである。苛烈な受験戦争の中に青少年が我と我が身を投入する、本人は何の生きがいがあってそういうふうな生活に甘んじるのであろうか、本人もそうであるけれ
ども、親御さんも財政的な負担が大変だろう、一遍彼らに会ってみたいと言うわけです。これは塾は至るところにございますから、塾の学生さんと
日本へ来られましたエッセイコンテストに合格した学生さんと会わせた。そこでいろいろ懇談の機会を持ったのです。その話が、余り私もびっくりしたものですから、つい記者クラブで
お話しいたしました。朝日新聞の「自由席」で取り上げまして、彼女を写真に載せましたこともございましたけれ
ども、私
どもの想像以上に
日本を研究し、
日本人の生活の実態に迫ってきている、これが今日の
国際観光の
実情でございます。
これ以上時間をいただきますと大変失礼でございますので、こういう話でしたら幾らでもいたしますが、そんなことでございます。どうもありがとうございました。