○
参考人(
井田恵子君) 御紹介いただきました
弁護士の
井田でございます。
私は、
実務に携わっているという
観点から今回の
改正案につきまして
意見を申し述べたいと存じます。
まず、
民法改正からでございますが、第一点の
配偶者の
相続分の引き上げについてでございます。私は今回の
改正案に
賛成でございます。
法案は、
相続人が
配偶者と
子供の場合、あるいは
配偶者と親等の直
糸尊属の場合、それから
兄弟姉妹の場合、いずれの場合につきましても
現行法より大幅に
相続分を引き上げようという
趣旨でございます。この
改正案につきましての
賛成の
理由はただいま
遠藤参考人がおっしゃいましたこととほぼ同様でございますが、若干重複すると存じますけれども、私の考えを述べたいと思います。
配偶者相続権というのは、戦後新
民法の大
改正が行われましたときの大きな柱でございました。しかし、
昭和二十年当時に比べまして考慮すべき
状況というのが大変変わっております。これは
核家族、まあ
家族構成が大変変わったということももちろん大きな
理由でございます。いわゆる
核家族化が進行してまいりました。それから
子供の数も非常に減っております。片や
平均寿命というものが大変に延びております。男性が約七十三歳、女性が八十歳近く、七十八・三三というような年齢になっている時代でございます。また、かつてのような
家族制度のもとでの家というものがございませんから、妻は婚家から守られるとかあるいは実家から守られるというようなことがございません。
で、扶養の構造も大きく変わりました。
子供に母親が扶養を期待すべきものでもございませんし、また
子供自身は自分たちの生活で手いっぱいでございますから現実的にも期待はできませんです。しかも、
相続財産の内容は、かつての
家産的なものよりも、結婚後
夫婦の
協力でつくられたというものが非常に多くなってきているわけでございます。
現行の
民法でいきますと、
配偶者の
相続分は、
子供が二人のときにちょうど
配偶者と同じになる。
子供が一人のときは
配偶者の
相続分は半分にすぎないというような
状況でございます。しかも、先ほど申しましたように
平均寿命が大変長くなっておりますから、父親が
死亡した時点で
子供は相当の年齢になっております。そういうときに起きる
相続、これを考えてみますと、
現行の
配偶者の地位というのは大変に低過ぎるんではないかと考えるわけでございます。
改正法案が
相続につきまして
夫婦というものを基本的な
家族の構成単位と考えて
配偶者の
相続分を引き上げるというふうに提案しましたことは、
配偶者の地位を尊重し、特にこれから高齢化
社会に入ってまいっているわけでございますけれども、夫が亡い後の妻の生活の安定というものにも大変寄与するであろう、こういう
観点から私は妥当な
改正案であろうと賛意を表する次第でございます。
ただ、問題になりますのは
兄弟姉妹の
相続権についてでございます。これはもちろんその代
襲相続も含めての問題でございますけれども、現在、都市におきましては、被
相続人の
家族が被
相続人の
兄弟姉妹と一緒に住んでいるとか、それからまた
兄弟姉妹が
遺産の維持、形成に関与している、寄与しているというようなことも大変に少なくなっております。特に
遺産が
夫婦だけで築かれた家が一軒あるというようなときに、
兄弟姉妹が
法律に
相続分がありますからということを盾にして
主張してくると、そこで大変に
配偶者との間でトラブルが起きるというケースが少なくないわけでございまして、そういう場合におきましては、夫の
兄弟姉妹に
相続権を認めるということは不合理でさえございます。しかし、都会だけではございません。地方などの場合にはまだ先祖伝来の
遺産というものももちろんありますし、それから
民法のこれは八百七十七条でございますけれども、
兄弟姉妹には直系血族と並んで扶養の義務が現在もございます。そういうような
観点からいたしますと、将来は
兄弟姉妹につきましてはこの扶養義務も解消していく、それからあわせてこの
相続分というものも解消していく方向に向かうべきではなかろうかというふうに考えておりますけれども、ただ現段階といたしましては、
兄弟姉妹には
遺留分がございませんので、そういう活用の余地もございますかち、現在は、現段階の過渡的
措置としては、この
法案で
相続分を
現行の三分の一から四分の一に減らして、しかも代
襲相続人はおい、めいどまりで切るという、こういう現実的な
措置、これは妥当なことではなかろうかというふうに考える次第でございます。
次に、
寄与分の規定の新設について
意見を申し述べたいと思います。
相続人の実質的な公平の見地から申しまして、
民法に
寄与分の規定を設けるということに
賛成でございます。特に被
相続人から生前遺贈を受けた場合、あるいは生計の資本としてすでに
財産をもらったりした特別受益者につきましては、
民法の九百三条で
相続の際にその分を減らすという
措置がございますのに、逆に、被
相続人の
遺産の維持、形成に貢献した人につきまして、それを考慮する規定がないということは、これは大変片手落ちではないかということが従前から言われてまいりました。実際上も本当にそういう不公平な事例というものはいっぱいございます。
家庭裁判所の審判におきましては
実務的に審判例の積み重ねで認めてきておりますけれども、それだけやはり現実に公平の
観点から救済しなければならない人があるという、そういう点から見ましても、これは明文の規定でやはりはっきりと掲げることがよかろうというふうに思うわけでございます。特に妻の場合でございますが、妻はその夫とともに、あるいは夫にかわりまして、家事、育児のほかに農業や自営業に長いこと従事していくという妻がいっぱいおります。また共働きをいたしまして、共同の
財産をつくるということも多いわけですけれども、現実にはその名義が夫のままになっていろということが非常に多うございます。したがいまして、こういうような場合ははっきりこの
寄与分の規定によりまして妻の権利を認めていくということが望ましいわけでございまして、現実のそういう
必要性の点からも私は
寄与分の規定の新設に
賛成でございます。
ただ、若干懸念されますことが一、二ございます。
まず、その
寄与分というのは、その観念自体が非常にあいまいなものでございます。本来被
相続人との間できちんと契約をしておく、たとえば農業なら父子契約を結んでおくとかあるいは自営業の場合でも報酬契約を結んでおくとか、あるいは
夫婦の間でも共働きで物を買ったならば共有にしておくとか、事前に防ぐといいますか、解決しておける問題もかなりあるわけでございます。できればその方が本当は望ましいわけで、なるべく
寄与分、
寄与分といって後に問題にならない方がいいにこしたことはございませんです。しかし、やはりこの規定が新設されますと、これに基づく権利
主張が多くなってくるであろうということが予想されます。これはやはり
家庭裁判所の紛争というものを増加させることにもつながってくるんではなかろうかと思うのでございます。
寄与分が問題になりますのは、これまでは多く農業とか商業、町工場などの自営業の場合でございますが、今回の
改正案では「被
相続人の療養看護その他の方法」による場合というのも入っております。この点いささか私は懸念するわけでございますけれども、この「療養看護」というのは一体どの程度までが通常の療養看護といいますか、扶養として
寄与分に当たらない場合であろうか。それからまた、この
寄与分の
主張ができるというのはどういう場合であろうかというその境目が、境界がちょっとはっきりしないように思うのでございます。この
法案では、「維持又は増加」に寄与したということと、それから「特別の」という文言が入っておりますので、普通の療養看護では入らないんであろうという、抽象的にはわかるんですけれども、しかし一体、長期でしかも重病でというような場合、それがどの程度までなら特別で、どの程度までは普通なのかという境目のあたりの判定に大変混乱が生じてくるんではないかという気がいたします。しかもこの規定を設けますと、何か感じとしまして親孝行の押し売りみたいな感じもしないではございませんです。できれば余り
寄与分と言わずに、これは
不当利得なり
事務管理なりの債権法的な
考え方で解決できるものはすべきであろうというふうに思うわけでございます。
また、扶養との関係につきましてもちょっと混乱が生じてくるんではないかと思います。これは御
趣旨を伺いますと、通常の扶養は入らないというふうに御説明でございます。一般の親子なんかの扶養についてはここに入らないんだと言っていますが、そこもまたいささか混乱が生じてくるところじゃなかろうかというふうな気がいたします。
それからもう
一つは、「被
相続人の
事業に関する」云々ということになっていますので、主に農業とか自営業でございますけれども、これもかつての家業の維持的なことになってまいりますと時代に逆行するようなことも考えられないではない。やはり適切な運用を期待しなければならない点であろうと思います。
なお、
寄与分につきまして一番問題になりますのは、先ほど
遠藤参考人がおっしゃいましたように、これを
主張できる
寄与分権利者の
範囲でございます。
法案は
相続人に限定しておりますが、
わが国の
実情からいたしますと、
相続人以外の者で被
相続人の
遺産の維持、増加に寄与した人というのは相当ございます。農業や自営業に携わってきた場合のいわゆる嫁でございます。それから
内縁の妻とか養子縁組み届けをしていない事実上の養子、特に農村なんかでは父や息子にかわって息子の奥さんが農地の耕作をしたり、また息子が亡くなった後も家に残っていて義父母の世話をするということがたくさんあるわけでございます。しかも今回の
改正案の中には、先ほど申しましたように「療養看護」ということが入っておりますので、特に息子の妻の寄与というものは見逃せないところではなかろうかと思うのでございます。
これは、全国
社会福祉協議会というところで、全
国民生
委員児童
委員協議会が
昭和五十二年に行った
調査「老人介護の実態」を見ましたところが、寝たきり老人の介護に当たっておりますのは、一番多いのはいわゆる嫁になっておりました。市区では嫁、婿が三五・五%、次いで
配偶者が三一・四%、
子供は二三・三%という結果でございます。さらに、町村では嫁、婿が四二・七%とふえております。
配偶者は三二・一%、
子供は一七%にすぎません。しかも、その介護者は介護のために勤めをやめる、あるいは休職にするとか、介護ができる勤めに変えるとか、介護しながら勤めるという、とにかく無理をすると。そのために過労で睡眠不足、いろいろと自覚症状が出ていて、そういう人が大部分でございます。生活上も勤めに出られないとか、外出できない、自分の時間が持てないと、いろんな影響があるわけでございますが、こういった介護者の持つ問題、これが多くいわゆる嫁という
立場にある女性の手で現実に行われている。こういうことで、今回
相続人の
範囲から外してしまうということに私は大変に疑問を感ずるわけでございます。
一体、息子の妻、いわゆる嫁が介護した場合に、今回の
改正案ではそれはどういうふうなことになるのかなということをちょっと考えてみたわけですけれども、その場合夫が寄与者として
請求ができるということになるんだろうか。その辺はちょっとはっきりしないわけでございます。で、夫がいない場合には絶対に
相続人でない嫁は受けられないということだけははっきりしております。そこで私は、この被
相続人の
遺産の維持、増加に寄与した
相続人に準ずる
立場にある人方についての
寄与分請求権を、せっかく
寄与分の規定を新設する際でございますから、ぜひその道を開くべきであろうというふうに思います。特にこれから高齢化
社会に入ってまいりますので、この問題は大きい問題ではなかろうかというふうに考えるわけであります。
なお、
改正案で分割の
基準に関する九百六条の
改正、
遺留分に関する規定の
改正につきましては
賛成でございます。
なお、この機会に私見を申しますと、
民法の
改正につきましては
遠藤先生がおっしゃいましたように、これは深く
夫婦財産制の問題と関連した問題でございますので、
相続の場合だけではなく、
夫婦財産制、特に離婚の際の
財産分与の規定の
改正というものが今後行われていくことを期待してやまないものでございます。
次に、
家事審判法の
改正について申し上げます。
民法とあわせて
家事審判法の
改正が行われることは、方向として大変妥当なことと
賛成いたします。特に、審判前の保全処分の
制度を設けまして、これに形成力、執行力を付与するという点は、これまでの不備を補って、より審判の実効性というものを高めるもので評価いたしております。ただ、調停中の保全処分について、この場合についても同様な執行力、形成力を職権あるいは申し立てで認めるべきではなかろうかというふうに考えるものでございます。ちょっと考えますと、調停の段階では当事者を刺激して互譲の
趣旨に欠けるのではないか。調停中にこういうような執行力だとか形成力というものを認めるとまずいんじゃなかろうかというふうな一見疑問も出てまいりますけれども、しかし、
わが国は、家事事件については調停前置というたてまえをとっております。必ず調停を経なければならないわけでございます。しかし、婚姻費用の分担の
請求あるいは扶養料の
請求といった事件では、多くは生活に大変困窮していて、きょうあすの生活にも困るというような人が申し立てる場合が相当多いわけでございます。これを調停が終了するまであるいは審判までということになってきますと、相当に時間もかかります。最近は離婚が大変ふえております反面、権利
意識というものも大変高まって、調停が大変長引いたり、困難であるということが多いわけでございますので、これは調停の段階において、仮に幾ら幾ら払えというようなことを命ずる、そういう保全の命令に執行力を持たしていただきたいというふうに考えるわけでございます。
今回の
改正で、過料の制裁につきまして、過料が上がると、こういうことになっておりますので、これは大変結構なことだというふうに考えますが、やはりこれは保全処分につきましても執行力、形成力を調停段階から付与されることを望むものでございます。
次に、十五条の三の
改正でございますが、審判前の保全処分につきまして民事訴訟法の規定を準用しておりまして、仮処分などには担保の供与、
保証ですね、これを命ずることができるわけでございますけれども、家事事件というものの性格から言いますと、
遺産分割などの場合は一応別といたしましても、
財産分与とか婚姻費用の分担とか扶養料の
請求、そういったものにつきまして仮処分、あるいは仮処分などを命ぜられました場合に、担保を提供するということは酷な場合が非常に多いわけでございます。特に妻の場合、
保証金がないばかりに
財産分与請求ができないでいるというケースが大変多いんでございます。したがいまして、原則として家事事件につきましては無担保として、しかし、特別な、特に必要を認める場合に限って担保の供与を命ずるというふうにすべきものではなかろうかというふうに考えるわけでございます。なお、過料の額の引き上げにつきましては、これは二十倍というぐらいの増額をうたってございますが、私は
家庭裁判所の機能というものを効果あらしめるために必要な
措置であろうと
賛成をいたします。
最後に、この
相続税法の
改正につきまして申し述べたいと思います。
今回、
相続法で
配偶者の
相続分が変わることに対応いたしまして
相続税法の一部
改正が上程されております。つまりこれは十九条の二の二号でございますが、これを
改正いたしまして、
配偶者が取得した
財産のうち
遺産額の二分の一までは
相続税を課さないというふうにしようという
改正案が提案されております。これは
配偶者相続権を実効あらしめるために多数の
配偶者にとりましては大変メリットのあることで結構なことだというふうに私は思います。けれども、
遺産の額を全く不問にしたことにつきましては疑問を抱く次第でございます。
配偶者の
相続分というものは、
遺産の形成、維持に対する生存
配偶者の
協力とか
生活保障というような意味がございますけれども、
配偶者の
協力、貢献というものは
相続財産の多い少ない——多いということと比例するものではございません。
財産があるほどむしろお手伝いさんを使うなどしまして、家事等についての
協力が逆に少ないという場合の方が普通でございます。また、
生活保障というような
観点から言いましても、うんと高額な資産家の場合には、その保障の
必要性というものは逆に少ないわけでございまして、そういう
観点から言いまして、理論的にも、この比例して全く
遺産の額を不問にして青天井にしたということにつきましては、私は問題だというふうに考えるわけでございます。
これにつきましては、また次の
相続が開始されるのでそのときでもいいじゃないかというふうに考える向きもございますけれども、やはりこの税制というのは富が過度に集中するということに対しては抑制するという働きが必要でございますし、またいわゆる不労所得というようなものは
社会に還元すべきものでございます。そして、担税力のある者は税金を納めるべきでございます。すべての場合に二分の一非課税ということにいたしますと、高額な資産家の
配偶者を不公平なまでに優遇してしまう、そういう結果を持つように思うのでございます。非課税の対象に私は最高限度を設けるべきであろうと考える次第でございます。その上で
配偶者の非課税の
措置は、
相続人が
配偶者と子の場合だけでなく、直系尊属、親との
相続あるいは
兄弟姉妹と
相続する場合につきましても、やはり法定
相続分に応じて非課税とする、そういう
措置がとられることが適切妥当ではなかろうかと考える次第でございます。
一応
意見を申し述べさせていただきました。