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1984-07-19 第101回国会 参議院 内閣委員会 第16号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十九年七月十九日(木曜日)    午後一時二十分開会     —————————————    委員の異動  七月十八日     辞任         補欠選任      菅野 久光君     野田  哲君 七月十九日     辞任         補欠選任      野田  哲君     菅野 久光君     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         高平 公友君     理 事                 亀長 友義君                 坂野 重信君                 小野  明君                 太田 淳夫君     委 員                 板垣  正君                 岡田  広君                 源田  実君                 沢田 一精君                 林  寛子君                 林  ゆう君                 桧垣徳太郎君                 堀江 正夫君                 穐山  篤君                 菅野 久光君                 矢田部 理君                 峯山 昭範君                 橋本  敦君                 藤井 恒男君                 前島英三郎君    委員以外の議員            発議者  久保  亘君    衆議院議員        内閣委員長代理  深谷 隆司君    国務大臣        文 部 大 臣  森  喜朗君        国 務 大 臣        (内閣官房長官) 藤波 孝生君        国 務 大 臣        (総務庁長官)  後藤田正晴君    政府委員        内閣法制局長官  茂串  俊君        内閣総理大臣官        房審議官     田中 宏樹君        臨時行政改革推        進審議会事務局        次長       山本 貞雄君        総務庁長官官房        審議官      佐々木晴夫君        総務庁行政管理        局長       古橋源六郎君        法務省刑事局長  筧  榮一君        文部政務次官   中村  靖君        文部大臣官房長  西崎 清久君        文部大臣官房総        務審議官           兼内閣審議官   齊藤 尚夫君        文部省初等中等        教育局長     高石 邦男君        文部省教育助成        局長       阿部 充夫君        文部省高等教育        局長       宮地 貫一君        文部省学術国際        局長       大崎  仁君        文部省体育局長  古村 澄一君    事務局側        常任委員会専門        員        林  利雄君    衆議院法制局側        第 一 部 長  松下 正美君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○臨時教育審議会設置法案内閣提出衆議院送  付) ○国民教育審議会設置法案久保亘君外二名発議  ) ○委員派遣承認要求に関する件     —————————————
  2. 高平公友

    委員長高平公友君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。  臨時教育審議会設置法案及び国民教育審議会設置法案の両案を一括議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  3. 矢田部理

    矢田部理君 質疑に先立ちまして、委員長にちょっとお願いをしておきたいと思いますのは、私は社会党として質問時間を少なくとも六時間以上考えていただきたいということをお願いしてきました。しかし、六時間ということがまだ決まりませんで、さしあたり四時間ということでありますので、二時間を留保した上で質問に入りたいと思います。  同時に、もう一点申し上げなければなりませんのは、きょうの質問では教育の財政問題、予算のかかわりをどうしても大蔵大臣と詰めたいという趣旨大蔵大臣出席を求めておりました。あわせて、教科書問題で中国や朝鮮等との関係がいま一つ問題になっておりますので外務大臣出席も求めておりましたところ、それぞれの大臣出席してもよろしいという返事であったにもかかわらず、自民党の方のクレームで出席できない。これでは、臨教審というのはもともと各省庁だけでやったのではだめだ、内閣全体の責任総理直属機関をつくるという趣旨にいささか沿わないのではないか。したがって、この点につきましては小野理事を通してお願いをしてきたわけでありますが、やっぱり今国会中といいますか、内閣委員会審議中にぜひ大蔵大臣等出席を求めていただいて質問の機会を与えていただきたい。その辺を、委員長、約束していただけますか。
  4. 高平公友

    委員長高平公友君) ただいまも小野理事に申し上げておきましたけれども、御要望を最大限に尊重して、やっぱり機関がありまして、国対とか、そういうところと調整を十分しながらお答えをしたい、こう思っております。
  5. 矢田部理

    矢田部理君 したがって、六時間要求のところをさしあたり四時間、しかもその部分を留保するということになると、また相当程度時間を留保してきょうはやらざるを得ない。大変残念でありますが、できるだけ話を進めていきたいと考えております。したがって、質問順序等を大幅に組みかえざるを得ないわけであります。  質問の本論に先立って、最近、大学関係不祥事が非常に目立っております。ここ十年間ばかりを見てみましても、一覧表をいただいたわけでありますが、四十七大学、延べ五十五件に及んでいるわけです。どうも教育問題ということになりますと、中学や高校の現場等の問題がしばしば俎上に上るわけでありますが、大学はもっとうんでいるのではないか、傷んでいるのではないか。これは学生や生徒の問題じゃないのであります。大学教授理事者の問題。しかも、今回のワープロ汚職などは文部省中枢にまでこれが飛び火をし、これで教育改革ができるのだろうかという疑念を抱くのは私一人ではないというふうに考えているわけであります。この辺について、まず文部大臣から、最近の数々の大学関係不祥事についてどういうふうな受けとめ方をしておられるのか、伺ってみたいと思います。
  6. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 衆議院、参議院の文教委 員会等でも私からおわびを申し上げたのでございますが、今回の相次ぐ不祥事に対しまして、まず国会を通じまして国民の皆さんに心から深くおわびを申し上げる次第であります。  教育が大変重大な国民的関心を持たれております段階でございますので、こうした事態を生みましたことについて、ただただ残念だと申し上げざるを得ないわけでございます。事態は、現実の問題として今検察当局捜査をいたしておりますので、そのことにつきましての言及は私ども差し控えますが、言いわけを申し上げるわけじゃありませんが、大学自治あるいは学問の自由ということもございまして、こうした予算物件購入等々につきましても大学自体判断にゆだねているケースも非常に多いわけでございます。しかし、予算の留保の問題や物件購入等につきましてのその仕組みについて確かに問題が出てくるということであるならばこれは緊急に改善をしなければならぬ、こういうことで月曜日に事務次官を長といたしまして検討委員会文部省に設けさせておりまして、仕組み等につきまして十二分に新しい制度をぜひ生み出していきたい、このように緊急的に今措置をいたしておるところでございます。  本人等を含めての処分等につきましては、この事態解明が終わりましてから着手をしたい、こう考えておるわけでございます。  いずれにいたしましても、こうした問題が生じましたということにつきましては極めて遺憾である、心からおわびを申し上げる次第でございます。
  7. 矢田部理

    矢田部理君 十年間の各大学不祥事の全体について私なりに分析をしてみますと、圧倒的に多いのが医科大学歯科大学寄附金とか預かり金をめぐる問題が第一ランクであります。二番目には、入学試験の漏えい問題あるいは入学者の選抜に絡むさまざまな不祥事、これが第二のランクに挙げられます。そして三番手には、今もその一つでありますが、大学物品調達に絡む贈収賄事件が多発をしておる。東京芸大、阪大、旭川医大、その他数校に及んでいるわけです。さらに、国士館などに見られるような暴力事件まで起こるというふうに至っては、これは荒廃の極と言っていいのではないでしょうか。しかも、これは表に出ただけの内容でありまして、どうも全体で見ますと氷山一角ともとれるわけであります。  内容は、学生が問題を起こしたのではなくて、大学側大学先生理事者のグループ、そしてそれが今度は文部省中枢にまで火がついたというに至っては教育改革の資格なしと言われてもいたし方ないような事態なのでありますが、個別事件について、特に最近の問題について伺っておきたいと思うんですが、法務省おいでになっていますか。  大阪大学等ワープロ汚職をきっかけにして文部省中枢にまで及んだ一連の贈収賄事件捜査状況、概要について、御説明をいただきたいと思います。
  8. 筧榮一

    政府委員筧榮一君) お答えいたします。  お尋ね事件につきましては、大阪地検におきまして、本年の六月十九日、大阪大学事務局経理部長中曽根武収賄罪、それから株式会社オリエンタルマシン代表取締役辻宏志贈賄罪でそれぞれ逮捕いたしまして、七月九日にそれぞれ大阪地方裁判所公判請求をいたしました。  そのほか、六月二十九日、株式会社パシフィック科学貿易代表取締役井上旻、それから七月九日に、フクダ電子株式会社取締役永田明巳をそれぞれ右中曽根に対する贈賄罪で逮捕し、身柄勾留の上、目下鋭意捜査中でございます。  また、七月十三日に、文部省大臣官房会計課総括予算班主査鳥野見博収賄罪で逮捕いたしますとともに、さきに申し上げました辻宏志右鳥野見に対する贈賄罪で再逮捕し、いずれも身柄勾留の上、目下鋭意捜査中でございます。  今申し上げましたように、現在、検察当局におきましては各事件について鋭意捜査を進めているところでございまして、今後の捜査の見通しにつきましては今お答えできる状況ではございませんが、なお今後捜査を進めて、その進展に従いまして看過しがたい不正事犯が明らかになりました場合には、もとより検察当局として適宜適切にそれに対処、処理してまいるものと考えております。
  9. 矢田部理

    矢田部理君 今後の問題にも話が及んでいるわけでありますが、中曽根には今捜査中の問題以外にも余罪があるでしょうか。それから中曽根文部省鳥野見とはつながりがあるでしょうか。その辺、伺いたいと思います。
  10. 筧榮一

    政府委員筧榮一君) 中曽根武経理部長関係でございますが、今申し上げましたように、起訴された事件が一件、それから現在贈賄側二名を逮捕いたしておりまして、それぞれの贈収賄の事実がございます。その余にあるかないかは、これから捜査を進めた上で、先ほど申し上げましたように、看過しがたい不正事犯が明らかになりますればそれに適切に処理するものと考えております。  それから鳥野見あるいは中曽根両氏関係というお尋ねでございますが、今申し上げましたように、それぞれ別個の贈収賄の事実で現在捜査中でございまして、その関係が目下のところはないわけでございます。それも、今申し上げましたように、今後の捜査の発展に従って明らかになるということであろうかと思います。
  11. 矢田部理

    矢田部理君 それじゃ文部省に伺いましょうか。  時期の限定は、いつからいつまでというのはなかなか難しいのでありますが、およそ言われておりますのが、昨年の秋からことしの年度末ごろまでの間に予算追加配分をしてもらって全国の各大学事務機購入を行った、その一つ大阪大学贈収賄事件になっているということでありますが、この時期に事務機等を今申し上げたような予算追加配分購入した大学全国で幾つぐらいあるでしようか。
  12. 西崎清久

    政府委員西崎清久君) ただいま先生指摘の点でございますが、大阪大学につきましては、御指摘のとおり、五十八年度の追加予算配分ワープロ購入についての予算示達をしておることは事実でございます。  その余の大学にかかわる予算示達状況につきましては、私どももいろいろと調べておるわけでございますが、全体の問題といたしましては、私ども追加示達の原議書あるいは各大学からの予算示達申請書捜査当局にすべて提供させていただいておるわけでございます。したがいまして、私が今申し上げられますことは、十数大学について文部省から予算示達をしておるということは申し上げられる次第でございます。
  13. 矢田部理

    矢田部理君 新聞等では七大学ぐらいという指摘があるわけですが、今、官房長お話ですと十数大学に及ぶ。その大学名を出していただきたい。
  14. 西崎清久

    政府委員西崎清久君) この点につきましては、二点お答えをいたさねばならないわけでございますが、五十八年度の追加予算示達にかかわります十数大学につきまして、ワープロ購入相手先としましてはすべてがオリエンタルマシン社であるかどうか、オリエンタルマシン社以外の購入先であるかどうか、この点は実は予算示達内容といたしましては予算金額でございまして、契約相手先につきましては必ずしも私どもは明確にしていない、こういう実情があるわけでございます。  そういう意味におきまして、端的に、先生からのお尋ねでございます、各大学名前をというお話でございますが、この点につきましては、オリエンタルマシン社から購入した大学あるいはそれ以外の大学、いろいろございまして、現在捜査当局におきましていろいろな調査が進められているという段階でもございまして、いずれかの時期には国会の場で私どもから明確にお答えをさせていただきたいと思いますが、現時点におきましては差し控えさせていただけないだろうかというふうに思う次第でございます。
  15. 矢田部理

    矢田部理君 私が質問したのは、問題になっておりますオリエンタルマシン社から買った大学を出しなさいとは言っていないです。予算の追加配 分等ワープロ全国大学が買ったとすればその大学の数は十数校に及ぶ、その十数校の名前を出しなさい、どこから買ったかなんて聞いておらぬ、それだけ明らかにしてください。
  16. 西崎清久

    政府委員西崎清久君) その点につきましては、先ほど申し上げましたように、全体の原議書あるいは予算示達申請書捜査当局に提供いたしておりまして、私ども現在関係官が把握しております範囲での大学名を申し上げたいと思います。  全体では、大阪大学以外の大学としては十八大学について予算示達をいたしております。具体に申し上げますと、小樽商科大学、弘前大学、岩手大学、東北大学、秋田大学、山形大学、筑波大学、東京外国語大学、横浜国立大学、金沢大学、岐阜大学、滋賀大学、京都大学大阪外語大学、神戸商船大学、和歌山大学佐賀大学、宮崎医科大学、以上、大阪大学以外十八大学であると私どもは承知いたしておりますが、この点につきましては全体書類との関係で若干訂正させていただく場合があるかもしれません。しかし、この点について再度お答えいたしますれば、これらの大学につきましてのワープロ購入先については必ずしも明確でない、こういうことでございます。
  17. 矢田部理

    矢田部理君 そこで、法務省に伺いますが、今十八大学が挙げられたわけです。当然のことでありますが、これらの大学はどういう経過や状況のもとでワープロ等購入したか、購入先はいかがであったか、鳥野見オリエンタルマシンはかかわっていたかということなどについては当然捜査の対象にしているでしょうね。
  18. 筧榮一

    政府委員筧榮一君) ただいまお話しの点は、今回の被疑事実に関連いたしますので、大阪地検において当然にその内容捜査しておるものと考えております。
  19. 矢田部理

    矢田部理君 そこで、この状況から見ますと、単にたまたま一、二のケースで行ったというのではなくて、感じとして見ますと、またこれは最終的には捜査の結果を見なきゃわかりませんが、相当何か組織的にというか、大がかりにこのワープロ汚職は広がっている可能性が出てきているわけです。とするならば、どうしてこんなことになったか、どこに問題があったか、当然これは厳しく問い直されなければならないと思います。その原因を明らかにした上対策を講じなきゃならぬ、また責任問題も生ずる、直接かかわった鳥野見やあるいは中曽根というだけにとどまらないと思うのでありますが、その点はどう考えていますか。
  20. 西崎清久

    政府委員西崎清久君) ただいま先生の御指摘の点、今回の事件にかかわります原因背景並びに今後の改善に関するもろもろの検討課題、こういうことでございますが、まず前段の件に関しまして私ども反省いたしますとすれば、やはりこのような物品購入につきまして、これは個人服務の基本なり倫理の問題という点がまず第一にあるわけでございますが、組織なり事務処理問題点といたしましては、購入相手先決定に当たりまして、例えばできるだけ複数の判断に基づいて相手先決定を行うとか、そのような意味での予算決定における意思決定システムというものについて私どもはこれからももう少し改善についての検討を行い、各大学等における十分な指導をいたさなきゃならないというふうな考え方を持っておるわけでございます。  そのような意味におきまして、先ほど大臣から申し上げました文部省内におけるいろいろな改善に関する検討課題といたしましては、第一点といたしましては、本件事件に関する原因背景、その他の事務処理についての究明ということが第一の課題でございます。  それから第二の課題といたしましては、ただいま申し上げました意思決定に関する、つまり予算事務処理あるいは契約相手先にかかわります決定に関する意思決定のプロセス、こういうふうなものについて個人の恣意による判断が入らないようにこれをチェックするシステムというものを考えなければならない、これが第二点でございます。  それから第三点といたしましては、やはり本件につきましては公務員としての服務の基本的な問題あるいは個人的な倫理の問題、いろいろあるわけでございまして、倫理上、服務上の問題というものを検討いたさなければならない、こういうふうに考えるわけでございます。  最後に、第四点といたしまして、やはり国立大学につきましても、私ども本省につきましても、全体の運営の問題といたしまして、このような事件が再度起きないように十分管理運営の問題として留意すべき点はないか、このような点を考えなければならない、こういうふうに考えておる次第でございます。  私ども本省におきましても、十分これらの点を踏まえまして検討を早急に行い、改善策についてとるべき措置はとってまいりたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
  21. 矢田部理

    矢田部理君 大臣責任の問題はどう考えますか。
  22. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 先ほども申し上げましたが、事実関係につきましては今捜査段階でございますので、そのことのすべてが終わりまして判断をしなければなりません。責任等につきましては、本人等も含めまして、私どもその事態解明が終わりましてから処分処理をしていかなきゃならぬ、このように考えております。
  23. 矢田部理

    矢田部理君 問題の広がりや内容によっては、これは政治責任まで発展するのじゃありませんか。そういう深刻な問題だということを、ひとつ、きちっと踏まえておいていただきたいと思うわけであります。  それからもう一点、最近しきりに各大学で問題にされつつありますのが、企業からの委託研究費の扱いをめぐる問題であります。先般、慶応大学の問題が指摘をされました。きょうはまた新聞等東京工業大学の問題が指摘をされているわけでありますが、これは一体どういうふうに考えたらいいのか。これまた氷山一角ではないかと思われるわけです。財団等をトンネルにして民間から多額の研究費を調達し、それを国庫にも入れないままやみで運用している。そういう中で産学癒着が進むということは、これは大学の自由とか自治にとってもゆゆしき事態になってきているのではないか。もともと産学協同などという議論は私はとるべきでないというふうに考えるわけでありますが、とりわけそれがお金を通じて癒着が一層深まるということになりますと、大学のあり方、ありようそのものもやっぱり厳しく問われなけりゃならぬというふうに考えるわけでありますが、この点、まず大臣はどんなふうにお考えになっておるでしようか。
  24. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 大学学問学術研究というのは、これはなお一層促進をしていかなきゃならぬ。国民的な学術に対するニーズ、この場合、国民的なニーズというのは、何が国民ニーズかということのその基準を見つけるというのは非常に難しいものでございます。したがいまして、産業界国民のいろんな生活環境改善等を含めながら研究開発というものを大学に求めるということは、これは私は誤りではないと考えております。したがいまして、学術研究に対して産業界等から多様な協力の要請があるということ、これは事実でございます。ただ、ここで一番学術研究を進めていく上に大事な留意点は、大学が本来の使命を踏まえまして主体的に協力をするということが有意義であるという判断をしなければならぬというふうに考えております。文部省では、この観点から学術研究社会的協力の諸政策は積極的に進めているところでございます。  もう一つの御指摘東京工業大学につきましては、私学と国立というもちろん違いがございまして、委託研究費等につきましては当然国庫等に納入をして、そしてそのことを教授会等に諮って使用していくということであれば問題はないわけでございます。東京工大につきましては、けさほどの新聞で承知しておるということしか知り得ていないわけでありますが、財団法人工業振興会企業等から研究費を受け入れて教授等の使用に供してきたことは事実のようでございます。企業等 からの研究費の提供は、実態としては特定の研究委託というよりもやはり研究援助の色彩が強いもののようでございまして、したがって多くは大学奨学寄附金として受け入れて、そして教授等研究費に充てるということが適当であろうというふうに考えておりますが、今回の場合はこのような観点から考えますと、東京工業大学関係者にはこうしたことが誤りであるということの指導文部省としてもいたしてきたところでございまして、早急にこの点については是正をしていかなきゃならぬというふうに考えております。
  25. 矢田部理

    矢田部理君 慶応大学の方の問題を最初に法務省に伺っておきたいと思うのでありますが、預かった研究費研究に使わない、他の目的に流用するというようなことになりますと、流用の質や中身によっては横領とかいう問題も出てくる余地があるわけでありますが、この件について東京地検特捜部事情を聞いておるというようにも伝えられているんですが、それはいかがでしょうか。
  26. 筧榮一

    政府委員筧榮一君) 具体的事案につきまして、検察当局捜査をやっておるとかやっていないとか、あるいはいかなる者を調べたか、事情聴取したかというような点につきましては、事柄の性質上、お答えを差し控えさせていただきたいと思います。
  27. 矢田部理

    矢田部理君 新聞によりますと、御本人が、藤岡さんという元慶応大学教授が、大分投書も行っておる、警察事情聴取を受けた企業もあるというふうに言っているわけです。その後、私の調査によりますと、それは警察ではなくて東京地検のようだというふうに考えられるわけですが、いかがですか。
  28. 筧榮一

    政府委員筧榮一君) 繰り返しの答弁でございますが、具体事件につきましての捜査をしたとかしないとか、あるいはどういう調査をしたというような点については、捜査の秘密ということもございますので、お答えを差し控えさせていただきたいと思います。
  29. 矢田部理

    矢田部理君 それでは、一般論として伺いましょう。  企業委託研究費だということで預かったお金を他の目的に流用する、つまり研究などとは全く関係のない飲み食いに使ってしまった、あるいは着服をしてしまった、新聞によると、これはどこまでが事実かは知りませんが、学部長選挙の選挙資金に使ってしまったというような他の目的に流用した場合、それは横領等が問題になるというのは一般論的には言うことができますね。
  30. 筧榮一

    政府委員筧榮一君) 私も新聞で読んだ限りでございますが、その場合にも、矢田部委員に申し上げるまでもございませんが、金を委託した側と受けた方との話の内容といいますか、契約といいますか、その内容、あるいは特にその使途等につきましてどういう形で使うべきで使うべきじゃないとかというような、個々の契約なり事実関係内容によって異なるかと思います。本件の場合も、新聞で見る限りではどちらともちょっと軽々に結論は出ないように私自身は考えております。
  31. 矢田部理

    矢田部理君 本件の場合に結論を出していかがすべしと言っているのではなくて、一般論として、預かったお金がその目的以外のものに使われる、しかも金額も常識を超えておる、預かった趣旨と全く違った使われ方をしているような場合に、横領というようなことが考えられるということは言い得るんでしょう。
  32. 筧榮一

    政府委員筧榮一君) 一般論といたしまして、契約内容がはっきりしており、使ってはならない目的に流用した場合に、背任あるいは業務上横領あるいは単純横領というような犯罪の成立が考えられると思います。
  33. 矢田部理

    矢田部理君 法務省、結構です。  そこで、東京工大の問題をもう少し議論したいのでありますが、これは文部省が四十五年四月三十日に「受託研究の取扱いについて」という通達を出しております。この通達との関係で、東京工大事件は何に違反しておりますか。
  34. 大崎仁

    政府委員(大崎仁君) 東京工大の件でございますが、財団法人工業振興会という法人がございまして、形の上ではその工業振興会企業から委託を受けて研究を行う、その研究を行うにつきまして東京工業大学の教官の協力を得るという形で実施をいたしておるわけでございます。東京工業大学で行う実験等についての経費を一部奨学寄附金として工業振興会から納入をしておるというような形で実施をしておるわけでございますが、私ども工業振興会からの事業報告等を見ました際に、少しその処理に無理があるのではないかということで、もし受託契約ということであれば、先生ただいま御指摘のございました受託研究の取り扱いというルールにのっとりまして、正規の手続を経て大学との間の受託契約を結んでいただくことが適当ではないか。  ただ、先ほど大臣から申し上げましたように、実態を見ますと、むしろ特定の研究課題についての委託をするというよりはほとんどが研究援助の色彩が強いという感じでございますので、奨学寄附金ということで大学に正規に御寄附をいただいて、その上で教官の研究費に充てるという形をとる方が適切ではないか、そういう観点から指導をいたしており、基本的には財団法人あるいは工業大学側でもその方向での検討を現在いたしておるというのが状況でございます。
  35. 矢田部理

    矢田部理君 これは私もまだ未整理ですが、受託研究というのは受託の内容を明確にしていわばある種の契約研究を引き受ける、請け負うという格好になるから内容が明確になるわけですが、ただ何となく一般的に研究援助だというような受け入れ方は、特に国立大学のありよう、あり方としてはいかがなんですか。旅費が足りないとか学会にも云々だとかということで、本来、文部省なり国の予算措置すべきものを一般の研究援助という名目で受け取って、それで学会に行ったり小物を買ったりというようなことはかえってまずいのじゃありませんか。
  36. 大崎仁

    政府委員(大崎仁君) 私どもといたしましては、大学企業等とのいわゆる資金面での協力関係については三つの形があると考えておりまして、一つは、企業がある研究成果を期待して特定の研究課題あるいは研究内容というものを指定いたしまして、研究者あるいは大学契約を結ぶ場合でございます。それからもう一つは、奨学寄附金制度というのがあるわけでございますけれども、特定分野あるいは特定の領域での研究の振興のために寄附をしたい、その場合には奨学寄附金として受け入れて、寄附者の意思を尊重しつつ使わしていただく。ただ、この場合には寄附でございますから、これに対して特定の研究成果の報告等の義務は負わないわけでございます。それから三番目には、むしろ共同で研究をする、それぞれ経費を分担し合って共通の関心課題につきまして共同で研究するという三つの形があろうかと存じまして、それぞれ性格に応じまして意義があるのではないかと考えております。  寄附の件につきましても、例えば特定の業界がその分野の一般的な科学技術の振興を図る上で大学に寄附をするということについては、私どもとして非常に意義のあることではないかというふうに考えておる次第でございます。
  37. 矢田部理

    矢田部理君 その論議はもう少ししなきゃならぬと思うんです。企業から特に目的もはっきりしないお金をもらって大学経営の一助にするというようなことのあり方、ありようについてはいかがかという問題もあるし、産学協同大学自治学問の自由ということに対してどういう関係を生み出すのかという問題もこれはもう少したださなきゃならぬわけでありますが、ただ財団などというトンネル団体をつくって、そこで受け入れて、きちっとした経理も通さない、会計もかかわらないまま恣意的に使われるということは、これは厳に戒むべきことなのでありまして、通達もその点はやっぱり厳しく言っていると思うんですが、これに違反することは明白でしょう。いかがですか。
  38. 大崎仁

    政府委員(大崎仁君) 先ほど申し上げましたように、一応の形を整える努力をしておられる跡は見受けられるわけでございますけれども、やはり 受託研究あるいは奨学寄附金制度の本来の趣旨から見ますと、今の処理方針は適当ではないのではないかというふうに私どもとしては考えておるわけでございます。
  39. 矢田部理

    矢田部理君 しかも、受託研究だということになりますと、この通達によれば、国立学校の長が決定する、あるいは附属研究所の長がその委任等々を受けてやることができるとなっているのでありまして、そういう大学の正規の機関を通さずに、大学外の団体が受け入れて、そして個々の教授にお金を回していくというやり方は、これは国立大学としては明白に間違ったやり方だ。しかも、そういうことで研究された成果の扱い、例えば工業所有権とか特許権の扱いなどについてもいろいろこれは問題が波及する余地があるわけでありますから、その点を余りルーズにすることは非常に厳しくしなけりゃならぬというふうに思うんですが、いかがですか。
  40. 大崎仁

    政府委員(大崎仁君) 御指摘のように、現在の取り扱いについては制度の趣旨に反するということで、その是正をできるだけ早い機会にいたしたいと思っているわけでございます。
  41. 矢田部理

    矢田部理君 そこで、これは慶応大学それから東京工大と二つが時期を同じくしてたまたま出てきたわけでありますが、これまた同じようなケースが各大学に相当あるのではないかというふうに考えられるわけです。その実態調査等は文部省やっておりますか。問題点は把握しておりますか。いかがでしょうか。
  42. 大崎仁

    政府委員(大崎仁君) 国立大学あるいは一般の大学につきましても、本来の使命を踏まえた上で社会の各方面の個別的な要請にこたえる必要があるということで、必要な施策の推進に努力をいたしておるところでございます。そのような観点から受託研究あるいは共同研究奨学寄附金等の実態について把握をしておるわけでございますが、ただ財団活動がどうかかわっているかということにつきましては、率直に申しまして網羅的に把握をしにくい事情がございます。  ただ、財団という形でどういういわゆる産学協力の円滑化のための活動ができるか、あるいは現になされているかということにつきまして、比較的規模の大きい法人の事業等を私どもといたしましても見直しをいたしておるわけでございまして、工業振興会の事業につきましてもその中で多少その処理方針に疑問を抱いたというような経緯がございます。そういう形で、なかなか全体としての把握というのは短時間では無理かと存じますが、大規模なものにつきまして順次内容検討はいたしてまいりたいと思っているわけでございます。
  43. 矢田部理

    矢田部理君 そこで、企業委託研究費あるいはお話があった奨学寄附金等がどういうふうにして集められ、どんな運用がなされているか、運用について適正かどうかなどについて緊急に調べて、全部というわけにはなかなかいかないでしょうから、主な大学についてだけでも資料として本委員会に出していただけませんか。
  44. 大崎仁

    政府委員(大崎仁君) 奨学寄附金あるいは受託研究の経理につきましては、受託研究につきましては、歳入歳出予算を通しまして通常の国費と同様な経理をいたしておりますので、その経理については私ども問題はないと考えているところでございます。それから奨学寄附金につきましては、これは歳出化をした上で経理を学長に委任いたすわけでございますが、その執行につきましても、これはやはり国費でございますので、国費に準じた取り扱いをいたしておりますので、この点も私どもとしては問題がないと考えているわけでございます。  各受託研究でございますが、件数総計を申し上げますと、全体としてかなりの件数に上っておりまして、五十八年で申しますと、国立大学では千二百八十五件というような件数でございます。これにつきましては、やはり大学が主体的にいろいろ自由な運営ができるようにすることが重要であるというもう一つの側面がございますので、私どもとしては、基本的には大学の受け入れのルールでございますとか、受け入れ決定をすべき職でございますとか、その基本的なところは押さえておりますけれども、個々のケースにつきましては大学にお任せをするという形で来ておるわけでございます。そういうことで、全体の状況につきましては資料として差し上げることがもちろんできるわけでございますけれども、個別具体のものにつきましての網羅的な資料というのはちょっと今手元にないというのが実情でございます。
  45. 矢田部理

    矢田部理君 一般的な説明を聞いているのじゃなくて、慶応大学の場合も東京工大の場合も慶応工学会とか工業振興会とかという財団法人が中間に存在して、そこが受け入れて、大学の正規のルートを通さずにあるいは会計処理をせずにいわば恣意的に運用をしてきている、あるいはやみルートで金を動かしているというところが問題なのでありまして、類似のケースが、他の大学状況は私どもにも多少入ってきておりますが、ある可能性が強いわけであります。それを緊急に調査をして、ここに次の私の質問までには資料として出してほしいという趣旨でありますので、よろしくお願いします。
  46. 大崎仁

    政府委員(大崎仁君) 財団活動とのかかわりにつきましては、先ほど申し上げましたように、規模の大きい比較的主要な財団について検討を合いたしておるところでございますので、その限りで、可能な範囲でできるだけ努力をさしていただきたいと存じます。
  47. 矢田部理

    矢田部理君 余り限定をつけないで、緊急にやっていただきたいということを特に要望しておきたいと思います。この件は、それで終わりにいたします。  そこで、審議会、本論に入っていきたいと思うわけでありますが、実は本来ならば教育改革のねらいと問題点というんでしょうか、教育の現場が荒廃をしているさまざまな状況について、現状認識をどういうふうにされておるのか、あるいはまた何がそれをもたらしたのか、原因をめぐる問題、さらには改革の方向などについて論議をしたいのでありますが、先ほどの大臣出席状況その他から見て、それは後の方にいたしまして、審議会の性格とか運用とか問題点等について議論をしていきたいと考えております。  政府には二百三十を超えるさまざまな審議会があるわけでありますが、一般に審議会を設置する理由、目的はどこにあるんでしょうか。これは後藤田長官に伺いましょうか。
  48. 後藤田正晴

    国務大臣後藤田正晴君) 審議会は、御承知のとおり八条機関として設置をしておるわけでございますから、平たく言えば、役所がそれぞれの重要な施策を決める場合に、役所の窓からだけではなくて、やはり必要な専門知識あるいは民間の有識者の意見、こういうものをできる限り聞くことが行政運営上適切ではないかといったようなのが私は基本にあると思います。  今二百十三ございますから、これは種類によって一律ではもちろんございません。ただいま申したようなのが一つの型。もう一つは公正を確保するという意味における審議会がございます。これは例えば恩給審議会なんというのがそれに該当すると思います。それからもう一つは利害の調整を図るという目的のもとで設けておるもの、これは例えば公務員制度審議会あるいは中央社会保険医療協議会、こういったようなものが該当すると思います。もう一つ関係の行政機関相互の連絡調整を図る、こういう目的で設置せられておるものでございます、例えば貿易会議なんかはこれだと思いますが。このように種々雑多でございますけれども、やはり基本は何といっても最初に申したように専門知識を導入する、有識者の意見を聞くということが行政施策を立案する際に重要だ、こういうことで設けておるわけでございまして、申し上げるまでもなく、八条機関でございますから機関意思の決定をいたします。政府は、その機関意思については尊重をし、そして同時に、政府みずからのこれは責任において立案をしていく、こういうものが私は今日の審議会の性格であろう、かように考えております。
  49. 矢田部理

    矢田部理君 今、後藤田長官のおっしゃられたことは、第一次臨調でそういう規定をしていますですね。同じ第一次臨調は、そういう四つの設置理由がある、あわせて審議会を置くのは行政の民主化と官僚体制の打破にあるのだということも指摘をしておるわけでありますし、今もこの思想は生きていると思うんですが、その点はいかがですか。
  50. 後藤田正晴

    国務大臣後藤田正晴君) そのとおりでございます。
  51. 矢田部理

    矢田部理君 そこで、臨教審という名の審議会の性格や問題点に議論を移していきたいと思うのでありますが、まず最初に、大変参議院の審議に当たって気になりますことは、衆議院審議は、たしか七月十日、内閣委員会で採決をされました。その前後から一斉に各紙が審議会の委員の顔ぶれを報道する。会長には先ほど問題になった慶応大学の石川さんですか。資格があるかどうかというのは、これはまた意見があるかもしれません。一斉に名前が出てくる。これから参議院で審議をしようというときに政府は人選を始めたと疑われても仕方がない状況にある。これは参議院の審議権を非常に軽視ないしは無視をしているのじゃないか、まことにけしからぬ話だというふうに思うのですが、この点、官房長官からまず伺いましょうか。
  52. 藤波孝生

    国務大臣(藤波孝生君) それぞれ重要法案の御審議お願いいたしておりまして、心からお礼を申し上げたいと思います。  先週の閣議の際にも、いよいよ本舞台が参議院に移ってこれから非常に大事な時期に入る、それぞれ閣僚の気分を引き締めて国会第一主義で臨もう、新聞論調などでは峠を越えたとかめどがついたとかいう話が出たり、いろいろ予測記事などが出て大変迷惑をしておるがとんでもないことだ、これからいよいよ参議院の審議が始まるので、本舞台に入るので、ひとつ気分を引き締めてこれから国会が始まるような気分でやろう、こういう申し合わせをしたところでございます。そういう気持ちで取り組んでおるのでございます。  この臨教審をめぐりましての人事などもいろいろ新聞に出ておる向きがございますが、文部大臣の御意見を伺って内閣総理大臣が任命して、今度衆議院で修正になりましたので国会の御承認をいただくということになりますが、少なくとも内閣総理大臣並びにその周辺では一切人事などに手をつけておるという事実はありませんし、文部大臣のお手元におかれましても、この法案の成立を見なければ実際に両院の議を経てこの法案の中身が動いていくことにならないわけでございますから、そういうことにはなっておりますまい、こう私は推測をいたしておりますが、いずれにいたしましても、まだ新聞に出ておるような事実になっていないということは明確に申し上げておきたいと思うのでございまして、いよいよこれから御審議に入っていただくわけでございますので、どうぞひとつよろしくお願いを申し上げたい、このように考える次第でございます。
  53. 矢田部理

    矢田部理君 どこかの席でも否定をされたそうでありますが、全然別の新聞が同じ名前の顔ぶれを一斉に出す、これは偶然ではこんなことは書けないんです。どう見たって、官邸筋か文部省サイドからこのらしきものが流れていると考えるのがこれは常識なんでありまして、こんなことをやられたのでは参議院の審議はたまったものじゃない。文部省、どうですか。一切流した事実はありませんか。ないとすれば、どうしてこういう——偶然で一人二人一致するというのはあるかもしれませんが、全部といっていいぐらい一致した氏名が各紙に出る。会長人事についても同様です。これは少しおかしいと思いませんか。
  54. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 私も、衆議院で臨時教育審議会法案が成立をいたしました際に、廊下で、そこに取材をしていらっしゃいます記者団の皆さんがインタビューに来られまして、私は大変時間もかかってつらかったけれども実り多い議論ができてよかったと思う、しかし衆議院段階を終えただけで、これからいよいよ参議院段階で、まずスタートから始める気持ちです、こういうふうに申し上げておりまして、官房長官から閣議でそうしたお話がございましたのとまさに軌を同じゅういたしまして、私も参議院のまず第一からの審議お願いしたい、こういう気持ちでおりますということをまず申し上げておきたいと思います。  長い審議経過でございましたので、会長でありますとか委員のメンバーはどうなのかというようなことの御質問も各党の皆さんから出ました。もちろん、これは法案が成立してからその後に国会の論議を十分踏まえて考えてみたい、こう私は終始一貫そのようなお答えを申し上げております。  しかし、後半の段階になってまいりますと、これも野党の皆さんから、文部大臣の考えはよくわかるけれども、どういう分野から選ぶのか、そういう基準ぐらいは示したらどうか、こういうお問いかけでございました。それでも、私はかたくなに、それは国会の論議を踏まえて成立してから考えることだという前提を置きながらも、野党の皆さんからも再三そういうお話がございますから、今までの国会の論議を踏まえると、例えば学校教育の現場にある人、あるいは父兄を代表する人、国際的な知識を持つ人、文化人や労働者や産業界の考え方を持つ人というようなことの分野、私はお選びをするとするとそういう基準がございますねというお話を申し上げました。その後、これもまた野党の委員先生方から、もっと国際的な方、いや、もっと医学や精神学の面からも選ぶべきではないかというような、そういうお問いかけと御意見の提言もございました。私もそういう感覚から選ぶことが大事でしょうという答弁を申し上げました。  こういうふうに分野を申し上げてまいりますと、やはりこの問題について大変関心を持っておられるマスコミの関係者は、産業界から選ぶとするとどうだろうか、労働界から選ぶとするとどうだろうか、知識人から選ぶとどうだろうかという枠を決めて、それぞれ今日までの政府のいろんなことに取り組んでおられるメンバーの方や、新聞記者の皆さんから見られるそういう専門的なお立場の方を抽出して予想記事をお書きになると、これはある程度一致してくるのはやむを得ないのじゃないか、こう思うんです。これは私の解説です。  ただ、私は正直申し上げて、今、矢田部先生がおっしゃるとおり、文部省といたしましてはこの人選に着手もいたしておりませんし、官房長官ともそんなことは全く相談もいたしておりませんし、ここのところ意識的に、先ほど御指摘がございました今度の不祥事の問題でも、実は総理おわびを申し上げたい、官房長官にもおわびを申し上げたかったけれども、直接お会いすることはまたいろんなことの憶測を呼ぶのではないかということで、そのことさえも御遠慮を申し上げているぐらい、総理と目を合わせないぐらいに今気をつけておるわけでございまして、どうぞこの御審議を皆さんで十二分にしていただきまして、御論議を経た結果の中から私どもは人選をさせていただきたい、このように考えておるわけでございます。  記者の皆さんの、メンバーが何となく一致をしたということは、この臨時教育審議会の構想が国会に出されてからかれこれ数カ月たっておるわけでございますので、記者団の皆さんも大変専門的によく勉強されておられるわけでありますから、皆さんがそういう知識や御勉強の中から選ばれた人がたまたま何人か一緒になったということもあるのではないかというふうに、私も新聞を見ながら一喜一憂したり、驚いたり、いささか怒りを持って記者団に時々文句を言ったりいたしておるわけでございまして、矢田部さんもその辺のことは十分承知の上でお尋ねだろうということは私も承知をいたしておりますが、文部省といたしましては国会の御論議を踏まえてお選びをするということでございますので、長くなった答弁で恐縮でございますが、全くこの問題について人選の着手はいたしておりません。このことを明言いたしておきたいと思います。
  55. 矢田部理

    矢田部理君 いろいろ解説を含めた説明をいた だいたわけでありますが、そういう顔色だとか解説を聞いておるとおのずとこういう人たちが浮かび上がってくるということになるんでしょうか。例えばさっきの石川さん、それから財界では瀬島さん、小山さん、文部省OBの天城さん、ずっと同じ名前が各紙に出るんです。これは、ただ財界から出しますとか、官僚OBから人を入れますということで当然挙がってくる人たちなんですか。財界には随分いろんな人がいるのじゃありませんか。どこかでこの問題を漏らしているに違いない。あるいは意中の人があるのじゃありませんか。下請などをしている動きも既にあるのじゃありませんか。全くないと断言できますか。もし、そうだとするならば、新聞記者あるいは新聞社に取り消しを求めたらどうですか。あるいはまた、これらの人は選びません、新聞に出た人は選びませんというぐらいのことを言われてしかるべきだと思うんですが、いかがでしょうか。
  56. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 全く人選を文部省としてはいたしておりません。  それから、私はむしろ記者団の皆さんにお願いをしたことがあるんです。立派な方々ですから、いろんなお立場もあろうと思いますので、ミスリードをしたり、新聞にお書きになることによってその先生のお立場を悪くするようなことがあってはならぬので、大事な方はできるだけ予測記事で出さないようにしてもらいたい、こんなことも実は私はお願いしたぐらいでございまして、そんなことをお願いすると、途端にまた翌日の新聞には文部大臣が今名前の出ている者を否定したというふうに出てしまうわけでありまして、非常にここのところは難しいことでございますが、お名前の挙がっている方々はそれなりにそれぞれのお立場で大変立派な御見識を持った方々でございますから、今、先生が御指摘のように、余り名前が出ると逆にまた本当に選びにくくなるという面もその一面政府としてはあるわけでありまして、余り予測記事をお書きにならぬようにとお願いをしますが、新聞記者の皆さんもこのことで命をかけていらっしゃるわけでありますから、これをおとめだてするということも大変これは越権なことでございます。大変恐縮でございますが、文部省としては全くこの参議院の御審議にまさに命をかけて皆さんに御論議をお願いいたしておるわけでございますので、国会の御判断が出るまで人選の着手などは毛頭考えておりませんということを、もう一度明確に申し上げておきたいと思います。
  57. 矢田部理

    矢田部理君 少しくまた問題はありますが、委員の構成、選考基準の問題を少し次に伺っておきたいと思うのでありますが、この審議会の委員の構成あるいは選考については、いかなる点に留意すべきかということについて第一次臨調が指摘をしておるんですが、十分に踏まえておりますか。
  58. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 人選につきましては、私どもはまだ明確に、そのことについて総理とも、また官房長官とも、文部省としましてもその判断をいたしていないわけでございます。先ほども申しましたように、具体的な委員の人選につきましては国会におきます論議を十分踏まえて検討したい、こういうふうに考えておりますが、教育改革でございますので、国民全体にかかわる、そしてまた我が国の将来を左右するという重要な課題でございますので、広く国民各界各層の意見が反映されるように配慮しなければならない、このように考えておるわけであります。
  59. 矢田部理

    矢田部理君 第一次臨調は、こう言っているわけです。特に、中教審などを名指しで言っているわけでありますが、国民を公正に代表する者をもって構成をすべきだ、官僚は排除すべきだというようなことを含めて構成について第一次臨調は言っておるんですが、その点は踏まえておりますか。
  60. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 先ほども申し上げましたように、広く国民各界各層の意見を反映させるということが大事でありまして、今、先生から御指摘がございましたように、国民を公正に代表するお立場の方々、幅広くいろんなお立場の方をお選びするということであろうかというふうに考えております。
  61. 矢田部理

    矢田部理君 読んでみますと、こうなっているんです。「委員の構成には、国会議員または公務員を含むものが相当数存在するが、審議会等の制度の趣旨は、行政に直接国民の意思を反映させることにあるから、国会議員、公務員が構成員として関与することは望ましくない。」という点が第一点です。それから中教審についても特に名指しで、「委員は広く国民を公正に代表する者をもって構成し、文部大臣はその決定を尊重しなければならない」ということで第一次臨調は指摘をしているわけです。  この点からいいますれば、どうも今の法案は学識経験者論になっていて、ちょっと第一次臨調の指摘とは違った規定の仕方をしているわけです。日本の各種委員の人選は必ずその学識経験者論でくるわけでありますが、これをこの際やっぱり考え直すべき時期ではないか。少なくとも内容的にもう少しきちっとすべきではないか。これは社会党の久保さんにも伺いたいのでありますが、まず文部大臣の方から考え方を示していただきたいと思います。
  62. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 私も昔の記録をいろいろひもといてみまして、国会議員等がお入りになっているのでちょっと驚いたわけであります。私は、浅学にしまして、当時、昔のことを余り承知をいたしておりませんので驚いたわけでございます。そういう意味で、現役の官僚でありますとか国会議員という者は、当然これはその中に入るべきものではないというふうに考えておりますから、今、先生から御指摘をいただきましたように、公正な代表する者、そして幅広く各界各層からお選びをする、こういう考え方で人選を進めていかなければならぬ、こういうふうに考えております。
  63. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 突然のお尋ねでございますけれども、私は、この種の審議会の場合にはどんな人が、どんな方法で選ばれるかということが審議会の役割の大半を決するのではないかと考えております。中央教育審議会の欠陥もこの審議会の委員の選び方に非常に大きな原因があったと思っておりまして、私どもがこの国民教育審議会の委員を選ぶに当たって特に参考とすべきものということになりますと、一つはフランスの中央教育審議会の委員の選び方も参考になろうかと思っております。これは八十一名の委員を選出することになっておりますが、国公立の学校の教員の代表が二十五名、私学の代表が六名、教育行政機関の代表が二十五名、社会分野の代表が二十五名、この社会分野の代表といいますのには学生とか父母とかあるいは労使の関係の人たちとかいうものを選ぶようになっているようでございます。  また、日本でも、教育刷新審議会が中央教育審議会を構想いたしましたときの最初の考え方では、中央教育審議会の委員十五名については文部省内外の法定の審議会、大学設置審議会とか学術会議とかあるいは当時ありました教育刷新審議会とか、これらの審議会が推薦をいたしますそれぞれ二名の選挙人によって選挙選出されました定員の二倍の人たちの中から文部大臣が任命するということを構想いたしておったのでございまして、こういう直接選挙をするという、例えば中央教育委員会というようなものができて、直接公選によります場合は最も理想的なのであるかもしれませんけれども、そうでない場合に国民の広い層からいろいろな立場の人たちが国民の幅広い意見を集めるという形で選ばれる民主主義の、直接選挙ができない場合には間接的な選挙による選び方というようなものを工夫するということが大変重要ではないかと思っております。  今までは、ともすれば一方的に任命をされ、そして密室の審議になるというようなことで、審議会が国民の期待にこたえなかったのだ、こう思っておりました。私どもは、そういう点で臨教審の委員の任命の仕方に対しても大変問題を感じておるのでございまして、国民教育審議会を御採択いただきますならば、今申し上げましたような考え方を参考にしながら委員は選ばれるべきものだと 考えております。
  64. 矢田部理

    矢田部理君 文部大臣、学識経験者ということで従来も各種審議会の委員を選定してきた。実態を見てみますと、大体政府寄りの学者、御用学者というのでしょうか、それから官僚OBなどが中心になって審議会をつくっている。この官僚OBが現職の官僚と内外呼応してその審議会をリードする、こういう癖があるんです。このことを第一次臨調も戒めているのであります。  現職の官僚でなければいいということにはならぬのでありまして、文部省審議会の一覧表を今もらいましたが、すべての委員会と言っていいほど、全部文部省のかつての次官とか局長とかという人たちが配置をされている。これはこの際、切断をしてしかるべきだ。さっきの新聞にも一人名前が挙がっています。こういうことをやらないと、国民は今度の審議会についてもまた中教審と同じじゃないか。中教審は、人事の大変な偏りのために信を失ったわけであります。国民の合意の上に教育改革をやっていく、合意の形成を重視するという立場をとるとするなら、少なくともそういう第一次臨調ですら言っていたことぐらいはきちんと守ってしかるべきだというふうに思うのですが、いかがですか。
  65. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 従来がどういう形で人選をされたかということは私は定かにいたしておりませんが、この臨時教育審議会、もちろん国会で成立をちょうだいいたしてから十二分に国会の論議を踏まえて判断をしていかなければならぬところでございますが、私の基本的な考え方といたしましては、従来の選考のそうした経緯には余りとらわれない、本当に幅広い国民の多くの皆さんの理解を得るように、そういうふうに私自身はこの臨時教育審議会の人選について総理に申し出たい、こういうふうに考えておるところでございます。  ただ、今、矢田部さんからいろいろ例として取り上げられました、今まで審議会について文部省の出身者が非常に多いではないかというような御意見も確かにございますが、これは個人の学識経験に着目して選任しておるものでありまして、文部省勤務経験の有無で選任されたというのは条件ではないわけでありまして、当該審議会の所掌事務について広い視野と高い識見を持っておる、あるいは当該の分野について行政的な経験が豊かであるという、そうした点を配慮して選考いたしたものであろうというふうに聞いておるわけでございます。ただし、今回の臨時教育審議会については、そうした今、先生から御注意いただきましたようなことなども十二分に人選の判断にしていかなければならぬ大事な御意見であろうというふうに考えております。
  66. 矢田部理

    矢田部理君 教育行政で経験が深いというのは事実かもしれません。それは専門委員として、あるいはまた直接いろんな参考意見を聞けばいいのであって、中教審なりあるいは臨教審の委員として入ってもらって内部で動いてもらうというのとはちょっと違うのではないかというのが第一点であります。  それから二番目には、さっき後藤田長官にも確認をしたのでありますが、もともと審議会というのは国民の意思を反映させるためにあるのだ、行政の民主化のためにあるのだということが第一次臨調でもきちっと指摘しているところなのでありまして、官僚OBの巣というと少し行き過ぎかもしれませんが、このような人たちが入るべき場所ではない、ここだけはひとつ特に御注意申し上げておきたいというのが第二点であります。  それから三番目の問題として、それならばどういう方法でやるべきかということになれば、先ほど久保さんからもお話がありましたように、各界各層から選ぶというだけではなくて、全体として、言葉はいろいろありますが、諸分野代表制というか、諸分野から代表者を出してもらうという形をとるべきではないか。その分野をどういうふうにして定めるかというのは少しく議論をしなきゃなりません。それから同時に、いろんな分野から出してもらいさえすればいいというのではなくて、その分野から代表者を選んでもらう。今、フランスの審議会のように選挙その他であるというような歴史的な経験も制度もまだできておりませんから、その点で諸分野代表制をとり、かつ、それぞれの分野から上からだれをということで指名するのではなくて、下から選んでいただくというようなことを少なくとも人選に当たっては考えるべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
  67. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 矢田部先生の御意見として大事に伺っておかなければならぬ点だろうと思いますが、今、先生お話をそのまま伺いますと、諸分野というのをどういうふうに分野別にするのかということもそれにはかかわってまいりますが、私は衆議院内閣委員会でも御答弁申し上げてきたのでありますが、特定の団体から出る代表という形で選ぶのはどうも好ましくないのではないか。それこそ、先ほど先生がおっしゃったように、専門委員とかそういう形でそれぞれの分野をお願いをするにいたしましても、やはり幅広く、国民各界各層というこの概念は非常に難しいところでありますが、特定の分野、それが特定の団体、特定のグループ、その代表者、それが今上から選ばれるのではなくて下から選ばれるにしろ、そういう分野別に選ぶということはどうも私は臨時教育審議会の議論をしていく上には余り適当ではないのではないか、こういうふうに考えておるわけでございます。
  68. 矢田部理

    矢田部理君 学識経験者とか各界各層とかという言葉で上から著名な人を選ぶということではやっぱり本当に国民に根をおろした教育改革はできない、国民の合意の形成は難しいと私は見るんです。特に、教育の場合はそうではないかと考えるわけなので、その点はひとつ十分に留意をしていただきたいのが第一点であるのと同時に、もう一点は、今度の審議会の目的の一つに、「教育基本法の精神にのっとり、」ということが大きな柱になっているわけであります。内容的に申し上げますならば、それは人選に当たっても、それから諮問に当たっても、審議会の運営に当たっても、一貫して貫かれるべき柱、内容でなければならぬというふうに私は考えるのですが、文部大臣いかがですか。
  69. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 御審議お願いいたしております臨時教育審議会設置法案につきましては、「教育基本法の精神にのっとり、」というふうに明記をいたしております。私ども政府といたしましては、この教育改革は、憲法の精神をしっかり教育具体的に反映をさせる教育基本法の精神、このことを大事に守りながら教育改革をしたいと考えておりますし、御人選申し上げる委員の皆様方もこの教育基本法の精神をしっかり大事にして御意見を出していただきたいという期待をいたしておるわけであります。
  70. 矢田部理

    矢田部理君 修正をされた責任者であられる深谷さんに、衆議院内閣委のお考え等をちょっと伺っておきたいのでありますが、人選については国会の同意人事と最終的にはされました。国会の同意人事ということになりますと、これは政府にだけ注文をつけるのではなしに、国会としてもどういう人が適任なのかというようなことで、同意の基準みたいなものを国会自身としてつくってしかるべきではないかというふうにも考えるのですが、その点いかがお考えでしょうか。
  71. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 私どもはもともと、文部大臣が意見を申し上げ総理大臣が任命するというその経緯については、適切な人事が図られるという期待を全面的に持っていたわけであります。しかし、国民各界各層の理解を得るために国民を代表する国会でも同意が必要であるという建設的な意見が出たものでありますから、それではさらにその期待を追加させる意味で、国会総理大臣から提案された方々について同意をする、判断をする、そういう規定を加えることがより公正な人事が国民の側からも認められるという、そういう判断に立って行ったものでございまして、それ以上の同意に関する範囲とか同意についての基準というようなものを別途に設ける意思はござい ません。
  72. 矢田部理

    矢田部理君 それは修正をされた自公民三党の御意思でございますか。
  73. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 国会議員責任において同意を求められた場合に判断をするという点においては、全く三党一致しております。
  74. 矢田部理

    矢田部理君 国民の合意を形成するために民主的な基準、どういう方法で選出をするかというようなことについては、全く必要がないという考え方ですか。
  75. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 国会議員国会の中で同意する規定については、まさにこれは国会議員責任であって、特別な規定をこの設置法の中に入れるとか、そういう必要はないと私は思います。
  76. 矢田部理

    矢田部理君 私は、設置法に条文を入れろというような主張はしていないんです。やっぱり国会の同意人事としたというのは、できるだけ国民の諸分野の意向を代表させよう、それにふさわしい人物を選ぼうということで、国会も今度は責任を持とうということでありますから、内閣の恣意的な人事というか行政府の考え方だけでなしに、国会としても一定の見識を持つ、意見を持つということでありますから、それについての基準ぐらいは考えておかないといかぬのじゃないかというのはそうおかしな議論じゃないと思うんですが、いかがですか。久保さんにも、これは対案として出された中に国会同意人事論がありますが、あわせてお尋ねをしたいと思います。
  77. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 総理大臣国会に同意を求めた場合に、それぞれの国会議員責任を持ってその人事について検討し答えを出すという、その当然の筋道を私たちは期待しているわけでありますから、特別な規定、基準を設ける必要はないと判断をしております。
  78. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 条文の中に基準を定めるということは大変難しいことかもしれませんが、国会で同意をいたします際に、私どもがその基準といいますか根底に置くべき考え方というのは、客観的なものとしては、ILO、ユネスコが一九六六年勧告をいたしましたその中に、教育政策とその明確な目標を決定するためには、文化団体、研究調査機関はもちろんのこと、関係当局、教育団体、雇用主と労働者及び父母等の各組織の間で緊密な協力が行われなければならないということがございます。この考え方がこの人選の場合の基準として生かされればよいのではないだろうかと考えております。
  79. 矢田部理

    矢田部理君 あわせて、さっき文部大臣には伺ったんですが、教育基本法との関係で人選を考えるべきだ。「教育基本法の精神にのっとり、」と政府案でも言っておるし、それから社会党の国民教育審議会設置法でも教育基本法ということを重視した考えに立っているわけでありますから、それは人選に当たっても貫かれるべきだというふうにも考えるんですが、その点はいかがですか。
  80. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 当然に、私は日本国憲法や教育基本法に否定的な立場をおとりになる方は委員に選ばれてはならないと考えております。
  81. 矢田部理

    矢田部理君 いずれにいたしましても、中教審が第一次臨調、佐藤調査会の指摘にもかかわらず、委員の人選に非常に偏りがあった。例えば多くの教職員を組織している教職員団体の代表を一切入れない、教育学界の先生方にこれまた門を閉ざしているというようなことを含めて人事に偏りがあったという点が指摘をされているわけです。あわせて、この中教審のもう一つ問題点は、密室審議をますます強めていった。  そこで、この中教審の失敗をも含めて考えてみますれば、今度の審議会についてどうして公開制がとれないのか。特に、教育の問題については秘密などあってはならない、オーフンにして国民各界各層の意見をそれこそ結集していくべきだというふうに考えるのでありますが、公開について文部大臣はどうお考えでしょうか。
  82. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 臨時教育審議会は、先ほどから申し上げておりますように、幅広く国民各界各層からのいわゆる識見を持つ方々によって二十一世紀あるべき日本の教育の姿を自由闊達に御論議をいただきたい、こういうふうに私どもは期待をいたしておるところであります。特に教育は、先ほども申し上げましたように、我が国の将来をまさに左右する重要な課題でございますので、十二分に御論議をしていただいて、そしてまたそのプロセスにおいては国民の意見が反映されるように、そしてまたその理解と協力が得られるようにするということが一番大事であろうというように考えております。  確かに、御指摘のように公開制で議論をするということも大変大事でありますが、今ある制度についていろんな角度で検討していく、あるいは改革していくというようなことも出てまいります。やはり確かに公開制にするということは、一面自由なように見えますけれども、発言される方々お一人お一人のお立場に立ちますと、かえって発言の自由というのは妨げになるという面もあるわけでございます。  確かに、矢田部さんおっしゃるように、教育には秘密性はあり得ません。しかし、御論議をしていただく委員のお立場というものを考えて、御自由に御論議をいただく、そのかわり御論議の審議内容や経過については適宜国民の前に公表をしていく、あるいはその他さまざまな工夫をやっていただく。基本的には審議会自身でその御判断をお決めいただくということは基本的なこれは考え方ではございますが、私どもといたしましては、審議を公開するということについては、かえって審議状況がそのまま公開されるということにおいて一面、委員の自由な発言が制約される、そして、ひいては審議会の審議に影響を及ぼすことになるのではないかという問題に考えているわけでございまして、別途さまざまな工夫をしながら国民の広く理解と協力を得られるような審議運営をしていきたい、そのように判断をいたしているものでございます。
  83. 矢田部理

    矢田部理君 深谷さんに伺いますが、この修正は国会同意人事にしたということと国会への報告義務を課したというふうなことなどが中心であるわけでありますが、公開の問題についてはどうして修正をされなかったのか、あるいは議論はなかったのか、その点について修正提案をされた関係からお聞きをしておきたいと思います。
  84. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 公開につきましても、いろんな議論がございました。しかし、審議会が開かれる、そのすべての状況があからさまになり続けるということについては、現在のようなマスコミあるいはさまざまな世論の動きなどを見てまいりますと、委員の一言一言にまで、これはどうだ、あれはどうだという批判が及ぶ可能性がある。あるいは投書その他で、本意ではなかったが逆に受け取られたというようなことで議論が起こってくる可能性もある。そうなってまいりますと、委員が闊達な議論を自由に行うということについて逆に制限がもたらされるのではないだろうか、こういう議論が非常に強く出ました。  そこで、公開にかわるものとしては、しからばどうしたらいいだろうか。それはしばしば政府側の答弁にありましたように、常時区切りをつけて報告をしてもらう、それから答申が出た場合には国会責任を持って報告をするものとする、この二点で十分にカバーできるのではないだろうか。民主的な議論が自由闊達に行われて、その状況が区切りをつけて報告される、まとまったときにも報告される、そういうことによって公開に準ずる、あるいは公開に等しい状態が得られると考えたものでありますから、「国会に報告するもの」という規定にいたしたわけであります。
  85. 矢田部理

    矢田部理君 久保さんに、今の修正提案者の説明も含めて御意見を伺いたいと思うのでありますが、この国民教育審議会法では明確に「審議会の会議は、公開とする。」という規定を置いたので、その趣旨をも含め公開について幾つかの、しない方がいい、しない方が自由な発言を保障する意味で結構なんだというような意見もあるわけでありますが、その反論も含めて御説明をいただきたい と思います。
  86. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 私は、森文部大臣がおっしゃったと聞いておるのでありますが、教育の論議に秘密はない、私も全く同感でございます。そして、教育改革審議する場合に、その論議に参加される方は自分の発言がいつでも国民のすべての方々の批判にたえ得るものということに自信を持って発言をしていただかなければならないものだと考えております。  中曽根総理教育改革の問題について国会で述べられましたことは、国民の合意のもとにすそ野の広い論議をやりたいということでございました。そういうことでも、ただいろいろな立場の人が審議会の委員として選ばれているというだけでは国民の参加や合意ということにはつながっていかないのでございまして、もっと国民の皆さんがこの審議会の論議に直接、間接に参加し、そしてそこのまとまる意見というものに対して、みんなが自分たちの考え方を取り入れてもらうということによって、自分たちもいろいろと主張さしてもらうということによって合意が得られるように努力をしなければいけない、こう思っております。  しかし、私ども国民教育審議会設置法案を提案するに当たりましては、この審議会がいかなる場合も全面公開をしておかなければならないということでは審議会のまた自由を拘束する場合もあると考えましたので、三分の二以上の御同意があれば非公開とする自由も認める、こういう立場で提案をいたしておるのでございます。これは、私は民主主義社会のもとにおける審議会のあり方としては大変妥当なものではなかろうかと考えておりまして、教育に関する審議会が公開されないということになれば、もはや国民の合意を口にすることはできない、こう思っております。  我が国の戦後の教育刷新委員会におきましても、この委員会は戦後ただ一回だけ例外的に総理直属でつくられた審議会でございますが、この会は審議が終わりました後議事録を公表するという形で公開をしてまいったと考えておりますが、議事録を公表できるのであれば会議そのものも公開してよいのではないかと私は考えておるのでございます。
  87. 矢田部理

    矢田部理君 今、久保さんからるる説明があったのですが、原則的に公開をしてどうしても不都合だ、これはやっぱり内部で議論をした方がいいというようなことが非常に多数である場合には三分の二で非公開にするというような運用上の考慮を払えば十分に公開可能なんだ、原則公開にしていいんだ、こういう考え方は間違いですか。
  88. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) これは基本的には審議会自身で御判断をいただくことでございますけれども、今、久保さんのお考えでは、原則を公開として委員の皆さんの同意を得て非公開にするという一つのやり方もあるわけでありますが、私ども審議は原則として公開しないが、適宜論議の内容についてはいろんな工夫、いろんな方途で国民の前に明らかにしていくということの方がよりベターであるというように私どもは考えて判断をしているわけであります。  つまり、やはり発言するお立場の方々は、それぞれ端的に申し上げて、先ほどもちょっと御論議の中に出ましたけれども、特定の教育にかかわりを持つ団体の皆さんとか、そういうお立場ではないわけです。もちろん、そういう場合もあり得るかもしれませんが、いろんなお立場の方があるわけでありまして、その方々の本当に自由な発言というのがこの教育改革にとってとても大事なことだというふうに考えます。もちろん、日本の今日の民主主義というのは大変発展をいたしておりますけれども、いろんな例がたくさんございます。長くなって恐縮でございますが、ある特定の量販店の社長さんが日本の農政に対して批判をした、お米は外国から買えばいいので日本は高い米を買う必要はないという意見をある機関に出された。それだけで不買運動が起きてくる。  そんなことが現実に行われたとは思いませんけれども、そうしたことがそれぞれお一人お一人のお立場から考えれば、絶えず、原則が公開で、何委員がどう言ってこう言ったということがそのまま外へ出ていくということになると、委員の方々にとっての発言は、御自分の個人的なお立場もあるわけでございますから構えた発言をせざるを得なくなるということで、本当の正しい意見が出てこないのではないかというふうに心配をいたしているわけでありまして、国民協力を得る、理解を得るという角度からはいろんな方策はむしろ審議会自身でお考えをいただく。私どもといたしましては、委員の皆さんにできるだけ自由に、濶達に御論議をいただきたいということがこの臨時教育審議会の最大の願いであるというふうに、どうぞ御理解をいただきたいと思う次第です。
  89. 矢田部理

    矢田部理君 大臣の考え方は、原則が違っているんだよ。世の中の流れは情報公開です。アメリカのサンシャイン法は、改めて紹介するまでもありませんが、こう言っているんです。「公衆が合衆国政府の政策決定過程に関する最大限に十分な実際的情報を受ける権限を有することが合衆国の政策である」、ここまで言い切ってサンシャイン法というのを出しているわけでしょう。日本の臨調だって、いろいろ評判は悪いが、また十分ではありませんが、第二臨調では行政の運営審議会の扱いについてどう言っていますか。これは後藤田さんに聞いた方がいいのかもしれません。
  90. 古橋源六郎

    政府委員古橋源六郎君) 審議会等につきましても、それはできるだけ公開ということが望ましいけれども、「審議会等の会議の公開は、それぞれの設置目的、任務等に照らしつつ個別に決定されるべき問題であるが、審議概要の公表を行う等できるだけ公開の精神に沿った措置を講ずる。」ということを第二臨調の答申においては言っておられるわけでございます。
  91. 後藤田正晴

    国務大臣後藤田正晴君) 臨調についての御質問でございますが、臨調自身もできるだけ公開した方がいいということでしょうけれども、問題は、今御議論になっている点にも関連すると思うんですけれども、別段秘密にすることもない。しかしながら、一番肝心なことは、委員のそれぞれの方が、自由な発言の環境をつくってあげないと、自由な発言が制約を受けるといったようなことでは困るわけでしょう。  そこで、審議の過程あるいは審議が終わった段階でどういう審議があったというようなことは、それは審議会がお決めになればいいんですけれども、問題は公開ということになると、だれそれが何を言ったということになるわけです。そうなってくるというと、発言について必ずしも自由な雰囲気の中で物が言いにくくなるということでしょうから、そこをどう担保するかということではなかろうか、私はそう思うんです。したがって、文部大臣お答えしておるのは私は当然の筋ではなかろうか。行革審の方もそうなんです。どんどん発表します。しかし、それは審議会としてお決めになっているのであって、個々の人が何を言ったかという、その会議そのものは公開にはしないということでやっておるように私は承知をいたしております。
  92. 矢田部理

    矢田部理君 後藤田さんの説明も、必ずしも一貫性がないと私は思っているんです。  臨調が言っておりますのは、第五次答申ですが、会議の公開はできるだけすべきだと言っているわけです。つまり、それが原則なんです。ところが、文部大臣の方は公開をしないのが原則なんだ、それを原則にした上でできるだけ明らかにするという、原則の置き方がちょっと違うというのが第一点です。  それから二番目には、第二臨調が言っておりますのは、「設置目的、任務等に照らしつつ個別に決定されるべき問題である」、ケース・バイ・ケースで決めなさい、こう言っているわけです。ところが、政府の一貫した説明は、あらゆる審議会について委員の自由な発言を確保するためには非公開がいいのだ、つまりケース・バイ・ケース論を否定して一般論で切っている。ここに政府の間違いがあると思うんです。  加えて、議事録などについてもそうです。議事録などはできるだけ公表すべきだという議論が一 方であるわけでしょう。ところが、これもなかなか公表しない。これでは開かれた論議とか国民の合意形成とかというのは難しいんです。  そこで、これは総務庁に聞いた方がいいのかもしれませんが、二百幾つかある日本の審議会、あるいはまた八条機関はもっと少のうございますけれども、その中で中央漁業調整審議会というのがある。これは、いろんな審査会その他で準司法機関的なものがありますが、そうでなくて唯一の公開を決めた審議会があるんです。この審議会、何か言論の自由でも妨げられましたか、支障がありましたか、総務庁に伺いたいんですが。
  93. 古橋源六郎

    政府委員古橋源六郎君) お答えいたします。  二百十三ございます審議会の中で、それはすべて公開をしていないというわけじゃございませんで、いわゆる準司法的な業務を行っているようなもの、こういうものについては公開をしているわけでございます。ちょっと今手元のあれは正確じゃないかもしれませんけれども、法律をもって公開とするという原則を示しておりますのが今の御指摘をいただいたものでございます。そういうものを含めまして公開というふうに書いてあります。内規で公開とするというのもございます。あるいは慣行で公開をしているものもございます。そうした七つ。原則公開というようなものも二十程度はございます。大体、準司法的な権限というか仕組みを持っているもの、そういうものについては公開をしているというふうにお考えいただければいいのじゃないか、こういうふうに思っております。
  94. 矢田部理

    矢田部理君 社会保険審査会とか公害健康被害補償不服審査会とかという、審査を対象とする準司法的な機関については公開の原則を持っているわけです。それだけではなくて、漁業調整審議会などというのは必ずしもこれは準司法的機関じゃありません。しかし、これは明文で公開を規定している。何かそのために不都合がございましたかと聞いているんです。特段の不都合がないんです、公開しておって。その結果、審査の自由が妨げられたとか言論の自由が著しく制限されたなんという話は聞いたことがない。  そして、これは藤波官房長官に伺った方がいいと思うんですが、今、日本の社会でオープンにしたら自由な論議はできないというほど日本の民主主義とか言論、表現の自由は貧弱なものでしょうか。また、自分の発言についていろんな批判がされても、それは批判がまた次の新しい発展を生むのでありまして、そういう自由闊達な論議こそ期待されるのではありませんか。その意味では審議会を密室の中に閉じ込める、時々まとまったとき報告すればいいというような性質のものにしては断じてならないと私は思うんですが、これは総理の考え方の問題です。  ここまで来れば、今の情報公開、各国の諸制度、日本の臨調の考え方、それから現に公開をしている日本の審議会のあり方、実態を見ても、どこから見たって審議会を密室にする理由はない。原則公開、しかしどうしても何かの事情で必要があったり、それが多数の意見と考えた場合は、社会党がまさに提案しているように、そのときには非公開でやったらいいじゃありませんか。それが民主主義というものじゃありませんか。特に、教育はそのことが非常に要求をされているのじゃありませんか。官房長官にお答えをいただきたい。
  95. 藤波孝生

    国務大臣(藤波孝生君) 今度の臨時教育審議会の御論議は、時代の変化に対応して、しかも従来いろいろ問題があったところをどのように解決していったらいいか、国民の皆さん方も非常に御心配になっておられて、各方面でいろんな教育論議が起こっている、そういうことを踏まえて新しく出発していこう、こういうふうに考えて御提案申し上げておるところだと思います。  したがいまして、この審議会が出発をして論議が進められてまいります中で、教育論議というのが臨時教育審議会の中だけで論議されているというのでなくて、いろいろなサークル、いろいろな地域、いろいろな団体でそれぞれ考えておられる、教育をどうしようかというような御論議が高まってきて、そういう国民的な教育改革への御論議がずっと進んで、私はよく、表現がいいかどうかわかりませんが、今度の臨時教育審議会はそういう意味でも国民の皆さん全部が教育のことを考えてくださるいわば中央広場だ、中央広場で臨時教育審議会というのは御論議をいただいていく、随所にいろんな御論議があって、それらの御論議も十分参考にされるし、それぞれお互いに十分勉強し合いながらこの論議が深まっていく、こういうことになると非常にいいと思っておるわけであります。  そういう意味でも、非常にうまくこの臨時教育審議会での論議が国民の皆さん方に伝わって、そして今審議会ではこんなふうに論議が進んでいるというようなことがわかって、それに呼応していろんなところでもいろんな御論議がある、御提案もいただくというようなふうになれば私はいいと思うんです。そういう意味でも、さっきからお話がございますように、先生指摘の、それが密室であるとか閉鎖的であるとかということであってはならないと思いますが、ただ選ばれた委員の方々が真に心の底から自分の思っておられることを自分の利害得失一切にこだわりなく教育論議として進められる、何らの拘束も受けないというような形が保障されるというのは非常に大事なことだと思います。  それからもう一つ、こういう視点は先生ないでしょうか。今現に教育界があって、それぞれ教育活動が進められているわけです。その中で、例がいいかどうかわかりませんが、ちょっといい例が思い当たりませんので申し上げますと、例えば高等教育にはもっと行くべきだという御発言をなさる方もあるだろうと思うんです。高等教育なんてそんな頭でっかちなことをしないで、もっと中学校や高等学校から社会へ出て社会人として頑張っていく中で、将来また高等教育をやろうと思ったら高等教育へ行くというふうな機会がもっと保障されたらどうかとかというようないろんな論議があると思うんです。  高等学校の論議の場合に、普通科を中心としてやるべきだという人もあるかもわからぬし、いや、それは職業教育を中心としてもっと考えたらどうだという御意見も出るかもわからない。そうすると、何か要領よくまとめられて外に意見が出ませんと、委員の方の御発言がそのときそのときで教育界は一喜一憂する。こういうことになりますと、教育界に対する影響というのはそのときそのときにいろいろな形で出てくる。中学校の進学指導先生は一体どういうふうに生徒に話をしたらいいのだろうかというようなところもあろうかと思いますから、そんなこともいろいろお考えになって、文部省文部大臣中心に要領よく何か外へ論議の過程が出るようになればいいがというふうにお考えくださっているというのは、文部行政の責任者として私はそれは正しいのではないだろうかというふうに思うわけでして、これは決して密室で論議をしていこうということとは違って、事柄の重要性にかんがみ、しかも先生おっしゃるように、今日の日本の社会というのは民主主義の非常に強い基盤がお互いに一応できている、こういうふうに信じたいわけでございますから、その上に立っての自由な御論議ではありますけれども、扱いについては十分気をつけていくようにしてはどうか。こういうようなところを考えますと、何とか御理解をぜひひとついただきたいものだ、こう思うのでございますが、いかがでございましょうか。ぜひ御理解をいただきたいと思うわけでございます。
  96. 矢田部理

    矢田部理君 私は理解をするわけにはいかないのでありまして、やっぱり知る権利とか、行政情報を全般的に公開して、そのことで国民がみんなで教育の問題を考える一つの契機にする、それを通して国民が参加をしていく、それで意思を形成していくということの方がよほど大事だ、あるいは教育改革も実りあるものになると私は依然として持論として持っておりますから、今後の運営に当たっては十分しかとそこを考えてもらいたいと思うわけであります。  公開論議ばかりやっておってもあれでありますから、次の質問でもう一つ大変気になりますのは、これは修正案を出された深谷さんに詰めなきゃならぬと思うんです。委員の人は、今度は守秘義務というのがついてしまった。臨教審の委員になりますと、「職務上知ることができた秘密を漏らしてはならない。」、一生漏らしてはならない、どうしてこんな規定を置くことになったんでしょうか。会議が非公開の上、しかもその委員は知り得た秘密を漏らしてはならない、ますます密室に閉じ込められることになっていはしないのか、教育に秘密がないのにどうして秘密を守る義務を課さなければならなかったのか、このことをまず深谷さんから。
  97. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 政府から当初出されていた臨教審法案は、国会の同意を得なくて内閣総理大臣の任命でありますから一般職の国家公務員。一般職の国家公務員には国家公務員法という法律があって、当然そこでは守秘義務というのが規定されているわけです。これを同意にしたわけでありますから特別職の国家公務員になるわけで、委員の形というのは全く変わりはないものでありますから、これは国家公務員法に規定されたその枠組みの中に入りませんので、それを新たに文言にして載せたというわけでございます。
  98. 矢田部理

    矢田部理君 そういう言われ方をするならもう少し聞きますが、国家公務員法百条の秘密とこの臨教審法案に出した秘密は同じですか、違いますか。
  99. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) この問題についてもいろんな議論があったのでありますが、特別職の国家公務員を規定するさまざまな審議会、従来からのものを全部調べてまいりますと、三十年代以降のものはことごとくこの守秘規定を入れておるわけであります。最近では入れていないという例がありません。ですから、そういう通常の形に照らしてこのたびもそういうものをつけ加えた。したがいまして、公開とかいわゆる密室で行うというようなことの配慮は、この規定の中には私たちは含めておりません。
  100. 矢田部理

    矢田部理君 私の質問は全然違います。  もう一回申し上げますが、国家公務員法百条の秘密とこの臨教審で決めた秘密というのは同じですか、違いますかと聞いている。
  101. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 同じものと理解していただいて結構です。
  102. 矢田部理

    矢田部理君 全然違うのだと私は思うんです。国家公務員法よりもっと悪いんです、一般に学問上言われているこの内容というのは。あなたも指摘をされましたように、ずっと戦後の審議会を見ておりますと、守秘義務のない審議会がいっぱいあるんです。特に、今言われたように、二十年代の審議会は全部ありませんと言ってもいいぐらい。ところが、原子力関係審議会ができたり、公害関係審議会ができる時期からなぜか政府は守秘義務をつけるようになった。しかも、公務員法の守秘義務よりも範囲が広い。こんなばかなことがありますか。教育には秘密がないというなら、これは直ちに削除すべきだと私は思いますが、いかがですか。
  103. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 今、委員の御指摘のお考えと私たちは考えを異にしております。  私たちは、例えば守秘義務の中に、個人のプライバシーとか、そういう最低限保障されなければならない事柄についての守秘規定であります。それ以上の、例えば区切りをもって報告する事柄や、答申の内容について国会に報告する事柄に秘密事項を加える、そういう配慮を持っているのでは全くないわけでありまして、その点はあなたの御指摘といささか違います。
  104. 矢田部理

    矢田部理君 国家公務員法の秘密とここに言う守秘義務の秘密は同じだという考え方、それで維持していいのでしょうか。ちょっとこれは学界の通説というか物事の考え方の基本にかかわる問題、秘密の範囲の広さ、質にかかわる問題なんだ。それを、あなた、維持されますか。そうだとすればこれは大変なことですよ、かつてない解釈ですから。
  105. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 私たちがここで挙げているのは、一般的に守らなければならない秘密、つまり、ただいま申し上げたような個人のプライバシーにかかわるような秘密あるいは外交上の秘密、さまざまに語られているその範囲のものについての守秘義務を項目として加えた、そう思っております。
  106. 矢田部理

    矢田部理君 国家公務員法の秘密の範囲と同じだと答えているがそれでいいんですかと、こう聞いている。そんな解釈はどこにもありませんよ、日本に。そんなことになったら大変なことになる。全然納得できません、今の答えは。
  107. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 規定の文言は全く同じでございますから、先ほど申し上げたように同じに理解していただいて結構でございます。
  108. 矢田部理

    矢田部理君 実質秘と形式秘というのは違いがわかりますか。
  109. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) わかります。
  110. 矢田部理

    矢田部理君 どういう違いでしょうか。
  111. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) 公務員法では実質秘で考えております。
  112. 矢田部理

    矢田部理君 ここの秘は、この臨教審の秘はどうですか。
  113. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) ただいま申し上げたように……
  114. 高平公友

    委員長高平公友君) 委員長名前を言ってから立ってください。あなた方でやりとりしては委員会は保てませんから、注意しておきます。
  115. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) わかりました。  私どもは、同様に考えております。
  116. 矢田部理

    矢田部理君 公務員法で定められている秘というのは、刑罰によって担保されているといいますか、その違反は罰則があるんです。だから、単なる形式秘であってはならない、実質秘を指している。ところが、このここで言う秘というのは刑罰規定はございません。したがって、懲戒処分、罷免などの処分によって担保される格好になる。したがって、その秘は公務員秘とは違って形式秘を指すのだというのが一般的、常識的な考え方なんです。そうなってきますと、この秘密の範囲というのは一般公務員の秘密よりもはるかに範囲の広いものになる可能性を持っている。指定秘とも一般に言われている。その意味じゃこれは違うんです、講学上。同じだというあなたの説明は納得できません。  ちょっとお待ちください。私は提案者の意思を聞いておるのであって、法制局の解釈を聞くのじゃないのだから、指定しない人は手を挙げないでください。
  117. 深谷隆司

    衆議院議員(深谷隆司君) ただいまの議論については、法制局から法的な背景を踏まえて答弁させます。
  118. 松下正美

    衆議院法制局参事(松下正美君) お答え申し上げます。  秘密と申しますのは、一般に知られていない事実で、知られないことについて利益があると客観的に認められるものをいうというふうに理解いたしておりまして、その点につきましては国家公務員法の百条も修正後のこの法律案の第五条第六項の秘密も同一であるというふうに考えておるわけでございます。
  119. 矢田部理

    矢田部理君 全然納得しません。
  120. 高平公友

    委員長高平公友君) もう少しわかりやすく答弁してくださいと、こういうことであります。納得できるように答弁してください。
  121. 松下正美

    衆議院法制局参事(松下正美君) お答え申し上げます。  国家公務員法の第百条第一項に規定しております秘密と申しますのは、先生指摘のように実質秘ということでございます。修正後のこの法律案の第五条第六項の秘密も国家公務員法第百条第一項の秘密と同じように実質秘と考えるべきものである、このように理解をいたしております。したがいまして、国家公務員法の第百条第一項と修正後のこの法律案の第五条第六項は同一であるというふうに考えておるわけでございます。
  122. 矢田部理

    矢田部理君 講学上その刑罰によって保護される秘密と、それから行政上の懲罰規定によって保護される秘密というのは違う、前者は実質秘であり、後者は形式秘だという考え方は、あなた、わかりますか。
  123. 松下正美

    衆議院法制局参事(松下正美君) お答え申し上げます。  先生指摘のように、修正後のこの法律案の第五条第六項の守秘義務につきましては罰則の担保がないことはそのとおりでございますが、その罰則の担保がないからといってこの第五条第六項の秘密が形式秘を意味するということにはならないのではないか、このように考えております。
  124. 矢田部理

    矢田部理君 そうだとすると、これは秘密に乱れが生ずるのじゃありませんか。一般的にはそういう法制になっているんです、みんな。物の本もみんなそう書いてある。少し勝手な解釈にならないか。刑罰をもってチェックされる秘密はかなり厳格に見なきゃならぬわけです。単に秘密だと思っただけじゃなくて、言うならば、それを秘密として保護するに値する秘密という実質秘論が出たわけです。しかし、刑罰ほど厳しくない懲戒等の手続によってチェックされる秘密というのは、例えば官公庁がマル秘という判こを押したり、これは秘密だと指定をしたりすれば、実質上の秘でなくても秘密になるという範囲の広い秘密というふうに一般的には説明されている。  ここの臨教審の規定の中には罰則の規定がありません。逆に罷免、「委員に職務上の義務違反その他委員たるに適しない非行があると認める場合においては、」「罷免することができる。」。いわば懲戒規定とまでは言えないかもしらぬが、それに類似した規定で担保されている秘密ということになるわけだから、当然これは文脈上あるいは規定の体裁上やっぱり形式秘も含むと読まなきゃならぬ、立法者がどういう説明をしようと。そうなってくると、従来の一般公務員法よりもより広い範囲の秘密保護規定がここに挿入をされる。これは委員会の公開の問題とあわせて極めて重大であるというふうに私は言わざるを得ないわけです。それが一つ。  それから一体この秘密というのはだれが決めるのだ、どこで決めるのだという問題もあるわけです。しかも、その秘密が一生涯かぶさる、委員には。これは少なくとも入れるべきじゃない。あわせて申し上げれば、ずっと全部、特別公務員は秘密にしなきゃならぬなんという理由はないわけです。例えば地方財政審議会なんというのは、この規定は全然置かれていないからオープンです。地方財政審議会がオープンでやられておって守秘義務がないのに、どうして天下にオープンにすべき教育の論議で守秘義務を課さなきゃならぬのですか。守秘義務がない審議会はいっぱいあります。こういう点でも、この守秘義務の規定は大変問題なんだ。我々は、これは絶対賛成するわけにはいかぬ。まして、今のような解釈というのはその場逃れの解釈と言わざるを得ないと思うんです。
  125. 松下正美

    衆議院法制局参事(松下正美君) お答え申し上げます。  先生指摘のように、刑罰をもって担保せられております国家公務員法第百条の守秘義務におきまする秘密というものは厳格に解さなきゃならないということは先生おっしゃられるとおりなんでございますが、ただ罰則で担保されていない守秘義務であるからといいまして、論理必然的にそれが形式秘であるということにはならないのではないかと思うのでございます。と申しますのは、先生も御指摘になられましたように、この守秘義務につきまして法律効果がないわけではございませんで、この守秘義務の違反がありました場合には、修正後の法律案の五条五項によりまして罷免の事由とされているわけでございます。でございますから、この五条第六項の秘密につきましても厳格に解釈をする必要があると思うのでございまして、やはりこれは形式秘というように解すべきではないのではないかというふうに思うのでございます。
  126. 矢田部理

    矢田部理君 委員長、これは法制局がその場しのぎの説明をしてもだめなんです。非常に重要な規定、問題のある規定ですから、最終的にはこれは政府が責任を負わなきゃならぬ規定でもあるから、法制局長官を呼んで、ひとつこの統一的な見解を示してほしい。いささかなりとも疑われるような問題の余地を残すべきでない、そのことを強く要求します。
  127. 高平公友

    委員長高平公友君) 速記をとめてください。    〔速記中止〕
  128. 高平公友

    委員長高平公友君) 速記を起こしてください。  暫時休憩します。    午後三時三十五分休憩      —————・—————    午後三時三十九分開会    〔理事坂野重信君委員長席に着く〕
  129. 坂野重信

    ○理事(坂野重信君) 再開いたします。    〔理事坂野重信君退席、委員長着席〕
  130. 矢田部理

    矢田部理君 審議会をめぐる問題は、守秘義務の問題も含めてまだ幾つかありますので、ただそれを前提とする質問等もありますからここでひとつ置いておきまして、別のテーマに入ります。  官房長官が四時から記者会見だそうでありますから、これも順序が逆になりますが、先に質問したいと思います。それは、教育改革の位置づけと申しましょうか、臨教審の位置づけと言った方が適切かもしれませんが、そこを伺っていきたいと思います。  従来、教育問題については中教審がありました。この中教審がさまざまな教育問題等々について答申を出してきたわけでありますが、今回なぜ中教審でなくて臨教審なのかということがいま一つはっきりしません。政府の説明によりますと、一文部省が取り扱うべき問題ではない、総理大臣が直接的に各省庁を結集してやる改革だからなどという説明もありますが、同時に、中曽根総理は、中教審というのは占領軍によって指導された外来種の教育理念や制度の上を走りながら小刻みの改革を行っているにすぎない、第二臨調の次に必要なものは教育大臨調だと考えている、文部省の中教審程度のスケールの小さい技術論による教育改革ではなく、教育体系の基本的なあり方まで掘り下げて改革するのだというような発言まであるわけです、憲法問題は後に置いておきますが。  我々も、中教審に対しては意見を持っています。先ほどから指摘しておりますように、委員が公正に選出をされていない、大変密室的で、教育基本法を全体としてゆがめるような方向の中で中教審が仕切られてきたということなども含めて中教審には意見を持っておりますが、中曽根さんはまた別の意味であの中教審に対する大変不信を持っておられる。この中教審に対する不信、意見というのは、とりもなおさず文部行政に対する意見でもあろうかと思うんです。その点で中曽根さんの判決によれば、中教審と文部省は落第、能力がない、したがって私が引き取ってやるのだというのが今度の臨教審のように思えてならないんです。  そして、中曽根さんがそういうことを言い出すことになりますと、今の中教審の批判にも一部あらわれておりますように、どうも中曽根さんの持って生まれた体質というのでしょうか、政治的なにおいがふんぷんとこの臨教審の中にちりばめられている、においがついているというふうに思わざるを得ないのでありますが、この点、中曽根さんの中教審批判、ひいては文部省批判に対して文部大臣はどう考えられるのか。それから、これは総理に聞けばいいのでありますが、きょうは官房長官がおいでになっておりますから、この辺のところを官房長官としてはどんなふうにお考えになっておりますか。まず、御両者から伺っていきたいと思います。
  131. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 中教審は、これも矢田部先生十分御存じでありますが、文部大臣の諮問に応じまして、文部省の固有の事務、教育、芸術、文化に関します基本的な重要施策について調査審議をしていただく、そういう機関でございます。今回お願いをいたしております臨時教育審議会は、いわゆる二十一世紀に向けて我が国社会における教育の諸機能全般にわたって行政各部の施策 の関連を考慮しながら総合的に内閣全体で検討をしよう、これが今回の臨教審を設置する理由でございます。  したがいまして、総理が、今、先生から総理の御発言に対して御意見を交えてのお尋ねでございますが、それは決して文部省や中教審を非難するということではなくて、やはりこれからの教育全体を長期的に、そして政府全体の責任において検討しようということでございますので、文部省や、そしてまた文部省の諮問に応じて今日まで数々の答申を出し意見を提言してきた中教審のそうした実績をも踏まえて、そして政府全体で長期的な展望で検討しようというものでございますので、文部省が失格だとか中教審はだめだというそういう御意見ではない、私どもはそのように承知をし、理解をしているところであります。
  132. 藤波孝生

    国務大臣(藤波孝生君) 今、文部大臣お答えになられましたとおりでございますが、歴代文部大臣を中心にいたしまして文部行政が随分御努力をいただいてきたことに中曽根総理は常に敬意を表しておるのでございます。そして、よく夜などお一人で何か物を読んでおりますから、何を読んでおるのかと思って見ますると、代々中教審が御答申になってこられた答申書をずっと精読をしておるというような場面によくぶつかるのでございます。決して中教審というものの果たしてこられた役割とか、またその後文部省がフォローしてまいりましたことなどについて軽視しておるとかあるいはべっ視しておるというようなことは全くないということは申し上げておきたいと存じます。  ただ、今、文部大臣お答えになりましたように、明治以来非常に教育を大事にしてきた日本の国が、今日さらに新しい時代に向かって、二十一世紀に向かって大きく飛躍、発展を遂げていこう、特にいろいろ検討してみると教育の問題について国民的にもいろんな御意見がある、こういった御意見を各方面からちょうだいして、そしてみんなでさらにいい教育を進めていくように、そういう論議の場を内閣総理大臣が諮問をするという形でお願いをして、今お話がありましたように、この問題に政府全体が取り組む。  そして、特に大事なことは、今日の問題は、縦割りの今日の行政の姿から見ますると、いろんな役所に随分またがって解決をしていかなきゃならぬ問題がいろいろあるわけでございます。教育の問題も文部省が当然責任を持ち、かつ中心に立ってお進めをいただくわけでございますけれども教育を中心としていろんな省庁に、いろんな問題としてまたがっている部分が多うございまして、答申をいただきました後は政府全体挙げてこの実行に向かって進まなければいかぬ、そういうふうな姿勢を示すためにも、従来の文部省の中教審との関係というのでなく、新しい審議会を設けて総理大臣の諮問機関としてお願いをしよう、こういうことで今度の御提案を申し上げることになりましたので、どうか御理解をいただきたいと思うのでございます。
  133. 矢田部理

    矢田部理君 中曽根内閣のもとでの閣僚でありますし、また番頭役の官房長官でありますから弁明、弁護することはいたし方ないとしても、またそれは相当割り引いて考えなきゃならぬのでありまして、特に中教審に対してそういう批判の矢をかつて向けていただけではなしに、行革をやった後は教育だ、教育臨調のようなものをつくって、この文章によりますと、オーバーホールをやることが大事で、それが事実上憲法問題も処理することになる、こうまで言い切っているんです。もともと憲法改正論者、我々から言わせれば改悪論者であった中曽根さんが、なかなか今の情勢から簡単に憲法改正はのらない。そこで、ここで教育に手をつけて、言うならば事実上憲法改正をやってのける。憲法問題の処理をすることになるのだ、こう言っているんです、ある週刊誌の文章を読みますと。  こういう位置づけで教育改革なるものをやるとするなら、これは大変な事態だと私たちは深刻に受けとめざるを得ないんです。憲法問題との兼ね合いで教育問題をとらえてきたことは、この週刊誌の議論だけでなしにほかの会合でも言っておるはずであります。そこら辺をどうつかまえているんでしょうか。依然として教育臨調を憲法改悪の前段論、こういう位置づけで教育問題を走らせているのではありませんか。その点、官房長官にもう一度伺っておきたい。それから久保さんはこの点どういうふうに見ておられるか、その後に御説明をいただければありがたいと思います。
  134. 藤波孝生

    国務大臣(藤波孝生君) 今御指摘をいただきましたその文章は、いつごろ中曽根康弘という政治家が発言をした中身になっておるのかと思うのでございますが、内閣総理大臣になりましてからは、個人的には憲法に対する考え方は持っておるかと思いますけれども内閣総理大臣といたしまして憲法を遵守して進むという姿勢を貫いて今日に至っておるところでございます。いろいろと政府が政策課題を掲げましてこれを解決して進む、これは当然のことでございまして、その努力をしていかなければならぬと思うのでございます。  例えば外交を強力に推進する、そのことによって国益を守り、そして国際社会における日本の地歩を占め、平和を維持するために努力していく、こういったことも非常に大事に考えてきたことの一つでございます。行財政改革をどうしてもやり遂げなければいかぬ、臨調でいろいろ御論議をいただき、御答申をいただいたその路線を守って一つ一つ具体的に俎上に上せ、かつ、これを解決するための努力をしてきておるところでございまして、今国会におきましてもいろんな行革関連法案の御審議お願いしてきておるところでございます。  そして、教育の問題につきましても、いろいろ各方面からの御意見もあるし、ぜひこれはいい教育を進めていくためにどうしても進めなければいかぬけれども内閣総理大臣文部大臣で相談をしてやっていくというのではやはり独断になってはいかぬ、各界各層の方にお集まりをいただいて、そこで御論議をしていただいて、新しい正しい教育の方向というものをひとつぜひお示しをいただいて、そしてそれに向かって政府は努力をしていくということが大事だ、こういう考え方で今度の審議会になっておる次第でございまして、何らかの先入観を持ってこういう方向に持っていってもらうために審議会をお願いするというのではなくて、あくまでもこの審議会の中での御論議を大事にして、そして運営などにつきましても大部分選ばれた委員の方々のお考えによって御論議もひとつ深めていただこう、文部大臣もそんなふうに衆議院でもお答えをしてきているところでございまして、したがいまして、法案としては審議会を設置するということをとにかくお願いして、そして出発をいたしましたならば、審議委員の方々の御論議を深めていただくことによって教育のひとつ正しい方向をお示しいただこう、こういうふうに考えておるのが今回御提案を申し上げております真意でございます。しかも、法律の中に「教育基本法にのっとり」と明記して御論議をいただくという、こういう気持ちで取り組んでおる次第でございますので、どうか御理解をいただきますようにお願いを申し上げたいと思います。
  135. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 私は、教育改革を望む国民の声をどのように実現していくかということで、今はすべての立場の人たちが同じように熱意を持つようになったと思っておりますが、しかしその場合に、やはりこの臨教審の持っております考え方というのは、中曽根さんの従来のいろいろな御発言をつないでまいりますと、教育基本法に基づく戦後教育の総決算をやる、そして二十一世紀を展望するという大きな構えの中で行革臨調の路線を教育臨調につないでいくという、そういう発想ではないかと思うのでございます。  そして、そのような新しい教育理念を政治主導のもとにつくり上げていくためには、どうしても総理主導の審議会が必要であるという見地から臨教審が考えられるようになったと思っております。しかし、そのことをストレートに表現するのは余りよくないというお考えで、文部省ではもはや教育の全体の問題を考えるには限界があると か、あるいは中教審ではそういうような仕事をやるには余りにも構えが小さ過ぎるとか、あるいは従来の中教審が技術論に堕しておったとかいうような批判を巧みに利用することによって総理直属の臨教審に合理的な名目を与えようとしたものだ、私はそう思っているのでございます。  私たちが、これに対抗する形で国民教育審議会を文部省に置く、しかも従来の中教審の弱点を克服させるという立場をとっておりますのは、このような臨教審が目指している教育改革の路線というものを私どもは認めていないからであります。  私たちは、やはり戦後の教育基本法に基づいて発展してまいりました教育が、今日なおその発展の過程において不十分なもの、いろいろな派生的な問題をたくさん生んできて、こういうものをどうやって改革をしていくか、教育基本法の路線を正しく発展させ、内容を豊富なものとしていくにはどうすればいいかということを文部省が中心になって考えなければいけない。そして、文部省が進めていく場合に、教育に対する政治的な介入や支配というものは基本法の十条の精神に基づいて可能な限り排除をしていかなければならぬという立場をとっているのでございます。  そして、私どもは、今日深刻化しているいろいろな問題を具体的に改革していくという点においてもっと政府が全体として強い実行力を発揮すべきである、こう思っております。そうすることによって、二十一世紀に正しい私ども国民の求める教育の展望を切り開くことができるのではないか、このような立場が臨教審と国民教育審議会との基本の構えの違うところだと御理解いただければよいのではないでしょうか。  特に、学歴偏重の社会がもたらしております今日の過酷な入試に代表される子供たちへの競争社会の持ち込みということなどについては速やかに改善をしなければなりませんし、特に行革臨調が、今日の行革審が今の緊急な教育改革課題を財政上の理由から凍結、抑制を求めているようなことに対しては、これこそ私は政府が力を発揮して全体の問題としてこのようなものを解決していかなければならぬ。それをやらずにおいて、文部省ではやれないから総理直属の機関で考えるのだというやり方こそが非常に危険な教育改革の方向を生み出すのではないかというおそれを大きくしているのでございます。  中教審はなぜ失敗したか。中教審が失敗したのは、本来、中教審に与えられるべきであった国民的な合意に基づく教育政策の推進という権能を、官僚がこれを弱めることによって行政の隠れみのにしようとしたところに大きな中教審の欠陥がございました。もう一つは、中教審の人選が偏ったものになって、そして会議が密室性を強めたというところに中教審の欠陥がございました。  この中教審の欠陥とか、文部省に限らず明治以来の日本の省庁縦割りの行政が持っている弱点を、あたかも教育に限ってはもはや文部省限界論、中教審限界論であるかのような発想をすることによって、総理の直属のものにしなければできないと考えるところに大きな誤りがあるのでございまして、私は、本会議でも申し上げましたように、文部省自体も今や改革すべきときに来ている、中教審も抜本的にその構成や運営の方法などが改められなければならない、こういう立場に立って新たに国民教育審議会を提案いたしているのでございます。
  136. 矢田部理

    矢田部理君 久保さんの最後の部分にも触れられておりますが、そこでもう一つ教育改革問題あるいは臨教審問題の位置づけを考えるに当たって見落としてならないのは第二臨調との関係です。今日的に言えば行革審との関係だろうと思うんです。つい先般、行革審の小委員会で来年度予算に向けて小委員会報告が出されました。これは全般的に教育投資といいますか、教育関係予算を厳しく抑制しているということで貫かれているわけです。その中身や問題点については少しくやらなきゃならぬし、また実はきょうは大蔵大臣に来ていただいて臨教審全体の財政論議、財政的な裏打ちの議論もしなきゃならぬわけでありますが、総務庁長官に伺っておきたいのは、行革審の小委員会が出した報告の扱い、来年度の予算編成に向けていろんな厳しい議論が出ているわけでありますが、これはどんなふうにされますか。
  137. 後藤田正晴

    国務大臣後藤田正晴君) ついせんだって、行革審の小委員会が今日までの審議の経過を発表いたしました。その後、各党の御意見等もお伺いし、そして本審議会を開きまして、本審議会の答申は私の承知しておるのでは二十五日ごろにでき上がるのではないか、こう承知をしておるんですが、私ども政府としては、行革審からの御意見が出ました段階で、もちろんこれは法律にもありますように、政府としては尊重義務がございますから、これを尊重して、そして来年度の予算の編成に向けて十分政府みずからの責任において検討してまいろう、こう考えているわけでございますから、まだ行革審御自身の意見がまとまっておりませんので、この段階でいろんな意見を私が申し上げることはちょっと御遠慮させていただきたい、かような気持ちでございます。
  138. 矢田部理

    矢田部理君 これは教育問題に限らずでありますが、もともと第二臨調が出した答申の実行を監視する機関といいますか、あるいは見ていく機関というようなこととして位置づけられて行革審が発足したのですが、実際に行革審がやっていることを見ますと、政府や国会の上にあって天下に号令をしていく、そして政府もまたこの行革審の意向が出るとそれに注文もつけることなく従ってしまう、従属させられる。これは自民党内部にも公共投資などをめぐっていろんな議論があるようでありますが、こういう存在はやっぱり問題だと私は思っているんです。特に、最近では第二臨調じゃなくて第三臨調みたいな口のきき方になってきているわけです。その行革審が、今教育問題に対して非常に小委員会で厳しい答申というか報告を出したわけです。これは最終的な扱いは、小委員会でありますから、おっしゃられるように行革審、そしてまた政府というふうになってオーソライズされていくものだと思いますが、政府の従来の態度から見ますれば、これまた尊重するという格好にならざるを得ないのだろうと思います。  そうなってきますと、例えば四十人学級の問題などにいたしましても、五十九年までは停止、凍結というのでしょうか、ストップをかけられている。今度は六十年度からは当然よみがえることになるわけであります。この文章を読んでみますと、「引き続き当分の間厳しい財政事情を考慮して抑制する。」。停止、凍結と抑制というのは違うのかどうかという議論もあります。これは後で聞かなきゃなりません。これはゼロではなさそうだという見方もあるようでありますが、いずれにしたって、そういうことで文部省なりあるいはいろんな人たちが、大規模校の解消だとか四十人学級をつくる、そういうことを通してゆとりある教育とか行き届いた教育をやっていくことが今の学校の荒廃を防ぐ非常に大きな問題だということで合意してきた。文部省もこれは積極的に推進をしてきた。ただ、財政事情などがあって、言うならば本当は三年か五年でやるべきことを十年以上もの中長期の十二年というふうになっていますね、計画は。タームでやらざるを得ない。それまで値切ったりチェックされたり抑えられたりする。これでは本当に何が臨教審なのかという疑念が起きるのもこれは無理からぬところでありますが、行管庁を預かってこられ、かつ最近は総務庁長官としてこの問題にも恐らく中心的にかかわっていくであろう長官としてのお考えを、この際、ぜひ伺わせていただきたいと思います。
  139. 後藤田正晴

    国務大臣後藤田正晴君) 第二臨調の答申が出まして、政府としては閣議決定をしておるわけです。行革審の方は、この法律の第二条にもございましたように、「行政改革に関する答申を受けて講ぜられる行政制度及び行政運営改善に関する施策に係る重要事項について調査審議し、」「総理大臣に意見を述べるほか、総理大臣の諮問に」答える、こういうことでございますから、既に第二臨調の路線で答申が決まっておりますから、その枠内における政府のこれから講ずる改善措置、そ れについて推進をしていく、こういうことでございます。別段、政府はこれを隠れみのにしておるわけでもありませんし、これはあくまでも審議会は審議会でございますから、政府の責任でこれはやるべきもので、御質問の中にあったような、何か政府、国会の上にある機関であるといったような御意見でございましたが、決して私どもはさように考えておりません。  ただ、この法律の中にもありますように、臨調の答申そのものを政府は最大限尊重するという閣議決定があり、そして行革審の御意見なりあるいは諮問への答申なりというものについてもこれを尊重しなければならないということが法律に書いてございますから、それらを頭に置きながら私どもとしては政府全体の責任において処理をしたい、こう考えているわけでございます。  教育についての第二臨調の答申も、これは出ているわけです。同時にまた、小委員会で新聞に発表せられたものを見ましても、私は第二臨調の答申の路線から外れて新しくつけ加わっているものはないのじゃないか、こう考えておりますが、いずれにいたしましても、これは行革審の御意見の御提出を受けた段階でやはり政府全体として責任を持ってこれに対処をしていきたい、こう考えているわけでございます。
  140. 矢田部理

    矢田部理君 これは文部大臣の方がよろしいのかもしれませんが、教育臨調というか臨教審をつくって今後の教育改革の構想を固めてもらう、あるいは諮問して答申してもらうということと、従来からやってこられた文部行政がありますね。これは各論的にはもう少し後で伺いますが、四十人学級とか私学の助成とかあるいは大規模校の解消とかという一連の教育環境の整備、教育条件の整備を通して今のこの教育荒廃をなくしていこう、その中から行き届いた教育とか一人一人に目が届くような教育をつくっていこう、この路線、これはどうするんですか。臨教審に全部預けてしまって、今までのやつはストップなんですか。  臨教審にはお構いなしに、第二臨調、最近の行革審は全部これまで刻んでいく、ストップないし抑制というあの状況を依然として継続していく、そういう状況教育改革を進めるという路線とはどうしたってやっぱりなかなか一致しない、微妙に食い違ったり、場合によっては大変対立点を帯びていくという契機になりはしないかと思うんですが、その辺どういうふうにお考えになっていますか。
  141. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 先ほども申し上げましたように、今回お願いをいたしております臨時教育審議会、いわゆる教育改革は二十一世紀を担う子供たちのためにどのような教育のあり方がいいのか、そうしたことを幅広くいろんな角度から検討していきたい、そういうのが基本的なスタンスでございます。しかし、一方におきましては、文部省は文教行政を毎日進めていかなきゃならぬ責任があるわけでございます。したがいまして、今例示として御指摘がございました、学校教育の現場を少しでも改善をしていく、こうした行政の私たちに与えられた責任は日々これ努めていくということは当然なことでございます。もちろん、今後におきまして臨時教育審議会にどういうことを御議論いただくかということは、これは審議会自身で御判断なさることでございますが、ある面におきましては教育諸条件というものを逆にまたもっともっといい方向に持っていくということも当然考えられるわけであります。  これは、先生あくまでも一つの想定を頭に置いて御心配の点で御質疑をなされておるものだと思いますが、どうも第二臨調は行政改革でいろんな意味で抑制をしたり切っていった、したがって教育改革もそれと同じような路線にあって、臨時教育審議会でまた教育の諸条件をばさばさ切って切り刻んでいくのではないかという、御心配の余りにそういう御質問も想定をされてなさっておられると思います。私どもは、むしろこの行政改革は、ここに総務庁長官いらっしゃいますけれども、将来の日本にとって、もっともっとやはり柔軟に、そしてある意味においては行政改革を整理しながら、もっと躍動的な新しい日本を建設的に大きく伸ばしていこうというのが財政再建でもあり、行政改革であろうというふうに私は信じております。そういう一環の中で、さらに日本の国の教育をより充実させて、より大きく広がりを見せていく、教育を展開させていこうというのが私どもの願いでもございますし、総理もまたそのことを願っておられると思うんです。  そういう意味で、いろいろとフィックスする面は出てくるかもしれませんけれども、臨時教育審議会はあくまでも将来の日本の長期的な展望に立った、内閣全体としての教育の展望を検討していくということでございますし、文部省はこれ日々教育の諸条件をできるだけ整備していく、あるいは改善していく、このことを努めていくことは当然のことであるというふうに考えております。
  142. 矢田部理

    矢田部理君 もう一点だけ後藤田長官に御質問して終わりにしたいと思うんですが、中曽根総理は臨教審ができればすぐにも来年度予算に向けて緊急の答申を出してもらうということも言っておられるわけです。当然のことながら、答申の内容によっては財政の裏打ちが必要になってくる。一方ではその臨教審の答申を尊重する、他方では行革審がずっと教育費を刻んでくることも答申する、当然遠からずその問題は衝突を起こす。ここら辺についてもう少ししかとした方針が出ませんと、何が臨教審なのか。そして、さらに長期的に見まするならば、臨教審の出す教育改革の構想というのは当然のことながら費用負担や財政問題が出てくる。その提案の具体的な裏打ちを大蔵当局はするのかしないのか。それと従来の臨調路線、ここでもやっぱり大きく衝突する可能性、危険性をもっている。すぐさまにもやっぱり問題が出てくる余地があるわけですが、この辺はどうお考えですか。
  143. 後藤田正晴

    国務大臣後藤田正晴君) それは教育審議会の御審議でどういう御意見がでてくるのか、またそれがいつの時期になるのか、ものによっても違うと思いますし、それが未定の今の段階でどうこうということはお答えができないわけでございますが、いわゆる行政の改革というのは、申し上げるまでもなく、肥大化した行政の組織、これにメスを入れて、そしてむだを省き効率を高めよう、こういうこと。そうしますと、これはただ削るということだけが一般に認識せられておりますが、あの答申の中にもありますように、私自身も、それも重大な仕事である。しかしながら、やはり肝心なことは時代の変化への対応、そうすることによって活力のあるいわば政府づくりといいますか国づくりに資したい。  こういう考え方でいわゆる行政改革という仕事をやっておるわけでございますから、私はこの教育審議会がどういう御意見が出るかわかりませんけれども、それが国の将来にとって何としたってやらなければならぬ重要な仕事ではないかということになれば、それこそまさに新しい時代の変化への対応の一つではないかというふうに理解をいたしておりますけれども、まだ何せ教育審議会ができておりませんから、できるだけ早くつくっていただいて、いろんな御審議をしていただければありがたい、かように考えておるわけでございます。
  144. 矢田部理

    矢田部理君 少し手順が逆になっておりますが、そこで、今後の教育改革の方向といいますか、基本的な枠組みというようなことに焦点を当てて少しく議論をしてみたいと思うのでありますが、今言われているところの教育荒廃の現状といいましょうか、非行とか暴力とかあるいは受験地獄とか登校拒否とか、いろいろ指摘をされておりますが、これは文部大臣、それから久保さんにもお尋ねをしますが、この現状認識についてはほぼ共通というふうに受けとめてよろしいのでしょうか。それぞれからお答えをいただきたいと思います。
  145. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 確かに、現実には学校教育におきましてもさまざまな問題が提起をされておりまして、問題の多い教育荒廃という一つの現象、教育荒廃というのはどういう現象であるかというようなことは概念はなかなか難しいわけであ りますが、社会におきますいろんな病理現象みたいなものはやはり教育原因ではないかということがかなり多いわけでございます。しかし、日本の教育は決して諸外国に比べて劣っているわけではございません。量的にも大変拡大もいたしておりますし、質的にも高いレベルにあるわけでございます。むしろ、諸外国が日本の教育に対して大きな関心を持ってきておるのも現実の問題でございます。  先ほど後藤田長官もお話の中に引用されておりましたように、すばらしい日本の成果を誇るこの教育制度も、やはり時代の変化、社会の変化や文化の進展によって、それに対応でき得る教育の諸制度でなければならぬ、このように私どもは考えております。そういう中で、今日の教育は成果は成果として認めなければなりませんが、その今日の教育の諸制度が、社会の方はいろいろな形で変化をいたしております。高学歴化社会あるいは高齢化社会、多様化社会、国際化社会、いろんなふうに変化をいたしております。  それに、やはりこの諸制度全体は、戦後昭和二十一年以後に制定をされた制度でございますから、そうした変化に対応できないところに幾つかの問題点が出てくる。そういうところに問題児行動が出てくる。あるいは家庭内暴力あるいは校内暴力、自閉症状児、登校拒否というような、従来考えられないような問題が出てきている。そういう社会の変化や文化の進展、そういうことに対応でき得る教育の諸制度に改めていかなければならぬのではないか、こういうふうに考えているわけでございまして、確かに今日の教育の荒廃という面はいろいろな意味で幅広く考えていかなければなりませんし、そういう問題の多いことも私たちは十二分に承知いたしておりますが、そういう中で、新たなそうした社会の変化に対応できるような柔軟な教育の諸制度を一度考えてみるべきではないかというふうに考えているわけでございます。
  146. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 教育の荒廃という言葉の使い方は幾つかの意味があると思います。教育が荒廃しているという見方もございます。また、教育原因があって青少年の世界に荒廃が起きているという見方もございます。しかし、とにかく教育と一番かかわりの深い子供たちの世界に今日荒廃の現象が起きているという点において、教育の面から改革の道を早急に求めなければいかぬという点において私ども国民共通の認識だと考えておるのでございます。  その場合に、どうすればいいのか。やっぱり私は、政治や行政が今やらなければならないことは精神訓話的なものではなくて、子供たちに本当にゆとりのある個性を伸び伸びと生かしていけるような教育の諸条件を整えてやるということが最も緊要なことになっているのではないか。その意味で、四十人学級とか過大校の解消であるとか、あるいは私学の振興であるとか奨学制度の充実であるとか、こういったようなものについてもう少し政治や行政は真剣に努力をすべきである、それが教育改革のまず最初の関門ではないか。そのことをおろそかにしておいて二十一世紀の教育を論ずることはできない。私どもは、そういう立場に立って考えているのでございます。  世論調査によれば、非常にたくさんの子供たちが学校を楽しいと思わなくなったという結果が出ております。私たちは、これは偏差値教育、受験競争で今ずたずたにされている子供たちの友情や連帯、あるいは学校に行くことが本当に楽しいと思うような子供たちの学校をどうしてつくってやるかということに政治や行政が全力を挙げる、そのことがまず今日求められている教育改革の第一歩だ、こういうことを考えているのでございます。
  147. 矢田部理

    矢田部理君 御両人から少し先の話も伺ったわけでありますが、教育荒廃の原因というものが、それぞれ多少の認識の違いや受けとめ方の違いがあるにしましても、やっぱりこのまま放置してはならない。問題は、なぜそうなったのかという原因とか背景とかいうことが当然問われなきゃならぬわけでありますが、同時に、原因などを明らかにしながら、教育改革のこれからの方向、基本的な枠組みについては政治は議論しなきゃならぬと思っております。それをこの臨教審に預ける、全部お預けだというのでは、政治そのものは無責任に聞こえるわけであります。  そこで、この教育改革の基本的なこれからの方向をどこに置くべきなのかということになりますれば、私は少なくともまず、この臨教審の第一条にも規定がありますように、教育基本法の精神にのっとってやる、その実現のためにやるのだ、こういうことを言っておるわけでありますから、これは枠組みの中の最も柱に据えなきゃならぬ、これからの逸脱は許されないというふうに考えるのですが、できるだけ簡単にお答えいただきたいと思います。文部大臣、そして久保さん、いかがですか。
  148. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 政府は、今回の教育改革に際しましては、教育基本法の精神で改革を進めたい、また臨時教育審議会の委員の皆様方にも教育基本法の精神を大事にして御論議をしていただきたい、こういうふうに期待をいたしております。
  149. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 御質問のとおり、教育基本法を基本に据えて教育改革を考えるということは当然のことでございます。そういう意味で、やはり政治的な中立の確保とか、それから国民の合意や参加を可能にする教育改革審議をどうやって進めるのか、こういうことを申し上げているのでございまして、確かにいろいろと衆議院でも修正もございまして国会の同意ということもございましたが、なお私どもがそれでも私どもの非常に心配いたします総理の強い意思を感ずるのは、この国会の同意で任命された委員の人たちが会長を選び、選ばれる権利をオーナーとしての総理が完全に掌握したまま放さない、このことを私ども教育基本法の精神に沿って言えば臨教審がなお問題を強く残しているところだと感じているのでございます。
  150. 矢田部理

    矢田部理君 諮問の内容については、先ほど少し二十一世紀を目指してとか抽象的なお話がありましたが、いろんな資料によりますと、総理が従前提唱しておった教育改革についての七つの構想であるとか、あるいはまた文化と教育懇談会が提起をした提言などを参考にしてやってもらうのだということも言われるわけです。それは文部大臣、そのとおりでしょうか。
  151. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) どのようなことを論議するかは、たびたび申し上げて恐縮ですが、審議会自身で御判断をいただくことになります。もちろん、総理は諮問をいたさなきゃなりませんので、これも国会の論議を十分踏まえてからのことでございますが、基本的、包括的なことになるのではないかというふうに考えます。  今御指摘がございましたように、例えば文化懇あるいはその他さまざまいろんな各方面から意見は教育に対して寄せられているわけでございますから、総理が提案をいたしました七つの構想も、また同じような考え方といたしまして、それを審議会自身が一つの参考としてお取り上げになるかどうか、そのことももちろん審議会で御判断をいただく、あるいは委員の皆さんがお考えになることであろうというふうに考えますが、総理といたしましては、そうした文化懇の意見なども一つの意見として考えてもらいたいという希望は持っておられるのではないかと思いますが、あくまでも審議会で判断をされることであろうというふうに考えております。
  152. 矢田部理

    矢田部理君 いろいろ今まで教育構想なり教育改革の位置づけ、憲法との関係ども含めていろんなことを言ってきておりながら、ここではほとんど論議をしない、言うならばこの重要な課題を全部臨教審にお預けだ、あとは自由にやってもらうのだということは政治としては無責任なのじゃありませんか。  ですから、例えば、これは久保さんからも後、意見をいただきたいと思うのでありますが、私が読んだ限りで言いますと、七つの構想、それから 文化教育懇の提言、非常に共通なのは教育条件の整備というのが完全に欠落しちゃっているわけです。むしろ、教育条件重視に対して批判ないし無視の思想で貫かれているというのが言うならば特徴的な点だというふうに思うんです。ところが、文部省などの資料なども含めて、言うならば、例えば大規模校の解消、四十人学級、私学助成等々いろんな施策があるわけですが、この大規模校の解消や四十人学級論は飛んでしまっている。これでは文部省自身が困るのじゃありませんか。最近の文部省も含めて、あるいは国民教育研などでありますが、大規模校になるほどいわば問題現象といいますか、これがふえておるというデータが出ておりますが、それは文部省もお認めになりますね。
  153. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 必ずしも教育荒廃、それは大規模校に多いという、それがすべてがそのとおりだと思いませんが、一面においては教育荒廃の理由というのは、教育条件というものを整備するということは大事なことだというふうに私は感じております。  その前の御質問といいましょうか、御指摘でございますが、文化懇やあるいはまた総理の七つの構想には教育の条件を完備する、具備するということが欠落しているではないかということでございます。これはどういう考えてお考えをおまとめになったかは別といたしまして、文部省といたしましては、臨時教育審議会がどんな議論をしようとしまいと教育の条件はこれは整えていかなければならぬ、文部省固有の事務として私どもはこれは一生懸命努力していかなければならぬ、こう考えておるわけでございます。  もちろん、臨時教育審議会の中で、こうした教育の公費のあり方、あるいは予算のあり方、あるいはまた今、先生からも御指摘がございましたような教育諸条件の整備をしていくような事柄なども論議はされるのかもしれませんけれども、そのこと自身は私どもが今ここでどうこう言うべきことではないと思います。ただ、どのような御議論があろうと、文部省といたしましては、四十人学級等を含め、今さまざまな問題になっておりますような教育条件についての整備はなお一層努力していかなければならぬ、また最大限の努力をしていきたい、このようにたびたび申し上げておるところでございます。
  154. 久保亘

    委員以外の議員久保亘君) 教育改革に関する審議会の論議というのは、私は、審議会の委員の皆さんにかなり自由な御論議をいただいて、審議会自体が意見を取りまとめて政府にその実現を要請される部門があってよろしいと思っております。しかし、一方また、今日、国民的な合意ともなっております教育荒廃の要因と考えられるものの改革案というものは、これは既に出ておるものがたくさんございます。こういうものをどうやって実現させるかということについての提言も必要だと思いますし、また教育行政の自治権の問題とか、中立性の問題とか、あるいは自主性や専門的な指導性の問題であるとか、国際的な教育の視野をどういうふうに持つかとか、いろいろな問題があろうかと思いますけれども、これらの問題についてはそれぞれその専門的な分野からの御提言や、また必要な諮問が文部省国民の意見を取り入れる形で諮問をされて、それを具体的に改革の提言の形としておまとめになっていくことがよろしいのではないかと考えております。
  155. 矢田部理

    矢田部理君 中間的なまとめでありますが、以上の論議の中から私なりに一つの流れを出しますと、今度の教育改革に当たって、これは委員の人選にせよ、諮問する内容にせよ、それから委員会の審議内容、答申等々を一貫して貫くべきものは教育基本法だ、この教育基本法をより内容を充実させた形で新しい教育改革を目指すということがあらゆる意味で大事なんだというふうに私は踏まえているわけでありますが、その認識は大臣も共通というふうに承ってよろしゅうございますか。
  156. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) そのとおりでございます。
  157. 矢田部理

    矢田部理君 そこで、余り先々のことまで言うのも何でありますが、人選もそうだし、審議の内客もそうだしするが、答申などが教育基本法に沿わない答申が出るというようなことがあってはならないと思うんです。つまり、教育基本法にのっとってできた審議会というのがそれを越えた答申があってはならないというふうに私は思うのですが、それはそのとおりでいいでしょうか。また、そういう答申についてはやっぱり尊重してはいかぬというふうに私は思うのでありますが、余り仮定の議論をするのもいかがかと思いますが、その辺はどう考えますか。
  158. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 先ほども申し上げましたように、政府はこのたびの教育改革はあくまでも教育基本法の精神を大事にして教育改革をしたい、こういうことでございますから、どのような答申が出るかはあくまでも仮定でございますが、もちろん教育基本法の精神で教育改革をやるということと違った答申が出るということは考えられないというふうに私どもは考えております。
  159. 高平公友

    委員長高平公友君) 速記をとめてください。    〔速記中止〕
  160. 高平公友

    委員長高平公友君) 速記を起こしてください。
  161. 矢田部理

    矢田部理君 深谷議員と論議をしておって、少しく内閣としての統一見解なり正式見解を伺いたいということで法制局長官に来ていただいたわけでありますが、その問題点は既にお聞きになっていようかと思うんですが、かいつまんで申し上げますと、臨教審の委員衆議院の修正で国会同意人事になりました。国会同意人事になりますと特別職の公務員になる。特別職の公務員は、一般職に対する適用を旨とする国家公務員法の適用はない。そこで、そのまま放置すればそれでいいわけでありますし、そういう委員会も数多くあるわけでありますが、なぜか今度の審議会、教育臨調にはその人たちに守秘義務があるという特別規定を挿入している。  そこで、私が伺ってきましたのは、国家公務員法百条で言う秘密、職務上知り得た秘密と臨教審で新しくつけ加えられた秘密というのは同じ意味であるのか違うのかということについて質問をしたわけです。一般的に我々が理解をしておりますのは、国家公務員法の秘密は罰則で担保される、刑罰で。したがって、実質秘だ。実質秘のほかに、形式秘といいますか、各官公庁がこれはマル秘だと判こを押すと、客観的に秘密かどうかは別として、それは指定秘とか形式秘ということになり得るわけです。そういう形式秘については、言うならば刑罰ではなくて行政上の処分といいますか、懲戒処分とか等々で担保されているというのが一般的な秘密の分け方だというふうに我々は理解をしているわけです。  そこで、この臨教審法案について言いますれば、罰則の規定がないわけでありますから、公務員法に言うところの罰則の規定で担保される秘密と臨教審法案に言う秘密とは少しく違うのではないか、むしろ指定秘とか形式秘を含むのではないかという疑いを持たざるを得ないわけであります。その辺いかがかという質問であります。
  162. 茂串俊

    政府委員(茂串俊君) ただいまの御質問につきましては、もともとその問題は今回のいわゆる臨教審設置法案の議員修正にかかわる部分でございまして、この修正案につきましては議院の法制局の方で十分に御検討になられ、またこのような規定を置くことの是非につきましては提案者の方々の的確な御判断が下った上でのこのような修正案であろうかと思います。  したがいまして、内閣の一員としての立場で御意見を申し上げるのもいかがかと思うのでございますが、ただいま御質問がございましたので、あえてお答えを申し上げたいと思いますが、確かに矢田部委員の御説のとおり、国家公務員法はこれは一般職に対する適用でございまして、特別職には適用はございません。その国家公務員法の百条の一項に秘密を守る義務がございまして、ここで言う秘密とは何かということは前々からいろいろ議論があったところでございますが、昭和五十二年以降幾つかの最高裁の決定がございまして、そ れによりますと、いわゆる非公知性とそれから秘匿の必要性の二要素を具備している事実、すなわち実質秘であるということの判断が下っておるわけでありまして、国家公務員法の百条一項の秘密はそういうものであるということがいわば確定しておるわけでございます。  そこで、ただいま御質問のこのいわゆる臨教審法案の修正部分にございます五条六項の規定には、「委員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も同様とする。」という規定があるわけですが、そこで言う秘密は罰則がないという点から見て国家公務員法の百条一項の秘密とは内容的に、実体的に違うのではないかという御質問かと思うのでございますが、これは確かにいろいろの考え方はあろうと思いますけれども、この規定のしぶりとか、あるいはまたこの規定に違反した場合にはその同じ条文の第五項で罷免の事由に当たるわけでございまして、そういう点も加味して考えました場合に、罰則のあるなしによってその秘密の範囲が異なるということは必ずしも言えないのではないか、むしろ同じと解釈した方が合理的ではないかというふうに私どもも考えておる次第でございます。
  163. 矢田部理

    矢田部理君 一応、法制局長官の見解はそれで伺ったことにしまして、あと深谷さんと両方おられたところで少し議論をかみ合わせる必要がありますので、この質問はこの程度で留保させていただきたいというふうに考えております、それを前提とする幾つかの問題の展開なり考え方を示さなきゃなりませんから。  私は、あと大蔵大臣外務大臣関係を含めて相当まだ問題が残っておりますのですが、きょうのところは、とりあえず、この程度で。
  164. 林寛子

    ○林寛子君 それでは、今回のこの教育改革の基本的なことについて、私どもは、特に私は専門家ではございません。ただ、現場といいますか、子供を持っている人間の一人として、国民の一人としても私は文部大臣に、私ども世代としては、文部大臣の方が私より少しまだお若いかもしれませんけれども、戦後の改革の中で波にもまれてきた一人でございます。第二次教育改革と言われる戦後の教育改革の中で、私どもはもし学校の試験に落ちたら今度は新制になって入る学校がないという世代でございまして、私は最後の入学生でございます。そういう改革の波にもまれた一人として教育改革というものがいかに大事なのか、また子供たちに与える影響というものがどれほど大きなものであるかというのを私たちの世代はすべて体験してきております。  そういう意味において、私どもはこの戦後の教育改革の中において今日の日本が経済大国として先進国の仲間入りをしたということは、この戦後の教育の改革の中の一端であるかもしれない、その成果かもしれない、あるいは今日の自由主義社会を保っていくことは戦後の教育一つの大きな利点であろう。そういうふうな中で、私どもは今日までの戦後の教育制度というものを大変多とする一人ではございますけれども、あるいは今日のような現状、今の社会を見渡しましたときに、果たしてこのままでいいのか。教育改革をしなければならないという声というものはたくさんあるというのが現状であり、また文部大臣あるいは中曽根総理教育改革をしていこうというこの決意に至られたことは、私はそういう現状の社会情勢を見たときにどうしても必要である。その声を私は取り上げられ、肌に感じて今度の教育改革というものをしていこうという決断に至ったのだろうと思います。  けれども、私どもはそういう中で現状を見ますときに、果たして私のような年代が今親として立っているときに、戦後の教育改革の中で育った人間として果たしてこれでいいのかという疑問を持っている一人なんです。それは少なくとも、私どもが先進国の仲間入りをしたけれども、今の社会情勢の中で果たして国民は、私たちの世代も含めて、反省も含めて、利己主義になっているのではないか、あるいは学校の利用観が果たしてこれでいいのかどうか。子供を育てる本筋から離れて何とかよい学校あるいはよい就職をという観点だけで私どもは子供を育てているのではないか。また、雇用側も、近代社会の学校が付加的に持っています人間の選別とか、あるいは選抜の機能に依存し過ぎた雇用のあるいは採用の方法をとっているのではないかなどなど、これらの社会的な現状が果たして戦後教育のひずみの一つであるのかなという、これも私も疑問に思っています。いい点もありますけれども、それらの疑問や責任を感じながら私も迷える母親の一人として教育改革の実行時に子供に与える影響というものを心配する一人でございます。  そういう意味で、これからのこの改革あるいは教育審の持っていき方、そして今まで先生方あるいは本会議場においてもいろんな問答がございましたので、それに重ならない意味におきましても、あるいは三年後そういう答申が出たときにそれをどのように持っていくのかという基本的なことを、一言、大臣からお伺いしたいと思います。
  165. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 林先生から御自分の体験に基づく教育観を伺うことができまして、大変ありがたいことだと思っております。  このたび政府がお願いをいたしております臨時教育審議会、そしてその審議会がこれから行うべきであろう教育改革は、先ほどからたびたび申し上げておりますが、二十一世紀の我が国を担う青少年が今後における社会の変化等に主体的に対応する能力を持つことができるように、その学習機会を充実させていくということが私は基本的な姿勢であるというふうに考えております。  正直申し上げて、明治政府が開国いたしまして新しい日本に教育の制度をしくことができましたのが明治四年でございます。学制公布は明治五年であります。戦前の教育は、そういう意味ではまさに身分、家柄制というものを打破して、まさに人を生かす、人の和、人材育成という、そういうことに大きな成果を得たと思うんです。  今、先生から御指摘ありましたが、敗戦による戦後のあえて第二教育改革と言っていいのかどうかわかりませんが、そういう呼称をいたす方々もあるわけでありますが、それはまさに日本の敗戦の中の大きな反省を踏まえて、大きな犠牲を払いましたけれども、その中には民主主義あるいは自由、平等、平和、そうした近代国家としての条件をそのことによってつかみ取ることができ、さらに義務教育の年限も三年延長することになり、なお一層人材の登用、育成をこの教育によって図ることができまして、今日のように安定した中間層、高度に平準化した活力ある社会をつくり上げた。明治からの日本のこの百十有余年になる教育の成果はまさに短期間の間に国際社会の中に大きな役割を示すようになった。そういう意味では、私は極めて世界に誇り得る教育の成果であったというふうに考えます。  しかし、輝かしい成功を持った制度といたしましても、やはり世の中の変化、人間の価値観の多様性、文化の変化、進展、それに対応でき得る教育諸制度でなきゃならない。そういう意味で、今、先生がいろいろと例としてお取り上げになりましたようなことなども含めながら、これからの子供たちにとって国際社会の中に果たし得る役割、そういうことなども一つの理由として考えてまいりますと、日本の国の教育をどのようにしていくべきかということを御論議いただきたい、これが今回の教育改革への基本的な姿勢でございます。  私は個人的に、先ほどもちょっと申し上げましたように、第一に一番願いたいことは、人間形成の基礎を確実に身につけてもらいたいということでございます。第二には一人一人の個性の伸長を目指すということ、そして第三番目には生涯にわたる学習の機会を充実させていく、私は個人的に今教育改革のねらう基本的な視点として、こんなことを衆議院委員会でも御答弁を申し上げてきたわけでございます。
  166. 林寛子

    ○林寛子君 ドイツのことわざに、十歳の子に父親は神様みたいだ、二十歳になると父親はばかだと思う、三十歳で父親に無関心になる、四十歳では父親も苦労したのだなと思う、五十歳になりま すと父は偉かったなと思う、そういうことわざがございます。家庭内暴力という活字が我々の目に触れるたびに人ごとではないと胸を締めつけられる御両親が多分多いことだろうと思うんです。学校はもともと学習の場でありますけれども、最も大切な部分は家庭教育にあると言われているのはこれは常識的なことで、私もそれは否定しません。けれども、現在の私どもの日常を見ますときに、巧まずして母親の愛情というものは子供に伝わるものでございます。けれども、えてして日本の父親は特に、不器用というと失礼かもしれませんけれども、不器用な父親が多いものですから、なかなか父親の愛というものは子供に伝わりにくいのでございます。ですから、そういう意味で私は特に父親に物申したいというと変でございますけれども、今のことわざに申しましたように、父親が神様に見えるという小さいときは子供の教育は女房に任せ、成長して父親をばかにするというような二十代になってやっと父親が出てきたのでは私は遅過ぎるとはっきり申し上げたいと思います。  私は、子供に調査をしましたある結果を見たことがあります。子供に父親がうちに帰ってきて言う言葉を挙げなさいといったときにその一番多く占めたものが、自分の父親がうちへ帰ってきて言う言葉は、飯、ふろ、寝る、その三言だというんです。いかに私は、現代の我々の家庭の中において子供が一番正直な目で自分の父親を、うちへ帰って言う言葉が飯、ふろ、寝るの三言では余りにも家庭というそういう雰囲気はまるでないという、私はそういう意味で何としても今の親子断絶、家庭内暴力、校内暴力の原因は家庭の中にもあると言われておりますし、あるいは親子断絶の世代が来ているというふうに言われますけれども、これは単なる世論であって、現実に私ども子供を持っている家庭の一つ一つの中では私はもっと大きな問題が根幹にあるのではないかと思っております。また、断絶だ断絶だ、親子断絶だというその批判に対して、ある事件を起こした中学生が言うんです。親子断絶と言われるけれども、自分には断絶と言われるほど父親とは初めからつながっていなかった、そういう開き直りをした中学生を私は知っております。そういう意味で私は、こういうことを聞きますと、ああ、そうだったかなとあるいはこの中にもお思いの方がいらっしゃるかもしれないし、いや、それは特別なんだとお思いになる方もまたいらっしゃるかもしれません。けれども、あえて私はなぜここにこれを申し上げましたかといいますと、それほど父親というものの占める位置が大きいということでございます。  その意味において、私は今度の審議会の中のメンバーの中に、先ほどからお話を伺っていますと、日本の審議会というものはほとんど男性中心でございます。しかも、私はそういう現状というものを把握した人選をしていただきたい。私は、今度の人選の中には、生徒というのは無理かもしれませんけれども、できれば生徒も、そして父兄も、しかも女というよりは母親、現実的な人を選んでいただきたい。特に、その比率を、今までのような政府の審議会すべてのメンバーのパーセンテージが男性主導型というよりも母親の立場を理解している人をより多く入れていただきたい。それからもう一つ、人選に当たっては、三年後に答申が出たときにそれを実行し得る段階国会に諮ってまた法律案にしてそれを国会に諮られるんでしょうけれども、出した答申というものが三年後であれば、それが国会にかかって法律として出てくる。文部省がそれを実施する場合に、あるいは森文部大臣はそのとき総理になっていらっしゃればいいですけれども、つくった人が既に年老いてつくりっぱなしでということで、それを実施するときにはつくった人と実行する人が違うというようなことにぜひしないでいただきたい。その意味においても、お年寄りは知恵として結構ですけれども、実際にそれをつくる人たちは、私は現場と、それをつくって実行し得るときに責任の持てる人を選んでいただきたいということを希望として申し上げたいんですけれども大臣のお考えを伺いたい。
  167. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 具体的な委員の人選につきましては国会の論議を十分に踏まえまして慎重に検討いたしたい、こう考えております。しかし、教育改革は、先ほども矢田部さんのときにも申し上げましたが、国民全体にかかわり合いの極めて深いものでございますし、我が国の将来のまさに命運を左右する、そういう重要な課題でございますので、広く国民各界各層の意見が反映されるように配慮をいたしたい、こう考えております。  ただ、今具体的な御意見も交えてのお尋ねでございますが、私は先般、衆議院の最終段階におきます質疑の中で、人選について私は次のようなことを考えてみたいというふうに申し上げました。それは、やはり総合的な意見の検討をしなければならぬというものでもございますので、若い世代の登用に十分意を用いて世代間のバランスをとりたい、このように答弁をさせていただいております。そしてまた、同時に、女性の委員の登用につきましても、女性の意見を反映させるということは極めて大切なことだと考えておりまして、このような観点から審議会の委員に女性を登用することに十分意を用いていかなければならぬ、こういうふうに最終的な段階で御答弁を申し上げておりまして、今、先生から幾つか御指摘をいただきました点も十分に踏まえまして、バランスのとれた、しかも柔軟な、そして本当に国民各界各層から意見を吸収でき得るようなそういう人選を進めたい、このように考えております。
  168. 林寛子

    ○林寛子君 今の大臣のお考えをそのとおり実行していただきたいとあえて希望だけ申し上げておきます。  それともう一つ、先ほどからの審議、今までの衆議院委員会あるいはこの参議院の内閣委員会審議を聞いておりましても、公開できないというのを原則にしたいと、審議内容を。けれども、私はやっぱり教育というものは専門家がなさるだけでなく、私が冒頭に申しましたように、家庭と現場とが一体となることが理想的な教育制度であろうと思っておりますので、特に私たちのような母親という立場だけで子供を育てる、しかも私のように、自分の受けた教育制度と今日の改革後の制度とは違いますから、自分自身で子供の宿題を見てやれない、また見られない能力しか持っていない母親も世にたくさんいるわけです。その場合に、今度の基本的な教育改革というのであれば、少なくとも一般の母親が教師という立場でなくてもその制度を理解できるように、あるいは自分たちなりにマスコミを通じて報道されるものに対応できるようなそういう準備をしていきたい、そう願う一人でございます。私は子供の教育というものを卒業した年代になっていきますが、特にこれからの若いお母さんたちは、この教育改革の答申がどういうふうに出て、どう実行されていくのであろうと、多分注目してごらんになるであろうと思う。その母親として、私は全部公開しろとはあえて申しません。先ほどから伺ったら、審議の自由な意見交換のためにという部分もよくわかります。けれども、ある時点において何らかの、こういうふうに流れがあるんだよ、こういうふうにいくかもしれないよというような流れの公開だけはぜひ一般の母親のためにもしていただきたい。  子供たちが言いました。小学校で一遍も英語の授業を受けていない子供は、中学になりますといきなり英語があるわけです。準備期間がないんです。私立へ入って英語があったというような学校の生徒は入る前から予備として英語を習ってきているんですけれども、小学校で一度も英語というものに接しないで、中学に入っていきなり英語の時間というものがありますと、準備をしてきた人はもう既にABCを知っている。けれども、小学校で英語というものを全然知らないで入った子は何もわからない。同じ中学に入っていても子供同士でそれだけの差があって、今までABCを見たことのない子供は既に迷っているわけですね。  ですから、私は教育改革にしても、今子供の例を挙げましたけれども、母親にしてもやっぱり少 なくとも教育に関する限りは教師と一体になって、将来の日本を担う子供の教育を正しくしようということであれば私は母親にも心の準備が要る、また協力を得るためにはその期間が要るということを御配慮いただいて、何らかの形で、私は全部とは申しませんけれども、いつかの時点に何らかの示唆を与えていただけるような発表をしていただきたいという希望を持っておりますので、これも大臣のお考え、法案が通ってからだとおっしゃるかもしれませんけれども、できれば希望的観測でも聞かしていただきたいと思います。
  169. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 審議会の性格、あるいは審議会がどのような形で国民に理解と協力を求める方向を選ぶか、これは審議会御自身でお考えをいただくことでございます。先ほど矢田部さんとの御議論の中にも出てまいりましたが、私どもは臨時教育審議会の中身をすべて密室性で閉鎖的に置こうと言っておるのではないんです。論議をしていただく委員の立場の方々は、我々政治家と違って、命をかけてもそのことを主張していくのだという、そういうお立場ではない。それぞれ本来のお仕事も持っておられる。そのことによって自分の仕事に障害があってはならぬ。そんなことも考えますと、自由な論議をしていただきたいという、委員のお立場に立って公開制をとらないという判断をとったわけです。  しかし、論議をしていただく中身や過程、それはいろんな形で国民の皆さんには常にこれを明らかにしていくという方途はぜひ工夫をして考えてもらいたいと思っております。具体的なやり方というのはいろいろあるだろうと思いますけれども、その都度会長から記者会見をなさるという方法もあるでありましょうし、過程を連絡を申し上げて国民の皆さんにフィードバックさせて、そこで議論をさしてまたバックさしていただくということも当然あるでしょうし、アンケートをとっていただくこともあるでしょう。地方で公聴会をやることもあるでしょう。あるいは意見や作文といいましょうか、論文などを求めるというやり方もあるでしょう。いろんな形をいたしまして、議論をいたしましたことはできるだけ国民に理解と協力を得るという、これは基本的なスタンスだと思います。  ただ、私どもが先ほどからあえて公開制ということに賛成でき得なかったのは、たびたび申し上げて恐縮ですが、委員の皆さんが本当に思い切って自由な論議をしていただきたいというのが私たちの基本的な考えであるということをぜひ御理解をいただいて、先生から御注意いただきました点は十分、単にそれはお母さんの立場というか女性のお立場ということだけではなくて、広く国民全体にこの審議の概要が十二分に熟知できるような方途はぜひ審議会でお考えをいただきたい、こう考えております。
  170. 林寛子

    ○林寛子君 今、大臣の御答弁で、私はぜひそれを実行していただきたい、またメンバーに選ばれた皆さん方にもこの国会論議の中でそういうことが出たのだということを大臣の方から必ず伝達をしていただいて、そういう手法をとっていただきたいことを重ねてお願いをしておきたいと思います。  それから、今その審議内容についてという大臣のお言葉があったんですけれども、実はもう既に御存じであろうと思います。六月六日に新聞が世論調査をした結果というのが出ておりました。私もそれを見まして、なるほどなと思うこともございましたし、意外だなと思うこともございました。その中で、私もこんなにも多かったのかなと思ってびっくりいたしましたのに、「あなたは、いまの小中学校の教育に満足していますか。それとも不満ですか。」という問いに対して、満足していますというのが二四%で、現在の小中学校の教育に不満を持っていますというのが実に五五%でございました。現在の小中学校の教育に不満を持っている五五%というこの数字に、私は実は驚いたわけでございます。その不満を持っている中で引き続いて不満の理由というものの一番大きいものから見ましたときに、不満を持っている理由の一番トップに来ているのが「道徳教育が不十分」だというのが実に二三%なんです。これにも私は驚いたり喜んだり、私の気持ちと同じ人がやっぱり数字に出てきているなと思って喜んだ一人でございますけれども。  引き続いて、その中で教師に対する信頼が大変低下しているということも出ております。お手元にあるのなら、「問11」というところを見ていただきたいと思います。教師に対する信頼がありますか、信頼しているというのが四七%、信頼していないというのが実に三一%もあるんです。これは、世論調査というものは調べ方によるのだとか、いろんな批判はありますけれども、私は一つのやっぱり声としてこういう数字が出たということも重く見ていいのだろうと思います。  また、今の学校教育で問題と思うこととして、非行あるいは校内暴力がトップの三五%でございます。偏差値による進路指導、そして入試制度、先生の質等々が順次出されております。  そして、教育制度を改革すれば教育がよい方向に向かいますかという質問に対して、これは二二%がよい方向に向かうと言う。教育改革してもよくならないで今と変わりませんという人が実に五六%あるんです。私は、この教育制度を改革しても今と変わらないと言った五六%のこの年代層が問題になりますけれども、変わらないと言う人たちは、政府のこれからしようとしている審議会及び審議会の答申に対して大変クールな目で見ている人たちが多いのだという一つのあらわれであろうと思うんです。  今、森文部大臣は、この変わらないという人が五六%いるのに対して、改革してよい方向に向かうと思う人が二二%しかいないのを、この数字を逆転さすぐらいな意気込みで改革に取り組んでいらっしゃると思います。けれども、現実に出てきた、教育制度を改革しても今と変わらないと思うというこの数字に対して一言御感想を聞きたいと思います。
  171. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 林さんも今御指摘をされましたけれども、問いかけの仕方、またそういう答えをする年齢層、いろいろあるのだろうと思いますから一概にこの数字だけで物を言うことはできませんが、従来いろいろな意味で例えば受験制度、これをもう少し改革をしなきゃならぬということで共通一次試験というものを取り入れました。よかれと思ってこのことを進めてまいりましたけれども、事志とはやはり違った方向に参りました。こうした改革、あるいはまた子供たちにもう少しゆとりを持って、教科書をもう少し薄く、かばんを軽く、当時、永井文部大臣のころでございましたが、いわゆる新学習指導要領を精査いたしまして、海部文部大臣のときにその教育を展開をしたわけであります。これは世の中の親の意見として、できるだけ子供たちにもう少し学校で詰め込み教育というものを排除してほしい、こういう願いを受けて私たちはこの方向を求めたわけでございます。  しかし、最近、国会には、もっと英語や数学や理科を教えてくれ、もっと授業日数をふやしてくれという請願書がたくさん出ております。先生方も随分御紹介の署名をされておられると思うんです。少しでも子供たちにゆとりのある、そういう学習機会にしてあげたいと考えても、世の親たちはもっと英語の時間や数学の時間をふやせ、こう言うんです。なぜなんだろうか。それはやはりゆとりある教育をやっておったら今の受験戦争に打ちかつことができないからだということです。教育改革というのは、一部分だけを改善しても、そのときには効果があっても、長期的に見ると改善したことそのことがまた逆の方向ではガンになっていく、弊害になっていくという面も、私はこれは否定できない面だろうと思うんです。恐らく、そういうことまで深みを見てこのアンケートに答えられたものではないだろうと思いますが、部分部分の教育改革に対して国民はある程度あきらめ的なものを持っておるのではないだろうか。  そういう意味で、今度政府全体の目で、単なる一部分を改革するのではなくて、そして先ほど矢 田部さんのときにもお話が出ましたし、先生の今の御質問の中にも出ておりますが、学校は楽しいものであってほしい、人間としての評価は多様な形でしていかなきゃならない、そんなことを今の学校教育制度全般に織り込んでいく、そういうことを考えていくにはやはり教育全般を見直していかなきゃならぬ、そのような考え方でこの臨時教育審議会が改めて教育改革に臨もうとしておることでございまして、何とかこの五六%が前後入れかわりまして、よくなるという期待を持ってくれる人が八〇%、いや九〇%ぐらいになれるように臨時教育審議会の皆さんに切にお願いをしたい、このように考えております。
  172. 林寛子

    ○林寛子君 ぜひそうしていただきたいと思いますし、そうでなければこれだけの審議意味がないものに終わってしまうと思いますので、期待をしているところでございます。  その中で、先ほど申しましたように、道徳教育というものがないことが不満のトップに来ているということ、二三%でトップでございます。私、浅学なものでございますから、間違いがあってはいけないと思って、もう一度、広辞苑を読んでみました。「道徳」というところを引いてみましたら、道徳とは「或る社会で、その成員の社会に対する、或いは成員相互間の行為を規制するものとして、一般に承認されている規範」とありました。言葉が難しいので小さな字引を引いてみましたら、ほかのものには、「自分の良心によって、善を行ない悪を行なわないこと。」と書いてあるものもございました。私は、この広辞苑に書いてある、道徳とは「その成員の社会に対する、或いは成員相互間の行為を規制するものとして、一般に承認されている」というこの言葉の重み、しかも私は教育の中で道徳教育がされていない不満というものがいかに今日の社会の趨勢になっているか。大人はみんな学校で道徳教育がおくれていると認識している。  しかも、四十六年六月十一日に中教審が答申として出されました教育改革のための基本的施策、この冒頭の第一章にもちゃんと書いてある。「教育は人格の完成をめざすものであり、人格こそ、人間のさまざまな資質・能力を統一する本質的な価値であることは、変わることのない原則である。」と書いてある。しかも、第一章、大臣もよく御存じであろうと思います。「人間形成の多面性と統一性」というところに、この答申はちゃんと「社会生活を営む人間として、さまざまな人間関係を結び、社会的活動に進んで参加し、その中で、自分と他人をともに生かすことができるような社会的な連帯意識と責任ある態度・行動能力を体得すること。」と書いてある。けれども、果たして今の教育の中でこの人間形成の基本となる「社会的活動に進んで参加し、その中で、自分と他人をともに生かすことができるような社会的な連帯意識と責任ある態度」というものが徹底できているかどうか、私はそれが大問題であろうと思います。  なぜならば、先ほど申しましたように、友だちが言うんです。自分は子供の宿題を見てあげられない、教育制度が変わってしまってわからない、大学も出ていない、だから子供が宿題でわからないと言ったのは、学校の先生に聞きなさい、学校へ行って聞いていらっしゃい、学校の先生に教わりなさい。その子供が運よく親切な先生に放課後教室で宿題を見ていただいた。喜んでいると、廊下を通ったある先生が時間外勤務をなぜするのだと言って、私の友だちの子供はせっかく教えてもらっている先生に途中で帰られてしまわれた。私はそのときに、どうして学校の中で、母親が先生に聞きなさいと言っても子供を教える先生がいないのかな、しかもせっかく教えようとした先生がなぜ他の先生に注意をされてそこから出ていくのかなと。  私は、ここに「八四年度運動方針案決まる」という日教組の新聞教育新聞を見ています。手元にございます。この運動方針案の中に、こういうのがございます。   勤務時間短縮をすすめるため、実質超勤をなくす運動をいっそうつよめます。このため、職場において勤務時間に関する要求について検討協議し、県・支部の組織的な指導のもとに職場交渉を展開し、職場協定を締結します。そのため、本年は、とくに「給特法」にもとづく各県協定の実施状況を詳細に点検し、協定の形骸化を許さないたたかいを重視して進めます。  また勤務時間の延長と関連する学校行事、出張、官製研修、研究指定校などの内容についても職員会議で十分意思統一をはかり、過重にならないよう精選し、一方的な職務命令による本務外の雑務排除をふくめた仕事量の軽減をはかりま  す。とある。  これが私が今申しました、私の友人の子供の時間外にわからない部分を先生に教えていただいている、それが時間外勤務に当たるのか、あるいはここに言っている「勤務時間の短縮をすすめる」、この日教組の綱領によるのか、私はわかりません。けれども、私が聞いた中では、日教組の運動に反するのだから時間外勤務はやめなさい、時間外の生徒指導はこれに反するのだといって、私たち母親にとってはありがたい子供の面倒を放課後も見てくださる先生が、日教組の先生方のこの時間外勤務あるいは時間外指導というものは一切排除しようというこの日教組の運動によって私たちの子供は迷える子羊になっている。親も教える能力がない。この人たちが、今言われるように、世の中で七五三という言葉が使われております。私ども母親は、七五三というのは子供の成長を願って七歳と三歳の女の子、五歳の男の子を神社に連れていってその成長を願うのが一般通例の七五三という言葉でございます。それが今の現状においては七五三というのは小学校では七割の子供がついていけて、中学校では五割の子供が授業についていけ、高校に至っては三割しかついていけないというのが世に言われている七五三でございます。  私どもは、母親というものは全部が全部学歴を持っている人間ばかりそろっておりません。教育というものは、先生を信頼し、わからない宿題は、わからないところは先生に聞いていらっしゃいと言うのが大半の母親でございます。しかも、高年齢になればついていけません。正直言って、私のような頭では小学校四年生ぐらいしかせいぜい宿題なんて見てやれないものです。けれども、私今言ったように、七五三というような教育界での隠語といいますか、隠語とまで言うと悪いかもしれませんけれども、七五三と言われるような子供の学校のついていき方、授業の理解度、そういうものを排除するためには、あえて私どものような一般的な母親が、教師の能力に頼り、教師を信頼し、そして教師を尊敬して、子供のわからない部分を補習授業してください、時間があれば個人的に教えてやってくださいと言うのがなぜできないのでしようか。  私どもが尊敬する、信頼する先生が、この日教組の運動方針のように堂々と教育新聞の中で時間外勤務は短縮しろ、そういうことはしなくていいのだというような運動方針を新聞で出すような先生方に教えてもらっているのであれば、申しわけないけれども、私は教える現場の先生に子供を教育する心というものがなくなったのでは、私はどんなりっぱな答申ができ、教育改革をどんなりっぱにしようという法律をつくって文部大臣がどんなに頑張っていただいても、現場の先生方が運動方針を堂々と発表するようでは、これでは子供たちが私は改革の波に押されて迷うだけだと思うんです。  ですから、私は、日教組をつくっていることが、文部大臣が悪いと言っているのではないんです。こういう母親が教師を尊敬し、信頼している先生の立場というものを、もう一度私は文部省の通達によって各県の教育委員会から先生指導というものを見直すことも審議会の審議内容の中で検討していただきたいという注文をあえてつけさせていただきたい。審議内容の御注文の中に入れていただけるものでしょうか。一言だけ。
  173. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 審議内容をどのような項 目に絞るかというのは、これは審議会でお決めをいただくことでございまして、全般的には、たびたび申し上げているように、教育改革についての基本的なあるいは包括的なものになるかと思いますが、やはり学校教育を考えてまいりますときに、先ほどからお話も出ておりましたように、教育の諸条件を整えるということも大事なことでございますし、その諸条件の一つには、重要なものとしては教員の資質の向上というのはとても大事なことだというふうに私は考えております。  そういうことを御議論いただくかいただかないかということとは別に、恐らく教育諸制度全体をお考えいただくということになれば、教員の資質問題あるいは教員のそうした、今、先生からいろいると御指摘もございましたけれども、いわゆる使命感に燃えて、そして人間が人間を教えるのだという、その一番恐れを持つということが教育者にとって最も大事なことだと思います。また逆に言えば、教えられる立場から見て教える者に対する尊厳というもの、そうしたことも一つ大事な人間的なこれは規範であろうというふうにも考えるわけでございまして、そうしたようなことなども十分御論議をいただく対象にもなっていくのではないかという期待は持つわけでありますが、たびたび申し上げているように、国会の論議を踏まえて審議機関が御検討するということで御理解をいただけるのではないかと思います。
  174. 林寛子

    ○林寛子君 国会審議を踏まえてとおっしゃるのであれば、国会審議の中にこういう意見もあったということを申し添えていただければ私は幸いだと思いますので、あえてもう一度重ねてそれをぜひ審議内容に盛り込んでいただきたいということを御要望申し上げておきます。  それからもう一つ、昨今、全国の何カ所かで、地方の県議会で決議されたものがございます。それは、先ほどから申しましたように、道徳教育の中で、四十六年のこの中教審の答申の中にありますように、道徳というものを守る基本としては、私は少なくともその人間がその国の人間であるというまことに単純明快なことすら主張できないような現状になっているのではないか。少なくとも私は、子供たちが自分は日本人だという自覚を持てるような、しかも先進国の仲間入りができて、今や世界の経済の一〇%を動かしているこの大きな国に生まれたことを自信を持って、胸を張って国際人として成長していく上に日本人という自覚を持ってもらわなければ、これが私は道徳を議論する基本だろうと思います。  その日本の国の国民である自覚を象徴するものは、言葉の通じない子供たちでもあるいは単純明快、公海上において船がどこの国の船がわからないような場合、あるいは空においてどこの国の物体が飛んでいるかわからないような国籍不明の人物であり物体であってはならないんです。そのために少なくとも日本の国旗というものがあるのだと私は認識しております。地方議会で国歌斉唱しようという決議をなされた県がございます。現段階では、群馬、千葉、神奈川、滋賀、大阪。そして、滋賀県は国歌だけではなく国旗も上げるようにしようという決議が地方議会で決議されました。  そしてまた、これは正確であるかどうか、ちょっと私自身も自信はございませんけれども、なかなかこれは調べられないものですから数字が正確に出てこないんですけれども全国の公立の小中学校が約三千五百校ございます。そのうちの約三千校をサンプルとして調査した結果が出ているんですけれども、古くなって恐縮でございますけれども、五十四年の卒業式に小学校で君が代斉唱した学校が二三%、中学校では二六%、五十五年の入学式に小学校で君が代斉唱したのが五〇%、中学校では三〇%という数字が私の手元にございます。  私は、少なくとも日本国民である以上、ある一部の人たちからは日の丸を上げると軍国主義、軍事大国になるのだという声も耳にしております。日の丸を上げるだけで軍事大国になれるのだったら、アメリカやソ連はもっと喜ぶだろうと思います、お金かからないんですから。国旗を上げるだけで軍事大国になれるのだったらこんな安いことはないといって、アメリカもソ連ももっと国旗を上げただろうと思いますけれども、日の丸の国旗を掲げているだけで軍事大国になるというのが、どこからどう飛躍するのか、私の単純な頭では理解できないんです。そんなことはあり得ないんです。日本の船が、なぜ日の丸の旗を上げているか。あれは日本の船だとわかるから日の丸の旗を上げるんです。日の丸の旗を上げなければ海賊船でございます。飛行機もそうでございます。日本の飛行機は日の丸の旗のマークをつけているから、あるいはその会社のマークをつけているから、シンボルが見えるから撃ち落とされないのじゃないでしようか。  私は、スポーツ愛好家でございますから、オリンピックにしろ、どんなスポーツの国際試合にしろ、深夜でも今のように衛星中継で生で送られてきますと、夜寝る時間を忘れて見ております。けれども、オリンピックでも日の丸の旗が上がるたびにあの選手の喜ぶ顔を見て、日の丸の旗を上げるためにあれだけの死闘の訓練と、そして競技に打ちかって日の丸の旗を上げてくれるわけでございます。それがなぜ日の丸の旗がいけないんでしょう。日の丸の旗がいけないというのなら、日の丸の旗と違ってこれにしなさいという、真っ白な族とか真っ赤な旗とか、代案の旗を提示されたことは聞いたことございません。ただ、いけない、あれを上げると軍国主義になると言うだけでございます。  私は、そういう意味で、少なくとも日の丸の旗を上げることに何のちゅうちょもなく、しかも学校で率先するとともに、我々年代の家庭の中でも、国が決めた祭日には日の丸の旗を上げることが、先ほどの小中学校の教育の不満の中で一番道徳教育が劣っているというパーセンテージが出たことと私は大いに関係があると思っております。また、道徳教育が不十分だと言って現在の教育制度を批判した人たちの中には、まず原点の日の丸の旗を掲揚することと国歌斉唱することというのが私は出てきていると思いますので、文部大臣に一言その感想を聞きたいと思います。
  175. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 次代を担う子供たちに、自分の国の国旗や国歌を大切にする、そのことは基本的な、やはり国民としての大事な私はこれは規範だろうと考えます。そういう中で、自国の国旗や国歌を大切にすることによって他の国の国旗や国歌を大切にする態度を養う、そういう意味で極めて大事なことだというふうに考えます。  これからはいよいよ国際化社会でございますから、日本の子供たちと世界の子供たちがいろんな場面で一緒になるということはよくございます。この間、青年会議所の、海外に青少年を一緒に船に乗せて、何かそういうボランティア活動をしたという、その文章が載っておりましたが、やはり一番恥ずかしかったのは、朝食の時間にそれぞれの国の国旗や国歌が掲揚され演奏されると、よその国の人たちは自分の国の旗であろうとよその国の旗であろうと、国歌が演奏されると直ちにフォークとナイフをやめて直立をして敬意を表したけれども、日本の日の丸、君が代であっても日本の子供たちは黙々とお皿から食事を口に運ぶことをやっていた、とても恥ずかしかったという、そういう報告文が出ておりました。そういうことができない子供たちがいけないというふうに子供たちを責めることであってはならない。そのようなことを、しっかり国際的なマナーを教えるということ、そのことを怠った大人の責任であろうというふうに私は思います。  文部省といたしましては、社会、音楽、特別活動等で適切な機会をとらえまして今日まで指導いたしてまいりましたし、小中高等学校の特別活動でも儀式などを行う場合には国旗を掲揚し国歌を斉唱させることが望ましい、そう定め、小学校の音楽においても国歌君が代を各学年を通じ児童の発達段階に即して指導することを定めているわけでございます。要は、先生方が実際に指導していくお立場の中でそのことを大事にしてやってもら いたいと私たちは願うだけでございますが、どうしてもやはり私たちの日本の歴史を考えて振り返ってみると、戦争という大きな反省の上に立った戦後の教育というものがあります。道徳といえばすぐ修身、修身といえばすぐ教育勅語というふうに結ばれてくる。そのことに対して、すぐ軍国主義、いわゆる皇国史観というふうに結びつける世代は確かにあると思います。  しかし、林さんが今おっしゃるように、今の子供たちが国歌あるいは国旗を見て、それが軍国主義につながると考える子供はまずいない。むしろ、我々世代よりも先輩の世代がこのことを通じて戦争の反省をし、そして平和を求めていく、平和国家を大事にしていくということが今日の大人社会の考え方であろうというふうに考えますが、戦後のそういう歴史の過程の中にあって、日の丸、君が代あるいは道徳、修身というようなことが逆戻りするのではないかというそういうおそれの中に、確かにちゅうらよしたそういう私は年代というのがあった、こう思うんです。そのことを私どもはやはり思いを新たにして、国際社会に向かって二十一世紀の我が国を担う青少年が、本当に主体的に、世界の人々に尊敬をされ、信頼をされ得る民族としての大事な教育はそこにあるだろう、こんなふうにも考えるんです。感想をあえて言えということでございますので、先生の御発言いろいろと十二分にお聞かせいただきまして、感想を申し上げました。
  176. 林寛子

    ○林寛子君 それからもう一つ、ぜひこれは大臣に申し上げたいと思うんですけれども、御存じのとおり高齢化社会を迎える。二十一世紀は高齢時代である。しかも、この間の人口発表で今四十二億、二十一世紀には六十二億というような人口問題が発表され、私も十六年後一十一世紀を迎えるときには、考えてみますと、八十五歳以上の老齢の仲間に入るような年代でございます。けれども、少なくとも私はその時代になって、今身の回りを見て九人に一人の老人、それが私が二十一世紀を迎えるときには私の身の回りは四人に一人の老人になる。九人に一人の老人でも、経済大国だけれども福祉国家じゃないから九人に一人の老人の面倒を見切れないのが今の日本の現状。それが四人に一人の老人になったときには一体どうなるのか。  今ここに「八〇年代国民意識の流れ」という調査をしたのがございますが、「あなたは、恵まれない人たちに対して救いの手をさしのべようと思うことがありますか。もしそう思う場合、あなたは、どういう方法でその気持ちをあらわしたいと思いますか。」、その中で、思いがあるというパーセンテージは大変多いんです、恵まれない人たちに対して。けれども、いざ自分がそういう人たちにどういう態度をとりますかという中では、老人ホームや養護施設などで奉仕をするというようなそういういろんな行動ではなくて、「募金や寄付をする」というのが実に六二%あるんですね。実質行動しないんです、寄附や募金だけで。その気持ちが私はこの一端に出ていると思うんです。これが今の現状なんです。しかも、この中で特に気がかりなのは、若い人たちの老人に対する関心の低さと消極性、しかも二十歳台の「奉仕活動をする」一三%というのは、各年代を通じて一番今の二十歳台の人たちがそういう社会奉仕に対する認識が薄いということでございます。  それで、私は、この小学校の学習指導要領の中に「道徳」という第三章がございます。その中で、大臣は既に御存じだと思いますけれども、第二の「内容」という中に、十六、「だれにも親切にし、弱い人や不幸な人をいたわる。(低学年においては、友達や自分より幼い人に対して親切にすることを、中学年においては、更に、弱い人や不幸な人を進んで慰め、励ますことを加え、高学年においては、他人の身になって考え、だれに対しても温かく接することを、主な内容とする。)」、この小学校の指導要領がございます。同じようなことが中学、高校にもございます。すべて道徳という部門に出ております。  私がぜひお願いしたいことは、先ほど申しましたように、二十一世紀、地球上六十二億の人口になるときに日本は四人に一人の老人社会になる。そのときに、今のように恵まれない人あるいは年寄りに対しても、特に今の小学校あるいは中学校、高校の指導要領の中に示されていますように、思いやりの心を今の子供たちに持ってもらわなければ、先ほどの「国民意識の流れ」にあらわれていますように、実際には行動しないで募金や寄附をする、それだけで一切金さえ与えればいいのだ、物で栄えて心で滅びると言われる日本を二十一世紀に迎えたくない。そのためには、私は今の教育のカリキュラムの中に、少なくとも社会に奉仕、あるいは老人に奉仕でも結構でございます、物に奉仕をするというようなボランティアのカリキュラムをぜひ組むことを教育改革の中で考えていただきたい。  私は、そういう意味で世界じゅうのボランティアの教育がどうなっているかというのを調べてみました。けれども、これはアメリカはアメリカ、ヨーロッパはヨーロッパ、各国のボランティア活動というものが学校の教育の中にどれほどの時間数で入れられ、またどれほどの使命感を持って彼らがボランティア活動をしているかというのを調べてみましたけれども、各国各様でございます。ですから、日本がやがて老齢化社会を迎えるということだけは確実なんですから、何としても私は学校教育の中で今後の子供たちにボランティア活動というものの徹底をぜひ図っていただきたいという要望を申し上げて質問を終わりたいと思います。御感想があれば、一言聞かせてください。
  177. 森喜朗

    国務大臣森喜朗君) 先ほども申し上げましたが、このたびの教育改革は、二十一世紀のまさに我が国を担う青少年、今後におきます社会の変化や文化の発展に主体的に対応できる能力、具体的に言えば、困難に立ち向かう強い意思、あるいは問題の解決に積極的に挑む知的探求心、知識や情報を選択、活用していく能力、自己を抑制し、他の人たちを尊重しつつ良好な人間関係を築いていくそういう資質を持つ、それが私たちが願う二十一世紀への教育改革の大きな柱であろうというふうに私は考えております。  確かに、高齢化社会という非常に難しい時代を迎えることになろうと思いますが、先生から御指摘がありましたように、まず自分たちでこの困難に立ち向かっていくという強い意思、そのことをしっかり学校教育の中でも学んでもらうということは大事なことであろうと思いますが、あえて先生に承知の上で申し上げますが、学校教育だけではそのことはなし遂げられない、やはり家庭、社会、世の中の大人たちが一体となってこうした問題を子供たちに積極的に呼びかけていくということが大事な要諦ではないだろうか、このように思うわけでございます。
  178. 林寛子

    ○林寛子君 ありがとうございました。
  179. 高平公友

    委員長高平公友君) 両案についての質疑は、本日はこの程度にとどめます。     —————————————
  180. 高平公友

    委員長高平公友君) 次に、委員派遣承認要求に関する件についてお諮りいたします。  臨時教育審議会設置法案及び国民教育審議会設置法案の両案につき、札幌において意見を聴取するため、委員派遣を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  181. 高平公友

    委員長高平公友君) 御異議ないと認めます。  つきましては、派遣委員、派遣期間等の決定は、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  182. 高平公友

    委員長高平公友君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後五時四十六分散会