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1980-11-14 第93回国会 参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第5号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十五年十一月十四日(金曜日)    午後一時六分開会     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         原 文兵衛君     理 事                 衛藤征士郎君                 堀江 正夫君                 瀬谷 英行君                 中野  明君                 立木  洋君                 柳澤 錬造君     委 員                 板垣  正君                 植木 光教君                 岡田  広君                 源田  実君                 戸塚 進也君                 夏目 忠雄君                 大木 正吾君                 寺田 熊雄君                 野田  哲君                 矢田部 理君                 藤原 房雄君    事務局側        常任委員会専門        員        鈴木 源三君    参考人        日本戦略研究セ        ンター理事    永野 茂門君        軍事評論家    藤井 治夫君        名古屋大学教授  長谷川正安君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○国の安全保障に関する諸問題並びに沖繩及び北  方問題に関する調査(国の安全保障問題に関す  る件)     —————————————
  2. 原文兵衛

    委員長原文兵衛君) ただいまから安全保障及び沖繩・北方問題に関する特別委員会を開会いたします。  国の安全保障に関する諸問題並びに沖繩及び北方問題に関する調査を議題といたします。  本日は、国の安全保障問題について、お手元に配付いたしております名簿の方々参考人として御出席をいただいております。  この際、参考人皆様に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多忙中のところ本委員会に御出席いただきましてありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本委員会参考にいたしたいと存じます。  つきましては、議事の進行上、永野参考人藤井参考人長谷川参考人の順序で、お一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答え願いたいと存じます。  なお、御発言は御着席のままお願いいたします。  それでは、まず永野参考人にお願いいたします。
  3. 永野茂門

    参考人永野茂門君) それでは座らしていただいたままやらしていただきます。  永野でございます。  国の安全保障について意見を申し述べさしていただきますが、前陸上幕僚長といたしまして、軍事的な観点から意見を述べさしていただきたいと思います。  私がいまから申し上げることは、要約いたしますと、防衛力増強を急ぐべきであり、かつその整備目標は早急に見直すべきであるということに要約できるかと思います。  それは第一に、西側にとって軍事力バランスが相対的に悪化してきたことであります。特に皆さんよく御承知のように、核抑止力につきましては、従来米国の圧倒的な優位を前提としまして、したがってその信憑性がきわめて高いという見積もりを持ってやってきておったわけでございますが、御承知のように、いまや米ソはパリティの状態に達しておる。人によってはソ連優位への転化をすでに憂慮しておる人もおりますし、米国のキッシンジャーでありますとかあるいはロジャース大将が言うように、その信慢性は十分とは言えなくなっておると思います。その上に、さらにSS20でございますとかあるいはバックファイアなどの新しい戦域核配備と相まちまして、ソ連がかなりほしいままといいますか、わがままな行為をすることに誘われるという大きな原因になる可能性があると思います。これは防衛計画大綱作成時とはやはり大きく変化した情勢一つであるとして把握する必要がある、こういうふうに考えます。  また、通常戦力の面におきましても増強は著しく、米国の本年一月のブラウン長官国防報告においても表現されておりますけれども、すでに複数個の戦場で戦争が遂行できるような能力に達しつつあるというふうに見込まれておりますし、特にまた極東におきましては北方四島への約一個師団の配備、あるいは太平洋艦隊の著しい増強、そしてまたその即応態勢強化向上というものなどがきわめて顕著でございます。したがって、「防衛計画大綱」を作成したときに比べますと、アジア正面日本に向けることができそうな戦力、向けようと思えば向けることができるという戦力がかなり増勢をされておる、しかもその態勢が強化されたというふうに見なければならないと思います。  第二番目は、これも十分御承知のとおりでございますが、中東情勢がきわめて不安定でございまして、いつ何どき発火するかわからないという状況でございます。そしてまた、したがって米軍事力の大きな部分が中東に吸引されざるを得ません。この地域自由圏にとってきわめてバイタルな地域でございまして、どうしてもその安定化を図らなければなりません。しかも、この地域自由圏の力として戦力を投入し得るものは米国を除いてございません。こういうような状況でございますので、第七艦隊の約半分は常にこの地域、この海域と申しますか、へ派遣されておりますし、地中海の第六艦隊でありますとか、あるいは現在ではNATO諸国の一部の艦隊が派遣され、新聞にも報道されましたように、合同艦隊構想さえいろいろと検討されたやに承っておりますし、また、米国緊急派遣部隊につきましては、エジプトに対する兵力投入の実際的な演習をすら近く実施するという状況に至っておるように報道されております。このような戦力振り回し軍事的には当然なことでありますが、防衛計画大綱作成時には、なおこのような新しい戦域が構成されるであろう、あるいはカータードクトリンで言われました、中東には武力介入をしてでもその安定を確保するというようなドクトリン、強い決意が示されるとまでは予想されておりませんでした。したがって、時折日本周辺で生ずる、常に生ずるというわけでもありませんし、またきわめて慎重に行われておるわけでありますけれども、時折日本周辺で生ずるところの米軍事力空洞化状態、もちろん全く空洞化されるというようなことはありません。ありませんけれども、比較的な空洞化状態ということが生じつつありますが、これに対しては十分な対応をしなければならないというふうに思われます。しかしながら、こういうことに関する考慮は、そういう情勢は全く当時においては予想されておらなかったと考えます。しかもいま申し上げました第一の、米ソと申しますかあるいは東西の軍事バランス西側にとってあるいは日米にとって悪化しておる状況でありますとか、あるいはこの中東情勢の不安定な状況というものは、恐らく八〇年代を通じて改善されそうにはありません。したがってまた、日本周辺における時折生ずるかもしれない空洞化状態というものも改善されるという見通しはなかなか持ち得ません。  第三番目に、これも人口に膾炙されておるところでございますけれども、アフガンにおいて、ソ連近隣諸国に対して直接軍事力を行使して介入する用意があること、また、軍事的に弱い、そしてリスクが低いと思われる地域に対しては、機会があれば介入する傾向を持っているということを示しました。このことは、日本周辺においても同じように注意をしなければいけないということだと思います。つまり、日本周辺においても軍事的に弱い空洞をつくってはならないということを要求していると考えざるを得ません。  四番目は、わが防衛力現状でございますが、わが防衛力現状は、もともと防衛力整備目標がそうであったのでありますから、このような情勢のもとでの対処力としては不十分であります。しかも「防衛計画大綱」では、情勢緊迫時において兵力を急造するという考え方が述べられております。それによって必要な防衛力を持つのだということになっておりますけれども、戦力造成に対する時間のかかり方に対する考え方が非常に研究不十分であったかと反省されるような、人によってこれは大変見方があるわけでございますけれども、私は反省されるべき内容を含んでおる、こういうふうに観察をしております。もともと防衛力の強さを判定してこれを表現するということは大変むずかしい問題でありますが、いまも申し述べましたように、わが国はもともと独力で対処し得る事態というものはきわめて限定された小規模な侵攻に対してのみであり、それを超えるものは全く米軍に依存することにしてきておったわけであります。前にも述べましたような理由から、米軍事力が常に適時に日本を支援できるとは言えないような状況でありますし、また対日侵攻戦力その他の状況も従来の予想よりは大きいものを想定しなければならないと考えられます。また、最後に触れました戦力造成のための期間等に関して一例を挙げて申し上げますと、人を集めても、普通科、昔で言いますと歩兵と申しますが、いまの普通科、最も養成しやすい、短期間で養成できるような普通科戦闘員でも少なくも半年以上はかかるわけです。戦車の操縦士でありますとか、あるいは火砲の操作員、こういうものを養成するにはどうしても一年半かかってまず一人前に近い——一人前というのにはもちろんなかなか到達するわけではありませんけれども、まず合格の線にようやくなるというようなことでありますし、また弾薬でありますとかあるいは装備を早急に取得するということは御想像のとおり大変にむずかしゅうございます。そういうようなことでございまして、不足する戦力をこのような要請に対して緊迫時に改めて急造するということは恐らく非常にむずかしいでありましょうし、いつをもって緊迫時として判断をするかということ自体がまた大変にむずかしい問題かと思います。  このように考えてまいりますと、日米によるところの抑止力を強化し、八〇年代をより安定的な年代とするためには、防衛力整備目標を再検討し、それに基づくところの必要な防衛力増勢を急ぐ必要があると愚考するものでございます。  以上をもって私の意見陳述を終わらしていただきます。
  4. 原文兵衛

    委員長原文兵衛君) ありがとうございました。  次に、藤井参考人にお願いいたします。
  5. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 藤井でございます。  最近、総合安全保障という問題について語られることが多くなったわけでありますが、この総合安全保障という概念規定はきわめて多様なものであります。しかし、その中には非常に注目すべき新しい考え方もあると私には思われます。  総合安保のとらえ方には大きく分けまして三つあるというふうに私は考えております。  一つは、軍事的脅威に対する抑止あるいは対処対象としながら、それに対応する手段が総合的であるべきことを主張するものであります。しかし、その手段中心軍事力である。これは申し上げるまでもなく、一九三五年ごろドイツのルーデンドルフが主張いたしましたトータルウォー、総力戦という考え方に立つものであって、古くさくてかつ時代おくれのものである、こういうふうに言うことができると思います。  第二は、脅威というものはきわめて多様である。国民の生活、生存に対しまして非常に多様な脅威が生じてくる可能性がある。そういうことで、資源問題あるいは災害さらに公害や環境汚染、こういう問題すべてに対しましていかに国民の安全を確保するか、当然にそれに対応する手段も多様になるという考え方がございます。しかし、その対応する手段については軍事力中心にし、他の手段は補完的なものである。  第三に、第二とよく似ておるわけでありますけれども、安全保障のための諸手段の中で非軍事的な手段というものの役割り、これが最近増大してきているということに着目している。そして、その非軍事的手段中心にして、何よりも平和を維持することが最大の安全保障である、こういう考え方に立つものでありまして、これは国連憲章あるいは日本国憲法等に示されている、こういう方向で安全を確保しよう。  三つございますが、やはり私は安全保障根本は何よりも有事を招いてはならないということであろうと思います。なぜそうかにつきましては、申し上げるまでもございませんが、第一に、有事になれば国民被害がきわめて大きい。一般国民、さらに当然自衛隊員被害が出るわけであります。これはかっての広島、長崎あるいは沖繩、この戦禍に照らしてみましても今後の有事におきましてはさらに大きな被害が出ることが予想されるわけでありまして、むしろそういう意味では、国土戦あるいは現代戦の苛烈さという点からいたしまして、どうしてもやはり有事を招かないということが安全保障根本でなければならないと私は思います。  それから第二に、軍事力ではいろいろな問題について根本的な解決というものは不可能である。国際紛争の問題にいたしましても、また資源問題にいたしましても、軍事力で解決することはできない時代になってきております。したがって、非軍事的手段による安全保障中心にしていかなければならない、これが今日の特徴であろうと思います。  それから、ソ連脅威についてよく語られますが、私はソ連脅威そのものについても科学的に検討しなければならないと思いますが、同時に、万一ソ連との間に有事発生したときのことを考えますと、ソ連に対してわが国軍事力で一体何ができるかということを考える必要があるだろうと思います。まず地理的な条件日ソ間の距離、日ソの面積、こういう点から考えましても、さらに日ソ軍事力の問題あるいは日本及びソ連の社会的な条件、また国民性、こういう点から判断いたしまして、やはり軍事的な手段によってソ連に対応していくという考え方はきわめて危険なものである、こう言わなければならないと思います。かつて、日米戦争に際しまして山本五十六司令長官近衛総理の質問に対しまして、半年か一年の間はずいぶん暴れてごらんに入れると、こう申しましたが、いまや今日の状況のもとでソ連に対して軍事力でそういうことさえも全く不可能である、したがいまして、対ソ政策につきましてはやはり非軍事的手段主体としてやっていかなければならないであろう、こう私は考えております。  そして、戦争というものはやはり国力、軍事力、この力の優位を競うものであり、かつ、いざ有事となりました場合は相手はわが方の弱点をついてくるものであるということを考えなければならない。日米戦争におきましても日本アメリカ弱点をつかれた、この問題につきまして希望的な、主観的な判断をすることはできないと私は考えます。そして、日米安保体制の問題につきましても、やはり日本の置かれている立場条件というものをよく考慮し、その問題における日米間の差があるということ、この点についてやはり認識する必要があるだろう。この点については申し上げるまでもなく、日本アメリカソ連という巨大な軍事力の谷間にあるわけであり、かつ、日本アメリカとの関係だけでは生存していくことができない、やはりあらゆる国々と友好協力、共存することによってのみ生存していくことができるということ、こういう点をやはり考慮すべきであろうと思います。  それから、軍事的手段による日本防衛というものはきわめてむずかしいということ、まず第一に日本の地理的な条件。第二に日本社会的条件、つまり都市が集中し、原子力発電所やコンビナートが至るところに存在するという点。第三に日本経済的条件、つまり日本貿易立国であり、そして資源を諸外国に依存しているわけでありまして、こういう問題について軍事力によって安全を確保していくということは不可能であります。  特に海上輸送路防衛ということが叫ばれておりますけれども、しかし、この海上輸送路防衛というのは軍事力によっては不可能であるというふうに考えていいと思います。さらに、海上輸送路の先にある港や海峡やパイプラインの防衛、こういうことも軍事力によってはとうてい完璧を期することはできないわけであります。さらに、海上輸送路防衛のために使用される軍事力がどうしてもやはり基地を必要とすること、この基地ソ連というものを対象にした場合はきわめて脆弱である。したがいまして、相手はまず基地をたたき、それから海上輸送路の破壊に出てくるものと考えなければならないわけであり、したがって、海上輸送路防衛のみをやって基地脆弱性を克服し得ないとすれば、これは結局海上輸送路防衛そのものが全くむだになってしまう。  こういう意味で、やはり軍事の問題につきましては本当に科学的で合理的な分析と判断が必要である。そういう意味では安全保障の問題につきましては、これはやはり何と申しましても政治、国会において十分に御議論をいただきたいし、そこで決定されなければならない。つまりシビリアンがこの安全保障政策立案決定主体でなければならないと私は思います。安全保障政策については、何よりもいま求められておりますのは発想の転換である、多様な脅威に対して非軍事的手段主体として対応していくということ、そういう観点からいたしますと、軍事的脅威そのものにつきましても非軍事的手段によってその脅威発生を阻止することができると申し上げていいと思います。  つまり、戦争が起きるのはなぜかということを研究いたしますと、その原因生起条件というのがはっきりいたします。何よりもやはり国際紛争が存在するということ。この国際紛争は、しかし憲法が示しておりますように、あくまでも平和的手段によって解決すべきであり、その努力を怠らないならば戦争生起条件一つをなくすことができるわけであります。  第二に、戦争というのは対立する二つの国家群の間の国民の中に、相手に対する憎悪が高まった場合に発生するものであると言うことができます。したがいまして、諸国民相互理解というのが安全を確保する上で非常に重要な手段である、こういうふうに言うことができると思います。軍事力というのは、ある一時期、限定的に戦争発生を食いとめることができた場合があることは否定しませんけれども、しかし、それはきわめて不安定なものであり、むしろ軍事力の保有あるいは増強軍備競争を招き、憎しみを増大させ、そして、結果としては多くの場合戦争にまで発展しているということを見落としてはならないと思います。  したがいまして、日本安全保障基本的な手段というのはやはり平和的手段あり、何よりも平和のために何をなすべきかという議論を私たちはしなければならないのではないか。そして、その基本日本国憲法がはっきりと示していると思います。それは、平和主義民主主義及び基本的人権不可侵性、この三つの原則が単に国内政治における基本的な原理でなければならないだけではなく、日本対外政策基本でもなければならない、こういうふうに言うことができると思います。つまり、平和の維持が対外政策基本であり、またこの地球上から専制と隷従を除去するということが第二の基本でなければならないし、さらに欠乏からの自由、そういう方向を推進し、そして日本国際社会において名誉ある地位を占めることによって日本の安全は完全に保障される、こういうふうに考えるべきでありましょう。したがって、そういう意味で、戦争生起条件、さらに要因をなくしていく積極的な平和政策の展開こそ日本安全保障政策基本でなければならない、こう考えているわけであります。そうして、平和的、非軍事的な手段の中には貿易経済やあるいは文化の交流、こういういろいろな手段があるわけであり、そういう問題について研究し、かつ、それを開発推進していくことが非常に大事である、こういうふうに考えております。  残念ながら、この安全保障の問題につきましては非常に偏った一面的な発言が近ごろは多くなっております。やはり何と申しましても政治の場でこの政策基本を定めることが大事である。制服組方々国家安全保障の中の軍事的な役割りを担当いたしております。したがいまして、そのみずからの任務を遂行するために、どうしてもやはりいざというときに戦って勝つということ、その目的を追求するということが基本になりがちであります。しかし、そういう狭義の国防、こういう観点でのみ有事対処基本とする安全保障の方針を樹立し、それを追求するだけでは国民の安全は確保できないわけであり、そういう意味で、ユニホームが実際に動かなくてもいいような、有事にならないような政治を進めていく、これが非常に大事であるということを申し上げておきたいと思います。  以上でございます。
  6. 原文兵衛

    委員長原文兵衛君) ありがとうございました。  次に、長谷川参考人にお願いいたします。
  7. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 日本安全保障について私の考え方を述べさしていただきます。  この数年来、日本安全保障をめぐってさまざまな論議が闘わされております。中近東におけるイラン・イラク戦争に象徴される世界的な規模での戦争危機日本国民にも安全保障の問題をこれまでになく真剣に考えさせるようになったのだと思います。  私は、自国の安全保障について国民の多くが関心を寄せるようになったことは、当然のことでありますけれども、大変望ましいことだと考えております。しかし、日本安全保障について考えるためには一定のルールがあることを私たちは忘れてはならないと思います。日本防衛問題は日本国民全体の問題であって、国民一人一人が自由勝手に判断して解決できる問題ではないからです。日本の平和を恒久的に維持するためには、国民全体の民主的に表明された意思に基づいて政府がそれを政策化しなければならないことは当然のことだと思います。  ここで注意しなければならないのは、国家の行動はすべて憲法によって規制されているという点です。これは別に私が憲法学者であるからそう言うのではなくて、戦前の日本国安全保障がどうであったかという苦い経験に基づいて言えることだと思います。  明治憲法国家政策のすべてを規制するようにつくられてはいませんでした。たとえば太平洋戦争の開始と終結を決定した御前会議なるものが、全く憲法上の根拠のない国家機関であったことは明白です。また、戦争に従事していた帝国軍隊指揮監督明治憲法第十一条の統帥権の独立という名目で、一国の総理大臣すら口を出すことができなかったというのも歴史的な事実です。他にもいろいろ原因がありますけれども、国の安全保障を、憲法に基づかず、軍部の勝手な判断で行ったことが敗戦につながっていった事実は否定できません。当時、一九三〇年代はファシズムが世界的に台頭し、戦争危機が今日以上にあおられていた時代でありました。  憲法によっても、国民意思によっても規制されない、文字どおり独裁的な戦争の遂行がナチス・ドイツファシズム・イタリー、日本と、枢軸国と言われたこの三国が、民主的手続国策を決定する連合国によって打ち破られたという事実から、私たちは貴重な教訓を学ばなければならないと思います。敗戦直後には、このような事実を考えない国民は少なかったのだと思います。しかし、敗戦後三十数年たって敗戦を知らない世代が登場するとともに、この教訓が忘れ去られようとしていることに、私は国際情勢の悪化と同じような危機を感じております。  日本国憲法は、敗戦直後の日本国民の決断を表明していると思います。日本安全保障について、日本国憲法一定立場をとっており、それが国策基本原理となることを要求しております。もし国民民主的意思に基づいて政府日本防衛政策を立てるとすれば、何よりもまずこの憲法立場に立つ必要があると思います。国家の安全は憲法に優先するという考え方は、かつてファシストが実行したやり方であり、日本では天皇の名において軍国主義者が実行してきたところです。  日本国憲法立場は、日本安全保障を、戦争という観点からではなく、平和という観点から考えることを要求していると思います。国民全体の安全を特定の政府の誤った判断で危険にさらさないよう特別の注意が払われています。かつて米英を鬼畜と呼んだように、特定の国家を仮想敵国として戦争危機をあおるような、他国の国民に対する不信感に基づいた国の防衛というものは考えておりません。これが憲法の前文に述べられている恒久平和の原則だと思います。  憲法第九条はこの原則を具体化する規定であり、この規定によれば、陸海空軍その他一切の戦力を保持し得ないことは明白です。また、政府はいかなる戦争をもすることができないということは、憲法制定当時の政府、これは吉田内閣ですけれども、憲法制定当時の政府の解釈でありましたし、今日でも、私が所属しています憲法の学会では圧倒的な多数説であるということも強調しておいてよいのではないかと思います。  最近の防衛論議がこの憲法第九条の存在を無視して行われがちなことを私は深く憂慮しております。その一つの典型的な例は、一九七八年、防衛庁と外務省の連名で発表された「日米防衛協力のための指針」というものがあります。この指針は、その冒頭に「前提条件」というふうに銘打って、事前協議の問題、憲法上の制約の問題、非核三原則の問題は研究、協議の対象としないということをはっきり述べております。御承知のように、事前協議の問題というのは、一九六〇年に安保を改定したときに日米政府間で交換公文を取り交わし、これによって、たとえば日本を核武装するというような場合に事前協議をするという問題です。また非核三原則というのは、御承知のように、今日の政府もしばしば国会でこれが国是であるというふうに言っている原則でありますし、もちろん憲法日本国基本法であるはずですが、この事前協議の問題と憲法上の制約と非核三原則は研究、協議の対象としないという前提で「日米防衛協力のための指針」が日米間でつくられております。しかも、この指針は福田内閣の閣議決定を経ており、同じ自民党を与党とする大平、鈴木内閣においても、防衛政策の指針として今日まで尊重されているものであると思います。  この指針では、憲法を無視した防衛政策の立案が内閣の発意によるだけでなく、アメリカ軍事当局者の要請によって行われていることは明白です。考えてみますと、憲法制定以来、憲法第九条を無視した再軍備は常にアメリカ軍事的要求によって推進されてきました。朝鮮戦争勃発の年、一九五〇年ですが、朝鮮に出動するアメリカ軍の軍事的な空白を埋めるために、マッカーサーの指令で警察予備隊という名前の軍隊が創設されたことは御承知のとおりです。占領が終わりますと、同時に日米安保条約が発効して、警察予備隊は保安隊に成長しました。一九五二年のことです。その二年後、一九五四年に日米間に相互安全保障協定、MSA協定が締結されると、初めて自衛隊が公然たる軍隊として登場することになりました。憲法を無視した日本の再軍備が、日本国民民主的手続で表明された意思によってではなくて、占領中から今日に至るまで、いつでもアメリカ軍事的要求にこたえる形で推進されてきたということは注目すべき事実でありますし、前に述べた指針なるものがまさにそのとおりのものです。  私たちは、そろそろ日本国民自身の立場に立って、日本政府のではなくて、日本国民の安全を保障する方法を考えるべきときに来たように思われます。その場合、敗戦から学んだ教訓と、その一つの表現である憲法の恒久平和主義について、それが現在すでにその意味を失ってしまったのかどうか、国民自身の手で検討してみる必要があると思っております。  憲法が制定された一九四六年当時と一九八〇年代に入った今日とで、世界情勢も変化したし、世界の中での日本の地位も著しく変わったことは否定できません。民主主義の擁護のため、ファシズムに反対して手をつないだ社会主義国と資本主義国は、朝鮮戦争以来、世界の至るところで激しく対立するようになりました。一九五二年に発効した旧安保条約では、社会主義国であるソ連、中国、北朝鮮を事実上指して、安保条約の前文の中で、「無責任な軍国主義」というふうに非難しております。ところが今日では、ソ連が唯一の仮想敵となり、北からの脅威ということが政府の刊行している防衛白書を初め、民間のマスコミによって大々的に宣伝されるようになっております。一体、ソ連、中国、北朝鮮を仮想敵にしていた当時から、いつソ連だけが唯一の仮想敵となってしまったのか。この変化は主としてアメリカの中国政策の変化によって起こったもので、日本国民自身がそのように判断したものだとは私には思えません。もし、アメリカソ連との緊張緩和政策というものを第一に掲げて、昔のように中国封じ込め政策を続けていたら、あるいはいまのマスコミは南からの脅威なんということをいまごろ言っているかもわかりません。問題なのは、日本安全保障の前提となる国際情勢についての事実認識が、日本国民自身によってではなく、安保条約の相手国であるアメリカ立場に立ってなされているということです。安保条約は、核兵器を中心とするアメリカ軍事力日本防衛を完全に依存させることによって、憲法に基づく日本国民の自主的な判断をたな上げにしております。  日本防衛問題の最も大きな弱点は、憲法の理想主義的な平和条項にあるのではなくて、他国の軍事力に全面的に依存するという安保条約のいわゆる現実主義的な自主性のなさにあるのではないかというふうに私は感じております。現在の世界には地域的な軍事ブロックが形成され、それが戦争危機を減らすよりもむしろ激化するように働いていると思われます。ヨーロッパにおけるNATOとワルシャワ条約機構の対決がその典型ですけれども、アジアでも米日あるいは米韓、米比等々のアメリカ中心にした二国間の軍事条約が全体として社会主義国を仮想敵にする軍事ブロックを形成していることは、多くの軍事評論家も指摘するとおりだと思います。  日米安保条約は、もはや単なる日本防衛条約ではありません。それは日米の運命をともにする攻守同盟をあらわす条約になりつつあります。たとえば海上自衛隊のリムパックへの参加に見られるように、日米防衛協力なるものは、日本の施政権下はもちろん、極東の範囲をはるかに超えて太平洋全域に及んでいます。また、遠くペルシャ湾にまで及ぼうとしています。日本経済現状を維持するためには中近東からの石油の通り道は生命線だというのがその理由です。このことは、アメリカの中近東に対する軍事政策日本版でしかないと思います。  かつては、雲の上の御前会議や統帥権の独立で守られた軍部が国民意思と関係なしに決定していた日本防衛政策というものを、今日では、これもまた日本国民意思とは関係のないアメリカ政府において決定され、日本政府によってそれが実施されるということになっています。それを合法化しているのが安保条約だと思います。現在、自主憲法期成議員同盟という団体があって、全国の地方自治体の議会に積極的に働きかけて憲法改正の決議をするように努力しているようです。現行憲法は占領中にできたもので自主性がないというのがその基本的な理由のようです。しかし、だれが見ても、警察予備隊から自衛隊、そしてその現状は全くの対米依存であって、自主性のないことは明白です。本当に日本の自主性を回復しようとする考えがあるならば、まず安保条約を破棄することによって、日本国民自身の判断日本安全保障を考えることができるようなそういう条件をつくることが大切だと思います。安保条約をそのままにしておいて、安保条約の問題に触れないで、アメリカの核のかさのもとで憲法改正をしたとすれば、自主憲法などができるはずがありません。  日本の恒久平和の問題は日本国民民主的手続に基づく判断によってしか達成されない、それが日本国憲法立場であり、政府はこの憲法立場を遵守する義務があると思います。当然のことでありますけれども、このことを私の公述の最後の言葉にしたいと思います。
  8. 原文兵衛

    委員長原文兵衛君) ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。  これより参考人に対する質疑を行います。  なお、参考人皆様には、各委員の質疑時間が限られておりますので、簡潔にお答えくださるようお願いいたします。  それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
  9. 源田実

    ○源田実君 まず、藤井参考人にお聞きしたいのでありますが、いままでいろいろ軍縮協定というものを行われてきた。いまも核兵器制限協定とかがあります。また、かつての日本もいろいろ軍縮協定を結んだ。ところが、その軍縮協定そのものが、私の考えるところ、成功した例がないと思うのです。最後はみんな破られておる。一体それは原因はどこにあるのか、これについて藤井さんの御意見をまずお聞きしたいと思います。
  10. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) これはやはり世界史の発展の問題がございます。かつて、つまり第一次大戦あるいは第二次大戦までの状況と、そしてそれ以後の状況は非常に大きく変わってきております。たとえば国連の問題を考えてみましてもそうであります。また、第三世界、かつては植民地、従属国の状況にあった国々がそれぞれ独立し、主権国家として平等な国際社会の一員としての発言をいたしております。そして、そういう中でかつてのように弱肉強食というふうな状況はだんだんとなくなってきている、これは非常に大きな変化ではないかと思います。だから、かつてこうであったからこれからもそうであるというふうに考えるべきではないし、むしろ人類がそのように悲惨な経験を通じて進歩してきているという点にやはり未来を託すべきではないかと思います。  それから、現代戦がきわめて苛烈なものになっているということ、もし核兵器が米ソの間で全面的に使用されるような事態になった場合一体人類はどうなるのか、そういうことを考えますと、どんなことがあっても核の使用がなされるような状況をつくり出してはならないし、核軍縮というものは絶対にこれを実現しなければならない。こういう方向日本は国の基本政策として掲げるべきであるし、また今日まである程度その努力はしてきたのではないかと思います。  ただ、軍縮協定というものが大国間の政府同士の話し合いだけでなされる、こういうことではやはり弱いわけであり、そういう意味で、SALTのように米ソという超大国がただ話し合いをしている、ここにはやはり実際に軍縮協定としての意味すらもこのSALT協定の中にはそれほど認められない、こういう現実はございます。したがいまして、この軍縮の問題を、単に政府間の話し合いだけではなく、やはりこれは諸国民挙げてのそういう社会的な支え、基盤というものをつくり出すことによってこれを担保していく、こういう考え方が非常に大事である。そういう意味では、国連で軍縮総会が開かれる、そして第三世界がそれぞれ問題を含みながらもやはり基本的には軍縮の方向を一致して追求していく、こういう状況の中で、やはり日本が未来を、国際社会があるべき姿を先取りしてそういう努力を続けていくべきではないか、こう私は考えております。
  11. 源田実

    ○源田実君 いまの問題で、時間がないので余り詳しくできないのですが、実はいままでの軍縮協定にその国の国策に対する制限は一つもなかったのですよ。いまでもSALTIとかIIとかあるけれども、これは要するに兵器の協定だけであって、その国がどういう国策を持つのか、どういうイデオロギーでどういう社会をつくろうとしておるのか、これは全然調整していないのですね。こういうものの調整なしに、お互いに敵意を持った人間が——個人ですよ、個人の場合、刀の長さを、わしはこれだけにするからおまえも長さを詰めろ、こんなことをやったって何にも役に立たぬと思うのです。でもそれがやっぱり役に立ちますか。どうですか、核兵器の制限協定。
  12. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) いろいろ御意見もあろうかと思いますが、私自身の考えを申し上げますと、やはり何よりも大事なのはお互いの理解である。そしてその相互理解基本にいたしまして、いまおっしゃいましたように、お互いに相手の側もこちらの側も民衆がやはり基本的な人権を保障されている、こういう状態でなければこの相互理解というものも安定したものにはならないだろう。そういう意味で、現在の国際社会にはいろいろ問題があるということはわかりますが、やはり私ども日本国民としては、憲法原理が全世界に普遍的なものになっていくような努力をこそしなければならない、こう考えております。
  13. 源田実

    ○源田実君 これはわかるんですよ、いま藤井さんの言われたこと。理解が大事であると。しかし、ちょっとまた音心地の悪い意味で言うのじゃないのですが、平和共存を藤井参考人はどういうぐあいに平和共存という言葉を理解されておるでしょうか。
  14. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 平和共存につきましては、それぞれ国によって、あるいはたとえばソ連の言い方もあることと思います。ただ、やはりこれは、敵対的な関係を、社会制度やその他の違いがあっても、つくってはならない。つまり、あらゆる国々が、それぞれの国柄、特色を持ちながらもすべての国々と仲よく、全方位外交というような言葉で従来表現されておりましたけれども、そういう外交路線を全部の国が持つことによって国際社会の安定が、平和が保障される、そういう意味で私は理解しております。
  15. 源田実

    ○源田実君 藤井さんのお考えは私と同じお考えで、こういうぐあいに行くのならはなはだよろしいと思うのです。  ところが、そういかないのがおるんですね。これは、実はソビエトの政府で出したソビエト・ミリタリー・ストラテジー。大分前に出たんです。非常に権威のある本。その中で、当時のソビエトの最高指導者であったフルシチョフが、期日も一九五九年十月十日、ノボシビルスクで、平和共存は正しく理解されなければならない、平和共存とは体制を異にする二つの社会の闘争の継続を意味するのである——その後へちょっとあるんです。あるが、大事なところはそこなんです。闘争の継続ということは、平和共存とは自由世界を認めないということである、こういうぐあいに理解されるのです。そうすると、われわれの理解するのとフルシチョフの理解とはすっかり違うのですね。ただ、そこでどういうことがあるかというと、ブレジネフが第二十五回共産党大会において、こういう意味のことを言っておる。やはり平和共存、これは非常にいいことである、しかしこれは、アメリカ帝国主義が第三世界を抑えるのを防ぐために非常に都合がいい、民族解放闘争をソビエトが支援するのにソビエトは何を使おうと自由である、こういう解釈をしておるんですよ。これはやっぱりちゃんとそういうのが向こうの資料に載っておるんですがね。これについてはどういうぐあいに考えますか。こういう食い違いがあった場合には、幾ら協定をやっても条約をやっても役に立たない、こういうことなんです。いかがですか。
  16. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) いま御指摘のありましたソビエトのミリタリー・ストラテジーという文献はアメリカ訳の再訳じゃないかと思いますが、私自身はその問題について原典を当たっておりません。それで厳密なことは申し上げることはできませんけれども、いまおっしゃいましたような問題点があるということは私も理解いたしております。  それで、フルシチョフがそういうふうに言っている、あるいはブレジネフがそういうふうに言っている、そして、闘争の継続と申しますか、平和共存は形を変えた階級闘争である、こういう認識が、たしか私が読んだソ連関係の文献にもございましたように記憶しておりますが、そういうふうに彼らがとらえているということは、これは事実として認められるのじゃないかと思います。しかし、それは彼らの考え方である。われわれがソ連に対してどういうふうな、つまり、全方位外交——すべての国と仲よく、ソ連とも仲よくという政策をとるかということは、そういうことを一応念頭に置くといたしましても、相手がそうであるからわれわれも闘わなくてはならないというふうにはならないのじゃないだろうか。つまり、彼らがそうであったとしても、そういうことが現実にわが国に対する軍事的な脅威として顕在化してこないような手段をわれわれはとるべきである。それは決して緊張をあおったり、あるいは冷戦を激化させる、こういうことによって日本の安全は保障されないということはきわめて明らかでありますから、相手がそうであろうと、われわれはあくまでもわが国是である平和外交の方向を貫くべきであり、そのことによって彼ら自身を変えていくことは可能ではないか。  それから、ソ連脅威についてよく言われますけれども、しかし、ソ連が外国に対して軍事力を行使したケースというのはきわめて限られているわけでありまして、このタイプは幾つかに分けることはできると思いますけれども、それぞれが日本に対して近い将来にあらわれてくるというふうなことは全く考えられませんし、またそういうふうに顕在化してくることを避けることは可能である、こう思います。
  17. 源田実

    ○源田実君 時間がないので、この問題は一応そこで置きます。  次は、ソ連が北方領土において兵力増強を行った、この目的は一体どこにあるのか。それから、ナフガニスタンに兵力侵攻させた、現在の陸上自衛隊の三分の二の兵数ですよ、入っておるのは。日本の陸上自衛隊の三分の二が入っておるのと同じである。装備はもっといい。それは、北方領土は自分の領土だとかなんとか言っておるからで、われわれはそう認めていないけれども。ところがアフガニスタンというのは一つの独立国なんですね。その中に、どういう理由があろうが武力を中へ入れて、あの中の内部の抗争に他国が武力干渉をやるということははなはだけしからぬ、これがあったら世界平和は出てこないのです、こういうぐあいに考えるのですが、いかがですか。
  18. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 北方領土の問題について申しますと、これはいろいろな分析は可能ですけれども、基本的に挙げられるのは、まずソ連自身が大変な恐怖感を持っているということ、これが第一の問題として申し上げることができるのじゃないかと私は思います。つまりソ連は古くはジンギスカン、ナポレオン、ヒットラー、こういう侵略を受けた経験がございます。そういう意味で侵略に対する過剰な防衛というものをする傾向がどうもあるように思います。かつ、ソ連のいろいろな条件がございまして、軍事的手段に対する過度な依存傾向というものから脱却することができない、国の安全保障を非軍事的手段によって確保するという発想にソ連の指導者はどうも立てないようであります。そういう点がやはり一つあるのではないかと思います。特に極東におきましては、ソ連はきわめて戦略的に不利な条件がございます。東西の端が約九千キロメートル、シベリアといういわば不毛地帯、過疎地帯、これによってヨーロッパ・ソ連と隔てられております。そういう条件がございますので、やはりせっかく第二次大戦によって武力的に獲得した領土である千島をあくまでもやはり保持したい、こういうことであそこに配備している、これが基本的なものではないかと思います。この問題をわれわれはどう評価するかということはもちろん別問題でありますが、そういうふうに私は思います。  それから次に、アフガンへの侵攻の問題につきましては、これはやはりソ連一つの対外武力行使の形態でありまして、要するに軍事同盟条約というものが大国の小国に対する内政干渉に利用される、こういう危険性を示したものであり、ソ連だけではなくソ連以外の大国の場合も、そういうふうに軍事同盟条約を運用する危険性が含まれている、こういうふうに思います。ソ連はこの軍事同盟条約に基づきましてチェコ、ハンガリー等に武力介入をいたしましたし、アフガンもまたそのケースの一つである。それだけではなく千島の問題に見られますように、世界大戦の場合、これを契機といたしまして領土の拡張を図るという傾向がもう一つございます。それからもう一つは、かつての帝政ロシアの版図を回復するということで、そういうふうな武力行使をやったケースもございます。これはフィンランド戦争、あるいはバルト三国に対する、あるいはポーランドに対する武力行使、こういうケースがございますが、全く無関係の、そして何らの紛争もないのにだしぬけにソ連日本に襲いかかってくるというふうなことはあり得ない、こう断言してよろしいかと存じます。
  19. 源田実

    ○源田実君 藤井さんには、もっとあるのですがこれで一応やめておきます。  今度は長谷川さんにお願いしたいのですが、実は憲法学者憲法に非常にお詳しいと思うのです。私は素人なんです。  ところで、まず、この憲法のどこの条項にもほとんど訂正すべきものは一つもないと、そういうぐあいにお考えですか。
  20. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 別にそうは思っていません。
  21. 源田実

    ○源田実君 やっぱり直さなければいけないところがあるんですね。
  22. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) あります。
  23. 源田実

    ○源田実君 それは一体どういうところですか。
  24. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) それはいつ直そうとするのですか。
  25. 源田実

    ○源田実君 訂正、憲法改正を要する点です。ほかのところはいいですから、安全保障に関する点で直さなければいけないと思われるところがあったら知らしてください。
  26. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私の方からお聞きするのはおかしいのですけれども、憲法を改正するというのは、そのとき国民がどういう感情を持っているかとか、時の政府はどういう政府であるとか、国会は一体何党が支配的であるとか、そういうことを抜きにして、ただ抽象的に憲法の文章を直す直さぬということを考える、そういう考え方は私はとっておりません。そういう具体的な状況を抜きにして、抽象的に憲法のいい悪いということを議論することは余り意味がない。
  27. 源田実

    ○源田実君 いや、意味があるかないか、いま私はお聞きしておるんですよ。だから、憲法は直さないでいいのかどうかというのです。
  28. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 将来直した方がいい場合もあります。どんな部分でも憲法に手直しをするということは、いまの政府のもとで、いまの国会の政党の分布の状況のもとでは私は賛成いたしません。憲法の改正というのは、ただ憲法の条文をどういじるかという問題ではなくて、もっと政治的な問題でもありますから、そういう条件を抜きにして聞かれても、私には正確な答えはできません。
  29. 源田実

    ○源田実君 憲法問題に対する論議は、自民党はいますぐ憲法を改正するとは言っていないのです。しかし、論議は大いにやれ、こう言っておるわけです。論議は必要なんです。だからその点をお聞きしておるのです、専門家の。
  30. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 専門家というのはそういう抽象的な考え方をしないのです。もしそれでもということでしたら、もしいまの政治の上で非常に弊害があって改正した方がいいという点を強いて挙げるならば、国民主権の憲法の第一章に「天皇」なんという章があって、そうして天皇が現実には政治的な役割りを果たして、これがもう各地でいろいろな問題を起こしている、そこを改正するのが一番いいのじゃないかというふうに私は思います。
  31. 源田実

    ○源田実君 では具体的な問題で、憲法の前文の中段に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と書いてありますね。これは賛成なんですか。
  32. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 賛成です。
  33. 源田実

    ○源田実君 ではお聞きしますが、ほかの国がこういう同じ政策をとることは不賛成じゃないですね、賛成ですか。
  34. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 賛成です。
  35. 源田実

    ○源田実君 では、こういう場合はどうなんですか。世界の多くの国が皆これと同じで、他国に依存する、平和を愛する諸国民に依存して、わしは防衛力を持たない、そのときに一国の、暴君みたいな国がおって、これが一つおっただけで全世界を征服できる、こういうことは考えられませんか。
  36. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 考えられません。
  37. 源田実

    ○源田実君 いや、そんな、ただ考えられませんだけじゃ困るのですよ、これは。そうでしょう。ほかの国は全部武力がない、ひとり武力でやるというものがおったら、それが通用するじゃないですか。
  38. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) それは憲法の前文の読み方を間違っているからです。それはなぜかというと、諸国民の平和愛好心に信頼して国の防衛を図るというのは、はっきりそこに述べてあるように、国民がどこの国であっても、敗戦直後の憲法をつくった際に、つくった人たちが考えたことは、戦争直後ですから、戦勝国も戦敗国も国民のすべてが平和愛好心を持っているという前提でその憲法ができたと思うのです。それに対して、その前文にやはり述べてありますけれども、政府政策の誤りによって戦争が起こることがないようにしようというのが憲法の前文の考え方です。したがって、たとえば、いま先生が言われたように、そういうヒットラーのようなのが急に出てきたとか、あるいは違った独裁者が出てきたときにも、その国の国民のすべてがヒットラーと同じような考え方を持っているというふうには、少なくとも憲法はそういう考え方で国際関係を考えているとは思えません。ですから、政府国民というのは区別されているということをお考えになっていただきたい。したがって、国民一億あるいは国民二億が全部気違いのように軍国主義になったらどうかという御質問でしたら、そういうことはあり得ないだろうというふうに答えるほかありません。
  39. 源田実

    ○源田実君 あり得ないだろうという仮定のもとにこの重要な国家の問題を論ずるわけにはいかないですね。  それでは次にこういう問題がある。それは「平和を愛する諸国民」と書いてある。その「平和を愛する諸国民」とは一体現実にはどこの国とどこの国であるか、これはどうなんでしょう、どういうぐあいに考えたらいいのですか。
  40. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) すべての国の国民です。どこの国でも結構です、ソ連でも中国でもアメリカでも。憲法が言っていることは「諸国民の公正と信義に信頼して」と言っているのであって、「依存して」なんということはどこにも書いてありません。要するに、すべての国民は、ときどき出現する国の政府とは違って、平和についてはすべて愛好心を持っているという前提で日本防衛政策というものを憲法は決めているわけです。だからこそ恒久平和主義、第九条の一切の戦争放棄という決断をすることができたのです。その前提が間違っているかどうかということは、これは今日の状況において議論すべき問題だと思いますけれども、少なくともこの憲法を変えない限り、この憲法のたてまえはそういうふうにできているというのが憲法学者が普通説明していることです。
  41. 源田実

    ○源田実君 そうすると、こういう問題があるでしょう。いまどうしてもこの憲法を守らなきゃいけない。ところが、これを守る、それで安保条約は、いま先生が言われたように、破棄する。その場合に、ある強大なる一国が日本に侵略をしかけてきた。そうすると守り切れないですね、日本は。他国に占領されてもこの憲法を守って、そのままわれわれは隷属するのかどうか、そういうところはどうですか。
  42. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) その他国の侵略なり侵略の脅威があったときに憲法を守るか守らないかという、これは一般的な問題だと思いますけれども、他国の侵略があるかないか、あるいはいま危機が起こったかどうか。防衛問題ならば侵略されてから考えたって意味がありませんから、される危険があるかどうかという判断が仮にまちまちであったりしたときに、そのときにある特定の政党が、いまは侵略の危機があるから国防の方が憲法より大事だといって憲法を無視することができるとしたら、それは国会なりあるいは多数を占めている政党はいつもそういう理由を挙げて憲法を無視することができるととを許すことに私はなると思います。そういう例はナチス・ドイツほか幾つもあります。ですから、私は侵略を受けてしまったらどうかというふうに聞かれれば、それはもう憲法問題ではない。しかし、侵略があるかどうかという危険が問題になっているときに、危険を主張する政党なり政府憲法を守らなくていいかと言えば、そういうことはいけないのがいままでの戦前の日本の経験であり、ヒトラー・ドイツの経験であり、ファシスト・イタリーの経験であるというふうに私は考えております。やはり憲法は守らなければいけない。
  43. 源田実

    ○源田実君 私は、憲法を守ることは、現行憲法、現存しているものは守るべきである。しかしながら、常識から考え、また政治常識、戦略常識から考えて、いわゆる全然無防備なんということははなはだ国家に対して無責任である。それで、このまま守れば九条の解釈なんか幾らでもできるんですよ。前文なんかもこれを解釈すると何もやらぬでじっとしていればいいというところもちょっとあるのです。したがって、こういうものは早急に憲法を改正すべきである、これがわれわれの義務である、こう思うのですが、どうですか。
  44. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私は第九条がどうにでも解釈できるという意見には反対です。どうにでも解釈している人がいることは認めますけれども、われわれはそういうものは憲法の解釈だと認めていません。憲法第九条の意味というのは、これが制定されて以来、政府の責任ある解釈も学説もかなり特定の解釈が続いてきているのであって、私はそれを事実上全く無視している人たちがいるからといって第九条は無意味だというふうには考えません。  それから、安保条約を破棄して無防備になったら大変だというお考えですけれども、私はそうは考えていません。安保条約を破棄して初めて日本防衛問題というものを日本が自主的に考えられる条件ができるのであって、そのとき、もし憲法第九条を改正することが必要ならば堂々と国会に改正案を出して国民投票にかけてその判断に従って行動すればいいのであって、それはやらないで、憲法の第九条はどのようにでも解釈できるとか、そういう考え方で事実上の防衛問題を解決しようとしても、これは国民全体を納得させる方法には私はならないと思います。
  45. 源田実

    ○源田実君 そうすると、長谷川さんのお考えは、国民を相当納得さして、そうして憲法改正に踏み切るならそれに踏み切って九条のああいうちょっと不合理なようなところはぴしゃっと直した方がいいと、こういうぐあいに理解していいですか。
  46. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私は現在の憲法第九条というのは直す必要がないというふうに考えていますから、もし直すのだったら「天皇」のところを削るようにどうぞ御提案ください。
  47. 夏目忠雄

    ○夏目忠雄君 最初に藤井さんにお聞きしますが、藤井さんの結論は有事にならないようにするのが一番の安全保障と、それはもうそのとおり議論の余地がありませんし、私どももそのとおりだと思う。しかし、いま私国会の中の議論を聞いておりましても、有事にならないようにあらゆる非軍事的な安全保障力、外交力を中心としましたものをフルに、十二分に発揮するということはもちろん大切です。それをやらなければいかぬし、それが国策目標なんですけれども、防衛関係というのは、そういう努力を積み重ねても積み重ねてもどうにもならなくなったときのことを考えての防衛力なんですから、防衛力論争のところへもってきて有事にならないような外交努力をやれということは、それは私に言わせると意味をなさないのじゃないか。防衛論争というものはそういう努力を積み重ねてもどうにもならぬ——先ほど、ソ連はそんなむちゃなことを言うはずがないというような、どちらだったかしらぬけれども言われたけれども、それならばNATOなんかがあれだけ一生懸命にやっているのがほとんど意味をなさぬということになるわけで、どう外交努力を積み重ねてもどうにもならなくなったときに初めてのことを想定しての防衛論争なんですからね。それを外交面と防衛面とをごちゃまぜにして考える風潮が非常に多い。私、藤井さんの議論をお聞きしましてもそういう感じを免れないのですが、どういうことでしょうか。
  48. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 確かにおっしゃるような側面がございます。私は有事にならないように外交、経済、文化、教育、あらゆる努力を重ねるべきであるというふうには申し上げましたが、同時に、有事の場合に一体軍事力がどれくらい日本の安全を確保するのに役立つかという点についても申し上げたつもりであります。つまり、今日、たとえば防衛力は国土における戦闘は避けられないとか、有事の際には国土が戦場になるというふうに申しておりまするが、国土が戦場になって、そして国土を戦場に自衛隊が戦った場合の結果は一体どうかということを考えますと、国民を守ろうとしてむしろかえって守るべきものの被害を増大させるというふうな結果をもたらしかねない。そういう意味で、日本防衛力というのは、その防衛の局面に限って考えてみましても、ほとんど役に立たないか、あるいはむしろかえって有害な結果をもたらすことが広島、長崎、沖繩の経験でもって示されている。だからこそ憲法は前文及び第九条で平和主義を宣言したものである、こういうふうに理解しております。
  49. 夏目忠雄

    ○夏目忠雄君 先ほどのお話の中にもそれがあった。ソ連と全面戦争をやれば日本はもうとても軍事力において格段の差があるのだから、なまじやったってこれはむだな話だというような趣旨のように私には受け取れたのですが、もちろんソ連日本がほかの状況を考えないでそれだけ二つがぶつかれば、もうおっしゃるとおりやらぬ方がいいですよね。確かに私もそう思います。しかし、ソ連という国は、最近見てみますと、アメリカとの全面戦争は、やったらやはりソ連だって危ないですからこれは避ける。アメリカが本格的に立ち上がらない範囲において、本格的に立ち上がらない時期において、立ち上がらないところにおいて限定的なあれをやっておる傾向が非常に強い。これが私はソ連の戦略だと思うのですよ。そうすると、やはり限定的な局面というものは至るところに、現に出てきているし、これからもあるだろうし、日本がそれの例外になるということも考えられない、こういうふうに思うのです。ですから、いま政府が考えておる一つの限定的な場面を想定しての戦力を持つということは私は正しいのじゃないかと思うのですが、どうなんでしょうか。
  50. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) まあ小規模かつ限定的な奇襲侵略というものを対象にして「防衛計画大綱」を定められているわけですが、私はそういう侵略というものがなされる可能性というのはほとんどないだろうと思います。
  51. 夏目忠雄

    ○夏目忠雄君 ほとんどないというのが気に入らないのです。万一あった場合のことを考えてやっているのですからね。
  52. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) つまり、侵攻が行われるとすれば小規模かつ奇襲のものではなく、小規模かつ限定的なものではない、むしろ、そういうもので自衛隊がある程度防衛力増強すれば簡単に駆逐されるというふうなものであれば、ソ連がそのくらいの兵力日本に差し向けてくるということは全くあり得ないことだと、こう考えていいのじゃないか。やる以上はやはり成功するために、成功できる、勝利できる、そういう目算をつけてやってくるはずである、こういうふうに指摘される方々がユニホームの方々の中には多いわけですが、これはある意味では当たっているわけですね。
  53. 夏目忠雄

    ○夏目忠雄君 ことにソ連が対米戦略を考えた場合には——これは長くなるからやめましょう。  最後に、時間がありませんから長谷川さんの方へお聞きしたいのですが、敗戦から学んだ教訓ということを最終的に言われて、私どももこれは非常に感銘が深い言葉です。敗戦でいろいろなことを学んだ教訓を生かさなければいかぬ。しかし、日本もなるほど敗戦によって悲惨な状況になった。これは事実でありますが、ドイツにおきましても、これは日本と違って本土決戦をやったのですから、敗戦の悲惨さというものは恐らく日本にまさるとも劣らないだけの、長谷川さんのお好きな市民的にぴしゃりとはだにしみて皆感じたと思うのですよ。両方とも戦後憲法ができた。日本は先ほどおっしゃられた憲法ドイツ憲法を見ましても侵略戦争というものはどこまでも憲法違反だ、あくまでも新しい防衛についてはあれだというような日本と大分似た、もちろん違ったところはありますが、大分似たような方針でやってきたはずなんですが、ドイツにおきましては、中性子爆弾のあれもやろう、場合によっては巡航ミサイルもやってソ連の侵略に対して備えようということを一生懸命にやっている。同時に、シュミット首相はソ連に行きまして平和外交というものの先頭に立っている。私は平和外交と侵略に備える軍備を怠らないというのは完全に両立するものだと思うのですが、ドイツの方はそういうふうに、対ソ平和戦略を掲げると同時に、対ソ防備に対して抜かりのないように一生懸命にやっているのだが、日本の方は、いま言ったように、ソ連はそんな悪いことをするはずがないから大丈夫だよというような、いまみたいななまぬるい状況に画然とドイツ日本が分かれてしまった。ただいま一九八〇年現在の状況ドイツ日本では右と左ぐらいに分かれてしまっている。特にドイツがあれだけの悲惨な状況を経験したにかかわらず、現実の対応はこれだけ違っているというのは、これはどういうふうに解釈したらいいのでしょうか、教えていただきたい。
  54. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私はドイツのことを専門に勉強していませんので、確信のあることは申せませんが、憲法という観点から見ますと、ドイツ日本現状ではっきり違っていることは、ドイツでは軍隊を持つために憲法を何遍も改正しています。その上で軍隊というものを持ち、いまNATO軍の核心的な部分を構成していると思いますね。ところが、日本の場合には明らかに戦力の保持を禁止している憲法を改正することなく、その都度解釈を変えることによって、憲法は一字一句変わらないのに、政府の特定の解釈に従って再軍備をどんどん進めてしまった。これが軍隊に対する、片っ方は憲法で認められた軍隊であり、日本では憲法で認められていない軍隊がどんどんふえていくという、そこが憲法学者から見れば決定的に違います。  それからもう一つは、ドイツでは、これは西、東を通じてですけれども、ナチの戦争犯罪の追及というのを自分の手で徹底的にやりましたし、また今日でもやっています。今日でもナチ党に属して戦争犯罪の疑いのある者については時効にかけずに追及しています。ところが日本では、戦争犯罪の疑いのある者が戦後総理大臣になったり、いま自主憲法期成議員同盟の会長さんですか、およそ西ドイツでは想像もできないようなことを日本政治ではやっております。そういうことはどういうことかといえば、西ドイツではナチズムというものを完全に断ち切って、いま西ドイツは民主的になったのだというドイツ国民の確信があると思いますし、日本の場合には戦争責任というものを自分の手で一度も追及したことがないために、また戦後の政治を見て国民がいまの政治が完全に民主化したというふうには思っていない、この決定的な違いが軍隊を認めたり、また軍隊に対して非常に不信感を持つことの違いになっているのじゃないかと私は思います。
  55. 夏目忠雄

    ○夏目忠雄君 戦犯に対する日独両方の対応の仕方の違いという点は、これはおのおの日本には日本流のやり方があるし、ドイツにはドイツ流の考え方があるので議論いたしませんが、第一の点で、ドイツの方は堂々と憲法を改正して軍隊を持てることによってこういうふうになったのだ、日本はあやふやにしておくからこうなったのだという判断をお聞きしまして私の質問を終わります。  ありがとうございました。
  56. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 最初に永野参考人にお伺いいたしますが、「防衛計画大綱」は見直しをしなければならない、要するに、米国軍事力中東方面に吸引されるといったような場合には軍事的に弱い空洞をつくらないようにしなければならぬ、したがって現在の防衛力では不十分であるから「防衛計画大綱」を見直しをするということは、具体的にはもっと量的、質的に防衛力増強しなければならぬという結論になるようにお聞きをいたしました。とすれば、一体どの程度に防衛力増強をすれば日本の対応能力としては十分であるというふうにお考えになるのか。これは先般も問題になりましたけれども、GNP一%といったようなことにこだわりなく防衛力増強をしなければならぬというお考え方に通ずるのかどうか、その点をお伺いいたしたいと思います。
  57. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 私が申し上げた趣旨は、先生がおっしゃいましたとおりに、防衛力増強しなければならないということでございます。  それから、それでは防衛力増強についてどの程度の防衛力が必要であろうかということにつきましては、まだどの程度だということをきわめて検討された案として先生に御披露申し上げるだけのものは持っておりませんが、私どもが、特に私がやめてから数人の者と、もちろん専門家を中心にいたしまして検討した一案のごく概略について申し上げますと、陸上戦力で言いますと、やはりもう数個師団は増強する必要がある。その中には、落下傘降下をする部隊ですが、現在空挺部隊は空挺団というような旅団の規模のものですが、これあたりはやはり師団規模にして、空中機動力の強いものも含まなければいけないし、それから海上機動ができるような旅団程度のものも含まれる。そういうような規模、陸上戦力としては師団の数をたとえて申し上げますと最もわかりやすいと思いますので申し上げますと、そういう規模でございます。  そのほかに陸上戦力の中で特に強くしなければいけないと思われますのは、海上に対して火力を指向し得る力、つまり地対艦ミサイルですね、陸上から海上の上陸用の艦艇を攻撃できるような力、これはどの程度というのはまたいろいろと細かく検討する必要がありますが、とにかくいまほとんど持っておりませんけれども、こういう力は強くしなければいけないだろう。  それから、海上について言いますと、これは私の専門ではございませんのであるいは間違ってしまうことを恐れるわけですけれども、少なくも海上交通保護についてもっと広域にわたってかつ濃密にできるような戦力増強する必要があるだろう。これは恐らくはいまの力の数十%増し以上が必要なんじゃなかろうか。これは私の専門外でございますので、あるいは検討案についての理解が不十分かもしれません。  それから、航空自衛隊につきましては、つまり防空力につきましては主体を新しい脅威に対応できるようなミサイル戦力に変えなければいけない。そのほかに要撃戦闘機、いまは第一線要撃戦闘機を四百機ぐらいと見るべきかと思いますが、やはりそれの倍ぐらいは要るのじゃないか、そのような規模が考えられます。  それについてきわめてラフに計算してみまして、それを数年間にわたってつくるというようなこと、六、七年かかってそういうような力にするとするならば、GNPの対比でどの程度使うのだろうかということを、これは全くきわめてラフに見当をつけるために当たってみましたが、大体一・数%から二・数%の間、それは、その中でどういう案をとるかというのはまたいろいろありますものですから、どこに落ちつくかということはわかりませんが、大体その範囲内でおさまるのじゃなかろうかというきわめてラフな見当が出ております。
  58. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 では次に、藤井参考人にお伺いいたします。  これは防衛庁でもって、実際に現状から照らし合わせると、もはや「防衛計画大綱」は見直しをしなければならぬという一つの見解が示されていると思うのでありますけれども、しからば、現在の「防衛計画大綱」の見直しをして、具体的に言うならば、防衛力増強するということによって伝えられるところの軍事的脅威対処できるのかどうか、こういう問題であります。有事ということを招いてはならぬということを言われましたけれども、現在の防衛白書等によってわれわれがうかがい知ることができるのは、やはり北の脅威といいますか、具体的に、先ほど源田さんは抽象的に強大な国に侵略をされたらという表現をされましたけれども、余り抽象的な話では、話がやはり抽象的になってしまいますから、具体的に言いますけれども、ソビエトと対抗するということを考えた場合に、果たして日本防衛予算をどのくらいふやしたならばそれが可能なのかというような問題も考えてみなければいかぬと思うのです。そういったような、一つ防衛庁の考え方に対応するといいますか、迎合するといいますか、たとえばシナリオが週刊誌等に書いてあります。ソビエトが、たとえば根室方面と稚内方面と両方から、近いからここから上がってくるといったような想定をしてあります。しかし、実際にソビエトと日本が事を構えるという場合に、なるほど北海道は広くて演習に便利がいいから、あそこで戦争をやろうじゃないかというふうにおあつらえ向きに向こうが上がってくるかどうか、これは疑問じゃないかと思うのでありますけれども、北海道が現実に脅威を受けることになるのかどうか、そういうことがあり得るのかどうか。また日本増強された防衛力をもってソビエトと、米軍の援助を待つまでの間戦うというようなシナリオどおりに事が運ぶようになっているのかどうか。これは軍事的な立場から研究をされた場合にどういうことになるのか。そういうことが実際問題として想定されるのかどうか。それらのことについてもお伺いをいたしたいと思うのであります。
  59. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) ソ連の伝統的な戦略という点では、たとえば第二次大戦の末に対日戦争を発動いたしまして、そしていわゆる満州及び千島、樺太に侵攻したわけでありますが、このときに約百五十八万人をソ連の側は使用いたしております。つまり、ソ連の戦法はいわゆる量の戦法ということで、勝てる戦いしかソ連は戦っておりません。したがいまして、もし対日侵攻ということに、そういう事態になるとすれば、これは小規模限定、自衛隊に簡単に北海道から追い落とされるような勢力でもって攻めてくるわけではない。やはり本格的に勝てる戦いをいどんでくるはずであります。そうしてそれは単に地上戦力——陸軍、確かにソ連軍は強いですけれども、この陸軍が稚内や根室に上がって、そこからとことこと攻め下ってくるというふうになるとは、これは合理的思考という点からいたしますと、全くあり得ないと考えていいと思います。それは非常に犠牲が多いし、時間もかかる。もっと簡単な手段があるはずであります。つまり、ソ連はそういうマスの戦法をもって、そうしてその戦力日本の一番致命的な弱点に向けてくるはずである。この点につきましては、かつて日米戦争の際に、やはり海軍の首脳部の中では、アメリカ艦隊決戦をいどんでくるはずはない、連合艦隊が考えている日露戦争における日本海海戦のような事態は生じない、こういう主張をなすった方もいらっしゃいますが、やはりそういう意味で都合のいい事態が起きて、そうしてそれに対応するにはあと陸軍は数個師団ふやせばやれるというふうに言うのは全く非科学的である。戦争原理に反するものである。したがいまして、ソ連はミサイルもございます。あらゆる手段があるわけであり、かつ日本は、先ほども申し上げましたように、社会的、経済的な脆弱性が非常に大きいわけであります。だから、その一番痛いところをたたかれれば、北海道でいかに戦おうとしてももはや抵抗できないというふうになることは、第二次大戦の経過からいたしましてもはっきりいたしております。  だから、そういう意味日本の防御不可能な社会体制、経済の問題、弱点、こういうことを全体的に評価いたしまして、そうしてどうすればいいかということを考えるべきである。したがいまして、数個師団ふやすぐらいは五十歩百歩の問題であって、全く意味がないと言ってもいいと思います。  いま特にユニホームのOBの方々が、栗栖さんを初めよく雑誌に発表されているいわゆる侵攻事態、根室に来るとか稚内に来るとかというふうなのは、たとえば上陸時の問題が全く捨象されているということ、それからそういう作戦を発動する目的ですね、作戦目的というものがはっきりしないというふうな問題とか、全面的に検討いたしますと、非常にシナリオとしても欠陥の多いものではないかと思います。  それで、ソ連軍事的脅威がもし現実に日本に向かって押し寄せてくるというふうなことになった場合は、これは、いま永野参考人がおっしゃいましたような、師団数個、あるいは海兵旅団が一個というふうなことではどうにもならないものであろう。特に守るという点からいたしますと、日本列島のように、細長くかつ大陸に向かってきわめて近接して、弱点を露呈しているようなところを守ることは不可能と言っていい。相手はミサイルもあれば航空機もあるわけであります。ただ、そういう脅威が顕在化してくるかどうか、そういう顕在化の可能性があるのかと申しますと、これはもう現在はきわめて小さい、それを絶無にしていくことも可能であると見るべきではないか、そう思います。
  60. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 今度は長谷川参考人にお伺いしますが、先般来当委員会でもいろいろ論議がありましたけれども、第九条の問題でいろいろなやりとりがあったわけでありますが、法務大臣がたまたま引用された言葉でありますが、たとえば九条を改正して軍隊を持つというようなことになっても、シビリアンコントロールが確立されていれば昔のような心配はない、昔は統帥権の独立ということがいろいろと軍をして誤らしめたのだ、こういう意味の御意見がございました。果たして、その統帥権にかわってシビリアンコントロールが軍隊を公然のものとした場合でも安心できるものというふうにお考えになるのかどうか、その点をひとつお伺いしたいと思います。
  61. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 憲法の第九条を改正して軍隊を持つようになった場合という仮定の御議論だと思うのですが、実はいまの憲法は九条だけを変えるということは私は不可能だと思うのです。なぜならば、いまの憲法は第九条で陸海空軍その他の戦力は持たないという前提に立っているものですから、したがって、たとえば宣戦布告はだれが宣言するのかとか、あるいは兵役の義務はどうするのかとか、憲法でたとえば軍事機密をどうするかとか、通常の国家ならば、軍隊を持つということを前提にした国家ならば、当然基本的人権のあり方についてもそれに対応した規定を持っているのが普通なわけです。ところが、明治憲法といまの憲法を比較すればすぐわかるように、いまの憲法では戒厳令の規定もないし、それからその他義務も権利もすべて軍隊がないということが前提になってできていると思うのです。ですから、もし第九条を変えようという議論があるとすれば、それは九条だけにはとどまるはずがないので、憲法を全面的に変えなければ憲法改正というのは論理的に成立しないというふうに私は考えています。したがって、憲法論に限って言えば、九条だけを手直しして済むような方策というのはあり得ないのではないだろうか。そうすると、基本的人権についても全部手直しをするのだというならば、そのことについて一体いまの国民がどういうふうに考えるかどうか、その点が大変問題だと私は考えております。
  62. 野田哲

    ○野田哲君 永野参考人にまずお伺いをいたしたいと思いますが、永野参考人は、新聞報道で私は承知をしたところなんですけれども、十一月七日に防衛庁で開かれた第七回防衛トップセミナーという会合で講演をされた。この講演の要旨としては、敵の侵攻を本土外で撃破する防衛体制の整備を追求すべきである、そのためには、許されるならば敵の発進基地、増援基地をたたく能力、海上遠く敵を撃破する戦力を持たねばならない、新聞の見出しどおりで言えば、「専守防衛から前方防御へ」というような見出しをつけて永野参考人の講演の内容が報道されているわけですが、そういう立場での講演をなされたのかどうか、まず伺います。
  63. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 申し上げます。  先ほどから申し上げていることは、私ないしは私どもが一緒にやっておる連中の、やめた連中の全く私的な個人的な見解であるということをまずお断りしておきたいと思います。  それから、いま申されました本土外でたたく力を備えるべきであると私は主張いたしました。できるならば敵地でたたきたいのだ、しかしそれは現在の憲法上大変に疑義がある、疑いがある、そういう力を持っていいかどうかですね。戦略的なもの、たとえば徹底的な破壊のみに使われるような兵器は持ってはいけないということは、政府答弁でもはっきり出ておりますように、そういうものを持ってはいけないということは明瞭にその解釈が出ておるわけですけれども、そういう発射基地に対するもの、たとえば誘導弾の発射基地に対しては、それ以外方法がなければそういうカウンターファイアーの力を持つことを許さないことはないだろうというような解釈、そういう意味の解釈が国会で答弁されておりますが、いずれにしろ敵地の戦術的な攻撃に関してはなお憲法上大変に疑義があるので、いまそれを追求するわけにはいかない、持つべき力としてそれを取り上げるわを持てということは主張しておりません。
  64. 野田哲

    ○野田哲君 軍事的に言えば永野参考人のおっしゃる考え方というものが出てくると思うのですが、いまお聞きいたしますと、それは憲法の制約からしてできないのだと、こういうことであれば、その趣旨をそのまま受けとめておきたいと思います。  重ねて永野参考人にお伺いいたしたいと思いますが、ごく最近まで陸上幕僚長として陸上自衛隊の最高の地位におられた方ですが、御承知のように、ここ二、三年来有事立法という議論が起こっておりまして、福田内閣の当時、栗栖さんの発言一つのきっかけにして有事立法の検討、研究を当時の総理大臣防衛庁に対して指示をされたという経過があるわけですが、陸上自衛隊ということになると、陸上で敵の侵攻対処する、こういう任務で訓練をされ、あるいはいろいろ研究をされておられるわけでありますけれども、この有事立法という問題について、陸上自衛隊として奇襲に対処するということで、そのことを想定をして行動計画を立て対応策を検討されておられるとすれば、当然現在の日本の国内の法制度の中でどういう点を改めるべきか、あるいは新しくどういう立法措置が必要なのか、こういう点についていろいろその体験からお持ちじゃないかと思うのですが、その点についてのお考えを承りたいと思うのです。
  65. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 具体的な資料は現在持ち合わせておりませんので、頭に浮かんでくることを浮かんでくる順番に申し上げますと、まず有事立法ないしは有事法制というものは、平時からできておくべきものも中にはごく一部あると思いますが、多くのものは平時研究をしておいて、その研究内容については、国会でも答弁されておりますように、国会に成果の上がる都度報告をされて内容をチェックされておって、実際の法制化というのは恐らく有事になってからやってもいいのではないか、こういうふうにまず考えております。  それから、陸上自衛隊としていろいろ不便を感じておったという点を思いつくままに申し上げますと、まず土地の収用、つまり陣地構築等をやる地域でありますが、これが防衛出動が下令されないとそういう行為ができないということになっておりますが、陣地構築というのは非常に時間がかかる問題でありまして、どんなに大あわてでやっても大変なことでありますので、少なくも待機命令の段階でできるような状態にはならないものだろうか、あるいは本当はもう少し前にできるような、もっと、何といいますか、そういう準備の状態というものを想定した、考えた法体系があっていいような気がしております。  それから、同じく収用の問題で言いますと、お医者さん方をお願いしたり輸送機関等を必要に応じて収用することができるようになっておりますけれども、これに関しては手続事項を下部規定でつくるようになっておりますが、全然下部規定の検討は進んでおりません。これはしたがって、いろいろとどうやっていいのかわからないという面があります。  それから、これは陸海空とも同じでございますけれども、電波の運用といいますか、電波の使用でございますが、どうしても大変な電波の数を使用しなきゃいけなくなると思うのです。ところが、いま電波の配当というのは非常に限定されておりまして、恐らく戦時になっていまのままの状態では部隊の運用がかなり拘束されるというようなことになるだろうと思います。したがって、その電波の運用についても割り当てについて特別な措置がとられるような特例をつくっていただかなければいけないのじゃないか。  それから部隊を移動するということにつきましても、特に戦車でありますとかあるいは装甲車でありますとか、そういう重車両の移動等あるいは火薬等の移動、こういうものにつきましては、それぞれ違いますけれども、道路管理者でございましたか、あるいは名前が違うかもしれませんが、とにかく必要な手続を事前にとってやらなければいけないようになっております。これはいよいよエマージェンシーの状態に入った場合にそういうことを一々通報するということ、あるいは許認可を得るということは、時間的な問題も問題でありますが、戦術行動をすべて明らかにしてしまうという結果にもなりますので、その辺につきましても何らかの特例規定が必要なんじゃないか。  いますぐ頭の中に浮かんでくるようなことはそういうことでございます。
  66. 野田哲

    ○野田哲君 私が個人的に制服の方と接触したときにその方が私に話されたのですが、高速道路を滑走路に使用できるようにしてもらいたい、こういう希望が非常に航空自衛隊では強いんだということ。事実韓国ではそういう形のものが演習のときにもやられているわけですが、そういう考え方はやはり有事に際して必要だというふうに考えておられますか。
  67. 永野茂門

    参考人永野茂門君) これは必要であると私は考えております。それは、そういうことをすることによって平時における一般の公共のいろいろな活動について全然阻害するようなことはないだろう、また阻害しないように、あるいはかえって促進するようなやり方を工夫してやっていけること、が多いのじゃないか、こういうふうに考えております。  そういう例で申し上げますと、いま例示されました韓国でやっております滑走路ないしはそれに続く給油所、それから格納庫、こういうものを高速道路の一部を利用してつくるとか、あるいはシェルターと重要物資の貯蔵関係等を兼ねたようなものをつくりますとか、これはスウェーデンを御視察になった先生方もよく御承知だと思いますけれども、平時においても十分——平時というのは全く災害のないときにおいてもいろいろと使う用途は十分ありますし、そのほかに地震対策等においてもそういうシェルター関係あたりは十分に使い得る。食糧の備蓄でありますとか、あるいは衛生用品の備蓄、救急用品の備蓄等も含めまして、そういうようなことも考えながらやっていくと、防衛と災害対策とそれから一般公共のための施設というようなものがうまく統合されたことが考えられるのじゃないか、こういうふうに思います。
  68. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 永野さんにお尋ねしますけれども、日本防衛力増強させる必要性を強調されて、その理由として、アメリカ軍事力が相対的に低下したへ中東にもことに相当な軍事力が行っているから、その落ち込みを日本軍事力で補てんするというか、その必要性をおっしゃったでしょう。そうすると、あなた方としては、日本の自衛隊などのいわゆる防衛力西側の全体の防衛力の一環として、両方がにらみ合ったたまま永久にずっといってくれればいいけれども、それが衝突して実際に日本がそういう西側の一環として軍事的な実力というものを行使するようになる、そういう場合もあり得るということはもちろん想定してあなた方はそういう御主張をなさっていらっしゃるのでしょう。
  69. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 御質問の趣旨が十分理解できなかったかもしれませんが、まず日本防衛そのものに十分な力が必要である。その十分な力、私どもが考える十分な力になっていないから十分な力にする必要がある、これが私が申し上げたい第一点でございます。  それからもう一つは、ソ連ないし東側、ソ連と言った方がはっきりするのかもしれませんが、ソ連の世界的ないろいろな動きに対して、特に軍事力をバックとする動きに対して対応するためには、極東正面だけを考えても日本一国ではできませんし、それから中東、ヨーロッパと、こういうふうに考えた場合に、それはそれぞれ独立して別個な正面ではなく非常に関連した正面である。したがって、まさに世界規模といいますか、オール・ザ・ワールドな戦略を日本みずからが考えて、そして調整された戦略の中でそれぞれが力を発揮すべきである、こういうふうに考えております。
  70. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 そうすると、あなた方は日本防衛ということをお考えの上で、それだけで構想をお立てになればいいわけで、西側防衛力が低下したとか、アメリカとソビエトの軍事力を比較すると、いまやそのバランスがむしろ対等ないし少し下がってきておるとか、アメリカのそういう軍事力の低下をわれわれが補わなきゃいかぬとか、そういうことをおっしゃらなくてもいいのじゃないか。そういうことをあなた方が最初のまくら言葉で盛んに強調なさるから、それでは、あなた方の構想というのは、東西の軍事力バランスということをしょっちゅう考えて、またアメリカとソビエトとの軍事的な均衡というものをしょっちゅう考えて、そしてアメリカ軍事力の落ち込みを日本の自衛隊などの防衛力で補おうとする、そういう構想があるようにどうしてもとられやすいでしょう、あなた方の説明を伺うと。そこで伺っているわけです。
  71. 永野茂門

    参考人永野茂門君) アメリカが下がったからアメリカのためにアメリカの穴を埋めるとか、そういうことは全く考える必要はないと思うのです。関連はありますけれども、全くそういう発想ではいけないと思います。日本のためにどうするかということであって。
  72. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 それでは、あなた方が東西の軍事力バランスであるとか、アメリカの第七艦隊中東の方に派遣されておってこっちが穴になっているとか、そういうことを強調して、そのために日本軍事力増強しなければいけないのだというような説明、その理論づけはちょっと間違っているのじゃないですか、方向として。
  73. 永野茂門

    参考人永野茂門君) それは関連はあるわけです。関連はあると申しますのは、従来の日本防衛構想というものは、日本自体は非常に限定された力を持つのである、具体的に申し上げますとアメリカの第七艦隊、第五空軍、それからもっとバックを言いますと、その戦略、核戦力といいますか、こういうものが常に日本の上に十分かさがかぶさっておるのであるということを前提にして、その中で日本の安全を確保する中核としてきわめて限定された防衛力で十分その安全が保たれていくのである、力の関係では。そういうふうに従来考えて日本の自衛力の力というものは設計されてきたと思うのです。したがいまして、そのかさの力が弱くなりますと、やはりこれは独自の力というものは強くすべきである。関連はあると思います。
  74. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 あなた方は、日本主体的に考えていくか、それとも東西の軍事力というようなことをまず基礎においてお考えになるかは別として、常に必ずしも小規模かつ限定的な戦闘だけに終わるとはお考えになっていらっしゃらぬのでしょう。
  75. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 日本に対する侵攻が限定小規模で終わるか終わらないかということについては、限定小規模である場合というものも、ケースは非常にまれであろうけれども、あるかもしれません。しかし、それで終わるということは少ないだろう、こういうふうに考えています。  ただし、それでは一体どの程度の力を日本に今度はソ連が向け得るかということになりますと、現在、御承知のように、アジア正面、中国正面を含めて、中ソ国境正面を含めて、四分の一強から三分の一弱です。海軍戦力はまさに三分の一でございますけれども、陸空戦力というのは四分の一強から三分の一弱、この問ぐらいの戦力が来ているわけですね。そのうちで極東に寄っているのはさらにその中の四分の一ぐらいです。ですから、何かがあって日本に本当に指向し得るという場合には、これはやっぱり世界的な規模の問題ですから、ソ連が全力で来るようなことは絶対あり得ないわけですね。そんなことをやれば、それこそヨーロッパでもおかしくなるでしょうし、中東でもおかしくなるでありましょう。したがって、であるからこそ日米安保が作動すると思うのです。ソ連が恐らく日本に指向し得る力というのは、これはもちろんそのときの情勢によって幅はあると思いますけれども、たとえば十数分の一、十分の一から十数分の一、二十分の一の間、その付近の間の力しか日本に対して指向することはできないだろう、こういうふうに見ております。
  76. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 そうすると、いまのあなたのお話を要約すると、ソ連が仮に東西の全面戦争を想定したとしても、日本に対して向けることのできる軍事力というのは、ソ連全体の戦力のきわめて小部分である、大したことはないと……。
  77. 永野茂門

    参考人永野茂門君) いやいや、大したことはないというのは表現によるわけですけれども、現在の自衛隊の力対——オンリーですね、たとえばソ連の二十分の一なら二十分の一でよろしゅうございますが、二十分の一をとりますと、これはやはり現在の自衛隊の力に対しては大変な力です、相手が。
  78. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 ソ連の。
  79. 永野茂門

    参考人永野茂門君) ソ連にとっては十分の一といえども、やっぱりこれは相当な力でしょうね。
  80. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 あなたはいま二十分の一とおっしゃったね。
  81. 永野茂門

    参考人永野茂門君) はい、十分の一ないしは二十分の一のどこかその付近の力だろうと、こういうことですね。
  82. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 それでもなおかつ自衛隊の現有勢力ではとても防ぎ得ないとおっしゃるのですか。
  83. 永野茂門

    参考人永野茂門君) それは、たとえばということで申し上げますと、私は陸でございますから、陸の戦力について申し上げますと、現実に陸上自衛隊の一個師団とソ連の一個師団を比較しますと、ソ連の最も古い一個師団で、いまはそういうタイプの師団はもうほとんどなくなっておりますが、最も古い師団のタイプで一・五倍ぐらいの力です。それから、六〇年代後半から七〇年代前半にかけての師団の力が約二倍ぐらいの力です。そして、七〇年代後半から出てきている師団は陸上自衛隊の一個師団の力に比較しますと大体三といった方がいいぐらい、二・数個師団分の力を持っているわけです。そのくらいに力の差はあります。
  84. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 いまのソ連日本に向け得る力が、あなたのおっしゃるにはソ連全体の戦力の十分の一から二十分の一くらいだと。
  85. 永野茂門

    参考人永野茂門君) ソ連の陸軍の師団数は百七十幾つでございますから、御承知のとおりでございます。
  86. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 それで、なおかつ自衛隊では対抗できないと。
  87. 永野茂門

    参考人永野茂門君) そうですね。
  88. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 その状態はやはりもう東西の全戦争で、つまりアメリカの参戦を必要とする、アメリカの参戦が必ず伴うような戦争であるともう断ぜざるを得ないでしょう。
  89. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 日本に対するソ連侵攻がどういうような時期にどういうようなケースに行われるか、あるいはどういうことを契機にして行われるかということについて考えますと、恐らくやはり米ソ対決が少なくも近いという段階以降だと思います。
  90. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 いや、私がこういうことをお尋ねするのは、あなた方がそういう米ソの対決を伴う戦争の際にやはり核が用いられるということを想定してお考えになっておられるのかどうかということを伺いたかったのです。
  91. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 核が使用されることについて除外はしておりません。しかし、恐らく核は抑止され続けることの可能性の方がずっと高いだろう、使用されない可能性の方がずっと高いだろう、使用されることを否定はしません。拒否はしません。拒否はしませんけれども、恐らく使用されないで終わる可能性の方が高いだろう、こういうふうに思っております。
  92. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 核が使用される公算の方が少ないとしても、それは否定はなさらないけれども、核が使用された場合の日本国民の受ける戦争被害というか、惨禍というか、それについては、あなた方自衛隊の方はお考えになっていらっしゃることがあるのでしょうか。
  93. 永野茂門

    参考人永野茂門君) それは、いろいろともちろん検討はしております。
  94. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 しているとすると、それがいかに恐るべきものであるかというようなことはわかっていらっしゃるんですか。
  95. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 使ったことのある国、あるいは実験した国ほどはわかっていないかもしれません。私どもが持っている資料というのは、実際に日本が受けた広島の資料と長崎の資料、それからあとは向こうが実験してわれわれに示しておる資料しか——向こうというのはアメリカですね。持っておりませんので、実際に実験しておりますところのソ連でありますとか、あるいはアメリカでありますとか、あるいはフランスでありますとか、そういうところが持っているほどの深い資料ではないかもしれませんが、まあ集め得る資料でいろいろと判定はしております。
  96. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 そういう恐るべき被害をあなた方軍事専門家が想定なされば、これは必然的な結論として、何としてでもそういう悲惨な結果は避けるべきであるという結論に到達すると思うが、どうでしょうか。
  97. 永野茂門

    参考人永野茂門君) その点は間違いないです。その点はもう全くそういうことは避けなければならないと思います。
  98. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 避けなければいかぬという結論は、あなた方はお持ちになるわけでしょう。
  99. 永野茂門

    参考人永野茂門君) それは自衛力を持たないのとは私は関係ないと思います。自衛力を増強してこそそういうことが避けられる、そしてまた日米安保をますますかたくすることによってこそそういうことが避けられると私は考えております。
  100. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 あなた方がそういう戦争の機運をあおることがむしろ……。
  101. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 私は、自衛力を高めていくことが戦争の機運をあおるとは、もう全く考えておりません。
  102. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 しかしあなた方は……。
  103. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 私どもも戦争なんかあってはいけないと思っております。また、戦場で大変に苦労した経験もあります。まあそんなことはどうでもよろしゅうございますけれども、もちろん戦争をいかにして防ぐかということ、これはもう一生懸命だれでもやるべきことだとはもちろん思っております。そして、私どもが主張しておる軍事力日本で言えば防衛力増強してもらいたいということを訴えることは決して戦争をあおるとは私は思いません。
  104. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 それならば、ただ一つだけでも、ソビエトに対する過度の敵がい心をあおることだけでもやめるべきじゃないでしょうか。
  105. 永野茂門

    参考人永野茂門君) それもそのとおりだと思います。しかしまた、私どもがいまやっていることがあおっておるとは私は思いません。
  106. 寺田熊雄

    ○寺田熊雄君 時間ですから、この程度で。
  107. 中野明

    ○中野明君 永野参考人とそれから長谷川参考人に最初にお尋ねをいたします。  と申しますのは、先ほど源田委員から、ソ連が極東方面に急激に軍備を増強しているということについて、ソ連は一体何の意図でそうしているのかということを藤井参考人にはお尋ねになっておりましたので、あとお二人の方から御所見を。
  108. 永野茂門

    参考人永野茂門君) ソ連の意図はソ連に聞かなければわかりませんが、ソ連が何かを意図した場合に、それが遂行しやすいように軍事力増強している、こういうふうに思います。それはいつ何を意図するかというのは全くわかりません。
  109. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私はソ連の平和運動をやっている方と話し合いをしたことがありますが、その方の意見からくみ取れることは、いまのソ連政治たちあるいはソ連国民が、日本というものが経済大国になっただけではなくて軍事大国になりつつある、それからまた日本にはアメリカ基地がありますから、日本、特に千島、それからこれは第二次大戦のときの経験に基づくと思いますけれども、アジアの周辺から侵略されるという、また、それが侵略基地として使われるという心配を非常にしているということは、私もその話し合いからくみ取れました。したがって、これは過剰防衛の気味があるのかどうか問題ですけれども、少なくともソ連の人たちは、日本人のようにソ連日本に侵略するというのではなくて、日本を足場にしてアメリカなり資本主義の国がソ連弱点をつきはしないかということを心配しているということは確かだと思います。
  110. 中野明

    ○中野明君 それじゃ永野参考人にお尋ねいたしますが、この防衛白書等を見ましても、非常に北海道が手薄だというような認識のもとに北海道に防衛力増強しようと、こういうお考えがあるように私ども受け取れるわけなんですが、それはやはりソ連が限定的に北海道をねらってくるというのですか、そういう何か根拠というのですか、そういう憶測はあるのですか。
  111. 永野茂門

    参考人永野茂門君) ソ連が仮に日本侵攻すると決意した場合に、どういう理由で決意するかということは別にいたしまして、決意した場合には北海道というものが最もやりやすいということ、あるいは津軽半島付近までは非常にやりやすい、それで地歩を築いた後、南の方に来ることはさらにどんどんできますし、それからむずかしくてもやるのだということになれば、日本の中央にだって不可能ではないわけです。いわんや先ほど藤井参考人がおっしゃっておりましたように、航空攻撃ないしミサイル攻撃はもうまさに全国的だと思うのです。しかしながら、濃密な航空攻撃を含め、上着陸侵攻を考えると、やはり北の方が一番ソ連としてはやりやすい。したがって、かつ奇襲をしようと思えば北海道に対しては大変に奇襲をしやすい。したがって、奇襲を受けた場合には最初に立ち上がる力が一番大事でございますから、その力は大きくしておかなければいけないだろう、こういうことでございまして、したがいまして、自衛隊の力を強くする場合に、全部北海道にもっていくなんということはもちろんナンセンスでありますし、そういうことは構想はされないと思いますが、その主力を北海道に考えるというのは一般的な考え方だ、こういうふうに思っております。
  112. 中野明

    ○中野明君 先ほど来いろいろ各参考人から意見が出ておりますように、ソ連がいますぐこちらに云々するということはもう絶無というのが、大体私どももそう感じられるわけなんですが、それに対して日本があわてふためいてといいますか、大変だ大変だということでそれに対する防衛力増強するということはかえって向こうに刺激を与えるのではないか、こういう心配も一部にあるわけなんですが、そういう点、北海道だけじゃなしに全体的にの防衛計画でしょうけれども、特に私ども北海道が目立つものですから、先ほど来同僚委員の質問にもありましたように、ソ連を敵視しているのじゃなかろうか、そういうふうに思われるわけなんですが、その辺どうなんでしょうか。
  113. 永野茂門

    参考人永野茂門君) ソ連を敵視するなんということはもちろん毛頭ありません。ただ、侵攻する力を持っており、それを現実に配備をし、そして現実に最近われわれより数倍の力を増強しているのはソ連である、われわれの周辺に。これにはやはり一応の対応をしておく必要がある。したがって、私がソ連はそんなことによって刺激はされないだろうということを申し上げるのは、向こうの方がずっと強く行っておるのに対してこちらがちょっとだけ反応するということでございますから、全くこちらから刺激されるなんということはないのじゃないか、私はそう思っております。
  114. 中野明

    ○中野明君 御意見お伺いしました。  藤井参考人にお尋ねをいたしますが、藤井参考人総合安全保障ということを最初にお述べになりましたですが、お話の中に、国会等で十分議論をしてシビリアンが主体でなければならぬと、こういう御意見もございました。そういたしますと、藤井参考人は、自衛隊の現状をどう認識されて、そしてどの程度まで力を持ったらいいというふうにお考えですか。
  115. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 自衛隊そのものにつきましては、これは先ほども申し上げましたように、日本軍事防衛につきましては、相手がやろうとすればこちらの弱点をついてくる。つまり、通常軍備で万全のハリネズミのような体制をつくりますと相手はミサイルなり核なりで来るというふうになりますから、先ほど五十歩百歩と申し上げましたが、それほど現実には意味を持たないだろう、こう思います。やはり何よりも大事なのは日本国民の統合である。軍事的手段増強することについて確かに国論の分裂があるわけですから、そういう形で増強していっても、むしろ社会的なこちら側の脆弱性を増すという意味相手を利すると言ってもいいくらいである。したがいまして、本当に合意の成立するのは何かといいますと、非軍事的手段安全保障を確保すること、ここでは完全なやはり合意の形成が可能である、こう思います。  たとえば、航空母艦を一隻つくりますには約八千億円ぐらいかかると思いますが、しかし大学を一つつくるには、筑波大学の場合は一千五百億円ぐらいでできております。その年間の運用費にいたしましても、空母一隻であれば恐らく十分の一はかかる、八百億円かかるわけですが、大学一つは五十億円でできるというふうに、この両方の手段を比較検討いたしますと、たとえば資源確保、第三世界の人々に対して教育文化の面での援助をやる、大学をつくって留学していただくとか、こういう手段の方がはるかに相互理解を強める上では効果的であって、航空母艦を持っていったって、それに驚いて資源を提供してくれるというふうな保証はもはやなくなっているのではないか、こう思います。したがいまして、軍事的、非軍事的手段の比較考量をしていただけるのはやはり全体としてはシビリアン、特に政治の場ではないか、こう考えるわけです。  そういうことを前提といたしまして、したがって、じゃ自衛隊はどうなのかと申しますと、これは先ほどから憲法上の問題として御議論がありましたが、結局戦力化していくということになりますと、どうしてもやはり国民の協力が必要になり、有事態勢が必要になり、さらに徴兵制等国民基本的人権を侵すということさえも出てまいります。だから、そういうふうに発展させていかない歯どめ、これが必要だろう。で現在の憲法上、法律の問題は別といたしまして、私は、何といいますか、妥当だと思いますのは、結局、領域、日本の領海、領空を警備する程度のことではないか。それ以上増してもそれほど意味はないし、その程度のもので合意といいますか、一致し得るのじゃないか。つまり、違憲のものではない。つまり、戦闘任務を持たない、外国を対象として戦をしないという歯どめが必要なように考えます。そういう意味で、自衛隊というものをその規模なりあるいは機能なりという面で全面的に再検討していく、そういう方向に持っていくべきであると、こう考えております。
  116. 中野明

    ○中野明君 国の防衛といいますとストレートで軍備というふうに考えられがちであったのを、総合安全保障というのはそうじゃなくして、経済、外交、そういう面を重視して、そして防衛力というのはその総合安全保障の一環といいますか、その一つという考え方総合安全保障という考え方だろうと私も認識をしておるのですが、そのとおり先生も御認識ですか。
  117. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 防衛力の問題についての位置づけとか、あるいは憲法解釈上の整合性とか、そういう問題はいろいろあると思いますけれども、いわゆる防衛力というものは総合安全保障の中のきわめて比重の小さい一手段というふうな理解でございますね。そういう理解をすることも可能であると、こう考えております。
  118. 中野明

    ○中野明君 それではもう一点お尋ねをします。これは藤井参考人、それから長谷川参考人にもお願いしたいと思います。永野参考人は先ほど来の議論で大体わかりましたので。  日米安全保障条約に対する認識といいますか、どのようにお考えになっているか。いい面、悪い面いろいろ含めまして御認識、御意見をお伺いしたいのです。
  119. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 先ほども申し上げましたように、日本アメリカとは条件立場が全くといいますか、非常に違います。相手は大国でありこちらは小国であり、かつ、アメリカの場合は太平洋、大西洋によって隔てられておる。そういういろいろな違いがございますから、日本が仮に日米安保、アメリカとの関係を重視するといたしましてもそれは一定の限度というものがあるだろう、そう思います。何よりも大事なのは、やはり日本立場条件、利益というものを基本にして安保というものを考えなければいけない。たとえば資源の問題にいたしましても、日米安保体制のみによって日本は生きていけるかといえば、それは全く不可能である。そうして、アメリカと共同歩調をとるといたしましても、どこまでも運命共同体的にやっていって最後は一体どうなるかということを当然日本としては考えなくてはならぬと考えます。したがって、軍事的な問題にいたしましても、あるいは最近の中東に対する制裁の問題にいたしましても、日本日本のやり方があるわけであります。そういう意味での限度というものをよくわきまえて、そうして将来の問題といたしましては、ソ連との軍事同盟条約が危険性をはらんでいるのと同じように、アメリカとの軍事同盟条約も日本の主権が侵され日本に対する内政干渉が行われる可能性というものを含んでいるわけでありますから、したがって、そういう条約というものはすべてなくしていく、そうして、ワルシャワ条約とNATO条約もそうでありますけれども、同時にこれを解体するというふうにして、すべての国々が非同盟中立というふうになっていくのが好ましいだろうと、こう考えております。
  120. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私は、先ほど述べましたように、日米安保条約は一九六〇年に締結した段階から七〇年、八〇年代に入ってかなりその性格が変わってきたように思います。それが一番具体的にあらわれているのは、先ほども申しましたが、一九七八年に福田内閣の閣議決定を経た「日米防衛協力のための指針」、いわゆるガイドラインというのがありますが、あれを見ると、その内容は平時、有事を問わず日米軍事協力をするためにどのような措置が必要であるか、先ほど来問題になっている有事立法の問題も含めて、非常に詳細な軍事行動に関する申し合わせが行われていたと思うのです。その点を見ますと、私はいまの日米間の軍事力の違い、それからそもそも占領中から安保条約の体制に入ってきたいままでの経過を見て、いま日本防衛問題というものが安保条約のもとで日本国民自身の判断によって決められるような状況にはない。アメリカ軍事的な要求がそのまま日本政治に反映してきているような状況の中で、いまいる自衛隊がどんなにがんばっても、そのたてまえである日本防衛ということには役立つような働きをしないのじゃないかというふうに考えています。そして、この日米安保条約というのはNATOに比べればこれは二国間の軍事条約ですけれども、アジアの場合には米比軍事条約があり米韓があり、これを一体として、アメリカのこの極東軍事戦略という観点から見れば、まさに日本軍事ブロックの有力な構成国になっているのじゃないかという気がいたします。そういう意味では日本憲法が予想している——憲法それ自身は非武装中立を考えているわけですけれども、今日のアジア、アフリカの多くの諸国、特に国連で大きな役割りを果たしている非同盟諸国の防衛政策、これは日本としてももっと参考にしなければならない面があるのではないかという気がいたします。アメリカ一辺倒でいまの世界情勢を乗り切れるほどいまの世界情勢というのは日本にとっては甘いものではなくなっているように私には思われます。
  121. 中野明

    ○中野明君 それでは長谷川参考人にもう一つお尋ねいたしますが、先ほどの御意見の中で、もともとはソ連、中国、北朝鮮、そこが仮想敵国といいますか、そういう感じでおったのが、いつの間にか中国、北鮮はなくなってソ連脅威、仮想敵国というより脅威ですか、そういうふうになったのは、アメリカのいわゆる考えの言いなりになっているというような御意見が述べられたと思うのですが、日本日本なりに国の平和ということ、世界の平和ということを考えて努力をしてきたと私は思うのですが、日中国交回復に当たりまして、これはやはり隣国でもあるし、その面では長年にわたって政界、財界それぞれの分野で努力をしてきて、大体日中国交回復の話が見えてきたといいますか、見通しが立ってきたのでアメリカがあわてたのではないだろうかと、私はこのように受け取るわけなんです。というのは、ダレスさんという人がおりましたが、あの人が日本の知識と知恵と中国の資源と人間、これが一緒になったら非常に大変なことになるぞということを述べたというふうに私理解しておりますが、そういうことをいろいろ考えますと、日本と中国がアメリカより先に仲よくなられるということは大変だということで、アメリカがあわてて頭越しにやったのじゃないかと、こういうふうに私なりに受けとっているのですが、先生のお考えはどうでしょうか。
  122. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私はその点は少し違うので、やはり日本の頭越しにアメリカが中国と手を結んだというのは、これは国際的に常識になっているのではないかという気がいたします。そうして、それに追随してということではないかもわかりませんけれども、もちろん日中の国交回復をするということは日ソの国交を回復したのと同じように大変重要な意義を持っていたと思います。しかし日中の国交回復というのがアジアの軍事状況というものを変えたとは私は思っていません。それよりもむしろ、私もしばしば国際会議に参加していろいろヨーロッパの人たちアメリカの人たち意見を聞きますけれども、やはりいま一番日本中心にして恐れているのは、日米安保条約があるだけではなくて、中国が、日本にとって安保条約は必要である、日本がいま程度の軍備を持つことはソ連脅威に対してはどうしても必要である、中国が積極的にソ連脅威日本の問題として説くというような状況がある、私はこれは異常なことだと思うのですけれども、中国自身がソ連から脅威を受けるということならば、これは中国自身の判断することですが、日本にもソ連脅威があるから日本の軍備は必要であるというようなことを公然と口にするということが、諸外国の国民から見れば、ワシントンと東京と北京が軍事的に枢軸を結んで戦争危機をあおり立てているのではないかというようにとられても仕方がない状況が生まれているような気がいたします。もちろん中国の政策もこのところずいぶん変わってきているようでありますけれども、私は中国、日本アメリカ軍事的提携、また日本の自衛隊の関係者がやたらに中国へ行っていろいろな戦略問題あるいは戦術的な問題について話し合いをするとか、そういう空気もあるので、そういう点をヨーロッパの人たちや世界の人たち、特にアジアの人たちは、日本経済大国だけではなくてすでに軍事大国になっているのではないかという目で見ている原因になっているのじゃないかという感じがいたします。したがって、これは日本国民自身が判断して、もう中国は安全である、北朝鮮は安全になった、ただもうソ連だけが危ないのだというような判断日本国民が本当にしているのかどうかということはかなり疑わしい、私はかなりつくられた、意図的に上から流されている宣伝であるような気がしてなりません。
  123. 中野明

    ○中野明君 先生の意見はよくわかりました。  終わります。
  124. 立木洋

    ○立木洋君 永野参考人にお伺いしますが、中期業務見積もりですね、あれが去年の八月、山下・ブラウン会談でアメリカ側に口頭で概要が説明されたというふうに国会の中では答弁されているわけですが、日米の制服間でこの中期業務見積もりの問題について説明をしたりあるいは問題にしたようなことがいままであったでしょうか。
  125. 永野茂門

    参考人永野茂門君) それはいまだかつてございません。私の知る限りではありません。
  126. 立木洋

    ○立木洋君 知る限りというと、知らないところで行われた可能性もある……。
  127. 永野茂門

    参考人永野茂門君) いや、私は二月以降はやめておりますので、その後のことは知りません。
  128. 立木洋

    ○立木洋君 もっと詳しく私は述べていただけるかと思って期待を持って質問をしたのですが、そうすると全然話していないというわけですが、中期業務見積もりが山下・ブラウン会談で口頭によって概要が説明された。ところが、アメリカ側にしてみると中期業務見積もりというのはきわめて正確に知っているわけですね。一年前倒しの要求等々が出てくる、内容等々ですね。これを非常に正確に知っているのですよ。そしてまた、この間も問題になりましたけれども、たとえば、何といいますか、業務見積もりだとか能力見積もりだとかいろいろなことがあるようでありますが、私は見ていないから知りませんけれども、能力見積もりなどというとこれは大変極秘的なものだというふうに言われているそうであります。    〔委員長退席、理事堀江正夫君着席〕 ところが、アメリカのシュレジンジャー元国防長官がこの能力見積もりの一部の表現を括弧づきで公の場で講演をしているという事実があるわけです。全然話していない、あるいは見せてもいない、説明もしていないのに相手が括弧づきで述べるなんというようなことは、これはどこかに問題があると思うのです。この点では永野参考人は宮永問題等で大変特別な御苦労をなさった方ですから、そういう点についてはどういうふうに御推察されますか。
  129. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 推察で物を申すのは大変に問題があると思いますけれども、少なくも私はそういう能力見積もりの内容などが説明されておったり、あるいは、渡すものは渡すわけですけれども、渡してはいけないものを渡すようなことは絶対にないと思います。シュレジンジャーさんが何を根拠にして、日本のケーパビリティーはこうでございます——それにかぎ括弧か何括弧か知りませんけれども、つけたかということはよく知りませんけれども、よく知らないことを申し上げる、さらに推察で申し上げるわけですが、そういうことはときどきあるのじゃございませんですか、あるというのは、聞くところによればということで自分の判断を言うというようなことは。これはしかし、シュレジンジャーさんが公式の立場でおっしゃったんだとするならば、私の言葉は取り消します。取り消しますが、たまにはそういうこともあるのじゃなかろうかと思います。いずれにしろ、流れるようなことはないと思います。
  130. 立木洋

    ○立木洋君 重ねてお尋ねしますが、そうするとアメリカに対しても、いわゆる制服組として、あるいは防衛庁として、あるいは自衛隊として、当然守らなければならない秘密というのがあるのかないのか、あるとすればどういうものを秘密としなければならないのか、その点いかがでしょう。
  131. 永野茂門

    参考人永野茂門君) あります。ありますが、内容は知りません。
  132. 立木洋

    ○立木洋君 そうすると、当然アメリカにも秘密としなければならないものがある。そうすると、共同で作戦するわけですわね、そして指揮も統合しなければならないと……。
  133. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 統合はしません。
  134. 立木洋

    ○立木洋君 統合しなければならないという議論もあるわけですね。
  135. 永野茂門

    参考人永野茂門君) ありません。部内にはありません。
  136. 立木洋

    ○立木洋君 部内ではなくても、そうしなければならないという一般の人々からの意見もあるそうであります。
  137. 永野茂門

    参考人永野茂門君) はい、あります。それは聞いています。
  138. 立木洋

    ○立木洋君 最後まで聞いて答えてください。途中でやられると速記の方が迷惑されると思います。私のことではなくて、速記の方のことを考えてひとつ。  そうしますと、つまりアメリカに対しても当然秘密を守らなければならない。それがどういうものかはわからない。しかし一方では、共同ですべて作戦をしなければならない。ガイドライン等々が着々と準備されている。情報の問題の提供からいろいろなことから全部やられるわけですね。ところが、いまお尋ねしますと、秘密を守らなければならないものはある、しかし、何かはわからない。それは言えないという意味ですか、知らないという意味ですか。
  139. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 秘区分がいろいろございますことは報告があったとおりです、国会に対して。そして、機密だとか極秘だとか秘とかいうのは、ついているものについて、これについてどういうふうに説明をするか、あるいはこの部分のどの部分を英訳するかということは一々その都度やっておりますから、その都度決定しておりますから、現実に何がどういうふうになっているかということは私はお答えできませんと、こういうことなんです。
  140. 立木洋

    ○立木洋君 先ほど大分軍事情勢の問題については詳しく御答弁があったのですが、この内容については余りお答えいただけないのはきわめて残念でありますけれども、いずれにしてもアメリカに対してそういうことが流れる可能性もあると、それは私的な発言だというふうにおっしゃいましたが、あるかもしれないと、かもしれないという御発言だったかもしれませんが、たとえばソ連に対してはあのような宮永事件というのがあったんですね、大変御苦労されたと思うのです。これは私の立場から言うのもおかしな話ですけれども、特別な御苦労があっただろうと思うのですが、しかし、そういうアメリカに対しても守らなければならない秘密がもしか相手に漏れたとした場合には、やはり宮永事件みたいなことになるのでしょうか、それは全然ならないのでしょうか。
  141. 永野茂門

    参考人永野茂門君) まず、流れるというお言葉をお使いになりましたけれども、私は先ほどの御説明で、流れたかもしれないと申し上げたのではなくて、シュレジンジャーがそうであったということを言うことは非常に差しさわりがありますから一般的な表現として、一般的にある人が自分の意見をさも人から聞いたように、こうこうこうであるということを括弧づきで言うこともあるかもしれないということを先ほど申し上げたので、その点はまずお断りしておきます。  それから、秘密が漏洩した場合に、取り扱いが米国に漏れた場合とソ連に漏れた場合といいますか、あるいはどこかに漏れた場合と違うかと申されますと、それは違いませんと申し上げます。
  142. 立木洋

    ○立木洋君 それでは次に藤井参考人にお尋ねしたいと思うのですが、先ほど、何といいますか、力に依存したやり方ではなくて平和的な政策をとるべきだという内容のことをるる説明をされたと思うのです。いまいろいろ国会の中でも議論されておる問題として、たとえば国連の役割りというのがある。これについては、御承知のように、二年前でしたか、国連で軍縮会議が開催されました。それから軍縮問題については一連の経緯があったわけですが、こういう軍縮の問題についてどういうふうにお考えになっているのか、その点と日本防衛とのかかわりについてはどのようにお考えになっているのか、その点御説明いただきたいと思います。
  143. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 非常に高度な基本的な問題についての御質問ですから、果たしてどういうふうにお答えすればいいのか、これから申し上げることがお答えになっているかどうかわかりませんけれども、やはり日本国憲法国連憲章、国連の目的、原則というようなものを照らし合わせてみますと、全く一致しているというふうに私は考えております。したがいまして、やはり日本としてはこの国連憲章の精神その原則がやはり国際社会に普遍的になっていくような協力をすべきである。    〔理事堀江正夫君退席、委員長着席〕 つまり平和の維持、それから民族の自決、それから人民の人権と自由、こういう原則というものをやはり日本国憲法もうたっているわけでありまして、そういう意味で大体日本国憲法方向というものは国際社会においても承認されているものであるというふうに考えていいと思います。そういう方向で平和の維持ということを図っていくといたしますと、先ほども御議論がございましたが、要するに諸国民、一般民衆、一般国民というのは決して戦争を欲していないということはきわめて明白であります。したがいまして、戦争を欲しない、平和を願っている国民つまり国際世論です、これをやはり強めていくということは非常に大事である、これがやはり基本だと、そうしてその上に立って政府レベルにおいて何をやるかということになりますと、もちろん国際紛争を平和的に解決するとかいうふうな前提的な問題がございますが、同時に、やはり何と申しましても軍事力がなければ戦争は起きないというきわめて明白な問題がございます。特に核軍備の問題につきましては、人類が消滅する、勝者も敗者もない、そういう悲惨な事態が予想されるわけですから、やはり核軍縮を優先しながら軍事力全体をやはり縮小していくという方向に進めるべきであり、したがって日本自身がまず何よりもやらなければならないのはそういう方向への国際世論の喚起であり、かつ日本自身がみずから及びアジアにおいてそういう条件をつくり出していく努力をなすべきではないか、軍縮総会で、園田外務大臣だったと思いますが、お話になっていることはきわめて原理的にすばらしいことを述べられているように私は理解したわけですが、しかし現実には何ら成果が出ていないわけでありまして、そういう努力をやはり強めるべきではないか。そうして、まず先ほど申しましたが、非軍事的手段についての安全保障政策については合意の成立が可能であると私は考えておりますので、軍事力の問題につきましてはやはり当面増強をストップするということで、国民を挙げて、政府をも含めて、日本としては平和の方向への努力を進めていく、そうしてその過程で軍備の縮小ということ、これは相手もあることですから、そういう環境をつくればだんだんとそういう軍縮を現実化させていく条件ができていくのじゃないか、こう考えております。
  144. 立木洋

    ○立木洋君 次に、長谷川参考人にお尋ねしますが、先ほど憲法の専門家の立場からいろいろ説明された内容をお聞きしたのですが、私も自衛隊が違憲であるという考え方を持っている者ですが、日本にどれだけいらっしゃるかわかりませんけれども、憲法学者という方が大ぜいいらっしゃるのではないかと思うのですが、憲法を専門に研究されておる人々の中で自衛隊が違憲の存在であるというふうな見地をとられる方が大ぜいおられるのかどうなのか。憲法学者の中での状況といいますか、その内容を若干御説明いただきたいと思います。
  145. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 七、八年前だと思うのですが、いま正確に私はその雑誌の年号を覚えていませんが、法律時報という雑誌で、日本には公法学会といって憲法学者と行政法学者を集めた千人ぐらいの学会がありますが、そこにアンケートを出して調査したことがあります。そのときのその調査によると、大体憲法学者の八五%ぐらいは自衛隊は違憲であるという考え方で、自衛隊は合憲であるという考え方は五%ぐらいだったと思います。その間の一〇%ぐらいの人は余り正確な回答をしていないと思うのですが、もちろんこれは雑誌社がやったことで完全な調査ではありませんけれども、大体いまでもそのぐらいの比率ではないだろうかというふうに私は考えています。  また、いま私たちの世代——私たちの世代というのは五十代以下ですが、全国憲法研究会という三百人ぐらいの会員を持っている一つの学会があって、毎年二度総会をやって学術報告をやっておりますけれども、その三百人近い会員は全員残らず自衛隊は憲法違反であるという考え方を持った人が集まって学会をやっております。したがって、法律家の常識としては自衛隊は憲法違反だということは、かつてもそうでしたしいまでもほとんど変わりがないように私は考えています。
  146. 立木洋

    ○立木洋君 では最後にもう一問お尋ねしたいのですが、特に最近の状況になってソ連脅威だとかいうことで脅威対処論が台頭してきて、日本防衛のために軍備を増強しなければならないという議論が大分盛んになってきているように私感じているわけですが、非常に危険なことじゃないかと思うのですが、そういう軍国主義が再び出てくるのではないかということで、日本のかつて侵略を受けた多くの国々、東南アジア等々ですね、非常にそういう動きに警戒を示しておったという状況があったと思うのですが、最近のこういう議論の台頭について、外国から見た日本状況というものを、参考人は再々外国にもおいでになるそうでありますが、どういうふうに外国側として日本状況を見ているのか、そういうことがもしかおわかりでしたら説明していただきたいと思います。
  147. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) ことしの経験で言いますと、五月にベトナムのハノイで開かれたベトナムと世界という国際会議がありましたが、そのとき東南アジアの方も出席しておりましたが、そのとき聞きましたことは、先ほどちょっと触れましたが、われわれ自身は日本経済大国になったという意識が非常に強いわけですが、それだけではなくて、日本アメリカとの関係で、また特に最近中国との軍事的な交流というようないろいろな事実があって、特にベトナムの場合にはその中国と戦争をやった直後でございますから、日本がアジアの中で軍事大国としての地位を復活しているのではないかと、そういう危険性みたいなことを表明する方が大変多かったのに私自身驚いたわけです。日本国民日本ソ連からあるいは他国から侵略されるということを盛んにみんな考えていますけれども、かって東南アジアで日本の軍国主義に悩んだ人たちは、また日本が再進出するのではないか、そういう前提があるものですから、たとえば経済的な輸出にしても軍事侵略のかわりに商品で進出が行われているというふうに理解する人たちがふえているのではないだろうか、そんな感じもいたした次第でございます。
  148. 立木洋

    ○立木洋君 終わります。
  149. 柳澤錬造

    ○柳澤錬造君 最初に永野参考人にお尋ねをするのですが、私は日本安全保障にとって大変重要な影響を持つというのは中国とソ連の関係があると思うのです。この中ソ関係というものが今後どういう方向に展開をしていくのか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
  150. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 大変にむずかしい問題だと思います。きわめて戦術的にながめますと、軍事的には中ソが対立しておってもらった方が都合がいい。現在アジアに展開されているソ連の力の大半は中ソ国境に展開されておりますし、去年あたりの中越紛争のときにもソ連軍の動きというのはほとんど中国に関しての動きであったと言える面があります。そういうところからとらえますと、非常に短期的に非常に戦術的に見ますと、そういうことが言えると思いますが、将来長きにわたって中国が本質的にどういう国家として存立していくのか、そしてそれがソ連との関係あるいは米国との関係、日本との関係、あるいは東南アジア諸国との関係、その付近をどういうふうに律していくのかというようなことはきわめてアンノーンでありまして、きわめて重要な問題であって、私自身いろいろと考察は始めておりますが、まだ先生に私はこう考えますということを申し上げる段階ではありません。その付近で勘弁していただきたいと思います。
  151. 柳澤錬造

    ○柳澤錬造君 では次にお聞きしたいのは、私たちが予算委員会なんかで防衛庁に質問したときに、それはお答えできませんという答えが返ってくるときがよくあるのです。いわゆる、そういう情報というようなもので日本防衛庁が独自につかんでいるというのがどのぐらいあるものなんだろうか、全体の。それから外国からということなら、これは何といっても日米安保条約があるから一番アメリカが多いと思うのですけれども、外国から入ってくる情報というものの中で、アメリカから入るのがどのぐらいになるのですか、その割合でお聞かせをいただきたいと思うのです。
  152. 永野茂門

    参考人永野茂門君) これも統計をとってみたことはありませんので、何%ということは申し上げにくいのですが、たとえば世界の軍事バランスがどういうふうに動きつつあるとか、あるいは極東正面においてもソ連軍の戦力がこういうふうに変化しつつあるとか、あるいは現在こういうふうな特別な動きがあるとか、中国にこういうふうな特別な動きがあるとか、あるいはベトナムにこういう特別な動きがあるとか、あるいは北鮮にこういう特別な動きがあるとか、あるいは北鮮が最近何年間かにこういうような戦力増勢をやっているとかいうようなことに関して、たとえばそういうことに関して日本が独自の手段で集め得る情報というのは限られておるという表現ぐらいだと思います。全くないことはありません、いろいろと手段は持っておりますけれども、もちろんその手段を申し上げるわけにはいきませんけれども、限られております。したがって、多くのものを日米安保体制のもとに米国から提供を受ける。しかし、これももちろん情報のことでございますから、ギブ・アンド・テークという問題があるわけですね。ギブが全くないというわけにはいかないわけです。  大ざっぱでございますが、そういう状態でございます。
  153. 柳澤錬造

    ○柳澤錬造君 では今度のことはお答えいただけると思うようなことをお聞きするのですが、陸上幕僚長をなさっておったときに、統幕議長と陸海空の三幕僚長、いわゆる四人が一緒に会合を持たれることがあると思うのですが、週一回ぐらいそういうものをお持ちになるのかどうなのか。もっと頻繁なのか、少ないのか。  それから、陸上幕僚長として防衛庁長官とは頻繁にお会いになると思うのですが、それがどの程度の度合いでお会いになっていろいろとお話し合いをなさっているのか。  それからもう一つ、統幕議長、御一緒におられるのですから聞くのですが、統幕議長が内閣総理大臣とお会いになる機会はどのぐらいの間隔であるのですか。
  154. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 統幕議長と各幕僚長は定期的に会うのは週一回です。特別な事態発生でありますとか特別な情報の報告が、情勢の変化がない限り、定期的には週一回です。たとえば尖閣列島付近がおかしいというようなときはもちろんすぐ集まりますが、その他のときは定期的には週一回です。しかし、週一回だけで統幕議長と各幕僚長が終わっているかというと、そうではありませんで、まず一日に一回ぐらいは顔を会わしております。そのほかに、次官のところで次官と各幕僚長、統幕議長が一緒になっていろいろと討議をすること、これも週一回あります。  それから、そのほかに、これは長官との関係に入りますが、長官と定期的に会うために、その段階で統幕議長と各幕僚長が一緒になって、その間の討議を含めて長官にお聞きいただくとか、あるいは長官にさらに判断していただくとかいうようなこともあります。そこで、長官と各幕僚長とがどの程度かと申しますと、これはもう何かあればその都度行っております。かつては幕僚長が直接長官に報告をしたりあるいは意見を申し上げたりすることは大変に遠慮していた時期があったようでございます。あるいは遠慮していた時期の方が長かったのかもしれませんが、ここ数年前からかなり活発に、特に私なんかは非常に活発にやりました。  それから、長官との定期的な意見の交換というのは毎週一回。これは各幕僚長、統幕議長のほかに次官その他が入りますか、定期的には毎週一回あります。  それから、各幕僚長、制服オンリーと——制服オンリーなんという言葉は余りよろしくありませんけど、実際はそういうことも設けられておったんですが、制服オンリーと長官並びに政務次官が懇談をする。昼ですね、懇談をするというのが特に毎月一回行われておりました。長官との関係は大体そういう頻度でございます。
  155. 柳澤錬造

    ○柳澤錬造君 総理と統幕議長は。
  156. 永野茂門

    参考人永野茂門君) 総理と統幕議長は定期的には全く従来はありませんでした。その都度、大変にお願いをいたしまして、各幕僚長それから各自衛隊の指揮官一名が統幕議長と昼食もしくはク食をともにしながら、かなり長い時間懇談をしながら意見を交換するというのが平均して一年に一・五回ぐらいありました。  ちょっとつけ加えさしていただきますが、ただし最近、竹田統幕議長は特に総理に情勢報告をするような機会ができたように聞いております。それがどういうふうに実行されておるかは確認しておりませんが、そういうふうに聞いております。何か相当、何カ月に一回かぐらいは報告するようなチャンスができたやに承っております。これは確認しておりません。
  157. 柳澤錬造

    ○柳澤錬造君 昨年の予算委員会で、ほとんど総理と統幕議長が会っていないというので、そんなことではよろしくないじゃないか、ちゃんとそんなことをやりなさいと私言ったことがあるので、いまお聞きしたのです。  次に、今度は藤井参考人の方にお聞きをしたいのですが、軍事評論家ということでいろいろ情勢分析をなさっていると思うのですが、ベトナムがカンボジアに攻め込んだ事件があったわけだけれども、事前にそのことについての一つの予測といいましょうか、そういうことをつかまれたかどうか。もしそういうことを予測をなさったとするようならば、いつごろでしょうかということをお聞きしたいのです。
  158. 藤井治夫

    参考人藤井治夫君) 私の研究というのは主として巷間資料に基づくものであります。データそのものは通信、新聞等で公に流れてくるもの、これが基本であります。防衛庁へお願いしましても、先ほどの秘密の情報収集手段で獲得したような情報をいただけるということはございませんから。要するに問題は、全体的にそういうデータを分析し、合理的、科学的な結論、判断を下すというふうなことでございます。  それで、ベトナム、カンボジアの問題につきましては、たとえばベトナムというのが七五年のサイゴン解放以後、一体どうなっているかというふうなデータはたくさんございます。そういう中で、カンボジアとの関係はどうだというふうなこと、それから、基本的にいま社会主義国でありますから、その社会主義国における軍事思想、戦略、戦術あるいは軍事体制、これがどうなっているかということは、データは各種ございますが、その中で一応妥当と思われるようなものについては自分の判断で一応結論を出すことは可能です。そういうことでベトナム、カンボジア関係についても一応の判断というものは持っておりました。ただし、いつ、どういうふうになってやり始めるだろうかというふうなことについては、これは偵察衛星とかあるいは電子電波情報とか、こういうものを聞いておりませんし、だから、それはわからない。これは中越戦争の場合でもそうであります。客観的な状況はそうなっていきつつあると申しましても、最後のところはわかりません。
  159. 柳澤錬造

    ○柳澤錬造君 長谷川参考人にお聞きをいたしますが、憲法第九条があのように書かれておることは言わなくてもおわかりのとおりなんですが、あの憲法第九条も国の自衛権は否定はしていないのだという説が一般的に言われているわけですけれども、それはお認めになるのでしょうか、ならないのでしょうか。
  160. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 私の本には、九条によっても自衛権は否定されてはいないというふうに書いてあります。
  161. 柳澤錬造

    ○柳澤錬造君 そうすると、否定されていない自衛権という立場に立ったときに、わが国が持てる、わかりやすく言えば、自衛隊といいましょうか、そういうものはどの程度になるのか、それをお聞かせください。
  162. 長谷川正安

    参考人長谷川正安君) 第九条は自衛権を否定しておりませんけれども、第九条で言っている自衛権の意味内容が国際法の原則として言われている自衛権とは意味が違ってきているということは、また同じように私の本には書かれてあります。  というのは、自衛権という概念そのものが国際法自身においても十九世紀のころから二十世紀の今日、特に核兵器ができてくるようになりますと、国際法上の自衛権の概念も具体的な形で考えると大分変遷してきておると思うのですが、特に日本国憲法で認めている自衛権というのは国際法が認めている、すなわち急迫不正の侵害が国にあった場合に実力を行使して国を守るという意味での自衛権というものは、私は憲法はそのままの形では認めていないというふうに考えております。  すなわち、日本国憲法が認めている自衛権というのは第九条の第一項で認められておりますけれども、第二項では戦力を一切放棄することによって、権利として認められているものが現実には戦争という形では実行できなくなっているというのが、これは憲法制定当時、吉田内閣の国務大臣であった金森徳次郎氏が説明したとおり、私もそのように思っております。したがって、戦力によらない手段による自衛権の行使というものはいろいろな形が考えられる、そういうふうに私は考えております。
  163. 原文兵衛

    委員長原文兵衛君) 以上で参考人に対する質疑は終わりました。  参考人の皆さまに一言お礼を申し上げます。  本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお聞かせいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。  本日の調査はこの程度とし、これにて散会いたします。    午後四時二十三分散会