○
参考人(
竹下守夫君)
一橋大学の
竹下でございます。
それでは私からも、本
委員会の
審議にかかっております
裁判所法等の一部を
改正する
法律案についての
意見を申し上げたいと思います。
私は、この
法案の主な
問題点と思われるものを四つばかり挙げまして、それについて順次
意見を申し上げていきたいと思います。
まず第一は、今回の
改正法案によりまして
簡易裁判所の
事物管轄が
訴額九十万円以下の
事件にまで拡張されるということになっておりますけれ
ども、それが
現行制度における
簡易裁判所の
性格を変更することになるのかどうかという問題でございます。それと関連いたしまして、そのように
事物管轄を拡張することが果たして妥当かどうかという問題、これが第一でございます。
それから第二は、
法案の第一条の定めます
不動産に関する
訴訟についての
競合管轄というものを認めることの
是非でございます。
それから第三は、
法案第二条によりまして新しく
民事訴訟法三十一条ノ三としてつくられることになっております二つの
規定、
一つは、第一項の
当事者双方の意思の合致があったならば、
裁判所は必ず
事件を
簡易裁判所から
地方裁判所へ
移送しなければならないというその
規定の
是非。
それから第四は、新設される
民事訴訟法三十一条ノ三の第二項の方の
不動産に関する
訴訟についての
被告の
申し立てによる
必要的移送の
制度の
是非ということでございます。
ただ、第三と第四は、いま第四として挙げました三十一条ノ三の第二項の方が、むしろ二番目に取り上げました
競合管轄の
是非の問題と密接に
関係しておりますので、順序としてはそちらを先に申し上げたいと思います。
まず第一は、
簡易裁判所の
事物管轄の拡張が、
現行制度のもとにおける
簡易裁判所の
性格を変更するものであるかどうかという点でございます。ただ、
簡易裁判所は
民事事件ばかりではなくて
刑事事件についても
管轄を持っておりますが、今回の
改正と
刑事事件とは直接
関係ございませんから、
刑事事件の点については触れない。それからまた、
調停、
特則手続についても特別に
専属管轄を持っているわけでございますけれ
ども、これもいま
落合参考人の方からお触れいただきましたし、直接の問題とはややずれますので、主として私は
民事訴訟との
関係での
簡易裁判所の
性格というものを考えていきたいと思うわけでございます。
簡易裁判所の
性格につきましては、皆さんもすでにもう御
承知のとおりいろいろな
議論がございます。しかし、当時の
立法資料等から見ます限り、
裁判所法制定の
立法過程に関与されましたいわゆる
立法関係者の
方々が、
旧法時代の
区裁判所とは違った
英米の
治安裁判所あるいは一九五八年の
改正前のフランスの
治安裁判所ないしは
英米の
少額裁判所と言われるようなものをモデルといたしまして、
少額事件につきまして
民衆に親しまれやすい
裁判所をつくろうという意図であったということは、ほぼ間違いないように思われるわけでございます。
この
関係でしばしば引き合いに出されます第九十二
帝国議会における
裁判所法提案理由というものを見ましても、「
簡易裁判所は軽微な
民事、
刑事事件を扱ひ、全
國數百箇所に之を設けまして、
簡易な
手續に依りまして争議の
實情に即した
裁判をするやう工夫致して居るのでありまして、
司法の
民主化に貢献する處尠から
ざる所があらうと期待致して居るのであります、」というふうに
説明されておりますし、そのほかにもこれを裏づける
資料がいろいろございます。
そのような
立法関係者の
考え方というものが、でき上がった
簡易裁判所制度にもあらわれているわけでございまして、そのうち最も重要な点を二つ挙げるといたしますれば、
一つは、まず
裁判所の数を非常にふやして、
全国にたくさんの
簡易裁判所を設け、
国民が身近に
裁判所を持つという、そういう
考え方を実現したという点でございます。
旧法下の
区裁判所は
最後の段階では
全国二百八十三庁でありましたのが、
簡易裁判所は
裁判所法制定当時におきましてすでに五百五十七庁つくられたわけでございます。現在では五百七十五庁にさらにふえております。
それからいま
一つは、
簡易裁判所判事制度というものをつくったということでございまして、いわゆる
法曹有資格者ではなくても、
一般からの
特別選考によりまして
簡易裁判所の
裁判官を任明するということにしたわけでございます。これはちょうど
治安判事のように、
一般の良識を代表する
人たちというものを
少額事件の
裁判に関与させまして、細かい
手続等はともかくとして、結論が妥当であるようなそういう
裁判を実現していこう。むしろ、細かい
手続を厳格に定めるということは、
利用者の
国民にとっても便利なものではないし、また、そういう
手続が必要だということになると、なかなか
簡易裁判所判事をそのように
一般の
民間から採用するというようなことはむずかしいのではないかという、そういう
考え方があらわれていたものと思うわけでございます。
そのほかさらに、
司法委員というような
制度が新しく
簡易裁判所について設けられた。それから、
事物管轄の点につきましても、
旧法下におきましては
訴額とかかわりなしに必ず
区裁判所の
管轄とされていた
事件があったわけでございますけれ
ども、
簡易裁判所ではそういうものは一切廃止いたしまして、すべて
訴額を基準にしてこれを
少額に抑える、そういう
考え方がとられたということでございます。
それから、やや細かいことになりますけれ
ども、
簡易裁判所の
裁判に対する不服
申し立ての点でも、これを
地方裁判所にしたということでございます。もし、
簡易裁判所が
地方裁判所と同じような
意味で、ただ
訴額の少ない
事件を担当するというのであれば、あるいは不服
申し立ては、
地方裁判所の判決に対する不服
申し立てと同じように、いきなり高等
裁判所へ行くという
考え方もあり得たのではないかと思いますけれ
ども、そうではなくて、
地方裁判所に不服
申し立てをするというそういう
制度をとっているということでございます。もっともこの点は旧法時の
区裁判所でも同じでありまして、当時も
区裁判所の
民事の判決に対する不服
申し立てば
地方裁判所であったわけでございますので、
最後の点は
区裁判所と比較してみた場合の
簡易裁判所の特色というふうに言うわけにはまいらないだろうと思います。
このように、
簡易裁判所というものが
一つの
少額裁判所というものを目指した新しいタイプの
裁判所をつくろうとしたものである、そしてそれができ上がった
制度の中にもかなり色濃くあらわれているということはそのとおりなのでございますけれ
ども、他方では、それではじゃ純粋にそれだけで貫かれているのかと申しますと、どうも私はでき上がった
制度から見る限り、そうは言えないように思うわけでございます。
もし、
英米流の
治安裁判所ないし
少額裁判所というものを本当に純粋に実現しようといたしますと、これは普通の
地方裁判所以上の
裁判所とは違ったやや特殊な
裁判所、これは憲法上特別
裁判所という言葉があって、これはもう禁止されておりますので、特別
裁判所という言葉を使うのはちょっと誤解を招くと思いますから特殊
裁判所という言葉を使うといたしますと、そういう特殊
裁判所としてつくらないとどうもその理想は実現できなかったのではないかと思うわけでございます。
先ほど申しましたように、
民衆の駆け込み
裁判所的なものであるということになりますと、
国民は、
裁判所へとにかく
事件を持ち出して権利救済をしてもらいたいというふうに言えば、ある
程度裁判所の方がイニシアチブをとって、細かい
手続などにこだわらずに結論を公正妥当に打ち出すという、そういうものであることが望ましいわけでございまして、現に諸外国の
治安裁判所的なものは、そういう
裁判所として
性格づけられているように思うわけでございます。
そうなりますと、
簡易裁判所の
手続というものもそれに見合ったものにならなければいけない。依然として、
地方裁判所以上の
裁判所と同じように、どういう事実があったかということを厳格な証拠調べによって認定をいたしまして、それに法を適用して結論を出す。その判断の
過程も、はっきり判決
理由という形で示すというようなことになりますと、どうしてもそこで行われる
裁判というものも厳正なものにならざるを得ない、
地方裁判所以上とそう違わないということになってくるわけでございます。
それから、さらには上訴との
関係というものも重要でございまして、上級審に
地方裁判所の判決と同じように不服
申し立てができるということになりますと、幾ら
少額事件を第一審では
簡易迅速に判断をするといっても、もう第二審へ行けばほかの
地方裁判所の
事件と同じようになってしまうということでは目的を達しないということになりますし、それからまた、上級審が
下級審の判決をレビューするということになっておりますと、それにたえるだけの
手続というものを構成して、それを記録に残していかなくちゃならないという問題もあるわけでございます。
ところが、
簡易裁判所の
手続はどうなっておるかというと、すでに皆様御
承知のとおり、
地方裁判所の
手続を原則としながら若干の
特則を設けるという方針をとったわけでございます。しかも、すでに旧法の
区裁判所におきましてもそのような
手続の
特則というものがあったわけでございまして、それにつけ加えられたのはそれほど多くはない。先ほどの
司法委員の
制度に関する
規定を除きますと、
当事者を期日に呼び出すときの呼び出しを
簡易な方法でやってもいいとか、あるいは欠席をした
当事者が提出した書面を陳述したものとみなすという場合を
地方裁判所よりは少し広げるとか、あるいは調書を簡略化する、それから証人尋問のときに証人が書面を見ながら答えてもいいというような
程度でございます。
口頭起訴とか、随時出頭による起訴という
制度は、これは
区裁判所当時からあったわけでございまして、別に
簡易裁判所になりましてから特につくられたというわけではない。もちろん、しかしそういう
制度を残したということにつきましては、当時の立法者は、やはりこういうものは
簡易裁判所の
性格にふさわしいという判断を示したものと言うことはできると思うわけでございます。
要するに、
簡易裁判所の
手続につきましても、
地方裁判所の
手続よりは
簡易なものにするという
考え方が当然あったわけですけれ
ども、基本的な、つまり
裁判というものは事実を厳格な証拠調べによって確定をして、それに法を適用して判断をするのだ、しかも、その
手続も厳格に法によって規律されたものでなければならないという、最近の言葉で言いますと、いわゆるデュープロセス、適正
手続の
考え方というものについて、
地方裁判所と
簡易裁判所とで非常に大きく質的に変えるというような
考え方はとられていなかったというふうに見ざるを得ないわけでございます。
これは、
訴訟裁判所ではないので必ずしも適切な例ではないのですけれ
ども、身近なところから比較の
対象を選ぶといたしますと、たとえば家庭
裁判所というものがございますが、家庭
裁判所は、ある
意味では本当にわが国の現在
民衆裁判所として
国民に親しまれ定着しているというふうに言えると思うのでございますけれ
ども、家庭
裁判所の場合には厳格な
訴訟手続というものによらなくていい、これは非訟
事件裁判所でございますから当然そういうことになるわけでございますけれ
ども、そういうことになっているわけでございます。どうもそれに比べると
簡易裁判所の方は、そういう一応
立法関係者が
理念として置いたものが、法律で決められた
手続にそのままストレートには反映していないということが言えるように思うのでございます。
それからいま
一つは、
司法制度全体との
関係で、先ほどの特殊
裁判所としての
少額裁判所という位置づけがなされているかという点でございますけれ
ども、どうもこの点も問題に思うわけでございます。もし、本当に特殊な
裁判所としての
少額裁判所ということにして、
区裁判所時代には
裁判所へ持ち込まれなかったような
一般庶民の間の小さな
事件というものを
裁判所に出せるようにしようということであるといたしますと、もともとわが国の
裁判制度に持ち出されていた、つまり
区裁判所当時に
区裁判所に出ていたような
事件というものも、これは
地方裁判所が引き受けるということにならざるを得ないわけですから、
地方裁判所の方を
旧法時代よりは拡充しないといけないということになるはずでございます。
ところが、
裁判所の数から見ますと、
旧法時代地方裁判所が四十九庁、それから
区裁判所が二百八十三庁あったわけですけれ
ども、新設の
地方裁判所は依然として四十九庁だ。ただ、支部の点では、旧法当時は
地方裁判所の支部というのが八十七だったのが、新法では二百四十二というふうにふえております。ただ、細かいことになりますけれ
ども、支部がふえたといっても、いわゆる甲号支部といいますのは八十五庁ということでございますし、この支部を計算に入れましても、
旧法下の
地方裁判所の本庁、支部、それから
区裁判所の数というものと、新
制度の
地方裁判所の本庁、支部の数というのを比べてみますと、かなり違いがあるということになるわけでございます。
それからまた、
裁判官数を見ましても、旧法当時の比較的
最後の段階、
昭和十六年の段階で、統計というか法律の
規定になりますと、判事の定員が千六百一人であったということでございます。ところが、
裁判所法施行直後の
簡易裁判所判事を除いた判事及び判事補の定員は千八十七人、しかもそのうち判事補が二百五十人ということになっておりますから、当時、判事補は一人前の
裁判官と見ないのだという観念が支配していたことを考えますと、判事の定員は八百人ぐらい、そうするとほぼ半分になるわけでございます。
もちろん、当時、
裁判官というものに対するイメージといいますか、
裁判官のあり方というものが旧法と新法とで非常に違ってまいりましたし、また、そうでなければならないという
考え方がありましたから、単純に数だけの比較ではいかないわけでございますけれ
ども、もし
簡易裁判所というものを非常に特殊な
少額裁判所として位置づけるのであれば、
地方裁判所以上をもう少し拡充するという
考え方が
裁判官の数の上にも出てきてよかったのではないかと思われるわけでございます。
それからまた、問題の
訴額自体も、
旧法下の
最後の
区裁判所は、
訴額を基準とする
事物管轄につきましては二千円以下の
事件ということであったわけですが、
簡易裁判所は当初から五千円以下ということでございます。これはもちろん、当時すでにもうインフレが進行しておりましたから、物価の上昇ということを見越したということが入っているわけでございますし、これは
資料的にもそのとおりでございますけれ
ども、しかし、二千円であったものを逆に五千円に上げたというのは、
区裁判所で行っていた
程度の
事件を
簡易裁判所で扱うのだという
考え方が出ているように思うわけでございます。
そうなりますと、結局のところ、
立法関係者の
理念といたしましては、特殊な
少額裁判所というものをねらって、それが事実
簡易裁判所の
制度の中にかなり色濃く出てはいるのでございますけれ
ども、他方ではまた、やはり旧来の
区裁判所と同じように、
地方裁判所と
民事第一審
事件を分担する
裁判所という
性格を持っていたというふうに考えられるわけでございます。
その上にさらに、これは果たして当時の
立法関係者の
方々が十分に意識しておられたかどうかわからないのですけれ
ども、最高
裁判所の負担軽減問題というものと密接な
関係があるように思うわけでございます。最高
裁判所は、御
承知のとおり旧法の大審院とはまるっきり
性格の違う
裁判所としてつくられたわけでございます。憲法問題についての終審
裁判所であると同時に、行政
事件をも担当する。
一般民事事件はもちろんでございます。
民事、刑事の
事件はもちろんでございます。しかも、それを十五名の
裁判官で行うという体制をとりました。
そこで、もし
地方裁判所第一審というものを原則といたしまして、
簡易裁判所はこれは特殊な
裁判所なのだという
考え方でいきますと、特別な上訴制限という
制度を伴っていないわけですから、十五人の最高
裁判所というものが負担過重にあえぐことになるのは明らかであったわけでございます。事実、新
制度発足直後から、最高
裁判所の負担軽減問題というものが大変重要な問題としてクローズアップされてきたわけでございます。
そうすると、最高
裁判所をそのようなものとして構想する以上、何らかの形で上訴制限を設けるか、第一審を
簡易裁判所から始めるという
事件をある
程度設定するかしなければ、最高
裁判所の機能が十分に果たせないということになるわけでございます。この点は、もし立法者が十分意識していなかったとすれば、この
観点から
簡易裁判所の
事物管轄を広げていくということは、これは一種の最高
裁判所が大変だからそのしわ寄せを
簡易裁判所の方へ持っていくという
意味合いを持つことになります。私は事実そういう
意味合いを持っていると思うわけでございますけれ
ども、これは現在の
制度の中ではどうもやむを得ない。確かに、
簡易裁判所も
民衆裁判所として十分機能してもらいたい。しかし、最高
裁判所も憲法問題に関する終審
裁判所ですから、これが機能不全になってしまったのでは困るということになるわけでございます。
要するに、こういった
裁判所制度全体との
関係で、
簡易裁判所がどうも少なくとも客観的に見る限り特殊な
裁判所としての位置づけを得ていたわけではない。むしろ
地方裁判所と、第一審の
民事裁判所管轄を分け合う
裁判所という
性格を初めから持っていたのではないかということになるわけでございます。しかし、そうは申しましても、それじゃ
立法関係者がねらいとした
民衆裁判所、
国民一般に親しまれる
少額事件のみを扱う特別の
裁判所としての
簡易裁判所というものの
理念が見失われていいかというと、そういうことにならないのは言うまでもないわけでございます。
ただ、私がいままで述べたところから申し上げたいのは、もしその
理念を純粋に貫こうとすると、これはわが国の現在の
司法制度全体を見直さなければ無理なのではないかということでございます。とても
簡易裁判所の枠内だけでこの
理念を貫こうとしてもむずかしいというふうに思うわけでございます。もちろん、しかしそれほどの大げさなことではなくて、枠内だけで、なおこの
理念に忠実に打つべき施策はないのかということになれば、これはまたおのずから別でございまして、そういう手段はまだ残されていると思います。
たとえば、口頭起訴の
制度を
活用していただくとか、あるいは場合によっては夜間開廷というようなことを考えてもいいのじゃないか。ただ、この場合には
裁判所職員の労働条件の問題が出てまいりますから、そちらとの
関係を処理することも必要でございますけれ
ども、しかし、その問題の解決ができればそういうことも大いにやっていただいていいのではないかと思います。
それから、
簡易裁判所の中には、
裁判所法施行当時から決められているにもかかわらず、いまだに開設されてない庁があるということでございますし、常勤
裁判官のいない
裁判所もあるということでございます。これらがどうもそのまま放置されているということは、大変好ましくないわけでございます。もちろん、当時と現在ではいろいろな生活
関係、交通事情等も違っておりますから、もし、そのような未開設庁あるいは常勤
裁判官のいない
裁判所というものが本当にその場所に必要なものかどうかということに問題があるのであれば、そういうことも
検討し直しまして、そのかわり真に必要だというふうに思ったところは必ず開設をして、そこに常勤の
裁判官を置いていただくということにしていただきたいと思うわけでございます。そのようなことは大いに
検討していただきたいと思うのでございます。
ところで、今回のそれでは
事物管轄の拡張はどうかと申しますと、ただいま申し上げてきましたようなところからいたしますと、どうももともと
簡易裁判所は
一定の範囲では第一審の
裁判所としての機能を分担するという
性格を持っていたわけでございまして、今回の
改正が、じゃあそれを変更するほどの大きな
事物管轄の拡張なのかと申しますと、どうもやはり私は物価
変動に見合った
程度の
改正、したがって実質的にはこれまでの
簡易裁判所の
性格を変えるほどの大きな
事物管轄の
変動というふうには思われないわけでございます。
この点は、
当事者の
簡易裁判所の利用、つまりある
意味ではあくまでも
地方裁判所よりは身近にある
裁判所でございますから、その
簡易裁判所の利用という点から見ても、これは物価
変動に見合った
事件が
簡易裁判所の
事物管轄になるということはマイナスではございませんし、それからまた、
地方裁判所との負担の分担という点から見てもマイナスにはならない、プラスであろうというふうに思うわけでございます。でも、そうなりますと、今回の
事物管轄の拡張というものは積極的に考えてもいいのではないかと思うのでございます。
第一点が長くなりましたが、次に第二点でございますが、
不動産に関する
訴訟について新たに
競合管轄を認めるということが妥当かどうかということでございます。
このように、
一定範囲の
事件について
事物管轄を持つ
裁判所を、審級
関係で上級、下級にわたって両方に認めるという
考え方は、どうもほかの諸外国を見ましても
一般的ではないようでございます。どこの国でも大体ある種の
事件はどっちの
裁判所というふうに決めれば、そっちの
裁判所だけが
管轄を持つというのが普通のようでございます。ただ、
当事者が
合意をした場合には、それを動かすことも認めるということは、これはもう決してまれなことではございませんが、初めから法律上こういうふうに
競合管轄を認めるということは、全く例がないわけではないように聞いておりますけれ
ども、少なくとも
一般的ではございません。
しかしながら、御
承知のとおり、わが国では
不動産、
土地に限らず
建物をめぐる争いというものはしばしば非常に深刻になるわけでございます。この点は、先ほど
落合参考人も御指摘になったとおりでございます。外国ですと境界確定の
訴訟であるとか、あるいは
土地をも含めて占有
関係をめぐる
訴訟というようなものは、やはりその
土地に近い
裁判所が担当するのが相当だという
考え方から出ているのだと思いますが、多く最下級の、わが国の現在で言えば
簡易裁判所のような
裁判所が
管轄をするというのが
一般でございます。わが国の
旧法下の
区裁判所の
事物管轄というのも、まさしくそういう
考え方に立っていたのだと思うのでございます。
ところが、ことに第二次大戦後、わが国における
土地問題あるいは住宅問題というものが非常に深刻な、ある
意味では社会問題化してまいりましたために、これをめぐる争いというものは非常に利害の対立が深刻になるわけでございます。そこへもってきて、しばしば指摘され寸ますとおり、いろんな技術的な
理由から、もともと
不動産をめぐる
訴訟の
訴額というものの算定がむずかしい。先ほど例に挙げました境界確定の
訴訟にしましてもそうですし、
土地の占有をめぐる
訴訟についても同様でございます。
そのために、固定資産税のための
評価額というものを基準にして、しかも占有についての争いは大体三分の一にするとか二分の一にするとかというような形で、どうも便宜的な基準を設けざるを得ないわけでございます。そのために、
訴額は小さいのだが
当事者から見るとその
訴訟にかかっている経済的な利益あるいは生活上の利益というものは非常に大きいという
事件がどうしても多く出てくるわけでございます。
そうなりますと、利害対立が深刻であればあるほど、それを解決するための
手続というものも厳正なものでなければいけないということになってまいりますし、それからまた、
裁判の結論だけではなくて、いわゆる判決
理由というものも十分
当事者の納得できるような形で示されなければいけないということになるわけでございます。そこで、やはり少なくとも
当事者が望むのであれば、
地方裁判所でも
訴訟ができるという政策的な決断をする必要があるように思うのでございます。
したがいまして、今回のように
競合管轄を認めるというのは、最初に申しましたとおり、諸外国の例を見ますと必ずしも
一般的ではございませんけれ
ども、わが国の
不動産をめぐる
訴訟というものの特殊性からいって、この
競合管轄を認めるということは妥当なのではないかと思うわけでございます。
それから、第三点の
被告の
申し立てによる
必要的移送でございますが、これはただいまのように、
競合管轄を認めて原告側にその撰択権を与えるということにしましたこととの権衡上、どうしてもやはり原告が
簡易裁判所の方でいいというふうに考えて訴えを起こしてきたとしても、
被告が
地方裁判所でやりたいというふうに望むのであれば、これは
地方裁判所へ
移送をするということにするのが合理的であろうと思われるわけでございます。
やや細かい問題になりますが、その
申し立ての時期について、本案について応訴をするまでというような制限を設けてございますけれ
ども、これはもともと
民事訴訟法では、全く
管轄のない
裁判所に一方の
当事者が訴えを起こしてきた場合であっても、相手方
被告の方がこれは
管轄違いだということを言わないで本案について応訴をしますと、その
裁判所に
管轄が生じて、そこで
訴訟をやるのだということになっておりますので、そうすると、少なくとも
競合管轄の場合には一応
管轄はあるわけでございますから、その
管轄のある
裁判所からほかへ持っていくという場合も、同じ時期で
移送申し立ての制限がなされるということにならざるを得ないように思うわけでございます。
それから
最後に、双方の
合意による
必要的移送でございますが、この点も、もともと
管轄の
合意というものがあれば、つまり初めから両方の
当事者が、本来は
簡易裁判所の
事物管轄に属する
事件であっても、
地方裁判所の方でやりたいという
合意をしていれば、
地方裁判所の
管轄が生ずるわけでございます。
これは、たとえばわが国の母法であるドイツなどでは、
地方裁判所の
事件を
区裁判所の方へ
管轄の
合意によって移すのはいいが、
区裁判所の
事件を
地方裁判所の方へ移す
管轄の
合意は認めないというそういう
考え方をとっておりますから、そういうところでは非常に異例なことになるわけでございますけれ
ども、わが国ではもともと
当事者が
合意をすれば
簡易裁判所の
事件であっても
地方裁判所へ持っていくことができるということになっておりますので、一たん
訴訟が始まった後でも、
当事者が結局
合意をするのと同じように、両方の
当事者が望むというのであれば、これは
移送するということにするのがよろしいのではないかと思うわけでございます。
以上、結局四つの
問題点について、いずれも私は
改正案の方向に賛成といいますか、
改正案の方向でよろしいのではないかという
意見でございますけれ
ども、しかし、これは決して
簡易裁判所を軽視するというようなことではございません。
それから、
地方裁判所から、最高
裁判所の御
説明によるとほぼ二万件
程度の
事件が
簡易裁判所に移るであろうという見通しだそうでございますが、二万件の
事件というものが
簡易裁判所へ行ったときの
簡易裁判所裁判官、書記官、事務官等の負担の増加というものを考えないでいいわけではもちろんないわけでございまして、そういう点につきましては
法務省あるいは最高
裁判所におかれまして十分の御配慮を願いたいと思うわけでございます。
ちょっと長くなりましたが、以上で私の
意見を終わらせていただきます。