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嶋崎議員 それぞれの御
質問の方々に時間の制約もあろうと思いまして、余りだらだらと御説明をしたのでは御迷惑がかかってはと思いまして、簡潔に申し上げていたために舌足らずの部分があったかもしれません。補いながら全体の考え方について改めて意見を申したいと思います。
先般の
委員会におきまして私どもが
提出をいたしました
放送大学を設置するための
国立学校設置法及び
放送法の一部を改正する
法律案の提案理由の中で、今日わが国においては生涯学習という国民の権利、国民の要求にこたえるためには
放送大学という放送を利用する大学によって国民の教育に対する機会均等が保障されるという立場から、
放送大学の設立については賛成いたしております。
ところが、この
放送大学をつくるに当たっては、次の四つの点を前提にして
放送大学の設立を推進すべきであると考えてまいりました。
その第一は、学問の自由、大学の自治が保障され、国からの独立が確保されていること。憲法二十三条に言うところの学問の自由と大学自治を前提にして権力からの大学の自由を保障するということが第一点であります。
第二番目は、現行
放送法制のもとでは、放送の本質、公共性にかんがみて事実上の国営放送になってはならないということ。憲法二十一条その他の言論、表現の自由などを踏まえた基本的な価値がこれまた権力からの自由として現行
放送法制度はつくられているわけでありますから、放送の本質、公共性にかんがみて国営放送にはならぬこと。
第三番目には、一方で大学における学問の自由、大学の自治という価値を追求し、他方では現行
放送法制のもとで放送の公共、公平の原則というものを両立させる大学でなければならない、この点が第三番目であります。
そして第四番目には、国民に開かれた今日のような大学、私は、
放送大学というべきではなくて、イギリスで長い間議論があった結果、公開大学、国民に開かれた国民の大学、オープンユニバーシティーという言葉を使ったように、高齢者も家庭の主婦も勤労青年も、いつでもどこでもだれでも教育が受けられるという意味での教育の機会均等を保障するというものでなければならないということ。
この四つの条件を具備して
放送大学というものを発足すべきであると考えているわけでございます。この四つの原則という立場から見ますと、現在の政府案は、第一については、
放送大学の設置主体として特殊法人
放送大学学園を設けることとしておりますが、大学を設置する特殊法人であるという特質を全く配慮することなく、その
理事長、監事、運営審議会
委員の任命権を無条件に
文部大臣にゆだねております。
理事会を法定することもなく
理事長への権限の集中を図っております。
この構想では
文部大臣の支配、管理も可能となり、
放送大学学園の国からの独立をとうてい保障することはできない。この点はすでに衆参の長いこの審議に当たりまして今日まだ解かれていない、大学自治の侵害ないしは学問の自由、独立が保障されない形態になっているという問題が政府案の中に蔵しております。特に、大学の管理機関として改めて評議会を重要な事項を審議する機関として
法律事項として、学校教育法上の教授会は当然だという答弁を今日まで政府側はいたしてまいりましたが、基本的な人事権が評議会に移ることによって、少数の評議員によって人事権が握られるということは、今日の学校教育法上の大学と本質的に違う点でございます。
こういう点からしてまず学問の自由、大学自治が保障され、国からの独立が確保されるという第一の前提が政府案では非常に危険性をはらんでいるというのが、改めて国立大学として
国立学校設置法の一部改正で学校教育法上の
放送大学を設置すれば今日の国家権力からの大学の自由というものが制度的に保障されると判断をいたしまして、私たちの
提出した案は
放送大学を国立大学とするといたした次第でございます。
第二番目の放送の本質及び公共性という問題に絡んで、実質上国営放送、準国営放送という問題が当
委員会におきましても
逓信委員会におきましても長らく議論が進められ、この問題については準国営放送という言葉で大方の了解があるように、全額国が出資する別の放送局を持つという意味で、権力からの放送の自由という現行
放送法制上の問題があるという点が
指摘されてまいりました。そういう意味におきまして、新しい憲法ができて以降、現行
放送法制のもとでは公共放送と民放という二本立てのもとで、NHKが放送の本質、公共性を具現していくような設置形態として今日まで努力されてきておられます。そういう意味におきまして、特殊法人
放送大学学園が放送局を持つということになりますと、現行
放送法制のもとではNHKと民放にプラスして第三の電波、第三の放送局という問題が
逓信委員会その他で議論をされながら、第三だということを郵政省は認めてきたにもかかわらず、
放送法上の抜本的な改正が行われないままに今日まで至っております。
そういう意味におきまして、私たちは、一方で権力からの大学、学問の自由を守るために
放送大学を国立大学として、他方で放送の公共性並びにその本質を追求してきたNHKに現行
放送法制の枠の中で放送をやっていただくというふうに大学と放送局を分離することは、わが国の憲法並びに現行
放送法制や現実の学校教育制度の現行法体制に見合ったものと判断をいたしまして、このような放送局と大学を分離するという形態の案を
提出したわけであります。
特に、第三の点がきわめて重要であります。一方で大学の自治を追求し、他方で放送の公共性というものを追求していくという場合に、特殊法人でいく場合と大学と放送局を分離する場合とではどんな違いが出てくるかと申しますと、共通していることは、現行
放送法制のもとでの、四十四条三項その他に言われる公平の原則、いわゆる公共性というものが追求され、他方で大学における自治が追求されると、そこにはおのずから価値の対立が起きることは言うまでもありません。
そうなりますと、いまの特殊法人方式でもその対立の調整が問題になることは言うまでもありませんが、特殊法人
放送大学学園の中でその調整が行われるとすれば、国民に開かれた場でないところで事が処理されてしまうのであります。
しかし、NHKと国立大学を分離したわが党の案でいきますと、仮に放送番組をめぐってその番組のあり方などについて国民からの批判を受けた場合であっても、国民に開かれた場としてNHKが片一方にあり、片一方に開かれた国立大学があれば、そういう対立調整の問題は特殊法人の中のいびつな形で処理されるよりも、国民の前で広く公にされながら処理されていくという条件になりますから、それぞれの価値を追求するための調整にはNHKと大学の両者が両々相まって努力をするということになろうと思います。
こういうふうに考えまして、しかしそれでも、イギリスのオープンユニバーシティーに生じておりますように、仮に大学が出した講義がBBCにおいてクレームがつけられるとか、ないしは大学でつくった映画がBBCによってクレームがつけられるというような対立問題が起きてこないという保証はどこにもありません。したがって、国民に開かれた場の中でこの調整に努力するというオープンな姿にしていくという歯どめを一方に持ちながら、この両者の運用に当たって、その運用において生ずる必要な
問題点を準則として両者の協議において事前に定めておくならば、特殊法人方式のような形よりもより
放送法上の価値と学問、大学の自由の価値との二つの対立するモメントを調整していくことが可能であると考えて、私たちは
放送法第四十四条の八に「協会は、
国立学校設置法第三条の五に規定する放送の放送番組の編集の方法その他編集に関し必要な事項については、
放送大学と協議して準則を定め、これに従って
放送大学番組の編集をしなければならない。」という規定を設けたわけでございます。
特に政府案は、第四番目の国民の教育における機会均等という観点から見ますと、関東周辺における展望はありますけれども、僻地や全国的な広い国民の生涯学習という観点から見ますとその計画についてほとんど未知なものが多いだけに、早く機会均等を保障していくというような計画を行うためには、NHKの今日の放送の体制やその設備、施設や人材などをフルに活用することによって、先ほど
湯山議員が申されましたように、国民の機会均等の体制を速やかにつくり上げていく
放送大学として出発することが必要だと判断をいたしまして、本
法案を
提出いたした次第でございます。