○一河公述人 一河でございます。
本日は、この重要な権威のある席に
出席をお許しいただき、
意見を述べる機会をいただきましたことを、大変光栄に存じております。
私は、
昭和五十八年度
予算のうち、特に
一般会計を中心にいたしまして、
財政運営全般についての
意見を述べさせていただきたいと存じます。
結局のところを申しますと、五十八年度の
予算におきましては、五十五年度以来、いわば無理に無理を重ねて継続をしてまいりましたいわゆる増税なき
財政再建路線、これが崩壊をいたしまして、
財政再建の
方向が見失われてしまっている、しかも
財政の景気
調整機能さえも、これに制約されて基本的には放棄されている、このように判断をしてもよろしいのではなかろうかと思うのでございます。きわめて深刻化をしております不況、そして、それと同時に進行しております長期的な
経済、
社会の目標の変化と構造的な変化、こういう重大な
状況の中で
財政がこのような事態になっておりますことは、まことに憂慮すべきことでございます。その
意味で、五十八年度
予算には基本的には反対をいたします。
以下、このように申し上げることの
理由を簡単に申し述べさせていただきたいと存じます。
まず、五十八年度
予算そのものの評価についてでございます。
第一に、歳出面を見てまいりますと、これはいまさらここで申し上げるまでもないことでございますが、
一般会計歳出
予算の対前年度当初比伸び率一・四%、
昭和三十年度のマイナス〇・八%以来の小さな伸び率でございます。また、歳出の中で五十六年度の国債整理基金からの借金分を除いた、いわばこの実質的な歳出伸び率ということになりますと、マイナス三・一%にすぎないわけであります。これは、ドッジ・ライン緊縮
予算、
昭和二十五年度
予算のマイナス六・一%以来の非常に緊縮的な、いわば超緊縮的な
財政運営になっていると言って差し支えなかろうかと思うのでございます。そしてまた、この
予算の規模増は、来年度の
政府見通しの名目
経済成長率五・二%さえも大きく下回っているわけでございまして、
財政は、景気刺激どころか景気
抑制的に働く機能を持たざるを得ないと考えます。
また、内容的に申しましても、歳出を圧縮するため、新規の政策
経費増はほとんど全く放棄されている。従来は余り手をつけられませんでした
社会保障費や文教費までが抑え込まれる。そのため、
防衛費の伸びだけが、従来から申しますれば大きなものではないにしても、いたずらに目立つし、またこの面での後年度
負担増が目立つ、こういう問題があろうかと思うのでございます。
私は、
防衛費の伸びは何が何でもけしからぬ、このように考えるものではございません。しかしながら、こういう形でなし崩し的に
財政の支出の形が変わってくる、
財政の構造的な変化が生じてくる、これは非常に大きな問題だ。そのための十分な議論が前提としてなされるべきであろうと考えるものでございます。
第二に歳入面でございますが、歳入面を見ますと、税収の伸び率が対前年度補正後比で六・〇%、これは私はきわめて小さな、いわば過小評価になっているのではなかろうかと考えるものでございます。名目
経済成長率が五・六%の見通しでございますから、税収の伸び率が六・〇%ということになりますと、いわゆる税収の
所得弾性値は一・〇七。これは確かに昨年度は非常に低かったのでございますが、基調としてこのように低い弾性値と考えてよろしいかどうかは大いに疑問があろうかと思うのでございます。
そこで第一に、
経済成長率見通し、名目五・六%、実質三・四%。これはほかの民間の調査機関等の予測と
比較をいたしますと、中くらいのところにあるわけでございまして、従来の
経済運営から申しますと、かなり手がたい見通しになっている、こう言ってもよかろうかと思うのでございます。
経済成長率を手がたく見込み、低い税収の
所得弾性値を見込むことによって税収を
比較的に手がたく見込む、これは五十六年度、五十七年度と引き続きまして大きな歳入欠陥を出した結果だろうとも考えられますけれども、もう少し積極的な税収見込みを持ってもよかったのではなかろうかと思うわけでございます。
もちろん、この
政府見通しにいたしましても、この数値では甘過ぎる、こういう
批判もたくさんございます。しかしながら、この
程度の
政府見通しさえも当たらない、これをも
経済成長率が下回る、あるいはこれをも税収の
所得弾性値が下回るというような事態がもし生じたとすれば、これは大変な不況でございまして、それでもなおかつ税収を手がたく見積もって、これ以上赤字を積み重ねないようにすることが大切である、
財政再建の道を見失わないことが大切であると考えるとしたら、それはまさに本末転倒だと思うのでございます。
経済の
バランスをたとえ失ったとしても、
財政が
バランスすればいいということでありまして、まさに本末転倒の議論だろうかと思うのでございます。もしこの
政府見通しをも
経済成長率が下回り、歳入欠陥が出るようなことがありましたら、それこそまさに
財政がもっと赤字を出して、景気の刺激をする必要があるときでございまして、もう少し積極的な税収見込みを持ってもよかったのではなかろうか、こう考えるものでございます。
しかも、このような
財政運営を行いまして、最後に収支
バランスを見れば、表面的には国債発行額は減っているようでございますが、実質的には補助貨幣準備資金の取り崩しでありますとか、特別会計やあるいは特殊法人からの納付金の増加でありますとか、いわば税外
収入の大きな、しかも一時的な、ことし限りの増加を大きく見込んでいるわけでございまして、もしこれをしなかったならばということで実質的な
財政収支
バランスを見れば、十五兆円をかなり上回る
収入不足、したがって、実質的には過去最大の国債
財政だ、こう考えても差し支えないのではなかろうかと思うのでございます。
このような次第で、五十八年度の
予算は、第一に、従来の
財政再建路線が完全に崩壊している。第二に、深刻化しつつある不況の中で
財政の景気
調整機能が放棄され、むしろ景気
抑制的な
予算になっている。第三に、基本的に今後の
方向といいますか、今後の展望が全く示されていない。したがって、非常に欠陥のある
予算である、このように考えるものでございます。
現在必要なのは、優先順位から言えば、第一に、
財政による景気
調整機能を優先視すべきであろうかと思うのでございます。短期的な収支、
バランスを図るためにも、
財政による景気
調整機能をまず第一に優先視すべきだろうと考えるものでございます。また第二には、
財政再建を含めまして、長期的に
財政運営のあり方と申しますか、何を優先的に考えるべきか、これをはっきりさせなければいけない、こういう
段階だろうと思うのでございます。しかしながら、もしこういう問題を考えるとすれば、そのためには
財政の収支
バランスの悪化とか、あるいは
財政赤字とか申しましても、それにはさまざまの
原因があるということを考える必要があろうかと思うのでございます。
対策を考えてまいります場合には、少なくとも
財政赤字の三つの
原因が区分される必要があろうかと思うのでございます。一つは不況による赤字でございます。一つは過去にかかわる構造的な赤字でございます。一つは将来にかかわる構造的な赤字でございます。
その
原因と対策を考えれば、まず第一に不況による赤字。確かに、
財政収支の
バランスがまた次第に悪化をしております
原因の一つは、明らかに五十六年度以来の景気の後退、税収の伸び悩みでございます。このような赤字に対しては、やはり
財政再建ではなくて、景気
調整を優先的に考えるべきだ。そういう状態の中で
財政再建を優先的に考えるとすれば、それは景気をさらに悪化させて、
財政再建そのものをもさらに危険な状態に陥れてしまうと言わざるを得ないかと思います。少なくとも、
財政再建が長期的には重要な課題であるにしても、短期的にはもっと弾力的、伸縮的に運用されるべきであろうと考えるものでございます。
経済の
バランス、これは
財政の
バランスよりも優先的に考えられるべきものである。また、しばしば言われますサラ金
財政というような
考え方は、非常に大きな誤解を招く
考え方であると言わざるを得ないかと思っております。
第二に、過去にまつわるといいますか、過去にかかわる構造的な赤字でございますが、これは先ほどの公述人の御
説明にもありましたように、従来高
成長の中で
財政運営が行われてまいりました。その中で大きな税の自然増収をもとにしてさまざまの行政施策が行われる。いわば増税なき行政施策の
拡大が行われましたために、さまざまのむだの積み重ねが行われてきていると言ってよかろうかと思いますし、また、一度実績として獲得した
経費が、過去には優先性を持ちながらも、次第にその優先性を失ってくる。これが微
調整にとどまって、大胆な削除が行われてこない。こういうことから生ずる
経費の硬直的な増加、これが
財政赤字の大きな
原因の一つでございまして、
財政再建とかあるいは行政
改革とか、こういうことで主として
財政対策の問題とされましたのは、まさにこの分野であって、これは妥当であろうと思うのでございます。
しかしながら問題は第三の将来、これから先の構造的な変化にかかわる赤字の問題でございまして、言うまでもなく現在、
経済あるいは
社会の目標の変化、構造の変化が進行し、これに伴って
経費の非常に大きな増加趨勢が見られるわけでございます。たとえば、一人当たり
所得の増加に伴って、そしていま一つは人口の都市集中化に伴いまして、住宅でありますとか
生活環境整備の問題も起きておりますし、あるいはまた
高齢化社会の進行と核
家族化の進行に伴いまして、
年金でありますとかさまざまの老人対策、あるいはことに医療費の増加傾向、これが非常に強くなってきているわけでございます。いわば、
一般的に言いますと、
財政の実物的なと申しますか、物やサービスを購入することによって
財政が直接に
国民にサービスを与える、
社会にサービスを提供するといういわば再分配的な支出、こういう面への重点の移行が見られる、このように考えてよかろうかと思うのでございますが、こういう面での
財政の支出の大きな増加傾向が見られるわけでございます。
このように、
財政の赤字と申しましてもいろいろな
原因が重なっているわけですから、
財政再建と言いましても一筋縄ではいかないことは当然でございます。
考えてみますと、
わが国の
経済は、他の主要諸国に
比較をいたしまして、最近の
経済の基本的なパフォーマンスは、失業率にしても、
経済成長率にしても、不況だとは言いながらも、相対的には良好でございます。それなのに、
財政の赤字だけはずば抜けて悪い状態でございます。これは結局、
わが国の
財政赤字が単に不況だからということ、あるいは低
成長への移行だからということで生じただけではなくて、一つは、従来高
成長であっただけに、従来の残りかすが非常に大きい、これまでのひずみが強くあらわれているということもございますし、また一つは、
わが国の
経済社会構造の転換が、ほかの国以上に急激に進行しているということもあろうかと思うのでございます。そういたしますと、いずれにしても、これから先の
財政の機能は
増大せざるを得ないわけですし、支出は
増大せざるを得ない。いわば五十八年度
予算はその第一歩でございます。
やはり
財政というのは、ことしの
財政にしても、これから先五年、十年の
財政を考えていかなければいけないかと思うのでございます。
年金等にいたしますとなおさらのことなのでございまして、
国民の間にかなり広く、いまは
年金の保険料を払っているけれども、自分たちが年をとった場合に果たして
年金をもらえるのだろうか、こういう不安感が強くなっているのは事実だろうと思うのでございます。
年金などの問題にしますと、五年十年どころか二十年、三十年、五十年単位で考えなければいけない問題だ。アメリカ連邦
政府の行っておりますOASDHIなどの場合には六十年単位で物を考える、こういう
態度も必要であろうかと思うのでございます。
そこで、最後に
負担の問題ということになるわけでございます。五十八年度の
負担で非常に目立っておりますのは、言うまでもなく、五十二年度以来六年間引き続いて
所得税の減税が実施されていないということでございます。結局のところは実質的に増税になっております。そしてまた、このために直接税収
比率が七二%を超える、世界でもまれに見るほどの高い直接税収
比率になっております。しばしばアメリカに次いでと言われますけれども、アメリカの場合には州地方
政府が
間接税が多いものですから、
日本と
比較をして国税、地方税を通じてということになりますと、
わが国はアメリカと肩を並べて、世界主要諸国の中で、あるいは世界各国の中で直接税収
比率の高い国になっていることは事実でございます。ことに、この直接税収
比率の中でも、
給与所得を中心といたしました源泉徴収の
所得税収
比率が目立って伸びている。そのため、かなり広範な
所得層におきまして、
給与所得階級においては実質的な可処分
所得は
現実に
低下してきているのが実情でございます。
こういう
状況があるものですから、
所得税負担の不公平、いわゆるクロヨンとかトーゴーサンと呼ばれます水平的な不公平が問題になってきております。一昨々年でございましたか、グリーンカードの制度が導入されました。これは、このような
意味での
所得税負担の水平的な不公平是正のきっかけになるということで、大いに期待したのでございますが、これは延期をされるようでございます。
ただ、このグリーンカードの問題をめぐっていろいろな議論が行われたことを振り返ってみますと、有力な反対論の一つは、グリーンカードなど実施をすると、
経済の薄ネズミ色の部分がなくなる、こういう
表現をなさった方がおられましたが、いわばそういう形で
経済のインセンティブがなくなってしまう、
経済の
活力がなくなってしまう、だからいけないのだ、こういう反対論がございました。これはある
意味ではもっともだろうと思うのでございます。しかしながら、もしそうだからといってこの水平的な不公平、
所得の種類ごとによる
税負担の不公平をこのままにしておきますと、現在でも存在をする不満が、これから先、
所得税減税がなかなか行われない、また
賃金もなかなか上昇しないという中で非常に強くなってくる、これは当然予想されるところでございます。
そのような不満感、そして実質的な
負担増、これは一方では租税モラルを崩壊させてまいりますし、また、それに伴っていわゆる
経済のアングラ化を促進する傾向があろうかと思います。また、他方におきましては、
労働インセンティブと
労働規律を大きく損なう懸念があると考えられますし、その結果として、実質
所得の維持をめぐって、労使
関係までにも望ましからざる影響を与えてくるのではなかろうかということを懸念するものでございます。
わが国の従来の
経済成長、そして昨今におきます
経済の、決していい状態とは申しませんけれども、国際的に
比較をすれば相対的に良好なパフォーマンス、そして
社会の安定、こういうことの
基盤は、いわば安定した労使
関係にあると言ってよろしかろうと思うのでございます。まあ、いわば現在の状態を続けることは、この安定した労使
関係の崩壊につながるおそれを持つのでございます。さまざまの増税の議論も出てきているようでございますが、やはりその前にもう一度、
負担の水平的な公平の実現のための一段の努力を払うことが必要ではなかろうか、このように考えております。
以上で陳述を終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)