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公述人(宇和川邁君) 私は、
日本医療労働組合協議会に所属している宇和川であります。
私
たちの組織は、国立
病院とか赤十字
病院、その他労災
病院、それから一般の民間
病院、そういう
病院の
労働者を組織している約十六万の組織であります。私は、きょうの席では、日夜
患者とじかに接触をして
医療サービス活動を行っているという、そういう
立場から、また、労働組合としての
立場から、具体的な事実を挙げながら五点に問題を絞って私の
意見を述べたいと思います。
私の所属する
日本医療協は、今回
政府が国会に提出された
健保法の
改正案には反対の
立場をとっております。そういう
立場に沿って、反対の
立場をとっている多くの労働組合、それから
医療関係団体、それから民主団体などと、中央、地方で連携をとりながら運動を進めているところであります。
五つの
問題点の第一は、
労働者の
立場から見て、
健保本人十割
給付の八割
給付への引き下げは
労働者の生活を著しく脅すものになるということであります。
健保本人は、御存じのとおり政管
健保約一千四百七十万人おりますし、それから組合
健保は一千百七十万人おります。それから国家公務員共済組合
関係は百二十万おりますし、それから地方公務員共済は約二百九十万、国鉄などの公企体職員共済組合は八十万人、その他船員
保険に所属する組合員、それから日雇
健保などを含めまして約三千百万人であります。これは
日本の労働力人口の半分を超える非常に大きな数であります。ですから、この多くの
労働者に一定の影響を与えることが非常にいろんな面で大変な事態を招く、そういう状況だろうというふうに考えております。
厚生省の発表によりますと、現在一件当たり
医療費は、本年三月現在で入院の場合は甲表で約三十万円であります。そして、入院日数は約十八日ということが出ております。また、外来の場合は乙表で約一万一千円、通院三日という数字が出ております。これはあくまでも平均でありますから、これよりも著しく高い
医療費の支払いをしているという場合もあると思います。そういう中で
健保本人十割
給付が八割へと引き下げられれば、入院の場合には高額療養費、自己
負担限度額があったとしましても、一件について数万円という
負担というのは当然なことになるわけであります。
入院は、
厚生省自体が申していますように小さな引っ越しであるということを
厚生省は言っております。引っ越してありますから、当然そのためには間接的な
医療費も要るわけでありますし、また、現在では
社会的に問題になっております付添料、
差額ベッドなどを加えれば、入院の場合には大変大きな出費になるのは具体的事実であります。
現在
労働者の賃金というのは、全産業所定内給与は、労働省の毎勤統計によれば、昨年七月現在で約二十万三千円ということが出ております。それも、その約一五%は税金とか
社会保険料ということで差し引かれるわけですから、実際には十七、八万という、そういう可処分所得を持ちながら
労働者は生活をするわけであります。ですから、そういう賃金の水準と比べてみましても、今述べましたような
医療費の
給付が十割から八割に下がるということは、その生活に大変深刻な事態をもたらすということは当然だと思います。
そのことは、しばしば引用されることでありますけれ
ども、
日本患者同盟が本年三月に行った
健康保険法の改正の影響
調査というのが端的に示していると思います。その
調査によりますと、
病気が治らないがすぐ退院するが一六・六%、
病気が治らないがなるべく早く退院するが二六・一%、合計四二・七%が退院せざるを得ないという答えを出しております。
さらにつけ加えれば、定期的に人工透析を受けなければならない
患者さんが約五万数千人いるというふうに言われています。その腎臓病
患者さんの四分の一は
健康保険本人であります。長期の
治療を受けるために賃金カットを受け、いろんな
意味で障害を受けております。そういう中でさらに
健保本人十割
給付が八割に下がるということになれば、その腎臓病
患者さん、働きながら
治療を続けている
患者さんに対して大変深刻な事態が生ずることは明らかなことだろうと思います。
そういう
意味で、
病院であるいは
診療所で仕事をしている私
たちとしては、そういう事態になったときに大変なことが起こるだろうということは、具体的に
患者さんを見ておりますから、そういう感じを特に強くするわけであります。
では、
国民の健康状態についてでありますが、これはもうしばしば言われることで繰り返すこともないかと思いますけれ
ども、
国民の有病率が七・九人に一人、それから三世帯に一人が病人を抱えているというようなのが
現実であります。
厚生省の資料を見ても、
国民のどの年齢、クラスをとってみても、有病率が
増大をしています。これは
厚生省の
国民健康
調査そのものが明らかにしていることであります。ですから、年齢、クラスを問わず、この二十年間ぐらいの間に大変病人がふえている。これが趨勢であります。
そういう中で、労働省が一九八二年に実施をした
労働者健康状況
調査によりますと、
労働者二人に一人は仕事で大変強い不安やストレスを感じているということが新聞に大きく発表されました。では、そういう中で
労働者はその解消法をどのような方法でやっているかと言えば、
一つは、睡眠や休息をとるということでそれを解消しようとしています。それが七二・一%、圧倒的に多いのは当然であります。次いで多いのが、男性の場合には酒を飲むが四四・六%であります。女性の場合には、数人が集まって雑談をするということで、その不安やストレスを解消しようとしている、これが実態であります。この状態は、まさに
労働者の中に不健康が非常に拡大をしているということを証明することだろうと思います。
また、最近職場の中にはOA化が進んできております。これはコンピューターやワープロのディスプレー装置、これを扱う
労働者が大変ふえています。私
たちの
医療機関の中でも、これがもう一般化しております。総評がこの春に約七千人を
対象にしまして
調査をした「VDT労働と健康
調査」というまとめを発表しております。それによりますと、目がかすむなどの眼精疲労を訴える者が約八〇%に達しています。それから二番目に、全身疲労も大変多くて、慢性疲労に悩む者が約二〇%という数字が出ております。同時に、その労働条件といえば、四人に一人は西ヨーロッパの作業規制水準の一日四時間を超えて作業している。そういう労働の実態もあわせて出ております。全身疲労の内容を言いますと、肩がこるというのが五六%、全身がだるいが四一%、何とか横になって休みたいというのが三七%、作業後も疲れがとれないが六九%、朝まで残るという慢性疲労の訴えは、先ほど言いましたように二〇%に達しているわけであります。
今
労働者が置かれている状態は、第一次、第二次の減量経営のもとで人減らしが進行して、労働強化の中で
労働者の健康状態は大変悪化しているというふうに思います。こういう状況のもとで、繰り返しますが、
健康保険本人十割
給付の引き下げが出ているわけであります。大変深刻な事態の到来と、不安を感じざるを得ないのであります。
第二の問題は、
健康保険本人十割
給付の八割
給付への引き下げは、
国民全体の受診抑制を大規模に進めようとするものだというふうに私
たちは考えて反対の
立場をとっているわけであります。
政府は、
健康保険本人十割
給付の八割
給付への引き下げは受診抑制にはならない、早期受診、早期
治療の妨げにはならないと、これは繰り返して強調しています。これについては、去る七月二十五日にここで行われました
参考人の陳述で、全国
保険医団体連合会の会長の桐島先生が述べられましたし、桐島先生が所属されておられる団体の機関紙「全国
保険医新聞」七月十五日号で、詳細に事実を挙げて、そういう主張は間違いだということを具体的に述べておりますので、それについては繰り返して申し上げることはしませんけれ
ども、私自身がそれに触れてつけ加えておきたいというふうに思います。
その第一は、
厚生省幹部の臨時行政
改革推進
審議会、いわゆる行革審での発言であります。これは昨年十一月十四日の第十七回行革審での発言でありますが、その発言は、指導監査とか審査の強化によって
医療費の
適正化に努力しているが、
健保本人を八割
給付にすれば、もっと
医療費が減ると思う。また現在、中医協で検討している
診療報酬の合理化ができればさらに減ると思う。私
どもは
保険料の
負担を減らすことを政策目標としているという内容であります。この発言には、受診抑制効果をねらっていることがはっきりうかがえると私は考えるものであります。
それから第二は、
厚生省が直接運営をする
厚生省第二共済組合の
昭和五十九年度事業計画が受診抑制効果を明確にしていることであります。この事業計画は、本年七月から共済
本人十割
給付が九割
給付になるということを前提にした計画であります。その中で、共済
本人一割自己
負担による受診抑制などの波及効果で五・六七%の
給付減を見込んでいるのであります。つまり
厚生省自体が、十割
給付から九割
給付になった、一割カットになった、そのことで既に
厚生省の国立
病院、療養所職員約五万人で組織されている
厚生省第二共済組合の新年度の予算案、その中で五・六七%の
給付減を見込んでいるのであります。すなわち共済
本人一割自己
負担による
給付減一億六千二百万円、これが平年度に直せば一億七千九百万円という数字になるわけであります。それから、一割自己
負担による波及効果による
給付減は一億三千二百万円、これも平年度に直せば二億二千七百万円を見込んでいるわけであります。つまり、
厚生省自身が運営をする
厚生省第二共済組合の事業計画で、共済
本人の
給付の引き下げがあれば受診抑制をもたらすということをはっきりと数字を挙げて明確にしているわけであります。
三番目は、老人
医療費無料化を有料に転換させた老人
保険法の実施一年間の実績が、明確に受診抑制効果を証明していると思います。その内容は、五月二十五日に
厚生省老人
保険部が発表しました。それによれば、この実施一年間の実績を見て、七十歳以上の高齢者の受診率は、入院、外来とも年間の各月すべて前年同月比マイナスになっています。外来は一カ月四百円、入院は二カ月を限度に一日三百円、こういう額は当然だということを主張をして老人保健法を通したわけでありますけれ
ども、その効果は
政府のねらいどおりの実績となってあらわれています。そのことを考えれば、七十歳以上の高齢者にとってこの額が決して少額のものではなかったということをリアルに示しているんだと思います。
第三の問題は、国保への国庫補助率の大幅な引き下げは、自営業者の家計を不安に陥れるものであるということを強調したいわけであります。
国保の被
保険者は、自営業者とその家族を中心にして現在約四千四百五十万人の数であります。これは
退職者医療制度を新設をして、現在国保に加入している被用者年金の老齢年金受給者とその家族四百万人を国保から除外をして、新しい
退職者医療制度をつくるということを理由にして、国保への国庫補助率を現行の四五%から三八・五%に大幅に引き下げるということが今回の
健保法の
改正案の中に含まれています。
国保の
保険料の実態を見ていただきたいのでありますが、
厚生省保険局「
国民健康保険事業年報」によれば、国保の
保険料の調定額に対する収納額の割合は、
昭和五十年以降毎年減っております。現在
昭和五十七年度の資料が出ておりますけれ
ども、九四・三四%であります。つまり、やっぱり景気の動向を反映しているんだと私は思います。
具体的事実で申し上げたいのでありますが、全国商工団体連合会の
調査によれば、兵庫県明石市の国保の場合、
保険料の滞納額は
昭和五十六年度三億円、五十七年度五億円、五十八年度七億円と累増しています。それから
昭和五十九年三月末で全額滞納世帯が二万五千世帯のうちの五百世帯が出ているというふうに言われています。同時に、問題なのは、この五百世帯に対して
保険証を交付をしないという市の指導が入って、大変な問題になったそうであります。これを明石市の民主商工団体の明石の地域の組織が交渉を行って、一応
保険証の交付はさせたという事態が起こっております。このように非常に国保の滞納がふえつつあるという状況であります。
それから、同時にここでつけ加えたいのは、国保料が所得に比べて大変高いということであります。これも
厚生省保険局の「
国民健康保険実態
調査報告」の中の所得階級に対する
保険料負担状況という資料が証明しているわけであります。例えば具体的な例を全国商工団体連合会から聞いたわけでありますけれ
ども、名古屋市の例で、夫婦で冷凍機の部品を扱っている五人家族の自営業者がおりますけれ
ども、その国保料は
昭和五十六年度所得二百二十万円に対して最高の二十六万円であります。
昭和五十七年度所得二百九十九万円に対して同じく最高の二十六万円。このように非常に所得に対して国保料が高い。こういう状況の中で、今度は国庫
負担が大幅に減った場合必然的に国保料の引き上げが余儀なくされるという事態が
予測されるわけであります。こういう状態になれば、国保料の滞納が
増大する傾向はさらに促進されるでしょうし、それによって先ほど挙げたような
保険証交付が打ち切られるというような事態も生まれかねないというふうに思います。その
意味では国保そのものの存在基盤が大変問題になるということだというふうに思います。
第四の問題は、高度な
医療は公的
医療保険の
給付対象から切り離されるということであります。また、
国民が解消を強く求めている
保険外
負担を
法律で認めるということが問題だと私は思っております。今回の
健康保険法の
改正案には、大学
病院などの高度な
医療を提供すると認められる
医療機関を特定承認
保険医療機関と指定をし、
保険適用外の高度な
医療を認め、
保険医療と自由
診療の併用を公認する
制度の導入が組み込まれています。
政府は、この
制度は高度な
医療はこれまで全体が自己
負担であったが、高度な
医療部分のみを自己
負担にし、その他は
保険で見るということにしたから改善だということを主張しています。しかし、私
たち現場で働いている
労働者側の
立場から見ますと、
健康保険本人十割
給付の八割
給付への引き下げと高度な
医療を
保険外から外すということは
セットなものだというふうに考えております。
実際に具体的な例を挙げますけれ
ども、大学
病院では、
本人十割
給付ということを原則にして、できるだけいろんな
意味で新しい技術、
治療方法を行っても十割
給付の
立場を貫いて
治療を行っております。ですから、例えば有名な俳優の石原裕次郎さんが難しい
手術と
治療のために慶應大学
病院に入院されました。それで慶應大学
病院のすぐれた技術によって回復されたわけでありますけれ
ども、
差額ベッド料、付添料などは別でありますが、その他のいわゆる
医療費は
医療保険で全体がカバーされているわけであります。これも結局
健康保険本人十割
給付という原則が支えになっているからであります。このことについては先ほど述べましたけれ
ども、七月二十五日に
参考人として陳述された全国
保険医団体連合会の会長の桐島先生が細かく証言をされたわけですから、ひとつその点についてお願いいたします。
時間が迫ってきたので、あと、省略させてもらいたいと思いますけれ
ども、これが私
たちが特に要望したい、また反対の
立場であります。
最後に、ちょっと時間をいただきたいのでありますが、今回の
健保法の
改正案は、公的
医療保険を全面的に後退させるものであるということであります。これまで述べましたけれ
ども、今度の
健康保険の改悪というのは、特に述べておきたいのは、今まで述べましたように直接
国民の生活と命に大変具体的に影響がある。やはり政治というのはこのような
国民の生活と命ということとの関連で物事を判断することが大変重要であるという
立場であります。特に私
たちはここで主張したいのは、この二月の二十五日にILOで報告書が発表されました。これは、「二十一世紀に向けて—
社会保障の展開」ということで報告書がまとめられています。その中では、
社会保障を経済危機、景気後退のスケープゴートにし、他の部門の公的支出及び民間計画の
増大を無視することは極めて不当であるということを述べています。それで、さらに
社会保障は、
社会的危機により生活水準が脅やかされることはないという安心を個人、家族に与えなければならないということを強調しています。これが今日国際的な
社会保障に対する共通認識だろうと私
たちは思います。その
意味で、このようなごく最近ILOが発表されました
社会保障に対する報告書などを踏まえながら、現在の国際的な
社会保障に対する認識がこのようなことであるということを踏まえて、やはり現在の
健保法の改悪についてはあくまでも慎重
審議の上、私
たちはこれを廃案にもっていっていただきたいということを強く主張して終わりたいと思います。
以上で私の
意見といたします。