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田中(六)
国務大臣 直接お答えする前に一言私の見解を申し上げておきたいのですが、
中西委員の資本あるいは経済というものに対する
考え方と私
どもが大きく違うということを、私はいまの
お話を聞いておって認識をさらに深めるのです。
私
どもは、資本とか経済そのものを収奪というふうに実は
考えていないわけでございまして、資本そのものを収奪というふうに規定するのはマルクス、エンゲルスの資本論とかあるいは共産党宣言などには明らかにそういうことを書いておりますけれ
ども、私
どもは、資本というものはあくまでも
一つのカウント、つまり勤労意欲、額に汗を流していくというところから貯蓄、それから節約、そういうものが自然と資本主義の
一つの精神であるというふうに思っておりまして、わが自由民主党は、資本はただ単に収奪ということでなくて、それが結局大きく花を咲かしていくという
考え方、そこが根本的に認識とか物の
考え方がベースとして違うのじゃないかということを強く感ずるわけであります。
それは別といたしましても、それなら
筑豊地帯をどうするのだということでございますが、私も端的に申し上げまして
自分のふるさとでございますし、このことについては、私自身、
中西さんと同じ選挙区でございますし、地盤でございますので、あの地方をどういうふうに復興させていくかということについては、
中西さんとも
ども超党派的に
考えておるわけでございます。
したがって、具体的にはどうだということですが、産炭地振興法を十年延長いたしたわけでありまして、これは実施
計画あるいはいろいろございますけれ
ども、その法律の中に、私
どもはやはりこれに依拠したものにふさわしいもの、これがある間にどうするか。十年延長しなくともいいんじゃなかったかという大きな声もございますけれ
ども、これは審議会にかけた
答申でございますし、その結果でいろいろな作用はあったとしても十年間延長、その間に、この期間中にこそ私
どもは産炭地の振興というものをやっていかなくちゃいかぬ。
やはりここには資本というもの、経済原理、原則というものを加味したものでなければ、おのずから——少なくとも、私とも
計画経済あるいは共産主義経済でございませんし、自由主義の経済というものをとっておる限り、そこに利潤の追求——利潤の追求という
意味は、私が言いましたように広い
意味の利潤の追求でございますが、そういうもののない限り資本というものは逃げていくと思うのです。やはりそれをそこに定着させるのには、どうしても自助努力と申しますか、活発な
一つのみずみずしい活力というもの、そういうものと結びついたものでなければできない。
そういうものを勘案しますと、この十年間にどういうふうにしていくか。
地域住民、地場産業といっても、
石炭というものがなくなってしまった後それがあるわけでなく、そこに種をまき、それを実らせるということ以外にないわけでございまして、そこには資本の流入あるいはそれに似たものがなければなりませんし、そういうところで、それならどういうふうに定着さしていくかという問題でございます。
これはその地方の
一つのビヘーピアと申しますか、そういう気構えというものがなければならない、やはり自助努力というものを私は第一に置かざるを得ませんし、その
環境づくりにこそ産炭地振興法の十年間延長というのがある。私は、やはりいまの経済
体制では異例のことであると思います。その
環境づくりイコール十年間の産炭地振興法の延長というのがありますから、その枠内でいかにして
地域住民の人たちが対処していくか、それにはもちろん私
ども政治家も、資本の流入、導入ということについて、それはもう少しわかりやすく言いますと、どういう企業を持っていくか、誘致するかというようなこと、幸いに、近くに日産の自動車産業が、これは私自身いま通産省を担当しておりますと、将来
拡大の方向にございますし、いろいろな分工場、つまりすそ野の広い産業でございますので、その周辺をそういうことにする。そうなれば、また住宅もできるでしょうし、道路も
整備しなければならない。そういうことによって非常に活況を呈するようにしなければならないというようなことで、
筑豊地帯というものを、それは一部の
考えでございますが、
考えております。
それからもう
一つは、私
ども全国的にいま展開しておりますテクノポリスの構想がございますけれ
ども、これは
筑豊地帯には今回選択の余地はない、率直に言って、決めておりませんけれ
ども、直方に中小企業大学校というものを設置するということを、
筑豊地帯の一部でございますけれ
ども、これは私は私なりの
考えがあって実は誘致したことでございまして、そういうものを
中心に、ただ大企業とかいうことじゃなくて、いかに中小企業を、安定したものを誘致するかというようなこと。
つまり
筑豊地帯を
一つの経済圏としてどういうふうな展開をするかということは、この十年間のうちに大きな自助努力をもって進めるということでやっていきたい、時間が限られておりますので、ほんの一部の私の
考えを申し上げたわけでございますが、そういうような
考えで進めていきたいというように思います。