○三浦(隆)
委員 ですから、北方領土返還ということで
国民の統一意識が成り立つときも、これでは本当に歯舞、色丹、国後、択捉の返還くらいまではどうやら
一つの意識統一ができるかもしれないということであって、それ以上のものに進むのが大変に弱いというか、そんなような
感じがいたします。
一六三五年、寛永十二年の松前藩を中心とする北海道、樺太の一部踏査あるいは一六四四年、正保元年における地図化、千島の記入問題、そうしたものを踏まえたことまでここで一々お話ししているゆとりを持ちませんが、少なくとも例の一八五四年、安政元年十二月二十一日の条約に基づいては、これはもう御承知のごとく樺太が日ソ共有の土地であったわけでして、一方的に
ソ連のものでもなければ
日本のものでもない、共有でしたね。そしてそのときは当然のごとく歯舞、色丹、国後、択捉は
わが国のものであったのですね。そういう認識で、たまたま一八七五年、明治八年の千島樺太交換条約のときに、
わが国は当時沖繩の所属の問題とこの樺太の所属の問題で、片や清国、片やロシアの両方から責められて、当時の新
政府は弱くて両国同時に
対応することができない、まさに
日本の弱さのゆえに樺太と千島を交換したわけですね。まさに全千島は、戦争によったわけでもなく脅迫によって取られたのでもなく、むしろ
日本が弱きがゆえに仕方なく交換させらわざるを得なくなったといういきさつがあるはずであります。ですから、その
時点では樺太は南は面こうのものになったけれ
ども、全千島は
日本のものであったということであります。その後、日露戦争の後のポーツマス条約やその他で南樺太が
日本のものとなって、そして日ソ不可侵条約までかどってきたのだと思います。ただ、それが御承知の
昭和二十一年四月まで条約の期限があったにもかかわらず、
わが国が一方的に踏みにじられて一まった。そしてまさに
わが国の領土が一方的に持っていかれているということだと思います。
こうした細かいことについてはここでは触れるのはやめますけれ
ども、先ほどの認識をお改めいただきたいのは、歯舞、色丹、国後だけではないのであって、この後の戦後の取り決めの中でも、第一次大戦後に
日本が軍国主義的に取得したのはいけないかもしれないけれ
ども、明治あるいは明治以前から
わが国であったり、明治になって
わが国が弱きがゆえに仕方なく交換させられた、その程度は最小限の主張なんだといういきさつぐらいは子供
たちに教科書の中で教えていくべきだというふうに私は思います。どっちつかずでただ未
解決では、どっちが正しい主張なのかわからないじゃないかということです。
いま領土問題を争おうとするときに、
日本国甲の心、小さい子供の心に、これは
日本が正しいのだ、にもかかわらずそうなっていかないのだ、残念だ、われわれの世代で返せないならば、みん汁が大きく育った世代のときに何とか返してほしい。国際
関係の交渉、国連
総会あるいは安保
理事会でも結構です。あるいはまた司法裁判所でも結構です。そういうふうなところで訴えられるような教科書へとひとつ変えていただきたいと思います。
そこで、今日の教科書ですが、たとえばここに五十二年二月現在の
調査があるわけです。小学校六年生の場合、大きな本屋さんからいろいろと本、が出されておりまして、六種類のものがございます。そこには「北方領土は
日本固有の領土である」という主張のものは
一つもございません。「北方領土は
ソ連の占領下にある」という主張のものもございません。「北方領土は
ソ連が領有している」という主張のものも
一つもございません。ただ、北方領土問題について、六つのうち
一つが地図で解説し、本文ではない脚注で記述、それからもう
一つが巻末、折り込みで記述をしているにすぎません。それから北方領土問題について「問題がある」とだけ記述しているものが六冊のうちのわずか二冊です。あるいは両国で「主張が食い違っている」とだけ記述したものが六冊のうち一冊です。あるいは「北方領土問題は未
解決である」それだけにとどめたものが六冊のうち四冊にすぎないということであります。ですから、先ほど私が繰り返したように、北方領土は
わが国のものなのだということが、これだけでは子供の心には浮かんでこないのだということであります。
次に、中学校の地理の分野では、さすがに少し進んでおります。代表的なものが八冊ほど出されておりますが、八冊のうち六冊が「北方領土は
日本固有の領土である」というふうに触れております。あるいはまた「北方領土は
ソ連の占領下にある」と触れたのが八種類の中に五種類ほどあります。ただし、そのほかの項目についてはこの地理の本でも一切触れていないというのが現状であります。
それから、中学校の
日本史などの歴史の分野では同じく八種類の代表的な本が出されているのですが、この歴史の課程では、こうしたいわゆる安政元年に結ばれた条約から以降の両国のそうした歴史的な展開については触れているところがほとんどないのです。ですから、北方領土は
日本の固有の領土だ、あるいは北方領土は
ソ連の占領下にある、あるいは北方領土は
ソ連が領有している云々というようなことは、歴史の中では
一つも述べられていないのです。ですから、ここでは、日ソ不可侵条約が
昭和二十一年四月まで期間があったのだけれ
ども、それ以前の段階、
昭和二十年の
わが国が最も弱いときに宣戦布告されて、以後持っていかれているのだということについての歴史的な記述なんというのは全く消え去ってしまっているということであります。
また、中学校の公民の分野というか、公民というのは
政治経済なりいろいろな種類がありますが、そこでも八種類ほどの代表的な本がありますが、北方領土を固有の領土であると本文の中で書いたものはただの一冊もないのです。わずか二冊が脚注で触れているにすぎません。そういうふうにして、これも大変不十分であります。
高等学校になりますと、高校の
政治経済の教科書がありますが、代表的なものが十四種類ほど出ております。ここでは、まことに残念ながら、北方領土は
日本固有の領土であるゼロ、北方領土は
ソ連の占領下にあるゼロ、北方領土は
ソ連が領有しているゼロ、北方領土問題を地図で解説しているゼロ、問題があるとだけ記述しているものについてもない。せいぜいあるのは、主張が食い違っていると述べたのが十四種類の中の二冊、それから北方領土問題は未
解決であると触れたのが十四種類の中の三冊というのが実情であります。
また、高校におきます
日本史の問題、ここにも十三種類ほどの代表的な本が出されているのですが、ほとんど同じような
状況にあるということです。さらにまた、高等学校における
世界史の中でも、北方領土は
日本固有の領土であると本文に触れたのはないし、脚注の中で二冊が触れているにすぎず、北方領土は
ソ連の占領下にある、北方領土は
ソ連が領有している云々というのは、以下全くなくなってしまっているということです。
それから、高校におきます地理のAとか地理のBというのがあるわけですが、地理のAは、代表的な本としましては九種類あります。あるいは地理のBとしましては、代表的なものとして十一冊ほど出ておりますが、この地理のAにしろBにしろ、触れているものはない。せいぜい北方領土問題は未
解決であると触れたのが地理のAの教科書においてわずかに二冊、Bにおいてわずかに三冊ということであります。
このように、これまでの、そして現在を踏まえた教科書の取り扱いというものはきわめて不十分そのものなのではないだろうかということです。これでは子供
たちの心の中に、北方領土は
日本の領土である、しかもそれを主張するのは
日本として正しいのだという
意思形成ができるわけはないではないかというふうに思います。教科書にそう書かすことができない――教科書は書く人によって自由でございましょうからできないとすれば、たまたまたとえば北海道教育
委員会の方では、北方領土に関します何冊かのすぐれた本をすでに出しております。私は厚い本をとまでは言いませんが、せめてこんな薄い本くらいでも
文部省としても全国の先生方にお配りして読ませて、学校の教科書でなくても、これからはゆとりある教育ということで課外のお暇な時間も出てくることでしょうから、そういう中で、せめて最小限度
日本の島々の存在を教えるものをおつくりいただきたいと
考えるのです。そういう
意味で、
文部省としてこうした北海道教育
委員会で出されております学校教育指導資料としての「北方領土」的なものをおつくりになる、あるいはそういうものをお配りしようとするお気持ちはないのでしょうか。