○渋谷邦彦君 教科書問題が出たところで
関連しながら一、二申し上げてみたいと思います。
もうすでに同僚
委員からさまざまな観点に立っての
質問もありましたので、重複は避けたいと思いますが、国内問題で処理できるであろうという一般的な判断がみごとに覆りまして、これがまことにうっとうしい国際問題、外交問題にまで発展したということは
日本の外交史上恐らくまれなことではないであろうか、きわめて遺憾なことであるわけであります。考えてみれば内政干渉ではないかという、そういう判断も成り立つかもしれません。しかしいまやそういったことで
日本の
主張というものをどこまでも貫くという段階はもうすでに過ぎ去っているであろう。
私も学徒動員で軍隊の経験を持っている一人といたしまして、あの当時の模様、大変厳しい拘束された
状況の中で、まともな情報というものは私
どもの耳に入ることはございませんでしたけれ
ども、それでもあの前後においては、特に南京においてはというような忌まわしい問題が今日まだ私
どもの記憶の中に焼きついているわけであります。あの当時、
日本の中国に対するあるいは進出というまことに当たりさわりのない、しかし中国人民にとってみれば、あるいは韓国民にとってみれば大変憤りを感ずるような、そういうことがありましても
日本の軍事政策というものはそういう方向で貫かれていたと思うのであります。したがって、そういうような過去の既成事実に対して、だれが冷静に判断いたしましても侵略であるかあるいは進出であるかということの帰着すべきところは明確ではないだろうか、いたずらに言葉の使い方によってねじ曲げようとすること、これ自体が何らの反省もないということになるのではなかろうかということを非常に心配するわけであります。
特に韓国の場合はいま国民世論が非常に強い、むしろ政府
レベルよりも国民の世論が、
日本政府と言った方がいいのか
日本に対して相当強烈な修正を求めるという動きのようであります。多くを申し上げる必要は毛頭ないと思うのであります。確かに私
どもは過去の反省に立てということを大前提とするならば、これはもう明確にする以外にはないであろう。
しかし、きょう行われた参議院の文教
委員会では、小川文部
大臣はきっぱりと改める、修正をする考えは毛頭ない、こういう
答弁がなされたことが報道されました。こうなりますと恐らく中国側の言い分、韓国側の言い分というものは平行線をたどるであろう、これが今後の日中あるいは日韓
関係においてまことに思わしくないそういう亀裂が生じてしまうのではないかということを非常に心配するわけであります。
いま日中で
事務レベルの折衝が開始された段階であります。これがどういう方向へ行くか予測もできないでありましょう。韓国もまた同然であろうというふうに思うわけでありまして、今後末永く日中あるいは日韓
関係の親善友好というものを持続するとするならば、果たしてどういう手段をとることが一番現段階において望ましいのか。私はいま教科書の改訂や検定についてどうこうという、これは
委員会が違いますのでそういうことまで触れようとは思いません。しかし事外交問題にかかわってきた以上、あるいは
安全保障というそういう立場に立って考えてみた場合に、摩擦をここに生じさせるという方向が望ましいとは決して恐らく政府当局としてもお思いになっていらっしゃらないと思うわけであります。
来月には先ほ
どもお話が出たように総理の訪中が予定されているわけであります。その期間は刻々と迫っているわけであります。果たしてその短い期間の中でどういう対応と決断がそこになされるのか。果たして中国側があるいは韓国側がそういった
日本の明確な、今後どういう形で打ち出されるかわかりませんけれ
ども、しかし少なくともいままでの考え方では恐らく納得はしないであろう、そういう今日までの経過と、それからいま韓国側あるいは中国側の感触を得た上での判断というものは当然なされてしかるべきだというふうに思いますし、先ほど来の
答弁を伺っておりましても、明確に
大臣がおっしゃった中には反省の上に立たなければならない、したがってその反省の上に立つということは具体的には何だということになるでありましょう。
恐らくお気持ちの中には言いたいことといま言いにくいこと両方おありになるのではないだろうか。まことにうっとうしい話でありますけれ
ども、しかしこの辺を明確にしませんと、くどいようでありますが、いま申し上げたような大変予測しない危険な
状態がお互いの国の間に生まれるのではないか。その点について私自身も
櫻内さんの所信を伺っておきたいと思います。