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1984-02-16 第101回国会 参議院 国民生活・経済に関する調査特別委員会生活条件整備検討小委員会 第1号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十九年二月十六日(木曜日)    午後一時一分開会     ————————————— 昭和五十八年十二月二十六日国民生活経済に関 する調査特別委員長において本小委員を左のとお り指名した。                 海江田鶴造君                 亀長 友義君                 佐々木 満君                 杉山 令肇君                 水谷  力君                 最上  進君                 竹田 四郎君                 寺田 熊雄君                 刈田 貞子君 同日国民生活経済に関する調査特別委員長は左 の者を小委員長に指名した。                 亀長 友義君     —————————————    小委員の異動  二月一日     辞任          刈田 貞子君  二月四日     補欠選任        刈田 貞子君     —————————————   出席者は左のとおり。     小委員長        亀長 友義君     小委員                 海江田鶴造君                 杉山 令肇君                 水谷  力君                 最上  進君                 竹田 四郎君                 寺田 熊雄君                 刈田 貞子君    事務局側        常任委員会専門        員        桐澤  猛君    参考人        神戸大学教授   早川 和男君        日本情報処理開        発協会常務理事  中山 隆夫君        未来工学研究所        副理事長     林 雄二郎君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○生活条件整備に関する件  (都市計画社会参加及び情報化社会まちづ  くりについて)     —————————————
  2. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) ただいまから国民生活経済に関する調査特別委員会生活条件整備検討小委員会を開会いたします。  本日は、生活条件整備に関する件を議題とし、都市計画社会参加及び情報化社会まちづくりについて参考人から意見を聴取いたします。  本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり三名の方々に御出席をいただいております。  まず最初に、神戸大学教授早川和男君から意見を聴取いたします。  この際、早川参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ、本小委員会に御出席いただきましてありがとうございます。本日は都市計画等まちづくりハード面について忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査参考にいたしたいと存じます。  また、議事の進め方といたしましては、まず四十分程度意見をお述べいただき、その後二十分程度委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。  それでは早速でございますが、早川参考人お願いをいたします。
  3. 早川和男

    参考人早川和男君) 神戸大学早川でございます。本日はこの委員会にお招きいただきましてありがとうございます。  私は、大学の工学部に所属しておりますが、住居とか環境都市、そういった私たちが暮らす、生活空間と呼んでおりますが、いかに人間にふさわしいものにしていくか、こういうことを専門研究したり、教育をしているわけであります。  これは経済学であろうと法律学であろうと、都市計画であろうと医学であろうと、研究にせよ政治にせよ経済活動にせよ、終局的には、私たち生活がどんなふうに人間にふさわしいものになっていくのか、それにどう結びついていくのか、こういうことが私は大変重要だと思うわけです。そういう視点から見ますと、きょうのこの特別委員会のテーマであります生活条件をどう整備するかということは非常に重要でありまして、特に都市計画社会参加に根差したまちづくりをどうやっていくかということが重要に思われるわけです。  ちょっと非常に汚い字で恐縮でありますが、急速レジュメをつくりましたのでごらんいただきたいんでありますが、人間生活というのは私は大きく分けて二つあると思うんです。一つは、日々の暮らしを営むのに必要な賃金、働いて賃金を得て食べ物を買う、あるいは衣類を買う、子供学校にやるとか、そういう消費生活ですね、あるいは病気になったときの医療ですとか退職後の年金、失業した場合の失業保険、こういう社会保障、私はこういうものを総称して生活手段だというふうに考えるわけです。もう一つは、住居ですとか地域環境あるいは都市、これが生活基盤。大きく分けてこの生活手段生活基盤生活というものを支えていると思うんです。  ところが、まあ戦前からでもそうでありますが、戦後の日本経済発展というものを見ておりますと、生活手段は御承知のようにかなり充実してきました。賃金は上がりましたし、社会保障制度も、いろいろ批判を受けながらも私は整備されてきたと思います。  しかしながらこの住居というのは、これは後で申しますけれども、見かけの統計とは違って極めておくれた状態にあるんではなかろうか。また環境もそういう状態にある。外国からはウサギ小屋というふうに言われるわけでありますけれども、私は、この生活基盤である住宅地域環境が貧しければ、整備されていなければ、賃金社会保障が仮にどんなに充実しても生活というものは豊かにならないんじゃないか、こういうふうに考えているわけです。  たとえば、最近医療費が非常にかさむということが大きな社会問題、政治の問題になっております。どうして医療費がかさむのかということを調べてみますと、御承知のように最近は、以前の病気は大体伝染性病気だったわけですが、現在は慢性病とか持病とかいったものがふえておりますですね。二ページの図の一番左上で、ちょっと古いんですが、これは厚生省が昭和四十五年に調査したものですけれども、住宅環境というものを、住宅の広さですとか日照、通風といった観点で上、中、下と分けまして、持病がどんなふうに分布しているかというのを調べたわけです。そうしますと、住環境の上と下の違いによって、大体皆十倍なんですね。頭痛が上は三・三%に対して下は二九・八、神経痛が六・四、七一・九、ぜんそくが一・二、一〇・六とか、高血圧が五・二%、五二%。こういうふうに現代の病気というのは住環境によって非常に影響を受けるわけです。現在 はもっと大きな差が出てきていると思います。  下に大きなグラフがありますが、これ私の研究室統計をもとにつくってみたんですが、近畿圏で、世帯当たり畳数横軸には標準化死亡比と言いまして、これは中年期の三十歳から五十九歳の男性が、これ中年期死亡率と言いますが、これはいろいろ統計上の操作をして年齢階層が同じようになるようにしてあるわけですが、狭い家に住む人たちはこの中年期死亡率が非常に高いわけであります。見事に相関が出ているわけです。  こういうふうになりますと病院通いせざるを得ない。一遍にぽっと死んでくれたらいいわけですが、なかなかそうはいかなくて、病院通いをして医療費が要るわけですね。また、老人がよく病院通いをして、ベッドを占拠するというふうに言われますが、確かにそういうことがあることは事実なんです。お年寄りはもともと体が弱いですから病院通いをするわけなんですけれども、家が狭いために、もう治ったから退院してくださいというふうにお医者さんが言っても、家族が引き取らない。お医者さんと家族がよくけんかをするということを医者人たちから聞きます。長く入院する。  この番号は、私の書いた本からみんな引っ張ってきたものですから、ちょっとずっと並んだ数字になっておりませんが、表の3というのがあります。これはWHOで調べた世界各国の「平均入院日数の比較」です。もちろん医療制度の違いということがあるんですが、そういうことを考慮に入れてもなおかつアメリカが一回の平均入院日数八日、ヨーロッパが大体十二、三日に対して日本は何と四十三日という長さですね。これはもう明らかに住居が狭いために帰るところがない、こういうことに結びついているというふうに思います。  そういうふうに、医療費にいたしましても、住居を貧しい状態にしておいて、その結果起こる病気医療費でカバーしたり、あるいは老人が入院するということでは、そういう社会保障制度というのは一種の消費でありまして、豊かな社会に結びついていかないわけですね。昨年から老人保健法老人医療費無料化が廃止されましたけれども、仮に医療費無料化が続いても、病院通いしなくてもいいような、病気にならないような住居環境をつくっていくことこそが、私は本当に必要なことだろうと思うんです。  これはほかにもいろいろありまして、現在大きな問題になっております子供たち非行あるいは暴力、こういったものも住環境と非常に関係があります。非行少年は、お金持ちの家でもぐうたら息子は出てくるんですが、大体そういう子供一過性なんですね。大きくなっていくと直るケースが非常に多いんです。ところが、貧しい、おしめののれんをかきわけて入るような家に住んでいる子供たちというのは、二DKに四人も五人もあるいは六人もいると落ち着く場所がありませんから、外をうろうろして、非行グループに誘われる、暴走族になっていく、こういうケースが非常に多いんです。あるいは、公園がありませんから、エネルギーを発散させる機会が少ないわけです。  また、現在は持ち家政策といいますか、自分のかい性で家を獲得しなきゃいけないということなんですが、これはもう御承知のように非常に高くなってしまって、お父さんだけの収入では足りないというので共働きするんですが、それでかぎっ子になる。お金を与えて、何か買いなさい。そうすると子供金銭感覚が麻痺していく。親子の対話ができない。亭主は下宿人だというふうに言われていたんですが、いまはみんなが下宿人のような形になってしまって、家族の団らんができない。遠距離通勤父親との対話を少なくさしているわけでありますが、いまの表のページの真ん中に「表14低学力児生成要因」というのがありますが、これ神戸の小学校の先生が幼児期小学校知能を追跡調査したものでありますけれども、幼児期お父さん子供がどれだけ対話していたかということが、小学校に入ってからの知能や素行に非常に大きな影響を与えているということを、その結果として出しているわけです。お母さんとの対話ももちろん関係あるんですが、お母さん成績上位と低位は七十五分と四十六分の違いなんですが、お父さんとの対話は六十分と十四分なんですね。これは、父親というのは非常に社会的存在で、話がやはり非常に論理的であったり、社会性を帯びているということではなかろうかというふうに思われるわけですが、こういうことも不可能になってくるわけです。  トータルとして、いま教育の問題が社会問題化しておりますが、学校だけの問題ではありませんで、教育環境地域というものが子供を育てるわけでありまして、私たちふるさとを懐かしいと思うのは、ふるさとの中でみんな心と体が育てられてきたという記憶があるわけですね。そういう子供たちの心身を地域というものが育てられなくなってきている。こういったことが日本社会というものを子供から老人まで非常に不安な状態に陥れている。  住環境整備するということは、安全であるとか、便利であるとか、快適であるとかいったことがよく言われるわけでありますけれども、私はそういう評価はもちろん大事なわけでありますが、いま申しましたように、経済的に見ましても、そういうものを放置しておけば、お金にはつながらない。国民のいろんな階層人たち社会不安や、強いて言えば荒廃ですね、さらにこの費用が増大していく。行財政改革が大きな問題になっておりますけれども、私は、住環境をよくするということが、長い目で見れば非常に不必要な支出というものを減らしていくんではなかろうか。  これは、きょうは時間がありませんから省略いたしますが、イギリスなどで住宅政策というものが十九世紀の後半から非常な勢いで進んだ大きな原因には、貧しい住居やあるいは下水が整備されていない、道路が汚いというふうなことを放置しておけば社会福祉が成立しないというふうな調査出発点になって、都市計画というものが住宅政策公衆衛生を軸にして大きく進むわけでありますけれども、私たちもそういう視点から、住環境整備というものの意義をもう一度認識しなきゃいけないんじゃないか。  行財政改革というのは、私非常に必要なことだと思いますけれども、貧しいそういった環境を放置しておいて、それでその結果起こるいろんな矛盾というものをしりぬぐいする、こういうことをやっていたのでは、これは生活というものは少しも盤かにならない。まして、これから高齢化社会です。それから低成長です。こういう時代には、老人保健法に見られますように、あるいは年金支給年限をおくらせるとか、いろんな福祉というものが後退せざるを得ないような状態になっておりますけれども、環境をよくしないでおいてそういうものを後退させていきますと、いよいよ国民生活というものが悪化していく、こういうふうになっていくと思います。  現在、都市をつくる行政というのは建設行政が中心になっているわけでありますけれども、私は、厚生行政文部行政、あるいは環境行政、その他各省庁の行政がもっと幅広い視野から都市づくり住宅政策というものの持っている意義を考えて取り組んでいただかないといけないと思うんです。私などは、特に厚生行政などは、住環境をよくする、老人住宅、安心して暮らせる住宅を保障するというふうなことを抜きに将来の厚生行政が成り立つのかどうか、非常に疑問に思っているわけです。  文部行政にいたしましても、学校だけの問題を論ずるんじゃなしに、地域環境教育環境をよくしなければ、地域環境教育環境として認識しなければ、今度はそういう委員会をおつくりになるそうですけれども、これは本当の子供たち教育環境をよくするという目的も片手落ちになるんではなかろうかと思います。  そういうことから見ますと、何が課題であるか。ここにありますように、私たち生活する環境ストックとして形成していく、これが大変必要になってくるわけであります。  経済というものを、私まあ経済学者じゃありませんが、かえってそのために大づかみに眺められるんじゃないかと思いますが、経済には二つあって、生活を支えている二つの柱と申しましたけれども、賃金社会保障というのはフローですね。これは消費だと思うんです。それから住宅地域環境都市をつくるというのは、これはストックの形成ですね。経済終局目的は、私は、より豊かなストックを形成していくことにあるんではなかろうか。  われわれは何のために働くかといいますと、働くこと自身がやはり生きがいである、喜びであるということが一つあると思います。ここにおられる議員の方々も、非常に使命感に燃えて日々活躍なさっていると思いますが、あらゆる人たち労働の中に喜びがある、仕事の中に喜びがある、これが一つであります。もう一つは、そういう労働を通じて経済発展させ、富をつくり、よい住宅をつくり、都市を美しくし、自然環境を豊かにし、安心してより人間的に生きることのできる社会をつくっていく。これが経済労働終局目的だろうと思うんです。  そういう点で見ますと、日本経済というものは、消費は非常に盛んであります。だけれども、つくられた富が豊かな生活環境をつくることにつながっていっているかどうかというと、私非常に疑問に思うわけです。日本住宅というのは大体今は二十年もてばいい方でしょう。随分立派な住宅も最近はでき出しておりますけれども、トータルに見ますと、ミニ開発だとか不良な建て売り住宅ですとか、欠陥マンションとかといったものが非常に多く不良資産として累積されていきます。これでは二十年たつとまた建てかえないといけない。さらにわれわれの子孫に不良資産を引き継いでいく、残していくわけでありますから、これは大変な問題だろうと思うんです。  よく日本人は正月などにヨーロッパへ行って、ああきれいだったと言って帰ってくるわけでして、ことしもまた海外旅行に大勢出かけられたわけですけれども、NHKのテレビで「名曲アルバム」というのをやっておりますが、あれをごらんになりますと、非常に美しい風景、町並みというものがあるわけです。それにあわせてまた音楽名曲が奏でられて、非常に人気番組になっているのでありますが、あれは音楽のよさもありますけれども、ヨーロッパの美しい町並みというものが私たちの心をほっとさせるわけですね、心が洗われるといいますか、リフレッシュされる、あるいは感動を受ける。歩いていても、大勢の方がすでにお出かけになったと思いますけれども、本当にゆったりする気分になるわけです。日本の方はちまちました町並み、あるいはトラックが走り回っている。  どこからこういう安心して暮らせる居住地都市をつくる条件が違ってきているのかということを考えますと、一つ土地政策なんですね。まず、土地利用規制というものが非常に違うわけです。お手元にあります、文書になっておりますが、これも私法律の学会で去年発表したときの原稿ですが、ぱっと抜き出してきただけなんですが、日本都市計画制度というのは、私はこれはぜひこの委員会で深く検討していただきたいんでありますけれども、日本は例えば住居地域というのは第一種住専、第二種住専住居地域と三つしか分かれていないわけです。住居地域などは四〇〇%まで容積率があるわけです。しかも、ボーリング場パチンコ屋、ホテル、モーテル、何でもできるわけです。私たちがいい家を建てるときに、普通の庶民でありますと、建ぺい率六〇%で二階建ての家を建てるのがせいぜいでありますから、一二〇%です。ところが、容積率が四〇〇%までありますから、マンション業者などは土地を高く買ってマンション建てるわけです。今そこで日照問題が起こるわけです。都市に人口が集中してきまして、さらにそこの経済価値が高まりますと、商店ができる、デパートができる、あるいは細分化されてミニ開発になっていく。でありますから、こういうのを混合用途地域性というふうに呼んでおりますけれども、経済発展、集積の利益というものと並んで絶えず土地利用を更新されるわけです。再開発というものが進むわけです。ですから、安定した落ちついた居住地というものができないんですね。ただ、高い建物が低層住宅地に建って、日照問題やプライバシーの侵害とか起こるだけじゃなしに、その建設工事のためのトラックが出入りするわけですね。それで建設公害というのが日常茶飯事現象になってくるわけです。それから、商、住、工混合地域というものがどんどんと進んでいくわけですね。  それに対して欧米土地利用規制というのは非常にきめ細かく厳しいわけです。アメリカという国は自由主義経済の国で何でも自由だというふうにお考えの方がおられるかもしれませんけれども、決してそうではなくて、経済自由主義最大限にとうとびますけれども、住宅地都市づくりというものは厳しい規制がなければいいものができないという理念ですね。  そういう理念のもとに、たとえばこれは州によって違うんですが、バージニア州のあるカウティーでは住宅地を十五の地区に分けております。これは、独立家屋、平家の独立家屋、二階建て独立家屋、二戸建てあるいはテラスハウス、三階建てとか四階建て、そういうふうに厳しい規制区分をつくっているわけです。十五に分けているわけですね。商業でも八つです。工業でも六つ、その他いろいろ分かれておりまして、三十七の地区に分かれているわけですね。それぞれ用途、最小の敷地面積、高さ、居住密度等を規定して、しかも細分割してはいけない、こういうことでありますから、一たんできた町並みというのは年数がたつに従ってしっとりと落ちついた状態になって、歩いているだけで楽しいということになってきます。これはアメリカだけではありませんで、西ドイツフランスイギリス、みんなそうですね。それが一つであります。  それからもう一つは、ちょっとここにもありますが、資本主義経済自由主義経済でいろんな商品生活手段というものは市場原理に任せた方が企業が競争していいものを安く大量に生産するということで、自由主義経済は皆尊重するわけで、それは私は非常にいいことだと思いますが、しかしながらこの住宅であるとか土地利用であるとか都市というふうな社会性のあるもの、これは自由主義経済に任したんではいいものができない。不良なものが形成されていく。これは産業革命以後の欧米が非常に苦い経験に立って今日そのようにしているわけでありますけれども、そういう点からこの土地政策というのは公有地を拡大する、そのために自治体先買い権というものを——土地を買うときには自治体に先に売らなければならない。それで、開発に伴う地価上昇社会的に還元していく。  フランスなどは、フランスというのをどういうふうにごらんになっているかわかりませんが、たとえば土地取引介入区域というものを相当大きくとるわけです。そこでは一切の土地取引自治体に対してしかやってはいけない。自治体はその土地を所有した後、民間に払い下げたり売ったりすることができるわけでありますが、この土地取引介入区域については一切それもやってはいけない。そうして公共のストックをつくって、それでまちづくりをやっていこうと。  これはちょっと詳しく申し上げている時間がありませんが、西ドイツでも地区詳細計画といって、これは近年日本でもまねしようというふうになってきておりますが、いずれにいたしましてもこの土地というのは社会的に限られた資産、資源でありますから、自由主義経済最大限にとうとぶ国でありましても、土地投機をするというふうなことは社会的スキャンダルになるわけです。  数年前になりますが、労働党政権のころに、もう五、六年になりましょうか、ある大臣の奥さんの弟がちょっと土地投機のようなことをしたわけです。そのときに、その大臣の進退問題にまで発展したということがございましたけれども、これ大きくイギリスの新聞で取り上げられましたけれ ども、それほどに土地というものを社会共有資産として利用していかないと、自分たち土地の上で町をつくり、住み、国土を形成しているわけでありますから、それが損われていくという、こういう認識であります。  よく日本地価上昇して土地問題があるから住宅政策は進まないんだ、あるいは都市計画ができないんだということを言う人がありますが、私はこれは話が逆だと思うんですね。国民の健康な住宅でありますとか環境を形成し、またいい町をつくろうと思えば、土地を金もうけの手段にしたり、地価上昇を野放しにしておいては不可能になるわけです。であるから欧米の国は必死で土地政策をやるわけです。あるいは都市分散政策をやるわけですね。私は、どうも日本政治というのは、本当に真剣にそういうことを考えるなら、土地政策というものに取り組まないといけないだろうと思うんです。地価上昇というのは自然現象ではありませんで社会現象でありますから、これは政策によって変わるものなわけです。  また、都市空間というのは他の商品と違いまして、テレビは需要があればどんどんつくれるわけでありますが、都市空間というのは何かに使えば他の用途は排除されるわけですね。住宅に使え、住宅地であったものが、商業地に使えば住宅地でなくなるわけです。でありますから、西ドイツなどは、郊外で幾ら住宅建てても都心の住宅が取り壊されて商業地に変わっていったんでは何にもならぬじゃないかという考えから、都心の住宅を無断で用途変更、他の用途に変更いたしますと、一万マルクですから大体百万円ぐらいの罰金と即刻退去ということを法律で決めております。  私も西ドイツにいたときに、そういうことを知らない日本の商社がジュッセルドルフで退去させられている場面に出くわしましたけれども、そういうふうに都心の住宅を守っていこう。日本のように一〇〇〇%というような容積率はもう世界にない高度の利用をする制度でありまして、フランスは一〇〇%です。パリは一五〇%が最高です。しかも用途のうち、一五〇%のうちに商店には五〇%使ってもいいが残りの一〇〇%は住宅であるというふうに、容積を用途によって分けているわけですね。それによって都心部から住宅がなくならないようにしていくわけです。  ですから、限られた都市空間をどういうふうに構築していくかということは、土地利用と、それからそういう容積と——用途別の容積ですね、こういうものを厳しく規制しなければならないんですが、日本は、先ほど来申し上げておりますように、自由主義経済に任しておりますから、経済の原則に従ってどんどん住居が排除されていったりしていくわけです。これは、私は非常に大きな問題だと思います。  それからもう一つは、高速道路のように都市が膨張しできますと交通渋滞が起こる。それで高速道路を通すわけでありますが、先ほども申し上げましたように、都市空間というのは連続しておりまして、一つ用途というのは必ず他に影響を与えるわけです。マンション低層住宅地に建ちますと日照を奪うわけですね。それで日照問題というのが起こるわけですが、高速道路の場合は周辺に対する影響が非常に大きいです。二、三日前の神戸の新聞で、西宮市が発表しておりますが、四十三号線というのがありますが、これは住民の一〇〇%が低周波公害というもので不快を感じている、鼻血を出したり眠れないとか。これは非常に大きな問題になっていくだろうと思うんです。こういうことになってきますと、都市の機能が回復されたとはいいましても、これは道路の機能は回復されるかもしれませんが、環境としてはいよいよ悪化していくことになるわけです。  それから、そういうことで先ほど申したことですが、スクラップ・アンド・ビルド——つくっては壊し、つくっては壊しする、そういうふうな土地利用制度になっているわけでありますから、建設公害が日常化する。それを、ヨーロッパの人が日本へ来れば活気があるというふうに言うわけですが、西ドイツなどは、日本がどんどん建設公害を出しながらでも工事をしておいて、それが建設活動を活発にしているから少しまねしないといけないんじゃないかというなことを言うドイツ人がおりますけれども、それはしかし住民が非常に公害を受けるわけでありまして、そういうことと計画的に建設するということとはまた別途であります。  後で申しますが、景気浮揚なども、計画的に建設していくということがなければ、公害をばらまいたり、環境を悪化させながら建設をするというのでは終局目的から反していくわけでありますから、終局的にはこの都市建設というのは我々の生活環境をよくしていくということにつながらないといけないわけでありまして、単なる経済のための建設というのは間違いで、計画的につくることが必要だと思うんです。また、そうしなければ国家資源の浪費になると思います。  最後に、特に最近の民間活力の利用ということが景気浮揚のために言われておりますけれども、私はこれは非常に注意しながらやらないといけないと思うんです。アメリカは、先ほど来申し上げておりますように、自由主義経済の国で、民間活力の利用最大限に尊重して住宅建設、都市建設を進めております。しかしながら、アメリカの民間デベロッパーの開発あるいは建設というものは実に厳しい自治体や州政府のコントロールのもとで行われているわけです。先ほど申し上げましたように住宅でも十五ですね、三十七地区、こういうものに沿って建てられるわけでありますから、そのことが地域環境を破壊するというふうになっていかないわけですね。アメリカで言っております民間活力の利用は、こういうふうな諸制度のもとでなおかつ建設が進むように低利の融資をする、いろんな諸制度を設けてそういう建設が進むようにするという、そういう意味であります。しかし、日本の場合はそうじゃないわけです。  欧米は、今申しました一つは、こういう厳しい規制基準があることと、もう一つアメリカヨーロッパも含めてでありますが、あらゆる開発というのは住民が参加してやる、あるいは住民の同意を得るということが原則であります。これは少しずつ皆違いますが、どの国でもそうですが、一つ何か開発したり建物を建てようと思いますと、そのことを自治体とか、新聞でありますとか、市の公報でありますとか、地方のテレビでありますとかによって住民に知らせるわけです。そしてそれが住民の合意が得られた段階で初めて取り組む、これは原則になっております。アメリカでも同じであります。  典型的な事例を申しますと、ニューヨークでは住民代表から成るコミュニティーボードという委員会があります。これは住民がいろんな層から代表が出て委員会をつくっているわけでありますが、何か一つデベロッパーが来て開発しようとするときには、その委員会の同意を得なければ開発できないんです。これは大変なことですね、デベロッパーから見れば。なかなか進まないわけです。それでやきもきするわけです。しかしながら、みんなが、だけどそのことに同意するわけです。そういう制度をつくることに、市議会はもちろんデベロッパーも同意するわけです。  それは何かといいますと、これは決して住民パワーに何か圧迫されて渋々やっているということではないんですね。もちろん都市空間あるいは地域というのは、そこに住んでいる住民が主人になって都市づくり地域づくり、まちづくりをしていくものだ。ですから、住民の主体的な意見というものが表明されて、そのイニシアチブのもとにまちづくりが行われなきゃいけない。また、都市空間というのは限られた資源でありますから、それを企業が勝手に開発してはならない、住民の同意を得ることが必要だ、こういうこともあります。それで、そういう制度をとっていて、それが地域デモクラシーの出発点である、こういう認識ですね。こういうことが大きな基本的な意味です。  しかしながら、同時に日本を見ておりますと、 まさに反面教師としてそれがわかるわけでありますが、そういう住民の意向を無視して開発を進めますと、行政に対する不信というものが非常に大きくなるわけです。  私の住んでおります、私のおります神戸大学の隣で、今巨大マンションががけ地に建とうとしていて、これに対する反対運動がもう十数年間続いているんです。これは作家の陳舜臣さんという人が会長になって、ある大手の不動産会社とやっているんですが、最近は神戸市がこの土地を買い取るというふうなことを議会で決めておきながら、開発許可、建築許可を認めて工事が始まっているんですが、住民はまだ徹底抗戦をするという。これは昭和の十年代の芦屋の、谷崎潤一郎の「細雪」に出てくるところの大水害に遭った地域ですけれども、そういうところに、斜面に巨大マンション建てる。何棟も建つんですが、これは非常に危険であるということを言って、そういう行政不信、デベロッパー不信につながって、まだまだ——もう十年間おくらせてきたんですが、まだこれから紛争につながるわけですね。  私はこれは行政への不信、あるいは政治への信頼というものを非常に損なっていくんではなかろうか。地元の議員さんは一生懸命そのために動いておられるわけです。こういうのは、私はどうも消耗ではなかろうか。同じ建てていくのに、住宅建てることはいいわけですから、それが地域環境をよくすることにつながるような、また行政政治というものが信頼されるような形で進まないといけないんではなかろうか。それから十年も放置されている。  それは民間デベロッパーでありますが、都市計画道路をつくるんで反対運動がよく起こりますね。こういうことも、せっかく買った土地を放置して、反対運動のために進まない。都市の再開発なども借家人を追い出すことにつながるケースが非常に多いんです。そうすると、本当に必要な再開発もできないわけですね。もうみそもくそも一緒になってしまうわけです。  このデモクラシーの社会まちづくりというのは、結局アメリカを見ていてつくづくそう思いますけれども、一見迂遠なようでありますけれども、そういうふうに住民の合意を得ながら進めることを通じて、地域というものがみんなの力によってつくられていく。行政というものは、あるいは政治というのはそれをうまく進めるといいますか、立場に立っているんだという信頼感ですね。また事業の効果も遠回りのようでかえって上がっていく、こういう筋道に、脈絡になっているんではなかろうか。政治家というのもその中で非常に地元に信頼されて有効な働きができるんではなかろうか。  そういうアメリカ自由主義経済を初めヨーロッパの国々を見ておりますと、住民の意見を尊重しながら経済というものは豊かな環境をつくるということに向けて動いている。そういう点で、私はこの間ある雑誌に、日本というのはどうも無教養的資本主義と言うと非常に言葉は悪いですけれども、というふうなことになっているんじゃなかろうかというふうにちょっときついことを書いたわけでありますけれども、特に今からの低成長、高齢化社会に向けては、生活基盤としての住居を住民たちの意思を尊重しながらつくっていくということが非常に大事になってくると思います。  時間が参りましたので、一応私の話はこれで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
  4. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 以上で早川参考人からの意見聴取は終わりました。  これより参考人に対する質疑を行います。  質疑のある方は小委員長の許可を得て順次御発言をお願いいたします。
  5. 海江田鶴造

    海江田鶴造君 大変いいお話を承りました。今さっき、行政なり政治なりが対応が悪いというような、対応に不十分な点があるというようなお話を伺って、私どもも思い当たるところ相当あるわけですが、私も何か長年そういう行政にタッチしてきておって思いますのは、やはり戦前に日本行政がかなり前に出ておった。それが戦後の敗戦というもので行政はうんと後ろに引っ込めというようなことになってきて、いろんな行政とかそういうものが余り表に出たがらないで、むしろ戦後の国民の権利意識というものが先に立ってきて、行政がなかなか憶病になってきているんではないか。  それが今さっきおっしゃったように、行政がもうちょっと前に出てきて一生懸命そういう点を本当に国民の幸せになる生活基盤づくりに取り組むべきではないかという先生の御指摘に対して、どうも行政当局は、法律がないとかあるいは個々人の国民の権利を侵害することになるからとかいうことで出てこないんではないかなと、その辺がヨーロッパとかアメリカとの違いではなかろうかと、こう私は思うんですが、いかがでしょうか。
  6. 早川和男

    参考人早川和男君) そうだと思いますね。その事例として、最後のお話をしましたときにちょっと抜けましたけれども、宅地開発指導要綱というものを各自治体がつくりましたですね。あれは、日本都市計画の法制というのは非常におくれておりまして、そういう住民合意を得るということも制度化されておりませんし、厳しい非常に詳細な利用区分もありませんですね。それでマンションなんかがどんどん建ちまして、乱開発が進んで、日照問題とか非常に社会問題化したわけですね。  それで自治体は、住民の同意書を持ってきなさいとか、あるいは開発するときには土地を負担するとか、いろいろ道路を建設したり河川の改修をする費用も少し負担してほしいというようなことを指導要綱で決めて進んできたわけなんですが、これはそういう日本の法制度の、行政サイドのヨーロッパ型の都市計画制度と比べておくれたところをカバーする役割りを持ってきたわけです。  ところが、今度それを建設省と自治省が、もう余りそういうことを考えなくてよろしいという規制緩和の通達を出して、これは一見景気浮揚という口実でやっているわけですが、大きなまちづくり制度の流れからいいますと、何とか行政法律化しない中でも努力してきたことを一挙に覆すことになりまして、それをしかも政府が指導して、どうも聞いてみますと、不動産資本なんかのいろいろ圧力もあったというようなことを聞いておりますけれども、それではやはりまずいんで、そういうものを尊重してむしろ法律化していく。それからそういう景気浮揚のことはやはり計画的に建設するということを一方で考えていかないといけないんじゃないかというふうに思います。
  7. 竹田四郎

    竹田四郎君 大変いいお話を聞かせていただきまして本当にありがとうございました。きょう一回では何かもったいないわけで、また引き続いてひとつ次の課題についてお話をいただきたいと思うんですが。  今やっぱりどこから手をつけていくべきかという問題が一つあろうというふうな気がするんですが、基本的には土地政策——土地が非常に細分化されている。それで、しかも非常に高いし、なかなか手に入れられない。それからある一部分では、もうこれはおれの財産なんだ、公共的なものというよりも私有財産なんだ、だから、これはもう余り土地が安くなってくれては、もう金借りるのもだめなんだから、なるべく高くあった方がいい、こういう思想がある。私はこれをどこから壊していくのか。これを壊していかないとどうも、私社会党なんですけれども、持ち家がいいというふうに言ってみたり、賃貸住宅はどうも落ちつかないと、こういうふうに言ってみたりしまして、やっぱり土地と家、この思想というのはなかなか、その辺の洗脳をしていくといいますか、思想改造していくというのか、その辺がかなり大きな問題じゃないだろうか。この辺から直していかないと、今、先生のお話もそのとおりだと思うんですけれども、どうなんでしょうか、その辺が。
  8. 早川和男

    参考人早川和男君) もう全くおっしゃるとおりだと思います。——今、みんなマイホームを欲しがるわけですが、これは、先ほど言いました生活基盤としての住宅 がちゃんとしていないと老後が心配なんです。それで、いろいろ聞いてみますと、マイホームを持ちましょうということをけしかける、というとあれですが、奥さんが非常に多いんですね。女性は男性よりも寿命が長い、しかも夫婦の年齢差がある。そうすると、夫が死んだ後、家ぐらい自分のものでなければ。自分のものであれば、年金とかなんとかで暮らしていけるだろう、こういう思いがあるわけですね。  これはもちろん日本社会保障制度がまだヨーロッパ並みになっていないというようなこともありますけれども、要は、公団家賃でも最近は八万とか十万になってきておりまして、これはとても払えないわけです。私は、公共住宅は必ずしもそんなにめちゃくちゃに安ければいいというものじゃなくてもいいと思うんです。しかしながら、収入がなくなったときに減免する制度、これはもうアメリカでもヨーロッパでも全部確立しているわけです。  この三ページの右の下の方の表の5を見ていただきたいんですけれども、これは先ほど説明する時間がありませんでしたが、イギリスの場合、表の5にありますが、例えば毎週の家賃が三千円で、一万七千五百円しか毎週の収入がない人は、二千三百四十五円減額してくれるわけです。ですから、六百五十五円払えばいいわけですね。四万超えると、これは減額してくれないわけですね。こういう制度がありますと、無理をしてマイホームを持たなくてもいいわけです。しかも、家族構成に応じた規模の住宅を供給してくれますから、生活は安定するということになるわけですね。  ですから、日本の場合について言いますと、私先ほどるる申し上げましたけれども、今からそういうことをやはり実現していかないといけないと思いますが、しかしもう高値安定になってしまって、おっしゃるような地価が下がればどうなるかというようなこともありますし、この状態でどう切り抜けるかということになりますと、こういった申告によって、収入が減れば家賃を減額してあげる、高齢化社会に向かって。  私は家賃が六、七万円でも構わないと思いますね、百平米ぐらいの家であれば。そのかわり、収入が少なくなれば減らす。そして国有地とか公有地利用して年間三十万という——今、年間公営が五万戸で公団賃貸住宅が五千戸ぐらいですけれども、五万五千戸ですが、年間例えば三十万戸を五年間で国公有地利用して供給する、それで、収入が減った場合にはこういう制度でカバーしていくというふうな形が——五年間で百五十万戸になりますが、百五十万戸でも百万戸でもいいですけれども、大都市を中心にそういうふうにやっていけば、狂気じみたマイホーム戦争はこれからも、これも鎮静するでしょうし、そういうことを通じて地価上昇を抑え、それと並行してヨーロッパが既に確立しているような土地制度を本格的に進めていく、こういう手段が要るんじゃないかと思うんです。  ちょっと蛇足になりましたが、イギリスは今大不況で四百万人近い失業者がおりまして、一三、四%の失業率なんです。これは世界大恐慌以来ですが、日本でこういうことが起こりますと、内閣の二つや三つつぶれるという大変な騒動になると思いますが、深刻ではありますけれども、社会騒動にはなっていないんですね。これは、私は住宅が安定していると思うんです。日本でも、例えば退職した七十歳のおじいさんの人が毎月十万円を年金でもらう。しかし、住宅が二DKでもいいですから、安い家賃で住めるということであれば悠々と暮らしていけますね、ある程度。逆に二十万円あろうと、民間借家に五万円払って、二年置きに更新料取られて。最近はもう老人に貸してくれません。火を出すだとか、いつ死んでいるかわからないだとか、いろんなことで、年寄りと聞いただけで不動産屋はみんな敬遠するんですが、それでうろうろしないといけない。ですから、住居を安定させるということが社会の安定につながると同階に、そういう今お話しのようなことは、本格的な制度を、後になってもいいから、とにかくそういうことで御指摘の持ち家志向を鎮静していくという、そういう方向しかないんじゃないかという気が私はしているわけです。
  9. 竹田四郎

    竹田四郎君 ありがとうございました。
  10. 最上進

    最上進君 二点ほど質問さしていただきたいんですが、先生の土地に対するお考えは、我が国では、御承知のとおり自由主義経済体制、資本主義下でこれは大きな私有財産制度の柱になっているわけでございますけれども、今のお話を伺っておりますと、先生はやはり土地に対しては私有化というものに対して御否定をされるお考えなのかどうかということが第一点です。  第二点は、先ほど来の再開発についてはすべき再開発とすべきでない再開発というようなお言葉をお聞きしたような気がするんでございますけれども、その点についてちょっとお聞かせをいただきたいと思います。  それと、やはりお話を伺っていて感じたんでございますけれども、畳の広さと疾病率との関係が大変私ども興味深く今聞かせていただいたんでございますけれども、まあ素人考えでありますけれども、畳の広さと日照との、日当たり、日陰、これは物すごくやっぱり疾病率と関係があるんじゃないかと思うんでございますけれども、この辺御専門家の立場からお聞かせをいただきたいと思います。
  11. 早川和男

    参考人早川和男君) 最後の御質問はそのとおりです。これは畳の広さに代表される過密居住ということでありますから、過密でありますから、当然家も小さくなりということだと思うんです。  それから二番目の、再開発はやはり計画胸にやらないといけないというふうに思いますね、一つは。それから今の再開発は、ワンルームマンションなんかもそうでありますけれども、周辺環境を害するような形で、あるいは居住用の空間を業務用空間に変えていくという、これはより土地利用して、より高度の利潤を上げるという方向でしか進まないわけです。これは自由主義経済空間利用は任せておりますから、これはそういう土地利用の運動というものが進むわけですね。やはりそうではなしに、下に商店を入れてもいいですけれども、上に住宅をつくるとか、あるいは先ほど来言っていますように、四階建てなら四階建て地域にする、二階建て地域は二階建て地域として守っていく。要するに計画がないわけです。自治体なりそこに住んでいる人たちの意思によって、どういう町をつくっていくのかという計画のもとに進めるなら、これは私は非常にいいんですけれども、一口で言えば乱開発ということですが、つまみ食い的に勝手に使われているわけです。だから、紛争が起こって大変社会問題化するということだと思います。  それから、最初の御質問の、土地の私有制度欧米でみんな認めております。私も、私有制度自由主義社会ですから当然尊重されるべきだと思うんですが、ただ、土地で利潤を追求するということが問題だと思うんです。  二百、ちょっと非常にいい機会ですので、こういうことは申し上げるべきかどうかちょっと迷いますけれども、建設省の住宅宅地審議会などを見ておりますと、住宅宅地審議会というのは、日本都市づくり環境づくり、住宅づくりに非常に大きな影響を持っているわけでありますが、本当の意味の国民の代表というのが私はどうも少ないんじゃないかと思うんです。経済界の代表にしましても、本当の意味の日本経済のことを考えた代表というよりも、不動産資本の代表ですね、土地住宅で利潤を追求する業務に携わる人が入っておりますから。現在そうなっておりますように、これだけ地価上昇を野放しにするような土地政策を進めてきて、日本経済が本当に内需拡大を要請されながら進まないわけですね。これは土地でもうけようということがやはり政策の立案の中心にいたんではこれは困るわけです。もっと本当の経済界の代表、あるいは福祉だとか教育だとか国民生活の立場に立った委員というものがそういう審議会の中に加わっていただかないといけないんじゃないかと思って、私前から考えていることで すので、ちょっとこういうことを申し上げるのはどうかと思いますけれども、一言申し上げさせていただきます。
  12. 刈田貞子

    刈田貞子君 大変結構なお話、ありがとうございました。  先生が先ほどお話しなさっていらっしゃることの中で、住宅政策あるいは土地政策を基本的に洗い直すということが非常に大切になってくるということもおっしゃられましたけれども、それとあわせて、当面、今起きている、現にある乱開発に対する現状を、今どんな手の打ち方を国としてしなければならないのかということが、私、さる委員会でもちょっと話が出まして大変心を痛めているところでございますけれども、現に今ワンルームマンションなんかについては、中野とか杉並とかあるいはまた西宮あたりが、条例をつくってそれなりの手だてをいたしておりますけれども、こういうものに対して、それでは決して規制にならないということで、既に地方議会あたりで国をプッシュするための動きが出てきているというようなことも伺っておりますけれども、こういうことについて、先生、どんな御意見をお持ちでいらっしゃいますか。
  13. 早川和男

    参考人早川和男君) これは非常に重要な問題で、先ほども申し上げましたけれども、放置しておいたんでは乱開発が進むというので、もう昭和四十年代の初めから全国の自治体は宅地開発指導要綱というものをつくって、その自治体の総合的な計画に合わないような開発、建築は遠慮してほしい。それから何らか開発するときは、それによって必要となる公共施設の費用を負担してほしい——ちょっと蛇足ですが、アメリカ自由主義経済の国で、デベロッピングも一つの営利行為なんですね。そういうものに自治体が金を出すというようなことは一切やりません。アメリカの場合には、あらゆる開発に必要な道路から下水道は全部デベロッパーが負担いたします。そういうことを自治体は指導要綱というものをつくって日本法律制度の不備をカバーしてきたわけです。また後からトラブルが起これば行政が大変なんです。市会議員さんや区会議員さんというのはそのために猛烈に走り回った時代があるんですが、建築基準法の改正が行われたりしてそれもやっと静まったり、指導要綱が軌道に乗ってそういうことがだんだん少なくなってきたわけです。  ところが、昨年の七月ぐらいから規制緩和によって開発を進めていこうということが建設省、自治省の、これも法律じゃなしに通達で各自治体に流されたわけですね。自治体はやはりシュリンクしまして、私のおります神戸市なんかは率先してやっているわけでありますが、そういう住民合意を得るということも行き過ぎであるということが通達に書かれておりますから、もう企業は住民合意を得なくてよろしいと。それから、開発指導要綱でいろんな規制条項があったわけですが、そういうことも余り尊重しないということで進んでいるわけです。  ですから、私は、昨年七月たしか十四日だったかと思いますけれども、建設省が通達を出しましたけれども、全国の自治体に、指導要綱は行き過ぎであるから、自治体は余りこれを守らないようにして開発を進めなさいということを言ったんですが、これをやはり撤回して、自治体というのはそれぞれの個性に合った地域づくりを、あるいは開発をしてきているわけでありまして、それを最大限に尊重するということが出発点にならないといけないんじゃないか。この規制緩和の建設省、自治省の通達というのを、これをこの際撤回して、自治体はその指導要綱をさらに厳しくすると同時に、単に抑えるだけではなしに、積極的に地域をよくするためには自治体はどういうふうにすべきかということを計画を策定させて、ではそれに必要な制度とは何か、予算はどういうふうに要るのかとかいうことを自治体の方から出させるというふうなことがそれに対置されるんじゃないかというふうに思いますけれども。
  14. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) ほかにございませんか——。  それでは、以上で早川参考人に対する質疑を終わることにいたします。  早川参考人には、お忙しい中を本小委員会に御出席をいただきましてありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見等につきましては、今後の調査参考にいたしたいと考えております。小委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げる次第でございます。ありがとうございました。(拍手)  ちょっと速記をとめてください。    〔速記中止〕
  15. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 速記を始めてください。     —————————————
  16. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 次に、日本情報処理開発協会常務理事中山隆夫君から意見を聴取をいたします。  この際、中山参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ、本小委員会に御出席いただきましてありがとうございます。本日は情報化社会国民生活につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査参考にいたしたいと存じます。  また、議事の進め方といたしましては、まず最初に、スクリーンを用意してございますので、まず四十分程度意見をお述べいただきまして、その後二十分程度委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。よろしくお願いを申し上げます。  それでは、中山参考人お願いいたします。
  17. 中山隆夫

    参考人(中山隆夫君) ただいま御紹介にあずかりました中山でございます。お手元にあります「情報化社会と町づくり」というレジュメに従いましてお話を申し上げたいと思います。  最近、ニューメディアとか、あるいはオンラインシステムあるいはOAといったようなお話が週刊誌、テレビに多く出ると思いますが、この新しい情報化社会の中核になりますのがコンピューターでございます。  コンピューターのどういう機能を使ってまちづくりをやっているかと申しますと、ここにありますように処理機能、四則演算と比較・分類する機能、いろいろな計算をします機能でございますね、これを使って……
  18. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 中山参考人に申し上げます。座ってお願いいたしたいんです。こちら側の人がスクリーンが見えにくいそうです。
  19. 中山隆夫

    参考人(中山隆夫君) はい、わかりました。  それともう一つは、記憶機能がございまして、いろんな情報を大量に記憶することができるということでございます。もう一つは、このIO機能と書いてございますが、インプット、アウトプットの機能でございます。いろいろな情報をコンピューターに入れておきますと、いろいろな形で出てまいりますということです。従来ですと、印刷された文字で出るということだけだったんですけれども、今では画像でも出ます、動く映画でも出てまいります、音声でも合成されて出てきます、ファクシミリでも出ますという形に、非常に多彩にアウトプットができるようになってきておりますということです。それともう一つの特徴は、通信のネットワークと結びつきまして、非常に広範囲に利用できるようになってきたというのが特徴でございます。  それと、コンピューターの普及のテンポが大変に速いというのが特徴でございまして、年率二割から三割でどんどん伸びております。現時点でこの汎用コンピューターの普及は十三万台に達しております。十三万台という数は、事業所従業員が五十人以上の企業に全部入っているという数でございます。このコンピューターの数にはオフィスコンピューターとかパーソナルコンピューターとかワードプロセッサーは入っておりませんで、これらの普及がどのぐらいかと申しますと、それぞれ百万台に迫っている、あるものは超えているという状態でございます。ですから、もう事業所にはおよそすべてコンピューターが入ってきている というふうにお考えいただいて結構でございます。  それから、この図で示されておりますように、このコンピューターのうち、通信回線とつながりましてオンラインになって町の中あるいは市街地の中に全部広がっていろいろなサービスを提供しているというシステムは、ここにありますように、年々伸びておりまして、一万システムぐらいに達しております。御承知のように、このグラフから御理解いただけますように、今から十数年前にはほとんどゼロであった、ほとんどありませんでしたというのが特徴でございます。四十五年当時ありましたオンラインシステムというのは、銀行のバンキングシステムと座席予約と商社の在庫管理程度のものでございました。これがどんどんどんどん伸びまして、今一万システムになって、国民生活のあらゆる領域の中へ入り込んできているということが言えるわけでございます。  それで、この情報産業全体の伸びを見ますと、このように、年率やはり二割から三割伸びておりまして、年額三兆四千億の規模に達しております。これは、コンピューターメーカーからソフトウエアの作成あるいはLSIの製造といった分野がこれだけ大きく伸びた大きな産業になってきたということでございます。  そして産業連関的に見てまいりますと、今御承知のように、一次産業というのはほとんど横ばいだ。二次産業も伸び悩んでおります。三次産業だけが伸びておりまして、この三次産業の中でも、物を販売しますような産業は伸びませんで、情報産業だけが伸びている。そういうことは、日本経済で今伸びているのは情報関連の産業だということが言えるわけでございます。  それから、技術革新のテンポが大変速うございまして、数がこうやって普及していく以上にそれぞれの機能が大変な勢いで伸びているというのが特徴でございます。これは一命令実行当たりの価格ですけれども、大体五年間で十倍アップしてきている。性能が十倍アップするということは、価格が十分の一落ちますということでございます。  それから、バイト当たりのメモリーの単価でも、これはIBMさんの三六〇/三〇の機種ですけれども、一九六四年当時二ドル程度のものが、現在の機種では一セントに下がってきているということでございます。    〔小委員長亀長友義君退席、最上進君着席〕 ですからわずか十数年の間に二百分の一に下がりましたということでございます。  それからファイルのコストもこういうふうに下がってまいりまして、以前、十五年ぐらい前に千バイト当たり九円だったのが今二十五銭に下がっております。これはどのくらいの量かといいますと、原稿用紙二枚半のコストが、紙に書きましたコストに比較しますと二十五銭になったということは、紙よりも安くなってきているということでございます。  それからメモリーのこういう大きさでございます。これは記憶装置の大きさでございますけれども、非常に大きなものがどんどんどんどんこういうふうに小さくなりまして、小さな機械の中へ入ってしまう。眼鏡のつるの中へ入ってしまう、あるいは腕時計の中へ入ってしまう、万年筆の中へ入ってしまう。こういうふうに非常に容量が小さくなってきているというのが特徴でございます。  こうやって、オンラインのシステムというのは非常な勢いで普及してまいりますけれども、一つの特徴がございまして、コンピューターの普及の仕方はこういう段階で入ってまいりますということなんですね。というのは、最初はスタンドアローンのシステムと申しまして、事務所の中で通信回線と結びつけずに独立してお使いになります。そして計算をやっておりますということです。ところが、使っておりますうちに、便利なものですから、通信回線と結んで本店と支店をつなぎたい、あるいは本省と支所を結びたいという形でオンラインになってまいります。    〔小委員長代理最上進君退席、小委員長着席〕 オンラインのシステムは、使っておりますと非常に便利なものですから、次に取引先とつなぎたいというふうになります。ですから共同利用になってくる。例えば在庫管理のシステムを扱っておりますと、どうしても注文があったときにこれを送りたいということで、集配送のシステムとつながってくる。またお金を払うというような形で銀行のシステムとつながってくるということでございます。  そして次に、コンピューターのオンラインのシステムというのは、個別のシステムも共同利用のシステムも、次にネットワークでみんなつながってくるというのが最近の現状でございます。  ネットワークでつながりますとどうして便利かと申しますと、たとえば銀行のシステムですけれども、都市銀行さんのオンラインのシステムというのは、最初それぞれ通信回線とつなげまして個別におやりになっていました。第一勧銀さんのシステムとか、三井銀行さんのシステム、住友銀行さんのシステム、それぞれ個別に通信回線でバンキング——預金業務と為替の業務をおやりになっていました。ところがこういうものが個別にできできますと大変不便だ。三井銀行から三菱銀行へ振り込むことがある、決済をすることがあります。ですから全部の銀行をつなげた方がいいという形で、全国銀行為替交換システムという形で全部がつながってきております。  それから御承知のように、キャッシュディスペンサーという新しい機械が出てまいりまして、これはCDというふうに言っておりますけれども、キャッシュディスペンサー、これが皆さんお使いになっておりますように、カードを銀行の端末機にかけまして、暗証番号をたたいて金額を打ちますと預金が出てくるという形になります。カードを入れて預金を引き出すというシステムですね。こういうシステムが出てまいりますと、やはり東京駅でありますとかあるいは羽田空港とか、そういう公共の場所に一台あれば、このカードでどの銀行からも預金が出せるようにしようという形で一つのネットをつくり上げてきているわけでございます。  そういうことで、今のキャッシュディスペンサーというシステムは、新聞でごらんのように、銀行さんがそれぞれのグループ、都市銀行さんのグループ、地方銀行さんのグループ、相互銀行さんのグループ、それぞれ別々にネットをつくりましたけれども、今お互いにつながろうという動きにございます。どうしてそうやってお互いにつながろうとするかといいますと、全部つながれば、このカードで都市銀行でも出せれば地方銀行でも出せる、相互銀行でも出せるということでございます。ですから農協さんもそれから労働金庫さんも、このネットに全部入ろうという形で今動いております。  そういうふうに促されましたのが、郵便局のオンラインのシステムが全部通信回線でつながりまして、現在二万の郵便局がもうじき全部為替、預金のシステムとして連結いたします。そうしますと、全国このカードでどこへ行っても出せるようになる。お金の送金もできます。引き出しもできるという形になります。そうしますと、郵便局とそれから銀行というものがやはり競争が激しくなります。今後どういうふうにこのネットを育てていくかというのが問題になるわけでございます。  このキャッシュカードがどうして都市生活に大きな影響が出てくるかと申しますと、お金をこれを入れてたたいて出す。出してから買い物をするというのが今までの形でございますけれども、そういうことをするのならば、最初から端末機に入れてたたけば新幹線の切符の予約ができる、こういうふうにすべきじゃないか、あるいは航空機の座席予約ができる、あるいはホテルの予約をこのキャッシュカードを使ってたたけばチケットが出てくる、予約ができる、こういうふうにすべきじゃないかという形で今動いております。  それから、先般、地方銀行さんが提案なさいましたように、このカードで銀行へ行ってお金を出してから買い物に行くのではなくて、買い物す るときにこのカードで買い物をする、そうすると、端末へ入れてこれで決済してしまう。そうすれば現金要らないわけでございます。こういうふうな提案も出てきています。そして、このカードの口座にお金がなくても、当然信用のある方なら貸し越しを認めてもいいじゃないか、あるいは金額が多くても月賦販売を認めていいじゃないかというような要望が出てきております。ですから、このカードというのは、単に現金出すだけでなくて、これからいろいろな形で消費者金融だとか割賦販売だとかの領域に発展していく可能性があるということでございます。  それから、特に御家庭のテレビにいろんな情報を映しまして、これはスーパーマーケットとか、あるいは百貨店のショッピングの情報を映しまして、いろんな品物が映ってくる、それを見てこれを買いたいということであれば、オーダーを出しますと、このカードで決済をするということも可能になってまいります。そうしますと、これがホームショッピングだということで、いろいろな面で便利になってくるということが言えるわけでございます。  それから、今、電話のネットワークとコンピューターのオンラインシステムがどんどんつながり始めております。どうして電話とコンピューターシステムがつながらなきゃいけないのかと申しますと、私どもが電話をかけて新幹線の予約をしますと、席があいているかというようなことを問い合わせてから予約をしていたわけでございますけれども、これは駅まで行かなくちゃいけない。駅に行かないで、家庭の電話から新幹線のマルスのシステムを呼び出しまして、そして予約をするということが可能になってきております。現にこれは東京でサービスをいたしております。  それから、商社のコンピューターセンターへ問い合わせまして、それで品物の在庫があるかどうか、お値段が幾らかどうかというのを、今までは電話で聞いておりますと、向こうは帳簿をめぐって答えていたわけです。けれども、そういう帳簿が全部コンピューターに入っておれば、コンピューターを直接呼び出してコンピューターの信号を人間の音声に変えまして、そして対話をするということが可能になってきています。ですから、およそ問い合わせとか予約とか、そういったようなものが皆コンピューターと人間対話できるようになってきた。それから、都市銀行さんが、もうほとんど全銀行おやりになっていますし、地方銀行さんももう三分の一以上おやりになっていると思いますが、残高の照会、問い合わせをいたしますと、皆さんの口座にどのくらい残高があるかをコンピューターが答えてくれる、人間の声を合成して答えてくれるというふうになっております。ですから、今までの電話というのは、人間人間の通話でございましたけれども、およそコンピューターに入っている情報ならば、人間とコンピューターが対話できるようになってきておりますということなんですね。ですから、こういうものを都市生活でいろんな形で利用できますと、およそ電話をかけて問い合わせる、それがいつもお話し中だと、人間が忙しくて出てくれないというようなものは皆この種のサービスでやっていけるということでございます。  そうしますと、当然電話機というものがこういうふうに今変わってきておりまして、データテレホンというふうに言われておりますが、従来の電話ですとこういうふうにダイヤルがここについておりますけれども、コンピューターを呼び出すためにコンピューターに命令を出しますファンクションキーがついております。そしてこれを買いたい、あるいは切符の予約をしたいというようなオーダーを出しますと、ここにチケットが、新幹線のチケットあるいは航空機のチケットあるいはホテルの予約の契約書といったようなものが打ち出されるようになってきています。では、お金の支払いはどうするのかといいますと、こういうキャッシュカードで溝をなぞりましてそれで決済するということが可能になってきます。こういうことですから、ノンストアショッピングとかホームショッピング、ホームリザベーション——家庭での座席予約、ホテルの予約というのがこういうサービスで可能になってくるということでございます。  ここにございますように、御家庭のテレビと御家庭の電話を結びまして、そして画像情報のセンターと連結いたしますと、御家庭のテレビにいろいろな情報が画像で映ってまいります。こういう情報も、今御説明しておりますような情報も、このキャプテンセンターと申します画像情報のセンターに情報を入れますとテレビの画面に出てくるということでございます。ですから、これを使いましていろいろなサービスができます。例えば日本航空の大阪行きがどのくらい座席があいているかというのがこの御家庭のテレビに映ってくる。それで、あいていれば、それを予約して大阪へ行こうというふうになります。それから銀行のセンターに問い合わせますと、皆さんの当座預金の出入りの状況が御家庭のテレビに映ってくる。それからスーパーマーケットだとか百貨店に問い合わせますと、きょうの特売品が御家庭のテレビに映ってくる。そしてオーダーを出せば宅配便が送ってくる。決済はこのキャッシュカードあるいはクレジットカードで済ませるという形になります。これをノンストアショッピングというふうに申しているわけでございます。  ですから、今ショッピングが非常に大きな変化がくるだろうということが言われるわけでございます。従来ですと、消費者は必ず銀行へ行ってお金を出して、小売店へ行って買っていたというのが、このオンラインの画像情報システムとかあるいはオンラインの先ほどのデータテレホンなんか使いますと、メーカーが製造した物の広告を御家庭のテレビに出して、それで御家庭のテレビでそれを見てオーダーを出しますと、宅配便が直送してくるというような形のショッピングが出てくるんだということでございます。  ただ、そのときに問題がありますのは、従来の問屋さんとか百貨店、小売店が、そういうシステムが普及しますとどうなってくるかということが非常に大きな問題となるわけでございます。  それから、御承知のように、ファクシミリもだんだん発展してまいりまして、従来は複写機ということで、お手元にありますようなこういうメモを複写するということだけだったんですけれど、これも通信回線と結びついて遠方へデータを送れるようになると同時に、コンピューターシステムと連結いたしまして、コンピューターにあります情報をファクシミリに焼いて出すということが可能になってきております。したがって、例えばホテルの予約をいたしますと、そのホテルの契約書と同時に地図がファクシミリに焼かれて御家庭のホームファクシミリに出てくるという形になります。それから銀行のセンターに問い合わせますと、入金があった場合にはその入金の通知がファクシミリで出てくるというふうになります。ですから、これを使ってホームファクシミリとかあるいはホームバンキングといったようなサービスが可能になってくるということでございます。ですから、御家庭のテレビとかファクシミリとか先ほどのデータテレホンを使いまして、ホテルの予約それから新幹線の予約、飛行機の予約、劇場の予約、そういうものが御家庭にいながらできる。あるいは会社ですと企業の庶務課からすぐできるというふうになってきております。もう現にかなりのサービスが予約できるようになってきております。  それからセキュリティーシステムが最近非常に伸びておりまして、これは何をやっておるかといいますと、電話回線にセンサーをくっつけまして、御家庭の中でこのセンサーが稼働しておりまして、もし泥棒が入ってきますと、これをキャッチして最寄りの警備センターに通報する、あるいは火事を出しますと、煙をキャッチして最寄りの警備センターに通報する、こういう形になります。それから、ガス漏れがありますと、このガス漏れもキャッチして警報を出すということになり ます。したがって、ガス爆発というようなものが防がれるということです。  そして、御承知のように都市では最近、救急医療情報システムというのが非常に普及しております。これは突然どなたかが脳溢血になった、あるいは心臓病の発作が起きたというようなときに、どの病院に連れていったらいいか。従来ですと、救急車を呼んで連れていったんですけれども、病院ではお医者さんがいない、休んでいた、あるいは不在であったというようなことでたらい回しになりました。それをなくすためにお医者さんがいるかいないか、あるいはベッドがあるかないか、あるいは血液があるかどうか、そういう状態を全部コンピューターに入れておきまして、それで問い合わせますと、このセンターからどの病院へ患者さんを運べという指令を出しますので、すぐ患者さんを適切な病院へ運んで早い処置ができるというふうになってきております。ですから、これがもう地域社会で市民の安全というものに非常に大きな貢献をしている現状でございます。  それで、将来は当然もう各御家庭からもこのセンターへ問い合わせて、歯が痛い、あるいは風邪を引いた、熱があるといったようなときに、どの病院へ行ったらいいか、すぐ適切に教えてくれる、こういうふうになるわけでございます。一一〇番とか一一九番のシステムともこれからいろんなコンピューターシステムが連結するようになると思います。  これはなぜこういうことが必要かと申しますと、今火事があったということで二九番を呼びましても、お宅はどこですかということを必ず聞いてきますが、なかなか場所が的確に言えないということなんでございます。火事で燃えておりますから気が動転してはっきり場所を言えない、あるいは大けがして自動車事故を起こしたときも、場所を聞かれてもわからない。あるいは一一〇番回して泥棒ですと言って通知しましても、お宅の場所どこですかと聞かれると言えない。そういうことですから、皆さんの電話からこういう二九番、一一〇番呼んだときにIDコードを出しまして、要するに皆さんの電話番号をコンピューターに通知して、そこで逆にコンピューターセンターから設置場所の情報をもらえば、警察や消防署に何町何丁目のだれだということがはっきり通報できるわけでございます。こういうシステムもつくっていくべきじゃないかということでいろいろ検討はされております。  それから都市では、これは今東京都と電電公社さんで鋭意研究を進められておりますけれども、テレメータリングというシステムです。これはガス、水道、電気のメーターが御家庭や工場、企業にございますけれども、これを検針員の方が行って読むというのが実は大変な作業でございます。特に冬の間、北海道とか東北、新潟、こういう方面では雪をかき分けてメーターを読みに行くという仕事が大変でございます。ですから、これを電話回線と結びましてメーターにセンサーをくっつけてコンピューターが夜間に計算して読み取ってしまう、こういうことを実施しております。  これができますと非常に便利ですけれども、問題は検針員の方の失業問題というのは当然出てくるわけで、検針員の方が再訓練を受けてコンピューターの技術者として、ガス、水道、電気の検針センターに仕事をかえて勤めていただく、そして失業を出さないようにしてこういうテレメータリングのシステムを普及させるべきではないか、こんな議論がなされておるわけでございます。  それから、新しいまちづくりとして今盛んに言われておりますことが、CATVでございます。  CATVのこの光ケーブルあるいは同軸ケーブルを町の中に引っ張りまして、そして一つのシステムをつくりまして、コンピューターのセンターにいろいろな情報を蓄えまして、そして各御家庭に送るということが可能になってきております。たとえば新聞をファクシミリで配達するとか、あるいはいろいろなテレビの画像を流す、あるいは大学の講義とか学習塾の講義を御家庭に流す、あるいはテレビとか、こういう新聞の別の形の情報を流すということができるわけでございます。  この場合に問題がありますのは双方向になりますということです。というのは、いままでのテレビとか新聞は片方向だけで、ある情報を全部皆さんのところへお届けするということであったわけですけれども、今度こういう新しいニューメディアのCATVというものが出てまいりますと双方向になってくる。こちらの御家庭の方から、きょうは日経新聞見たいとか、きょうはスポーツ新聞見たいとかというオーダーを出しますと、そのオーダーにこたえて送ってくるというふうになります。これは映画とか演劇も同様でございまして、古い日本の映画を見たいから送ってくれと言えばそれを送ってくる、あるいは外国映画の戦前の映画を見たいということであればそれを送ってくるという形にオーダーを受けて送るというふうになってまいります。それと蓄積ができるようになってくる。ですから、映画とかテレビの画面も、古い時代のものから現代のものに至るまであらゆるものを蓄積して保有しておくことができる、そういうふうになってくるわけでございます。  それから、このCATVを使いましてやはり一つの大事なシステムが在宅勤務でございます。  これは東京だけでなくて、通信回線で地方都市までこのオンラインの回線を延ばしてまいりまして、それでソフトウエアをつくりますような仕事を地方都市で在宅のままできるということでございます。  それから、東京都内ですと、中高年層あるいは身体に障害のある方が自宅にいるままでデータベースのデータバンクをつくるような仕事あるいはデバッグをするような仕事、コンピューターに情報をコード化して入力するような仕事を在宅のままできると、こういう試みが、テストではございますけれども、今盛んに行われてきております。もしこれが可能になりますと、将来ソフトウエアの作成の需要というのは非常に大量に出てまいりますので、非常にいい雇用の機会をつくるという形になると思います。  こういうふうになってまいりますと、一つ都市でどういう現象が出てくるかというと、都市の中の通信網というのは、従来電話回線とか電報の回線、加入電信の回線とばらばらにございましたけれども、これが全部ディジタルな、総合的な回線に統合されまして、これにデパートのシステムとかあるいは銀行のシステムとか地方公共団体のシステムあるいは教育のシステム、レジャーのシステム、こういうものが全部つながってくる。各御家庭には、先ほど申し上げたテレビだとかあるいはホームコンピューターとかデータテレホンとかホームファクシミリといったようなものがあって、これらからいろいろなシステムに連結してサービスが受けられる、そういうふうになってくるというふうに思われます。大体こういうふうに実現しますのが、今からまだ二十年ぐらいはかかるんじゃないかというふうに予想されております。  それから新しいニューメディアの一つの形態としまして衛星通信というのがございます。これは先般BS2、「ゆり2号」という放送衛星がこの二月に上がりました。それから去年CS2という通信衛星が上がりまして、そしていろいろな情報を流しております。これは無線の電波で非常に広帯域な回線をつくりまして、これで新聞の伝送もできれば画像情報も流せる、データ通信も流せる、電話も流せる、そういうサービスでございます。  この衛星通信の特徴は、屋上にこういうおわんのような受信装置をつけまして、そうして通信回線を構成いたしますので、電柱とか電線が要らないということでございます。したがって、距離の要素が消えてまいりまして、近くに電話をかけましても、また海を越えてアメリカに通話いたしましてもコストはほとんど変わらないということでございます。ですからこれを使っていろいろなサービスの提供ができるということです。  ただ問題がございますのは、この提供いたしま すサービスは、当然国境を越えてくるだろうということになります。従来の電柱を立てて銅線引っ張りますと、国境のところでストップということになりますけれども、こういう衛星を使って電波で送りますから、国境が消えてくるということに問題がございます。したがって、いろいろな形で相互のサービスが入り込むだろうということが言われておるわけでございます。これがレジュメの七番目に書いてありますように、国際データの流通の問題ということで、今OECDの委員会などで非常に熱心に討議が行われております。  こういうオンラインの、先ほど御紹介しましたいろいろなサービスが、日本の国内だけでなくて、国境を越えてアメリカにも行けば、アメリカのこういうサービスが日本の国内にも入ってくる。例えば、銀行のサービスが日本の国内でもできます。我々が円でもってアメリカの銀行に預金することが技術的には可能になります。また、アメリカの証券会社が日本の兜町で支店を設けてアメリカの証券を売る、我々が円を持っていってそれを買うということが技術的には可能になりますということです。それで、アメリカの方ではそういうサービスの自由化をやったらどうかというような提案をOECDで盛んに現在しておる情勢でございます。ですから、こういうものを認めるのかどうか、まあ非常に大きな問題になってくるであろうということでございます。  それから教育なんかも、この衛星を使えば、海を越えてアメリカ教育日本でも受けられる。同時に日本教育は海外の子弟のために海を越えてアメリカへ流すことも可能になります。いろいろなテレビ番組も海を越えて相互に入り込みますと、お互いに文化が国境を越えて入り込むということが出てまいります。ですから、これが大変結構なことだという意見と、同時に人様の文化を侵犯するので問題があるという意見もあるわけでございます。  今、各都市でこういったサービスが盛んに行われてきておりますけれども、そのときに大きな問題が一つ出ております。というのは、競争でこういうサービスを提供いたしますと、この座席予約でありますとか、あるいはショッピングのシステム、それからCATVのシステム、それからバンキングのシステムも同様でございまして、ばらばらにやりますとこういうふうにシステムが乱立しまして、お互いに接続ができないという状態になってまいります。ですから、ある程度標準化しまして、接続手順を統一しまして、御家庭にあるいは事務所に二口標準の端末があれば、どんなシステムにも連結して座席予約ができる、あるいはショッピングができる、あるいはリザベーションができる、そういうことが大切だろうと思います。  もしこういう統一ができませんとどういう現象が出るかというと、鉄道で狭軌と広軌が二種類あるので乗り入れができないとか、電力で関東と関西でサイクルが違うので、転勤のあることに取りかえなきゃいけないとか、あるいはビデオのVHSとベータと規格が違うので、せっかくテープを買ってきても使えないというような現象が出るわけでございます。ですから、こういうものを、いかに国あるいは行政が指導してきちんと標準化をやっていくかということが新しい問題となって出てきているわけでございます。  それから、まあ非常に便利でございます。オンラインのシステムが普及すれば、自宅でショッピングもできれば決済もできるし、座席の予約もできる。そういうことで非常に便利ではございますけれども、反面危険は出てきますということなんです。  というのは、このセキュリティーが非常に大事な問題になります。万一、こういうオンラインのシステムがとまりますと、国民生活というのは非常に危険にさらされるということでございます。例えばバンキングシステムがとまりますと、銀行へ行きましてもお金が出せないという形になります。それから、全国、銀行の為替交換システムがとまりますと送金ができなくなりますので、長い時間とまると倒産も出てくるという状態になります。それから航空機の座席予約のシステムがとまりますと、やはり飛行機の運航に差しさわりが出てくる。航空路レーダー情報システムというのがございますが、これがとまりますと、日本の飛行機は全部運航をとめるという形になります。それから、先ほどの救急医療情報システムがとまりますと、救急車がどこの病院へ患者さんを運んでいいかわからなくなる。したがって生命にも影響がある。ですから、都市生活というのは大変便利になりますけれども、万一これらのシステムが破壊されますと非常に危険な状態になる。これがいわゆる脆弱性の問題として出てまいりましたということでございます。  それから、このニューメディアが普及していきますと、一体どんな意義があるのだろうかということでございますけれども、コンピューターが蓄積する力がありますと、いろいろな情報を無限に蓄積できます。しかも、それを画像でも出せます、漢字でも出せます、ファクシミリに焼いて出せます、テレビの映像でも出せますというふうになりますから、非常に多彩な形で情報が出てくるわけです。したがって、この発展というものが日本の文化に非常に大きな影響があるということは否定できませんということです。  というのは、文化の発展というのは大体、記憶機能が発達したから発展したんだということが言えるわけです。例えば文字を発明した、紙を発明した、印刷技術を発明した、あるいはレコードができた、テープレコーダーができた、そういうことで人間の文化は発展してきた。ですから文化の発展に大変影響があるということです。  それともう一つは、こういうコンピューターを使いまして制御をする。先ほどのように泥棒が入ったらキャッチして通報するというふうに、いろいろな認識して制御する機能がございます。こういう機能が発達いたしますと、これがロボットになりまして、人間労働というものに非常に大きな影響が来るということです。ですから汚い仕事、あるいは人の嫌がる仕事、危険な作業というものは将来このロボットに取りかわっていくだろうということが言えます。ですから、人間労働というものに大きな影響があるだろうということです。  それともう一つは、こういうネットワークで広がりますから、これでショッピングもできる、あるいはリザベーション、座席の予約もできる、あるいはバンキングもできる、こういうことになりますと産業構造にも大きな影響が出てくるだろうということでございます。  そして、六番目に書いてありますように、雇用問題にやはり相当影響があるということは、これもOECDで非常に議論になっておりますけれども、日本アメリカは雇用は増大するという意見でございます。ところがヨーロッパの一部の国は、むしろ失業がふえるんじゃないかという心配をしております。  日本の場合ですと減る面もございます。先ほどのテレメータリングで検針員の方の仕事が減るといったような、減る要素もありますけれども、ソフトをつくるシステムを開発すると新しい産業が興る、そういうことで仕事はふえる面が多い。ただ、ふえる面と減る面がありますので、やはり再教育して配置転換ができるように配慮をする必要があるわけでございまして、こういう新しいニューメディアの普及、技術革新で、乗りおくれてしまう人と、やはりこれをうまく利用して伸びる企業、伸びる方というのがはっきり差がついてきてはやはりまずいわけで、これは国の政策として再教育というものが非常に重要になってくると思います。  都市計画でも、これらのニューメディアというのはあらゆる方面で利用できますので、今後都市の再開発、地方の振興ということで、このニューメディアというものを除いては考えられなくなってきております。ことしの予算でもテクノポリスとかテレトピア、新しいこういうニューメディアを使いました都市計画が予算の中へ出てきております。こういう形で今後進んでいくんだろうとい うふうに思われます。  時間が参りましたので、以上でお話を終えさせていただきたいと思います。
  20. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 以上で中山参考人からの意見聴取は終わりました。  これより参考人に対する質疑を行います。  質疑のある方は、小委員長の許可を得て順次御発言願います。
  21. 海江田鶴造

    海江田鶴造君 今、ちょっとお伺いじまして非常に参考になったんでございますけれども、脆弱性の問題を言われましたね。今でも都市生活で電気がとまると、割合脆弱な問題でございますけれども、その脆弱性の問題で、それを防ぐには、脆弱の場合は、例えば中央のシステムが壊れた場合に、それを補完するというか、そういうようなこともあわせて考えていかれるのか、それに対する対策、そういうものをちょっとお聞かせ願えませんか。
  22. 中山隆夫

    参考人(中山隆夫君) こういうふうにコンピューターのセンターがありまして、通信回線があって、そしてこういう入出力装置とくっついております。ですから、大きなネットで広がっているということです。  従来のシステムというのはこのコンピューターセンターのビルだけ守ればよかったんです。怪しい人が入っちゃいかぬと、ここへ火をつけたりここを壊してはいかぬということで出入りだけを監視しておればよかったんですけれども、通信回線でネットになって全国に広がりますと、どっからでも入れます。この回線切ってもとまってしまいます。ですから非常に防ぎにくいということなんでございますね。  その防ぎ方としましては、いろいろな技術的な対策がございまして、センターを東京と大阪に二つに分けて、片一方が倒れても片一方が助けるという形にするとか、通信回線を二重にしておきまして、東京と大阪を結んで、そしてもう一つの回線は北陸回りの回線がある。そういうことで、片一方が地震で切れても片一方は生きている、あるいは地上の回線だけでなくて、衛星通信を使うというような手段もございます。  それからもう一つ、この端末の方ですね。ここからいろいろなデータを入れて撹乱する、あるいはそこから自分の口座にお金を入れて持って逃げると、こういったような犯罪が起こるわけです。ですから、端末にIDコードとかパスワードといったような機密を防衛します装置をくっつけて、これを防ぐようにしているということでございます。  ですから、技術的にかなり防げるわけでございますけれども、ただ問題は、外部からの侵入からは防げますけれども、企業の内部で悪い人がいますと、例えば銀行の中で支店長とか次長さんとか、あるいはこのシステムをつくるリーダーの人が悪いことをしますと、これはなかなか防げないということになります。ですからやはり大事なことは、企業の方のモラルというものが大事でございまして、幸い日本の場合は企業の方が非常に忠誠心が厚い、悪いことをしない、まじめだという形で、余り今のところコンピューター犯罪というのは起こっておりませんけれども、やはりこの脆弱性という問題は非常に御指摘のように重要だと思います。
  23. 海江田鶴造

    海江田鶴造君 ありがとうございました。
  24. 竹田四郎

    竹田四郎君 私は、一つは雇用問題で、今のお話ですと日本はソフト関係でふえるから雇用はふえるというんですがね。先ほどのお話でも、デパートが一体どうなるのか、問屋がどうなるのか、そこにいる人たちはもう雇用の必要がなくなっちゃうわけですね。あるいはどっかへ行くということになれば、タクシーもバスもいままでの回数よりもずっと少なくなる。それから店員なんかも恐らく要らなくなってくる。そうなると、雇用問題というのはもっと大きくなるんじゃないでしょうか。  それと同時に、新しいソフト産業をつくればいいというんですが、この前のときも参考人の先生にお話を聞いたら、もうこれからこういうものをやるのには、四十歳過ぎてしまえば頭がだめだ、とてもそんなものは使えないんだということになると、中高年の雇用の問題というのがどうにもならなくなってくるんではないだろうか。そういう意味で、雇用のあり方というものを随分変えていかなければいけないんじゃないだろうかということが一つでございます。  それからもう一つは、どうなんでしょう、これはあと二十年後にはなるということでありますが、これがすべての家庭に、すべての人に、こういうシステムに全部強制的に加入させるということになれば、これはそれなりにいいと思うんですが、今の電話だってすべての人が電話を持っているわけじゃありません。中には電話持っていない人も幾人かいるわけでありますから、そういうときに、取り残された人というのは、これは全く困るんじゃないですかな。一一九番だってほかへ行ってかけるということになれば、どこがどこだかわからぬ。公衆電話でかけるような状態では、どこがどこだかわけがわからぬ、こういうことにもなりますし、その他のいろいろなことでも、取り残された人というのは実に気の毒な状態になっちゃうと思うんですけれども、システムから外れた人は。こういうのは一体どういうように考えたらいいんでしょうか。あるいはこれは強制的にすべての国民にそういうふうにやるということになりかねないのか。  三つ目の問題は、インプットの仕方あるいはそれの出し方、いろいろあるでしょうけれども、個人の秘密の、プライバシーの問題ですね、これよく言われたんですけれども。そういう問題が、漏れていく可能性があるんではないだろうか。  こんな三つの点、ひとつお願いしたいと思います。
  25. 中山隆夫

    参考人(中山隆夫君) 雇用の問題でございますけれども、最近はっきり出てきましたのは、ワードプロセッサーで片仮名で打ち込むと漢字で出てくる。そうすると邦文タイピストが明らかに要らなくなったということはもうはっきり出てきたということです。それから銀行で女子の行員が減ってきた。御承知のように、バンキングシステムは一番オンライン化が進んだ領域でございます。そういうことで、もう明らかに減る領域は出てきたということです。逆にふえる領域も出てきた。  ですから、御指摘のように、中高年とか女子とか、コンピューターの普及で減ってくる領域に属する人を再教育して、それで配置転換ができるような対策というのは、国としてもやらなきゃいけませんし、企業としても真剣に考えなきゃいけないという時代になってきているかと思います。ですからこれは、国だけが金出してくれと言うんじゃなくて、企業も学校もそれぞれそれだけの心構えで努力をしていかなきゃいけない問題だろうと思います。  それから、二番目に御指摘になりましたように、情報をうまく使いこなせる人と使いこなせない人が出てくる。あるいはそういう端末を置ける人と置けない人が出てくる。これを情報リッチと情報プアという格差が出てくるだろうということでございます。特に大企業の場合は、こういう技術力もあり、資金力もあり、人材も豊富ですから、何とか乗りこなしていけますけれども、中小企業というものが果たしてこれに対応できるかどうか、非常に多くの問題がありますので、これは各分野で中小企業の育成ということは真剣に考えないといけないと思います。  それから、国際的にむしろ非常に大きな問題が出るだろうというのは、このコンピューター技術を持っていて非常に得意な国は、こういう技術に強い国は日本アメリカでございます。そしてコンピューター技術を持たない国は将来どうなるのかという、非常に多くの心配がございます。  あらゆる機械産業の中にこのコンピューターが組み込まれてきている。コンピューターを組み込んだ機械が一流品となり、コンピューター組み込みからおくれた製品が三流になってきている。競争市場で負けている。一次産業、二次産業、三次産業、いずれもこのコンピューターシステムが入 り込んできている。ですから、将来考えますと、日本とかアメリカのように強い国はいいんですけれども、弱い国の将来というものは非常に危険だ。ですから、国際協力ということが非常に重要になりまして、要するに情報プアと情報リッチという新しい南北問題あるいは東西問題が出てくる、御指摘のとおりだろうと思います。  それと、プライバシーの問題というのが非常に重要でございまして、特に国境を越えてデータが流通してくるということになりますと、プライバシーの問題も国境を越えてお互いに行き来するというふうになってまいります。ですから、プライバシーをいかに保護していくか。情報は公開するんだけれども、守るべき情報はどういうふうに守るか。この点も真剣に取り上げられませんと、データ保護法というのは諸外国、先進国ではもうほとんど全部とられておりますけれども、日本だけまだ処置がされてないということで、国際的にもいろいろな指摘を受けるんじゃないか。やはり早い機会にこのプライバシー法というのは検討する必要があるんじゃないかというふうに考えております。
  26. 竹田四郎

    竹田四郎君 ありがとうございました。
  27. 刈田貞子

    刈田貞子君 先生の先ほどのお話の中で、二十年後ぐらいにはかなりの状況でこういうものが進むんだというふうにおっしゃられましたけれども、四十歳あたりの落ちこぼれていく年代は別といたしまして、これから教育を受けていく立場の者の学校教育、あるいは若い人たちへの教育のあり方というのは、今後こういう未来を想定して変わっていくものでしょうか。
  28. 中山隆夫

    参考人(中山隆夫君) 非常に大きく変わらざるを得ないと思います。  二十年後と申し上げましたのはここの部分でございますね。いまの電話回線とかあるいは電報の回線、加入電信の回線、専用線というものが、今はアナログであったりディジタルであったりいたしますけれども、これを二十年かけて電電公社は全部ディジタルの回線にしようとしています。ですから、電話局は全部電子交換に変える。それから、御家庭に入っています電話ケーブルは全部光通信に変えていこう、これが二十年かかるということでございます。ですから、二十年かかると全部の御家庭に光通信が行きますので、御家庭のテレビが百チャンネルぐらいとれるようになりますという形になるわけでございます。ですから、二十年ぐらいでこういうことが可能になるというふうにお考えいただいていいわけでございます。  ただ、教育は非常に現在おくれておりますということです。というのは、コンピューター教育が始まりましたのが、大学で情報処理学科というのができましたのが昭和五十年前後でございます。といいますのは、コンピューターはこの十数年前にはほとんどございませんでしたということなんですね。ここ十年、五年で急速に出ましたものですから、この当時はコンピューターというのはほとんどなかった。大企業が一部計算だけにお使いになっていた。ところが、急速に普及した。ですから、教育が追いついていかなかったということでございます。ですから、むしろ企業側が教育を一生懸命やってきた。コンピューターメーカーあるいは電電公社とか、あるいは銀行さんとか、それぞれ使われます企業サイドが一生懸命やってきた。学校教育の方は、どちらかというと立ちおくれたわけでございます、特に社会科学、人文科学のサポートですね。コンピューターというのは技術オリエンテッドなものですから、技術は革新して進んだけれども、ではこれを守る法律とか経済とか、あるいは社会にどんな影響が出る、どんな思い影響が出るんだろうか。例えばコンピューター犯罪が出るんじゃないか、先ほどの脆弱性の問題が出るんじゃないか、あるいは失業の問題が出るんじゃないか、あるいはプライバシーが侵害されるんじゃないか、保険をどうするとか損害賠償をどうするとかというような社会科学、人文科学的な面が大変に立ちおくれますということでございます。ですから、おくれないために、やはり相当、今後努力していかないといけないと思います。  今までは、どちらかというとコンピューター技術者だけが一生懸命やっておりまして、社会科学、人文科学の関係の方は置いていかれていたというふうに思います。ですから、教育もそういうものを含めてこれから充実していかないといけないと思います。  ただ、これだけ技術革新が激しくて、年に三割近く伸びていきますと、教育はなかなかついていけない。具体的にどういうふうにおくれているんだというと、まず先生がいませんということです。教科書もありませんという、そういう状態になってくるということでございます。ですから、これも産学協同でやりませんと、先生はむしろ企業サイドの方に大勢おりますということですから、産学協同で努力していく必要があるんじゃないかというふうに考えております。
  29. 最上進

    最上進君 ディジタルの総合網が行き届くのに二十年ぐらいかかるというお話なんですが、意外に、私はこれが部門、部門なり地域地域で実現し出しますと、非常に加速度的にこういうものは普及する、そういう傾向というのがやっぱり日本社会にはあるんじゃないかというふうに考えるわけです。したがいまして、ただいま御指摘がありましたとおりに、教育の問題あるいは雇用につながる、労働される方の再教育、再配置の問題、こういうものは、二十年先、完璧にでき上がったときはそれはもうそのものの社会になるわけで、これは地域地域によっては、かなりそういうふうに加速度的に発展をする可能性がありますだけに、今からこれは対応をやっぱり急がなきゃならないことなんじゃないだろうか、そういうふうに考えるわけです。  この間も冗談に、新聞記者の人たちにも、新聞社関係の人たちにも、恐らくあなた方はもうここ数年のうちに転業を考えなきゃならない時期が来るんじゃないかというように、ある人が冗談めいてはおりましたけれども、おっしゃったことで、新聞記者の皆さんも大変びっくりしておられましたけれども、例えば人間の声が合成をされて、それがそのまま文字になっていく。例えばここにいらっしゃる速記関係の方々にしても、あるいは新聞社の、見たい新聞とかニュースがそのままファクシミリで出てくるという時代になりますと、やっぱり新聞そのものの意義、存在というものもかなり影響が出るんじゃないだろうか、そういうことを考えますと、想像以上に速い速度でこのディジタル通信化というものはINSを中心にして進んでいく。それに対応する行政の対応、これがやっぱり非常に急務じゃないだろうかというふうに感じるのでございますけれども、いかがでございましょうか。
  30. 中山隆夫

    参考人(中山隆夫君) おっしゃるとおりでございまして、電電公社がINSということで二十年かけてやるという、そのテンポが速いか遅いか、民間でもいろんな議論がございます。  遅いんじゃないかという意見は、やはり電電公社では減価償却の範囲でやっていきたい、料金値上げをしてまではできないんだという形でテンポが遅くなっていると思います。  ところが、民間で、例えば鉄道に光ケーブルを張るとか、あるいは道路の下に光ケーブルを入れる、あるいは国鉄さんが光ケーブルを張る、電力会社さんが光ケーブルを張るというような御計画は、先生の御指摘のように速いんじゃないかという可能性がございます。それで、速いとやはりなかなかこれについていけないという問題が出てまいりまして、特についていけない方は、あきらめるのじゃなくて、むしろ抵抗をするという形で出ると思います。保というのは、昔、日本の明治時代に鉄道が入りましたときも、これは反対だから町を通さぬと、特にかごかきの方が反対した。そうすると、鉄道が通らないために町はすたれたというふうな現象ですね。あるいは第一次産業革命のときに、機械が入ったときに、機械を恨んで打ち壊し運動をやったというような問題が出ます。ですから、抵抗が出てくるということでございますね。これは各 企業の職場でもいろんな形で出ると思います。  ですから、先生の御指摘のように、速いと思って再教育というものを相当熱心にやりませんと反動が出てくる、抵抗が出てくる。それが健全な発展を阻害する危険があるというのは過去の歴史でも例証されていると思います。そういうことで、やはり官民挙げて努力していく必要がもう十分あるかと思います。
  31. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 以上で中山参考人に対する質疑は終わりにいたします。  中山参考人には、お忙しい中を本小委員会に御出席をいただきましてありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見等につきましては、今後の調査参考にいたしたいと存じます。本小委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げる次第でございます。(拍手)  速記をとめておいてください。    〔速記中止〕
  32. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 速記を起こしてください。     —————————————
  33. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 次に、未来工学研究所副理事長林雄二郎君から意見を聴取いたします。  この際、林参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ、本小委員会に御出席いただきましてありがとうございます。本日は社会参加まちづくりのソフト面についての忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査参考にいたしたいと存じます。  また、議事の進め方といたしましては、四十分程度の御意見をお述べいただき、その後二十分程度委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。  それでは、林参考人お願い申し上げます。
  34. 林雄二郎

    参考人(林雄二郎君) 御紹介いただきました林でございます。  それでは、早速始めさしていただきたいと思いますが、実はきょう私に意見を求められましたゆえんは、恐らく——先般、昨年の十月に発表されました国民生活審議会の総合政策部会の報告といたしまして「自主的社会参加活動の意義と役割−活力と連帯を求めて、」という、こういう報告書がございます。これを資料として多数用意すればよかったのですが、きょう私ついうっかりいたしまして持ってまいりませんでしたので、後でこれは事務局の経済企画庁の方にそうおっしゃってくださればあるはずでございますので、お読みいただきたいと思うのでありますが、それに関連した御報告をするというのが私のきょうのファンクションではなかろうかというふうに想像をしてまいったわけでございます。  それで、「自主的社会参加活動」という、ちょっとやや耳なれない新しい言葉がこの報告書の冒頭にあるわけでありますが、実は、この言葉は必ずしも言葉として熟した言葉とも思えませんし、また、いい言葉ではないのかもしれませんけれども、議論の過程では、フォーマル活動、インフォーマル活動ということを言いまして、そのインフォーマル活動というのは、どうもインフォーマル活動では審議会の報告として何となくなじみが薄いということで、それじゃどういう日本語にしたらいいだろうということから、あれだ、これだ、いろいろ議論がありましたけれども、結果的には「自主的社会参名活動」、こういうことになったわけであります。  そこで、では、そのフォーマル部門とかインフォーマル部門、フォーマル部門の活動とかインフォーマル部門の活動とか、こういうフォーマル、インフォーマルということは一体どういうことなのかということから先に申し上げないといけないんでありますが、このフォーマル部門と言いますのは、政府部門及び市場部門、つまり、これは政府とそれから企業によって主として支えられている部門といいましょうか、それをフォーマル部門と言うわけです。それ以外の部門をインフォーマル部門と言うわけでありますから、それは、例えば家庭、いろんなグループ・サークル、それからいろんな団体なんかで形成されるさまざまの社会的な活動がございます。それを全部総称いたしましてインフォーマル部門の活動、こういうふうに言ったわけでありまして、その中身はまことにいろいろあるわけであります。  一応この報告の中では、このインフォーマル部門の中身といたしましてさまざまのものがあるわけですけれども、例えば、地域近隣の人々、それから職場・学校の友人を通じての集まりによる活動、あるいは同じような生活上のニーズとか悩みを持つ人々などが自主的に集まっていろんな活動を行う。  ここで自主的ということを非常に重要視するわけでありまして、例えば似たようなことでも、他から強制されて、例えば企業に勤めている人がその企業の活動の一環としてやるとか、あるいは国なり地方公共団体の公の行事の一環としてやるというのは、これはいわばフォーマル部門になるわけでありまして、これはあくまでも自主的な、自発的な発意で集まって行う活動ということで、実際問題としてはその区別がなかなかつきにくいこともあります。あるいは、見方によってはどちらとも言えるというようなこともあり得るわけですけれども、そこのところはかなりグレーゾーンがあるわけですけれども、一応そういうことで分けておるわけです。  具体的に申しますと、いろんな読書会であるとか、勉強会であるとか、ひとり暮らしの老人や寝たきり老人に対する給食サービス、これなんかは全くフォーマル部門でもそういうことをやっておりますから、そうじゃなくて本当に自主的にやる活動というのをここでは重視したわけであります。それから、友愛訪問などの社会奉仕活動、地域ぐるみの健康づくりの運動、住民自身の手によるまちづくり、むらづくり、そういうようなものがいろいろあるわけでありまして、趣味、スポーツ、学習、健康、福祉生活環境消費生活等、まさに生活全般にわたっておるわけです。  この報告書の中には実は入っておらないんですけれども、私、もう一つ、最近の風潮といたしまして、こういう自主的社会参加活動で大変重要な意味を持ち始めているものに、さまざまな国際交流の仕事といいますか、それを挙げておきたいと思います。  これは、最近の一つの風潮なんですけれども、案外地方で非常に盛んなんでありまして、田舎で、例えば先進国だけじゃなくて、発展途上国の留学生なんかを一日ホームステイで受け入れる、そういう運動をやったり、あるいは夏休みなんかにグループで田舎に呼んで地元の青少年たちと一緒にいろんな活動をする、そしてそれぞれの家で分宿して合宿をするとか、それは日本の中で留学に来ている人を呼ぶだけではなくて、中には相互交流みたいなことをやるところもふえまして、そういうことのために、例えばこのごろ姉妹都市なんというのがいろいろできているわけですが、そういう姉妹都市の相手からそういう人を呼びましていろんな世話をする、また、こちらからも向こうに行くという、そういう国際交流的なことをやる。それが非常に盛んになってきておるのであります。  しかも、その特徴といたしまして、大変そういうことの好きなというとちょっと語弊がありますけれども、大変熱心にそういうことに生きがいを感じてやっておられるという方が、東京もさることながら、地方に意外とそういう方が多いんでありまして、それも東北地方とか北海道なんかのかなりへんぴなところで大変活発にやっておられる、そういうのがございます。これは、この報告書の中には、専ら国内的なものが主になりまして、そういう国際交流というのはちょっと出てこないんでありますが、これはつけ加えておきたいと思います。  ここで、こういう自主的社会参加活動を考えます場合に、コミュニティーという言葉がこの報告書の中にもいろいろ出てまいります。今、私の申し上げたことでも地域近隣という言葉をちょっと申し上げましたが、コミュニティーというのを辞 書で引きますと、地域近隣というようなことが出てくるわけですが、ところが、このコミュニティーという一種のコミュニティー活動にどうしてもなるわけでありますが、ただ、このコミュニティー活動というコミュニティーという言葉の意味が、最近は、これは中山先生のお話で恐らくそういうのがあったと思うんですが、最近の科学技術の進歩によりまして非常に遠くの人とも簡単に交流ができる。そういうことが以前に比べると非常に可能性が出てまいりましたので、コミュニティーと言った場合に、結果的には地域近隣のコミュニティーであることが多いのでありますけれども、必ずしもそれに限らない。そういう地域性というものを超越したコミュニティーもあるのであります。  今私が申し上げました国際交流なんというのはまさにそういうことでありまして、地域近隣ということとはちょっと離れた一種のコミュニティー活動。ですから、それはさまざまなファンクション——機能というものによってできるコミュニティーという意味で、これは全く私の造語でございますけれども、辞書にもない言葉でございますが、私はファンクショナルコミュニティーという言葉を時々使わせていただいておるんですが、いろんな機能によってできるコミュニティーですね、そういうものも最近はそのコミュニティーというものの中にだんだん出てきている。この自主的社会参加活動の中にもそういうのがだんだんできてきておりまして、例えばそういう趣味の集まりなんというのも、必ずしも地域近隣だけではなくて、ある趣味で横断的にできている、そういう仲間同士のいろいろな活動というものもございます。これは最近の科学技術の発達によって、ますます将来はそういうものが大きくなるというか、ふえる可能性も出てきておるわけです。  ところで、こういった自主的社会参加活動、これは今日野にたくさんございます。一体どれくらいあるのかということがよく問題になりますけれども、この報告書に述べられておりますのは、自治会・町内会等の住民自治組織、これが約二十七万五千ある、それから婦人団体が三万三千ある、老人クラブが約十二万ある、子供会が約十四万五千ある、青年団が約一万四千ある、それからスポーツ少年団が約一万六千ある、それからボランティア団体が約二万二千ある、消費者関係団体が約七千あるということで、全体合わせると数十万という大変大きな数になるわけですが、まあこの中身は逐一洗っていきますと、さっき申し上げましたインフォーマル活動かフォーマル活動が、ちょっとかなり判定困難というようなものもいろいろあると思うんでありますが、一応この報告書の中ではそういう数を挙げております。  とにかく、その数はともかくといたしまして、今日既に予想以上にそういうものが数としてはたくさんあるんだと、現にあるんだということは、これは事実だろうと思うのであります。それに先ほど私が申し上げました国際交流なんかを加えますと、もっと数がふえていくということになるわけでありまして、こういう自主的社会参加活動が最近なぜこんなにふえつつあり、また問題になってきたのかということでありますけれども、これはこの報告書の中では動機が一応二つあると。  二つあるというのは、そのどちらかという意味ではなくて、多くの人はその両方を持っていると思うんでありますが、一つは、これは活動欲求に基づく動機であるというふうに言っております。活動欲求というのは、とにかく自分が何かしたいという——まさに自主的ですから、それがなければ話にならないわけで、人から強制されてやったんでは、これは自主的でないわけで、こういう自分で、みずから活動したいという、そういう活動欲求ですね。  それから、これもその盾の両面みたいなことになりますが、もう一つ人間関係欲求に基づく動機というふうに言っている。これは要するに活動を通じて友達を得たいとか、あるいは他人に認められたいとか、あるいは社会のために役立ちたいとか、これはうっかりすると目立ちたがりというふうなことにもなりまして、時にはちょっと不純なものにもなってくるわけでありますけれども、しかし人間の本能といいますか、そういうものとしてそういうものがあることは、これは否定できないわけで、こういう活動欲求に基づく動機、それから人間関係欲求に基づく動機、こういうものが動機としてあるということは、これは否定できないと思うのであります。そういうような動機は、これは何も今始まったことではないんで、いわば人間の本能みたいなものであるわけなんですけれども、それが特に最近非常に問題になってきたというか注目されるようになってきましたその社会的な背景というものはどういう背景があったのか。  それはこの報告書の中では、まず第一に社会環境の変化が挙げられる。その社会環境の変化の中で地域家族の変化、この地域家族の変化というのは、ひところ、非常に人間は動き回るということで、人口というものが非常に流動してやまないということが言われたことがあるんですが、最近はそれがだんだんさま変わりしてまいりまして、むしろ定住、これは全国総合開発計画なんかでも定住圏というようなことを言っておりますけれども、定住の傾向がだんだん出てきたということですね。統計的にもそういうことが裏づけられるのでありまして、ここではちょっとややこしくなりますから数字は省かしていただきますが、これは後でこの報告書をお読みいただければおわかりいただけると思いますけれども、とにかくそういう定住化の方向というものがだんだん出てきたということ。それから家族関係もだんだん変わってきまして、いわゆる核家族化ということがもう言われて久しいのでありますけれども、その傾向に加えまして、最近は一人世帯というものもだんだんふえてきておるわけであります。世帯規模の縮小といいますか、そういう傾向が最近ますます強まる傾向がありまして、これはちょっと余談でございますけれども、最近アメリカあたりの傾向でも、いわゆる結婚もしないという傾向が非常にふえてきているのだそうでありまして、そういう傾向が日本でもだんだんふえる傾向にあるというふうなことは、これはよく週刊誌だとかそういうものに取り上げられてありまして、いずれにしてもそういう世帯構成人員の縮小ということは、これはどうも傾向として非常に強まることが現実問題として否定できないということでございます。  そういうような中で、今までは例えば教育学校へ、それから出産は病院へ、育児は保育所へ、老人介護は老人ホームへ、冠婚葬祭はいろんなサービス業へという、そういう分業化で、それぞれの専門家、商売人に任せるという傾向があったわけですけれども、どうもそういうものだけでは人間関係として何となく満ち足りたものが得られないというようなところから、だんだん近隣の人たちに対する奉仕といたしまして、そういったひとり暮らしの老人を介護するというようなことを積極的にやる人なんかは逆にふえてきたという傾向もそういう一つの反作用としてあるのではないかと思うのであります。  それともう一つは、これは所得、自由時間の増大、こういったことも挙げられます。所得がどんどん上昇している、これは申すまでもないのでありますけれども、もう一方、自由時間というものがだんだんふえてきている。これは例えばNHKの生活時間の調査などによってつとに指摘されているところでございますけれども、そういうふえてきた自由時間というものを最近まではむしろそれをレジャーに使う。そういう傾向は、今でもそういう人が絶対的には多いわけでありますけれども、そういうレジャーに使うというだけではなくて、むしろそういう時間を通じて自主的な社会参加活動をしようという人たちがふえてくる。つまり、そういう自主的社会参加活動をすることを促進する物理的な要因といいましょうか、そういうものが自由時間の増大ということで言えるのではないかと思うのであります。  また、その一方、高学歴化というようなことも言われておりまして、さらに生涯学習に関するい ろんな意識、そういうものも一方において非常に高まってきているということで、学習活動を求める傾向というものがますます強まりつつあることも事実であります。これは今日、たとえばカルチャーセンターというようなものが大変商売としても成り立っているということを見ましてもおわかりいただけるんでありますけれども、それを商売としてではなくて、自主的に一種の地域活動としてやろうじゃないかという傾向が最近の傾向として出てきております。  これは余計なことでありますけれども、私なんかも時々自主的な市民大学というんでしょうか、そういうのに呼ばれていくことがございます。これは本当に、行ってみますと、全くどこかの、それを商売としてやっている、いわゆるセミナー屋さんがやっているんじゃないんでありまして、全くその地域の方が自主的に集まってやっているということが最近だんだんふえてきております。これなんかも、私はやはり自主的社会参加活動を可能にする、自由時間の増大、そして高学歴化の進行、それに伴う学習意欲の増大、そういうようなことのあらわれであろうというふうに思っておるわけであります。  そういうことでありまして、そういう自主的社会参加活動をしようという動機は、これはいわば本能的なものとして昔からあったんでしょうけれども、その動機を顕在化する、それをむしろ促進する、そういう物理的な条件、そういうものが社会の中にできてきているということは、これは紛れもない事実であると思うんであります。  そういうことで、いわゆるこのインフォーマル活動が、自主的社会参加活動というのが、最近は大変盛んになってきているわけなんでありますが、実はちょっとこれも余談でありますけれども、経済企画庁の記者クラブで私この報告を発表をいたしましたときに、この記者クラブの諸君から、これは役所のそういった委員会の報告書としてはいささか型破りな報告書ですねと、こう言われたのであります。  それはどういう点が型破りであったかといいますと、いままでの審議会の報告というのは、大体こういうことをやるべきである、ああいうことが好ましいというようなことがいろいろありまして、そのために行政機関はこういう手を差し伸べるべきである、こういう助成をすべきであるという、言ってみれば役所に対する一種のツケみたいなものがざあっとこうある、そういうのが大体多かったにもかかわらず、この報告書ではその逆だというわけですね。むしろ役所は余計なことをするなと——余計なことをするなとは書いてありませんけれども、つまり自主的な社会参加活動なんだから、それがむしろやりやすいような条件をつくる努力をすべきであって、直接役所が介入していろいろな手を差し伸べるということは、逆に自主的社会参加活動を損なうことにもなるので、なるべくそういう余計なことはするなというようなニュアンスのところが非常に多いのでありまして、どうもこういう報告書というのは、いままでの審議会の報告書からすると非常に型破りだ、こう言われたのであります。  確かに、実はこの審議の過程でも、そういう議論がいろいろ出まして、日本では、特にアメリカなんかに比べますと、こういった自主的社会参加活動というのは、伝統的にどうも余り盛んでないようであります。  これは御承知のことでありますけれども、アメリカあたりではボランティア活動というのは大変盛んでございまして、むしろそういうことをもう本当に誇りを持ってやっている。そういうことで専門的な職域というか、職能みたいなものがかなり確立しておりまして、そういうボランティア活動の専門家みたいなのがたくさん技術的にも出てきておるわけであります。  そういうのに比べまして、日本では今までそういったような活動というのはどちらかというと、やっぱり役所がやるというか、そういうものが多くて、特に福祉国家というようなことで役所がいろんなことに助成金を出すということの結果、どうも官製のものになってしまって、本当に自主的に自分たちだけでお金も出し合って、自分たちだけでやるという、そういうのは日本では意外に少ない。見たところはそれはいろいろのことをやっているんですけれども、だんだん行って聞いてみると、いや、これは国からのお金でやっているんだとか、あるいは町からの助成でやっているんだとか、そういうことで、結局何のことはない、一種の政府におんぶしてやっている。それではこれはインフォーマルじゃなくてフォーマルになって、政府部門の活動ということになるわけですから、これは自主的社会参加活動とは本当は言えないわけですね。日本ではどうもそういうのが多かった。私どもが、ここで特に自主的と言ったのは、ですからそういうのではないことを言っているわけです。  そうすると、どうも日本でそういった本当のインフォーマルなボランティア活動というものが、自分たちで自発的に集まって、そうして会もみんな自分たちで自発的に資金調達をしてやっているというのは意外に少ない。これはどうしてだろうということがいろいろ問題になりました。これは政府だけではなくて、やっぱり日本人の心の中に長年そういうようなことは国がやるべきものというか、まあこれは甘えの構造と言ったらいいのかもしれませんが、そういうのがやっぱり伝統的にあるわけであります。それはアメリカなんかとは非常に違うところであります。  この点をまず何とかしなきゃいかぬということでありまして、事実先ほど私は、数十万あるといういろんな団体を申しましたけれども、これ一つ一つ洗っていきますと、恐らく本当に自分たちだけですべてやって、資金調達も全部自分たちだけでやっているというのは意外に私は少ないのではないかと思うんです。どうもいろいろ調べてみると、何のことはない、あらかた政府の補助金でやっているというのが非常に多いのではないかと思うんですね。これではどうも私は本当の自主的社会参加活動とは言えないのであります。  日本は今日経済的にもかなりもう経済先進国になってまいりました。私もよく地方で講演なんかに行きますときに、そういう地方での金持ちというのが、実はそういう社会活動に寄附を何かしたいのだけれども、何かうまい、それを引き受けてくれる引き受け手はないものでしょうかというような相談を受けることが少なくありません。  アメリカあたりではそういう場合にコミュニティーファウンデーションというのがございまして、コミュニティーファウンデーションというのは、その一人一人の出捐者というのは、非常に小さいんですけれども、それがみんな金を出し合いまして、集めると、ちりも積もればで大きな金額になるわけです。それを一切運用いたしまして、いろんな助成活動をやる、そういう財団がございます。これはアメリカでは大変盛んなんでありまして、これなんかは全く政府からの補助金じゃございませんで、結局自分たちお金を出し合って財団をつくって、その財団がその資金運用をしていろんな活動を助成しているということでありますから、こういうものに支えられている活動であれば、これはまさに自主的社会参加活動と言うべきであります。  ところが、日本ではどうもまだそういうのがないのであります。私、実はいまトヨタ財団という財団の役員もやっておりますけれども、日本ではこういう民間の財団というのがアメリカなんかに比べるとまだまだ非常に少ないのでありまして、アメリカの連中なんかと話をいたしますと、彼らの言葉で申しますと、そういう民間財団なんかを彼らは第三セクターとこう言うんです。日本では第三セクターといいますと、何か地域開発をするときの官民合同での一種の特殊の企業経営体を言いますけれども、彼らの場合はそうじゃありませんで、第一セクターといった場合には、広い意味での税金で支えられている部門ですね。ですから、政府並びに特殊法人も含めたそういう活動、それを彼らは第一セクターと言います。  第二セクターというのは、民間の営利活動であ りますから、これは主として企業がやる活動であります。つまりこれは、これで言えばフォーマル部門ですね。  もう一つの第三セクターというのは民間の非営利活動でありまして、それが日本流に言えばいわゆる公益法人、財団法人なんというのはそれに当たるはずであります。ところが、日本の公益法人というのは、その実は純粋の第三セクターとは言いかねるものが多いのでありまして、なぜならば結果的にはみんな政府の補助金で運営されているとか、それから企業の宣伝活動の広報活動の形を変えたものであったりすることが多いのでありまして、これでは本当の第三セクターとは言えない。まあ第一セクター、第二セクターのちょっと形を変えたようなものということで、どうも本当の意味の第三セクターが少ないのでありますが、もし本当の意味での第三セクターが盛んになれば、そういうものがまさにこういう自主的社会参加活動の担い手になるべきではないかと私は思うんです。  現にアメリカあたりでは、そういう民間の財団というものがそういうコミュニティー活動の非常に大きな支え手になっておりまして、アメリカでも無論政府からの補助金というものでやられている場合もありますけれども、むしろそういう民間の財団なんかが大きな支えになっているんですね。日本ではまだそれが非常に少ないのでありまして、したがいましてせっかくそういう一人一人の人間の動機、そしてそれを可能にする社会的な背景、基盤というようなものは確かにできてきているわけであり、そしてまた現にそういう活動をしている人は非常に多くいて、確かにそういう団体を数え上げていきますと、さっきも申しますように数十万という数になるわけであります。それは勘定のしょうによってはもっと多くなるかもしれません。しかしその財政的基盤をずうっと調べていきますと、かなりどうも怪しげなものが多くなってくるのでありまして、それをやはりこの際私たち経済先進国にふさわしく、アメリカと同じような一同じようなというのはちょっと語弊がありますけれども、やはり本当の意味での第三セクター、いわゆる自主的社会参加活動、つまり自分たちの金でそれを賄うという体制に私たちはしていく必要があるんではないかと思うのであります。  特に、恐らく中山先生のお話でいろいろ出たと思うのでありますが、最近の技術進歩では、INSとか、そういうようなものがだんだん開発されてまいりまして、いろんな可能性が今度は技術的にも出てまいりました。したがいましてとにかく道具立てはそろってきているわけであります。ですからそれを何といいますか、支える財政的基盤というものをこの際ぜひ名実ともに自主的社会参加活動と言い得るような体制にする必要があるのではないかという、これは私個人として非常に強く感ずるわけでありまして、そういうことのためには、この報告書の中にもちょっと書いてございますけれども、そういうことをしやすいように、例えば日本の税制とか、そういうような仕組みも考え直す必要があるんではなかろうかという気がするわけです。日本ではまだまだそういうことにインセンティブを与えるような形での税制というのが不十分でありまして、この点は恐らく国会でいろいろ御審議いただいておるんだと思いますけれども、どうもやはり私はそこら辺のところにちょっと問題があるんではなかろうかという気がするわけであります。  大体私にいただきました時間が来たようでございますので、私のお話はちょっとこれくらいにさしていただきまして、あといろいろ御質問等いただきました上でそれにお答えするという形で進めさせていただきたいと思います。  どうも失礼申し上げました。
  35. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) 以上で林参考人からの意見聴取は終わりました。  これより参考人に対する質疑を行います。質疑のある方は小委員長の許可を得て順次御発言を願います。
  36. 竹田四郎

    竹田四郎君 林先生、これから高齢化の社会になってくるわけですから、先ほども、どうも年寄りはもうINSの時代になるとあんまりそっちの方には参加できないということになりますと、こちらの方の第三セクターの方に参加して、そして自分たちの過去のいろいろな経験もそういうところの中で生かしていく、あるいはいろんな文化というようなものも次の世代にこういうことを通じて受け継がしていくというようなことも、こういうのには非常にいいと思うのですが、そこで一番問題は、最後の方にもお話しになりました税金問題なんですよね。  確かにある程度の活動資金がなければできないわけですから、日本では何かこういうところへの寄附金が税金控除されるのにはかなり極めて厳しい条件があるようですが、これは諸外国では、アメリカでも、ヨーロッパでもこういうインフォーマルな社会活動というのはかなりあるだろうと思うのですけれども、そういうところでは一体税金の控除というものの条件をどんなふうにやっていらっしゃるか、もしおわかりいただけたらお話し願いたいと思うのです。
  37. 林雄二郎

    参考人(林雄二郎君) それはもう日本とかなり違います。アメリカヨーロッパとまたちょっと違いますけれども、しかし両方ともそういうボランティア活動なんかに対して寄附をするという場合には、いろいろな条件が国によってつくところもありますけれども、原則的に言えば免税になりますね。アメリカあたりでは、それが余りに優遇され過ぎるというので、大分アメリカの議会で問題になって、ひところに比べると若干優遇措置が少なくなってはきているようですけれども、それでも日本に比べたらもうはるかに優遇されているわけです。  問題は、それが果たして本当に正しい社会活動であるのかどうかということをチェックする機能が必要なんでありまして、それはございます。例えば、イギリスなんかの場合には政府の行政委員会で、ちょうど日本の原子力委員会みたいなああいう委員会でありますが、チャリティコミッションというのがありまして、このチャリティコミッションというのが本当のチャリタブルな活動であるというふうに認定をすればそういう免税措置を受けるんですね。アメリカあたりでも似たようなそういう機能がありまして、ただ日本と非常に違いますのは、日本は主務官庁制度というのがありまして、それぞれの役所が許認可でやりますね。そういうのは欧米にはないわけです。みんな一元化しているわけです。ですから、それはどっかでやっぱりそういうチェックはする必要があると思いますけれども、とにかく日本に比べたらはるかに優遇されているわけです。  これも余談ですけれども、私ある国際会議で、日本での税制ではどうもまだこういう優遇措置を受けられないのだということを申しましたら、ちょうど私トヨタ財団に行きまして直後だったんですけれども、あれはアメリカのどこの財団のプレジデントでしたか、ちょっと忘れましたけれども、そういうことは信じられないと言うんですね。我々の常識から言って信じられない。それはあなたはまだ財団に来て、あなたは勉強不足なんじゃないかと言うのですよ。そういうことは我々の常識じゃ考えられないので、きっと何かあなたが思い違いをしているに違いない。ところがたまたま私は六法全書を持っていかなかったものですから、すぐそこで、いやこの所得税法何条にありと、こう切り返せなかったので、どうもちょっとパンチがきかなかったんですけれども、そう言われたことがございます。つまり彼らからして見れば、そういうことはあなたのようなことは到底信じられないというほどやっぱり違うらしゅうございます。
  38. 竹田四郎

    竹田四郎君 ありがとうございました。
  39. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) ほかにございますか——。  私からひとつお伺いしたいのですけれども、自主的社会活動ということなんですが、日本の場合にはある地方でもかなりありますけれども、欧米 人と日本人と多少違うんでしょうか。やはりいわゆる活動資金なんかで地方の助成、国の助成、何らかの意味で求めたがる傾向があるんですね。それはある面から見れば余り自主的でない結果になっているわけですね。そこら辺はやはり基本的に欧米の人と日本人が、どちらかと言えば、要するに俗な言葉で言えば宮尊民卑なんでしょうか。何かお役所のお声がかりがあるとやりやすいとか、お役所の金が出れば寄附も集まりやすいとかいうような習癖があってそういうことになっているんですけれども、そういう形でいわゆる本当に日本の自主的参加という形がまとまっていくんだろうか。  その辺、非常に難しいところではありますけれども、ある意味では社会参加というのは、まあ特に都市なんかにおいては市町村の行政に対する不満のうっせきが社会的参加という形になってあらわれてきている。そういうものは全く自主的で、ややレジスタンス的な面もありますから、そういうものは独自で活動している。そういうふうなのはやはり日本社会としてはやむを得ないんだろうか。やはりそういうものはできるだけ少なくして伸ばすという方向が将来としては望ましいのかどうか、どちらなのかお伺いしたいんです。
  40. 林雄二郎

    参考人(林雄二郎君) 私、今御質問で、ちょっと私の言葉が足りなかったなあと思ったんですけれども、実は今、確かに御質問いただきましたように、もうちょっと具体的に申しますと、日本におけるそういう社会活動というのは二つのタイプがあるんです。  一つは、まさに政府と敵味方の関係で、それはいわゆる市民活動とか反公害、公害告発のためのいろんな運動とか、そういうこれまさに自主的社会参加活動の一種だと思いますけれども、そういう活動はたくさんございますね。この場合にはむしろもう政府なりなんなりは敵でありまして、ですから補助金もらうなんというようなことは、そういうグループの中で言ったら、その人が逆に袋だたきになるというような状況で、大変なしろ背を向けた格好で市民活動をやっている、そういうグループが確かにあるんです。これは外国にもあります。外国にもありますけれども、これはやっぱり日本のちょっと特殊な例で、そういうのはやっぱり私は本当の意味の自主的社会参加活動とはちょっと言いがたい感じがするんですね。  それともう一つのグループというのは、今度は逆に何でもかんでも政府に助けてもらおうということで、非常に安易に、もう何でも補助金をもらおうというふうに走っちゃう。そういう二つのグループが確かにありましてね、むしろそのどれでもない第三のグループが望ましいんですけれども、どうも日本ではそういう二つのグループに分かれる傾向があるんです。  まあ数からいきますと、むしろ政府にそのツケを回すというか、そういう方がはるかに多いですね。政府を敵に回してというのは、数からいったらそうはたくさんございません。しかし、ただ、派手に新聞だねになったりなんかするのは、そっちの方がむしろ多いかもしれませんけれども。まあ、これは私はどちらもちょっと自主的社会参加活動という点からいったらどうかと思うんです。  そういう告発型の市民活動というのは、これはやっぱり一種の被害妄想になっていましてね。もう甚だしいのは私どもが行っていろんなことを聞かしてくれと言っても、何がもう政府の回し者が来たんじゃないかというようなことで何にも語ろうとしない。そういうような傾向もありまして、これは私はまことにちょっとどうかと思うんですけれども、まあ確かにおっしゃるとおり二つありましてね。そのどれでもない、本当に自分たちで金を出し合い、自分たちでその活動あるいはルールを決め、そして自分たち社会に奉仕していくというのが望ましいんで、それを盛んにする、それをまたインカレッジするような——ですから自分たちで金を出していくというのをもうちょっと広げれば、例えばその地域で、自分はもう、ちょっと社会参加はできないけれども、遺産をそういうことのために寄附しようとかいうような人が出てきた場合に、それを受けて、それを運営していく、まあアメリカのコミュニティー・コーファウンデーションみたいなものがあればいいなあという気がいたしますね。  今それがないものですから、したがって結局政府の助けを借りようということになってしまうわけで、現に日本なんかでは経済的にそういうことをやってやろうという人はかなり出てきているんですよ。ですから、何かそういう基盤整備をやればできるんじゃないかという気がするんですけれどもね。
  41. 亀長友義

    ○小委員長亀長友義君) ありがとうございました。  ほかにございますか——。  それでは、以上で林参考人に対する質疑を終わります。  林参考人には、お忙しい中本委員会に御出席いただきましてありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見等につきましては、今後の調査参考にいたしたいと存じます。小委員会を代表しまして厚くお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。(拍手)  なお、本日参考人方々から御提出いただきました参考資料のうち、発言内容把握のため必要とされるものについては、本日の会議録の末尾に掲載いたしたいと存じますので御了承を願います。  本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後三勝五十六分散会      —————・—————