○水野公述人 私は、名古屋
大学の水野でございます。
ただいまから
昭和五十五年度
予算案につきまして
意見を述べたいと思います。
私の
意見は、次の三つの点について述べたいと思います。第一に、五十五年度
予算案の基本的性格とそれに対する評価、それから第二に、
税制改正の主要点とその評価、第三に、
財政再建のあり方に関する
意見、この三点について申し
上げたいと思います。
まず第一の五十五年度
予算案の基本的性格とその評価について述べます。
五十五年度
予算は、依然として厳しい
財政環境におきまして、
財政再建への
第一歩を踏み出そうとする決意のもとで、それに向けて多大の
努力を傾注したものであると言うことができます。このことは、次のような諸点においてうかがうことができると思います。
その
一つとして、五十四年度当初
予算と比べまして、国債発行予定額を一兆円減額いたしまして、
公債依存度を前年度当初の三九・六%から三三・五%に引き下げることにしております。また、特例
公債依存度も二七・一%から二二%に下げることにしております。これは、五十年度以降逐年
増加を続け、そのとどまるところを知らなかった国債発行に、六年ぶりでやっとブレーキがかかったということになりまして、額としては一兆円程度でありますが、その持つ
意味はきわめて大きいと考えられます。
第二に、このような国債発行の減額を、増税は小幅にとどめて、主として
歳出抑制で行っている点であります。すなわち、比較的順調な税の自然増の見込みに支えられまして、増税は三千二百六十億円の小幅にとどめ、もっぱら
歳出の
抑制によって
財政収支の改善を図ろうとしております。
一般会計予算の規模は、前年度当初
予算に対しまして一〇・三%増でありまして、国債費と地方
財政費を除いた
一般歳出の規模はわずか五・一%の伸びであります。これらは最近二十年間のうちで最も低い
伸び率であります。
一般会計の
予算規模と
一般歳出規模の
伸び率は、過去
昭和四十一年度から四十五年度間の平均は約一六・八%と一五・五%であります。また、四十六年度から五十三年度間の平均は二〇・一%と二〇%でありまして、これらと比べまして五十五年度の伸びがいかに低いものであるかということがわかるわけであります。
一般会計規模の
伸び率一〇・三%といいますのは、名目経済成長率の見込みの九・四%をやや上回っておりますが、
国民経済計算のベースでは、中央、地方を合わせた
政府支出の
伸び率は六・八%程度になります。
第三に、
歳出の
抑制につきましては、単に規模を
抑制するというだけではなくて、経費全般についての厳しい
見直しを行いまして、高度成長期におのずからつきましたぜい肉を落とすことに
努力されております。すなわち、
一般行政費の
抑制、
政策的経費の根底からの
見直し、補助金の整理合理化、国家公務員の定員総数の縮減、行政の整理簡素化の推進等を図っていることは大いに評価されるところであります。
第四に、それに関連しまして、受益者
負担、
所得制限の
適正化等による
歳出の節減合理化を図ろうとしております。具体的には、公共
料金、
社会保険料等の
適正化でありまして、これによって公正な費用
負担の確保に努めるとともに、
歳出の効率化を図ろうとする点であります。
第五に、公共事業
関係費の
伸び率をゼロにしたということは、
歳出抑制とともにフィスカルポリシーの転換を示すものと考えることができます。
第六に、
財政投融資計画におきましても、事業規模、貸付規模を
抑制することにしておりまして、前年度当初計画の八%増にとどめております。また、資金運用部資金による国債引き受けを二兆五千億円計上しております。これは前年度は一兆五千億であったわけでありますが、国債の円滑な消化を図ることにしております。これはまた、それだけ
財政投融資計画の規模を圧縮するということにもなっているわけであります。
五十五年度
予算は、結果だけから見ますと、
財政再建の
第一歩と呼ぶにはまだ多くの点で不満なものであります。しかし、昨年までの景気回復中心の
考え方から一変しまして、
財政再建に真剣に取り組もうとするものでありまして、それも
歳出面の徹底的な
見直しから着手していったものであります。高度成長期を通して肥大化してきました
財政に思い切ったメスを入れようとしたものとして、まことに画期的なものであると考えます。これについて
財政当局の御
努力に敬意を表するものであります。
第二の論点に入りたいと思います。第二は、
税制改正の主要点とその評価の問題であります。五十五年度
税制改正につきましての主要点とその評価は次のようであります。
第一に、五十五年度は
一般消費税の導入はしないで
財政再建の手だてを講ずるとされております。
税制調査会の五十四年度
税制改正に関する答申では、
一般消費税を実施すべきである旨の提言を行っておりますが、昨年秋の総選挙で示された強い拒否反応によりまして、五十五年度に
一般消費税を導入することは断念せざるを得なくなりました。幸いにもと申しますか、五十五年度は税の自然増に支えられまして、また
歳出抑制の強い
一般的要請によりまして、
一般消費税を導入せずに何とか
財政再建の
第一歩を踏み出すという
予算案が編成されることになったわけであります。これはやむを得ないと存じますが、
税制調査会の答申を受けながら、
一般消費税の導入に失敗したわけであります。
後で触れたいと思いますが、
財政再建のためには増税は不可避であると考えます。それもなるべく急ぐ必要があります。しかし他方、増税はだれしも好むものではありません。しかし、
国民経済的にどうしてもそれが必要とされるのであれば、
政府はそれだけの決意と勇断を持って取り組む必要があります。
国民の理解を得る前に、
政府・与党内での意思統一が不可欠であると思います。この点、遺憾に思う次第であります。
第二に、増税は小幅にとどめて、
歳出抑制に重点を置いた
予算になっております。これについては、私の考えとしては、もう少し増税幅を大きくし、その分だけ
予算規模も大きくした方が、五十五年度に予想されるかもしれない景気後退に対してはよかったのではないかとも考えます。特に法人税につきましては、二%程度の税率引き
上げをしてもよかったのではないかと考えます。しかし、この点につきましては、
政府案の基本方針はそれなりに
一つの行き方でありまして、それについて特に異論をはさむつもりはありません。
第三に、
税制改正のポイントは次のようであります。
その
一つは、不公平
税制の是正のために、利子配当
所得等について総合課税に移行するためにグリーンカード
制度を採用することにしました。また、
企業関係租税特別措置につきましては、大幅な整理合理化を行うことにしております。さらに、
給与所得控除につきまして、給与
収入一千万円を超える部分に
適用される控除率を現行の一〇%から五%に引き下げることにしております。また、
退職給与引当金につきましても、累積限度を二分の一から十分の四に引き下げることになりました。
その二といたしまして、
土地税制については、宅地供給の促進という見地から部分的な緩和が図られましたが、現行
制度の基本的枠組みは維持することとされております。
その三としまして、個人住民税につきまして、課税最低限の引き
上げを行うとともに、それによる減収に対処するための措置が講じられております。
その四としまして、その他電源開発促進税の税率引き
上げとか
事業所税の税率引き
上げがなされております。
これらについて若干コメントをいたしますと、まずグリーンカード制でありますが、これにつきましては、利子配当
所得についての本人確認と名寄せということが利子配当
所得の総合課税への移行のための不可欠の
課題でありますが、そのための有効な方法は納税者番号
制度であると考えております。しかし、これについては
国民の納得を得ることが困難であるとして、次善の策として考えられたのがグリーンカードシステムでありますが、これについてはその効果の面で問題なきにしもあらずと考えておりますが、十分な準備の上で実施することが望ましいと考えます。よくプライバシーが云々されますが、税の公平な執行との兼ね合いの問題でありまして、私は後者の方にウエートを置きたいと存じます。
第五に、第五と申しますのは
税制改正の主要点についてのコメントに関連する部分でありますが、
企業関係租税特別措置につきましては、これまでも
企業優遇
税制としまして、不公平
税制是正の見地からその整理合理化が言われてきたところでありますが、五十年度以降大幅に整理合理化が進められておりまして、今回では約八五%の整備が行われておりまして、不公平
税制の是正の見地からの
政策税制の整理合理化はおおむね一段落したものと見られております。また、この問題は
政策目的と税の公平との兼ね合いの問題でありまして、
政策的にどうしても必要なものまでも整理するということは妥当ではありません。
それから次に、
給与所得控除と
退職給与引当金につきましては、ほぼ妥当な改正であると考えております。
次に、
土地税制につきましては、これはなかなかむずかしい問題でありまして、容易にはっきりした結論が出せるものではありません。ただ、宅地供給の促進のために長期譲渡
所得課税の緩和を行いましたが、当然それと組み合わされるべき保有課税の強化がなされなかったことは不満とするところでありますが、一応現行
制度の枠組みが維持されたことについては評価するものであります。
それから、ついでに触れたいと思いますが、物価調整減税を実施すべきではないかという御
意見も見られますが、これについては、
財政再建のためにむしろ
所得税増税が必要とされるときでもありまして、物価調整減税でありましても減税は適当とは考えられません。また、
わが国の
所得税
負担は、主要外国と比べましてかなり低い方でありまして、減税を行う必要はないと考えております。
五十五年度
税制改正は、不公平
税制の是正という点ではかなり前進を示したものでありますが、基本的には五十五年度
予算の性格に対応したものとならざるを得ず、
財政再建のための
税制のあり方及び税体系の合理化という、より本格的な問題については、今後の
課題として残されることになりました。これにつきまして、
税制調査会で早急にこれらの重要な
課題に取り組まれることを要望する次第であります。
第三の
財政再建のあり方に関する
意見について述べたいと思います。
すでに申し
上げましたように、五十五年度
予算案は、
財政再建の
第一歩とするという
政府の決意と、
財政当局の並み並みならぬ御
努力が払われたものでありまして、その点大いに評価したいと存じます。しかし、この段階になりましても依然として明確な
財政再建の方途が示されないままであることについて、
財政再建の前途について多大の不安を抱くものであることを率直に申し
上げたいと思います。
そこで、
財政再建の問題について私の
考え方を述べたいと思います。
まず第一に、
財政再建の必要性でありますが、五十年度以降陥っております
財政赤字は、景気が十分に回復すればおのずと
解消するといった循環的
赤字の部分もありますが、その大きな部分は、
歳出の面か歳入の面で思い切った措置を講じなければ、仮に景気が十分に回復しても
解消し得ない構造的
赤字であると考えることができます。このような構造的
赤字を放置しておいて巨額の国債発行を続けますと、
財政の硬直化、
財政規律の弛緩による非効率化といった
財政上の問題のみならず、
国民経済的にも重大な弊害を生じます。この中で最も重視されなければならないのが、クラウディングアウトあるいはインフレの危険の問題であります。ここに
財政再建の必要性があるわけでありますが、景気回復に伴う需給ギャップの縮小によって生ずるインフレ要因の増大が間近なものになっていることを考えますと、これについては急ぐ必要があります。ゆっくりやっておりますと、大変なことになると思う次第であります。
幸いにして、最近広く
財政再建の必要性が認識されるようになりまして、それに異論をはさむ向きは少なくなったことはまことに喜ばしいことでありますが、それを急ぐ必要がある点についてはまだ認識が不十分でありまして、大分先のことであるように考えておられる方が多いのは残念であります。人々は多く、現に起こっている問題については真剣に心配してそれに取り組もうとしますが、たとえそれが近い将来であっても、起こるであろうと予想されるだけでは真剣にそれに立ち向かおうとはしないものであります。実際に問題が生じて初めて騒ぐものであります。しかし、それでは手おくれになる場合があります。
赤字財政が惹起するインフレ問題についてはまさにそうでありまして、インフレは一たん火がつけば容易に消すことができないもので、無理に消そうとすればドラスチックなデフレ
政策をとる必要がありまして、それを実行すれば、今度は経済を深刻な不況に陥れるということになります。すなわち、経済変動の振幅を大きくし、不安定性を増大させ、多大のロスを生ぜしめるものであります。
このことは、近い過去の三十七年からつい最近までの苦い経験で十分明らかであります。
赤字財政がこのような事態への導火線になることは、十分に可能性の高いことであります。すでに、一昨年来、卸売物価の急上昇が生じておりまして、徐徐に消費者物価へも波及しようとしております。これは、現在までのところ、主に
石油価格上昇と円安等の海外要因によるものであると見られますが、いつこれが
赤字財政を主因とする国内要因による需要インフレに結びつくかもしれません。このときのことを想像すると、まことに懐然たるものがあります。もちろん
金融政策で立ち向かうべきでありましょうが、それにも限界があり、
金融政策のみで抑えることができるかはなはだ疑問であります。仮に抑え込むことができたとしても、今度は深刻な不況という代償を払わなければなりません。このことを考えますと、
財政再建はゆっくりと取り組んでよいものではなく、拙速でもよいから急ぐ必要があると考えます。この点、どうも
一般的に認識が甘いのではないかと考える次第であります。
第二に、
財政再建の
目標でありますが、
財政収支の改善に
目標を置くべきだと思います。このため、二段階に分けまして、第一段階では、
昭和五十九年度に特例
公債発行をゼロにするようにしまして、第二段階では、さらに建設
公債の圧縮を図り、六十五年度ごろまでに
公債依存度を一けた台に、できれば五、六%程度に持っていくということを
目標にすべきだと考えます。建設
公債だから限度いっぱい発行してよいというものではありません。建設
公債発行といえ
ども財政赤字でありまして、資源配分の調整、
所得の再
分配、経済の安定化といった
財政の機能を十分発揮できるようにするには、
財政はできるだけ身軽であることが望ましいのであります。建設
公債容認の考えから脱却する必要があると考えます。
第三に、
財政再建の方法についてでありますが、
財政収支の改善のためには、
歳出面と歳入面の両面にわたってその構造的改善を図っていく必要があります。この両者はいわば車の両輪であります。
歳出面に触れないで、もっぱら増税に頼ろうとすることが適当でないのは当然で、それでは多数の
国民の納得を得ることはできません。この点で、今回の
予算案で厳しい
歳出抑制に取り組んだことは、まことに妥当なあり方であったと考えられます。しかし、あえて言えば、このあたりの見方について、
一般にかなり誤解があったようでありますので、一言触れておきたいと思います。
歳出抑制につきましては、今回の
予算案で突如として方向転換して打ち出されたものではなく、すでに五十四年度
予算から
財政再建の一環として
歳出抑制の方針が打ち出され、着々とその
努力がなされてきたところであります。
財政当局にかわって申しますならば、
歳出の方の
努力をしないで、もっぱら増税に頼ろうとしていたとする大方の受けとめ方はかなり誤解ではないかと思っております。このことは、五十四年度
予算、五十四年度の
財政収支試算及び
大蔵省のその後の
努力の跡を見ますと明らかなところであります。なぜもっとこれを
一般的にPRしないで、増税のみを印象づけるという拙劣なやり方をしたのか、理解に苦しむところであります。
ところで、
歳出抑制が
財政再建の重要な柱となるべきことは当然でありますが、非常に悪化した
財政状態から抜け出すには
歳出抑制だけでは無理であるし、また適当とも考えられませんので、どうしても増税がもう
一つの柱にならざるを得ません。
それは、
一つは、
国民の
福祉のために、
社会保障を初め公共サービスのある程度の水準の維持が必要でありまして、それをむやみにカットすることは、
福祉水準の低下をもたらすことになり、望ましいものではありません。
第二に、
財政規模の過大化は避けるべきでありますが、適正な規模を維持するということは必要であります。これは、さきに申しましたような資源配分及び
所得分配の観点から必要であるばかりでなく、適切なフィスカルポリシーという観点からも必要であります。よく小さな
政府へ戻れという主張を聞きますが、
政府は小さければ小さいほどよいといったものでもありません。
第三に、
財政再建に十分な期間をかけてよいというものであれば別でありますが、それが急がれるべきものだとしますと、
歳出抑制のみでは無理であります。
歳出抑制のためには、
制度、慣行の変革が必要でありまして、それは早急に可能なことではなく、そのための計画をつくったとしても、それが
歳出の節減に結びつくにはかなりの期間がかかります。これらの理由によりまして、増税はやむを得ないものであります。また、
財政再建のための適当な
一つの方法でもあります。
さて、増税が必要としまして、いかなる税によるべきかという問題になりますが、五十五年度導入が予定されておりました
一般消費税があのような結果になりましたので、改めてこの問題を
税制調査会で審議して早く具体案を出す必要があります。
私は
税制調査会の一員でありますが、
一般消費税の審議に加わった者としまして、
幾つかのすぐれた特徴を持つこの税が十分な審議もされずに多くの
国民の理解を得られないままに葬り去られようとしていることにつきまして、まことに釈然としないものを感じていることを率直に申し
上げたいと思います。
財政再建の
立場からもっと論議を尽くしてほしかったと存じます。今後も重要な選択肢として残すべきだというのが私の
意見であります。
第四に、
財政再建のためには早急に
財政再建計画を策定する必要があるという点であります。
財政再建を図っていくには、
財政再建の
目標とそれをいかなる方法でどのようなスケジュールで推進していくかの基本方針と、その具体策を明示した
財政再建計画を策定する必要があります。
政府は
財政再建を急務としながらも、いまだにそのような計画を
国民に提示していません。それを示さないままに
国民の理解と協力を求めようとしても、多くの人はそれをどう受けとめ、どう判断してよいかわからず、いたずらに混乱し無用の議論を惹起するばかりであります。
このような
財政再建計画の必要性というのは、第一に、何よりも
財政再建に関する
政府・与党の意思統一を図り、第二に、
財政再建の具体的方策についての議論を実りあるものとするとともに、広く
国民の理解と協力を求め、第三に、
財政再建の推進をより確実なものとするために必要と考えられるものであります。特に最後の点につきましては、現在でこそ景気回復が着実であるために
財政再建の方向に足並みをそろえているようでありますが、もし景気動向が怪しくなれば
財政再建は吹っ飛んでしまうかもしれません。もちろん、
財政再建を進める上におきまして、そのときどきの経済情勢に対する
配慮が必要なことは言うまでもありませんが、短期的景気動向によって大きく左右され、しばしば逆転すら起こるということがあってはならないと思います。きちんとした計画を持たなければそのような可能性は十分にあり、結局はインフレによる解決という最も避けるべき結末を迎えることになるおそれがあります。これまで経済計画とそれに基づく
財政収支試算がある程度その役割りを果たしてきたと考えられます。しかし、本格的
財政再建を進めていくにはそれではきわめて無力であるということは、これまでのいきさつが示すところであります。早急に
財政再建計画の策定を望むものであります。
これでもって私の公述は終わりたいと思います。御清聴ありがとうございました。(拍手)