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1984-02-22 第101回国会 参議院 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十九年二月二十二日(水曜日)    午前十時一分開会     ―――――――――――――    委員の異動  二月九日     辞任         補欠選任     立木  洋君      内藤  功君  二月二十日     辞任         補欠選任     内藤  功君      立木  洋君     ―――――――――――――   出席者は左のとおり。     委員長         植木 光教君     理 事                 大坪健一郎君                 土屋 義彦君                 堀江 正夫君                 佐藤 三吾君                 黒柳  明君                 上田耕一郎君                 関  嘉彦君     委 員                 大木  浩君                 大鷹 淑子君                 倉田 寛之君                 源田  実君                 佐藤栄佐久君                 曽根田郁夫君                 竹内  潔君                 鳩山威一郎君                 降矢 敬義君                 宮澤  弘君                 久保田真苗君                 野田  哲君                 和田 静夫君                 中西 珠子君                 和田 教美君                 立木  洋君                 柳澤 錬造君                 秦   豊君    事務局側        常任委員会専門        員        山本 義彰君    参考人        国連大学学長特        別顧問      永井 道雄君        産業能率大学異        文化圏研究所所        員        前田 寿夫君        名古屋大学教授  長谷川正安君        杏林大学教授   田久保忠衛君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○参考人出席要求に関する件 ○外交総合安全保障に関する調査  (平和の確保について)     ―――――――――――――
  2. 植木光教

    委員長植木光教君) ただいまから外交総合安全保障に関する調査特別委員会を開会いたします。  参考人出席要求に関する件についてお諮りいたします。  外交総合安全保障に関する調査のため、本日、参考人として国連大学学長特別顧問永井道雄君、産業能率大学異文化圏研究所所員前田寿夫君、名古屋大学教授長谷川正安君、杏林大学教授田久保忠衛君、以上四名の方の出席を求め、意見を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 植木光教

    委員長植木光教君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ―――――――――――――
  4. 植木光教

    委員長植木光教君) 外交総合安全保障に関する調査を議題とし、平和の確保について参考人から意見を聴取いたします。  この際、参考人皆様に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席をいただきましてありがとうございます。本日は、平和の確保につきまして参考人皆様方から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査参考にいたしたいと存じます。  これより参考人の方々に御意見をお述べ願うのでございますが、議事の進め方といたしまして、午前中は各参考人からお一人三十分程度でそれぞれ御意見をお述べいただき、午後委員質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。  それでは、まず前田参考人にお願いいたします。
  5. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 前田でございます。  与えられた時間が三十分ということでございますので、私は、日本防衛政策日米安保につきまして私の考え方を申し上げたいと思います。時間が限られておりますので、最初に私の結論を申し上げまして、それからそれの理由と申しますか、理論的根拠についてお話しを申し上げたいと思います。もし時間が少なくなれば、最後の方は項目だけ申し上げまして午後の質疑の時間に譲りたいと思います。  まず、最初結論を申し上げたいと思います。  我が日本は、他国から軍事的攻撃あるいは軍事的な侵攻あるいは介入、そういうものを恐れなければならない理由は全くないと考えます。したがって、我が国は、現在の水準もしくはそれ以下の規模の自衛力があれば十分だ、したがいまして、もちろん他国軍事力に守ってもらう必要なども頭ない、こう思います。したがいまして、日米安保我が国にとって百害あって一利なしだ、このように私は考えます。日米安保我が国にとりまして、我が国を守るどころか我が国他国からの軍事的脅威を招き寄せる役割しか果たしておらない。我が国はそれにもかかわらず、アメリカに基地を許し、そのためこの苦しい財政事情の中で財政負担までも強いられておる状態でございまして、これでアメリカからただ乗り呼ばわりされる理由は全くありません。私の考えでは、ただ乗りしているのは日本ではなくてアメリカである。日本はよろしくこの立場に立つべきである。そのような立場に立って初めてアメリカに対する交渉力というものを飛躍的に高めることができる、このように考えます。  したがいまして、日米安保につきましては次第にこれを薄めていって、最終的には廃棄に持ち込むべきだ、我が国安全保障政策基本は、平和憲法の精神にのっとってどこの国をも敵視しない、どこの国とも仲よくするという平和外交を基盤とすべきだ、このように思います。  また、他国に危惧の念を与える、あるいは他国紛争に巻き込まれる、そういうことのないように我々が国民の健全なコンセンサスに従いましてこれまで確立してまいりました非核三原則、専守防衛武器輸出原則、これらを遵守し軍拡を慎むべきである。そのために、現在設けておりますGNP一%の制約というものは極めて賢明な政策である。我が国国家政策全般における防衛優先度というのは、現在騒がれているほど優先度は高いものではありません。したがいまして、この苦しい財政事情の中で防衛費を突出させるというような必要は全くない、これが私の結論でございます。  では、その理由、約九項目ないし十項目ございますけれども、第一番目は、日本防衛抑止理論で考えるのは間違いだと。最近、抑止と均衡というようなことを政府あるいは防衛庁筋では盛んに申しておりますけれども、抑止理論というのは、米ソあるいは東西欧州、こういうような極めて軍事的緊張の高いところにおいて発展した理論でございます。  米ソは戦後処理をめぐる対立から、今日では大量の核ミサイルを積み上げてお互いににらみ合っておる、また全世界でその影響力を競っておる、こういう状況であります。また、ヨーロッパにおきましては、東西ヨーロッパがそれぞれNATO及びワルシャワ条約機構という軍事機構をつくりまして一本の陸上国境線を挟んで大量の兵力でにらみ合っておる。こういう状況におきまして、お互いに疑心暗鬼を募らせておる。こちらがもし弱みを見せれば相手がつけ込んでくるのではなかろうか、あるいは相手はこちらの虚につけ込んで攻撃してくるのではなかろうかと、こういうようなお互いに心理的な不安を感じておるというところにおいてこの抑止理論というものが発展したわけであります。お互いに軍事的に弱点をつくるまいとする。抑止理論というのは、こういう一種の気休め理論であります。  したがって、常に相手能力よりも優位に立たなければ安心ができない、相手よりむしろ優位に立って初めて軍事力は均衡しているようなこういう幻想を持つ、あるいは気休めを持つことができるわけであります。したがいまして、一方がこれでよろしい、これで均衡していると思っているときには、相手は必ず自分の方は軍事的に弱い状態にある、こういうふうに考えるに違いない。したがいまして、そこに軍拡の悪循環が起こることはもう皆さんも御承知のとおりであります。  しかし、安全保障に関する日本条件というものは、こういう米ソ対立あるいは東西欧州対立とは全く異なった状況にございます。  第二番目、では日本は一体安全保障の見地から見てどのような条件を持っているか。  先ほど申し上げましたように、日本はどこの国からも軍事的な攻撃あるいは侵略あるいは介入を受けるおそれのない国であります。その理由、最も重要な理由は、我々が第二次大戦において敗戦をしたということであります。敗戦の結果、我々はそれまで周辺諸国との間に持っておりました軍事的争点を一切失いました。今日我々は、周辺諸国と軍事的に争わなければならない問題というものを全く持たないのであります。これは敗戦によって連合国、特に周辺諸国との間の問題というものが、すべて周辺諸国の有利に解決した。周辺諸国が満足できるような形で解決したということに根本的な原因がございます。  と同時に、我々の戦後の経済発展というものが、いわゆる平和憲法の趣旨にのっとりまして平和外交を展開し、また外国との経済交流、互恵平等の原則に従った経済交流によって今日の繁栄を達成してきた。我々の今日の繁栄はどこの国をも泣かしたものではございません。どこの国をも軍事的におどかしたものでもございません。極めてお互い有無相通という関係で今日の経済繁栄というものは達成されてきたのであります。したがいまして、今日に至るまで我々は周辺諸国との間に軍事的に争わなければならない問題を全く持たない、こういうことであります。これが第一点。  第二の要因は、我々の国がこれもまた敗戦の結果でございますけれども、御承知のように四面環海条件にある。周辺諸国との間に、陸上国境を全く持たないという条件でございます。陸地でもってお互いに接している国というのは、その間に人的、文化的、政治的さまざまな絡み合いが生じてまいります。したがいまして、とかくささいなことから紛争が起こりがちである。しかし、我々の国は四面環海のおかげでそういうような問題からは免疫の状態にある。  しかも、一本の陸上国境でもって接している場合には、お互い軍事力というものはストレートに影響し合います。今日ソ連及びアメリカは膨大な軍事力を持ち、世界最大軍事力を持っておりますけれども、しかし、その影響力ごらんになればおわかりになりますように、距離が遠くなれば、あるいはまたその間に多くの国が介在するようになれば、さらにはまたその間に海洋が存在するということになれば軍事的影響力が極めて薄まるということは、これは経験的に皆さん承知のとおりだと思います。  これはなぜそういうことが起こるかと申しますと、今日核ミサイル発達をし航空機が発達をし、あるいは原子力艦船発達するような状況になりましても、依然として陸戦力が重大な政治的影響力を行使する。そのためであります。で、海空戦力はそれぞれ一時的に他国攻撃をし、あるいは破壊をする、ある特定の地点を破壊するというような機能を持っておりますけれども、しかし陸戦力のように他国を占領し、あるいは支配し、あるいは他国政治介入をし、場合によっては他国を完全に根こそぎに破壊するというような力を持っておりません。この意味において陸戦力は極めて軍事的影響力を行使する場合に重要な働きをするのであります。ところが、陸戦力はこれは輸送手段がなければ海洋を越えてその力を行使することはできません。したがいまして、我々の国の四面環海という条件は、我が国安全保障及び防衛を考える上の極めて重要な要素として我々は考慮をしなければならないと思うのであります。  第三の要因、これは必ずしも我が国だけの問題ではございません。これは全世界的な要因でございますけれども、戦後いかなる大国といえども勝手に他国侵略したり、あるいは武力攻撃はできない。またそういうことは行われた例はない、こういうことでございます。  これは昨年の秋に発表されました防衛白書に出ております戦後の武力紛争に関する一覧表ごらんになってもおわかりになることかと思います。そこには約七十件の武力紛争及び戦争、これが列挙されております。しかし、その中に大国が勝手に他国侵略する、何の理由もないのに他国侵略したり、あるいは何の理由もないのに他国武力攻撃したというような例は一件もございません。防衛白書に出ております七十件の紛争及び戦争のうちの半分は、これは革命及び内乱でございます。大国関係しておるのは、いずれかの勢力をお互いに支援するというような格好でもって大国介入することはありますけれども、しかし、その原因内乱及び革命でございます。  それから残りのものもすべてかつての戦前あるいは十九世紀のように他係国を勝手に侵略したり、大国が横暴に軍事力介入させたりというようなものは一つもございません。残り原因というのは国境、領土問題であったり、あるいは独立戦争であったり、あるいは第二次大戦の結果として残されました分裂国家間の戦争であったり、あるいは社会主義国家相互間のイデオロギーに起因するところの問題であったり、そのほか中東戦争であるとか、あるいは今回のレバノンの紛争であるとか、我々が心配しなければならないようなそういう紛争は一件も起こっておらないのであります。  今日、世界には四十数カ所の紛争が現在でも存在するというふうに言われております。しかしながらその大部分といいますか、そのすべてはこういったような条件に起因するものでございます。  では、なぜこのように戦前のような侵略あるいは大国の勝手な武力攻撃、そういったものが戦後起こらないか。これには私は大きく申しまして二つの条件があると思います。  一つは、国際的な制約が増大したということ。それからもう一つは、かつてと違いまして侵略のうまみが薄れたということではないかと思います。特に戦後における科学技術発達によりまして交通通信が大いに発達をし、世界が狭くなったということが非常に大きな要因として作用しているかと思います。それを背景といたしまして、例えば国連の成立というようなこともございますし、それからさらに戦後におけるナショナリズムの勃興というものもございますし、それから戦後における国境不可侵の観念の一般化普遍化ということもあろうかと思います。これは一九七四年の国連総会侵略の定義というものが採択されたということにも反映されているかと思います。よく我々の脅威だと言われておりますソ連も、第二次大戦によって決定された国境は変えない、これはお互いに尊重しなければならないというのを外交基本原則にしております。  以上のように、第三の要因といたしまして、いかなる大国といえども勝手に他国侵略したり、武力攻撃は許されない。こういうのが今日の世界であります。  第四の要因は、我が国国内情勢が極めて安定していることであります。  先ほど申し上げましたように、第二次大戦後の武力紛争及び戦争の半分は国内革命及び内乱によるものでございますが、その原因国内における貧困あるいは民族問題それから宗教問題。私は、この貧困と民族と宗教、これを内乱革命の三大要因、三大原因というふうに申しておりますけれども、これらはすべて我々の国とは無縁のものであります。時間がありませんのでこれについての詳細は省略いたします。  三番目に、このように考えますと、我々の国とそれから米ソあるいは東西両欧との関係、こういうものも全く事情が異なります。したがいまして、我が国自分西側陣営一員などというふうに位置づける必要は全くない。我が国はどこの国とも対立しているわけではございません。なぜそのような国が、米ソ対立関係あるいはNATOワルシャワ条約機構対立関係、こういった対立関係の総称であるところのいわゆる西側陣営の中に我々みずから仲間入りしなければならないのか、我々はそのような理由は全くございません。  日米安保というのは最近では同盟関係とか何とか言われておりますけれども、これは攻守同盟ではございません。まして我々はNATOとは何の軍事的関係も持っておりません。それにもかかわらずなぜ西側陣営一員などというふうに位置づける必要があるか、私はそのような必要は全くないと思うのであります。なぜ防衛庁あるいは政府西側陣営一員などとして我が国を位置づけようとするか。これはいわゆる西側という言葉の概念のあいまいさを利用いたしまして私は火遊びするものだ、こう考えるよりほかないと思うのであります。西側という言葉は極めてあいまいな言葉に使われております。東側の共産主義諸国に対しまして、非共産主義の国を総称いたしまして西側というこの略語が使われております。しかし、それは軍事的な対立とは全く関係ございません。軍事的な意味での西側陣営とは全く関係ないものであります。いわゆる西側というあいまいな漠然とした言葉の中には中立諸国も入っておれば非同盟諸国も入っておる。もちろんその中にはいわゆる軍事的な意味での西側陣営も入っておる。こういう極めてあいまいな言葉であります。  ですから、我々はこの西側という言葉にごまかされて、そうしてアメリカ主張をうのみにして軍事的な意味での西側陣営対立に引き込まれるようなことは避けるべきであるというふうに私は思います。  第四番目、このような我が国条件にもかかわらず、それでも我が国には、ソ連我が国脅威であるというふうに主張をする人々がおります。ソ連本質的に侵略的であり、世界共産化をねらっている国だ、こう言うのであります。しかし、ソ連本質がどのようなものであれ、人によってその見方は異なるでございましょうが、あるいはアメリカ侵略的だと言う人もおりましょうけれども、そんな本質論はどうでもよろしいのであります。  問題はソ連にそのような能力があるのかどうかということであります。ソ連GNPは御承知のように日本とおっつかっつのGNPであります。今日、ソ連GNPの十数%を国防費に使っているというふうに言われております。このような状況において、それだけでもソ連にとっては大変な負担であります。なぜそのような国が日本に対して攻撃をしかけるというような必要があろうか、私はそのような必要は全くない、また、ソ連の為政者がそのようなことを考えるわけがない、このように思うのであります。ソ連世界の赤化をねらっているというのならばねらわしたらよろしい。ソ連にはそんなことを今あるいは予見し得る将来においてできる能力は全くないというふうに私は思います。  ですから、我々はソ連相手に、あるいはソ連でなくても我々の周辺のどの国であってもよろしいかと思いますけれども、それらの国との間に戦争状態、あるいはそれらの国に攻められて我々が死ぬか生きるかのそういう状況に追い込まれる、そういう状況を設定する必要は全くございません。それにもかかわらず我が国防衛庁は、座して死を待つよりはというような論理を発明いたしまして、そして場合によってはウラジオストクもたたかなければならない、極東の策源地をたたかなければならないというような議論を展開いたします。私は、これは被害妄想狂のきわまりだ、このように考えます。  五番目。したがいまして、我々は核の傘などというものを必要としない。御承知のように、核兵器というものは今日極めて使いにくい兵器になっております。  ソ連アメリカお互いに膨大な核ミサイルを積み上げてお互いににらみ合いながら、しかも核が使われることに対して極めて用心深い。そのために核拡散防止条約などをつくりまして、よその国には核を持たせまいというようなことまでやっておる、こういう状況であります。ソ連もしくはアメリカ核ミサイルを使うときは、それぞれが死活の状況に追い込まれた、それ以外に手段がないというような場合に初めて核ミサイルを使う。日本ソ連との間、あるいは日本中国との間でも結構でございますけれども、そのような状況が起こる可能性というものは全くない。ですから、そのような我が国核攻撃を恐れる必要は全くございません。したがいまして、我が国に核の傘を差しかけているというようなアメリカのおためごかしに我々は乗る必要は全くない。  第六番目。したがいまして、このようなわが国がシーレーン防衛などというものに血道を上げる必要は全くございません。  あと二、三分よろしゅうございますか。
  6. 植木光教

    委員長植木光教君) はい、どうぞ。
  7. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 今日どこの国であっても、公海自由の原則によりまして自由に世界公海を通じまして経済交流をすることができる、日本だけではございません、ソ連であろうと中国であろうと公海を通ることは自由であります。我が国シーレーンが、あるいは海上交通路が、中東との交通路アメリカの第七艦隊によって守られているなどというのはとんでもないおためごかしであります。我々はそのような他国から兵糧攻めにされるというような状態に陥る心配は全くない。そんなような状況にならないようにすることこそ我々の外交及び安全保障政策基本でございます。  第七番目でございます。朝鮮半島からの波及というものにつきましては、我々は大して心配することはない。  朝鮮半島で仮に北が南を圧倒したといたしましても、北は南を圧倒して朝鮮半島を統一することによってその目的を達するのであります。その余勢を駆って日本に乗り込んでくるというようなことを我々は全く心配する必要はございません。朝鮮半島からの波及というものはせいぜい逃亡してきた敗残兵が流入する、あるいは難民が流入してくると、こういった問題でございます。あるいはお互いの戦闘が幾らか及んでくるかもしれない、こういう問題でございます。これは現在程度自衛力があれば十分にこのようなものは防げるのであります。かつての佐藤総理のように、朝鮮半島の安全は日本の安全にとって緊要である、そんなことは考える必要は全くございません。まして、アメリカの力によってそれを防いでもらうというようなことを考える必要は全くない。  第八番目、先ほど申し上げましたように、日米安保は百害あって一利なしである。それはソ連軍事的脅威日本に呼び込むだけの作用しか持っておらない、こういうことであります。ただ乗りしているのはアメリカである。  第九番目、したがいまして、我々は相互安保相互安全保障というようなものを考える必要は全くない。我々のこの日本防衛あるいは安全の問題は、経済から何からあらゆる手段を動員してそうして国を守らなきゃならないといったようなそんな問題ではございません。我々は、経済交流はあくまでも経済交流として行うべきである。今日、アメリカのしり馬に乗りまして、カリブ海の援助に乗り出したり、あるいはパキスタンの援助に乗り出したり、あるいはトルコの援助をしたりというようなことは日本の将来にとって決してよいことではない、このように思うのであります。  第十番目、したがいまして、我が国防衛国家政策全体に占める優先度というものは決して高いものでなございません。今日の極めて窮屈な財政状況の中では無理してまで防衛費を突出させる必要は全くない、このように考えます。したがいまして、GNP一%のこの制約というものは我々の安全保障、これは防衛政策の重要な一つの柱として今後とも守っていくべきだ、このように考えます。  以上、時間を若干超過いたしまして申しわけございません。説明の足りない点は午後の質疑の際に申し述べたいと思います。  どうも御清聴ありがとうございました。
  8. 植木光教

    委員長植木光教君) ありがとうございました。  次に長谷川参考人にお願いいたします。
  9. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私は、大学で憲法の勉強をしているものですから、憲法の立場から見た日本における平和の確保という問題を少しお話ししてみたいと思います。  私は、憲法の勉強をしているその仕方、いろいろな憲法問題を扱っているのですけれども、特に戦前戦後の日本の憲法の歴史などについても研究をしたことがありますので、そういう観点からきょうの問題を扱ってみたいと思います。  同じ憲法の研究といっても、かつては、憲法の問題は一国内の民主主義の問題を対象にする、そして国際的な平和の問題は国際法が扱う、そういう学界の中には伝統があったわけですけれども、第一次大戦ごろから、特に最近では、例えば、もう亡くなりましたけれども、フランスにゲツェヴィチという有名な憲法学者がいますが、この人が「憲法の国際化」あるいは「国際憲法」という表題の本を書きまして、その本の中で、今や憲法は国内の民主主義の問題だけではなくて、国際的な平和の問題も扱うようになった、そういう意味でそれぞれの国の憲法が国内の民主体制の確立と同時に平和の問題を扱うようになったという、世界的な憲法の歴史の傾向について述べている点がありますが、きょう私がここで憲法の立場から平和の問題をお話ししたいと思うのは、そういう今の憲法の学界での一つの傾向でもあると思っています。  そこで、第一の問題は、現在日本国憲法が採用している平和主義の問題がどのようにして成立したのかという、若干憲法制定の背景になる問題を指摘したいと思います。  その背景の第一は国際的な背景で、これはもう皆さん十分御承知のことで、今さらここで言う必要もないくらいなのですが、一応確認のために申しておきますと、日本国憲法の平和主義の問題は、これは諸外国の憲法に比較してみますとやや特殊な性格を持っていることは、皆さん承知のとおりです。なぜ特殊なかなり徹底した平和主義を憲法が採用しているかといえば、その前提になっているのはこういうことだと思います。  第二次大戦という戦争の経過を見ますと、日本敗戦によって受諾したポツダム宣言が示していますように、戦勝国の中心はアメリカ、イギリス、ソ連中国、この四カ国が中心になっております。そうして、この四カ国が中心になって戦いに勝ち、日本は敗れたわけですけれども、この米英ソ中という四カ国を見ればわかるように、社会主義の国と資本主義の国が共同して同じ目的のために戦争するという事実、またヨーロッパの国とアジアの国が共通の目的で戦争を共同して行うという事実、すなわち日本国憲法が制定される前提になっている国際的な条件というのは、資本主義と社会主義という体制を超え、アジアとヨーロッパという地域を超えてある共通の目的のために国家が連合して戦争をしたという、しかもその戦争が成功したという事実が背景になってこの憲法ができているということを私は改めて確認する必要があると思います。  すなわち、今日宣伝されているように、社会体制が異なる国家というものは永久に対立し、常にそこに戦争の危機があるような宣伝が多くされておりますけれども、憲法の前文を見ますと、第二段落のところで、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」というふうに述べてありますが、「平和を愛する諸国民」というのは、社会体制を超え、地域の違いを超え、文化の違いを超えて存在するものというふうに憲法は考えています。しかも、憲法がそう考えているのは決して理想主義的な意図の表明ではなくて、現実的な背景を持ってこういう規定を置いたのだというふうに私は考えているわけです。したがって、日本国憲法の平和主義を考える場合には、そういう可能性、当時のそういう現実性があったということをまず確認しておく必要があるかと思います。  それから、この憲法ができる国内的な背景を申しますと、この憲法の平和主義は、日本国内に内在している戦争を引き起こすような原因をどうやって取り除くか、これがこの憲法の平和主義の前提になっております。すなわち、この憲法の平和主義が確立するためには、それ以前に、これは占領中ですけれども、幾つかの戦争原因というものが除去されて初めてこの平和主義は現実性を持ったというふうに私は考えています。  例えば第九条でありますけれども、この第九条がなぜできたのかということについてはいろいろな研究が既にたくさん発表されておりますし、私自身も著書で書いたことがありますが、事実として明らかになっていることは、よく言われる幣原・マッカーサーの会談でこの第九条ができたということが言われますが、幣原氏の場合には、いわゆる当時の言葉で言えば国体を護持する、すなわち天皇の制度をどうやって残すかということに関心がありましたし、マッカーサーの場合には、天皇を占領政策にどのようにして利用するかというそういう意図があって、その意図は合致したわけですけれども、しかし当時の国際的な世論は、戦争裁判がこれから遂行されようとしているときに日本国憲法の第一章に天皇を残すなんということは、これは中国にしましても、オーストリアにしましてもまたアメリカ自身にもそういう批判が大変ありましたので、天皇という制度を憲法に残しても絶対に日本が再び軍国主義化しない保障として第九条、すなわち一切の戦力を放棄する、一切の戦争をそのことによって否定する、そういう条文ができた、すなわち日本国憲法の徹底した平和主義というものは天皇の制度が残っているということと関連があるという、これは事実ですから、よしあしの判断はそれぞれ人によって違うと思いますけれども、事実を指摘しておきたい。  それから、次の問題は、戦争原因を除去することによって初めてこういう徹底した平和主義ができたと言いましたが、どういうことが戦争原因と思われていたかというと、一つは明治憲法のもとにおいて、憲法によって制約されない国家機関が日本戦争政策を決定し、執行したというそういう事実です。天皇自身がこれは明治憲法によって事実上ほとんど拘束されていませんけれども、天皇自身が主宰者になって行われた御前会議という皆さん承知の国家機関がございますが、御前会議というのは権限も組織も機能も何の法律もありませんし、何の憲法に規定もないし、名前さえ憲法には出ていません。そういう全く憲法によって制約されない、何というのでしょうか、国家機関が戦争政策を決定した、これはさすがに極東軍事裁判で外国の検察官は驚いて、なぜこういう憲法外の機関が戦争を決定したのかということについて疑問を呈しているところがありますけれども、こういう問題、特にまたその御前会議もそうですが、それと並んで、いわゆる統帥権の独立、これも研究者によれば、明治憲法の十一条は統帥権の独立を実は意味しているわけでないのに、無理にそういう理屈にしたのだという研究もございますけれども、ともかく統帥権の独立によって特権が認められていた軍部が御前会議を動かし、その決定を執行する。要するに戦争政策の決定も、その執行も憲法とかかわりのないところで行われていたということが、新しい憲法をつくるときにそういう戦争原因の除去ということで非常に注意深く排除された、こういうふうに私は考えています。  それからもう一つ戦争原因は、特に昭和の初期の恐慌以来のことですけれども、日本の農村の貧困――前田参考人のお話にもございましたけれども、農村の貧困ということが日本の昭和の十五年戦争一つの非常に大きな原因になっておりますので、これを取り除くために農地改革というものが行われました。しかし、この農地改革の成果が一体日本の農村を今日どういう状況に置いているのか、これはまた新しい問題でございますけれども、農村の貧困というものがもし続くならば、これが戦争原因になるということは、過去の日本の経験が示しております。  それから次の問題は財閥の解体という問題がございます。  そのように天皇の制度とか、憲法外の国家機関である御前会議であるとか、あるいは統帥権独立によって保障された軍部であるとか、こういうものをなくすとか、農村の貧困をなくすとか、あるいは軍需産業を独占していた財閥を解体するとか、そういう占領中に行われたいわゆる戦後の民主化があって初めて日本国憲法の第九条平和主義というのは現実的な意味を持ち得たというふうに私は考えています。  したがって、こういう国際的な背景、あるいは今私が述べたような国内的な条件が徹底して今日まで残っていれば、今私たちがこのような形で平和の確保なんという問題を問題にする必要もなかったかもわかりません。しかしそれが、理由はともかくとして、いつの間にかそういう憲法をつくったときの現実的な条件が、戦後強化された点もありますけれども、崩されている点もあって、今私たちはこの平和の確保の問題を問題にしているのじゃないかというふうに思っています。  それから次の問題は、日本国憲法と平和の確保というものはどういう関係にあるかという問題です。  今日、既に言いましたように、私の考えではどんな防衛政策でも、また平和政策でありましても、政府が行おうとしている政策は常に憲法に基づくものでなければいけないというのが日本の憲法史の経験だと思います。よく憲法よりも国家の存続が大切だというような俗論がございますけれども、しかし日本の憲法の歴史は、憲法を無視したことによって国家が解体していった。すなわち大日本帝国の死滅というのは、まさに明治憲法を無視したということ、また近代憲法の原則を無視したというところに一つの大きな原因があるというふうに私は考えています。  したがって、これから私たちの考えることは、今の憲法の命ずるところ、また憲法の普遍的な原則の中で政策の立案というものは考えなければいけない。特に日本国憲法は前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、」というふうに、すなわち全世界の国民自身はだれも戦争を望んで戦争に行きたいと思う者はないのだけれども、特定の政府の行為によって戦争というものは起こるのだというふうな、そういう判断に立っておりますから、今私が述べましたように、政府政策立案する場合に常に自分の地位を規定し、自分の権限を決めている憲法自身を無視したり、軽視したり、曲げて解釈するということがないというのが日本国憲法の立場から見た平和確保の大前提だと思います。  それから日本国憲法の平和主義は、第九条という皆さん承知の一切の戦争と戦力を放棄した規定を持っているだけではなくて、その裏側に、消極的な形ですけれども、例えば憲法の第三章の「国民の権利及び義務」のところで兵役の義務というものを削除している。兵役の義務という規定がないということは、消極的な形でありますけれども、第九条で戦争を放棄しているということと見合ってできているのであって、また例えば、明治憲法の非常人権の規定がないということは、ないということだけに意味があるのじゃなくて、これはなくしたのであって、要するに明治以来持っていたものをなくしたという、規定の仕方は消極的ですけれども、内容からいうと積極的な意味がある、これも第九条と関連しておりますし、また表現の自由を大幅に認めているということや検閲を禁止しているということも、軍隊がない、戦争を放棄しているということと非常に深い関係があります。  したがって、一部の憲法改正論者のように、何か抵抗の多い基本的人権のところは余り手をつけないで、憲法九条だけを直そうというような意見もありますけれども、これは一つのごまかしの議論で、九条に手をつければ基本的人権に全面的に手をつけざるを得ないのがこの憲法のつくり方であって、日本国憲法の平和主義は、第九条を中心にし、基本的人権の規定その他憲法全体に浸透している、そういうふうに私は考えております。  ところが、憲法運用の実態は皆さん承知のように、占領が終わりますと日米安保条約というものをつくって、そしてその安保条約が、一九五二年から六〇年まで旧安保条約が続いたわけですが、この安保条約の前文を見ますと、日本は武装解除をされている、すなわち日本には軍隊がないという前提でできているのは御承知のとおりです。したがって、軍隊がないから、しかも世界には無責任な軍国主義の国があって、侵略してくるかもわからないからアメリカ軍にいてもらうのだということが前文に露骨に書いてございます。ということは、まだ一九五二年から六〇年の間は日本国憲法のもとでは軍隊は持てないのだという前提で政治が行われていた、占領中はもちろんですけれども、行われていたということを示しております。  ところが、六〇年に安保が改定されますと、今日の言葉で言えば総合安保と言うのでしょうか、日米の軍事協力関係を中心にして、経済的、文化的、全面的な日米の協力関係基本にして日本の国策が決定するという方向に進んでいきますし、特に七〇年代に入って一九七八年に福田内閣の閣議決定を経た「日米防衛協力のための指針」、いわゆるガイドラインというものが設定されますと、これは何といいますか、六〇年に安保が改定された以上に実質的な意味では安保の再改定と思われるような意味を持ってきたのではないかというふうに私は考えております。  このガイドラインについて本当は詳しく説明をしたいのですけれども、時間がございませんので中身は省くとして、このガイドラインの文書の前のところに「前提条件」としてこういうことが書かれていることに私はいつも注目しております。「前提条件」の第一として「事前協議に関する諸問題、日本の憲法上の制約に関する諸問題及び非核三原則は、研究・協議の対象としない。」というふうに書いてあります。すなわち、安保条約の第六条に基づいてございます交換公文、それから憲法の第九条、非核三原則というものをもし考慮したら、ガイドラインで設定したような内容なんというのはとても討議できるものではないということをこれは非常にはっきりと示している文書だと思います。ガイドラインは皆さん承知のように、日米協力して、ソ連と全面的な核戦争を起こそうとするときに、戦時においてどういう任務分担をするか、有事においてどういう協力をするか、平時においてどういう準備をしておくかということを、日米の軍事専門家が協議して決めたものですから、これを討議するのに、軍事機密に関する例えば核装備というようなことが事前協議の対象になったのではとてもできない、あるいは憲法の第九条を幾ら曲げて解釈しても核戦争を行う準備をするのに九条が役立つはずはありませんし、また非核三原則が邪魔になることはもう既に国会でもいろいろな観点から討議されていることだと思います。  そのように、旧安保条約から安保が改定され、またガイドラインが設定されるというような過程で、日本防衛政策といいますか、平和確保のための政策は、どんどん憲法の精神あるいは憲法の規定あるいは憲法の原則から離れていってしまっている。しかも、それは政策として政治的に離れているというだけではなくて、もうかなり長い年数を経ておりますから、今日では、私の言葉で言えば日本の法体系といいますか、法のシステムというものは、憲法、法律、命令というシステムと、安保条約、地位協定、特別法という別の法体系と、二つの法体系をもって日本政治は運用されているというふうに言わざるを得ない。  しかも、基本法が二つあって、安保条約と憲法は、詳しくは申しませんけれども、原理的にも、内容、規定からいっても正面から矛盾しておりますから、矛盾、対抗する基本法を持った二つの法体系があれば必ずそれが交錯するところで紛争が起こるのは当然のことです。どういう紛争が起こったかは今申しませんけれども、こういう国内に法律の上から見て正面から矛盾するようなものが存在して、それが現地で、例えば基地の周辺で、あるいはその他いろいろなところで矛盾を起こしてそこで事件を起こしているとすると、まさにこのこと自体が日本の平和を撹乱する要因になっているのじゃないかというふうに私は思います。  今、前田参考人が安保条約は有害だと言いましたけれども、私は法律家として、こういうものがあって、しかもあるだけではなくて、地位協定があり、特別法までやたらにつくって、それがまともの憲法、法律と矛盾するために大変法律的な紛争が起こって、それがすべて裁判所に持ち込まれて裁判所を悩ましているという、こういう状況こそが平和の確保にとっては大変なマイナスをつくっているのではないかというふうに感じているわけです。  そこで最後に、もう時間もありませんのでまとめに入りますけれども、日本国憲法と最近のいろいろな政治問題を若干私の関心のあるところで述べておきますと、一つは核兵器の問題です、核の問題です。  今、日本だけではなくて、国際的にも大変NATOへの戦域核兵器の配備をめぐって核兵器に反対の声が強くなっておりますけれども、日本では特に広島、長崎という原体験があるために核兵器に対する反対の世論は強いし、また特に最近ではアメリカの第七艦隊にトマホークが配備されて、その配備された軍艦が日本にやってくるというような状況の中で、どう考えても憲法の第九条のもとで憲法に適合的に核兵器が存在し得るというふうには私には考えられません。国会で表明された政府の見解では、核兵器というものは憲法違反ではない、ただ非核三原則というものを我々は持っているから、あるいは核拡散防止条約というものをわが国は批准しているから、だから核兵器は持てないのだというようなことを述べておりますけれども、私は核兵器がこの憲法の平和主義の枠の中で持てるというふうには考えておりませんし、それはまた学界の多数説であると思います。すなわち、核の問題を考える場合に、憲法の観点から言えば非核三原則政治的な原則であるだけではなくて、むしろこれは国会で立法化する必要があるのではないかというふうに感じております。  それから次の問題は、日本国憲法のもとでは非同盟中立という、今日では国連加盟諸国の中では多数の国家の意見になっているこの非同盟中立政策こそが憲法の平和主義の政策、平和主義に非常に合致しているのではないだろうか。したがって、日米安保条約があるというこれを、既成の大前提にして平和の確保を考えるということになれば、平和の確保という政策の選択の幅が大変狭くなってしまう。しかしどれを選択しても学界の多数、憲法学者の大多数は憲法違反だと言う、そういう条件の中で本当に日本の平和が保てるのかということを考えますと、私は日米安保条約というもの、これは変え得るものだし、また十年たって固定期間は過ぎているわけですから、これは変えるという前提のもとにそれ以外の平和確保のための外交政策というものを、例えば不可侵条約の問題とか非核地帯の設定の問題とかあるいは集団的安全保障にしてもそのあり方の問題とかいろいろな点を考えることが今日必要なんではないだろうかということを思います。  また、特にこれは教育の問題とも私は大学におりまして感ずるんですけれども、仮想敵をつくって日本外交政策なり防衛政策を考えるということは非常にわかりやすいのですけれども非常に危険がある。特に、私いままでずっと憲法の第九条の勉強をしておりまして、旧安保条約の時代は仮想敵はソ連中国、北朝鮮というふうに社会主義国が全部仮想敵であったんですね。無責任な軍国主義と指摘したのはこの三国が中心であったのですが、それがいつの間にか今日ではソ連だけが悪者になってしまう。しょせん社会主義国全体を敵視する、あるいは今日のようにソ連だけを敵視するということは、要するにそこに目的があるというよりも、日本の再軍備を進めるあるいは軍備を強化するあるいは国民にそれを納得させるための一つ手段にしかすぎない。何の科学的の根拠も私にはないと思われます。そうでなければ、なぜいつの間にかこういうふうに変わってしまうのか説明ができない。だから、そのときそのときで俗耳に入りやすい仮想敵をつくって、そうして日本の重大な国策を決定するというやり方はやめにしないと、憲法というものをつくってそこで平和主義の原則を確立したことの意味がなくなってしまうのではないだろうか。  また、特に、最近の新聞などでもしょっちゅう私たち読まされています国家予算の決定に当たって、軍事費を突出させて、しかも突出するだけじゃなくて、軍事費をふやすために何が減らされているのか。例えば私自身のことで言えば、教育費の問題であるとか社会保障の問題であるとか、先ほどの農村との関係で言えば、生産米価は低いけれども消費米価は高くなるというような米価の問題であるとか、そういう生活費、一連の国民生活の問題が、仮想敵をつくってそれに従って突出させている防衛費のために毎日毎日の生活は切り詰められているというようなことを考えますと、どうも憲法の平和主義の原則あるいは憲法第九条で戦争放棄をしたために現実性を持つようになった基本的人権、これは表現の自由から始まって教育を受ける権利とか生存権とか労働者の基本権とか、せっかく現実性を持ったその基本的人権が逆に非常に抽象的な言葉の上だけの現実性のないものにさせられてしまっている現状を見ますと、私はもう一度やはりこの際憲法の原則に立ち戻って考える必要があるのじゃないかというふうに感じております。  大体三十分になりましたので終わります。
  10. 植木光教

    委員長植木光教君) ありがとうございました。  次に、田久保参考人にお願いいたします。
  11. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 田久保でございます。  民主政治、民主主義というのは、言論の多様性を認める制度でありますが、私、これは大変貴重な制度だと思うのであります。ただし、右か左か、これは私はイデオロギーの問題と思うのでありますが、国を守ることについて正反対の意見がこれほど存在することは、大変不思議だと思うのであります。実は前田参考人、長谷川先生、私尊敬している両先生でありますけれども、これから述べます見解はいささか違う角度から申し上げたいと思いますので、御了承願いたいと思うのであります。  軍事力を持つ、あるいは防衛でございますが、これはすべて相対的な問題ではないかと思うのであります。つまり、軍事介入がないという一〇〇%の保証がない、いささか危険がある、そのために防衛政策が必要になる、こういうことでございます。この危険があれば、これを芽のうちにつぶすあるいは危険が生じたら、これを外交措置で何とかする、最後の最後の手段として防衛というものが問題になるわけであります。ただし、この最後の手段防衛というものは、国家の存立過程からこれはなくてはならないものだというふうに私は思うのであります。  それから今の、突然ショッキングなことを申し上げますけれども、日本防衛政策でございます。選択が幾つか理論上は考えられると思うのであります。私理想は、はっきり申しますけれども、武装中立だと思うのであります。これはアメリカソ連中国あらゆる国と平和外交をやり、いざというときには武装を持っていると大変な軍事力になる。ただし、これは私は不可能、いまの段階では不可能だと思うのであります。また、そういう必要もなかろうと思うのであります。この武装中立をやるのであれば第一経済がどうなるか。いまGNPの一%以下でございますが、ここでも大問題になっている。これを二〇%、三〇%と何十年間続けるということになると、一体どういうことになるのか、国民もなかなかこれを認めまいと思うのであります。  それから武装中立の前提はきちんとしたシビリアンコントロールであります。このシビリアンコントロールは単なる背広ではなくて、軍事問題に精通した、しかも哲学、見識を持った大政治家がいなければいかぬと思うのであります。さらに、日本が今の状態で武装中立をすれば、周辺国家にいかなるインパクトを与えるか、こういうことを考えますと、周辺国家だけではなく、アメリカに対しても大変なインパクトを与える。アメリカが第一これに対して大変な反発を示すであろうということでございますから、まず第一のオプションはルールアウトしてよかろう、こう思うのであります。  次に、非武装中立てございます。これは大変いろいろな議論が最近盛んになっているわけでございます。特に中曽根政権成立以後、石橋社会党委員長の御意見もありまして、大変この議論がかまびすしくなってきているということでございますが、結論から申しまして、私の立場では非武装中立というのは、これはとらないということでございます。世界に例を見ない意見でございますね、これはとらぬということでございます。  三番目でございますが、アメリカ以外の国と結ぶ。例えばこれは荒唐無稽と思われるのですが、日ソ安保条約とか日中、日韓とか、いろんなコンビネーションがあると思うのでありますが、これも常識で考えまして、今のオプションにはなり得ない、こう思うのであります。  最後のオプションでございますが、日米安保条約、これはせざるを得ない、容認せざるを得ない、こういうことでございます。なぜであるかは、これはもう戦後の歴史的な関係ということがございます。それから経済アメリカと手を切って日米関係が悪くなって日本経済が成り立つかどうか、こういうことでございます。  それから最後に、最も重要な問題でございますが、いろんな保険屋さんにかかっている。中国ソ連アメリカ、いろんな保険屋がいるわけでありますが、日本が独自で自分の安全を守れないとするのであれば、一番安全な保険屋にかかる以外はないだろう。これは西側の盟主と申しますか、いわゆる西側陣営のリーダーであるアメリカと手を結ばざるを得まい、こういうことでございます。これがそろばん勘定で最も経済的で、今の日本の置かれた立場では現実的で、しかも確実、安全の確度が高い、こういうことだと思うのであります。  以上のようなことを申し上げた上で、西側一員、つまりアメリカと結ぶということは、アメリカ欧州諸国、先進工業国と結んでいる。アジアでは日本と結んでいる、あるいは韓国、いろんな国と結びつきを持っているわけでありますが、日欧というのは、これは三角形の底辺でありますが、結びつきは余り強くない、希薄であります。ただ、日本は米欧と組まざるを得ない。西側というのは、私ははっきり言うと先進工業国の結びつきだと、こういうふうに思うのであります。  実は私、レーガン政権が登場する前にアメリカのある研究所にいたわけでございますが、そこのある研究員でございます、いま実はレーガン政権の高官になってしまったわけでありますけれども、彼が、西側一員でこういう説明をしたことがございます。つまり野球に例えたわけであります。ソ連チームとアメリカチームが対峙しているわけである、野球をやっているわけである。今から二十数年前でございますが、アメリカにはジョン・F・ケネディという剛球投手がいた。三球三振で当時のフルシチョフ、これは一九六二年、例のキューバ事件を言っているわけでありますが、フルシチョフを三球三振で打ち取った。以後、二年後にブレジネフが登場いたしまして、十八年間、ソ連を大変なチームに仕立て上げてしまった。第一級の超軍事大国に仕上げてしまった。その間にアメリカが二つの大失敗を犯した。一つはベトナム戦争である。第二は、これは二十年前にアメリカ人がたれ一人想像もしなかったほどアメリカ経済ががたがたになってしまった、こういうわけでございます。したがって、西側一員としてNATO諸国あるいは日本に守ってもらわなければいかぬ。ところが日本から来る総理大臣は、例外なく西側一員であるとワシントンで言うが、帰るとどうもこれがうやむやになってしまうということでございました。私は、このときには大分この人とけんかをしたわけでございますが、実は基本的には認識は一致しているわけでございます。  西側一員としてみんな、つまりバッターを見ているわけでありますが、日本だけは正当な、つまりチームの一員としての交際費を払っているかどうか。この点に関しましては、私は甚だ疑問に思う。  この西側一員というのは一体何かということでございますが、例えばショートストップを日本が担当する、これは経済あるいは政治、あるいは軍事、ここで一つの役割を果たさなければいかぬだろうと思うのであります。  軍事は、これは冒頭に申しましたように、日本で正反対の意見がある。国を守るか守らないか。これはイギリス労働党左派でも、核配備をするか、認めるか認めないか、大いに議論がありますけれども、イギリスの国防について、これをやらなくてもいいという議論はないと思うのであります。ここのところが日本がどうも大きく開き過ぎているということでございます。  したがいまして、経済政治防衛――防衛のところはちょっとおくといたしまして、金で解決のつく経済であります。これは必ずしも西側一員としての役割を果たしていないのではないか。例えば、パリのOECDの下のDACであります。今、ただの金は十七カ国中十四番目か五番目である。ところがGNPのパーセンテージを掛けておりますから、必ずしも額でいいますと恥ずかしいものではないかもしれませんが、OECDのDACから絶えず毎年のように日本に対する非難が行われているということでございます。大変私は恥ずかしいことだと、こういうふうに思うのであります。つまり、金で片のつくことに十分な役割を果たしていない。もう一つ、利子のつく金でございますが、これは十七カ国中最も質の悪い援助をやっているということでございます。今回の予算で九・五%ほどODAは実現したわけでありますが、私はこれでも少な過ぎるのではなかろうか、このかなりの部分が利子補給とか赤字の穴埋めに使われているということでございます。この点はさておくといたしまして、経済の面でも西側一員としての役割を果たしていないではないか。  二番目、政治の面であります。  これも口で言うだけでございまして、政治的に何をやったか、これは甚だ恥ずかしいと思うのであります。つまり西側一員としての役割がまだ足りないと私は思うのであります。  そこで、西側でございますが、いい例はサミットだと思うのであります。これは先進工業国――米、英、仏、独、伊、日本、カナダあるいはECが入ります。七カ国のサミットでございますが、一九七五年にこのサミットがつくられたわけであります。以後、これはやることが決まっておりまして、申し上げるまでもないことでございますが、経済成長率、通商、通貨、エネルギー、南北問題、こういう経済ばかりを取り上げてまいりましたので、これをエコノミックサミットと言っているわけでございます。  ところが、これがだんだん変質してまいったわけでございます。これは一九七九年十二月二十七日、例のアフガニスタン事件でございますが、その翌年にイタリアのベネチアで開かれましたサミットでございます。ここではエコノミックサミットから若干色合いの違った宣言が採択されているわけであります。つまり国際テロの問題、これは当時イランの人質の問題がございました。それからアフガニスタンからの撤兵を要求する宣言、こういうものがつけ加えられましたので、エコノミックサミットが私は政治サミットになり始めたという診断を当時下したわけであります。  この後、カナダのオタワで開かれたサミットであります。これはトルドー首相が政治声明というものを出したわけであります。ここでソ連脅威と決めつけた、こういうことでございます。  その後でございますが、フランスでおととし開かれましたサミットでございますが、ここではソ連に対する天然ガスのパイプライン、あの設備等に対する輸出規制をレーガンが強く唱えまして、フランスのミッテランがこれに反対する。この議論は単なる経済の論議ではなくて、政治あるいは安全保障にかかわる問題だろうと思うのであります。レーガンの言い草、これは必ずしも当時私は賛成しなかったわけでございますが、この施設をソ連に提供すると天然ガスのパイプラインが西側に出てきた場合に、年間百億ドルの金がソ連のポケットに入る、これが軍事に転用された場合に恐ろしいことになるということで彼は反対を唱えたわけであります。フランスで開かれましたサミット、これも私は純然たるエコノミックサミットではないというふうに思うわけであります。  それから今回、つまり去年でございますが、ウィリアムズバーグ・サミットは経済サミットとは申せ、最大の目玉はSS20の問題だったのではなかろうか、こう思うのであります。  戦後の日本の総理大臣といたしまして、安全保障をエコノミックサミットの場で論じた人はいなかった、中曽根首相一人であります。この評価はさておくといたしまして、日本は好むと好まざるとにかかわらず、経済政治、軍事、こういう西側一員である限りこれを論ぜざるを得ない、こういうところに、だんだん入ってきている。ここで私は西側一員としての自覚が必要であろう、こう思うのであります。これが嫌であればサミットを脱退しなければいかぬであろう。サミットを脱退した場合に、日本の生きる道はあるのか、これは大変なことになるだろうというふうに思います。私は、サミットが大変重要な場になってまいった。大きなX軸、Y軸の中で、日本が占めているポジション、これは明瞭だ、こういうふうに思うのであります。  今申し上げたことから、西側一員として巻き込まれ論というのがあるわけであります。私は、こういうところからすると、腰を落ちつけて、巻き込まれていないと日本の安全は危ないのではなかろうか。これからさしたる計算なしに飛び出すと、えらいことになるのではなかろうか、こういうふうに思うのであります。  そこで、少し論点を変えたいと思うのであります。  先ほど抑止論という問題が出たわけでございます。私は抑止理論をここで申し上げるという、そういう専門家でもございませんが、つまり今の国際情勢全体の中で日本を考えますと、硬軟両様の構えといいますか、一つ抑止、大きな力というものがあって、その反面で交渉あるいは平和的な話し合い、こちら両方を見ていないと単眼になってしまう。何と申しますか、ダブルトラックと申しますか、そういう両面を頭に入れておかないと日本も今後の進路を誤るんではなかろうか、こう思うのであります。  今の国際情勢で私は最も重要なのは中距離核戦力の問題、削減交渉の問題である、INFの問題だと思うのであります。この点につきまして若干触れさせていただきたいと思うのであります。  実はこのSS20、中距離核兵器が配備されましたのは、これは日本では七七年と言われておるわけでありますが、私の調べたところでは七六年からソ連欧州部に配備が開始されている。これで当時最も頭を痛めましたのはドイツの社会民主党のシュミット首相であります。彼は大変これに対処するために悩んだわけであります。これを無視するのか、抗議するのか、あるいは自分で核を持つのか、四番目はアメリカの核を持ってきて向こうの核を中和する、それに基づいてソ連に対して徹底的な平和外交をやるんだというようなことを彼は考えたわけであります。一九七七年、その翌年でございますけれども、ロンドンのIISS、国際戦略研究所、これは初代の所長がアルステア・バカンという人であります。このバカン記念講演会というものをIISSは毎年一回やっているわけであります。世界の戦略家と言われる人を毎年連れてまいりまして、ここで記念講演をさせるわけであります。この間亡くなりましたレイモン・アロンとかキッシンジャーがここで登場したわけでありますが、七七年にこのアルステア・バカンで演説いたしましたシュミット首相は、現在の国際情勢は恐怖と平和が共存しているんだよ、平和だけを求めて恐怖に目を向けない、これはおかしいのではなかろうかと。彼は恐らく地獄の底を見るような思いで悩みに悩んだ結果、バカン演説をぶったと思うのであります。脅威に真正面から対抗する、同時に西ドイツ外交、社民党外交は平和を求めて進むのだということをここでぶったわけであります。その後ボン・サミット、その後東京サミットが開かれましたけれども、そこで日本の総理大臣にシュミットがいろんなことを聞いたわけでありますが、ここで満足な答えが得られなかったというのは、私は日本が核に対して、非核三原則も大いに結構でございますが、勉強だけは怠ってはならないにもかかわらず、大した勉強をしなかった、そういう結果だと思うのであります。  そこで、アルステア・バカン演説でシュミットが示した下敷きでございますが、これはアメリカにシュミットは要求するわけであります。ところが、アメリカは潜水艦発射ミサイルその他を持っているので、西ドイツその他五カ国にパーシングH巡航ミサイルを配備する必要はないということで逃げるわけでありますが、シュミットの説得にカーターも納得いたしましてOKする。これは一九七九年十二月のNATO理事会におけるいわゆるダブルトラックの決定でございます。西ドイツ、オランダ、ベルギーそれからイタリー、イギリス五カ国にパーシングⅡ巡航ミサイルを配備する、同時にソ連と徹底的な軍縮交渉を行うのだということでございます。つまり、これは横綱同士のどうも力の差があり過ぎる、これをとんとん水が入ったような状況にしておいて一段二段と話し合いをして軍縮の方向に持っていこう、こういうことだと思うのであります。つまり、この考え方というのは私は今の国際情勢の中の支配的な考え方であろう、こう思うのであります。  先ほどちょっと触れましたように、私はレーガン大統領、必ずしもいい感じは持っていないわけでございますが、彼が一九八二年、二年前の五月、あれはユリイカ大学――日本語ではユーレカ大学と言っておりますが、ユリイカ大学で演説いたしました彼の対ソ政策、これはまことに見事な政策だというふうに今でも信じているわけであります。  どういうことかと申しますと、五本の柱からなっているわけであります。  まず第一が力のバランスを保つこと。それから二番目、これは先ほどの天然ガスのパイプラインの問題でございますが、ソ連経済的なある限度以上の力をつけさして、これが軍事に転用されることを極力防ぐ。つまり経済であります。三番目、第三世界において不安定な地域をなくす。不安定な地域があったところに必ずソ連影響力を伸ばしてきた。一九七五年以降七九年までの国際情勢を眺めてみると、これは自明だと思うのであります。これが三番目であります。四番目が軍縮の勧めでございます。それで五番目、これは対話。あらゆるルートを通じて対話を行うのだと、こういうことを言っているわけであります。  以上五つの柱の上の二つでございますが、これは大変強い政策であります。クレムリンに対して大変厳しい強力な、硬軟の便の方の政策を推し進める。傍ら四番目と五番目の政策でありますが、軟の政策であります。これはNATOのダブルトラック、先ほど申し上げました七九年十二月のダブル・トラック・ポリシー、これを理論化したものであろうと私は思うのであります。こういうことでございますから、一方的な軍縮、私は軍縮は大変いいことだと思うのでありますが、一方的な軍縮ではなく、反面に力を伴った政策がなければ、今の国際情勢では意味をなさないということを申し上げたいわけであります。いろいろ申し上げることがあるのでございますが、あっという間に時間がたってしまいました。  そこで、日本立場でございますが、先ほどちょっと申し上げましたように、例えば今のSS20の問題にしましてもシュミットが気がついたときに日本は気がついていたか一気がついていなかったわけでございます。これは去年の一月でございますか、西ドイツ、ドイツ社民党のフォーゲルという首相候補がモスクワに参りまして、先ごろ亡くなったアンドロポフ書記長と話し合いをした。日本では首脳会談というとミカンとか牛肉等の話が出るのでありますが、西ドイツは野党の首相候補がモスクワに行って、まず最初に取り上げましたのがINFの問題であります。SS20をどうしてくれるかということをアンドロポフ書記長に迫ったわけであります。そのときアンドロポフ書記長は、一部は廃棄する、一部は極東に持っていくという発言をしたわけであります。これが大きく取り上げられまして、日本では大騒ぎになった。その後でございますが、一月、ちょうど中曽根首相が訪米している最中でありますが、グロムイコ外相がボンを訪問いたしましてゲンシャー外相と会った。そのときにグロムイコは極東の地図を掲げまして、この沖縄近辺には第七艦隊が核を持っているんだと。これに対抗するために我々は欧州から一部極東に核を、SS20を移駐させなければいけないということを説いたわけであります。それから去年の四月でございますが、モスクワの記者会見でグロムイコは同様の見解を述べた。これで日本は大騒ぎになったということでございます。  私に言わせれば、この三海峡封鎖、シーレーンあるいはいろいろ日本防衛というものを地域に限定しているわけでありますが、大きく国際情勢全体の中で何を考えなければいけないかと、そういう視点に少し欠けているんではなかろうかというふうに思うのであります。これは何もめちゃくちゃな大軍備をしろと言っているんじゃなくて、一応INF交渉の本質はどうなのであるか、米ソ関係本質はどうなのであるか、その各論として日米関係あるいはそのまた各論として防衛政策がどうなるかというようなきめ細かい検討がなされていないのではなかろうか、かように思うわけでございます。  時間が参りましたのでこれでやめておきますけれども、X軸、Y軸の中で日本が置かれている地位がどこであるか、そこで一番安全な方法は何であるか、こういうことを私は考えなければいけないというのが、きょう私ここに参上して申し上げたかったポイントでございます。  大変失礼いたしました。
  12. 植木光教

    委員長植木光教君) ありがとうございました。  次に、永井参考人から、約三十分程度意見を承りたいと思います。
  13. 永井道雄

    参考人永井道雄君) 午前中大学の授業をやっておりまして、実は、十二時まであるものですから、学生諸君の了解を得て、終わりのところをはしょることにいたしました。そのためにこちらに遅刻をいたしまして、まことに申しわけございません。お許しをいただきたいと思います。  私は、きょうお話を申し上げるに当たって、現在国連大学学長特顧問という仕事をいたしておりますので、その角度から我が国の平和あるいは総合的な安全保障、そういう問題についての私の体験に基づく考えをお話し申し上げさしていただきたいと思います。  実は、この国連大学という案を最初に考えました人は、日本人ではございませんで、一九六九年ですから、昭和四十四年、当時国連の事務総長でしたウ・タント氏が提唱したわけでございます。それで、なぜそういうことになったかといいますと、当時チェコスロバキア事件というようなものがございまして、ソビエト連邦の東欧諸国に対する支配と、あるいは干渉というものが非常に明らかであった。また他方、ベトナム戦争が進行いたしておりまして、これがソビエトだけではなくアメリカもそうですが、米ソの代理戦争であるということは、だれの目にも明らかでございました。そこで、ウ・タント事務総長は、実は事務総見として何度もこの二超大国に対して自制することを勧告されたわけでありますが、十分に効果を生みませんでした。  そこで、一九六九年、昭和四十四年の国連総会国連大学の創設を訴えられたわけでございますが、その理由は、やはりひとつ国連を強化していかなきゃいけない。それで、一つの国の中に政府がある場合、大学というものがございまして、そこでその政府のあり方、こういうものについて研究をしたりして強化をしていく。それと同じように、やはり国連というものがここまできまして、いろんな問題を含んでいるときに、国連大学というものをつくって強化したい。もう一つ、これも国の中の大学と同じでございますが、若い人たちが大学というところには参加をいたしてまいりますから、したがいまして、国連大学に若い人が参加をして、そして長期にわたって効果を上げるようにしたい、こういう二つの理由によって提唱をされたわけでございます。  それで、私は、その翌年から実は朝日新聞の記者になりまして、今そこにおいでになる和田教美さんと当時同僚でございますが、署名入りの原稿を書きまして、いまのような考えを事務総長が持っておられるときに、日本がこれを実現し得る最も有利な立場にある国、経済的にもそうでございますし、またウ・タントさんは、御承知のようにビルマの人でございますから、そういうアジアからの立派な国際的なリーダー、まあ日本にはそういう国際的リーダーはないのですけれども、しかしながら経済的にはそれだけの力もございましょうし、呼応すべきではないだろうかということを書いたわけでございます。  当時総理大臣が佐藤榮作氏でありまして、官房長官が木村俊夫氏でございました。私は、そのお二方にそれまでお目にかかったことがないのですけれども、突然そのお二方からお呼びがありまして、お目にかかりました。それで、お二方ともに、実はあなたが書いたそのウ・タントの考えというのは非常に大事であって、日本もここまで経済成長を遂げた以上、自分たちは国連大学の創設というものに日本政府が力を入れていくことに踏み切りたい、そういうことを言われたわけでございます。平和憲法というものもあり、それが大事であるということから、お二方がそう言われたのだと思います。  ちょうどその年、万博の年でございまして、ウ・タント事務総長をお呼びしておりました。これは政府が呼んでおられたわけでございます。ただ、四月においでになるものですから、あらかじめ日本にその意思があることを事務総長にお伝えしておいてほしいという今のお二方のお言葉がございまして、これは、幸いなことにウ・タント事務総長の秘書課長は、現在国連事務次長でございますが、明石康君でございまして、明石君に連絡をして日本政府にそういう意向があるということを伝えて事務総長に申し上げたところ、事務総長は非常な期待を持って日本においでになりました。昭和四十五年四月十六日でございますが、総理が帝国ホテルで事務総長に対して歓迎の辞をお述べになりまして、万博へおいでいただいたことに感謝されると同時に、予定どおり、あわせて日本国は国連大学本部を首都圏に誘致して、この建設のために主要な役割を果たしたいということを申されたわけでございますので、これは当時の今申し上げたお二方のリーダーシップによって、また国民もこれを支えたものと理解いたしておりますが、できたことでございます。  しかしながら、これは全く新しい大学でありますから、それをどういう形のものでつくり上げていくか、また国連総会の賛成をどうやって得るかということは難しい問題でございまして、日本自分の方から出して新しい機構をつくっていこうという形で国連総会に提案をいたしました、戦後提案をいたしました最初のケースであります。つまり、それまでは議題がほかの国から出てくるのに賛成したり反対したりと、そういうことはやっていたわけですが、これは実はジャパン・マターと国連総会でも呼ばれるようになったわけでございまして、当時の鶴岡大使、安倍大使、小木曾大使、斎藤大使等々大変な御苦労をなさいました。概して欧米諸国は日本がこれを誘致することに反対でございました。その理由はどうしてかというと、日本人は今まで国際的活動をそうやっているわけじゃない、ところがまあ自分らの方はハーバードとかケンブリッジとか長い間何世紀もかかって国際的大学をつくってきている、そこでそういうところで今のようなことを考えればいいわけであって、日本のように余り経験のないところがまあ希望は結構だけれども、実際にやるというのは無理であるということで、賛成を得られませんでした。ソ連邦についても同様でございます。  ところが、百を超えます第三世界の国々が実はジャパン・マター、日本の提案に非常に感銘いたしまして、そして日本という国は経済大国として理解してきたけれども、それは間違いであった、日本にそれだけの決意があるということであるならば我々は支持するということで、たちまち百票を超える票数が集まるということがわかったわけでございます。そういうことがわかったものですから、それに追随をいたしまして先進国も同意することになりましたから、したがって、最終的には満場一致棄権なしで国連大学の設置が決まり、その中心が日本になるということに相なったわけでございます。  ただ、どういう大学をつくるかということについて、これは国連とユネスコでさまざま討議がございまして、難しいことでした。といいますのは、まだ国際的な研究もろくにやったことのない国でございますから、初めから学生を呼ぶというようなことをやるとかえってうまくいかないのではないか、まず研究から発足したらどうかというような注文が先進国からも出まして、結果におきまして一九七五年九月、つまりこれは昭和五十年九月でございますが、渋谷に仮事務所ができましたとき、まず研究機関として発足をいたしたわけでございます。  ところで、初代の学長はアメリカのへスターさんといいましてニューヨーク市立大学学長をお招きいたしたわけでございますが、その理由は何かというと、日本が一億ドルぐらいを拠出する。当時の金ではまだフロートしていないころから提案いたしておりましたので、まあ三百億円ぐらいの見当。しかし最終的には四億ドルぐらい。そうすると大口がほかに入ってくれないといけませんので、日本の非常に親しい国でもございますからアメリカに出してほしいという希望を日本政府の諸君も持ったと思います。ところが、アメリカ合衆国の場合は大統領、国務長官等が三度我が国国連大学に拠金する提案を行いましたが、上院、下院合わせまして三回否決されました。  それは一般的に、我が国を含めまして国際機構に対してアメリカが若干熱が冷めてきているという重要な理由がございまして、昨今皆様承知のようにILOに次いでユネスコをアメリカが脱退をいたしております。そういう雰囲気があった。もう一つは、在米の日系人の諸君が、実は日系人の上院議員でございますが賛成をいたしませんでした。それはなぜかというと、例えば難民の救済その他について日本という国は本当はそんなに誠意を持って国際的な活動をする国ではない、そういうふうにやはり日系の方が言われますと、これは大変な影響力を持つわけでございまして、私はこの件についてマンスフィールド大使ともお話しを申し上げましたが、今イノウエさんなんという方は院内総務として上院で重きをなしておられる方でございますので、こういう方々が、実は日本人が言うほど日本は国際的じゃないですよということでございますと、やはり上院、下院の空気がそのようになったということも否定できない事実であったかと思います。  余り経過を細かく申し上げますと私はその時間がないから少し先を急ぎますが、この話をなぜしているかというと、いろんな抽象的な姿で日本世界の平和への取り組みという議論はできるかと思いますが、実は私は日本政府がつくると言ったこの小さな窓口のところから話をいたしますと、地についた我が国の取り組み方というものがわかるだろうという考え方に基づいて申し上げているわけでございます。  そこで四億ドルの拠金はどうなったかと申しますと、これはインドネシアの学長、それからガーナから見えているクアポンという方、これは財務担当副学長でございますが、世界各地を駆けずり回りまして随分今まで努力をいたしましたが、やっと現在成約額が一億四千万ドルになった。しかしながらこれは成約額でございますので、本当に支払い済みの分は一億二千万ドル強ということでございます。そのうちの九千八百万ドルを我が国が支払っているわけでございますので、したがって今までのところ国際的にお金を集めることに成功したということはちょっと言いにくいわけでございます。ただし、貧者の一灯という言葉がございますが、数から申しますと三十を超える国々が拠出をいたしております。御想像のとおりその大部分は発展途上国であります。さらにまた、その基金への拠金ではなくて毎年運営費と事業費という形で応援をしてくれるところがその三十のほかに十数カ国ございますから、まずもって、世界百六十ほどの国の中で四分の一程度我が国国連大学に相当の関心を持ってくれる段階になったと見てよろしいと思います。財政緊縮で名高いイギリスのサッチャー総理大臣は非常に気前がよくて千万ドルを寄附してくださいました。西ドイツも同様でございます。さらにまた、北欧諸国、これは後で申し上げますが、この事業費というふうな形で非常に熱心に協力をいたしてくれております。  ところが、きょうお招きをいただいたのは非常にありがたいのでございますが、去年の夏ごろから局面が変化いたしました。といいますのは、日本は本部でやっていていいのですが、東京都知事が非常に御苦労くださいまして、そのほかに土地ができた、これは青山車庫でございますが、できた。土地ができましたけれども、まだ建物ができません。そしてこの交渉は、私が顧問としてやっておりまして、私の力不足もございますけれども、財政事情等々これあり、これはもう政府が建てるはずと約束をいたしておりますが、各党の議員の方々あるいは大蔵省の方々などもいろいろ私に理解ある御見解をお述べいただいたわけでございますが、現実において今日まで建物が建っておりません。  そうしますと、余り日本日本ということでやってもらちが明かないのじゃないかというふうに学長、副学長などお考えになりまして、新しい局面を開くことにいたしました。その一つは北欧諸国であります。それでオロフ・パルメ氏が現在再び総理大臣に返り咲きましたが、その前、御承知のとおりパルメ委員会、平和と安全保障に関する独立委員会、これをおととしの軍縮第二次特別総会の一番基本的な報告づくりという考えでやっておられまして、それでパルメさんにお話をいたしますと、日本はいろいろ平和運動が盛んなことはわかっているけれども、事実上どういう形で世界の平和秩序を建設していくかというその国際的な立場を表明しておられない。そこで、自分たちでひとつ行って、国連大学というところが唯一の取っかかりのようだからそこで一緒に会議しましょうということでおととしの十二月七日会議をいたしました。この席においでになる自民党から共産党に至る諸先生方、そのときおいでいただいた方が多いので御記憶と思います。そういう形で北欧が非核地帯をつくっていく。これはその後の軍縮特別総会における報告書にも明らかでございます。そして事実その運動を展開いたしておりまして、北欧にとどまらず、これを西ドイツなどに働きかけてヨーロッパでこれがどういう形で実現し得るか。しかしながら、フィンランドやスウェーデンの立場NATO諸国の立場と違いますから、簡単な結論が出ていないことはもう今までの方々がお話しになったと思いますから割愛をいたします。  ただ、それとの関連で国連大学に新しい局面ができたといいますのは、フィンランドがそういう情勢の中ならひとつ我々の方に国連大学のヨーロッパセンターをつくろう、東京の本店がなかなか発展しないようなら支店の方が頑張りましょうと、簡単に言えばそういうことです。実はフィンランドの場合にそれを言ってくれた人はフランスの大統領のミッテラン氏でございまして、これは鈴木内閣のころのサミットでそういう御発言がございました。その次にオランダも同様の意見を述べました。しかしながら、フランスの場合はそれほど金を使ってあげましょうというところまではっきりした意思の表明がありません。そうするとなかなか実現できない。オランダの場合金額がそれほど多いわけではない。  ところが、幸いなことにフィンランドは来年の四月もう皆様はヘルシンキにいらっしゃいますと、そこに国連大学ヨーロッパセンターという建物もできることになっております。建物も含めまして約百億円、我が国の拠出全体の三分の一程度閣議決定をいたしまして、もう実現をすることに決めました。で、それは世界開発経済研究所というものでございまして、いま発展途上国が苦しんでいることは明らかでございますが、それと先進諸国における経済的な停滞とのかかわり合いがございますから、したがってヘルシンキに研究研修センターをつくりまして、そこに中東やアフリカなどの研修生を年間二百人ぐらい呼びますが、そこの研究者につきましては、たまたまこれまたイギリスのオックスフォード大学が非常な熱意を持っておりまして、いまそこのセントジョーンズカレッジ大学の学長は国連大学の理事会議長もやってくれておりますが、この七月にはオックスフォードで理事会をいたしまして、欧米ないしは第三世界の学者たち、それを動員して、いかにしてヘルシンキセンターを強化するかということが決定されますので、これは相当期待できるものがもう来年動き出すわけでございます。  これに勢いを得まして、アフリカの象牙海岸、ここがすでに五百万ドル準備いたしました。経済的に苦しい国がそれだけ準備してくれたということは非常にありがたいことでございます。で、いまそれとフランス政府、それから世銀が協力して強化いたしまして、アフリカの自然資源、それから海洋資源、あるいは農業関係の資源、さらに鉱物資源等々あるわけでございますが、有史以来アフリカ人はそういう資源を自分たちの発展に活用したことがない。それをぜひやりたい。で、それをいかにやっていくかというようなことについて先進諸国、特に日本の協力を得てやっていく中心の組織、これが象牙海岸にできる予定でございます。これはもう実は建物の方は建ちました。ですから、ちょっとおもしろい話なんですけれども、ひさしを貸して母屋をとられるということがありますが、東京の本部はなかなか建ちませんでも、幸いヘルシンキ、象牙海岸あたりになかなかいい支店ができつつあるわけでございます。  三番目にはラテンアメリカのベネズエラ、ここが生物工学というものを活用いたしまして食糧の増産を図ろうと。これもラテンアメリカ全体に均てんしようということで動き始めておりますが、これはちょっとおくれると思います。  それから、御承知と思いますが、現在太平洋地域における安全保障、軍縮の問題についてオーストラリアの現内閣が大変な関心を持っておられるわけでございまして、すでに国連大学とどういう形で協力していくかということを言われておるわけでございまして、私も三月に参りますが、そういう形でアメリカ政府との関係は先ほど申し上げたとおり、ソ連政府とも先ほど申し上げたとおりでございますけれども、実は相当世界にたくさん与党ができました。そして、アメリカソ連、いずれの場合も学界の人たちは非常な関心を持って参加をいたしてくれますので、パルメ首相が見えましてからその後はアジア地域における安全保障の検討会、この四月には科学技術安全保障の検討会等々を行いますが、これはもちろん北欧に限らず、必ず米ソ、さらに北欧、第三世界みんな参加をしていただける形で進行しているわけでございます。  ここで私は一、二、日本の問題と私が考えていることを申し上げたいわけでございますが、広島にも実は米ソの重要な人に御一緒に来ていただきました。私は片方だけ来ていただくというのは片手落ちと思いましたので両方おいでいただいた。で、聞きましたところ、戦後両方がおそろいでおいでになるのは初めてだそうです。ところが、それに関連して諸外国の方から文句がございますのは、特に国連機構から文句がございますのは、日本は核廃絶とか平和運動というのは盛んなんだけれども、それをやる団体がたくさんございまして、またそれぞれお立場が違いまして、そういう形で国連に働きかけるものだからどうもぐあいが悪い。そこで、永井さんの方でなるべくまとめてくださいというので、おととしの国連軍縮総会のときに随分私は苦労をいたしました。幸いに今までほど広島を舞台に、ここにおいての方々に差しさわりあればお許しをいただきたいと思いますが、原水協、原水禁、核禁会議というようなものがどれが主役かといって争うような様子はもう最近はなくなりました。大変結構なことだと思うのですが、しかしながら四千万人が署名をしたというこの核廃絶運動につきましても実は一番大きいのは二つございまして、一つは革新的な方の団体、これも二千万以上、もう一つは新宗連、庭野さんが中心になっておられる方、こちらはどちらかというと保守的な方、こっちも二千万以上、私は両方にお願いして御一緒にひとつやっていただきたい、それが不可能でございますれば、せめて両方のリーダーは両方の会議に出るというふうにお願いしたわけでございますが、どういうことが起こったかといいますと、その両方の会議に出たのは私だけであったということが出てみてわかって、私はよっぽどお人よしなのかと考えたわけでございます。  そこで、我が国が平和という活動をいたします場合にどうしても大事なことは、これは平和憲法をめぐる第九条の問題あるいは日米安保条約をどうするかという問題、こうした事柄について政治的に違う立場を明確にして堂々と議論をしていくということは非常に大事でございますが、それと核を廃絶する、そして基本的には日本が平和国家として諸外国に対応をしていくということは明確に区別をいたしまして、成熟した国民として対処するという方向を目指さなければ、私は我が国政策に成功がないと考えております。経済大国というものになりますまでにほぼ百年かかりましたので、私は実は諸外国の方々とお話いたしておりますが、平和的な国家、そして相当の文化があるものとして世界史に貢献できる段階まであと百年、その間私たちは努力をするつもりなので、どうか飽きずにお見捨てなくお願いいたしますと、こう申しておりますが、百年というと大変長いことを申しているようですが、まずはそのぐらいの角度で考えたのが日本の実力に合っていると思います。  といいますのは、この平和の運動というのは幾ら国の中でやりましてもそれは国内運動でございまして、署名の数が多かったりするのは結構でございますが、しかし大事なことは、南北朝鮮が分裂しているときに具体的にその間の平和的共存に日本人がどういうふうに貢献するのか、その政策を明らかにして事実働きかけていく能力、あるいは台湾と北京についても同様の問題がございますが、これについて一つの考えを持って対処していく能力、これは理想もございましょうが、スキルといいますか、技能も必要だと思います。外務省の方々も熱心にお働きでしょうが、外務省だけに任せられることでもなく、また外務省にも一層の改善をお願いしなければ到底できる仕事ではないと思います。  さように考えますと、私の考えはウ・タントさんと同じことでございまして、火急の世界の核軍縮、これを政治的に推進いたしていくということは大事でございますが、しかしながら一つの国が本当に長期にわたりまして立派な仕事をしていくときには、どうしても学術の交流とか文化交流あるいは学生の交流、その下敷きが必要でございます。我が国の場合は実力がない上にそれをやっていないわけでございますから、当分このままでやれば実力はつかないと思います。私がそういうことを決して誇大に申し上げているのではない証拠を申し上げますが、我が国は国費、私費を含めまして留学生の数が八千人、これは日本電気、NECという会社がございますが、NECが毎年やっております研修生の数が六千人、我が国経済社会の方は常時三十万人ほどの人が外国で働いて、NECの小林さんなどはローマクラブの委員の一人でもおいでになりまして、大変積極的にそういうことをおやりになっているんですが、大学ということになりますと、一つの会社プラス二千人が日本全体の学生の数という程度の実力であるということを忘れてはならないと思います。こういうものはもちろんアメリカ合衆国のように十万人以上の国というのとは比較になりませんが、イギリス、フランスなど、現在は確かに経済力などでは衰えてはおりますけれども、しかし非常に留学生を受け入れる数も外に出す数も我が国と比較になりません。四万、五万というオーダーでございますので、我が国はやはり一人前の国になるという目標がどうしても必要だと思います。  かつて戦前日本には、軍国主義になったときは困ったものでございますが、明治の初期には現在のヨーロッパ程度のアンビションというものがございまして、日清戦争の後ぐらいには中国から我が国が受け入れた留学生の数が年間一万人ということでございますので、いまの日本人と当時の日本人の、私に言わせれば抱負が、どのくらい規模が違うかという一つの重要な参考になろうかと思います。  学術交流にいたしましてももちろん語学が必要でございます。私は、我が国は語学が大変盛んで、英文和訳とか仏文和訳とかこういうことはよくやります。東京大学を中心にしてそういうことを百年以上やったわけですからよく語学ができると思いますが、現在の話学は何かというと、それだけではなくて英語の文章も書ける、会話もできるということでございますが、私は長くそういうことを主張してきておりますが、しかし御承知の共通一次試験の問題というものを見ますと、英文和訳しかございません。したがって、あの共通一次で一番になっても別に将来の日本に本当に有用な人かどうかわかりません。あれでびりになっても別に決定的に悪いわけではございません。その程度の入学試験制度を変える能力のない国であるというようなこともあわせて考える必要がある。さようなことを考えますというと、私が申し上げた百年ぐらいのめどというのは、大体そう何というか、悲観的なものではないだろうと思います。  ここに一億二千万人人間がいまして、ジャーナリストも政治家も学者もそこにマーケットがあるものですからその仕事をやるだけで忙しくなりますけれども、しかしやはりそこにかまけているということで限度があることを示したのは、我が国の中では経済界の人たちだけだと思います。ただそこだけが突出いたしますとこれは大変アンバランスな国になるわけでございまして、もうそのことはだれより一番よく知っているのは経済界の中で心ある人です。全部経済界の人が心ある人とは申しません。そういう方たちは私などに頑張れ頑張れと言ってハッパをかけてくださいますが、私に力量が足りないということもございましょうが、他方ひとつの体質というものも国の中にある。したがって、大変自分のことにかまけた話し方になりましたが、私はこの平和の問題というものは大平さんが総合安全保障と言われたり、いろいろ日本政策をお示しになりましたが、これをやっていく場合にいろんな理想は言えますし、運動は展開できますが、大事なことは、本当に外に向けて仕事ができるかということにあると考えて小さな仕事をいたしてまいってきておりますので、それに基づいてひとつ参議院において御配慮をいただくということの御参考にしていただきたいと思って、こういういわばちょっと偏った話し方をいたしましたことをお許しいただいて、私の話を終わりたいと思います。  どうもありがとうございました。
  14. 植木光教

    委員長植木光教君) ありがとうございました。  以上で午前中の参考人からの意見聴取は終わりました。午後一時再開することとし、休憩いたします。    午後零時五分休憩      ―――――・―――――    午後一時六分開会
  15. 植木光教

    委員長植木光教君) ただいまから外交総合安全保障に関する調査特別委員会を再開いたします。  午前に引き続き、外交総合安全保障に関する調査を議題といたします。  午前中、平和の確保について参考人から意見を聴取いたしましたので、これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言を願います。
  16. 大坪健一郎

    大坪健一郎君 本日は大変お忙しい中を諸先生お出かけいただきまして、まことに貴重な御意見をお聞かせいただきましてありがとうございました。  実は、安全保障の問題は私どももある意味じゃ非常にとらえがたきところもございますが、苦慮いたしておる問題の一つでございます。国際社会における現実の対応という問題と国内世論と私どもの立場という問題が絡みまして大変難しい問題を幾つか提起をいたしております。諸先生のお話を承りましたんですが、最後に永井先生から、実際上国連大学を日本に持ってきて現実に大学として活動させるについてどのような御苦労と隆路、苦心があったかのお話をいただきましたけれども、私ども外国に出てまいりまして外国の国会議員などと論議をいたしますと、日本の常識は外国の非常識、外国の常識は日本の非常識というふうな印象で物を言われるわけでございます。  国際社会における日本のあり方について、先生のお話の中で二、三お話が出ておりましたけれども、まず、先生、外国においでになられまして、日本安全保障あるいは日本の国際社会における役回り、それに対する日本の考え方、こういったものについて、これはやはりここのところは何とか直さなければいかぬのじゃないかというようなお考えをお持ちになったような問題がございましたら、ひとつぜひお教えをいただきたいと思います。
  17. 永井道雄

    参考人永井道雄君) ただいまのことについて私の考えを申し述べさしていただきますと、まず基本的な認識といたしまして、今まで世界の歴史を動かしてきたのはだれかというと西洋である。それは政治経済、軍事、学術、マスメディア、全部そうであるという認識が、私は根本に非常に必要だと思います。  そこで、日本経済で幾らか発展しましたけれども辺境でございますから、したがって向こうから流れてくるものにはね返してこちらの立場を述べていくということは今の基本認識から始まりませんと、私は非常におざなりなことになるんだと思います。  一つだけ具体的なことを申し上げますが、福田内閣の時分に慶応大学の岩男寿美子という社会心理学の先生が、ボストンの町の高校生の対日意識を調べました。六つの学校で一つの学校が百人ずつ六百人。日本の総理はだれかという質問ですが、当時福田さんですが、それを知っている高校生がゼロです。その次に、日本の首都はどこか。――そうすると東京と答えた者は七五%、あとの二五%は香港あるいは北京。それから第三問は、日本はどこにあるか。日本列島というのが七五%、中国大陸というのが二五%。これは私は、ちっともアメリカのそういう教育がいい悪いということを申し上げているんではない。ただ、泣いても笑ってもそういう事実がある。  ただ、今申し上げたアメリカの統計と、フランス、ベルギーについて調べました外務省の調査がございますが、もっと悪いです。その悪いという意味は、日本のことを知りません。その状況の中でやるんだというところがどうしても出発点でございますから、これは例えばマスメディア一つをとりまして、私はNHKの川原さんにしょっちゅうお願いを申し上げておりますが、日本のNHKというのも本当にあれだけのテレビ番組をつくりながら、BBCと違いまして海外に流すということを考えてつくったものはないのです。それを変えなきゃいけない。それから新聞もございましょう。あるいは学界もございましょう。よほどそういうすそ野を意識的に広めていくということをやりませんと、サミットの中に総理大臣が入れてもらったなんということはもう本当に小さな話で、私は大した仕事はできない。特に日本が国家の形態として、この委員会が御検討になっておられるその平和国家とか総合安全保障国家という今までの国家形態にないようなものをつくっていくんだということでございましたら、これまたもう全くわからない話で、今まで世界を動かしてきた連中にとってわからない話。今ただそれだけを申し上げておきたいと思います。
  18. 大坪健一郎

    大坪健一郎君 例えばこの間ドイツの国会議員が来まして、日本安全保障の問題についてどうもいろいろ読んだり聞いたりしておると国論が非常に分裂しておるようだ。そしてまた、国際社会における軍事的なタクティックのようなものを日本人は全然知らないのじゃないか。例えばアフリカでアンゴラに各国の解放軍ができて、ソ連の支持する解放軍、アメリカの支持する解放軍、中国の支持する解放軍ができて国内紛争になったようなときに、先ほどの前田先生のお話では、内乱とか革命のときにだけ戦争状態が起こるということで、大国はそれに対して積極的に関与しないようなお話もありましたけれども、あのときにアンゴラの沖に軍艦を並べて商船隊の進入を妨害したのは実はソ連なんで、そういう事実を日本人は知っているかというようなことを言われました。いやそれは知らぬのだがと言ったら、だから君たちはいつまでも安全保障の問題についてぼやっとしたようなことを言っておるんじゃないだろうかなんて大分手厳しいことを言われたわけでございます。  そういう例が世界には非常にたくさんあるのではないかというように思うのでございますが、したがって、自分の国の立場を外に向かっていろいろ言うということと同時に、外国が考えておる連帯感とか外国が考えておる相互扶助とかいうものに対して近代的な人間に類比されるようなおつき合い、とったらとられる、やったら返すというようなおつき合いをしなくちゃいかぬのじゃないかという気が私どもはいたしておるんですが、どうも日本の国論はそういうふうになかなかならない。これは日本人特有の大和魂のせいかもしれませんですけれども、そこにやはり教育の問題が若干あるんではなかろうか。個性の強い積極的な人間像というものがもっと出てくれば世論もまた随分変わるんではないかという感じもいたしますが、ちょうどたまたま今、教育問題については新しい臨調をつくっていろいろ議論をし直すというような問題もあるようでございます。  先生は教育の御専門家でもございますし、先ほどは国連大学の日本導入について、いかに口頭禅の約束が多くて、実際上国際社会で日本が責任を果たしていないかという厳しい御指摘もあったようでございますが、そういうこととの関連で、人づくりの問題について、いま申しました国際社会における日本のあり方、これは広義の安全保障にかかわると思いますが、先生のお考えをもう少しお聞かせいただきたいと思います。
  19. 永井道雄

    参考人永井道雄君) ただいまの世界は非常に厳しい紛争あるいは愛憎の中にあるということを日本人は余り知らないのじゃないか、私はそのとおりだと思います。  それは、国連大学は幸いに今それほど深刻な状況にないのですけれども、実は私はパリのユネスコ――今度アメリカが脱退いたしましたが、そこのコミュニケーション問題特別委員会委員を三年務めました。実はその問題をめぐってアメリカが脱退したわけです。なぜかと言いますと、発展途上国の相当数は、明治以降の日本を考えればわかりますが、非常に政府主導型でございます。そして独裁国家ないし軍事独裁国家も少なくありません。そして戦後の戦争の数は合計いたしますと百三十を超えました。戦死者の数は第二次戦争中の戦死者を上回ったわけです。そこで、そういうところは言論の自由とかあるいは表現の自由ということを重んじない場所が多いわけです。これに対してアメリカは反発を感じております。その間隙を縫って相当数の発展途上国をソ連が応援しております。  でございますので、その委員会は、三年間私は務めたわけでございますが、大変な争闘の場所です。実は私は争闘の場所におりましたから、かえってアメリカ立場に反対でございます。というのは、それが現実でございまして、その中でコミュニケーションをやっていくほか方法がないわけですから、そこで脱退してしまわないで頑張り続けるべきだということをアメリカの友人にも申しましたし、またアメリカのユネスコ国内委員会も圧倒的多数で現政権の立場に反対をいたしております。  したがって、まず先生が言われましたように、日本人が余り知らないのではないか、それはそうだと思います。これは知らせるのにどうしたらいいかというと、争闘の場に日本人が出ていくしかしょうがないと思います。国連あるいはユネスコその他の国際機構、日本負担金は相当払っておりますけれども、しかし負担金に平均しただけの人員が出ておりません。これはだんだん日本の中の暮らしがよくなってきたこともございまして、そんな面倒くさい仕事をすることないじゃないかという気分もあるんだと思います。ですから、そこに行く人はプレミアムをつけるぐらいなことをしてでも行ってもらわなきゃしょうがないと思います。また、そこから帰ってきた人は有利な就職ができるということが非常に必要だと思います。  それは国際機構のことでございますが、その他いろいろな国際的な場面におきまして、現在の国の中の暮らし、日本人の暮らしのように穏やかなところはまずないと言っていいと思います。それを日本の教育がちゃんと教えているか、それは教えていないと思いますが、これを直していく場合には、直し方として私はやはり事実上そういうことを体験する人がふえる以外に方法がないというふうに思います。  それからもう一つ申し上げますと、その中で我が国総合安全保障と大平総理が言われたわけでございますが、この総合安全保障という言葉はコンプリヘンシブセキュリティーと訳しておりますが、これが何のことがわからないと外国人が言うのはごもっともだと思います。毎年のように防衛費一%、これを超えるか超えないか大騒ぎをしておりますが、これは軍事的防衛費だと思います。しかし総合安全保障ということを言うなら、経済協力とか技術協力、文化交流、全部を含めたその総合安全保障費は幾らなんだ、そしてそれに含まれている活動はどういうものがあるかということを実はアメリカ国務省の前の国務次官補をやっておりましたロバート・バーネット氏は非常に関心を持っておりまして、それを日本に尋ねたんです。けれども、いまだにそういう資料がないわけです。そこで、今ロバート・バーネット氏は、日本人がやらないなら自分たちの方でつくろうかということを言っておりますが、私はこういうのは本当に変則的なことであると考えます。  したがって、要するに世界に呼びかけるという基本的姿勢ですが、例えば防衛庁長官というものをまずやめて、総合安全保障長官というものにするとどういうことになるのかという、一例でございますが、そのぐらいのことまで考えなければとても諸外国の理解を得るものではない、ただ国内の議論は何となくそういうことでおさまるというだけの話である、そういうふうに私は思います。
  20. 大坪健一郎

    大坪健一郎君 それで、実はILOという国際機関に私も何遍か出たことがございますけれども、世界の現状の中で、ブロックとか同盟諸国との連携なしに、みんなが全く一単位で絵にかいたように議論をしておる社会というのはどうもないようでありまして、それぞれ相語らい、権謀術数で、国際労働機関のようなところでも何か大変ないろいろごたごたがございました。  ましていわんや国連安全保障その他の委員会におきましても、そういったやりとりの中で国際社会の政治が動いておるように思いますが、私どもは真っすぐな立場におれば人様も余り介入しないだろうし、平和の日本を殊さらにかきまぜる人もおらぬだろうというような考えを持ちやすいわけで、先ほど前田先生のお話を伺っておりますと、前田先生はそういうふうにおっしゃったわけでございますが、前田先生にちょっと教えていただきたいのでございますけれども、日本他国から介入を受ける根拠がない、それから第二次大戦後に敗戦処理で日本周辺諸国がいいように処理をしたから恨みを買っておらないし、周辺諸国は満足しておるからもう争う原因がないのだというようなことをおっしゃったんですが、争うような問題が今後生じた場合には一体、争うことがないのだ、他国から侵入、介入を受けることがないのだという理由だけで安全保障の問題を放置しておった我々政治担当者の責任はどうなるんだろうかということを考えると非常に深刻な悩みを持つんですが、先生はそういうことは絶対起こり得ないとお考えなんでしょうか。
  21. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) お答えいたします。  ただいま大坪先生から御質問のありました点は、しばしば防衛庁が使う万一論の一種の類型ではないかというふうに思います。  我々は現在周辺諸国と争うような原因がないからといって今後争う原因が起こらないとは限らない、しかし起こった場合には一体どうするんだ。そういう場合にこちらに備えがなければとんでもない目に遭うのじゃないかというようなことを先々の取り越し苦労をいたしまして、最後には先ほど申し上げましたように座して死を持つよりはというようなところまで話を持っていく、私はそういう必要は全くないと思います。  我々が現在考えることは、現在我々が当面している情勢及び今後見通す限りの将来において我々が当面することを予想される情勢、そういうものについて我々は自分の国の安全あるいは防衛という問題を考えていけばよろしいのではないか、取り越し苦労をするよりも先にほかにもっと重要な問題があるんじゃないか。ソ連が攻めてきて日本の国土がじゅうりんされるというようなことを考えて、そしてその前に我々は軍備を増強しなければならないというようなことが一体今の日本において差し迫った問題なのであろうか。そんなことを考えるくらいなら、私は東海大地震が起こって東京及びその周辺が壊滅するというような状況に備えておいた方がよほど現実的ではないかというふうに思うのであります。  それからまた、我々はそのほかにも福祉あるいは文教面においてさまざまな困難な問題を抱えておる、そういう問題等現実に我々の生活を向上させる面におきましてやらなければならないことがたくさん控えておる。国際的な問題に関連いたしましても、今日国際経済が非常に難しい状況にあることはもうどなたも御承知のとおりであります。我々はそういった面においても当面差し迫ってやらなければならないことをたくさん持っておる。それからまた、今、永井先生からも御指摘のありましたように、国際関係におきましても我々はやらなきゃならないことをたくさん持っておる。そういうことを犠牲にしてまでも現在そういうような問題を考えることが正しいかどうか。私はそういう必要はない、こういうふうに考えます。
  22. 大坪健一郎

    大坪健一郎君 例えば終戦後のどさくさで北方四島をソ連が占領して今ソ連の領土みたいに彼らは言っております。これもまた条約上の解決もちゃんとされておりません。それから、竹島については韓国が軍隊を派遣してここを占領しております。これも日本が日韓関係のことを考えてあえて紛争の議題にのせておりませんけれども、日本は、国会の政府関係者の答弁その他でも明らかなように、この竹島は日本の領土であるということを中外に宣明しておるわけであります。それから、尖閣列島につきましても、尖閣列島は日本の領土であるという日本主張中国の領土であるという中国主張がまだ対立したまま解決は先延ばしになっておるわけでございます。ですから、先生がおっしゃるように、日本周辺のいろいろな問題がすべて解決しておるということにはならない。  フォークランドの問題でイギリスとアルゼンチンがあんな小さな島で、人の何千人しか住んでいない島で激しく相争ったのも、国家の主権とか国家の領土という問題になったときに、これを放置するような国家は結果的に滅ぼされておるという歴史の事実があるからではないかと思うのでございますが、先生の御議論で、例えば今一番重要な、国際社会におけるやるべきことをやれということですが、具体的な国際社会というと、先進工業国、特に資本主義の先進工業国は結束をして国際社会における発言権とそれから相互援助をいたしておるわけですが、その連中が一番日本に対して苦情を持っておりますのは、日本がいつまでたっても能力にふさわしいいわば防衛力も持たず、余計な面倒を我々に見させておる、余計な出費を我々に迫っておる、そしてそういうところから生じた余剰能力がおまえたちの工業発展力の基礎ではないかというような勘ぐった議論さえ出てきておるわけでございますから、どうも前田先生の御議論は何か先に結論をお決めになっておっしゃっているような気がしてならないのでございます。  問題が起こってから急に安全保障上の力を身につけようとしたって防衛力なんてそんな一日、二日でできるものでもございませんし、やはりスウェーデンにいたしましても、スイスにいたしましても随分と苦労して中立を保ちながら自国の安全保障については心魂を砕いておる。そのために、例えばヒトラーが南進策をとるときにスイスを避けて通ったというような事態もあるわけでございますから、私どもは先生の何もしなくていいという御議論はどうも納得できないのですけれども、そこのところをもう一度ちょっと御説明いただきたい。
  23. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 私は何もしなくていいというふうには申し上げません。私は現在以上に防衛力を増強する必要はない、少なくとも現状程度あるいはそれより若干下回る程度防衛力でよろしい、こういうことを言っておるわけであります。  今、北方領土、竹島あるいは尖閣の問題がお話にございました。北方領土の問題は御承知のようにこれはソ連が占領しておりますが、我々はこれを軍事力でもって取り返そうというようなことは毛頭考えておりません。あくまでも外交的に平和的な話し合いのうちに北方領土を返してもらおうと、こういうことを念願しているだけのことであります。  竹島にいたしましても、韓国はあそこに監視兵を上陸させたり、あるいは若干の人間を住まわしているようでございますけれども、しかしこれについても我々は決して軍事力で取り返そうというようなことは考えておらない。しかも、竹島という問題がありながら日韓関係は御承知のように発展をしております。また、尖閣列島につきましては一九七八年だったと思いますが、中国の漁船が押し寄せまして釣魚台は我々の島、領土だということで盛んに騒ぎ回りましたが、しかしながらこれは鄧小平氏の言うとおりに日中間のささいな問題であります。彼は、尖閣の問題は次の世代に、より賢明な次の世代に問題の解決をゆだねようと、こういう態度であります。しかも、今日中国は近代化のために日本経済的協力を非常に必要としておる、このような状況において尖閣のような問題で日中関係を悪化させるというようなことは考えられません。したがいまして、以上申し上げましなどの戦後残された問題にいたしましても、日本にとって軍事的な争点になるおそれは全くないというふうに私は思うものであります。  それからまた、西欧あるいはアメリカの人たちが、日本は必要な防衛さえもしないで自分の国の安全を他国に任せて、そして経済発展にばかり熱心だというような非難をされるそうでありますけれども、それは日本人自身があるいは日本政府自身が、日米安保がなければ日本の安全は保たれない、あるいは戦後日本が平和でこられたのは日米安保のおかげだというようなことを公言している以上西欧の人たちがそう思うのは当然であります。決してこれは西欧の人たちの発明ではなくて日本人自身がそういうふうに言っているわけであります。私は日本人自身がそのような卑屈な態度をとる必要は全くない、日本政府日米安保のおかげだなどということを持って回るからアメリカから圧力を受けるんだと、こういう考えてあります。日本日本基本的な事情、基礎的な事情というものを西欧に対してもアメリカに対してもはっきりと説明すべきである、そのように私は考えております。  失礼しました。
  24. 大坪健一郎

    大坪健一郎君 余り前田先生と議論する気はありませんけれども、私はアメリカ国会のストラットン――軍事委員会の三席の方と議論しましたときに、ストラットンはこう言うのですね、何も私どもは日本が軍事大国になってまた戦前のようにアジアで大きな国になってもらいたいなんて毛頭思ってはいない、しかし一緒に安全保障条約を持って国際社会の中で安全保障のためにお互いに支え合っていこうというのに余り君たちのところはひどいじゃないか、こういう言い分なんです。だから前田さんがおっしゃっているようなことは今はもうとうの昔にほかの話になっているんですね、もっと違う論点から議論が進んでいるんです。  そこで私は、最後に田久保先生にちょっとお伺いしたいのですけれども、抑止力というもの、抑止力というような発想は余り日本人は好んでしませんけれども、国際社会が紛争化したときに、大体その紛争を最終的に解決する手段というのはネゴシエーションか武力衝突、武力紛争しかないように思うのですけれども、実際上の問題としてそういう国際社会の政治的な紛争の解決の手段として現実に武力が使われなくても、武力を背景にした交渉というのは随分行われていると思うのです。もし武力を持たないような国、あるいは武力というか、そういう威嚇力を全然持たない、あるいは実力を全然持たないような状況の中で国際社会の交渉で、二国間の交渉、特に二国間の厳しい交渉でうまくいくような実例が現実にはあるんでしょうかね。これはもういろいろお調べになっておられると思いますから、もしあるようならぜひお教えいただきたい。
  25. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 現実に私が承知している限りはそういうものはないと思います。  それから軍事力でございますけれども、軍事力お互いに持つということは何を意味するか。例えばソ連の強力な軍事力の前に日ソ交渉というのは今まで日本がどういうメリットをとってきたか。ないわけであります。なかなか軍事力がどういうふうに外交に反映されているか、これは量的にはかりがたい問題でございますが、心理的に強力な軍事力を持った相手と交渉する、これが外交交渉にマイナスの意味を持ってくるであろう、したがってそれが経済的に転嫁されて国民全体の不幸にもなりかねないと、こういうふうに思うのであります。
  26. 大坪健一郎

    大坪健一郎君 最後に長谷川先生に一言だけお尋ねしたいのです。  先生は、憲法論として大変私ども納得のいく御説明をいただいたわけでございますけれども、日本の憲法は硬式憲法で非常に直しにくい憲法ではありますけれども、しかし、しょせん憲法はある国家が国家の決意をその歴史的時点において成文化しておるんではないかと思うのですね。ですから現実の戦後の日本状態日本国憲法がああいう形でできて、憲法制定の経緯も先生からいろいろお伺いしましたのでよくわかりましたけれども、そういう具体的な政治的取引の間にいろいろな目的を含めて条文ができてきたということは私どももよくわかりますけれども、しかし、その条文に固執して、その条文ができたときの客観情勢と国際社会の情勢なり何なりが大きく変わってきておるにもかかわらずなおかつその憲法原則論のようなもので現実を割り切るような論旨をもし御展開になるとすると、私どもはちょっとその辺から理解に苦しむところが出てくるんですね。その辺はいかがなものでございますか。
  27. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私はもう少し今の政治家の方が憲法に固執していただきたいと思っているものですから言うのでありますけれども、確かに書法というのは大原則ですから小回りがきかない点はたくさんあると思うのですね。しかし、その書法に定められた原則をとことん追求していって、それが本当に現実離れをしたということが国民の目にはっきりしたならその憲法はもう不適合なんですから変えればいいので、ちゃんと改正の規定はあるんですから。それを改正にあるいは国民の多くが仮に反対しているとすれば、それはやはり国民がそういうふうに政治を見ていないのであって、いかに国会の多数の政治家の方々が自分たちは不適合だと思っても国民はそう思っていないとすれば、それをじゃどうするのかと。憲法にこだわりなしにやってもいいのだと。ちょうど私がさっき例を出しましたように、戦争中はもう、昭和十八年ごろから明治憲法の改正論というのは出ているんですね、特に軍部の中では、もうあの憲法ではできないという。しかし、きっとそのときに国民にもし――まあそういう状況じゃありませんけれども、明治憲法を改正するなんということを言ったら反対が多かっただろうと思うのですが、そこでギャップが出てくる点を考えますと、少なくても長い憲法の歴史の私のあれでは、ある特定の時期の政治家が、憲法が非常に自分政策あるいは自分の政党の政策に合わないからといって、国民が納得しないような解釈の仕方をしたり運用の仕方をする、そのこと自体も問題ですけれども、今度は反対の立場から見てそれに対する批判が非常に大きくなって、そのこと自体をめぐって大変紛争が起こってくるわけですね。  ですから、憲法九条の問題にしても、これも非常に私自身も問題だと思うのですが、憲法学会の圧倒的多数は今の政府の考え方とは全然違うのです。要するに、この憲法ができたときの政府の考え方、吉田内閣時代の考え方がいまだに憲法の学会ではもう八〇%ぐらいを占めているんじゃないでしょうか。そういう考え方なのに、現実に行われていることは、先ほど私が言いましたように、今の憲法のもとで軍備が持てて、しかもその軍備が今日のようなところまで拡張しているという事実があって、そうして、国民の世論調査を見ても、憲法九条、それにもかかわらず改正するのには反対だという意見の方が、どうでしょう、最近の新聞のあれでは七〇%を超えているんですね。しかし、自衛隊の現状は認めるというのがまた八〇%あるというふうに、ともかく、国論は完全に二分しているというか、あるいはもう矛盾しているというか、そういう状況が現状だと思うのですね。  私は、まあ自分の勉強の結果から言うと、憲法を改正しない限り、現にある憲法を、その憲法の客観的な意義に従って、どんなに不自由であっても政治家は尊重して、その枠の中で政治をやらなければ、多くの国民は法律を守るなんという気持ちにはとてもなれない。その点で、都合がいいところだけは自分はそれを無視して、国のためとか国民のためと言ってやることができるのなら、国民の反対する人たちも、別に法律は守る必要はないのじゃないかという、そういう気持ちがどんどん広がっていくと思うので、これは大変答えることも難しいし、また、政治家の皆さんも大変深刻な問題だというふうに思われていると思うのですが、何とか矛盾しているのをすっきりさせる。もう今、私端的に言えば、憲法に従ってもう一度、憲法に矛盾するような、あるいは憲法違反だと言われるようなところはなくすか、それとも、あるいは憲法を改正して、安保なら安保だけでそれに全く合うような憲法をつくるかしない限りは、この問題というのは解決しないのじゃないかという気がしています。  したがって、どっちが現実離れなのか。私が考えているような、学者の八〇%が考えているような解釈が現実離れなのか、国会の多数が現実離れしているのか。私は、ここへ来ると何か言うことをちょっとちゅうちょするくらい、どうも自分は現実離れしているんじゃないかという気がするんですけれどもね。皆さん、公法学会とか憲法学会にお出になってきましたら、もう全く自分は現実離れしているんじゃないか、きっとそういうふうに今度はお感じになると思うのです。だから、両方とも現実なので、それで、それを何とかしない限り、今度は一般の国民の方たちの感情というものは非常に複雑で、政治家に不信を持つか学者に不信を持つか、あるいは両方だめだということになるか、そういう状況ですから、きょうせっかくこの機会が与えられましたので、少なくても、みんなが理解しているような憲法の平和主義の原則に基づいて政策立案をやってもらわないと、仮定の議論に基づいて政策を立てられたのでは大変困るんじゃないかということを思ってお話ししたわけです。  失礼いたしました。
  28. 植木光教

    委員長植木光教君) 永井参考人から答弁の補足がございます。
  29. 永井道雄

    参考人永井道雄君) 先ほど私にお聞きいただいたときに、ちょっとその後の日本周辺状況などに対してどうかということとの関連があることを理解しておりませんでしたので、つけ加えさしていただきたいと思います。  ほかの方とちょっと違うかしれませんが、私は、日本周辺非常に悪いと思います。別にいよいよあした攻めてこようという情勢だと言っているんではない。悪いところを言えば、一つは、南北朝鮮、朝鮮半島の問題、それからもう一つは北方領土の問題、それと絡みになっておりますが、我が国における米軍基地の極めて有効な航空機の配置が行われているという、こういう状況です。  そこで、総合安全保障ということを先ほどから申し上げたのは、具体的にどういうことを考えているかというと、まず朝鮮半島問題につきましては、御承知のように中国アメリカに対して、米中協力して朝鮮半島の問題を解こう、これに対してアメリカが逆提案いたしまして、ソ連を足そうということを言いました。しかし、そこに日本が抜けております。しかし、すでに石橋湛山氏が一これはもう二十数年前になると思いますが、日本の旧植民地であるから、われわれに大変な責任があるばかりでなく、一番安全保障上難しい、近いところであるから、したがって、米中ソ日、しかも、日本がこのイニシアチブをとってその問題に乗り出すべきだということを公式に御発表になりました。その後、石橋先生の意見というものを継承して活動している形跡がないのです。私はこういうことは非常におかしいことだと思います。  二番目に教科書のことを申しますが、教科書問題について、御承知のように、中国あるいは韓国において非常に問題になりました。そしてさらに、日本の中の検定方式とのかかわりで盛んに議論をいたしました。――それをやっても結構でございますが、しかし一番重要なのは国際問題でございます。それについてどうなっているかということを申しますと、西ドイツとポーランドの間に同じような問題がある。アウシュビッツの問題をめぐって日本よりも深刻だと言っていいと思います。教科書問題が起こりましてから、西ドイツとポーランドの間に責任ある二国間協議委員会ができまして毎年教科書を点検いたしております。そういうことをどうして日本はしないのかという問題があります。  あるいは北方領土問題について申しますと、概して日本の議論は、昔々どっちが先に持っていたかという議論から展開いたしておりますが、私の理解だけではなく、国際的な理解としては、北方領土問題は、要するに、米ソの極東の、北洋における対立の反映であるというふうに解されているわけです。私は恐らく、ソ連邦もそういう角度から把握していると思います。  そうすると、既にポーランドのラパツキ外相がもうずっと前に言っていることですけれども、軍事力引き離し地域というものを多少とも拡大することによってそういう問題地域の解決を図るべきではないかと、これは二十年ほど前ですが。私は、北方領土問題というのはそういう角度から考えるべきであると思いますが、いま日本が出している議論の仕方というのは、そういう国際的な緊張をどうやって解いていくか――ですから、この場合には、ソ連とかけ合うだけじゃなくて、アメリカとかけ合わなきゃ仕事になりませんけれども、そういう角度がない。で、国の中でいろいろ、どこまでが軍事力がというような話ばかりが盛んになっている。  私は、国際関係というものは平和の根本でございまして、そこのところは日本の周りも世界に例外なく極めて緊張した状況にある。それに対して、どういうふうに外交なりその他の活動によってやっていくかという積極姿勢、これは全く与野党問わない問題だと思いますが、そういうものがない議論は不毛であるということを私は申し上げたかったわけでございます。
  30. 大坪健一郎

    大坪健一郎君 どうもありがとうございました。  同僚の質問時間にちょっと食い込みましたので、かわります。
  31. 倉田寛之

    ○倉田寛之君 各参考人の先生方から貴重な御意見を拝聴いたしたわけでございますけれども、まず、現在の国際環境の中で我が国の平和、安全保障という問題を考えていきます場合に、防衛努力というものをどう位置づけるかというのは大変難しい問題であることは論をまちません。  同時に、振り返って考えますと、一九六二年のキューバ危機以来、これは私の私見でありまするけれども、まさにデタントの影に隠れて、ソ連は軍事を強大なものにしてきた。さらに、現在の国際環境というのは、東西両陣営、米ソの中にあります軍拡競争というものは否定できない事実で実はあるわけであります。しかも、かの大戦で被爆を受けた我が国にとりましては、軍縮は国民総意の願いであり、また世界平和の願いはいかなる国においてもその目的においては変わるものではないと私は思うわけでありますけれども、あの広島の百万倍も現在では核が世界に保有をされているという実態もゆゆしき事実であります。  そこで、前田参考人にお伺いをいたしたいと思うわけでありますけれども、現在我々が直面をしている国際環境、あるいはまた世界観とでも申しますか、これにつきまして、参考人の私見で結構でございますのでお話をまず承りたい、かように思います。
  32. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 非常に大きな問題でございますので的確にお答えできるかどうかわかりませんが、簡単に私の考えを申し上げます。  軍事的な側面におきましては、今おっしゃいましたように米ソの軍事的な競争、軍拡競争がございますし、ヨーロッパにおきましてはNATOワルシャワ条約機構の緊張関係が存在するということは、これは今御指摘になったとおりであります。これと一体日本との関係はどうなるかと申しますと、私は、このような関係からは日本は距離を置いて自分の国の安全というものを考えるべきではないか、このように思います。  それから、中東とかあるいは中米等におきまして現在紛争が起こっておりますけれども、これはあくまでも現地の問題であって、我々の関与するところではない。中東につきましてはここが世界有数の産油地域であるというようなことから、我々の安全に直接関与するようなことを言う議論もございますけれども、私は、少なくとも軍事的な側面から我々の安全に関係があるというふうに見るべきではない。ホルムズ海峡が封鎖されたら、日本に送られる油のかなりの部分がストップするというようなことで、日本はホルムズ海峡の軍事的安全のために貢献しなければならないというような議論もございますけれども、我々はそのような議論に惑わされてはいけないというふうに思います。  日本はあくまでも非軍事的手段によって世界経済に貢献をし、それと同時に自分自身の繁栄を図るということが大切なのではないか、極めて簡単でございますけれども、非常に問題が大きいので、もしさらに御質問があればお答えしたいと思います。
  33. 倉田寛之

    ○倉田寛之君 それでは、日本がそういう環境の中で最小限やらなければならない防衛努力であるとか、あるいはまた総合安全保障にかかわる努力というものは、具体的に先生はどのようにお考えになっていらっしゃいますか。
  34. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 私は先ほど申し上げましたように、日本はごく小規模な自衛力を持てばそれでよろしいというふうに思います。  もちろんその規模をどれだけにするかということにつきましては、自衛隊の役割というものが、私の考える自衛隊の役割というものは周辺諸国からの軍事的な影響力をある程度減ずるだけの役割を果たせばよろしいというだけでございますけれども、しかしてはどれだけのものが十分であるかということにつきましては、これは国民全体の受け取り方の問題であろうかと思います。  これまで世論調査をいたしますというと、大体いつの時期においても自衛隊は現状程度でよかろうというようなことでございました。私はですから自衛隊の規模を現在程度にとどめて、それからさらにその後の状況を見て削減していけばよろしいのではないか。防衛力というものは極めて非生産的なものでございます。したがいまして、なるべく少ない方がよろしい。しかし、少ない方がよろしいからといって全部なくすわけにはいかない、こういうふうに私は思います。
  35. 倉田寛之

    ○倉田寛之君 先ほど先生のお話を承っておりまして、ソ連脅威という問題にお触れになられ、その必要はないという実はお話をちょうだいいたしたわけでありますけれども、ちなみにいろいろな参考資料を調べてみますと、もしソ連から日本を軍事的、経済的、いろいろな分野で見詰めるとするならば、こんな見詰め方をするのではないだろうか。  例えば、日米安全保障条約の関係等を含めて、まず在日米軍が中立化あるいは撤退をしてほしい、さらにはSSBNの聖域としてのオホーツク海の確保を図りたいとか、あるいはカムチャツカ半島への海上交通路確保したいとか、あるいはまた日本の生産能力の活用を求めたい。先ほど永井先生から北方領土問題については余り歴史の推移だけで見詰めることは、現在の国際社会においては、それに固執することは好ましいことではないという実はお話がありましたけれども、日ソ間というのは少なくとも二百年に歴史的にはさかのぼって問題提起が続いておるわけであります。時間の関係でそれ以上申し上げませんけれども、いま私が挙げた問題点のみをとりましても、ソ連がもし日本を見詰めるとすれば、日本に対して戦略的な価値を見出している。そういった事柄を通じて脅威は全くないのだというふうに理解をしてよろしいかどうかお聞かせいただければと思います。
  36. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) お答えいたします。  ソ連が在日米軍の撤退を欲していることは、これは確かでございましょう。それから、オホーツク海を確保したいということも、これは確かでございましょう。また、日本の生産力を活用したいというようなことも確かであろうかと思います。しかしながら、我々はそういう他国の思惑をそれほど神経質に考える必要はないのではないか。我々が米軍の撤退あるいは日米安保を薄め、最終的には解消したいというのは、これは我々自身の条件から私はそれが必要だというふうに考えることでございまして、それをソ連がどういうふうに考えようかということに余りとらわれる必要はないのではないかというふうに思います。米軍が撤退したらすぐ日本をやっつけてやろうとか、あるいはオホーツク海を確保するために北海道を占領してやろうとか、そんなことをソ連が考えるというふうに我々は勘ぐる必要はないというふうに思うのであります。  米軍の撤退あるいは日米安保の解消にいたしましても、私は日米関係というのは極めて重要だと思います。それは日ソ関係などよりははるかに重要なウエートを我々は付さなきゃならない。したがって、アメリカ日本の基地の利用というものをどうしても欲するのならばすぐに撤退しろというようなことを我々は要求する必要はないと思います。しかしながら、米軍の日本における基地はアメリカのためにあるんだということをはっきりさせる、そして場合によってはそれに対する補償を要求するということの方を私は賢明な政策だと思うのであります。アメリカに対する協力というものはもちろん重要だと思いますけれども、しかしアメリカに一方的に押しまくられて、おまえのためにやっているんだというような恩着せがましさを我々は頭から受け取る必要はない、このように私は考えます。
  37. 倉田寛之

    ○倉田寛之君 一九三九年のフィンランドの侵攻の問題、さらには七九年一月のベトナム、カンボジアの侵攻、十二月のアフガン等々、ソビエトの歴史的に行ってきた軍事介入というのは数限りなくあるわけであります。ただいま前田参考人にお尋ねを申し上げました現在の国際環境、と同時に、その国際環境の中で日本が国際社会で平和に貢献をし、さらに我が国も平和でありたい、そのために努力をしなければならない最小限の総合安全保障の努力あるいは防衛の努力、これらを含めて田久保参考人にお伺いをしたいと思います。
  38. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) マンモスは自分周辺の環境の変化に気づかずに死滅したわけであります。私、あらかじめ日本防衛力をここまでときちっと決めておいてそれで進むんだという考え方には反対でございます。絶えず国際情勢全体に目配りをして、そのある脅威あるいは日米の防衛努力の中の日本のバランス、これを絶えず踏まえた上で流動していくべきものだと思うのであります。  ソ連でございますけれども、今の先生の御質問で国際環境全般ということでございますが、これは大変説明しにくいわけでございます。時間が幾らあっても足りないわけでございますが、簡単に申し上げますと、今の国際情勢、いろいろ南北問題、東西問題ございますが、やはり政治、軍事絡みだと東西問題、米ソ関係と、こういうことにならざるを得ないわけであります。そこで、米ソ関係をどう把握するかということでございますが、どうも我々が考えていた十年前のソ連軍事力と今とは大分違っているんではないか。先ほど私申し上げましたけれども、ブレジネフ十八年――彼が書記長になった期間でありますが、大軍事大国にのし上がってきてしまった。それから七五年以降でございますが、アンゴラ、エチオピア、南イエメン、アフガニスタン、ベトナムの問題ですね。それからどこでございましょうか、まあいろいろございました。こういう世界的なソ連の進出並びに日本周辺を見ましても、これはバックファイアとかミグ機、それから七九年の六月に例の空母ミンスク、厳密に空母と言っていいかどうかわかりませんが、イワン・ロゴフを従えて日本海を横切ってウラジオストクに入った。あるいは全く新しい問題でございますが、先ほどちょっと触れましたように、SS20の存在であります。去年の一月で百八基と言ったんですが、今もうもっとふえている。百十何基だと思うのであります。こういうものに対して我々は一体国際環境にどう対応しようとしているのか。これは十年前の我々の考え方では私は対応していけないのではないか、こういう気がいたします。  これは余り時間を費やしてもなんだと思うのでありますが、つまり私は、国際情勢の変化、これに絶えず目を配る。これに対して日本がどの程度の適正な防衛力ができるのか。この場合は日米関係、この絡みもありまして、そこで適当にうまく計量していく、これが重要ではないか、かように思っております。
  39. 倉田寛之

    ○倉田寛之君 もう時間もあと一分しかございませんので、永井先生にひとつお教えをちょうだいいたしたいと思うのですが、先生はこれからの我が国のなすべき役割という意味で、百年をかけてもよいから、ただ単に平和を唱えるのではなくて、具体的に国際社会に対応なさいという実はお示しをちょうだいいたしましたが、時間がございませんので簡略に、それでは一体具体的に我々は何をなすべきかということをお教えをいただければと思います。
  40. 永井道雄

    参考人永井道雄君) 先生の一番初めの質問と今の御質問と関連して申し上げますと、今国際環境が悪いか――これは私が答えますより、オロフ・パルメ氏が中心のパルメ委員会とブラント氏が中心のブラント委員会、一方は平和、他方は開発でございますが、合同会議をこの一月十五日、ローマで開きまして、二十二日に共同声明を発表いたしました。不思議なことに余り日本に大きく報道されなかったのでございますが、これによりますと、第二次戦後、経済、軍事ともに最悪の状況の中にいる。これは世界的、米ソを含めた専門家を寄せておりますから、私はまず尊重すべき見解と思います。  そこで、日本の将来でございますが、私は現在のような米ソの姿の主権国家というのは、これは長く続けられないと思います。まず、両方の軍事力は年間八千億ドル程度世界の全部の軍事力の七〇%でございますから、莫大なものです。それの二十分の一程度が開発援助費である。そして科学技術が今よりもっと進歩いたしますから、宇宙の軍事基地化というところにもいき得ると思います。そこで、別に日本だけでなくて、世界じゅうが次の主権国家とは何かということを探していると思います。そのとき、日本人が一番賢いなどと一瞬たりとも得意になったりするということは、まず慎まなきゃいけないと思います。その中で努力をしている国を先ほどから申し上げましたが、スウェーデンもそうでしょう、フィンランド、オーストラリア、みんな中級国家でございますが、大変な苦労をいたしております。そういうところとも十分にしっかりした討議をいたしまして、一つの国だけで立てませんですから、そこでどの程度まで軍事力、それから先は経済協力、さらに文化交流、そういう姿で世界の中で容認され得るような主権国家というのは何か、ここに何とかして到達する。私が百年と申し上げた意味はそうだと思います。そのときには米ソもそういう形になると思います。そうならなければ、その前に我々はみんな死ぬと思います。
  41. 倉田寛之

    ○倉田寛之君 時間ですので、以上で終わります。
  42. 野田哲

    ○野田哲君 社会党の野田でございます。  諸先生方には大変お忙しい中を外交あるいは安全保障の問題で御意見を聞かせていただいてありがとうございます。午前中の意見を述べていただいた中で、幾つかの問題で見解を伺いたいと思います。  最初に、長谷川先生にお伺いをいたしたいと思います。憲法体制と自衛隊、安保のかかわりの問題で伺いたいと思いますが、長谷川先生は、憲法九条に手をつけようとすれば、勢いそれはそれだけにとどまらない、国民の権利義務のところに手をつけざるを得ない、こういうふうに述べておられます。そして現在の日本国内の体制について、憲法、そしてそれに基づく法律、政令、こういう体制と、もう一つは日米安全保障条約、それに基づく地位協定、そして地位協定に基づく特別立法、この二つの体系が日本には存在をし運営をされていると、こういうふうに述べておられます。私もその点全く同感だと考えているところであります。  そこで、私はそういう立場に立って今の日本の現状を考えてみるときに、二十数万の自衛隊が現に存在をしている、そしてその自衛隊の存在というのはアメリカとの安全保障条約に非常に深くかかわってきている、そういう現実の姿というもので、アメリカが安保を通じて日本に求めている役割、自衛隊が果たそうとする役割が今の日本の憲法やそれに基づく国内法のもとで果たしてうまく行動し得るのだろうか、機能し得るのだろうか、こういうふうに考えできますと、私は今の憲法、国内法のもとでは非常な制約を多くの行動の分野で受けるんだと思うのです。ですから、当然自衛隊の存在、安保の存在ということを前提にして考えれば、そこからは有事立法、有事法制というものが出てくるのは当然だと思うのです。  内閣委員会で有事法制の問題を議論をいたしますと、国内法で百数十の日本の法律を変えなければいけない、こういう議論になってくるわけであります。そこで、三段論法のような形になりますが、国内法を有効に変えようとすれば憲法の制約国内法そのものが制約を受ける、したがって、有効な国内法をつくっていこうとすれば憲法にまで及ばざるを得ない、こういう方向にいくということは私は当然の帰結ではないかというふうに受けとめているわけであります。  そういう点からすれば、自由民主党が一昨年ですか、憲法の草案をつくったのを私も検討をしたわけでありますけれども、長谷川先生のおっしゃったように、九条だけにとどまらない、総理大臣に国家緊急権発動の権限を持たせるとか、あるいは総理大臣に財政緊急権を持たせるとか、あるいは憲法十八条、苦役の禁止の条項のところに手を入れるとか、あるいは財産権の問題や国民の国防の義務等にまで及んでいく、こういうふうに、ほとんど憲法全体にわたっての草案、たたき台というものができている。これはもう今の自衛隊を有効に機能させようとすれば私は当然そこへいかざるを得ないのじゃないか、こういうふうに思うので、したがって自衛隊は、そうして安保は容認をする、しかし、憲法はだめだ、憲法の改正はまかりならぬ、こういう議論は私はこれは成り立たないのではないか、こういうふうに考えているわけでありますけれども、その辺についての長谷川先生の見解を伺いたいと思います。
  43. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 大変大きな問題なんですが、私の見るところでは、何といいますか、警察予備隊が占領中にできて保安隊になり自衛隊になり、かつ第一次防衛力整備計画から今日まで、いわば軍隊として見ると非常に小さなものから今日の世界まあ十本の指に入るような大きいところまで余り原理も原則もなしに、提言すればアメリカの極東政策に従って向こうで十要望することをこっちで二割ぐらい値切ってつくるみたいなことをやりながら今日まで来てしまっているというところに、私は今になって現状はこうだからこれに合わせて憲法から何からすっかり考えてくれと言われても、我々特に憲法なり法律を勉強している者にとっては考えようのない現実ができてしまっているというのが現状だろうと思うのです。  例えば昨年の暮れに北海道で、これはガイドラインに基づいて展開されていることだと思うのですが、日米の陸上合同演習がやられているのです。私たまたまそこでいろいろ調べた方に直接お話を伺ったんですが、自衛隊の基地で米軍と共同して、自衛隊のジープに米軍も乗ったり、両方相乗りでもって一緒に演習をやっているのです。しかも、演習地の中だけならともかく、演習地と演習地を結ぶ演習地でも何でもないところまで演習地に繰り込んでしまって、一般の公道を戦車が走るとかジープが走るとかそういう式の演習までやっている。そうするとそんな合同演習で公道を、県道がなんかだと思うのですが、それを遮断してしまってやっている演習が一体自衛隊法のどこで説明できるのか。あるいは地位協定のどこでそれが説明できるのかといいますと、現実にやっていることはだれも指摘しないから問題にならないのかもわかりませんけれども、およそ現行法では説明できないようなことが今日本防衛問題として行われている。だからこそ防衛庁の方では、例えば有事立法でいろんなものをつくらなきゃというような、もう何百という法律案なり政令案なりというものを考えざるを得ない状況になっているのですね。  そういうふうに、先ほど私言いましたように、防衛問題という国の基本問題を憲法の問題とか法律の問題とかそういうものをきちんと詰めて決めておいてそれに従ってやってもらうのじゃなければ困るわけで、まず憲法にも関係ない、法律にも関係ない、政令にも関係ないところで既成事実だけがどんどんできて、これはお国のために必要だということでやっておいてから、さあ研究しましょうと言われても、ちょっと法律家には何ともしょうがない。  だから、極言しますと、今の自衛隊の行動というのは、幸い自民党内閣がこう二十年も二十五年も続いて最高裁判所の裁判官も自分のところでこれはつくっていますからおさまっているけれども、もし政権がどんどんかわって、最高裁判所の十五人の裁判官がフェアないろんな角度の人たちがあそこへ座ってくれたら、私は今の自衛隊の行動なんていうのはあっと言う間に憲法違反だと言われるようなことが出てくると思うのです。ですから、そういう政治的につくった裁判所で支えられているような、またそういう形で事件がもみ消されるような状況で自衛隊が行動しているということは、自衛隊の隊員の方たちにとっても大変不幸なことで、国民全体から見れば今の軍事問題というのは非常に理屈抜きでつくられたといいますか雰囲気の中で、現実ばかりがどんどん進んでいるというふうに私は率直に感じています。
  44. 野田哲

    ○野田哲君 前田先生にちょっとお伺いをいたしたいと思います。  防衛政策が集大成されてまとめてあるのは一応公式的には防衛白書であるわけですが、昨年の夏に発表された防衛白書を一読して一番感じることは、専守防衛的な性格からかなり踏み出しているのではないか。自衛隊の存在とそれから日米安全保障条約の体制が相まって相手国の侵略の企図を放棄させるような存在と、こういうふうに述べているくだりがあるわけでありまして、これはもう明らかに憲法九条で禁じている軍事的な威嚇、まさにこれに該当するような表現のところがあるわけでありますが、それと連動した形で非常に去年の防衛白書でも明確に出ておりますし、最近の政府の言動で出てくる言葉、きょうのこの前田先生や田久保先生のお話の中にもありましたが、「西側一員」という表現でありますが、私はこの西側一員という言葉を非常に意識的に政府が使い分けをしているのではないか、あるいはまた西側一員ということにはまやかしがあるのではないかという感じを持つわけであります。それはどういう点かといいますと、西側一員あるいは西側諸国ということについて、田久保先生もお話がありました西側一員というのは先進資本主義工業国、こういうふうにおっしゃったわけでありますが、確かに防衛白書政府の発表した文書の中でも西側諸国ということについて、「西側諸国の協力の場」ということで、例えばOECD、経済協力開発機構あるいはIEA、国際エネルギー機関、それからサミット、こういうのを例に挙げて、西側一員として国際的に協力しているんだ、こういうくだりがある。ところが、ここに挙げている西側諸国という中には、たとえばOECDの中にはフィンランドも入っている、スウェーデンもある、スイスも入っている、オーストリアも、こういう形でのこの東西両陣営に属さない中立を保っている国々が何カ所も入っているわけであります。IEAの場でも、オーストリアあるいはスウェーデン、スイス、こういう国々が入っているわけでありますから、そういう国々も含めた西側一員ということであれば、それなりの理解ができるわけであります。しかし、いま進められている防衛政策の上での西側一員というのはこれとは全く別の意味を持っているのではないか、こういうふうに考えるわけであります。それは防衛白書の中でも西側一員としてこういうふうに述べています。「東西の軍事バランス面において西側諸国の安全保障の維持にも寄与」をする、こういうふうに日本の自衛隊の存在を位置づけています。そしてこの日本軍事力東西の軍事バランスの不可欠の一要素だ、こういう位置づけになっているわけであります。つまりヨーロッパにおけるNATOあるいは太平洋地域におけるANZUS、これらに参加している国々と同じように日本の自衛隊の存在というものを位置づけているのではないか。こういう点で私は非常に一般的なそして防衛白書の中でも述べている西側諸国という国々と軍事目的上の西側一員というのを非常に巧みに使い分けている。そういうまやかしのような形で西側一員という形を非常に大きく今前面に押し出している意図、背景というものについて前田先生はどういうふうにお考えになっていらっしゃるのか、その意見を伺いたいと思います。
  45. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) お答えします。  お答えになっているかどうかわかりませんが、確かに昨年の防衛白書あたりはそれまでの防衛白書と異なりまして、かなり専守防衛から踏み出したような箇所が随所に見られます。それまでの防衛白書ではソ連軍事力の増強とそれから米国及び西欧諸国の軍事力の増強をほぼ同じようなウエートで扱っていたように思うのですけれども、昨年あたりはソ連の方がどんどん増強するからやむを得ず対抗上アメリカ及び西欧諸国もまあこれに対して対抗策を講じているんだということで、アメリカ及び西欧諸国の対応がこれがうまくいかなければソ連の軍事的な攻撃をこうむるんだというような形に防衛白書の記述が持っていかれているように思います。したがいましていま先生御指摘になったような侵略の企図を放棄させる、こちらは受け身なんだというような、そして対抗しなければ向こうからやられるんだ、こういうような記述から、侵略の企図を放棄させるというような専守防衛から踏み出したような記述になるのかと思います。そしてそのためにたとえば三海峡封鎖をほのめかす、あるいはシーレーン防衛を強調するというようなことになっているのかと思います。  これは毎回の防衛白書はそうでございますけれども、必ず防衛白書最初には「世界の軍事情勢」というのが出てまいりまして、そこでは主として米ソを中心とする軍事的な緊張関係あるいは軍拡競争というものが盛んに記述をされまして、それに続いて第二編以降におきまして日本防衛政策。一昨年までは第一編の記述と第二編の記述というものはほとんど関係なく記述されておったわけでありますけれども、昨年からは第一編の記述と第二編の記述を結ぶその媒介といたしまして、今御指摘になりました「西側一員」、さらには進んで「西側陣営一員」というようなことを強調するようになりました。  それで、西側というのは先ほど御説明いたしましたように極めて漠然として使われる言葉であります。非共産主義諸国を一括いたしまして西側という言葉を使う、それとNATO及びNATOワルシャワ条約機構東西対決というものをごちゃまぜにいたしまして西側陣営という言葉があたかも西側という言葉と同じであるかのように扱いまして、そしてヨーロッパ及び米ソを中心といたします軍事的な対決に日本を引きずり込もうと、こういうようなことになってきているわけでありまして、いわゆる西側陣営の軍事的な緊張関係が激化しているということは事実であるにいたしましても、あるいはまた、もう両者の間で極めて巧妙な駆け引きが行われているといたしましても、日本はむしろそういう緊張関係から遠ざかるように日本安全保障政策を持っていくべきではなかろうか。防衛白書が示しておる方向はそれとは全く逆の方向を指し示しているように私は感じております。  どうも失礼しました。
  46. 野田哲

    ○野田哲君 続いて前田参考人シーレーン防衛の問題についての見解を伺いたいと思います。  最近日米の間での防衛上の問題、最大の課題はシーレーン防衛ということになってきておりますが、一体このシーレーン防衛というのは何を意味しているのか。アメリカがこれほどまでに強く日本に求める意図は一体どこにあるのか。そして、実際問題としてシーレーン防衛のことでよく説明されるのは、中東やあるいはアメリカからの航路帯の防衛だ、日本への物資の輸送の防衛なんだ、こういう説明がされるわけですけれども、一体本当に軍事的に見てあの広い地域の航路帯というものが防衛可能であるのかどうか、そして本当にそれを可能な状況にまで達成していこうとするのにはどれだけの海軍力や空軍力を持たなければいけないのか、そういう点について前田先生はどういうふうにお考えになっていらっしゃいますか。
  47. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) アメリカシーレーン防衛を強調しておりますのは世界戦略との関連だと思います。  ソ連との軍事的な対決におきましてアメリカは全世界に海軍力を展開し、海軍力のみならずその兵力も展開しているわけでございますけれども、したがいまして、それが途中で切られるようなことのないように、そういう体制をつくらなきゃならない。したがって、アメリカといたしましては、極東にあるソ連の太平洋艦隊によってアメリカとインド洋、あるいはアメリカから東アジアに至る軍事力の展開が断ち切られることのないように、日本に対する協力を強力に要請しているということだと思います。  しかし、だからといって、例えば日本の自衛隊がこれに協力しなければソ連が直ちにアメリカシーレーンを、アメリカの軍事的な海上を通じてのつながりを断ち切るかというと、そういうことではないと思います。むしろ現在は平時における軍事力を展開することによって、不敗の体制をつくることによってお互い相手より優位に立とうとしている。そしてそれを政治的な影響力の資産にしようとしておる。アメリカが現在、海上自衛隊に協力を要請しておるのは、そのために日本の自衛隊を使おうということであります。本来はアメリカの予算で行われなければならないものを、アメリカ自身ではとてもできないから日本にも手伝わせる、そして対ソ交渉を有利に展開する、こういうことだと思います。  もちろん日本に入ってくる物資を全面的に安全に輸送できるような海上交通路の保護というようなことは極めて困難であります。先ほども御指摘いたしましたように、日本は現在中東及びアメリカから大量の物資を輸入し、また全世界に大量の物資を輸出しているわけでございますけれども、したがいまして海上交通路がもし遮断されるようなことがあればお手上げになるのは当然であります。しかしながら、そういうような状況を我々は考えて日本防衛というものをそれに備えるようにもっていかなければならないのか、我々はそういうような状況に追い込まれるようなことを予想しなければならないのかというと、私はそういう必要は全くないというふうに思うのであります。日本が少なくともこれまでのような平和外交を展開し、そしてこれまでのように軍事力の拡張を抑制していくならば、我々は決してどこの国からも兵糧攻めにされるような、そういう状況に追い込まれる心配はないし、我々はまたそういう心配がないように今後とも我々の外交政策を展開し、海外との経済協力を展開していくべきだと、このように思うものであります。
  48. 野田哲

    ○野田哲君 長谷川先生にちょっとお伺いいたしたいと思うのです。  今のシーレーン防衛について、自衛隊の存在が憲法上違憲かどうかという問題はさておきまして、実際本当にこのシーレーン防衛について必要な軍事力を海上自衛隊、航空自衛隊が整えて、本当にアメリカの要請にこたえ得るような行動を太平洋地域で展開をしようとした場合に、その行動は憲法上一体どうなのか。今の憲法の理念、憲法の規定しているところに、専守防衛という形を仮に是認したとしておさまるのかどうか、その点の見解はいかがでしょうか。
  49. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私は専門家でないのではっきりは言えませんけれども、実は私は太平洋戦争中に船舶の輸送部隊で、今シーレーンと言われているようなところは半年ぐらい行ったり来たりしておりましたので経験もあるのですが、少なくとも今の政府の考えておられるシーレーン防衛ということですと、憲法違反だと言われている集団的自衛権の行動になることはもう明々白々だと思います。  すなわち、アメリカの空軍あるいは海軍、アメリカ軍事力日本の自衛隊とが共同して防衛するということになりますと、アメリカ軍が攻撃されたときにも日本がそれを援助しなければならない、日本がやられればアメリカ援助する。一体になって行動するわけですから、これはそこで問題になっている輸送船が何を積んでいるかなんということは一々捜索して、点検してから、日本へ持ってくる船だからそこで撃沈するとか、いやそうじゃない、これはアメリカ向けの貨物だから撃沈するとか、そんなことはもし戦争を仮定したらやるはずがございませんから、そうすると自国に直接関連のない輸送船の防衛日本の自衛隊がやるということになるんで、これはもう明らかに集団的自衛権の行動で、いまの日本政府の見解ならばこれは憲法違反だということになるだろうと思います。  ですから、個別的自衛権でシーレーン防衛なんていうことが説明できるはずはないというふうに私は思います。したがって、これはもう私の考えている憲法の上の上の話、外の外の話で、そこでもやはり何かもう現実が先に進んでしまっている、あるいはアメリカ側の要請が先に進んでしまっていて、日本防衛政策日本人が自主的に考えた問題より先へ先へいってしまっているんじゃないかという不安を私は感じます。
  50. 中西珠子

    ○中西珠子君 公明党・国民会議を代表いたしまして御質問させていただきます。  本日は参考人の先生方、お忙しいところをおいでいただきまして、それぞれ有益な、貴重な御意見を賜りましてありがとうございました。心から御礼申し上げます。  まず第一にお聞きいたしたいのは、田久保先生にでございますが、五十九年度の政府ODA一般会計予算は九・七%アップになっております。これは非常に結構なこと、と申しますのは、八二年度までのODAのGNP比率はDAC加盟国の中で日本は十三位、これは田久保先生御指摘になったとおりでございます。また国民一人当たりのODAの額は十五位という大変低い状況でございますが、今回の一般会計予算のODAの九・七%アップというのは非常に結構なことではございますが、田久保先生が御指摘になりましたように、経済協力の内容というものが非常に質が悪いということでございますと、これはやはり財政難の折から、九・七%アップするODAの内容というものをもっと監視し、よくしていく必要があると思いまして、また政府にも注文をつけなければならないところでございますが、先ほどの田久保先生、時間の制約から詳しいお話は伺えませんでしたけれども、いかに質が悪いのであるかという点につきましてもう少し詳しく御意見を賜りたいと思いますが、いかがでございましょう。
  51. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 私もこれ専門家ではございません。外交問題を勉強している一環としてやっているわけでございます。私、先ほどから大分さな臭いことを申し上げているわけでございますが、先ほどからこれまた繰り返し申し上げていますように、つまりつめときばに対する強い措置と、もう一つ、徹底したやはり平和外交永井先生もさっきおっしゃったような徹底した平和外交、これが必要だと思うのであります。これを同時にやっていく。矛盾でありますけれども必要だと思うのであります。この柔軟な路線の極めて重要な部分が対外経済援助だと思うのであります。ODAの十五位、十四位というのは私大変恥ずかしいと思うのであります。一時鈴木内閣のときでございましたが十三位ぐらいになりまして、政府がこれを吹聴して、我々大変大きなことをやってるんだというようなことを言っていたわけでございますが、大体DAC加盟国十七人、十七人のセミナーで十四か十五番目だといって大騒ぎしてあっちこっち近所じゅう騒ぎ回るばかがどこにいるかと私は思うのであります。これはどうしても五番目ぐらいに入ってようやくおれは五番目だぞと大きな顔ができるんだろうと思うのであります。我が国が財政難であるということは重々承知しているわけでございますけれども、ここの部分は絶対に譲ってはならぬ。この経済援助を幾らやっても、この金を幾らとっても、政治家は票にならないと思うのであります。ところが票にならなくても、後世の史家が、あの政治家がこういうことをやったと、きちっとした判定を下すようなことを大いに私は政治家の諸先生にやっていただきたい、やっていただく点はこの点だということを申し上げたいわけであります。  第二点の質が悪いということでございますが、これは大蔵省の財政投融資資金を回してやっておりますので、利率が高くなるんではないかと、それから償還年限なんかも、これは詳しく私数字を持っておりませんけれども、これも長く延びてしまうのではなかろうか。つまり、ただの方の金は大いに額をふやす、こちらの第二の融資の方は質を改善させる、これがどうしても重要なことだろうと思うのであります。  あとは配分の問題でございます。これはどうするかということは、まあ時の政府の英明な御判断に任せる以外にない、こういうふうに思うのであります。
  52. 中西珠子

    ○中西珠子君 ありがとうございました。  評価機関といいますか、ODAの評価をやる恒常的な機関というものが、国際協力事業団では評価委員会というのが昨年あたりからできまして、発足して時間がたっておりませんから余り突っ込んだ評価ができていないと思いますけれども、その国際協力事業団の評価委員会というのは、国際協力事業団のやっている、ほとんど二国間援助ですね、そういったものを対象としておりますが、もう少し広く全般的な協力の評価をするという機関がないのではないかと思うのですが、恒常的機関を設置する必要性というものについていかにお考えになりますか。
  53. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 仰せのとおりだと思うのであります。恒常的機関をどうしてもつくらなければいかぬだろう、こういうふうに思います。  それから、先ほどちょっと申し上げようと思ったんですが、配分の問題でございますが、ばらまきというのはこれまた大変非能率的、効果もないわけでございます。また、これを受け取る側が必ずしも正しい使用をしていない。何というか、中間搾取みたいなこともかなり行われているようでございます。これもよく目配りをしなければいかぬのじゃないか、こういうふうに思います。
  54. 中西珠子

    ○中西珠子君 どうもありがとうございました。  前田先生に伺いたいのでございますが、日米安保は百害あって一利なしと大変御明快な御理論を展開なさいまして、日米安保の有用性についての賛否というものはいろいろあるとは思いますけれども、前田先生は日米安保とは別に国連の平和維持活動、殊に国連軍への日本の参加ということについてはどのような御意見をお持ちでいらっしゃいましょうか、お伺いしたいと思います。
  55. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 国連軍の問題は非常にむずかしい問題でございますけれども、私は少なくとも日本の現状においては国連軍への参加はすべきではないというふうに考えております。  もともと日本の国防の基本方針からいたしましても国連中心主義というのが一つの柱になっておりまして、国連のこういう平和維持活動については日本が貢献するということはこれは当然なことだと思いますけれども、現在日本国連への財政的な負担を通じまして寄与しているわけでございますけれども、しかしながら、この国連軍への派遣の問題になってまいりますというと、我が国の憲法との関係もございますし、憲法につきましては先ほど長谷川先生からいろいろ御指摘ありましたように、さまざまな思惑がこの憲法をめぐって存在いたします。我々といたしましてはとにかく今、海外派兵についての何らかの突破口をつくるというような目的でこの国連軍派遣についてのさまざまな提案がなされている、そういう現状でございますので、少なくとも日本が今後長い時間をかけて、かつての日本侵略政策についての周辺諸国からの疑念あるいは疑惑、そういうものを完全に払拭をし、日本の平和国家としてのイメージが完全に定着をし、そして日本国内において軍拡への動きというものは完全に終止をした、そういう時期において改めて我々はこの問題を取り上げるべきではなかろうかというふうに私は考えます。
  56. 中西珠子

    ○中西珠子君 どうもありがとうございました。  もう一つ前田先生、先ほど経済交流経済協力の重要性ということも御指摘になりましたけれども、現在日本がやっております経済援助の中にパキスタンとかトルコとかいう西側の戦略拠点、いわば紛争周辺国に対する経済援助も引き続き行っているというふうに見受けるのでございますが、これについてはどうお思いになりますですか。
  57. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 私は、経済援助をそのような形で使うべきではないと思います。経済援助は、むしろ第三世界あるいは低開発国、発展途上国でございますが、発展途上国の経済的な発展に本当に資する形で行うべきものであって、少なくとも日本については安全保障的な見地から経済援助をいじくり回すというようなことはすべきではないし、現在行われているのは、日本の見地というよりはむしろアメリカ世界戦略の一環として日本経済援助が利用されておる。日本の国民の税金がそのようなことに浪費されて、しかも日本自身のイメージをも損うというようなことになるのはまことに残念だというふうに思います。
  58. 中西珠子

    ○中西珠子君 どうもありがとうございました。  ただいまの御意見ごもっともですが、経済発展ばかりでなくやはり民生の向上それから福祉の向上というものに貸さなければならないというふうに私は考えるのでございます。
  59. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 全く同感であります。
  60. 中西珠子

    ○中西珠子君 長谷川先生にお伺いしたいのでございますが、日本国憲法と平和の確保について大変啓発的な有意義な御意見を賜りましてありがとうございました。私は公明党員ではなくて公明党・国民会議のメンバーでございますけれども、公明党といたしましては、その綱領の中に、やはり平和と基本的人権、そして民主主義のとりでである現行憲法を擁護しなければならないということをはっきりとうたっておりますし、また平和運動をやっていくには憲法の学習をまずやらなければいけない、憲法を守ることをやらなければいけないということを考えておるわけでございますし、また平和運動がいろいろ分裂して、そして国外でも変な分裂行動を起こすという御指摘もございましたけれども、これが一つにまとまる唯一の可能性、まとまらなくても一致点を見出せる可能性は現行憲法の擁護ということではないかと思っているくらいでございます。  ただ、やはりこの憲法の平和主義を中心とした平和教育と申しますか何と申しますか、そういったものを小さいときから国民の間に浸透する平和教育が必要なのではないか。小学校、中学校、高校の段階でも憲法の中身を易しく教え、そして平和の大事なことを教えていくというその平和教育のあり方というものを何とか発展さしていかなくちゃいけないと考えるのでございますけれども、大学生は自分で本を読めばわかるし、お話を聞けばわかりますけれども、そういった小さい子供の段階からどのように教えていくかということにつきまして長谷川先生はどのようなお考えをお持ちでいらっしゃいましょうか、お伺いしたいと思いますが、いかがでしょう。
  61. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) これは一つは今もう既に社会で教科書と教科書の検定問題でいろいろ問題が起こっておりますが、憲法について言いますと、私の友人にも社会科の教科書を書いて第九条で引っかかって、ほとんどの人はそれで嫌気が差して教科書書くのをやめてしまったというのが多いのですが、今の小中学校、高校の教育を受けてきた者に、大学に来た者に聞いてみますと、例えば憲法の重要性ということは一般的には言われているんですけれども、第九条のような非常に意見対立したところですね、そこは実に簡単に何か飛ばしてしまっている。要するに、先生は第九条を読んで何かむにゃむにゃと言うぐらいで、それについてほとんど詳しい説明をしてくれないと言っている学生が多いのです。  本来ならば、私は、憲法の第九条なら第九条についてこういう考え方もある、こういう考え方もある、こういう考え方ならこういう結果になる、こういう考え方ならこういう結果になる、いま政府はどういうことを言っているということを――少なくとも高校生ぐらいならばそれこそ教育基本法で言うところの政治的な教養を身につけさせるためには一番いいテーマだと思うのですけれども、先生たちはそれでもめたら困るという責任逃れがあるでしょうし、教育委員会は教育委員会でまた偏向教育なんて心配があるでしょうし、もう何といいますか、憲法についてだけではありませんけれども、ある特定の内容を教え込むことが教育だと思っている方が多いものですから、憲法のように、第一条から百三条まで全部意見対立のあるこういう重要な条文について、その重要な点をいろいろな考え方があるんだということを教えて子供に考えさせる、そういう教育が本当の憲法教育であり、平和の重要性というのは、そういういろんな意見の違う人がいて、しかも一緒にやっていかなきゃならないのだということを理解させるのが本当の平和教育だと私は思うのですが、どうもその点が日本の文部省の監督している教育の中では現実に行われていない。したがって、私たちのところへ来るときにはおよそ憲法について正確な知識を持っていない、憲法の講義を聞こうという姿勢のない大変お粗末な学生が入ってきます。それを修理して卒業させるのには大変私たちは苦労しているわけです。
  62. 中西珠子

    ○中西珠子君 どうもありがとうございました。  一つ永井先生にお伺いしたいのでございますが、先生がやはり国際的な日本の対応のためには絶対に文化とか学術とか人物交流が必要であるということを御指摘になりまして、私も全く同感なんでございます。また先生のお話の中で、外国に向けて仕事のできる人材の育成が必要だと思ってそれに努力しているというお話をなさいましたけれども、詳しくはおっしゃいませんで、ちょっとおっしゃいましたので、私は非常に感銘を受けたんでございますけれども、私ごとになって大変恐縮でございますけれども、私自身が長い間ILOという国連の専門機関で働いておりまして、その経験からどうしても国際的に仕事のできる人材の育成、殊に国際機関で働くことのできる人材の育成が必要ということを痛感いたしまして、本当に小さな津田塾という財団の理事長をいたしておりますときに、国際研修センターというのをつくりまして、そこで日本人で国連機関で働くことを志望する人たちの訓練をいたしまして、二年余の間に二十数名ですか国連機関に送り出したんでございますけれども、そこで感じましたことは、補助金もなしに民間の団体がやれることの限界というものを本当に感じたわけでございます。  その際国連大学からも大変御協力を賜ったわけでございまして、感謝いたしておりますし、また外務省からも後援していただきまして、これは補助金を一切いただかない全くのモラルサポートというか、精神的な支持でございましたけれども、それでも非常に大きな後ろ盾とはなったわけでございますけれども、その外務省の後援をいただくに当たりましては、日本人を対象にしなければいけないということが一札入っておりまして、アジア地域の人で国連機関で働きたいからその国際研修センターに入れてほしいという人が来ましても、入れることができないわけでございますね。それで何とかこれはならないかということを非常に苦慮したわけでございますけれども、国連大学は、ウ・タントが初めて国連大学構想を打ち出しましたとき、その目的の一つに、何か開発途上国の人が国連機関で働くための研修も一翼として担わせるというふうな話があったやに承っているわけでございます。  それで、国連大学の一つのお仕事として、開発途上国の人たちを対象に国際機関で働けるような訓練をするということが可能なのか不可能なのか、いかがなのでございましょうか、ちょっと御意見を賜りたいと思いますが。
  63. 永井道雄

    参考人永井道雄君) ただいまILOと国連大学の関係についてもお言葉を賜りまして、お礼を申し上げます。  国連大学は、先ほど申し上げましたように支店の方が早く動きまして、ヘルシンキ、象牙海岸、それからベネズエラというあたりが動くわけです。それで、日本政府は建物は建てる、本部はつくる、そこまで二つ約束をしておりまして、三番目は方々で研究研修センターができたときには日本もつくる、こう書いているわけです。その三分の二まで金は払います。もう実はそういう事態が参りましたので、私は現在政府と折衝中でございます。そこで、最も早い機会に研究研修センターをつくりたいと思っております。これは御承知のように理事会も国際理事会でございまして、二十四カ国参加しておりますが、すべての国がそれを希望いたしておりますから、日本政府もそれに沿ってくれるものと思っております。  その中の研修というのは、国連大学の場合はもちろん日本人に限定いたしません。どちらかというと非日本人の方に限定するおそれがちょっとあるわけです。私は実はそれは困る。なぜかというと、海外青年協力隊なども私は行ったりしておりますけれども、それから東大を初めとする日本の優秀だと言われる大学の学生諸君もアメリカに行ったりイギリスに行ったりする準備はできているんでございますが、御承知のように発展途上国で働くことは大変下手でございます。私自身も発展途上国の先生をいたしてまいりましたので、これは非常に弱点だと思いますから、実は国連大学の研修センターの場合には非日本人に限定するおそれがありますが、私は相当主張して、日本人もそこに含めるという方向で理事会にお認め願いたいと、さように思っているわけです。  それから、お許しをいただいて平和憲法との関連について申し上げますと、この平和憲法というのはもちろん国連大学に関連いたしておりますが、いろんな説があるようですけれども、私は当時の幣原総理大臣がやはり非常に責任を持たれたものと思っております。その理由を言えと言われれば幾らでも申し上げますが、そう思っています。  といいますのは、幣原さんという人は濱口内閣の外務大臣をやって、そして当時の日本外交に反対いたしました。十四年間あらゆる地位を去った、高い地位にあってそういうことをやった唯一の人であります。そこで、平和憲法をつくるときに枢密院で説明をしておられますが、自分は生涯を少数派で生きた、平和憲法日本世界の少数派として荒野の中をただひとり行く、この道に決意いたしました、前途は深刻なものですと言っておられます。私は正しいと思います。  そこで、初めから繰り返し申し上げているのは、したがって国内において議論することは結構でございますが、我が国の幣原さんが考えられた路線の憲法は私は時代に沿っていたと思いますが、しかし、荒野の中にひとり行く、幣原さんの生涯とまさに同じぐらいの決意を必要とするものであって、そういう角度から実は私は、人材を養成いたしませんと日本民族の将来が危ないと思っております。
  64. 中西珠子

    ○中西珠子君 どうもありがとうございました。  ただいま永井先生から、国連大学に公務研修所ができますときは日本人を除外しないように御奮闘くださるそうでございますが、ぜひよろしくお願いいたします。JICAにも国際協力総合研修所ができまして、ライフワーク専門家なるものが昨年度は十名、ことしの予算では二十名ということで研修するそうでございますし、また、通産省傘下の貿易研修センターもございますし、また、新潟に国際大学もできましたけれども、やはり国際機関で働いて、公務という、国際公務を担当できる人材の育成というものは本当に大事だと思いますので、ぜひよろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました。  それから先生、もう一つお聞きしたいのでございますけれども、もう既にお答えをいただいたようなものでございますけれども、留学生の受け入れに関しまして、もっともっとこれを拡充しなくちゃいけない、それには大学をもっと国際化していかなくちゃいけないという議論が相当出ておりますし、中曽根総理もこの間の施政方針演説の中でやはり大学を国際化するというふうなこともおっしゃいましたけれども、大学の国際化だけでは私は足りないので、やはり小さいときから国際的な理解というものをさせなくちゃいけない。小中高の段階で国際理解のための教育というものがなされなければならないと思うのでございますが、いかがでございましょうか。
  65. 永井道雄

    参考人永井道雄君) 全くおっしゃるとおりだと思います。  ただ、理解というだけでなく、私は経験が必要だと思います。そうすると、外国に行くのかということをよく言われるんですが、実はよく日本で、そう言うと語弊があるかもしれませんが、ロータリークラブの会などがありまして、世界の人は手をつなぎといって歌を歌う。見回しますと、日本人だけが集まってそういうお祭りをやるのが好きでございます。ところが、我が国には韓国人が七十万人以上いる。中国人が三万人以上います。外国人というと何か西洋人だと思う、これまた日本人特有の大変おもしろい考えでございますが、そういう外国人は地にあふれているわけで、小学校にお呼びすることは何でもないと思います。何かそういう機運をつくりまして、そしてまあ普通の日本人と違う種類の人、それと接触する癖が大事だと思うのです。  それから、もう一つ申し上げておきたいのは、日本人の中にも未解放部落の人というものがあります。そこで、その人さえ疎外する空気がしばしばございます。要するに日本人だけが人間ではないわけでございますから、人間というのはいろんな人たちがいるんである、それが人間だという基本的な経験というものが、私はもう小学校から大学まで教育の根幹であるような、そういう姿にしていくことが大事だと思っております。
  66. 中西珠子

    ○中西珠子君 どうもありがとうございました。全く御意見に賛成でございまして、大いに私どもも努力していきたいと思っております。ありがとうございました。  田久保先生にお聞きしたいのでございますけれども、先生は武装中立論でいらっしゃいますけれども、そのようにお聞きしたわけでございますけれども、ラテンアメリカあたりではもうすでに非核地帯構想――非核ですね、核武装をしない地帯の、また核も持ち込まない地帯の構想というものが現実化されつつあるわけでございますけれども、こういった動きに対してはどのようにお考えでいらっしゃいますか。
  67. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 私、武装中立と申し上げた覚えはないのでございますが、あるいは私の言い方が悪かったかもしれません。現実の問題として今それは不可能だということを申し上げたわけであります。  これは非核武装地帯でございますが、今御指摘になったそういう地域のほかに、去年の三月でございますが、ワルシャワ条約機構軍が西欧と東欧の真ん中に線を引っ張りまして、東西に三百キロでございましたか、パルメ氏が初めつくった案、これをもとにしているわけでありますが、この案を出しているわけであります。ただし、こういう案でございますが、これは東西の絡みの中にちらちら出てくる、先ほど申し上げましたダブルトラックのやわらかい線の方でございまして、これがすぐに現実化するとは私は思っておりません。  それから、ついでながら米ソ関係の絡みで申します。  米ソは大変対立しておりまして、去年の十一月から十二月にかけまして例のINF、それからSTART――戦略兵器削減交渉であります。それからウィーンでずっと開かれておりました中部欧州相互均衡兵力削減交渉、この三つが中断されまして、いかにも米ソがいがみ合っているというような印象を受けるわけでございますが、もっともっときめ細かく、もう一つのやわらかい線を綿密に観察する必要があるんではないか、こう思うのであります。  いまおっしゃった非核武装地帯提案に関連して申し上げますけれども、一月の十一日でございますが、ソ連の技術者がワシントンに入りましてアメリカの技術者と話し合った。リチャード・バートという国務次官補が出てまいりまして、それとソ連の駐米大使であります、この二人がみっちり話し合った。何を話し合ったかといいますと、ホワイトハウスとクレムリンの間のホットラインにファクシミリを導入するかどうか、大変なことを話し合っているわけであります。これは新聞に余り出てこない。ワインバーガーがしびれを切らせまして、彼が大いにこれは注目すべきだということでわめいたわけであります。それからその後、ソ連側からベーリング海峡に米ソのボーダーライン、これはアラスカを金で買って以来はっきりしていなかったわけであります。これをソ連側がアメリカ側に交渉を再開しよう、こういうことを言ったわけであります。そのほか、ロンドンで米ソの小麦交渉が再開される。  私は、この三つを見ておりまして、米ソ必ずしもいがみ合わないぞということをしゃべったり書いたりしたわけであります。その直後、一月の十六日でございますけれども、レーガン大統領がソ連に今度は話し合い、対話、交渉再開を呼びかけた。その翌々日の一月の十八日でございます。御案内のように、ストックホルムにおきまして米ソ外務大臣会議が開かれた。そこで、三日後にシュルツが明らかにしたわけでありますが、グロムイコ外務大臣から、三月十六日以降、ウィーンで中部欧州相互兵力均衡削減交渉を再開したいと、こういうことを言ってきたわけであります。その直後にアンドロポフの死去ということがございまして、ここにブッシュ副大統領が参りまして、チェルネンコと会談をしている、こういうことでございます。ごく短かい間でございますが、現在に至るまでチェルネンコから猛烈な対米批判が出てこない。これは、一見米ソがいがみ合っているようでございますけれども、その反面で大変なコミュニケーションが行われている。その一環として非核武装地帯提案、ソ連から出されたそういう提案というものを見る必要があるのではないか。  米ソ絡みで申し上げました。
  68. 中西珠子

    ○中西珠子君 どうもありがとうございました。  ちょっとまたテーマが違いますけれども、先生は、日本国連の平和維持活動、殊に国連軍への参加をするべきであるとお考えでございますか、するべきでないとお考えでいらっしゃいますか。
  69. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 先ほど申し上げましたように、私は西側一員――これは御質問があればもう少ししゃべりたいわけでございますが、一員というところに腰を落ちつけるべきである、要するに西側一員としてもっと貢献すべきだ、かような見地から申しますと、国連の平和維持軍に出してもいいのではないかという感じをいま持っております。  ただし、これは現実の問題としてできるかできないか、この平和維持軍に例えばだれか自衛隊を送った場合に、その人が傷害あるいは誘拐されることがあるかもわからない、殺されることもあるかもしれない。その場合の法体系、これは不備でございます。こういうものをきちっとした上でないと軽々に何々すべきだというようなことは申し上げられない。ただ、私は方向としてはやるべきだけれども、現実の問題としてできないのではないか、こういうことを申し上げたいわけであります。
  70. 中西珠子

    ○中西珠子君 現行憲法と現在の自衛隊法のもとではできないというお考えではなくて、自衛隊で国連軍の一員として従軍した者の身分保障とか、そういった面でできないとお考えなんでいらっしゃいますか。
  71. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) そのとおりでございます。
  72. 中西珠子

    ○中西珠子君 長谷川先生はどうお思いでいらっしゃいましょう、国連軍に参加は、現在の憲法下、自衛隊法のもとでできるかできないか。
  73. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私の記憶では、政府の見解は、行って軍事行動をするような派遣はできないけれども、全く軍事行動をしないのなら可能じゃないかというようなたしか答弁が国会で何かあったような気がするんですけれども、私はそういう三百代言的な説明は全くナンセンスで、いまの自衛隊法ではできないと思います。  ただ、先ほどから私答弁していますように、いまや自衛隊は憲法違反だけじゃなくて自衛隊法にも違反していろいろなことを事実上やり始めていますから、そういう海外派兵ということを今の自衛隊法でできないものをやってしまって、後からまた理屈を考えるみたいなことが行われはしないかというふうに――私は事実としてしない方がいいだろうというふうに思っています。
  74. 中西珠子

    ○中西珠子君 ありがとうございました。  永井参考人に伺ってもよろしいでしょうか――日本国連の平和維持活動、殊に国連軍へ参加してよいものかよくないものか、またできるのかできないのかについて御意見を賜りたいと思います。
  75. 永井道雄

    参考人永井道雄君) 私は法律家ではないですから法律論をやるつもりはありませんが、具体的なことを申し上げたいと思います。  国連大学のスジャトモコ学長がすでに公式のところで述べておりますが、現在、監視衛星ですね、米ソが核兵器をつくっている、この監視衛星を国際機構は持つべきである。これができてないものですからお互い米ソが監視をするんですね。これは当事者が監視しますから非常にアイゼンハワー大統領のころあたりも問題がございました。国連監視衛星というものをつくるべきじゃないか。この国連監視衛星をつくるときには日本は相当技術的に水準が高いので一番重要な貢献をすべきではないか。そこで私は実は自然科学の人たちに聞いてみました。そうすると現在の日本科学技術はとてもそこまでの水準がないそうです。しかしながら何カ国か協力をいたしますと、それは十分検討に値する。つまり日本はワン・オブ・セムとして五つか六つの国で考える。この種の相談を政府間もいいですが、私は学者がお互いにやる必要があると思います。これができますと、これは派兵問題とちょっと違うのですが、非常に実は有効でございますので、私は検討に値するのじゃないか。スジャトモコ学長は日本に来ていまして、ぜひ日本で考えてほしいことの一つとして、これは外務省の方たちもおられるところで言ったわけで、その後何もお返事がございませんけれども、これはおもしろい問題だと思います。  それからもう一つは、多分中西さん御自身が痛感していらっしゃると思うのですが、国連というのは非常に遠くにございますね、国際機構一般に。そういうものですから日本人はそれについての考え方が大変ロマンチックになるかと思うと、今度はまたすぐ幻滅して、現実化を思って、その中でそれはちっとも楽な話じゃなくて大変ではございますが、やっていくという感覚になかなか近づかない。これをつくるのがどうしても派兵だの何だのの議論をする先に必要だと思います。  実は、その意味でも私は東京の本部のことを非常に急いでいるんです。これをやりませんと、自分のところに土俵がありませんから、一度もうちの土俵で練習しない人が急に国技館に行って相撲をとるようなことになって、多分そうするところびますから、ですから練習をする。甲子園の野球に出る場合にはそれぞれの学校に運動場がある。ところが今運動場もないのに、世界のあっちをこう動かすのです、ああ動かすのですという不思議な議論を平気でやっています。これは極東の国はほとんど全部ついこの間まで植民地だったし、日本もやっと独立が精いっぱいというのですからそれだけおくれていて無理ないと思うのです。無理ないとは思いますが、もうこの辺まできますと、やはりそろそろ練習場はつくる、これをやった後でやはり順を追って考えていくべきことだと思います。ただ、監視衛星の方はこれはやってやれないはずはない、かように思っております。
  76. 中西珠子

    ○中西珠子君 ありがとうございました。  これで質問を終わります。どうも先生方ありがとうございました。
  77. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 四人の参考人の方々、大変貴重な御意見をありがとうございました。  初めに前田参考人にお伺いいたしますが前田参考人の御意見、若干の点を除くと私ども基本的に賛成の点が多いのですが、元防衛研修所の安全保障担当の第一研究室長の方と私ども共産党と安全保障問題でかなりの点が一致できるという点は、多少我田引水めきますけれども、国民的合意がこの方向で可能だろうという気持ちが起きまして、大変心強いのですけれども。  前田さんは七三年から八〇年まで七年間防衛研修所の第一研究室長をおやりになって、制服の一佐、二佐二十五名、それから内局あるいは各省庁の十名の学生に教えてこられたというのですが、そういう防衛庁としてはかなりユニークな講義を七年間お続けになって、私これは大変重要なことで防衛庁もなかなか表現の自由があるなと思いましたけれども、効果と反響は、教育効果はいかがだったでしょうか、率直な御感想をお伺いしたいと思います。
  78. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) ちょっとお答えしにくい問題なんでございますけれども、私自身が感じましたのは、個人的には皆さんかなりのところまで理解してくださいますし、それからまた私の議論に同感を表明する方もかなり多かったと思います。しかし、陰の声というのは余りよくわかりませんで、陰で、けしからぬやつがいる、こういう話を防衛研修所でやらせるとはけしからぬというような声もあったやに聞いております。  実際にどれだけの反響があったかと申しますと、それは確かに多くの方が共感を寄せられましても、それぞれの方は教育が終わりますとそれぞれの部署に戻ってしまいまして、その中で仮に私のような議論を吹聴しようといたしましてもこれは全くの孤、的な存在でございまして、なまじっかそのようなことをすれば村八分になりかねない。そして、じゃ、村八分になってもそういう議論を通してそれで何らか効果があるかといえば、そんな効果があるとも思えないということでございますので、それぞれ戻った方が私の議論を吹聴してくださったというようなことは聞いたことがございません。  ただあるとき、防衛白書を作成する際に、私の話を、白書を作成するための作業グループがわざわざ聞きに来たことがございます。しかし、だからといって白書に私の考え方が若干なりとも反映したかと申しますと、そのようなところは毛ほども見えなかったのであります。  これは、防衛庁というような組織体の中において一つの暗黙の合意のようなものが形成されておりまして、その中で異端とも見えるような議論というものはなかなか受け入れられない。これはいかなる組織体においても同じことだろうと思います。これは会社のようなところでも、なかなか会社の基本的な方針に反するような意見というものは受け入れられない。必ずしも防衛庁だけを責められる問題ではないと思いますが、実情はそのようなところでございます。
  79. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 私は、大変勇気ある行動で本当の意味で愛国的なことだと思いまして、いつかは実を結ぶと思って敬意を表させていただきますが、若干違うところがあるということは、一つやはり安保条約の廃棄の問題のところなんですが、安保条約については時間の関係最初の御意見のときに余りおっしゃらないで、午後の質問に答えて安保条約、最初のときは弱めて最終的にはなくそうとおっしゃって、午後はアメリカの基地貸与料として補償金を出させるということも考えられるというようにおっしゃったんですね。私どもはやはり安保条約十条に基づいて即時廃棄をすることが一番合理的だろう、そう思うのですが、前田参考人の、安保条約がアメリカのただ乗りだ、あるいは押しつけた、それから全く意味はないと評価されている点からいってもその方が合理的な結論ではないかというように思うのです。  と申しますのは、前田参考人は、日本の安全の問題について、敗戦の結果すべての軍事的争点がなくなっているということを指摘されました。ポツダム宣言を受諾して、それから新憲法をつくった。私参議院の代表質問でもちょっと指摘したんですが、当時の、サンフランシスコ条約を結んだときの外務省の西村熊雄条約局長は、幾つかの著書あるいは講演で触れられているんですが、一九四九年、ほぼ昭和二十四年までは外務省も平和条約後は非軍事化、それから中立は必至だと思って作業していたとおっしゃっているわけですね。だから、そういう点で敗戦直後の、長谷川参考人もあの時期の国際環境に触れられましたけれども、やはり安保条約を押しつけられるまでは、戦争直後はやはり中立の方向で国民的合意があったわけです。マッカーサー元帥も日本が東洋のスイスたらぬ限り講和後は国連が担当すべきだということまで言っていた時期もあったわけなので、やはりこの日米安保条約はただ弱めるというのではなくて、あるいはアメリカに補償させるというのではなくて、条約に基づいて廃棄通告をして一年後になくすということがいいのではないか、日本の安全のためにも、そう考えるわけですが、その点御意見をお伺いしたいと思います。
  80. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 確かに今上田先生を言われたように、私の議論からいえばストレートに安保条約廃棄につなげるのがこれは合理的であるかのように思われてもいたし方ございませんけれども、しかし私は、日本が安保条約を必要としないというふうに申しましても、アメリカ側は非常に必要としてるんじゃないかと思います。こちらが必要としないといって、向こうもじゃそれなら撤回しようということになって簡単に問題が解決するのであるならばこれが一番理想的でございますけれども、しかし日本が廃棄することによってアメリカが軍事的に窮地に陥るというようなことであるならば、アメリカの非常な反発を買うのではないかということを私は恐れるのであります。  したがいまして、アメリカが現在の基地あるいは在日米軍等を逐次弱めていくという方向でおって、アメリカとかけ合っていくのがよろしいのではないかというふうに私は現実問題として考えるわけでございまして、そうすれば、そのような態度を我々がとるとするならば、この在日米軍というのは、あるいは日本における米軍の基地というものはまだ当分の間残ると考えなければならないだろう、そういうふうに考えるものですから、それならばアメリカからそれに相当したところの代償を要求すべきであろう、こういうような考え方、非常に折衷主義的な、打算的な考え方でございますけれども、その方が私は現実問題なのではなかろうかというふうに思うのであります。
  81. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 前田参考人のお考えはよくわかりました。これは今後大きなテーマになるだろうと思うのですが、田久保参考人にお伺いしたいと思います。  田久保参考人は、西側一員論のお立場から特にシュミット西ドイツ首相のSS20についての態度、NATO理事会でのダブルトラック――二重決定などの問題について高く評価される発言をされたと思うのですけれども、幾つかの問題がここにあると思うのです。  去年十一月に、西ドイツ、イギリス、イタリアなどにINFが持ち込まれましたけれども、あのとき、西ドイツの社民党はブラントなどの方が多数になって、シュミットが孤立しまして、社民党の大会は配備反対を決めたわけですね。西ドイツは既に六千個核弾頭を持っておりますし、そこにパーシングⅡ百八、巡航ミサイル百二十五基でしたか、それが持ち込まれるということが、やはりヨーロッパに核戦場が生まれるというのでかなり大きな反対運動が起き、社民党もそういう路線の変更を行ったということが一つです。  それから、西側の中にもオランダ、ベルギーなどはいまだに受け入れを決めていない。国外でも大きな反対運動があるということがございます。それから西側の中にも、大衆の国民の側から言いますと、ノーユーロシマ、カインオイロシマという、日本の広島、長崎のようにヨーロッパをするなという非常に大きな反核デモが生まれているわけで、単純に今西側一員論ということで割り切って西ヨーロッパヘのパーシングⅡ、巡航ミサイルの配備がダブルトラックの一環として便の方として意味があるのだと、単純にやはり私は言えないと思うのですね。特にその点でちょっと聞き漏らしもあったように思うのですが、非核三原則の問題について触れられ、アジアにおけるSS20配備について日本が余り知らなかったというふうにおっしゃったんですが、もし田久保参考人の御意見が、やはりアジアでも硬軟両用の態度をとるべきであって、例えばトマホークなどINFの配備ですね、こういうものが必要なんだ、そして、そのためには非核三原則もトランジットは認めるべきだという御意見だとしますと、本来日本はアジアの一員でもあるわけで、ヨーロッパNATO、それからワルシャワ条約機構のあの対決に基づく非常な緊張がアジアにもまた来てしまう。SS20、トマホーク配備で一層危険な状況になるのではないかと私危惧しておりますけれども、その点、御意見をお伺いしたいと思います。
  82. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 最初の西ドイツのSPDの決定、これは御指摘のとおりでございます。大変重要なのは国民感情、私はこれが大変重要だと思うのであります。  我々は、仮に日本に巡航ミサイル、あるいはパーシングⅡを配備するかどうかという重大なことになったらだれでも嫌だと思うのであります。嫌だ――これは仮に徴兵制度、自分の息子をやっていいか――嫌だと思うのは当たり前だと思うのであります。ただし、しかしながらその後理性が働くと思うのであります。しかしながら、国家の安全のためにこれもやむを得ないのではないかと。しかしながら以降の、理性の方を少しお考え願いたいと思うのであります。  そこでシュミットは孤立してしまった。すぐそのそばにSS20がある。これの恐怖ともう一つ自分の国土の中にパーシングⅡ、それから巡航ミサイル、これを持ってくるのはゆゆしい。これは日本が西ドイツの身にならないから――大変なことだと思うのであります。どうしても感情的に社民党がブラントの主張するような方向に傾くのは、やむを得ないと私は思うのであります。ただし、これは西ドイツの大勢がというとそうではない。コール内閣というのは、あれをきちっと認めておりまして、十月二十三日の連邦議会では多数決でともかく可決された、配備決定ということになったわけでございます。したがいまして、私は西ドイツ国家の大勢というものはあくまでもこれを是認する、配備を是認するということだと思うのであります。これが第一点のお答えであります。  それから、私、非核三原則の問題をちょっと申し上げたわけでございますけれども、舌足らずのところがあったかもしれません。これははっきり申しますと、今の非核三原則というのは、国会議員の先生も国民のかなりの人も知っている人は知っているわけであります。戦後の、どうもフィクションの上に立って、非核三原則というもので建前の方が先行しているというふうに私は考えるわけであります。たまたま非核三原則がインチキだということをソ連が知っておりますので、ソ連が知っているからこそ、抑止力が働いているから現実の問題としては何も起こらない、こういうことだと思うのであります。  そこで、上田先生と私、見解を異にするかもわかりませんが、トランジット、これは私は民間の一評論家の立場でございますけれども、認めざるを得ないのではないか、かように思っております。
  83. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 永井参考人にお伺いしたいのですが、大変興味あるお話をお伺いしまして、五十六年十二月六日、七日でしたか、ワークショップにも参加して、あのときどういう経過であれが開かれたのかもよくわかったんですが、今の非核三原則の問題とも関連するんですが、五十六年に東京の会議が終わった後でパルメさんは広島に行かれたわけですね。新聞報道を見ますと、パルメさんは広島へ行かれて、世界政治に責任を持つ政治家は広島に来るべきだ、ということを記者会見で述べられて、最近首相になってからもまたそのことを繰り返されているのを拝見したんですが、パルメさんはパルメ委員会のキャップでもあり、軍縮問題、核戦争の問題を非常によく御存じの方だけれでも、広島に行って初めてわかったことというか、来なければわからないとお感じになったと思うのですね。私はそれはやはり核戦争の恐るべき絶対悪としての被害だと思うのですが、私もおととし広島、長崎の平和記念祭それから原水禁大会に参加したときつくづく思ったんですけれども、広島宣言、東京宣言、それから保守派の方でも知事も県議会議長も市長もすべて核廃絶なんですね。広島、長崎ではやはり核兵器なくせという声が圧倒的で、私はそういうことをパルメさんも感じられたんじゃないかというように思うのですが、その点で第一回国連軍縮特別総会の最終文書もこれは全般的軍縮という目標を定めて満場一致で決まったもので、その中でも特に核軍縮優先と国連もはっきり決めているわけですね。  永井さんに先ほどパルメ委員会とブラント委員会の合同会議が行われた話も私実は初めてお伺いしたんですが、そういう最悪の事態の中で唯一の被爆国として日本が核兵器の廃絶、これを遠い話にしないで、段階や段取りがあるでしょうけれども、やはり大国、核所有国が集まって本当に核兵器禁止という目標をはっきり確認していくことが非常に大事なのではないかというふうに思うのですが、御意見お伺いしたいと思います。
  84. 永井道雄

    参考人永井道雄君) 上田委員がおっしゃいましたように、パルメ氏が見えたとき、非常にパルメ氏自身も感銘されまして、そのときにソ連はアルバトフ氏当時のブレジネフの外交顧問、それからアメリカは前の国務長官のバンスさんが見えて、ところが急用が起こりまして、広島に行くときには国連アメリカの前の公使ですが、レオナードという人が、アメリカが行かないのはやはり失礼であるというのでかわりまして参りました。あとイギリス、ポーランド等々大体総理大臣クラスのような方が十四、五人来ました。皆さん実は世界政治家の中では軍縮を考えてきた人なんですけれども、非常におもしろいことが起こりました。おもしろいことというのは、私はお供して行ったんですけれども、資料館に入りまして、政治家というのはどこの国でも割りにおしゃべりですから大きい声を出しでしゃべった。それで、入りまして二、三分たったらみんな急に黙り出して、見終わるまでずっと沈黙が続いたわけです。外へ出まして全部を代表してパルメさんが記者会見をしました。なぜ黙ったかというと、要するに、物を言うことができなくなった。それで、世界的に一番専門家と言われる人間たち一緒に来たんだけれども、大変なショックである。それがその翌年の第二次軍縮特別総会に出ました報告書の冒頭に書いてございますから、その程度のことは伝わったわけです。しかし、にもかかわらず、世界情勢がさっぱり好転しないということは、先ほど申し上げたように、パルメ委員会とブラント委員会が好転しないところか最悪になった。国連大学のようなところは大変閉口しておりますが、現在一つ進行しているものを申し上げたいと思います。  それはアメリカで去年の十一月の末に千人以上の科学者がワシントンに集まりまして、核戦争の影響という会議をいたしました。そして、一メガトン、十メガトン、百メガトン、いろんな場合があるわけですが、そうなりますとどうなのか。十メガトンぐらいですとダストが空に上がって、そして太陽の光が遮られるものですからだんだん地球が冷たくなりまして、直接死なない人も凍死するというようなことがコンピューターモデリングで明らかになったわけです。  そこで、それはアメリカの学者たちがやったんですけれども、国際学術連合という組織体がございまして、これは一九三一年にイギリスが中心になってつくったものですが、そこがそれを受け取りまして、アメリカだけでやっているべきではない、ひとつ世界の学会が協力して、主として自然科学の方なんですが、気象学とか生物学、放射能学、そういうふうな学問でいま申し上げたそれぞれの一、十、百とメガトンが違うわけですが、そのときにどういう状況になるか、確実なコンピューターシミュレーションをやるということを決定いたしまして、ソ連も参加する、もちろんアメリカも参加する。イギリスとフランスが旗振りになりまして、そして来年の十月にワシントンで戦後一番重要な報告書が発表されることになりました。今のように米ソの科学者の合意がございますので、この五月にはレニングラードで開かれます。  ところが、今までそれの執筆のところに日本の学者が入っておりませんで、この二月の九日から十二日まで、私は長距離電話で呼ばれてニューデリーに参りまして、その計画をしている人たちと話しました。やはり広島もあるし長崎もある、ただしかしそれは過去からの教訓という形で報告書に入れるわけですが、同時に日本もコンピューターシミュレーションは相当進んでいるし、立派な生物学者などもおられるので、最終報告の有力な執筆者になってほしい――今名古屋大学の飯島学長が広島のメディカルレポートというものを英語でも出しておられて非常に世界的に信用されておられる方なものですから、国連大学で飯島学長のお力をかりまして、自然科学者を全部動員いたしましてそれに参加する。これについて今までのところ、米ソ政府ともに全く科学的な報告でございますので文句がないわけです。これが出ますと、戦後初めて米ソの学者が共同研究をやってそれぞれの国で大々的に発表するということになります。  今申し上げたことからもおわかりのように、核戦争が起こりますと、大きさによって例えばイギリスぐらいの国が飛んでいくとかいろいろあるんですけれども、私もこの間報告を聞いたところでは、先ほどから申し上げます気象というような問題、それからうまく生き延びたところでも、天候が変わりますから全く水がなくなりまして、水がなくなることによって死んでいくとか、いろんな形が全部計算上もう今までのところも出ておりますが、あと一年半ぐらいかけますので、これは信頼するに足るものが出るんだと思います。軍縮特別総会でうまくいかなかったものですから、今学界の方で考えているのはそれでございまして、この場合も大体ヨーロッパの学者たちが中心ですが、もちろんいいことですから、我々の方も参加する、今さしあたって進行しているものはそれです。  それからもう一つ、多少ポリティカルな方を申し上げますと、ノルディックカントリーの非核地帯構想というのは先ほど申し上げたとおり進行しているわけで、フィンランドは、これは私なんかより田久保先生が詳しいでしょうが、一九七五年にヘルシンキ宣言を出しまして、四十カ国を上手にまとめて、情報や人の交換は東西間でできるという大きな仕事をしたわけでございますが、実はそのフィンランドに国連大学の支部をつくろうというのは、もはやヨーロッパだけで考えられない。そこで、人口四百五十万の小さな国でございますけれども、日本のことも尊重して、また日本の背後にあるアジア諸国も尊重して、ヨーロッパとか東洋とも言っていられないから、そういう形で自分たちもそちらとの協力を求めていく。他方、ラテンアメリカのトラテロルコ条約をまとめ上げられたのは、最近ノーベル平和賞を取られたガルシア・ロブレス元外相でございますが、ガルシア・ロブレス外相も先般上田議員がおいでのときも見えておったんですけれども、十九カ国を何とかまとめたと。  そこで、世界で今、私の見るところ二つの力が働いておりまして、一つは旧来の主権国家、旧来と同じ科学技術の使い方によって国を守っていくという一つの勢い。これが簡単に変わるわけはないわけですが、そういうものと、アメリカ合衆国やソ連、その国の人も含めましてもう一つの流れ、これは新しいことでございますから非常に難しいのだと思いますが、科学者がどういうふうに科学を使っていくのかという式の問題、それから国際的にもだんだんに平和的な秩序に移行していくというときに、別に日本だけでなくて、今申し上げたようなところはある程度のまとまりを見せてきているわけですが、そういうところがやはり日本人あるいはこの極東に――実は核兵器をつくろうと思えばつくれる力を持ちながらつくっていない地域というのは案外多いわけです。日本人は割に平素そのことを考えませんが、韓国がそうでございます。朝鮮民主主義人民共和国もそうであり、台湾もそうでございますが、まだ日本人から一度もその三つの地域に対して非常に何というか、心からの敬意を表したことはないと私は理解いたしております。  もちろん米ソの問題がございますから、韓国はアメリカの軍隊に頼るということはいたしておりますし、核の傘のもとにはございましょうが、しかしながら自分でつくっていないということは事実だと私は理解しておりますが、こういうことをきちんと調べた上で、一体本当に日本一つであるのか。今先ほど申し上げたように、北欧とかラテンアメリカについては今申し上げたようなことがあるわけなんですが、そういうところときちんと事実に基づいて話した上で、一体この新しい主権国家というのはどういうふうになって、それと国際機構とのつながりはどういうふうに考えていけるか、非常にむずかしい問題でございますが、今そういうふうな方向での研究というものを進めていくのが実際に新しい道を模索していく上で妥当ではないかというようなことで、牛歩でございますが仕事をしているわけでございます。
  85. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 もう時間が参りました。今の永井参考人もお話しの核軍拡をどう阻止するかというのが最大の問題で、核軍拡がああいうふうに広がっているのも基礎には軍事同盟問題がどうしてもあるんですけれども、長谷川参考人にその問題をお伺いしようと思いましたけれども、時間が参りましたので終わらせていただきます。  本当にきょうはどうもありがとうございました。
  86. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 民社党の関でございます。  きょうはお忙しいところをわざわざいらしていただきまして、どうもありがとうございます。本当に極めて少ない日当で、大学の非常勤講師とも匹敵するような安い日当で非常に務めていただきましてどうもありがとうございます。  まず最初に、前田参考人にお伺いしたいと思うのですけれども、先ほど午前の話で、日本侵略されるような危険がないのだ。例えば戦後軍事的争点を失ったし、あるいは周囲が海に全部取り囲まれている、あるいは日本国内は安定している、その他幾つかの理由を挙げられました。もし、日本侵略される危険がないのでありますならば、自衛力は一切必要ないのじゃないかと思うのですけれども、現在程度、国民所得の一%以内の自衛力が必要であると言われる論拠はどこにございますか、お教えいただきたいと思います。
  87. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) お答えいたします。  直接我々が恐れなければならない問題というのは、朝鮮半島において、これはもう万一の事態というものがいつ勃発しても不思議のないような、そういう緊張状態にあるところでございますから、朝鮮半島で実際に戦争が起こるというような事態も我々は考えておかなければならないと思います。その場合に、朝鮮半島からの波及と申しましても、先ほど御説明いたしましたように極めてささやかな波及であろうというふうに私は考えるわけでございますが、こういうようなものにつきましても、もし我が国に全く自衛力がなければ、それによって大きな影響をこうむる可能性があるというふうに私は考えますので、ある程度自衛力というのはやはり必要だというふうに考えるものであります。  同時に、周辺諸国からの軍事的な影響力、これは何も侵略してやろうとか、あるいは攻撃してやろうとかいうようなことではなくて、周辺諸国が強力な軍事力を持っていることそれ自体が影響力として我が国に作用してまいるというふうに思うのであります。これは何もソ連からの影響力だけを考えておるわけではございませんで、韓国からの影響力もありましょうし、中国からの影響力もありましょうし、あるいは台湾というようなこともございましょう。それから特にアメリカ影響力というものもあると思います。こういうものに対して国民が安心感を持つためには、そしてそういったような影響力に左右されないためには、やはり若干の自衛力というものが私は必要なのではないか。  しかし、それはもう我が国周辺諸国との政治的な関係、あるいは我が国の地理的な条件、そういうことから考えましても、それほど大きな自衛力というものは必要ないというふうに思うのであります。実際に自衛隊というのは、私は、講和条約あるいは旧安保条約締結以来、日本からアメリカ軍事力を逐次撤退させる、あるいは日本におけるアメリカの基地を縮小させるのに大きな貢献をしたと思いますし、またそれによって沖縄、小笠原の返還につきましても大きな貢献をしたというふうに思うものであります。したがいまして、ある程度自衛力は、日本についての軍事的侵略あるいは攻撃脅威がないにもかかわらず、やはり保有した方がよろしいというふうに私は考える次第であります。
  88. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 そうすると、かつては日本自衛力GNPの〇・七%ぐらいだった時代もありますし、あるいは一・五%ぐらいでしたかの時代もあったと思います。現在は一%近くなっているんですけれども、現在程度と言いましても、〇・七%の場合もあれば一%の場合もあると思うのですが、大体の目安としてGNPの比で申しますと、どの程度であれば国民に安心感を与えることができるというふうにお考えでございますか。
  89. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) お答えいたします。  当面、GNP比一%という制約が一応国民の支持を受けているように私は思います。したがいまして、一%を絶対に超えないということをめどにいたしまして、日本防衛力というものは整備されていくべきであろう。仮に日米安保がなくなった場合、一体どういうふうになるかということにつきましては、その後の我が国の国民のコンセンサスを得ながら決めていくべきだというふうに私は思います。  私自身は、自衛隊は今の規模よりも小さくてよろしいというふうに思いますけれども、一挙に削減する方向に持っていくことは慎むべきであって、当分の間一%の枠ということでやっていけばよろしいのではないかというふうに考えます。
  90. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 先ほど自衛力が必要であるという論拠として、例えば朝鮮半島戦争が起きたときに難民が入ってくる、兵隊なんかが入ってくる、それを撃退する程度というお話でございましたけれども、それであれば今程度軍事力は必要ないのじゃないか、もっと少ないものでいいのじゃないかというふうに考えるんですけれども、その点いかがでしょうか。
  91. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 私は先ほど申し上げましたように、周辺諸国軍事的影響力というものも、また自衛力を保持する一つの有力な理由になるのではないかというふうに考えます。  御承知のように、韓国だけでもたしか四、五十万の兵力を持っておるはずであります。かつて文世光事件が起こりましたときに、当時の韓国の首脳部は日本攻撃することまで考えたというような話もございますけれども、とにかくそういったこともございますので、現在程度自衛力というものを当分保持するということをめどにいたしまして、もし国民がこれより少なくてもよろしいというふうに考えるならば、その時点において逐次削減していくという方向をとればよろしいのではないかというふうに思います。
  92. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 自衛隊は憲法違反であるというふうな意見もあるんでございますけれども、前田参考人は現在程度自衛力というのは憲法違反であるというふうにお考えでしょうか、どうでしょうか。
  93. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 先ほど長谷川先生からもお話がありましたように、現在程度自衛力でよろしいということはかなりの国民によって認められていると思います。そして、現在の憲法のもとでもこの程度のものならばよろしいということであろうかと思います。したがいまして、私は、憲法は生き物だというふうに思いますので、国民の合意、国民の多数がそういう解釈を受け入れるのであれば、それで現在の憲法を運用していけばよろしいのではないか、こういうふうに思います。
  94. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 やはり午前の話で、日本侵略するような心配はないというふうなお話でございましたけれども、これだけの技術力を持っている日本というのは、やはり西の陣営にとっても東の陣営にとっても、それを影響力のもとに置くということをそのいずれの国でも考えるんではないかと思うのですけれども、仮に日米安保条約がなくなった場合に、かえってそのことが日本に対する諸外国の影響力を刺激する、食欲を刺激することになるんじゃないかと思うのですけれども、いかがでしょうか。
  95. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) お答えいたします。  日本の技術力ということは、確かにこれがそのままどちらかの陣営といいますか、あるいはソ連の方に協力するということになればソ連としてはそれはありがたいことかと思いますけれども、しかし、だからといってそのために日本軍事力でもって攻撃をしたり、あるいは日本を占領したりというようなことは、全くこれはむだな話だというふうに私は思います。  御承知のように、日本という国は全世界との交流を通じ、自由な交流を通じまして今日の繁栄を維持しているわけでございまして、これはソ連圏あるいは共産諸国だけでたとえば日本の必要とするところの原材料からあるいは食糧に至るまでも面倒を見ることができるならば、それはまあ日本自分の方に取り入れようということも考えるかもしれませんけれども、そういうことは全く不可能であります。日本を占領した途端、日本はたちまち終戦当時の状況に逆戻りする。それでこれを維持することは到底ソ連のできるところではございません。したがいまして、そういったようなことで、日本攻撃されたりあるいは軍事力でおどされたりというようなことは、私は全く杞憂であろうというふうに思います。
  96. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 確かにソ連がもし日本に入ってきた場合、日本が抵抗して大変なことになれば終戦直後のような状態になると思いますけれども、全然抵抗しないで、白旗と赤旗を持って静かに迎えると言った人もありましたけれども、もしそういったふうになれば全然手つかずに自分の手中におさめることができるわけですけれども、そういう場合にはやはり抵抗すべきであるというふうにお考えでございましょうか。
  97. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 私はそういう極限状態を考えて現在の政策を立案すべきではないというふうに思うのであります。  ソ連としても、仮に軍事力日本攻撃した場合に、日本が無抵抗であるというようなことはもう到底考えられないと思いますし、そのためにはこの一億二千万の、しかも島国である日本を占領しようということになれば、大変な軍事的決意を必要とするようになる。陸地国境でつながっておりますアフガニスタンですらも、千数百万の人口の国を今の十数万の軍隊を使って鎮圧することができない。ですから、ソ連日本に対して攻撃するなどということは私は考える必要はございませんし、まして日本を占領して何をするのだということになりますと、ほとんどこれは効用はないのであります。  日本アメリカにとってはもう大変な基地になります。これは東アジアにおける米軍の展開、それからアメリカの軍事的な影響力行使にとって大変な貴重な存在になりますけれども、アメリカにとっては空軍それから海軍及び陸戦力の後方基地として大変な価値を持っているわけでありますけれども、ソ連にとって価するんだということになれば、結局太平洋を通るアメリカの海上交通を脅かす程度のことしかないのであります。一体そのようなことのために日本を占領するようなことが起こるか。そういうようなことが起こるとすれば、これは米ソ戦争の場合にしか考えられないことでありますし、米ソ戦争というものはそういう第二次大戦型の戦略上の要衝をとったりとられたりというような形になるかということを考えますと、今のような通常兵力ですらも大変な破壊力を持っている現在の兵器の水準におきまして、そういうような第二次大戦型の戦争は私は起こり得ない、それはアメリカ並びにソ連のいずれにとってもその国力に余る仕事になるというふうに思うものであります。  ベトナム戦争ですらもアメリカはその経済的な犠牲に耐えられなくなって、ついにあそこから引かざるを得なくなった。ましてソ連アメリカとが大々的に通常兵器でもって戦争するというようなことは私はほとんど可能性はないのではないかというふうに考えるものであります。
  98. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 どうもありがとうございました。多少私意見が違うところがありますけれども、懇切にお答えいただきまして、どうもありがとうございます。  次に長谷川参考人にお伺いいたしたいと思いますが、やはり午後の質疑応答のときだったと思いますけれども、国民の多くは憲法を支持するとともに自衛隊の存在を支持している、これは国民の間で矛盾した考え方なんだ、論理的に一貫してないのだというふうにお話しになりましたけれども、したがって論理的に一貫すれば憲法改正かあるいは自衛隊廃止かというふうにお話しになりましたけれども、私はやはり国民の大多数というのは案外賢明ではないかというふうに考えております。それはやはり憲法を改正してまで大きな軍備を持つことにはこれは反対だ、しかしやはり今の自衛隊は必要であり、つまり自衛隊は違憲ではない、合憲であると考えて今言ったような世論調査の結果が出たんだと考えれば、国民の意見は決して矛盾しているとは思えないのですけれども、いかがでございましょうか。
  99. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 世論の動向というのは戦後調査が随分たくさん行われていて、それでだんだん変わってきて今の現状ができているわけで、そして現状は今おっしゃいましたが、私は矛盾していると言ったのは、憲法第九条の改正、どういう改正かということは大体自民党のいろいろな案が出ていますから、そういう改正について反対というのがことしの一月のあれでは七八%ぐらいまでふえているんですね。それから自衛隊の合憲とか肯定というのじゃなくて、自衛隊の現状を承認するという、現状程度の自衛隊ならよろしいというのがもう七〇%超えて八〇%近くになっている。  これは私の経験で、そういう意見を持っている人たちにいろいろ会って聞いたり話したりしていますと、やはり矛盾だといいますのは、例えばじゃ自衛隊というのは何をするところなのかというと、調査によれば災害援助に――雨が降り過ぎたり、山崩れがあったり、災害に役立つという回答が非常に多いのです。戦争するとか防衛に使うなんていうのは大体一〇%以下です、自衛隊がそういうふうに役立つと思っている人は。ですから国民の意識は私は非常に矛盾しているし、それから知識が偏っているし、確かにいま関先生がおっしゃったように、非常に現状においてはバランスがとれて賢いというか、ずるいというか、庶民的な英知といえば格好はいいのですけれども、そういう点もあるけれども、今までのずっと変化を見てみますと、あんまり褒めた状況ではない、非常に現状肯定というのが圧倒的で、しかし、その現状というのは、例えば自衛隊の場合に、災害出動で自衛隊をとらえている、戦争でなんかとらえていないというようなところがあるものですから、世論の動向のとらえ方というのはなかなか難しいなというふうに私は思っております。
  100. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 私もいろんな人に会って、憲法改正には反対である、しかし自衛隊は認めるという人の意見なんかを、別に統計的に調べたわけじゃございませんけれども聞きますと、やはり国を守るために最小限度のものは必要じゃないか。その意味日本の憲法というのはそこまで禁止しているんじゃないので、その意味において認めて差し支えないのじゃないかという意見、私はそういう人たちも随分知っておりますけれども、これは水かけ論ですから打ち切ります。  平和を愛好する諸国民ということが憲法にも書かれております。平和が嫌な人は一人もいないと思うのですけれども、平和の概念が西側の方と東側の方との間で同じものじゃないのじゃないか。つまり、西側の方では、平和であるためには自由に国際交流ができて、思想であるとか人物なんかが自由に交流できる、よその国のテレビ、ラジオも自由に聞ける、あるいは人権の保障がある、政府を批判したために監獄なんかにたたき込まれるというようなことがない。そういう状態を保障する手段としての平和というものを考えているように思うのですが、ソ連の方では必ずしもそうではないのではないか。つまり、ある国内における階級闘争、その階級闘争を支援することは決して平和共存とは矛盾しないのだというふうな考え方をしているように思うのですけれども、こういったふうに平和の概念が違っている場合に、単に両方が平和を求めているから、だから世界は安全であるというふうには言うことはできないのではないかと考えるんですけれども、長谷川さんの平和の考え方はいかがでございますか。それと今そういうふうに安心していいかどうかということをあわせて。
  101. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 確かに、平和をどうとらえるかということは、社会主義国家のとらえ方と資本主義国家のとらえ方で違う点はあると思いますけれども、日本国憲法が前提にしている平和のあり方というのは、第二次大戦ソ連にしても、それからほかの国にしても、第二次大戦戦争の惨禍というのは、ソ連が、まあユダヤ人の問題もありますけれども、ソ連が最大の被害を受けていて、死んだ人間の数も多いですし、ですから、戦争を防ぐという点においてはこれは全く共通だと思うのです。  ただ、その防ぎ方をどういうふうに防ぐかということが問題なので、そこで、私は、きょうの御報告では、日本国憲法で日本が平和ということを取り上げるんだとすれば、この憲法の立場に立つ限り、憲法をつくったときに何を平和の障害というふうに考えたか。要するに、平和を乱すような要素を一つずつ取っていくことが平和を実現することだとすれば、日本の歴史の経験では、軍部が独裁で憲法を無視して走るとか、農村が貧困で生活困窮者があふれているとか、あるいは財閥が特権的に軍需産業を興してもうけを独占するとか、そういうような状況一つ一つなくしていくということが日本の場合には平和なんで、その平和のあり方として、第九条で一切の戦力を放棄して一切の戦争を否定するという当時においては極めて現実的な政策を打ち出した。だから私は、もし戦後その戦争原因になったようなことが日本の社会から全然なくなってしまったのならば、仮に自衛隊を置いたり軍隊を置いてもそう心配はしませんけれども、戦後日本の社会は、戦前日本戦争原因になったようなものが全部なくなっているとは私には思えないわけです。  したがって、そういう危険性のある社会にまたぞろコントロールのきかない、憲法にも違反する、私の見解でいえば憲法にも違反する、近ごろでいえば自衛隊法も越えちゃっているようなそういう軍隊が置かれると、これはどういう政治的な利用のされ方をするかわからない。第一そこに行っている自衛隊員自身が本当に自信を持って国を守るというまじめな気持ちで行動できるのかどうか。一体今戦争なんて起こったら今の自衛隊員で戦えるのかどうか。私も兵隊で二年も行っていましたから、本当に戦争のできるような兵隊さんなのかどうかということさえ今のようなあり方だと非常に心配をするわけです。  だから、平和についての考え方というのは確かに国によっても違う、あるいは極端なことをいえばその一人一人、宗教家と我々とではまた違うかもわからないけれども、戦争を阻止する、それから戦争原因を除去するという点では非常に共通点があるんじゃないかというふうに思っております。
  102. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 あるいは私の誤解であればお許し願いたいと思うのですけれども、今の自衛隊で果たして戦えるんであろうかというふうな御意見だったと思うのですけれども、それはもっと戦えるような自衛隊にしろという御意見でございますか。
  103. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) そうではありません。  今のような社会状況で、そうして今のような国論が分裂していて、私に言わせれば憲法学者の大多数が憲法違反だと言っているような自衛隊で、そこに入ってくる人間にまともな教育、まあ前田さんを置いて言うのはあれですけれども、一体まともな教育ができるのかどうかということを考えると、私はこういう国論の分裂、批判の多い、憲法違反で自衛隊を越えているような軍隊は敵と戦争する前に国内で何もできなくなってしまうであろうというふうに思います。
  104. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 それでは、仮に日本戦争直後のような状態で自衛隊を一切廃止してしまう、それによって戦争原因を除いてしまうといたしまして、日本は確かに戦争原因はないと思うのですけれども、外国の方から、外国は必ずしも廃止しているわけじゃございませんので、そういう国からの侵略という心配はお考えになりませんでしょうか。
  105. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) これは前田参考人が非常に明確に専門家の立場で述べていただいているので、私もまたそういう意味では今までの歴史上理由のない、国内原因のない、何かわけのわからないときに雨が降るようによその国が攻めてきて取っちゃうということはあり得ないことだというふうに思っています。
  106. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 今までの世界の歴史を見ますと、例えばソ連のアフガニスタン侵略なんかにいたしましても、侵略する原因なんかあんまりないのにやはり戦争が起こっておるように思うのですけれども、そういう事例はどういうふうにお考えでしょうか。
  107. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私の知る限りではアフガニスタンはソ連介入するような国内の、革命をめぐっての勢力争いとかそういうものがあって、そうしてそれに対してソ連があのような形で対応したというふうに考えていますから、日本にはそういう要素というのは全くありませんから、アフガニスタンのようなことが日本で起こる、しかも海を越えて起こるというようなことは全く考えられません。
  108. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 どうもありがとうございました。  まだいろいろお尋ねしたいことがあるんですけれども、あと一分しかございませんので、永井参考人にお伺いしたいと思うのですけれども、昨年九月に有識者の提言、国連総会への提言として、つまり国連の平和維持機能活動について提言がありましたですね。軍隊を派遣するんじゃないのだ、例えば医療活動であるとか兵たんの補給活動であるとかナミビアの選挙の監視であるとか、そういうふうなものにもっと日本は協力すべきではないかという提言がなされましたけれども、私もやはり国連を大事にしなくちゃいけないという点はそのとおりなんですけれども、永井さんはいかがでございましょうか。
  109. 永井道雄

    参考人永井道雄君) ただいま関議員がおっしゃいましたのは、斎藤鎮男さんが座長になっているグループの提案と思います。  先ほど申し上げましたように、国連大学の学長は査察衛星、これを熱心に言っているわけです。それで、斎藤さんのところは派兵ではなくて医療援助等々と言っていらっしゃるわけで、私は十分検討に値する問題だと思います。  それで、あれを発表されまして、いろいろなマスコミでも議論をしましたが、少しそういう角度だったら考えられるんじゃないかという反響も多かったように思います。どうもああいう提案がみんなそこで終わっちゃいますから、ですから本当に具体的にできるもの、これについてはもっと積極的に国連に協力していくというのが私はよろしいと思います。
  110. 関嘉彦

    ○関嘉彦君 どうもありがとうございました。
  111. 秦豊

    ○秦豊君 どうも長時間にわたりましたが、私の二十分をもって終わりますのでよろしくひとつお願いします。  さっき永井先生も言われましたけれども、これは私の現状認識に関連しますので――今最もぼやけておりますのがまさに総合安全保障政策の概念です、定義です、カテゴリーです。これはもちろん大平政権のころから提唱されましたけれども、あのときも政府主導型ではなくて三菱ないし野村総研的な、つまりシンクタンク先導型の提唱であったことも御高承のとおりです。以後、これだけの歳月が積み重なって、政府には総合安全保障関係閣僚会議も設けられ、国防会議はもちろんそのままありますけれども、いっかな総合性が深まらない。つまり、総合安全保障政策の最大の矛盾と欠陥は何か、まさに総合性の欠如にあるというのが我が輩の認識なんです。  この植本委員会は、しかもたまたま外交総合安全保障というタイトルを冠している、まことに筆頭特別委員会でありまして、政府の行政に欠け落ちているものをいかに献策するか、皆さんの御意見も伺う、委員間の自由討論も重ねる、あるいは場合によって政府にも聞く等々を積み重ねて年に一度、できれば二度、そういう頻度で行政に提言をするという大きな使命を与えられているわけです。したがって、その意味のレーゾンデートルもあるし、やりがいもあるわけですけれども、先ほどから伺っておりまして、率直なところをあえて伺っておきたいのですけれども、永井先生から前田先生、長谷川先生、田久保先生、特に田久保先生は最近までマスコミの第一線におられましたので、X軸、Y軸の座標は国際環境をよく見詰めて組まなければ意味がないとおっしゃったあのあり方、それから永井先生は非常にシビアな厳しさをいや増している国際環境を踏まえない防衛安全保障論議は不毛であるとおっしゃいました。それで、前田先生には特有の視点がありますし、長谷川先生ももちろんそうです。  そこでお願いしたいのですが、わずかな時間しか残っておりませんので、恐縮ですけれども、あえてなおかつ簡潔に政府の、いわゆる行政サイドの安全保障政策には一体何が欠落しているのか、またそれをチェックすべき党、国会の防衛論議からは何が欠け落ちているのか、そういう観点で、大変に恐縮ですけれども、永井先生からお四方の提言、忠言、なるべく耳の痛いことを含めた率直な御意見を最後に伺っておいて、それで時間が余れば長谷川先生に伺いたいことがあるものですから、それを一わたり委員長お願いできないでしょうか。
  112. 永井道雄

    参考人永井道雄君) ただいまの問題、耳が痛くしゃべれるかどうかわかりませんが、申し上げます。  要するに大平さんが総合安全保障を言われて、実はそれだけでなくて今度は鈴木総理大臣が専守防衛というのを言われました。この言葉ばかりが走りまして、まあ国の中を駆けめぐっていますが、実は外国にもその言葉だけはほんの少数ですが伝わっています。それで、この人たちは全くわからないと言っています。具体例で言った方がいいと思います。  まず、総合安全保障がわからないと言った人は先ほど申し上げたように、国務次官補をやったロバート・バーネットです。日本の方ではっきりしないなら自分の方で論文か本を書こうかしらと思う。実は世界の先駆的なものじゃないかと思って尊重して考えておりますと言いました。  専守防衛につきましては、イギリス人でスウェーデンの平和研究所長をやっておりまして、最近退任したフランク・バーナビーという人はノン・プロボカティブ・ディフェンスという論文を書きまして、鈴木善幸さんの発想を非常に高く評価しておる。ただわからない、ということです。これはしかし鈴木さんや大平さんだけの責めに帰せないと思うのです。  私は多少、文部大臣をやっていましたから、文化交流のことをよく知っていますが、実は文化交流につきましてさえ総合的な予算がございません。したがって、文部省の文化庁あるいは国際交流基金、みんなばらばらにやっていまして、日本の文化交流の総額というのはわからないのです。文化交流さえそうでございますから、経済協力に至ってはもっと額が大きいと思いますが、官民を寄せますと相当なものだと思いますが、全くばらばらでございまして、さっぱりわからない。そして一%ディフェンスという話ばかりが走るわけです。ところが一%ディフェンスというディフェンスのとり方は実は日本のとり方ではないと私は理解しております。つまりあれはアメリカ合衆国の考え方。そこでそれについて賛成、反対と興奮するのは少しおかしいのじゃないか。日本の方は総合安全保障でございますから、総合安全保障というものが一目瞭然わかる、そういう書き方、そしてそれが予算項目全部にわたっている、こういうものを示してアメリカ合衆国にあるいは世界の他の国々に我が国はこういう方針で安全保障を考えていく、新しい形態をとっているんだと、これは国会におかれまして御提案になってぜひ政府に実現してほしいことと思います。  それから、専守防衛も全く同じでございます。私、国連大学で働いておりますから、常時二十カ国ぐらいの人と話していますが、彼らも総合安全保障というのと専守防衛というのはよさそうだ、よさそうなんだけれどももう一つよくわからない、わかるようにしてくれと言う。それは本当に率直なる願いで、東南アジアの人たちも含まれておりまして、日本が何か新しい線でいっているらしいのだけれども、もう一つぴんとわからないということでございますので、私は全く今の御質問に関してはそのように考えて、これをちゃんとやると相当なインパクトを世界政治に与えるんではないかというふうに思っております。
  113. 前田寿夫

    参考人前田寿夫君) 総合安全保障に総合性が欠けているというのは私は当然だと思います。  もともと安全保障という言葉は、正確に言えば国家安全保障という言葉は、軍事だけで国の安全を確保することはできない。経済面もそれから政治面もあるいは国民の心理の面、あるいはイデオロギーの面、そういうものをすべて考えなければ、今後の国防というものは軍事力だけではやっていけないというそういう視点から国家安全保障という言葉ができたものだというふうに私は承知しております。したがいまして、そこでは軍事的な視点というものが優越をいたしまして、軍事を中心としました戦略的な考え方が中心になりまして、そこに経済であるとか、あるいは社会生活であるとか、あるいは政党活動であるとか、そういったものをすべて含んで国家安全保障という言葉ができたのであります。  したがって、それは極めて軍事的な意味での総合でございまして、これにさらに総合という言葉をつけるのは私は総合よろず屋のようなものだというふうに悪口を言っているわけでございますけれども、なぜこういうような極めて怪しげな概念ができてきたかと申しますと、日本におきましては、御承知のような国民感情その他によりまして、あるいは政治事情その他によりまして、ここで軍事力を急速にふやそうとしてもそんなことはなかなかできない。したがって、軍事力以外にも、日本他国に国の安全を任じているというような非難をこうむらないようにするためには、軍事以外にも我々はさまざまな面でもって日本の安全を考えているんだというような理論を新たに構築しなければならないというところから、防衛のほかに、たとえば経済援助をやるとか、あるいは技術開発であるとか、そういったものを全部ひっくるめまして、そこに総合安全保障という言葉をつくったわけであります。これを大平さんがこの概念に乗ったのは、アメリカから防衛力の増強を迫られて困っておる。したがって、日本は決して日本の安全というものは防衛力だけでやっているんじゃないのだというようなことで説明をせざるを得なくなってきた。そして、さまざまな面で我々は西側の安全に貢献しているんだというような議論に、これが発展してきたわけであります。  そこで私は、そのような必要は全くないというふうに考えます。経済問題は経済問題として、また防衛問題は防衛問題として、我々は別個に考えていくべきじゃないかというふうに思うのであります。とりわけ経済問題は、これは世界に対する国際的な責任というよりは、むしろ日本の今後の発展のために我々は世界に対してなすべきことが非常に多いのではないか。したがって、そういう観点から経済問題を考えるべきであるし、経済援助の面もそういうような面から政策を立案すべきではないかというふうに思うのであります。ここに軍事的な観点を放り込んで、そして西側の安全のためとか称してアメリカのしり馬に乗って、アメリカ政策に都合のいいようなところに経済援助をするようなことは避けるべきだということは、先ほど申し上げたとおりであります。  日本安全保障について欠けていることといえば、欠けていることよりはむしろやり過ぎていることが多い。日本の安全というものは、何もそういうように軍事力も、それから経済力も、あるいは技術力もすべて動員しなければ日本の安全が守れないというようなものではないというふうに私は考えます。ですから防衛庁は、むしろ日本基本的な条件というものを踏まえて、そして日本の国情に適したそういう防衛政策を立案すべきだ、それが最も欠けているところではないかというふうに思います。
  114. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私は、一点だけお話ししたいのですが、それは、憲法の講義では、私は国会の国政調査権というのは、国権の最高機関としての大変重要なものだという講義はしているんですけれども、肝心の現実の国会で、今の防衛問題についてどれだけの情報を防衛庁なり自衛隊から提供されて討議されているのか、非常に新聞などを見ている限りでは危ぶんでいるわけです。せっかくこういう立派な委員会なり調査機関ができたんだとすれば、私はもう少し現実に日本防衛の現状を、いろいろな兵器の特性であるとか、それからそれの訓練の仕方であるとか等々、できる限り、やはり少なくとも国会ではそれを集めて、そこで討議をなされば、たとえそこで意見が分かれても、それが国民にとっては大変な教育になるし、また防衛問題についていい意味の良識ができてくると思うのです。  ところが、たとえば最近、この六月なりにトマホークが第七艦隊に配備されて日本へやってくるというようなことを言っても、一体トマホークというのは何だ、何か先が丸くなったけがをしないフォークであって、それが日本へ輸入されるらしいと言った人がいるんですけれども、それではやはり困るので、あれがどういう性能を持っていて、どういうふうにその配置によって日本の軍事状況が変わるのか。トマホークの性能それ自体そうですけれども、日本の軍備というのは年鑑類を見るとこんなにいろいろなものがあるのかということを思うのですけれども、果たして、その一つ一つ国会でもって十分審議をなさって予算を出しているのかというと、私には非常に疑わしいので、これは国会を責めるのではございませんけれども、むしろ政府の側が問題なんでしょうけれども、やはり国政調査権を本当に行使させるためには、情報をできるだけ国会に集中できるような体制をつくっていただきたいというのが私の希望です。
  115. 田久保忠衛

    参考人田久保忠衛君) 前田さんがおっしゃったとおりでございまして、私も総合安全保障に関する大平構想というのは、ウイスキーを水でかなり薄めたんではなかろうか、ウイスキーのにおいを余りふんぷんとさせないような疑いがあるというふうに思っているわけであります。  そこで本日、ここに出席するに当たりまして、きのう大平総理大臣に対する報告書、こんな膨大な報告書をぺらぺらっと見たんでございますけれども、これは全く頭に入らないわけであります。これだけのことをやるというのは各省こぞって、防衛というのは防衛庁あるいは外務省だけではなく、厚生省、労働省その他あらゆる省を総合しなければいかぬということでございます。これが機能するというようなことは容易なことではないというふうに思うわけでございます。  ただ、極限状況というものをいろいろ私は考えているわけでありますが、アメリカには国家安全保障会議、NSCというのがございます。それからこの前――NSCは緊急の事態ですとワサグ、WASAGというのを開きまして、各省の次官クラスが集まって、軍事の問題以外、これは経済等あらゆる問題をここでぱっと検討するわけであります。  それからもう一つ、フォークランド紛争でございますけれども、サッチャー首相が連日議長になりまして、あのフォークランド紛争を指揮したわけであります。実際の指揮は統合参謀本部議長、統参議長がやっているわけであります。その議長は政府委員としてサッチャーの司会する会議に末席に参列している、出席しているということでございます。あと各省、本当にこれは総合安全保障だと思うのでありますが、大変ヒーテッドデスカッションをやりまして、各省庁間の調整その他、見事にサッチャー首相の司会でやったということを私は聞いております。  こういうことからいたしますと、日本で一体どういうことになるのか。これは秦先生の御質問でありますが、何をしたらいいかということでございますが、今ある国防会議は機能しているのか。あるいは総理府にある総合安全保障対策室、これも機能しているのか。器をつくるだけで何も機能していないのではないか――これは内閣総理大臣に最高の私は責任がある。やるということを決断し、これに野党が協力すればという条件でございますが、こういう極限状況で野党の方々はちょっと協力するはずがないなということでございますから、結論的に言うと、これはどうも望み薄だぞということにならざるを得ない。かような意見でございます。
  116. 秦豊

    ○秦豊君 四人の参考人皆さん、ありがとう存じました。  もし時間があれば、憲法学者としての長谷川教授から、あえて違憲合法論についての専門的見解をお伺いしたかったんですけれども、残された時間が二分なので、恐らく答弁をいただいているとはみ出しますので、皆さんへの御迷惑も考え、お疲れも考えて、それは遠慮いたします。  終わります。
  117. 植木光教

    委員長植木光教君) 以上で参考人に対する質疑は終わりました。  参考人皆様にお礼のごあいさつを申し上げます。  本日はお忙しい中を本委員会に御出席願い、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきましてありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見等につきましては、今後の本委員会調査参考にいたしたいと存じます。まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして、厚くお礼を申し上げます。(拍手)  本日は、これにて散会いたします。    午後四時四十分散会