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参考人(
持田恵三君) 和光大学の
持田でございます。
いままで四人の
参考人の
方々がるる申し述べられたことについて、私もおおむね賛成でございますので、そういった細かい具体的な問題には余り触れないで、私としては、
日米貿易摩擦というものは一体何であるか、それが果たして
農産物貿易の
輸入の
自由化によって解決し得るであろうかという点に問題をしぼって、せっかくの
機会でございますので、私見を述べさせていただきたいと思います。
日米間の
貿易摩擦と申しますものは、これは古くからあった問題でございます。たとえば、早くからは繊維の問題、あるいは鉄鋼問題、板ガラス、カラーテレビ、さらに最近は自動車ということになっているわけでございますが、こういった古くからあった
貿易摩擦がなぜ七〇年代、さらについ最近に至って非常に深刻化して、また政治問題化してきたかということでございます。
それは私は、結局
日本の
工業製品の
輸出が摩擦を惹起している
品目が次第に
アメリカの基幹的な産業部門に及んできているということにあると存じます。たとえば自動車といったものは
アメリカのやはり基本的な産業でございます。波及効果の大きい基本的な産業でございます。それが
日本の
工業製品の
輸出によって打撃を受けてきているということ、それが第一点だと思います。
それからもう
一つは、やはり現在
世界を、あるいは
アメリカを覆う不況というもの、それによってもたらされたところの非常に深刻な失業の問題、この問題が現在の
貿易摩擦を非常に深刻にしてきている
原因だと思います。
第一の点について若干補足さしていただければ、自動車を初めとする対米
工業製品の
輸出が最近急増してきておるわけでございますし、これ自身は、
日本の高い
生産性、あるいは
労働者のモラルの高さといったことからくることでございまして、
日本のいわば公正な競争の結果であるわけであります。その結果として
日米間の
貿易の形が、形の上では、
日本が現在工業国であり、
アメリカは
農業国であるような形になっております。たとえば、自動車を初めとする機械類の
日本の対米
輸出の比率は、
アメリカに対する
輸出額の七〇%を占めておりますし、
アメリカからの
日本に対する
輸入の五六%が
食糧あるいは原料でございます。
食糧が二六%ということでございます。これは一九八〇年の数字でございますが、そういう形になっております。これは一見
農業国と工業国との間の分業のような形でございます。つまり、
アメリカが
農業国であって、
日本が工業国であるという形をとっております。しかし、御承知のように、
アメリカは決して
農業国ではございません。
アメリカ農業は非常に強いと言っても、決して
アメリカが
農業国ではございません。
アメリカの農林水産業の就業人口の比率は四%以下でございますし、
農業の就業人口の比率は三・何%という低い数字でございます。
日本は
農業就業人口の比率は九%ということでございますから、そういう面から見ても
アメリカは
日本よりはるかに工業国である。よく
アメリカが最先端部門と
農業に特化しつつあるというふうに言われております。いわば頭の
部分と足腰である
農業というものに特化している、真ん中のボデーの
部分が抜けてしまってきているということをよく言われます。しかし、
アメリカの産業の基本的な
部分はやっぱりボデーの
部分でございます。それはいま申し上げた就業人口の比率からもわかると存じますけれども、そういった
アメリカの基本的な、しかし弱い基幹的ボデーが、
日本の強力な工業の競争力によってパンチを受けているということに、現在の
日米間の
貿易摩擦の一番深刻な根源があると思います。したがって、
日本の
工業製品の
輸出を伸ばして、かわりに
アメリカ農産物の
輸入をふやして、いわゆる現在の
日米間の農工分業のような形をさらに推進していくという考え方、これは一部にある考え方でございますけれども、これはいわば
拡大均衡を図るということになるかと存じますが、そういうことによって
貿易摩擦というものが、いま申し上げたようなものである限り、こういう形では決して解決し得ないだろう。つまり、
アメリカがそれじゃ
日本に
農産物をより多く
輸入してくれるならば、自動車産業はそっくり
日本に任せましょうというようなことには決してなり得ない。
アメリカにとって自動車産業というのは、やっぱり基本的な産業部門でありまして、捨てるわけにいかない部門でございます。そういう
意味では決してそれによって
貿易摩擦問題が解決するとは私は思いません。
それから、第二の問題であります
世界的な不況に基づく失業問題がこれであります。こういった失業問題が
日米貿易摩擦を深刻化しているということの
意味は、需要全体の大きさが伸びなくなっている、ゼロサム社会化している現在の
世界経済の中で、一国の雇用を増大させるような
輸出の増加というものが、
相手国の産業の需要の減少、失業をもたらすという形をとっているということが
最大の問題でありますし、現在
日本が自主規制という形で自動車その他の自主規制をやっておりますけれども、その自主規制にもかかわらず
日本車のシェアが大きくなっているということは、
アメリカの車の需要全体が落ち込んでいることの結果でございます。したがって、
アメリカがもっぱらいま九%に達する失業率の失業の
責任というものを
日本の
輸出に押しつけてきている。これは決して全然根拠がないとは私は思いませんけれども、それは
日本の工業が不当な
輸出をやっているということでは決してありませんが、そういう
意味ではやはり一定の根拠を持つことだと思います。しかし、それがさらに迂回して、
日本の
市場の非開放性、ことに
農産物輸入が制限されているということに非難が向けられるということは、全くの八つ当たりだと私は思います。また、その八つ当たりであること自身を
アメリカ自身も多分知っていることだろうと思うわけであります。もし
農産物輸入を
自由化することによって
アメリカに何かの利益があるとしても、それは恐らく現在苦境に陥っている
農業の一部の苦境が若干緩和されるというだけでございまして、
アメリカの工業の失業問題が解決されるわけでは決してないと思います。たとえばデトロイトからの失業者が中西部の
アメリカの農場へ移動していく、それによって雇用を獲得し得るということはあり得ない。現在
アメリカの
農業というのは、この二十年来年々農場が減り、
農業就業人口が減りつつあり、現在もその傾向は依然として続いている。したがって、そこに雇用を求めることはできないとすれば、結局、
日本の
農産物輸入がもしふえるとすれば、それの見返りとして
日本の
工業製品がかえって
輸出がふえて、その分だけ失業が増加するという形になるのではないかと思います。
結局、
日米貿易摩擦という問題は、私は究極的には
日本の
輸出を抑えることによってしか解決できないのではないかと。
拡大均衡ということをよく言われますけれども、それが図れる
条件があるならばそれもまたいいでしょうけれども、私は現在の
世界経済の情勢あるいは今後しばらく続くであろう情勢の中では、
拡大均衡の
条件は残念ながらないのではないかというふうに思います。したがって、最終的にはやはり
日本の
工業製品の
輸出をある
程度抑えざるを得ない、そのことによって
貿易摩擦を解消せざるを得ないということになるであろうと。
一つのある
意見として、
農産物の
輸入の劇的な
自由化をやれば、
アメリカのいわばいらいらがおさまる、
日米貿易摩擦は解消するという
意見もございます。もし
日本が
農産物輸入の劇的な
自由化をやれば、確かに一時的には
アメリカのいわゆるいらいらと言われるものは鎮静するかもしれません。しかし、それはいわば
アメリカも困っているけれども、
日本の
農業も困るようにしたという一種の安心感でございまして、それは決して本質的な
意味での解決には少しもならない。いずれまた、
アメリカの失業は依然として続き、
アメリカの工業の不振が続く限りにおいて、再び
貿易摩擦は再発いたしますし、結局それはいまも言った
輸出の問題へと、
工業製品の
輸出という問題へといかざるを得ない、それが本質である限り、いかざるを得ないというように思います。とすれば、結局
日本はその劇的な
自由化によって
農業のかなりの
部分を失う。しかし、結果においてやはり同じ
輸出規制をせざるを得ないということに落ちつくということになるのではないか。つまり全く損だけをするという形になるのではないかというふうに私は思います。
したがって、現在
農産物貿易の
自由化という選択は決して賢明な選択ではない。現在の
世界経済、
日本経済の情勢から言っても、決して賢明な選択ではない。また、
日米貿易摩擦を解決する筋道ではないというふうに私は申し上げたいわけでございます。
最後に、せっかくの
機会でございますので、もう
一つ補足さしていただきたいことは、こういう
貿易摩擦の問題のやはり根本に、もう
一つ日本の農政の
責任という問題があると存じます。つまり、いままでオレンジ、ミカンにしろ、牛にしろ、構造改善事業の基幹作物という形で推奨されてきたものでございます。それがしかもいま過剰
生産に陥って非常に困っている。そういう
事態の中で、急激な
自由化ということは、いわば政治の
責任の問題として不可能であろう、とてもできるはずではない、農民に対する
責任からいってもできないだろうと。そういう視点から、やはり
一つは
農産物貿易問題というものは考えるべきだというふうに私は思うわけでございます。
以上で終わらさしていただきます。