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中曽根内閣総理大臣 私は、それを第三セクターでつくった方がいいと言ったのは、国立とかそういうものには向かない、そういう
意味で言ったのです。民間を主にして国が補助してやってもいいじゃないか、そういう
考えがあったからです。
それで、なぜそういうことを言ったかといいますと、それはある
一つの思想を押しつけようと思って言うのではなくして、
日本には
日本の精神文明とか文化的ベースというのがありますね。キリスト教文明の
アメリカやあるいはイスラム文明のエジプトと違う、インドのヒンズー文明と違う、
日本には
日本のそういう精神的土壌がありますね。その精神的土壌というものを自分たちでもっとよくきわめて分析して、キリスト教文明の
アメリカやあるいは回教文明とどう違うか、それはどういうふうに発展していったらいいだろうか、そういう文明史形成という面から基礎的な研究をもっとやる必要があるだろう。科学はどんどんこういうふうに発達して、そうして精神文明の方は進まないで跛行しておる。そういう
意味でおくれていると思われる精神文明の方をもっときわめるという必要性を私は非常に感じておるのです。
この間、仙台の小学校へ行ったら、コンピューターを使っていました。我々の時代には
考えられないような時代で、ロボットが出るとか宇宙通信が出るとか、非常に大きな激動が予想されておる。そういうときに社会や国家や
世界を支えていく人間の精神的な文明、文化の基礎学というものが非常に脆弱だろうと私は思っておる。それをやはり強めていく必要がある。さもないと科学とか物質に偏重した非常に跛行した文明に行く危険性がある。現に今大勢の
人たちが飢えていると思うのです。私も飢えている一人であります。
私自体はしかし、先日
武藤さんのお話の中に、あれは河合栄治郎さんの
影響だと思いますが、「トーマス・ヒル・グリーンの思想体系」を読んだとおっしゃった。私も読んでいるんです。私自体も大体あれに帰依している人間で、その本の中にも書いてあるはずです。
武藤さんがそれをおっしゃったのを聞いて、これは同門だなと実は思った。本当にそうです。私が東大にいるころ河合さんが追い出された話も聞いておりまして、非常に義憤を感じた一人であります。土方成美一派というのが盛んに河合さんや私の恩師の矢部さんを攻撃したりしておりました。
そういうようなことで、私の思想の基礎にあるのは、トーマス・ヒル・グリーンとかあるいはカントとかドイツ理想主義というものが根底にあります。それはやはり自分が青春時代につくった自分の精神の支柱ですから、裏切るわけにはいかぬ。これを裏切ったら
中曽根康弘というのはなくなってしまうのですから。そういう
意味でそういう本もできておるわけであります。
戦後の
日本を見るというと、今まであった皇国史観というものはアウト。私は皇国史観というものは偏狭なものだと思っています。それから太平洋戦争史観というのが次に出てきた。これは大体東京裁判が中心になって出てきた
一つの思想であり、あるいはマルキシズムの史観というものがソ連の方からだあっと
日本に入ってきたでしょう。皇国史観はアウトになり、マッカーサーやそのほかの太平洋戦争史観というものは文明の名において裁くというような形で入ってきておる。一方においてはマルキシズムが入ってきておる。
日本人は精神的には裸の中で寒風に吹きさらされておったようなのが
昭和二十一年から三十年ごろまでの情勢じゃないかと思いますよ。そういう中にあって、いかに現代を正しく生きていくかという精神的糧が欲しい。偏狭なものでない、そして
日本の土壌に根差した、長く続くものが欲しい。そういうことを
考えて、そういう精神文化研究の必要を訴えたわけなのであります。