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政府委員(山崎圭君) お答え申し上げます。
水郷筑波国定公団でございますが、昭和三十四年に水郷国定公園といたしまして、まず
指定が行われております。次いで、十年たちました四十四年に筑波地区が取り入れられまして、拡張を見ておりまして、その結果水郷筑波国定公園という名称になったわけでございます。そして、昭和五十七年にこの全体の国定公園の中身を再検討をいたしまして、新しい保護
計画あるいは
利用計画を策定したところでございます。
その概要はもう既に
先生は御存じのとおりでありますが、水郷
地域が面積が約二万一千ヘクタール、大
部分が第三種特別
地域でございますが、この湖水面を約二万ヘクタール含んでおるわけであります。また、筑波地区につきましては、面積が一万ヘクタール強ということでございまして、これまた大
部分が第三種の特別
地域、こういう地種区分になっております。
特徴といたしましては、何といいましても我が国の
湖沼で
琵琶湖に次いで二番目に大きい
霞ケ浦、あるいはまた、利根川といったものと一体となりましての広大な内水面、あるいはその周辺にあります鹿島神宮あるいは潮米というような人文景観と申しますか、これらが一体となった景観を特徴として持っている。さらにはまた、犬吠町に代表されるような、何といいますか豪快な海食崖の景観がある。また、筑波につきましては、平野部に屹立しております、豊かな植物層を持っておる、そういう筑波山の景観、こういうことが総体としてのあの国定公園の特徴であろうと
考えておるわけであります。
次いで第二点、
先生御
指摘の茨城県環境白書を引用されての許可件数、申請件数の増加傾向でございます。これについて若干私
ども茨城県にも尋ねたところでありまするが、茨城県におきましては、先ほどの国定公園あるいは県立自然公園、この両面につきまして、県土の自然環境を
保全していきたいというようなことで積極的に自然公園の区域拡張を
推進してこられたわけであります。そういうことが背景になりまして、
先生御
指摘の三十七件というその四十三年当時と比較いたしますと、特別
地域の面積がち工うど七、八倍に拡大しておるのであります。
先生、指数で七百数十という指数を申されましたが、どうもそれに一応パラレルに関係しているのではないか。つまり、特別
地域でございますといろいろな行為の許可が要るわけでございますので、どうも特別
地域の面積拡大が深くこれに
関連しているのではないかと
考えております。もちろんそのほかに社会経済
状況もあろうと思いますが、一応はそういうふうに
考えております。
ちょっと水郷地区だけについて申し上げますると、昭和四十三年のデータありません。昭和四十五年で五十三件でございまして、確かに昭和五十四、五年は九十件とか九十七件とか、百件に近い申請件数がありますが、また最近五十七年、五十八年では十二件とか十一件とか極めて減っておる、こういう
状況でございますので、いろいろと変動はありまするけれ
ども、あの増加傾向がそのまま伸びているという関係ではございません。これだけは事実のようでございます。そういうふうに認識をしておるところであります。
それから第三点でございますが、先ほど
建設省の方から御説明申し上げました例の湖山岸堤の建設、これに
関連しての国定公園としての価値低下ということに関してのお尋ねでございます。
何と申しますか、私
ども公園の景観というものを
考えます場合に、全体としてといいますか、一体としてといいますか、極めてそれもマクロに、大きな
地域をとらえるというそういう感覚的なところがございまして、そういう意味で、
湖沼なり
河川の何といいましても広大な水域景観、これがあそこの特徴でございますので、それをまた主たる保護対象としているというようなことでございますので、湖岸堤などの建設によってもちろん局地的にはいろいろと変化があることは避けられないと思っておりまするが、また、そのことの是非は別にいたしまして、国定公園全体としての価値が特にこれによって低下しているとは
考えていないのであります。
なおまた、今後の
保全策につきましては、先ほ
どももちょっと冒頭で触れましたように、五十七年三月にこの水郷
地域全体の見直しを行いまして再検討したわけでございますが、水域の景観保護強化を図るために、この再検討結果を踏まえまして今後ともこの水域景観の保護に万全を期したい、かように
考えておるところでございます。