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参考人(
阿部猛夫君)
阿部でございます。
それでは、
最初の
お話をさしていただきたいと思います。大変大きな課題をいただきまして、一日ぐらいかかるところの
お話を二十分でいたしますので、大分はしょった話にならざるを得ないと思いますが、その点はひとつあらかじめ御了承をいただきたいと存ずるわけでございます。
早速本論に入りますけれども、その前に、
順序といたしまして、
お話を
三つに分けたいと思います。
第一は、
家畜の
改良に関しまする多少歴史的なことと
現状というような
お話をまず申し上げまして、その、そういう
発展の背後にありますところの
学問の
進歩、それから
技術の
進歩というふうなものについて第二段で
お話を申し上げ、それから
最後に、今回の
家畜改良増殖法の
改正につきましての
意見を多少述べさしていただきたいと、そういう
順序で
お話を申し上げてまいりたいというふうに思っております。
で、
家畜改良というものにおきまして、その基本的な
方法と申しますと、それは
選抜でございます。これは平たく申しますと、いい雄を探し、いい雌を探し、そしてそれを
交配をしてまいると、つまり
選抜とこの
交配の繰り返しによって遺伝的な
改良が図られていくというのが基本的な
事柄でございます。で、その場合のその
選抜の手段といたしましては、これは歴史的にいろいろありますけれども、最近の重要な問題として取り上げました場合には、その
選抜のために
能力検定というものを行う、たとえば
泌乳能力検定とか、
——泌乳でございます。これは当然
乳牛でございますけれども、
肉牛とか豚につきましては、
産肉能力検定というようなもの、あるいは場合によりましては、豚におきましては、たとえば
産子検定と申しまして、
子供の数がどれぐらい生まれるか、そろっているか、あるいはそれをうまく
母豚が育てる力があるかというような
産子検定というようなものもあるわけでございますが、そういう
能力検定というものが主要な
改良の武器でございます。
次に申し上げたいことは、その
改良の場合には、先ほど雄と雌をかけ合わせると申しましたけれども、この
改良におきまするところの雄と雌の
重要性ということから申しますと、雄が圧倒的な
重要性を持っております。と申しますのは、雄はたくさんの雌に
交配をできる、また実際にそういう形で行われている、
一夫一婦性ではないわけでございます。したがいまして、雄のよしあしというものが
集団全体の
改良に及ぼす
影響は雌の場合よりずっと大きい。特に最近のように
人工授精が
普及いたしますると、その点は一層明瞭になってまいります。したがいまして、
改良というものにおきましては、
古来雄の
選抜というものが非常に重要視されてまいったわけでございます。それで雄の
選抜にはしばしば
後代検定という
方法が使われます。この
後代検定という
言葉はちょっとわかりにくい
言葉かもしれませんけれども、作物の方では次代というふうにも申します。要するに次の世代ということ、つまり
子供のことでございます、平たく申しますと。要するに、ある一定の数の
子供をとってみて、本当にこの雄はいい
子供を
生産してくれるかどうかということを確かめて——確かめるのは
大変お金もかかる、多少の時間もかかる仕事でございますけれども、しかしそういうことをしてもいい雄が本当に見つかって、それを効率的に利用することによって
改良には非常に大きなプラスになるという
立場から、
後代検定というものが雄については非常に重要視されるということでございます。そういうことから、欧米におきましては大体第二次大戦の終わるころまでには完全とはまいりませんけれども、かなり
能力検定というものを
基盤に置いた
改良の
体制というものが整いつつあったわけでございます。翻って
日本の場合には、多少その点おくれまして、戦後でございますが、
昭和三十年代の後半からそのような
能力検定による
選抜というものへの動きが官民の間ではっきりと出てまいった、いわばそういう
能力検定による
選抜の
胎動期であった、あるいは
黎明期であったということが言えるかと思います。一々申し上げませんけれども、豚におきましても、
肉牛におきましても、
乳牛におきましても
政府、国あるいは県というところがいろいろの施策を講じ始めたということでございます。さらにそれが四十年代の後半に入ってまいりますと、かなり軌道に乗り始めまして、そして現在に及んでいるというふうに申し上げることができるかと思います。たとえば
乳牛におきましては
乳牛の
後代検定事業、これは予算上の
名前はまた別途大変ややこしい
名前がついておりますけれども、要するに、
乳牛の
後代検定事業というようなものが進められ、あるいは
牛群検定事業、これは
乳牛の雌の方の
能力検定をどんどん進めるという
事業でございます。それからまた、
肉牛におきましては、これもいろいろあるわけでございますが、
計画交配によりまして、そしていい
雄牛を
生産をすると、そしてそれを直接
検定なりあるいは
後代検定にかけて
選抜をするというような
事業が進められ、さらに最近になりましては、いままでどちらかというと各
県ごとの
改良体制で
改良を進めてまいったものを
全国的な
視野で、各県でつくったものの中から
全国的な
視野でいいものを選んで、広く使っていただこうという
平準化——産肉能力平準化事業、大変ちょっとわかりにくい
名前でございますが、趣旨は私がいま申し上げましたようなことでございます。そういう
事業も
出現を、
出現と申しますか、発進をいたしておるわけでございます。そういうことで、
昭和四十年代の後半からただいままで十年ちょっとを経過しておるわけでございますけれども、そういう
意味での
改良体制は一応の
段階に達しているというふうに私は
判断をいたしておるわけでございます。
さて、そういう
進歩が
改良事業におきましても、実際の
改良の成果におきましても見られた背景には、実は
学問の
進歩というものと、それから
技術革新というものがあったことを忘れることはできないわけでございまして、その
技術革新の中には今回も話題にと申しますか、焦点になっておりますところの
凍結精液の問題とかあるいは
受精卵移植というようなものが含まれるわけでございます。
まず、
学問の
進歩という
意味では、いわゆる
集団遺伝学というようなものが発達をいたしまして、これがいろいろの
能力検定方法ですとかあるいは
後代検定方法とかいうふうなものの理論的な裏づけと、その
発展を支える
基盤になってまいったという経過がございます。これはこれ以上申しません。
それから次には、繁殖におきまするところの
技術革新、
一つが
人工授精、特に牛の
凍結精液でございます。それから第二番目といたしましては、
受精卵移植、これも
実態は牛にほぼ限られるわけでございますけれども、この
受精卵移植という新しい
技術の
発展というものが見られたわけでございます。
それでは、まず
人工授精、特に
凍結精液というものが
一体改良の姿と
改良の
やり方あるいは
改良の
体制とどういう形でつながったかと申しますと、これはすぐおわかりのように、昔、
自然交尾の場合には雄が種つけできる
範囲というのはごく近隣に限られていた。それが
人工授精、初めのうちはこれは
液状精液で用いられたわけでございますけれども、その
液状精液の
段階にしましても、今度は雄のいわゆる
サービスのできる
範囲というのは大体少なくも
県単位に拡大をいたした。それから、さらに
凍結精液ということになりますると、これはもう一頭の雄の
精液の
供給範囲、
種つけ範囲というものは
全国にわたるわけでございます。九州でも北海道の牛の
精液を使えるというような
時代になった。そのことは実は
改良の
立場から言いますともろ刃の剣でございます。その
全国的に流通する雄の
精液がよいものであった場合、よい、非常に遣伝的にすぐれた牛の
精液であった場合にはその
改良効果はまことに大きいものがある。ところが、逆にそれが
不良遺伝子を持つものであったりあるいは遺伝的に
能力の低いものであった場合にはどういうことになるかというと、それは
改良を阻害し、
改良を停滞させるということになるわけでございます。つまり、雄のいいものを使うか悪いものを使うかということのその
影響というものは甚大だということになってまいります。しかしながら、そこでそういうふうに雄というものの
サービス圏というものが
全国範囲になったということは、この
事態を積極的に受けとめ積極的に利用することによりまして、
改良というものを
全国一円を
一つの牧場のごとくした
改良という、いわゆる
全国組織の
改良というものができる素地が与えられたというふうに考えることができるわけでございます。したがいまして、そういうことから
全国規模の
乳牛改良事業とかあるいは
肉牛の先ほど申し上げました
産肉能力平準化事業というように、
全国を
一つの対象あるいは
全国を
改良の場にした組織的な
活動としての
改良体制、そういうものができたわけでございます。これは
日本だけじゃもちろんございません。
先進国では全部そういう形になっておりまして、事実そういう
全国組織の
改良によりまして
改良効率はきわめて上がっておるというのが
実態でございます。多少歴史的なことをちょっとつけ加えますと、昔はその
改良というのは
個人ブリーダーの
活動だけに頼っていた、
個人ブリーダーの
方々の
創意工夫だけに頼った
改良体制であったわけでございますが、いまや、もちろん
ブリーダーもたくさんいらっしゃるわけでして、その他の
酪農家もいらっしゃる、こういう
ブリーダーの
方々も全部巻き込んだ形での
一つの
ナショナルベースの
事業というものに
改良事業はなってまいったと、こういう
改良体制の
変革、これは非常に大きな
変革でございます。それは何からきたかといいますと、この
凍結精液の
普及ということがそれを可能にしたということが言えるわけでございます。と同時に、今度は
凍結精液はもう
一つ新しい問題を、あるいは新しい
事態を生み出した。それは何かと申しますと、
凍結精液の
国際商品化という現象でございます。これはもう単に、先ほどは
全国的に使われると申しましたけれども、
全国的な
範囲ではなく、これはグローバルに使われるということになってまいったわけでございます。そこにまた、
一つのいわゆる世界的な
規模での
改良の考え方というものがまた生まれてくることになるわけでございます。それが
凍結精液が
改良体制をいかに
変革することになったかという
お話でございます。
次に、
受精卵移植でございます。
受精卵移植という
技術につきましては、
先生方は御承知かと思いますので詳しくは申し上げませんけれども、要するに、ある雌の体内から受精した卵を取り出しまして、それを別の
雌牛の
子宮に入れて着床をさせるということでございまして、このことによりまして一頭の
雌牛の
子供が一遍に、あるいは短期間にたくさんとれるということになるわけでございます。牛の場合ですと、通常は単体でございますから、一頭しか生まれない。それが何頭もとれるということになるわけでございます。こういう
技術は一体何に役に立つのかと申しますと、いろいろな役立て方があるわけでございますが、非常に
資源が限られた
品種とか、あるいは入手が非常にむずかしい
品種で、少ない頭数しかいないというものを急速にふやすという場合にはこの
技術が
非常に役に立つ。実は
アメリカにおきまして
最初にこの
受精卵移植というものが非常に発達しまして、
企業化までされた場合の理由というのは、いま申し上げたことで、ヨーロッパからの
肉牛が病気の
関係でごく数少なくしか入ってこなかった、
肉牛の
改良熱がその当時
アメリカではほうはいとして上がっていた時期でございます。したがいまして、シャロレーとかリムジンとか、あるいはイタリアの
品種ですけれどもキアニナなんていうような、非常に数少なくしか入ってこなかった
品種につきましては、この
受精卵移植で
子供をうんとふやして用に供したという歴史があるわけでございます。
それから、次に第二といたしましては、優良な
雌牛の子を優良でない
雌牛のおなかを通して増産できるということでございます。これは当然
改良につながってくるわけです。つまり雌につきましても
選抜がいままでよりははるかに強くできるということに、そういう
可能性を生んでくるわけでございます。
それから、第三番目といたしましては、
双子の
生産、計画的にあるいは人工的に、人為的に
双子の
生産ができる。それは
双子の
生産の
やり方についてはいろいろありますけれども、たとえば牛の
子宮というのは人間の
子宮と違いまして、実は先の方が
二つに分かれております。それを
子宮角と申しますけれども、それぞれの
部屋が
二つあるとお考えいただければいいわけですけれども、それぞれの
部屋に
一つの卵を、
二つになりますけれども、それを着床させることによりまして
双子を
生産するというような
方法もあります。そういうようなことで、これは質の
改良というよりは、どちらかと申しますと量的な増産ということの
可能性もひとつ秘めている
技術でございます。
さらに、この
受精卵移植に関連をいたします
技術としましては、
凍結受精卵というような
技術、
受精卵の
凍結技術でございますが、そういう
技術もございまして、これはもし御質問があれば少し詳しく申し上げますけれども、国によりましては、もうかなりの程度
確立した
技術になっております。これがまた
精液の場合と同じように、
一つの
国際商品化をしつつあるということでございます。
それから、さらに
受精卵の
分割移植と、これは最近新聞などにもちらほらと
成功例が出ておりますが、全体といたしましてはまだ
研究中と申しましょうか、まだ
研究段階でその
事柄が進行中と言った方がよかろうと思いますが、
受精卵の
分割移植というようなことがございます。これは要するに、遺伝的に全く同じ個体を二頭ないしあるいは四頭、五頭というふうに複数つくれるという
技術でございます。
それから、今度は
受精卵で性別の判定をする。
受精卵の非常に早い
段階ですでに多少の
細胞分裂を起こしておりますけれども、その分裂した
細胞のうちのわずかを取り出しまして
染色体を調べることによって性を見きわめて、そしてそれをまたこれは雌であった、あるいはこれは雄であるということを見きわめてから、必要なものは
受精卵移植でまた雌に入れてやるというような形でございます。そういうことで、まだ将来の問題でございますけれども、もしそういうことが非常に簡単にしかも安価にできるということになれば、欲しい性だけが得られるということになります。雄が欲しければ雄だけ、雌が欲しければ雌だけが得られるというようなことも可能になります。
それからもう
一つは、
体外授精でございます。これも実はおととし、
日本ではございませんけれども、
アメリカで初めて
家畜におきましてはこの
体外授精児がちゃんと分娩をした、誕生をするというところまでいっております。しかし、これらの
技術は
研究中であって、ちらほら
成功例が出ているというふうに全体としては
理解した方がよろしいかというふうに存じます。
それから、少し話が戻りますが、
受精卵移植技術そのものはまず
確立をいたした。
技術でございますから、この後さらに改善が全く行われないということではございませんけれども、一応これは
確立ということで
普及の
段階に入っているというふうに
理解をいたしてよろしいかというふうに存じております。
多少時間が長くなったようでございますが、
最後に
家畜改良増殖法につきまして申し上げさしていただきたいと思います。
家畜改良増殖法は
昭和二十五年の制定以来、三十六年にまた
改正がございましたけれども、われわれ
改良に携わる者にとりましては
一つの
基本法として支えになってまいった
法律でございます。今回、先ほど申し上げましたようないろいろな新しい進展に応じた
改正を国の方でお考えになっておられるということでございます。その
一つは、
受精卵移植の
規制ということと、もう
一つは
精液の
輸入に関することでございますが、この
受精卵移植の
規制につきましては、先ほど申しましたように
普及に入りつつある
段階でございます。したがいまして、国内に関する限りいろいろ問題が現実に起きているというようなふうには私ども
理解してはおりませんけれども、しかし、これは広がれば広がるほど必ずいろいろな問題、その
取り扱い等の不備から来る問題というようなものが出てくるであろうというふうに考えられますので、問題が起こってからではなく、
早目に
規制をなさる。
規制というのも決してこれは
受精卵移植を、何と申しましょうか、抑えよとかいうようなことではないようでございますので、
早目にきちっとした形の
規制をなさることについては私は賛成でございます。
それから次に、第二の
精液輸入の問題でございますが、先ほど私は
育種の
方法として基本的なものは
選抜と
交配であるというふうに申し上げましたけれども、実はもう
一つございます。それは何かといいますと、
育種素材を、もちろんいいものを外から持ち込むという、それは
導入育種というような
言葉もございますけれども、
導入をするということ、この
育種素材の
導入と、それから
自分たちの
集団の中での
選抜、
交配というもの、これを巧みに使い分けることによりまして
改良というものは進むわけでございます。今回、
外国のいい
精液が
輸入され得るということになりましたことのメリットはいま申し上げたところにあるわけでございます。その場合に反対の面でつきまとう
心配は、今度は余り適当でないものが多量に流入するのではないかという
心配も理論的にはつきまとうわけでございますけれども、最近の
情報化時代、それから私も海外のいろんな
家畜改良関係の情勢を多少は存じておるわけでございますけれども、正しいたとえば
後代検定記録とかいうようなものの
情報というものは各国ともきちっと整備しておりますし、それが正しい形で大体
政府なりあるいは
政府に近いような
団体の力で公表をされ利用されておりますので、したがいまして私どももその正しい
情報をわれわれの農家に与える手だてはあるわけでございまするので、大勢におきましては不適当なものが多量に流入して困るということはないだろうというふうに
判断をいたしております。ただしかし、この点につきましては、国とか県とかあるいはまた
団体等が万全を期しましてやはり
人工授精師や
酪農家の
方々の指導には力をいたすという必要は十分あろうかと思っております。
それからさらに、これは特に私の希望として御
理解をいただいておきたい点は、いま申しましたように、さしあたっての問題として、そんなに私は
心配する問題はなかろうとこの点について思っておりますけれども、ただこういうことはあるわけでございます。それは将来の問題ですけれども、
外国の
精液につきまして門戸を開放したという以上は、これは今後は
外国との
実力勝負ということになってくるわけです。したがいまして、われわれとしても決してうかうかとはしていられないということは十分に心にとめなければならないことであろうかというふうに思います。したがいまして、やはりわれわれ自身の
改良体制というものをしかとこの
段階でまた十分に見直して一層強化をしてまいる必要があるのではないかというふうに存じております。つまり、多少具体的に申し
上げますと、いろいろな
家畜の場合がありますが、たとえば
乳牛の場合で申しますと、これは諸
外国どこでもしっかりとやっておりますように、やはり雌の
能力検定というものをもっと広
範囲にしかもしっかりとやって、そしてそのデータを利用することによっていい雄を選んでそしてそれを
凍結精液で広く利用をしてまいるということでございます。そういうふうな配慮を十分に今後持たなければならないだろうというふうに存じております。
大変時間を超過いたしまして申しわけございませんでした。これで私の話を終わらしていただきます。ありがとうございました。