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1980-05-14 第91回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十五年五月十四日(水曜日)     午後一時三分開議  出席委員    委員長 河村  勝君    理事 越智 通雄君 理事 國場 幸昌君    理事 安井 吉典君 理事 玉城 栄一君    理事 部谷 孝之君       上草 義輝君    大城 眞順君       菊池福治郎君    佐藤 信二君       上原 康助君    佐藤  誼君       新村 源雄君    新井 彬之君       榊  利夫君  出席国務大臣         国 務 大 臣         (沖繩開発庁長         官)      小渕 恵三君  出席政府委員         防衛施設庁施設         部長      森山  武君         防衛施設庁労務         部長      伊藤 参午君         沖繩開発庁総務         局長      美野輪俊三君         沖繩開発庁振興         局長      海原 公輝君  委員外出席者         人事院事務総局         給与局次長   林  博男君         防衛施設庁施設         部連絡調整官  箭内慶次郎君         防衛施設庁施設         部施設取得第二         課長      久保 邑男君         科学技術庁原子         力安全局防災環         境対策室長   穂波  穰君         外務省北米局安         全保障課長   丹波  実君         厚生省医務局総         務課長     森  幸男君         厚生省医務局国         立療養所課長  寺松  尚君         厚生省援護局援         護課長     楠本 欣史君         農林水産省農蚕         園芸局果樹花き         課長      畑中 孝晴君         通商産業省貿易         局農水課長  古澤松之丞君         運輸省航空局管         制保安部管制課         長       末永  明君         労働大臣官房参         事官      田代  裕君         特別委員会第一         調査室長    綿貫 敏行君     ————————————— 委員の異動 五月十四日  辞任         補欠選任   芳賀  貢君     上原 康助君 同日  辞任         補欠選任   上原 康助君     芳賀  貢君     ————————————— 本日の会議に付した案件  沖繩問題に関する件      ————◇—————
  2. 河村勝

    河村委員長 これより会議を開きます。  沖繩及び北方問題に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大城眞順君。
  3. 大城眞順

    大城委員 私は、きょうの質問は特に援護法の問題についてお聞きいたしたいわけでございますけれども、具体的な質問に入る前に、沖繩戦争災害に対する開発庁そして厚生省の基本的な認識についてただしてみたいと思います。  御承知のように、沖繩は、過去の戦争一般県民だけでも九万四千人の犠牲者を出しておると言われております。国の施策でいろいろ援護法適用いたしまして戦争災害に対する手当てをやってまいったわけでございますけれども、いまだに約三万四、五千から四万人が救われてないということの認識をわれわれは持っております。こういった問題に関連いたしまして、いろいろな形の戦争災害者がおりまして、国、政府の方にいろいろと特別な援護措置お願いしてまいったわけでございますけれども、これがたまたま、そういったことを手当ていたしますと全国戦争犠牲者に広がっていくのだという声をよく耳にするわけであります。他県の方々もたくさんの犠牲者を出しておられますけれども、私は、唯一戦地として指定された沖繩は根本的に違うと思うのです。  私自体のことを申し上げて失礼でございますけれども、私は中学時代満十七歳にして、沖繩戦に突入いたしました。国の命令で、学生でありながら強制的に一つ星をつけられて、その名も鉄血勤皇隊として摩文仁ケ丘まで戦ってきた一人でございます。私の体はいまにつけ穴だらけであります。戦争を体験してみない人にはなかなか理解してもらえないというのが、もうあたりまえの話であるかもしれませんけれども、私は、沖繩県民は生きている者、死せる者、傷を受けた者、すべてが戦闘協力者であると思っておるわけでございます。  他県でありますならば、軍のごうを掘れ、あるいは弾を運べ、あるいは食糧を供出せよ、あるいは食糧を運べといっても、大人はそうしたような協力をしたかもしれませんけれども、それは、あの戦争に突入した沖繩では子供をほっぽらかして大人だけが戦闘協力するわけにはまいらないのであります。親子ともどもこれは生死の境をさまよったわけでございますので、運命一つであります。他県と違う。他県でしたら、戦争状態に入ってないわけですから、子供を祖母に預け、親戚に預けて幾らでも協力できる。沖繩の場合は違う。  こういった点をとらえまして一、二の例を申し上げますと、日本軍は、当時の売春婦、女郎はごうの中に自分らが一緒に囲っても、県民はごうから出ていけ、われわれ自体もそういった経験をしたわけであります・正規日本軍、いわゆる友軍、当時はそう言っていましたけれども、われわれ強制されて戦争に駆り出された学生、同じ一つ星をつけられたにもかかわらず、一番危険なところにわれわれは入れられる、そして安全なところは正規友軍が入っておる。いろいろな形でわれわれは地獄の中をさまよってきたわけであります。そういった中において、まだ救われてない約三万八千人と言われる戦争犠牲者というものがおる、こういったことを考える場合において、私は他県と沖繩戦争状態というものはおのずから変わってくる。  こういった沖繩戦争災害というものあるいは戦争状態というものを基本的にどう認識しておられるか、まず開発庁長官にお聞きいたしまして、それから厚生省の係の方に基本的なこの問題についてお聞きいたしたいと思います。
  4. 小渕恵三

    小渕国務大臣 委員みずから、過ぐる第二次世界大戦における太平洋戦争の中で、わが国における最も激しい戦いの行われた戦争参加された御体験をお持ちであり、そのお言葉は真実そのものと深く理解をしておるところでございます。  わが国の中でただ一つの激しい戦地としての地域であり、老若男女を問わずすべての県民が総力戦に参加をせざるを得なかった、その惨禍というものについては私も深く悲しむと同時に、その被害につきましても認識を深くいたしまして、それぞれの施策に対して、その思いを新たにいたしながら施策を進めておるつもりでございます。  大戦における厳しい戦火の中で大変御苦労された県民皆さんには、ひとしくわが国民一億すべてが十分深く理解をいたしまして、その後におきましても、国民全体が一つのコンセンサスを持って沖繩県の問題に対して対処いたしてきたと考えておりますし、今後とも、その認識のもとに諸施策を遂行いたしていくことは当然のことだと理解  いたしております。
  5. 大城眞順

    大城委員 この質問に対して、厚生省の御見解をお聞きしたいと思います。
  6. 楠本欣史

    楠本説明員 いまお答えがございました点、そういう沖繩実態を踏まえて、従前より援護法を所管しております私どもとしても遺漏のないようにやってきたつもりでございますし、今後もそういうふうにやっていきたいと考えております。具体的には戦闘参加者の問題についてだと思いますので、そういった点についてもやってまいりたいと思います。
  7. 大城眞順

    大城委員 国民の大変な努力によりまして、戦後灰じんの中から、わが日本経済大国と言われるまでに成長いたしました。大変ありがたいことではございますけれども、顔を洗ってきれいにしておっても、まだしりぬぐいがされていないこういった戦後処理があることを考えた場合に、われわれ戦闘に引きずり出された者の一人といたしまして、私はこれからの質問を、あの悪夢のような戦争状態を描き、そして、特に私ごとではございますけれども自分のクラス七十有余名戦闘参加して、たった四名しか生き残っていない一人といたしまして、その英霊思いをいたしながら質問していきたいと思いますので、ひとつ真剣にお答えを願いたいと思うのであります。  それでは、具体的に質問に入ります。  先ほど申しましたように、九万四千と言われる犠牲者の中で、おかげさまで五万六千が処理済みに相なっておるわけでございます。これをプラスマイナスいたしますと、三万八千がまだ未申告であり、取り残されておるのじゃないかと考えておるのが沖繩関係者当局でございます。沖繩遺族連合会お話によりますとこれは終了されたというようなかっこうに相なっておりますけれども、どうもおかしいということで、先般橋本厚生大臣のときに、私は遺族連合会会長をお供してこの問題をお尋ねいたしましたところ、そんなことはあり得ない、これは続行しているのだということでございまして、早速援護局長から県に電話を入れてもらい、いろいろと問題の進展を見たと私は思っておりますけれども、これについてのその後の経過はどういうふうになっておりますか。簡単でよろしゅうございますからひとつ御説明を願いたいと思います。
  8. 楠本欣史

    楠本説明員 いまの窓を閉じたんではないかという誤解、疑念、こういった向きの御質問でございますけれども、いま先生の御質問にありましたとおりでございまして、私ども窓を閉じたというようなことは現在全くございません。しかもそのことを県にも確認しておりますので、その旨御了承いただければと思います。
  9. 大城眞順

    大城委員 これはぜひ後追いしていただきまして、県のその作業の進捗状況を見きわめながら、督励をしていただければ幸いだと思います。  それから、当時六歳未満子供たちが、まだ援護法適用あるいはその他の援護特別措置を受けていないままに経過いたしております。六歳以下であったがゆえに、片目はつぶれ、足はなくなり、いまだに頭のてっぺんで破片がむくむくとして動いているような状況、そして、体じゅう穴だらけの中からまだうみが出通しだという、当時六歳以下の救われない方々がたくさんおられます。この方々は、身体障害者手帳の交付を受けに行きましても、身体障害者でもないということもたまたまあるわけでありまして、踏んだりけったりの状況にある。自分の田畑を売り、財産を売り払いながら、いろいろ手当て療養をしてまいりましたけれども、嫁にも行けないあるいは嫁ももらえない、仕事にもつけない、そして、戦争を恨むというよりも、三十数年過ぎた今日、世間から不具者だと言われないために、みずから世を避けて、畑の片すみに掘っ立て小屋をつくって、世間の目を避けて暮らしておる人も多々あるわけであります。  なぜ、どういうプロセスを経て六歳以上とそれ以下とに分けた形の援護措置がなされてきたのか、法的な問題があるのか、あるいは行政上そういうふうになったとするならば、どういったプロセスを経てそうなったのか。戦争でございますので弾は六歳以上の人しか追っかけないという理屈はないはずであります。  先ほど申し上げましたように、おなかの中にいる赤ちゃんにしても、母親と父親あるいは兄弟運命共同体であります。それこそ、それ以上の戦闘協力者者はないと私は思います。本当に涙なくしては語れない状況にある方々がたくさんおられる。それを思うときに、私自身泣いても泣いても気持ちの晴れない気持ちがいたすわけでございますけれども、どういう形でそうなったのか、そのいきさつを簡単にお聞かせ願えれば幸いだと思います。よろしくお願いします。
  10. 楠本欣史

    楠本説明員 簡単に経過を御説明いたします。  六歳未満方々に対する援護法適用の問題でございますけれども、これは御承知のとおり、援護法上は、軍人軍属のほか準軍属といった方々がございます。そして、その中に戦闘参加者という、法律にもはっきり「戦闘参加者」とございますけれども、こういう方々がございます。  六歳以上ということに現在なっているのはどういう理由かということでございますが、これは一つ認定の目安ということで、それをいままで運用上考えてきた。それで、理由は当時の模様といったものをいろいろ考えて、また究明した際、学齢以下の方々について、軍が具体的に要請した、たとえば中学生以上といった方々だと要請したということも大いに考えられるし、また事実あった。しかし、六歳未満という場合果たして軍が要請するだろうかというようないろいろな観点、その他の事情もございますから、一応原則的には六歳以上ということでやってきておるわけでございます。
  11. 大城眞順

    大城委員 先般、厚生大臣の口から、この件につきましては前向きに検討していきたいということを承りまして、また、私自体大臣に親しくお会いいたしまして詰めましたところ、早速調査をし、審査基準をつくりまして、できるだけ早い機会にこういった方々も救っていきたいというようなことを聞いて、厚生省の御努力に対して大変感謝を申し上げている次第でございますけれども、私は過去の皆さん考え方は間違っておると断定してもいいと思います。  ごうの中で赤ちゃんが泣くので、やかましいから敵に知られるからといって、軍隊は口をふさいで殺してしまう、あるいはまた、泣いたら敵に知れるからおまえら出ていけと言って、ごうから出ると同時に弾丸で死んでしまう、それ以上の戦闘協力がありますか。だから、何も知らない赤ちゃんであれ何であれ、軍人以上の戦闘協力者だと認めてもいいのじゃないか。そこに他県と沖繩県の違いがある。この認識が当初に欠けておったんじゃないかということで、先ほどから指摘してまいったわけでございます。  それで、おかげさまで何とか目鼻がついているようなかっこうで安堵いたしておりますけれども、これからの六歳以下の処遇についてのプロセスと申しましょうか、手続について簡単に御説明願えれば幸いだと思います。
  12. 楠本欣史

    楠本説明員 戦闘参加という概念、これに参加したという内容として、その方の主観面あるいは客観面で評価し得る場合もあり、いろんな要素、こういったものの評価が絡み合って、どう結論として見、そして戦闘参加者と考えるかということだと思います。したがいまして、御質問の趣旨に沿いまして、ぜひもう一回、沖繩特殊事情を踏まえ、法に言う「戦闘参加者」と評価されるものにつきましては、遺漏なく処遇されるよう検討し、措置してまいりたいと考えております。
  13. 大城眞順

    大城委員 ぜひ早急な手当てお願いいたします。  次に、沖繩では一家全滅ということは珍しくないことでございまして、沖繩百万県民が全遺族と言っても決して過言ではない状況でございます。もちろん他県も同じでございますけれども沖繩祖先崇拝が非常に、いろいろな行事の上で盛んであり深いところでございますけれども、全滅した場合において三親等以外の方々がお祭りをしてやっているようなところもあるわけでございまして、こういった三親等親族にはすべて特別慰労金なるものを支給すべきではないか。たまたま家族が全部死んだために、そういったものまでくれないということになりますと、この死んだという事実は同じでございまして、兄弟がおったか親がおったかというだけの話でございまして、やはり親族までわたってこの特別慰労金を支給すべきではないか。こういうように考えますが、いかがなものでしょうか。
  14. 楠本欣史

    楠本説明員 現在特別弔慰金支給法によりまして、遺族年金とは別に、国の弔慰をあらわすための特別弔慰金という制度がございまして、この支給対象者といたしましては、現在その範囲を拡大いたしておりまして、戦没者の三親等に当たる親族、すなわちおじ、おば、こういった方々でございますけれども、この方々に対しましては、戦没者との間に生計関係があればこれを対象として処遇しておるところでございます。したがいまして、沖繩におきましては、御指摘のように大家族というような実態もこれ多々見られるところでございます。したがいまして、そういった実態を考慮し、また現に法事を行っているというような事情があればそれも考慮しつつ、生計関係認定に当たっては遺漏のないよう十分配慮をしてまいりたいと考えております。
  15. 大城眞順

    大城委員 次に、開発庁にお伺いいたしたいわけでございますけれども対馬丸遺族処遇に対する問題でございます。  昭和五十二年の十月一日より、対馬丸遭難学童の父母あるいは祖父母に対し、特別支出金といたしまして遺族給与金半額が毎年支給されておりまして、関係者方々感謝を申し上げておるところでございますけれども、現給の遺族支出金をどうしてもふやしていただきたいということでございます。そのもとになる遺族給与金は、当初遺族年金半額であったわけでございます。御承知のとおりであります。それから十分の六になり、十分の七になり、そして現在は全く同じ、十分の十までいっておるわけでございます。したがいまして、そのいきさつ、流れからいたしまして、対馬丸事件遺族方々にもそれ相応の引き上げをしていただいてはどうかということでございます。  特に対馬丸で遭難した当時の子供たちというものは、これこそ国策と申しましょうか、国の命令によって他県に疎開をさせられたわけでございまして、沖繩の陸で死んだ者以上に、むしろ戦闘協力者ではないかということが理論的には言えるのじゃないかと私は思うのです。それが、ほかの援護法適用された方々との差がまだあるようでございまして、特に六十歳から七十歳までのこの遺族方々は、わずかにもう一八%しか残っておりません。あとの八二%はもう七十歳以上なんです。どんどん他界していかれるわけなんです。そういったことも勘案した場合に、こういった遺族方々を少しでもより多く慰めてもらいたいということでございます。この対馬丸遺族に対する特別支給金についてもう少し御考慮願えないかということでございますけれども開発庁の御所見を賜りたいと思います。
  16. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 お答えいたします。  対馬丸遭難学童につきましては、先生十分御案内のとおり、国との雇用関係等々の問題がございまして、戦傷病者戦没者等遺族援護法等適用が受けられないという問題がございます。しかしながら、先生から先ほど来お話がございましたように、戦場と化しました沖繩におきまして、軍事政策協力をするというような形で死没したという、非常に特別の事情のある者でございます。そういった特別の事情等々を総合的に勘案をいたしまして、国としての弔慰の意をあらわすということで、実質的な措置といたしまして、先生ただいま御指摘のとおり援護法遺族給与金の二分の一を支給する、こういう手当てをいたしたわけでございます。  支給率をもっと増率する、率を上げてほしい、こういう御指摘でございますが、ただいま申し上げましたとおり、援護法の準軍属とは異なるということもございまして、それと同じに扱うということについてはなかなかの困難があろうかと考えます。ただ、遺族特別支出金の額につきましては、遺族給与金の額の改定等がございますと、それとあわせまして改定措置をとっていくというような考え方で、私たちこの問題に臨んでおるわけでございます。
  17. 大城眞順

    大城委員 皆さん事務段階としてはそういった形でしか御答弁できないということは、私も重々理解をいたしておりますけれども、先ほど来申し上げますように、戦後三十五年たちましたけれども、もう一遍、沖繩が国で唯一戦地として指定されたという原点から、一体あの戦災とは何なのか、戦闘協力者というのは何なのかというデフィニションと申しましょうか、クライテリアと申しましょうか、そういったものをもう一回考えてみる必要があるのではないか。そうしない限り、顔を洗って経済大国になりましても、しりはまだふいてないという、全く恥ずかしい日本と言わざるを得ないわけなんです。この際、私は心からお願いをしたい。この点をひとつ政治的にもう少し前進させていただかないと、英霊は浮かばれないと私は思いますので、改めてお願いをいたす次第でございます。  次に、ハンセン氏病の問題でございますけれども、毎年ハンセン氏病の全国組織大会等いろいろございます。沖繩二つ施設がございますけれども、いつまでたっても本土並みにならない。医者定数はあるけれどもいつも定数に足らないんだ、施設も悪いんだというようなことがございます。一体沖繩二つ施設本土並みになっているのかどうか、簡単にお願いします。なっている、なっていないで結構です。
  18. 寺松尚

    寺松説明員 お答えいたします。  全国レベル沖繩の二カ所の施設がどれぐらい差があるかというようなお話でありますが、実は先般厚生大臣愛楽園を視察されましたときに、私も同道いたしましたが、施設といたしましてはやはり全国的なレベルにほぼ近いのではないかというふうに私ども考えております。  ただ、先ほど先生も御指摘ございましたけれども施設医者確保がなかなかむずかしいということでございます。御承知のように沖繩の二カ所の施設医師の定員は十人でございますが、いま二人欠員がございます。この欠員確保のために私どもいままでも努力してまいりましたが、今後も鋭意努力してまいりたいと存じております。また、その医師不足の解消のために施設間の相協力援助等もいまいろいろと推進いたしておるところでございます。
  19. 大城眞順

    大城委員 時間が来ましたので締めくくりたいと思います。  沖繩らい療養所施設内容すべての点において、本土平均までいってないということは明らかであります。それは全国ハンセン病患者協議会、あるいはまたそういった療養所を持つところの市町村長会ですか、組織がありますけれども、やはり絶えず沖繩のことが一項目になっておる。早く本土並みにしてくれ、これは本土並みになっていない証拠なんです。そういったことで、細かいことは申し上げませんけれども、ひとつ鋭意努力お願いいたしたいと思います。  次に、パインの問題を質問するつもりでございましたけれども、農林省からわざわざいらしていただいて、時間切れではなはだ申しわけないのでございますけれども、次の機会にやりたいと思いますのでよろしくお願いいたしたいと思います。  以上で、質問を終わります。
  20. 河村勝

  21. 上原康助

    上原委員 明五月十五日は、沖繩施政権本土に返還されて満八年目を迎えます。そういう復帰記念といいますか、復帰の重要な節目に当たる段階で本委員会が持たれるというのは、大変意義ある感じがしますし、委員長がそういうお取り計らいをしたことにまず敬意を表したいと思います。  そこできょうは、一時間ちょっとの時間ですが、主に沖繩の問題にしぼってお尋ねをさしていただきたいと存じます。  冒頭申し上げましたように、復帰していよいよ九年目に入るわけですが、沖繩の現状というのは相変わらず失業率が非常に高い。常に言われておりますように全国平均の約三倍。さらに、脆弱な産業基盤の上に、これもたびたび指摘されておりますように全国の五三%を占める米軍基地が存在をしている。加えて、その米軍基地あるいは自衛隊基地を含めて政府の手によって年々質的な強化がなされ、各種の軍事演習も相変わらず繰り返されて、県民に多くの犠牲や不安を与えている実情であります。  そこで、この復帰後八年の間、この種の沖繩の抱える矛盾をどのように打開して、本当に県民が落ちついたあるいはゆとりのある生活ができるようになるかを真剣に追求をして、私どももやってきたつもりです。しかし、前述しましたように、残念ながらその目標に到達することはほど遠く、復帰九年目に入った段階での前途も非常に険しいと見なければならないと思うのですね。八〇年代、日本全体も大変ですが、沖繩の将来というのも、なかなか県民の期待をしている方向に進んでいないと言えるかと思うのです。  そういうことも一応振り返りながら考えてみますと、この八年間の沖繩の経済開発あるいは県民生活の向上といいますか、あるいは豊かな環境づくり、平和な環境づくりというものの一定の指針となってきたのは、何といっても沖繩振興開発計画だったと言えると思うのですね。  御承知のように、一次振興開発計画もあと二カ年足らずで最終段階を迎えようとしておりますし、締めくくりの段階に入ったと言ってもいいと思うのです。すでに政府も県もその総点検に着手をしておられるようですが、目下一般的に言われていることは、一次振興開発計画で立てた目標がどうしてもこの十年間に達成できない。フレームで言うと人口の目標だけが達成をされて、県民所得にしてもその他の面についてもほとんどおぼつかないというのが現状じゃないかという感じがします。もちろん部分的には相当進展をしたことも否定はいたしません。  そういう観点から考えてみますと、政府も県もあるいは沖繩の各種団体も含めて、やはり二次振計は必要だという前提に立って、いまあらゆる政治、行政、経済というものをやろうという立場に立っていると私は判断をしているわけですが、政府はこの件についてはどのようにお考えになっておられて、どういうことを現在はやっておられて、また一次振が期限切れになった段階で、どういう新たな沖繩施策というものを講じようとなさるのか。そこいらの基本的な所見について、まず大臣からお答えをいただきたいと思うのです。
  22. 小渕恵三

    小渕国務大臣 お話のように、明五月十五日復帰九年目を迎えるわけであります。  振り返って、この間、復帰以降一日も早く他府県並みの状況に達しようということで振興計画を打ち立てて、県民の自主的な努力政府を初めとする諸機関の努力によりまして、徐々にその成果を見ておることは事実だろうと思います。  しかしながら、御指摘のありましたようにすべての点で目標が達せられつつあるかと申し上げれば、まだ残念ながら到達度が進捗をしておらない諸点もあることも事実でございます。  したがいまして、政府としては、残された十カ年計画の中で全力を挙げて、それぞれの目標達成のために最善の努力を積み重ねていくというのが現時点における私どもの基本的な姿勢でございます。  そこで、お尋ねの二次振計ということでございますが、基本的に、この特別措置というものは、いずれにしても、ある定められた期間の中で目標設定をして、それが達成をされることが望ましいことでありまして、その暁におきましては特別措置を外していくというのが筋道だろうと思います。  しかしながら、申し上げましたように、それぞれの諸点がいかなる状況になっておるかということを精査いたしてみますれば、現時点においてはまだ不十分な点もあろうかと思います。したがいまして、政府としては、現在までにおけるそれぞれの施策の到達度というものも十分踏まえながら、この成果を数字である程度理解をできるようにいたしていくことと、また、県民を初めとしてそれぞれの方々の意識、社会状況というものも踏まえながらいかなければならないというふうに私ども考えております。  県あるいは民間等におきまして、すでに次のステップに向かって施策を講ずべきだという県民の中におけるお考えの存することについては、政府としても十分承知をいたしておるところでございますが、政府としては、いま申し上げたような基本的な姿勢に基づきまして、いま対処いたしておるところでございます。
  23. 上原康助

    上原委員 従来から、開発庁長官は、残された期間に最善の努力を払っていくと言われておるが、これは当然だと思うのですね、二年は切っておりますが、まだ一年ちょっとあるわけですから。しかし、いまもおっしゃいましたように、この当初計画が、石油ショックあるいは海洋博後の経済の落ち込み等々があって、なかなか思うようにはかどっていない。そうであれば、特別な期間における特別の措置をする計画であったにしても、政府が口ぐせのように言われてきた本土との格差是正さえおぼつかないわけですよ。私たちは、当初から、単なる格差是正論ではだめなんだ、それも一つの目標かもしれないけれども、やはり格差是正ではだめなんだというのがわれわれのそもそもの考え方であったわけですが、それさえも十分できない。そういたしますと、当然二次振計を考えなければいかぬということは常識的に結論づけられると思うのですね。しかし、それも含めて御検討をするというようにも受け取れる御発言でした。  そこで、従来から私もしばしば申し上げておりますように、政府のこの八年間やってこられたことが、すべて沖繩の振興開発あるいは県民生活の向上につながっていないというとらえ方はしていないわけです。相当部門において前進をしておることはわれわれも認めるにやぶさかでないわけですね。しかし、問題は、単なる格差是正論でもいけませんし、従来のように、たとえば海洋博プロジェクトをやるとか、あるいはまた六十二年に国民体育祭を持っていくとか、そういった国策的お祭りと結びつけた沖繩の振興開発ということは、私は必ずしも沖繩県内の格差のバランスの是正、あるいは県民全体にひとしい振興開発、財政投資になっていかないという指摘ができると思うのですよね。そこいらは十分踏まえるべきじゃないのかということが一つです。  もう一つ一番大事なことは、これから二次振計の場合の理念づけをどうしていくかということだと思うのですよ。確かに、この一次振興開発計画を見ましても、たとえば道路とか港湾とか空港とか、一定限度の農業基盤整備の問題とか、言うところの社会資本の整備については相当急ピッチになされてきていることは事実なんですね。これは一次振計でどの程度の目標達成になるのかお答えいただきたいのですが、その反面、どうしてこういうものが進んだかというと、やはりさっき申し上げた海洋博等の大型プロジェクトがあったということと、わりかしこういうハードの面については国の財政措置にしても高率の補助を出しておりますね。しかし反面、医療とか福祉施設、都市公園など、いわゆる県民生活、環境整備の面については大きく立ちおくれている。これはある面では予算も非常にとりにくい。こういう欠落といいますか欠陥があったがゆえに、おくれている部分はますます格差が是正をされない、うまくいかない、進んだ方はどんどん進んでいくという、逆のアンバランスが出てきたのじゃないのか。こういう面については、これまでの振興開発計画を進めてこられた関係で、政府としてはどういうふうに御認識しておられるのか、またどういう御見解を持っているのか、ひとつお答えをいただきたいと思うのです。
  24. 海原公輝

    ○海原政府委員 一次振計の掲げました目標と実績との関係についてのお尋ねでございますが、まず、ほぼ本土との格差を解消しているものといたしましては、国道、県道、市町村道あるいは下水道、上水道、教育施設等々が挙げられるかと思います。その反面、まだ格差が解消していないものにつきましては、先生指摘のような公園であるとか、教育施設では、屋内体育館なんというのは本土以上に進んでおりますが、たとえば個別に拾えば、小中高等学校のプールとかあるいは医療施設などがおくれた分野かと思います。そのほか、屎尿処理施設というようなものもおくれた分野にあろうかと思います。  おくれた理由という観点で若干申し上げますと、屎尿処理施設につきましては、やはり用地の問題等の実行上の問題があろうかと思います。それから医療施設につきましては、施設それ自体といたしましては、中核病院の整備ということで病床数は非常にふえてはおります。ふえてはおりますが、まだ現状では至っていないということは言えます。同時に、先ほどもちょっとお話が出ましたように、医療の問題は医師確保という問題が介在しているという点を申し上げておきたいと思います。  以上でございます。
  25. 上原康助

    上原委員 そこで、ある程度一般的にも言われてきたことですが、この十年の振興開発計画をながめてみてといいますか、過去のものも検証してみて、いまもお答えがありましたように、どういう部門がおくれて、どういう部門がある程度進んで、何を次の段階で手だてしなければいけないかという答えはそろそろ出つつあると思うのですね。われわれもそう見ているわけです。  そこで、県側もすでに二次振に向けての検討作業に入っているようであります。八月段階まで第一次案を決めて、遅くとも十月あるいは十二月までには審議会に提起できるような成案を得たいというふうに言っておるようであります。開発庁も第二次計画の策定に向けての検討作業に、せんだって私がお尋ねしたときも、総務局長でしたか、着手をする、またしているというお答えがあったのですが、その進捗状況はどうなっているのか。  同時に、開発庁と県側から出される計画案をどう調整していくかということも一つの大きな問題だと思うのですね。これまでの開発庁政府の姿勢というものは、当然のことではありますが、県側から出される計画案を尊重する立場をとりたいということをおっしゃってきたわけですが、幾ら西銘県政だって、必ずしもすべてが一致するというふうに私たち見ていないのですね。不一致点がある場合には一体どうするのか。計画なり作業を進める段階での相互調整といいますかそういう面は十分やらなければいけないと思うのですが、この点については政府はどのようにお考えになっておられるのか。  そして、それらを総合して言えることは、今後の施策の基本理念をどう位置づけるかということだと思うのです。今後の国の財政事情なりあるいは一次振で進めてきたいろいろなことを振り返ってみて私たちが感ずることは、沖繩の立地条件というものをどうもっと活用していくかということに、より着目をしなければいけないのじゃないかということなんですね。ここいらについては政府の方ではどのようにお考えなのか。  御承知のように、第一次振興開発計画というのは高度経済成長のピーク時に立てられたがゆえに、産業構造にしましても、かなり二次産業を引き上げるということだけれども、引き上がっていませんね。また、これからも水資源その他の関係でそういう方向に行くとは期待しがたい。そうしますと、沖繩の立地条件をどう生かすかということにもっと工夫をこらさなければいけない点は否定できないと思うのですね。だから二次振興計画を立てるとするならば、その理念づけ、思想づけ、位置づけというものを、ある意味ではちょっと表現を変えると、八〇年代というか、これからの沖繩振興、沖繩県民生活というものを本当に県民本位の方向にリードしていくための位置づけといいますか、哲学といいますか、そういうものを明らかにした上でないと、またまた一次振の二の舞を踏襲していく危険性なきにしもあらずと私は思うのですね。そこいらはどのようにお考えなのか、ひとつ聞かしていただきたいと思うのです。
  26. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 お答えいたします。  大きく分けまして三点ほどの御質疑であったかと思いますが、第一の、現在の検討状況がどうなっておるかという点でございます。これは、私どもといたしまして、まず今後の沖繩施策のあり方を考える場合に一体全体現状がどうなっておるか、そこにどういう問題点がひそんでおるか、また今後の課題としてまずどういうことが考えられるか、これは先ほど来振興局長からの答弁にもございましたように、非常に大まかな大きい項目というようなところではわかっているわけでございます。これをしさいに見ていきますと、かなり進展していると思われるような事業の中で、意外におくれている部分があるというような点が多々ございます。一般的に、学校施設ということになりますと整備はかなり進んでおるというふうに見られております。また、私どももそう自負しておりますけれども、水との絡みもあるでしょうけれども、たとえばプール等は非常に整備がおくれておる。これをもっとしさいに見てまいりますと、非常に多くの面で問題あるいは今後の課題が摘示されてくるというようなこともございます。そういったこともございまして、私どもその辺のところの検討を十分しておかないと今後のスケジュールがなかなかスムーズにいかないのではなかろうか、こういう基本的な考え方に立ちまして、現在その現状の分析、課題等の摘示を行っておる段階でございます。  これが私ども開発庁本庁における状況でございまして、そのほか、審議会といたしまして沖繩振興開発審議会がございます。そこにおきましては、総合部会におきましてこの問題を取り上げ検討すべきこととされまして、最近その総合部会におきまして専門委員会の設置を決定したというような状況が現在の段階でございます。  それから今後、将来の問題といたしまして、県の方においても種々作業をやっており、それとの調整といいますか意見のすり合わせといいますか、その辺を基本的にどう考えていくのかというお尋ねでございます。  これはもちろん将来のことでございまして、いまなかなかお話し申し上げられる段階ではないかと思います。私どもといたしましては、むしろ県の方におきましても相当じみちな積み上げの検討を行っておるというふうに承知しております。そういったことで、基本的に、大きなそごのない計画が必要であればでき上がるということが期待されるわけでございまして、私ども、基本的なスタンスはどうかということになれば、この問題につきましては、従前からもお答えいたしておりますように、できるだけ地元の意向等も踏まえながらこの作業を進めていきたいという考え方でおるわけでございます。  それから次の二次振計の基本理念というお尋ねでございますが、これは先ほど来申しておりますように、私どもといたしましては、現在そういった現状、問題点、今後の課題、そういったものを現在鋭意分析をいたしておる段階でございまして、たとえば第二次振興開発計画が必要であるのかどうかというところまで、あるいは現在の沖繩振興特別措置法の延長が必要なのかどうかということも含めまして、私どもとしてはそれらの検討結果に基づいて判断をしていきたい、こういう段階でございます。それらの検討結果を踏まえまして、必要ならば基本理念等についても検討を進めていく、こういうステップであろうか、このように考えております。
  27. 上原康助

    上原委員 検討結果を踏まえるということは当然でしょうが、もう少し進めてから、また私の方からも問題提起等をちょっと申し上げたいわけです。  それで、いままでのことは、大体これまでの本委員会なりあるいは別の委員会で時折取り上げる機会もありましたので、政府の御見解として出てきている域は余り出ていないわけですね。  同時に、開発庁の事務次官の方でも、いろいろ沖繩振興開発計画に触れている面があるのですね。「時の動き」という政府刊行物の五月号で、川村次官が、沖繩振興開発計画について、いまの見込みでは恐らく現計画の十年かかった時点でも、沖繩は何もしなくてもいいのだということにはまいらないだろうと思う、こう述べて、暗に二次振が必要だという示唆をすでにやっておる面があるわけですね。さらに、振興開発計画の今後の方向性として、先ほども少し指摘をいたしましたが、第一点としては、地域的な側面として、沖繩本島は相当整備がいわゆるハードな部分については進んできたけれども、それ以外の先島諸島、離島の振興策をどう考えているか、これも今後の二次振を考える場合、あるいは今後の振興開発計画を推進していく場合には重要な点だということを政府部内で要職にある方がもう指摘しているという点ですね。  第二点目としては、経済的な側面として、産業の振興というよりは、むしろ県民の生活安定という面に着目をして計画を組んでいかなければいかないのじゃないのか。たとえば産業構造、先ほど言いましたが、現在第一次六・五、第二次が二〇・五、第三次が七三%、当初目標はとてもじゃないがそうじゃなかった。二六%か三〇%ぐらいに第二次を持っていくということだったが、しかし、ずっとこの構造は復帰後今日まで続いてきているわけですね。こういう面からしても、産業構造ということは相当考えねばいかない。同時に、県民生活の安定という面から着目をしていく必要があるということを指摘をして、私は、こういうふうに書くというのはある程度評価していいと思うのですね。  第三点として、計画の具体的な内容の面で、道路、港湾、住宅などの施設は、住宅も私はまだまだだと思うのですが、相当整備されてきたが、今後は人的サービスの整備をしていかなければいかない。先ほど言いましたように医療部門とかあるいは社会福祉施設、公園、そういう面かと思うのです。  だから、第二次振興開発計画の具体的な考え方としては、いま挙げた三点を中心にして考えていきたい、さらに、これら三点についてもいま一歩踏み込んだ施策の立て方をやらなければいかないということを開発庁の事務次官が言っておられるのです。しかもこれは公にしている見解なんですね。皆さんが二次振をお考えならば、少なくともいま言ったような立場でやっていかれようとしているのか、これをもう少し明らかにしていただきたいということです。  そうして、さっきお答えがありましたように、では、その具体的な検討結果を待ってというのですが、いつごろまでに開発庁が進めているこの検討は結論を出すのか、結論が出るのか。専門委員会を設置をして、いろいろ四部会ですかを置いて着手をしているというわけですが、いつごろまでにその結論をお出しになるつもりなのか。  県は、先ほど言いましたように早ければ十月、遅くても十二月までには成案を見たい、こういう方針ですでに作業に着手をしておりますね。そういう面からする方向づけというのは大体もう出ていると思うので、もう少しそういうことを明らかにした上でこの際進めていただかないと、もう十年なんというのは手の届くところまでこれは来ておりますよ。どうでしょう。
  28. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 ただいまのは「時の動き」の中に掲載されております次官の対談の記事であろうかと思います。私ども内部的にはいろいろ検討をいたしてございますが、先生が御指摘いただきましたような今後の理念とか、あるいはどういう点に重点を置くべきかというような点について、私どもといたしまして、一つの方向をまとめておるというような段階ではまだないということは先ほど来申し上げたとおりでございまして、恐らく、次官も、対談の中で、取材に応じて、まあ主として考えられる個人的な考え方というものをいろいろ述べられておるのではなかろうか、こういうふうに思います。  先生の方から、しからば検討の結論、結果はいつごろまでに出されるのだ、こういうお尋ねでございます。  私どもといたしまして、これは内部的に総点検作業と言っておりますが、これを現在庁内で急いでやっておるところでございまして、可能ならば七月末あるいは八月にも、この辺のところで結果をまとめたいというような目標のもとに、いま作業を進めておるところでございます。これによりまして、現状あるいは今後の課題等が明らかになりました上で、今後の沖繩施策のあり方といいますか理念といいますか、そういった点の取りまとめに進んでいくというのが、大体われわれの現在一応事務的に予定をいたしておりますスケジュールでございます。
  29. 上原康助

    上原委員 今年末あるいは遅くても一月まで、大体そういう判断になりますね。法律改正があるとすると、来年の国会に間に合わせないと恐らくどうにもならぬでしょう。——再来年ですか。そうは簡単にいかないよ、これは。これはまた後でやりましょう。  そこで、いろいろ考え方があると思うのですが、私は、さっき申し上げましたように、何か大型のプロジェクトをどかっと決めて、それをがむしゃらに推進していくやり方、これまでの政府のやり方は大体そうですね。これは沖繩だけじゃないけれどもね。オリンピックを持ってきたり、国体を持っていったり、何か目標を定めて、それにがむしゃらに、もうどんな障害があろうが踏みつぶして到達していく。しかし、もうそういう時代は私は過ぎていると思うのですね。やはり着実に進めていかなければいかぬ。  加えて、財政状況も大変厳しいということからしますと、第二次振興開発計画の策定というのは、私は、開発庁としても、正直に申し上げて大変頭が痛いのじゃないかと思うのです。われわれもこれは容易でないと見ていますよ。しかし、当面は何といっても財政主導のプロジェクトというものを、ある程度そうした線路と並行してやらなければいかぬという感じがするわけです。  その場合に考えなければいかないことは、やはりもっと県民生活にかかわるソフトの部分に重点を置くような長期計画といいますか、計画を立案してもらいたいということです。  その場合見逃してはならないことは、離島関係ですね。離島周辺の振興というものをどうするのか。これは港湾はさほどじゃないですが、漁港を含めて大分整備されてはきていますが、道路とか公共施設というのは、平良市とか石垣市は別として、その他の周辺というのは実際問題としてまだまだですね。こういう面の公共施設をやっていくということであれば、私はかなりの財政というものを必要としてくると思うのです。ここを見逃していただきたくはないということです。  さらにもう一つ、理念をどうするかということで、いまお触れになりませんでしたが、いわゆる基地の存在ということを抜きにしてはならぬということですよね。軍事基地、日本全体の五三%の基地があるということ。しかも嘉手納町のごときは八六%、読谷村が四五%、北谷村が六〇%、沖繩市がたしか三六、七%ですね。宜野湾市だって三〇%前後。中部の都市圏というものはほとんど五割ないしそれ以上が軍事基地に占められている。開発庁長官、考えてみなさいよ、あなたのおうちが百坪あるとすると、そのうちの八十五坪がほかの人に使われておって、満足な家庭生活ができますか。嘉手納町の場合そういう事態なんですね。しかし、皆さんの振興開発計画に一番欠落しているのは、これらの軍事基地をどうするかということ。これはきょうは時間がありませんが、縮小計画は遅々として進んでいない。ここに沖繩振興開発の最大の原因と難関があるのです。これを抜きにしてはどうにもならぬということです。  そして同時に、この軍事基地の存在、化け物の存在ばかりではなくして、返還された跡地の利用が遅々として進んでいないということ。だからああいうふうな跡地利用促進の特別法も出したら、いろいろそれについても難癖をつけている連中もいる。私はもってのほかだと思うんだがね。こういうことも含めて二次振興開発計画の場合は考えていただきたい。  いま私が提起をしたこの問題についてどうお考えなのか。それを抜きにしてはりっぱな二次振は出ませんよ。  同時に、大型プロジェクトの面での、たとえば大那覇空港建設は二次振では一体どのように位置づけていくのかどうかということ。あるいは中城湾開発港はどうなるのか。よく言われている国際交流とか東南アジア交流センターというもの、そういうものは政府としては一体どういうふうに位置づけようとなさるのか。  私がもう一つソフトの面で言ったのは、沖繩の伝統文化というものを大事にしていく、育成をしていくという面においては、もっとそういったコンベンションホールとか芸能文化をやっていけるような娯楽、娯楽というのは単なる遊ぶことじゃなくして、本当に沖繩の伝統文化を生かすような施設ですね、これがいままで全然欠如していますね。そういうところにもっときめ細かい配置と施策を立てていけば、私は十分二次振計というものは県民生活とのかかわりで出てくると思うので、これらの点についてはどのようにお考えで、どう位置づけていかれようとするのか、ひとつお答えいただきたいと思うのです。
  30. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 種々具体的なプロジェクトをお挙げになられまして、二次振計との関連においての御質問でございますけれども、先ほど来私お答えしておりますとおり、現在どういう問題があるか、今後の課題は何かということを、総力を挙げていま検討しておるという段階でございます。  まだ、先ほど来のお尋ねもございましたように、今後のあり方、基本的な考え方はどうなのかという点につきましても、私どもとしては今後の検討のスケジュールに乗せておる段階ということでございまして、ただいまの個別の具体的なプロジェクトにつきましては、ここでお答えするような検討までにはいまだ至っていないということを御了解いただきたいと思います。  ただ、全体といたしまして、離島の問題あるいは従前はソフト面の問題が比較的ないがしろにされておったではないかというような御指摘がございました。そういう先生の御意見につきましては、私ども今後参考としながら検討を進めたい、このように考えております。
  31. 上原康助

    上原委員 基地問題は……。
  32. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 沖繩の基地につきましては、これは先生指摘のとおり、やはり人口の集中いたしております本島の中南部に基地が集中しておるということがございます。現在の振興開発計画におきましても、沖繩の振興のためにはやはり基地を整理し縮小していくという方向を示しておるところでございまして、基地の返還計画等も考えられておりますけれども、余り急速には進まないというような問題もある、あるいはまた、跡地の利用等につきましても必ずしもスムーズに行ってないという面がございますけれども、私どもといたしましては、現在の制度等をフルに活用いたしまして跡地の利用を促進していきたい、このように考えておるところでございます。
  33. 上原康助

    上原委員 この問題だけ議論しておるわけにもいきませんので、そこで、長官、いまの基地問題、私が言いましたように、離島の問題とか社会福祉関係、いわゆるソフトウエアと言われる部門、これは、きょうは大臣はお一人しかいませんが、基地の問題を抜きにしては振興開発計画は成り立ちませんよ。だからわれわれは基地問題に対してあれだけ強く指摘をしてきたわけで、そこをぼかさないようにしてもらいたいということ、そして結論として、政府も二次振を前提といいますか、それをやる必要性を一応踏まえていまの総点検作業もやっていると私は思うのですが、しかし実際問題として、五十七年の三月三十一日といったって、いろいろと慎重に国会でも議論をする、県側の意向も聞く、法律も改正をしなければいけない、あるいはいろいろな手だてをしなければいけないということになりますと、本来ですと来年の通常会にはこれは出さなければいけませんよね。一寸先はやみかもわからぬけれども、予算が終わった段階では沖繩問題も議論できるぐらいのゆとりを持たなければいかぬと思うのですね。そう言うと何か総務局長は首を振ったりするが、どう考えたって再来年の三月では間に合いませんよ。そういう意味では、これは何も急ぐだけが能ではありませんが、しかし、出口は決まっているわけで、もちろん延長の手続をそのままとれば別かもしらぬけれども沖繩論議を十分やっていくには少しゆとりを持った形でやらなければいかぬということ、そのためには作業もスピードアップしなければいけない点はスピードも上げてやっていかなければいかぬと思うのですね。そういう面で、いま私が指摘したような問題を含めて、あるいは国会でも議論できるような場もできるだけ余裕を持つというようなことであると、政府の見解なり方針というもの、二次振というものもやはりある程度のめどづけはしていただかなければいけないのじゃないですか。これに対してひとつお考えを聞かしていただきたいと思うのです。
  34. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 今後のスケジュール等につきましての大きなめどづけということでございますが、私どもといたしましては、大体これまでは、こういう長期の地域開発計画は、前例としましては北海道開発計画あるいは奄美の振興開発計画等々ございますが、そういった前例のスケジュール等も参考としながら、これを考えて進めておるところでございます。  最終的に法案の延長が必要である、仮にそういう形になったといたしまして、いつの国会で御審議をいただくかというような問題につきましては、私どもといたしましては、まだ具体的なものとして予定を立ててございませんが、現実の問題といたしましては、各省との調整あるいは財政当局との調整、そういったものを踏まえまして、現実に法案が作成され、次期計画が具体的に検討されるという時点につきましては、来年度の後半というようなおおよそのめどを実は事務的には考えておる次第でございます。
  35. 上原康助

    上原委員 来年度の後半というと、総務長官、それまで大臣でおりますかな。——それで、そうしますと大体のスケジュールはそうなるかと思うのですが、長官、やはりもう二次振は必要だ、必要だというよりも、いままでの政府の北海道開発にしましても奄美振興開発にしましても、期限十年なりで打ち切られた前例というのもないし、特に沖繩の場合には、指摘しましたような問題があるわけですので、そういうものを手抜かりなく、欠落させないように、ひとつりっぱな方針というものを、県ともよく御相談をして、あるいはまた、この審議会なり専門委員会で出される結論というものを尊重した上でやっていただきたいと思います。そういうことは余り間を置かずに、政府の方針というものを県とも調整をした上で御発表なさった方がいいと私は思うのですね。やるのかやらぬのか、いつまでも検討検討ということは、ある意味ではかえって政府に対する不信感を持たせますよね。そういう面ではどうですか。この件についてこうしたいという大臣の決意のほどをひとつ伺っておきたいと思うのですが。
  36. 小渕恵三

    小渕国務大臣 先ほど来の質疑応答を承っておりましたが、二次振計につきましてここで議論がかみ合わないのは、おわかりのように、私どもの立場は、先ほど来局長が答弁申し上げましたように、過去のすべてを洗いざらい総点検をいたしまして、将来に向けての諸施策を講じるためにあらゆる角度からレビューをしよう、こういうことでいたしておるわけでございまして、委員の方はすでにもう二次振計をやります、やります上には、こういうフィロソフィーで、こういう点について留意をするということでございまして、立場、立場で実はそれ以上にはかみ合いにくいかと思うのです。  ただ、先ほど来、わが方の川村次官の、みずから先日来沖繩県を視察いたしました結果について、感覚的に受けとめた点について率直な指摘がされておることも私も拝読いたしましたし、川村次官も私のもとで政府高官としての立場で沖繩問題に取り組んでいるわけですから、私とて、それを無視して政治が行えることではないことも承知をいたしておるわけでございます。  したがいまして、私も政治家としての感覚から言えば、過去八年を顧みて、さらに次に向けての強力な国のバックアップもあるいは必要としなければならない諸点もあるかなという感じもいたしますが、しかし、先ほど来事務当局より答弁いたしましたように、現時点において将来にわたってのプロジェクトをこの段階で策定し、かつ、そのことに対して政府の方向をお示しするということができかねることも、これまた委員にも御理解いただけるだろうと思うのです。よって、私といたしましては、先刻来の地元の状況につきまして十分御理解をいただいておる委員の貴重な御意見は御意見として、これを十分受けとめながら、私自身対処いたしていきたいと思います。  一方、事務当局といたしましては、やはり客観的な立場に立って、この際十二分に検討したベースをつくり上げるということが、将来にわたって仮にいろいろな計画を立てる場合にも、一種の予断を持って対処しないという立場からも、私は、ごく客観的な立場で、過去行ってきた諸施策を素直に、よきにつけ、不十分であった点につきましても、この際は十分精査することが望ましいんだという、ひとつ委員におかれましても、こういった真摯な態度を十分お認めいただくと同時に、政治家としてのお考えについてはわれわれも十分承らしていただきまして、いざというときには、そうしたことを十分理解をしながら、そのときにおける最高責任者が判断をさしていただくということで御理解いただきたいと思います。
  37. 上原康助

    上原委員 ひとつ十分な御検討の上に、県民の期待に沿うような二次振をつくっていただきたい、これは必然性です、そのことを強く申し上げておきたいと思うのです。  そこで、これとの関連で、特別措置法で特別措置されている品目がたしかまだ十九品目ぐらいあったと思うのですが、それの再々といいますか再措置というものが可能なのかどうか。それについては政府としてはどのような御見解を持っておられるか、ちょっとお聞かせをしておいていただきたいと思うのです。
  38. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 ただいまのお尋ねは、沖繩復帰に伴う特別措置についてのお尋ねと思います。  沖繩復帰に際しまして、復帰時の混乱を最小限にとどめる、それによりまして、本土の諸制度の沖繩県の区域における円滑な実施を図るということで、言うなれば激変を緩和し、本土の本則にスムーズに移行するというための措置を講じたものでございまして、性格的には、本来的には長期にこれを存置すべきものではないのではないかというふうに私ども考えております。  ただ、その現在措置されておるものの中には、五十七年までに段階的に本則に移行するという形になっておるもの、あるいは現在の措置内容が変わらないまま、五十七年において一挙に切れるといったたぐいのもの、いろいろ措置内容がございます。また、措置の範囲も多岐にわたっておるところでございまして、私どもといたしましては、今後の沖繩県の経済情勢その他の推移とにらみ合わせまして、私ども、先ほど来御説明申し上げております今後の沖繩施策のあり方という件、これと関連をさせながらこの問題は慎重に考えてまいりたい、このように考えております。
  39. 上原康助

    上原委員 これもなかなか議論のあるところですが、ひとつ、県の経済に与える影響あるいは観光面、また島内の生産業者等々いろいろ総合的に御判断の上、善処すべきものは善処するように要望を申し上げておきたいと思います。  そこで、最初の振興開発計画との関連もあるのですが、次に、県内の雇用・失業問題についてお尋ねをしてみたいと思うのです。  これは冒頭申し上げましたように、沖繩県失業率が依然として高い。一時期小康状態でしたが、五月段階では、五月の発表ですから三月でしょうね。三月の完全失業者は前月より七千人ふえて二万六千人、失業率にして五・六%に再び上昇傾向にありますね。これは、三月の段階では本土は二%ですから、正確に言うと二・八倍に相当している。しかも、この失業問題の中で一番問題といいますか性格が変わっているということは、沖繩の失業問題は、失業率が高いと同時に、そこに占める若年労働者の失業率が高いことです。  もう申し上げるまでもありませんが、十五歳から二十九歳までの完全失業率本土で一〇・八%、これに対して沖繩は実に五八・三%、六〇%近い実態なんです。ここは人口構造というか、いろいろな社会的な要素なりを分析する必要があると思うのです。しかし、分布状況としてはそういう状態になっている。  さらに、これまでに開発庁は、この失業問題をいろいろお尋ねすると、たとえば公共事業費が増加しているから雇用増になるのだ、五十二年度は七千名ぐらい、五十三年度は八千名の雇用増になるということを、前の総務局長さんでしたか、美野輪さんが振興局長をなさっているころか、私と議論したことがある。私は首をひねったのだが、「そうだ」と言うものだから聞いておいたのですが、そうしますと、たとえば五十三年度、五十四年度の開発庁計上分の予算の公共事業費の伸びは、たしか五十三年が三六%、五十四年は二三・二%になっているわけであります。五十五年度は今度逆に一・七%になったわけだから、この低い率からすると、いままでの開発庁の論理構成からいくとまたたくさんの失業者が出てくることになるわけですね。どうもそういう理屈は余り成り立たないわけだが、過去の雇用・失業問題を議論してみた場合にそういうことがあったという事例を引用しているわけで、私は別に揚げ足を取ろうとかそういう気持ちはありませんから、御理解をいただきたい。ただそういう実態であるということを申し上げたい。  私はかねがね沖繩の雇用・失業対策をするには、抜本的に振興開発計画とも位置づけて、単なる現状の制度なり法律的な救済措置ではできないのじゃないかという論をずっと私は持ってきたわけですが、軍で働いておったころから感覚的に、感覚というか体でそういうのを受けとめてきておったのですが、いまの経済構造というか自由主義経済制度では、雇用とか就職はもう自然淘汰的にやらなければいかぬというか、そういう一つの社会ルールになっているので、なかなかうまくいっていないというのが現状である。  そこで、第二次振興計画の中では、どうしても沖繩の雇用創出をどう考えていくかということを真剣にやっていただきたいと思うのです。そのためには、私たちは、中身とか性格はいろいろ検討する必要があると思うのですが、沖繩の雇用創出あるいはその他の集団的な特別就労ができるような雇用基金的なものを設立する、創設する必要があるということを主張してきたわけですね。せんだって三月六日の予算委員会の分科会で、私は労働大臣にもいろいろお尋ねしたのですが、大変前向きの御回答もございました。また、県もこの問題についてはすでに検討を進めているようでありますので、この際、計画を立てる場合は、二次振の問題とも関連づけていただいて、同時に、それまでのつなぎとしても何らかの新たな雇用創出、雇用対策、失業対策を考えてしかるべきだと思うのです。     〔委員長退席、安井委員長代理着席〕  これについて、労働省、開発庁の御見解を聞きたいと思うのです。
  40. 田代裕

    ○田代説明員 お答え申し上げます。  ただいま先生から、沖繩の雇用・失業情勢のいまだに厳しい現状について御指摘がございました。今後の対策等について御質問があったわけでございますが、先生おっしゃられたとおり、一番最近の資料、つまり五十五年の三月では沖繩県の完全失業率は五・六%、これは全国が同じ時点で二・二%になっておりますので、二倍を超えているということは事実でございます。  雇用・失業情勢そのものは、景気の変動その他内外の諸要因によって変動してまいります。沖繩の場合、昭和五十二年の九月には七・九%という高い失業率を出していた時代もございます。その後逐次改善されつつございまして、ことしの一月では三・五%というところまで改善されたのですが、その後また足踏み状態、それより若干高い数字が出ているというような状況になっております。  そういった点で、私ども労働省におきましても、こういった失業対策と申しますか雇用失業問題に対する取り組みについては、先生御高承のとおり昭和五十二年に、沖繩県の労働者の雇用の安定のための計画ということで、現在までもその努力を重ねてまいってきているわけでございます。ただ、いま申し上げましたとおり全国の水準に比べてなおかつ悪い状況にある、しかもその中身は若年層が非常に多い。先生から御指摘こざいましたように、確かに三十歳以下の失業者が全体の約六〇%を占めるということは、本土から比べると明らかな差でございます。そういう意味では、沖繩県下における本土とは違った一つの姿が存在しているということは言えるかと存じます。  こういった失業者に対する対策としては、県内の雇用需要によって吸収されることが一番望ましいわけであります。そうでない場合には、さらに広域職業紹介によって本土にもという形になろうかと思います。そういう点で私どもさらに努力を続けていく考えでございますが、先生からお話がございましたように、今後の振興開発との関係で申し上げれば、先ほど来開発庁の方から御答弁申し上げているとおり、二次振計というのは今後の検討の中にあるとしても、振興開発審議会の総合部会の御意見にもございますように、産業の振興なくしては雇用問題の解決はない、私どもの方も今後進めていく場合においてはそういうふうに考えております。  そういう点では、私どもとしてもそういった内容について十分検討してまいりたいと思いますし、おっしゃられましたように雇用基金というような声が沖繩県においてございますし、また県の側の検討としては、調査会を近く発足させてその具体的内容について詰めていくということでもございますので、私どもの方もこの点については十分に関心を持って意見を交換しつつ、そういったものに対する取り組みを進めてまいりたいと考えております。     〔安井委員長代理退席、委員長着席〕
  41. 上原康助

    上原委員 そこで、これとの関係で、先ほどの公共事業が二〇から三〇%あったときに七千から八千だったのだから、一・七になったら大変なあれになるのですが、それはそれの議論としていいわけですが、雇用創出の場をどう確保していくかを考えていくには、沖繩に対する施策ということではいままで何でも画一視する見方があるわけです。鹿児島がどうだから、大分がどうだから、あるいは山梨がどうだから、鳥取がどうだからということではなくて、戦後二十七年間分離されておったということ、いまでもあれだけの基地がどかっとあるということ、いろいろな面での歴史的な違いがあるものだから、ぼくは画一的な感覚ではだめだと言うのです。そこをどうするかということをもう少しお考えになっていただきたい。  それは、アメリカが世界一の基地を沖繩につくってどかっとやっている、いつも軍事基地の問題で、沖繩というと基地とかそれにまつわる悲劇の話がかねがね多いわけです。これも私たちは忘れることはできない、追及していかなければいけませんが、同時に、もう少しロマンの持てるような政策も政府はやってみたらどうですか。沖繩が世界一の基地をつくっておるなら、日本一の国立の亜熱帯公園ぐらい沖繩につくるような、少し希望の持てるものもやってみたらどうかと私はかつて言ったことがあるのです。なかなか奇抜なアイデアだなと言う方もおりましたが、そういう計画もなきにしもあらずなんですよ。なぜそういう亜熱帯性をもっと生かさないのか。そのための雇用の創出を県内で賄っていけということは、議論としても政策としても、やろうと思えばできない相談じゃないと思うのです。だから、そういうことも取り入れた計画のあり方、雇用創出というもの、それをやるためにはやはり基金というか予算が必要だから、そういうことをこの際国や県で真剣に考えてみたらどうかということなのです。  こういうことについては近々県の方から具体的な案が出されると思うのですが、開発庁も労働省もそれを受けて十分に検討していただけますね。この件についての改めての御見解をお聞かせいただきたいと思います。
  42. 美野輪俊三

    美野輪政府委員 ただいま先生指摘のように、沖繩は非常に雇用・失業情勢に厳しいものがあるわけでございますが、県におきまして、新たに御指摘のような基金を創設するということのために調査会を設置しまして、各面からの調査、研究を行っておることを私どもとしては承知しておるわけでございます。  したがいまして、現在の段階でこれがどのような性格のものになるのか、あるいは目的のものになるのかというような点につきましては私ども必ずしも詳細に承知をいたしてございませんが、沖繩開発庁としては、今後県から何らかの話があった場合には、県の方の意向も聞いた上で労働省とも十分話し合ってまいりたい、このように思っております。
  43. 田代裕

    ○田代説明員 沖繩県の計画はこれからの話でございますし、先ほど申しましたように産業振興との兼ね合いもその中には当然出てくるかもしれませんので、その場合関係するところがどこまで及ぶのか、私どももそういう具体的な内容承知いたしました段階で、関係の省庁とも十分打ち合わせをして、所期の目的が達せられるように努力してまいりたい、かように考えております。
  44. 上原康助

    上原委員 これは労働団体はもとよりですが、長い間の懸案になっておりますので、開発庁、労働省、もちろんその他のお役所も関連していくと思うのですが、ぜひひとつイニシアチブをとって、御努力いただきたいということを重ねて要望しておきたいと思います。  亜熱帯植物園も検討してみてくださいよ。沖繩へ行くとアジア全体にあるいろいろな花が見えるという、少し夢を与えるようなこともやってみたらどうですか。それは長官、いいですね。一言聞いておきます。
  45. 小渕恵三

    小渕国務大臣 大変夢に満ちたお考えでございますので、勉強してみたいと思います。
  46. 上原康助

    上原委員 夢を夢に終わらしてはいかぬから、実現をするようにひとつ御努力をいただきたい。  次に、パインの問題でちょっとお尋ねをしておきたいと思うのです。  この件につきましても、四月十日の内閣委員会でいろいろお尋ねをいたしましたが、どうも冷凍パインの輸入がまたまたふえて、沖繩産に非常な影響を与えているようであります。  簡単に申し上げますが、沖繩のパイン産業というのは、確かにサトウキビあるいは畜産、最近は野菜、園芸に大きくおくれをとっていることは否定いたしませんが、しかし八重山地域とか北部地域におきましては、いまなお農民の方々の非常に重要な作物であることは間違いないのですね。そういう面でもう少し生産基盤の確立あるいは生産性の向上、品質面の改善というものもやらなければいけない。内部努力もさることながら、同時に、政府のこれに対する施策も十分配慮していただかなければいかぬと思うのです。  そこで、たしか昨年度の上期のグローバル物の外当ては九十万ケースだったかと思うのですね、従来は上期は七十五万ぐらいの輸入量かと思うのですが。これを十五万ふやしたのは、この冷凍物を抑えていくという条件といいますか前提があったと聞いているのですが、なかなか実際問題としてそうならなかった。ただ、最近は、私たちがいろいろ御要望申し上げたこともあってかと思うのですが、幾分量が少なくなってきている。そこで、やはり沖繩物のストックが多いということと、それから、これからかん詰め工場が始動して生産シーズンに入りますから、そういう面を含めて考えますと、グローバル物の上期割り当ては極力抑えるべきだ、優先消化という行政指導にもっと力を入れていただきたい、私はこう思うのですが、これについて農林水産省はどのようにお取り計らいをいただくのか、御所見を伺っておきたいと思います。
  47. 畑中孝晴

    ○畑中説明員 ただいま御指摘のように、パイナップルは沖繩の非常に大切な作物でございまして、私どもの方も生産対策なり種苗対策なりというものもやっておるわけでございますが、御案内のように冷凍パインがかなり入ってまいりまして、それがかん詰めになり沖繩産を圧迫するということで、再三委員会から御指摘がございまして、私どもの方もいろいろな手だてを講じて、昨年は前年の七割程度になりました。ことしの一−三月には前年の一−三月の三七%ぐらいに輸入量が減ってまいりました。しかしながら、ずれ込み等もございますし、まだ生産はかなり行われている状況でございます。  なお、沖繩産のパイナップルにつきましては、五十四年産は何とか消化のめどがたっておりますけれども、五十五年産はこれからいよいよ本格的なシーズンを迎えますので、その辺の相談をいま沖繩と私どもあるいは本土の代理店とやっている段階でございます。  昨年は、先生指摘のように、沖繩県も入りまして、いろいろな関係の方と御相談をして、前倒しというような形で九十万ケースというものをやりました。冷凍パインが非常な勢いでできておりましたので、それによって何とか防ごうということでやったわけでございます。非常に早い時期、四月の初めに割り当てをするというようなことをやりましたけれども、ことしは御指摘のような販売状況でございますので、これをいまずっとおくらせております。一番売れるのはお中元の時期でございまして、大体その辺のところが片づいてまいりましたので、通産省とも御相談をしながら、沖繩のものに大きな影響を与えないことを基本として、従来もやっておりますが、慎重に数量等については検討をしていきたいというふうに思っております。
  48. 古澤松之丞

    ○古澤説明員 お答えします。  パインかんの輸入割り当てにつきましては通産省でやっておるわけでございますが、いま畑中課長から御説明がございましたように、沖繩におけるパイン生産の実情、国内販売の実情等勘案いたしまして、余り支障がないようにということも勘案し、しかも国際的にはやはり相当輸入してくれという声もあるわけでございますので、農林水産省とも十分協議をしながら、これに支障がないように注意しながらやっていきたいというふうに考えております。
  49. 上原康助

    上原委員 簡単でいいですが、輸入割り当て量の決定はいつごろなさるのですか。
  50. 畑中孝晴

    ○畑中説明員 これは私どもと通産とあるいは県の方とも御相談をいたしますけれども、ASEAN諸国の大変強い要望がございますので、余り遅くやるというわけにもまいりません。これから国内の取引の会議を実は十六日に沖繩でやりまして、二十一日に私どもも入りましていろいろな御相談をする機会がございます。そういったときにもいろいろお話を申し上げて、われわれとしては、沖繩の五十五年産のめどがつき次第できるだけ早い時期にやらなければいけないのではないかというような感じを持っております。
  51. 上原康助

    上原委員 極力抑えたい、あるいは沖繩物の消化ということも念頭に置きながらやっていきたいということのようですから、沖繩のパイン産業がこれ以上影響を受けないように、また生産者の意欲を失わしめないような御配慮を強くお願いしておきたいと思います。どうもありがとうございました。  そこで、次に基地問題に入りたいわけですが、先ほどの雇用問題との関係もあるのですけれども、もう一つ沖繩の雇用条件を悪化せしめているのは基地労働者の解雇問題が非常にあるわけです。きょうは施設庁の労務部長がせっかくお見えですから、最近の駐留軍の解雇実態と、一体これからもああいうさみだれ解雇のようなものが続いていくのかどうか、その辺の見通しについてはどうなのか、また対策はどういうふうに立てようとしておられるのか、簡単にお答えをいただきたいと思うのです。
  52. 伊藤参午

    ○伊藤(参)政府委員 沖繩における駐留軍従業員の人員整理についてでございますが、このところ減少の傾向というものは見られるかと思います。  最近の状況を申し上げますと、昭和五十三年度が七百四十七人、昭和五十四年度が二百七十八人でございます。本年度に入りまして今日までのところ四名ほど解雇されておりまして、現在米側から通告を受けておりますのが二十四人、本年度は現在のところ二十八人の予定ということになっております。  当庁としましては、今後の見通しにつきまして米軍とも折衝いたしまして、なるべく早期に把握したいと思っておりますが、事が軍労務者という関係で、米軍の運用状況その他とも関連しますので、なかなか具体的な問題が把握できない。いま御説明申し上げましたように、ここ一年といいますか、今年度に当たってもいま先生指摘のようにさみだれ的に出ておりますので、実は今後の予測というのはつきにくいのですが、大幅な大量解雇というものはいまのところ私どもは予測しておりません。  それから、この離職対策といいますか、まず解雇の歯どめとしましては、米軍に再三申し入れまして、解雇数の減少、それから解雇通告があった者でも他への転換ということを図っておりますし、やむを得ず解雇になられました方につきましては、関係省庁とも関係しまして、また当庁としても各般の離職対策を今後とも行っていきたいと思っております。
  53. 上原康助

    上原委員 これも相手のあることで、なかなかアメリカというのはしぶといというか、わがままというのか、身勝手なところが多いので、解雇を極力抑える、解雇をするなら基地も一緒に返せ、アメリカも一緒に帰れと言ったらいいのですよ。そのぐらいの腹づもりでこの問題にも対処していただきたいと思うのですね。  そこで、時間もそろそろ来たようでありますので、施設庁にまとめてお尋ねしますから、まとめて答えてください。  一つは、読谷飛行場問題です。これは何回かお尋ねしていますが、三月十八日に日米合同委員会施設特別委員会で、補助飛行場のパラシュート訓練の移設問題を日本側から提案をした。そして四月二十四日の内閣委員会で私の質問に対してお答えがあって、そのときも「米側は慎重に検討している、むずかしいので時間がかかるのだ」というお答えだったのだが、一体その後どうなっているのか。移設の可能性はあるのかどうかですね。施設特別委員会に提案しているだけなんだが、合同委員会に上げて検討されることになるのかどうか。これはむずかしいということでこのまま済ませる問題でないということを含めて、お答えをいただきたいと思うのです。  それと、第二点目は伊江島の射爆場返還問題ですが、これは実は一九七六年の第十六回日米安保協議委員会で返還が合意された。もちろん代替地移設を条件としてですがね。その後いろいろ紆余曲折がありまして、硫黄鳥島に移設をするとかいろいろな動きがあるようですが、政府としてはこの問題はどのように取り扱いをしたのか。何かこの件について最近秘密会談も持たれたといううわさがありますが、明確に答えてもらいたい。
  54. 森山武

    ○森山(武)政府委員 第一点の読谷補助飛行場の落下傘降下訓練につきましては、先生おっしゃるとおり、ただいま米軍に提案して米側で検討中でございます。ボールがいま向こうにあるという状態で、この検討の促進については努力いたしますが、いずれ米側からの検討結果を待って、施設委員会の場で具体的に検討した結果を持って合同委員会に上げる、こういう手続になろうかと思います。  それから伊江島につきましては、全く先生の御指摘のとおり、十六回安保協におきまして代替地移設を条件の返還が了承されておりますが、その移設先には私どももただいま非常に困っておりまして、いろいろな移設先がありますけれども、適当なところかなという話が出ますと、全部反対されるというのが現状であります。それで、具体的にどこに移設するというふうなことはまだ何も決まっておりません。いろいろな候補地につきまして移設の可能性を検討したい、こういうふうに考えておる段階でございます。
  55. 上原康助

    上原委員 時間ですから終わりますが、そうしますと硫黄鳥島も決まっていないですね。それから出砂島も決まっていませんね。これははっきり答えてください。  それと、読谷の問題はアメリカ側からまだ回答がないわけですね。回答は求めますね。  それから、もしこの問題がアメリカ側と合意に達しない場合は、日本政府としてはどういう次の手を打つのか。  この三点について明確に答えてください。
  56. 森山武

    ○森山(武)政府委員 最初に、伊江島の移転の問題につきましては、これは決定ではございませんが、米側に出砂が適当であるというふうな意向があることは私も承知しております。  それから硫黄鳥島につきましては、沖繩県知事が適当であるということで、検討してくれという依頼があったのは承知しております。ただ、硫黄鳥島の場合、そういう調査はしたいとは思っていますが、実際に調査はまだ何もしておりません。したがって、代替地として適当であるかどうかという判断は一切しておりません。そういう意味におきまして、現在代替地は決まっておりませんと先ほどお答えしたわけでございます。  それから読谷の問題につきましては、現在米側で検討中でございますけれども、これができないというふうなことは私どもは現段階において考えたくございませんし、現在考えておりません。それで、そういう段階におきまして、もし不可能ならばということの御質問ではございますが、私どもちょっと考えておりませんので、とにかく米側の検討を急がせたい、こういう考えでおります。
  57. 上原康助

    上原委員 ですから、回答を求めますね。
  58. 森山武

    ○森山(武)政府委員 求めます。
  59. 上原康助

    上原委員 終わります。
  60. 河村勝

    河村委員長 玉城栄一君。
  61. 玉城栄一

    ○玉城委員 最初に、長官に基本的な点を確認させていただきたいわけであります。  実は昨日の参議院の外務委員会におきまして、大来外務大臣が、防衛費の増額については、道路とか公共施設の建設費の一部を充てることも考えられるというような御発言があったわけですが、長官も同じ大平内閣の閣僚のお一人とされて、これについてどのようにお考えになられるのか、その点をまず最初にお伺いします。
  62. 小渕恵三

    小渕国務大臣 はなはだ申しわけありませんが、外務大臣の御答弁の趣旨を私十分承知いたしておりませんので、責任ある立場の私といたしまして、この問題についてコメントできかねますので、お許しいただきたいと思います。
  63. 玉城栄一

    ○玉城委員 これは非常に大事なことなので、沖繩開発庁長官とされての、また閣僚のお一人とされての確認を私はさせていただいているわけですが、いま防衛費の増額という問題が御存じのとおりある。それについて、きのう外務大臣は、参議院の外務委員会において、道路とか、簡単に申し上げますといわゆる公共事業費の一部を回すということも考えられるというような趣旨の御答弁をされているわけですね。ですから、そういう考え方については長官とされてはどのような考え方を持っておられるか、そのとおりと思うのかあるいはそうでないと思うのか、その辺をちょっと確認をしておきたいわけです。
  64. 小渕恵三

    小渕国務大臣 申すまでもありませんが、予算は単年度主義でつくり上げておるわけでございまして、防衛費をいかほどにいたすかということにつきましては、基本的には政府は一%を上回らないということで決定されているわけでございますので、その中で、次年度の予算編成の過程で防衛費は何ぼにするか、また公共事業関係費はいかにするかということはこれからの問題であろうかと私は思いますので、この点につきましては、私から特段にお話を申し上げることはないわけであります。外務大臣お話がそのようなことということでございますれば、それは一つのお考えかと思いますが、私は、沖繩開発庁長官といたしまして考えますれば、防衛費のいかんにかかわらず、沖繩において必要とする公共事業費関係については、その目的を達成するために必要なものを削減するようなことはこれは好ましいことではない、このように考えている次第でございます。
  65. 玉城栄一

    ○玉城委員 私がお伺いしたがったのは、いま長官が最後におっしゃいました、沖繩関係について必要とするそういう公共事業関係の経費については、その目的を達成するために必要なものを削減するようなことはないということを実は伺いたかったわけです。  といいますのは、やはり第二次振計につきましてもまだ明確にやるともやらないともおっしゃっていらっしゃらないわけですね、長官御自身として。やりたいという、心情的にはそういうニュアンスではありますけれども。そういうことで、私たちの目から見れば非常に消極的な感じがするわけですね。こういう御時世と申し上げては大変失礼かもしれませんけれども、やはりこういう公共事業関係の予算削減か、あるいは福祉予算の圧縮か、あるいは増税かということで、昨日は外務大臣のそういうお考え方があったということになりますと、真っ先に沖繩の二次振計というものに影響してくるのではないか、真っ先にやり玉に上がってくるのではないか。ですから、そこで、たとえどういうことがあっても、また本来そういうことがあってはならないと思いますが、沖繩のこれから必要な二次振計の経費についてそういうことが削減されることがあってはならないという長官の決意、お考え方を承りまして、その点はそれでがっちり進めていただきたいと思うわけであります。  そこで、次に運輸省の方に伺っておきたいわけですが、わが国における航空交通管制について伺いたいわけであります。日本の領空というものは、完全かつ排他的な主権を持ちそれを行使しているのかどうか、その辺の基本的なところから伺いたいわけです。
  66. 末永明

    ○末永説明員 日本の航空管制につきましては、運輸省航空交通管制部におきまして、飛行計画の承認、計器飛行方式に関するものにつきましては計器飛行計画の承認を行っておりまして、一元的に管制を行っておるというふうに承知をしております。
  67. 玉城栄一

    ○玉城委員 これは同じく運輸省の方に伺いたいわけですが、わが国の主権が一部制限されるような形で、米軍がそういう業務を行っている地域もあるわけですね。もしあればそれはどことどことどこか。その点いかがですか。
  68. 末永明

    ○末永説明員 お答えいたします。  わが国の主権が侵害されているというふうなことではございませんで……(玉城委員「侵害ではない、制限です。」と呼ぶ)制限されているというふうなことではございませんで、米軍がもっぱら使用しておる空港並びにその周辺につきましての進入管制業務のみを行わしめておるという例はございます。たとえば嘉手納でございますし、岩国というようなところでございます。
  69. 玉城栄一

    ○玉城委員 岩国とどこですか。
  70. 末永明

    ○末永説明員 嘉手納と岩国と横田でございます。
  71. 玉城栄一

    ○玉城委員 そこで、次は外務省の方に伺いたいわけですが、昭和二十七年六月に日米合同委員会において航空交通管制について合意事項がありますけれども、その点ちょっと簡単に御説明いただきたいわけですが。
  72. 丹波実

    ○丹波説明員 お答え申し上げます。  先生御専門ですから御説明の要もないのですけれども、安保条約のもとに地位協定というのがございまして、その地位協定の第六条には、空の使い方についての日米の調整の問題が規定されておるわけでございます。お読みいたしますと、第一項ですけれども「すべての非軍用及び軍用の航空交通管理及び通信の体系は、緊密に協調して発達を図るものとし、かつ、集団安全保障の利益を達成するため必要な程度に整合するものとする。この協調及び整合を図るため必要な手続及びそれに対するその後の変更は、両政府の当局間の取極によって定める。」、こういう規定があるわけですけれども、これに基づきまして空の使い方についていろいろな整理を行った、それがいま先生指摘の合同委員会の取り決めである、こういうふうに承知いたしております。
  73. 玉城栄一

    ○玉城委員 そこでお伺いしたいんですけれども、そういう米軍に管制をゆだねた理由ですね。それと、その根拠につきましてはいま御説明があったわけでありますけれども、六条の一項ですね、これは、この地位協定の六条に伴う国内法がございますね。その国内法では航空法の排除というか適用除外がされているわけですか。その辺いかがでしょうか。
  74. 丹波実

    ○丹波説明員 この点は技術的なことでございますので運輸省の方が御専門だと思うのですけれども先生指摘のとおり特別法がございまして、航空法の非常に多くの規定が除外されております。
  75. 玉城栄一

    ○玉城委員 そこで非常に心配になりますのは、米軍が進入管制区域の管制業務を行っているわけですけれども、そのエリアにつきましては航空法の適用がされていない。たとえば事故等につきましても航空法ではちゃんと報告義務があるわけですけれども、その適用がされないということになりますと、そのエリアにおける事故等についても、当然運輸省の方は、米軍の方の報告義務はないわけですから、その辺は全くわからないということもあり得るわけですけれども、その辺はいかがでしょうか。
  76. 末永明

    ○末永説明員 米軍に対しての航空法の適用除外でございますが、進入管制業務を行う上での管制業務関連といたしまして、九十六条、九十七条、九十八条という条目がございますが、それらについては適用除外になっておりません。  御指摘の事故報告等に関する条でございますが、七十六条を御指摘かと思いますが、それにつきましては、もっぱら合衆国の航空機が合衆国のために、合衆国の公の行動のために運航する場合、その運航するものにつきましては適用除外になっておるということになっております。
  77. 玉城栄一

    ○玉城委員 ちょっと簡単に申し上げまして、そういう米軍の進入管制区域における事故については、運輸省はちゃんとわかるようにはなっているのかいないのか。航空法上は適用除外になっているわけですからね。その辺はどういうことなんですか。
  78. 末永明

    ○末永説明員 管制業務を行っている最中もしくはそれを行っている上で事故が起きた場合は、管制業務機関から報告がございますので、それは報告を受けることになっております。  先ほど七十六条を申し上げたのは、その他の場合でございまして、たとえば有視界飛行等で飛んでおる場合に、米軍のみでの事故の場合等を申し上げたわけでございます。
  79. 玉城栄一

    ○玉城委員 いま進入管制権を米軍にゆだねているということについての、わが国としてのメリットというのはございますか。あるいは逆にデメリットというのはありますか。
  80. 末永明

    ○末永説明員 進入管制業務は、わが国におきましても、米軍の行っております進入管制業務においても、いずれもICAOの基準に準拠して行っておりますので、方式その他につきましては全く同じでございまして、そういう面では何ら差異はございません。  それから、非常に近接した空港等を管制する場合は、いずれか一カ所において一元的に管制した方が空域利用等につきまして有利であるという面からは、一カ所で行うということにつきましては有効な手段として認められておるわけでございますが、そういうわけで、特にデメリットというものについてはございませんし、メリットも同じようなことかと思います。
  81. 玉城栄一

    ○玉城委員 これはやはり、領空というものは主権の重要な部分ですから、そこを米軍にゆだねられている部分があるわけですね。日本の空は日本の空であって日本のものではない、アメリカさんが全部使っているのじゃないかという話があるぐらい、そういう領空に対するわが国の主権というものがどういう状態に置かれているかということがよく言われるわけです。  そこで、沖繩の伊江島空港が、こういう問題との関連で、民間航空機の定期便が開設できない状況で、地元住民は非常にそういう要望が強いわけですけれども、その辺の状況はどうなっているのですか。
  82. 末永明

    ○末永説明員 伊江島空港につきましては、御案内のとおりかつて海洋博のときに運航しておったわけでございますが、私どもの聞き及びます範囲内では、運航会社から申請がまだなされていないということでございます。  伊江島空港周辺には御案内のとおり射爆場がございまして、これらがある程度運航に対して制約を与えるということはあろうかと思いますが、方式の設定の仕方もしくは運航時間等の調整によりまして、その点はカバーできるかというふうに考えております。
  83. 玉城栄一

    ○玉城委員 地元の航空会社からそういう申請がされていないということは、射爆場との関係で時間的な制約がある、それは調整可能だというようなお話ですけれども、結局、航空会社の申請がないということは、そういう時間的な制約を受けるわけだからですね。  その前にちょっとお伺いしておきたいわけですが、訓練空域というものは、これはまた外務省になるのでしょうかね、沖繩にはどれぐらいあるのですか。
  84. 丹波実

    ○丹波説明員 突然の御質問ですので数字的にはちょっとむずかしいのですけれども、確かに一定の空域が、訓練とかそういうことのためにアメリカ側の使用に供されておるという空域はあります。こういうものは官報にも告示されておると承知しております。
  85. 玉城栄一

    ○玉城委員 そうしますと、運輸省の方は、この伊江島空港の場合は、そういう米軍の訓練空域の中にあってという関係でそういう航空制限があるということですか。その辺はどうなっているわけですか。
  86. 末永明

    ○末永説明員 先生いまおっしゃるとおりでございまして、その制限空域の中に飛行場がございますので、運航をいたす場合は、制限空域使用期間中であれば米軍との調整が必要であろうかと思います。その調整は可能性があろうかというふうに申し上げたわけでございます。
  87. 玉城栄一

    ○玉城委員 その点はっきりしておきたいのですがね。米軍の進入航空管制ですか、用語はちょっとはっきりしませんが、そういうエリアの中ですか、それとも米軍の訓練空域と二つダブっているというわけですか、そのどっちにかかっているわけですか、この伊江島空港の場合は。
  88. 末永明

    ○末永説明員 米軍が進入管制業務を行うために管轄している空域の中でありまして、その中には訓練空域等がございますが、その訓練空域もダブって、おっしゃるようにかぶさっておるというわけでございます。
  89. 玉城栄一

    ○玉城説明員 そこで、これは運輸省にも外務省の方にも伺っておきたいわけですが、そういう進入航空管制業務ですか、これを運輸省が引き取るというお考えはないわけですか。あるいは、そういう要望というものをされたことはないのですか。それとも米軍がだめだと言うのですか。それともこちら側がやる気がないということですか。
  90. 末永明

    ○末永説明員 進入管制業務を行うためには膨大な施設と人員の養成が必要でございまして、現在基本的な進入管制業務開始等に関する案を検討中でございまして、施設の整備、それから人員の確保等を勘案しつつ、関係機関と調整しながらそういう進入管制業務を行っていこうというふうに考えております。
  91. 玉城栄一

    ○玉城委員 これは大分古い話ですけれども「米軍は米軍に提供された飛行場の周辺において進入管制業務を行なっているが、この空域は日本政府が提供した「施設及び区域」ではなく地位協定第六条十項に基づく「航空交通管制に関する合意」によって米軍が進入管制業務を事実行為として行なうことを日米間で認めている区域にすぎない。したがって、このような空域についても必要があるときには、いつでもわが国は進入管制業務を行ないうるものである。」これは質問主意書に対する政府の答えですが、このとおりと理解してよろしゅうございますか。これは外務省に伺います。
  92. 丹波実

    ○丹波説明員 そのとおりだと思います。
  93. 玉城栄一

    ○玉城委員 そうしますと、いまの伊江島空港の問題にしましても、いつでもわが国は進入管制業務を行い得るものであるという考え方からしまして、やはりそういう支障がいままであるということで伊江島空港はできないのだ、そういうことでぴしっと毎日定期便で通わすことができないということで、航空会社も採算が合わないということで申請していないわけですが、それがいつでも飛べるということになりますと、地元の住民としては観光開発で大いに発展させたいという願望がありますからね。ですから、その辺、運輸省として検討されますか。
  94. 丹波実

    ○丹波説明員 外務省の方からまず……。  いま先生が読み上げられたことはそのとおりなんでございますが、先ほどの先生と運輸省の方とのやりとりの中にございましたように、本件空域はダブった性格を持っておりまして、一つは進入管制上必要であるという空域、と同時にもう一つの性格は、伊江島でいろいろな演習を行うときにどうしてもその空域が必要だ、そういう性格を持っておるものですから、理論的にたとえ進入管制の空域として日本側が取ってしまっても、演習をするための空域という意味でアメリカ側は必要だ、こういう考え方だと思うのです。ですから、なかなかその辺の問題があるのではないか。  この空域の問題につきましては、たとえば去年の末に伊江村が議会で議決いたしまして、ぜひこれをあけてくれという要請を外務省にもいたしておりますので、この問題は十分私たちも問題のあることは承知しておりますけれども、問題としてはなかなかむずかしいんじゃないかなという感じは持っております。
  95. 玉城栄一

    ○玉城委員 そうしますと、むずかしいんじゃないかということからしますと、当分はそういう状態で置かれることもやむを得ないという考え方に立っていらっしゃるわけですか。そういう業務をわが国が引き受けて、そういうところに支障がないような態勢に持っていくという考えは当分はない、こういうことですか。
  96. 丹波実

    ○丹波説明員 先ほども御議論がございましたけれども、本件はまず伊江島補助飛行場の移転そのものの問題が根っこにあるんだと思うのです。それがまず根本の解決だと思います。ただ、それに至るまでは、想像されるところ相当の時間が恐らくかかるであろう、それじゃそれまではいまの空域問題をほっておくのかということが、簡単に言えばいまの先生の御質問だと思うのですけれども、現地からいろいろな要請がございまして、アメリカ側に非公式に当たったところでは、なかなかむずかしいという感触を得ておるのですけれども、われわれとしては、この問題はむずかしいからほっておけという気持ちは持っておりません。今後とも施設庁とか関係機関と協議の上、アメリカ側と話し合いは行っていきたい、ただいま先生から再びこの問題を提起されたということも念頭に置いて、この問題を考えていきたいとは思っております。
  97. 玉城栄一

    ○玉城委員 それじゃ、これは次の機会にいろいろまた話し合いをしていきたいと思います。運輸省の方、どうもありがとうございました。  ちょっと問題を変えまして、これは防衛施設庁の方に伺いたいわけでありますが、先日の当委員会におきましても御質問させていただきましたけれども、非常にそっけない返事が返ってまいりました。それできょうもこの問題を再び、これは当委員会で、私に限らず、ここにいらっしゃる國場先生もまた大城先生もやっていらっしゃるわけです。いわゆる沖繩県の下水道料金、下水道負担金ですね。米軍が去年の一月から料金を払ってないといいますか、これはいろいろないきさつがありますけれども。  それで施設庁の方に伺いたいのは、この問題について沖繩県からいつの時点で御相談があったのか、相談内容はどういうことであったのか、その辺からまず伺いたいと思います。
  98. 箭内慶次郎

    ○箭内説明員 ただいまお尋ねの沖繩の嘉手納飛行場における下水処理の問題でございますが、本年の三月の半ばに、沖繩県知事の方から、那覇防衛施設局を経由して防衛施設庁に対して要請がございました。これはただいま御指摘のとおり、過去一年以上にわたりまして、沖繩県と米軍との間で下水道の使用料の支払いについて交渉しておったけれども解決がつかない、解決が困難であるのでひとつその解決について援助をお願いしたい、本件については合同委員会に提案して解決を願いたいという趣旨でございます。  私どもそれを受けましていろいろ検討したわけでございますが、なおそれにつきましては、その添付資料等も不足しておりましたので、それの提出を県の方へお願いしておりましたところ、今月の七日に至りまして那覇防衛施設局の方へそれが提出されたと聞いております。現在、那覇防衛施設局の方におきましてそれを鋭意審査検討しておるわけでございますが、聞くところによりますと、若干なお資料等に不足な点があるということで、現在沖繩県の方といろいろ調整を行っておるというふうに伺っております。
  99. 玉城栄一

    ○玉城委員 三月の半ばということをおっしゃっておりますけれども、そうじゃないでしょう。県から皆さん方に調停の依頼をされているのはことしじゃないですよ、去年です。去年の六月です。ですから、その時点で皆さんはもうわかっているわけです。三月の半ばというのは違います。この問題について沖繩県からいわゆる皆さん方に調停の依頼、そういう内容の話し合いがあったのはいつかということを聞いているわけです。それは三月の半ばですか。
  100. 箭内慶次郎

    ○箭内説明員 ただいま私が三月の半ばと申しましたのは、沖繩県知事から防衛施設庁に対しまして、公文書によってその依頼があった時期でございます。  ただいま御指摘のように昨年ごろから、現地においては那覇防衛施設局に対しましていろいろ話があったということは承知しております。それから本年に入りまして沖繩県の副知事もこちらへ来られまして、いろいろ口頭ではお願いを受けておるわけでございます。
  101. 玉城栄一

    ○玉城委員 現地の那覇の防衛施設局も防衛施設庁も、出先の機関でありまして、同じですよ。それで、すでに去年の六月の段階でちゃんと県知事名で現地の方には要請してありますよ。ですから、数えればもう約一年近くになるわけです、県の方から依頼を受けて、この問題を皆さん方が知ってから。その前に、もちろん県は独自で、早く前のとおりの下水道料を払ってくれと、再三再四やってらちが明かない。それで、防衛施設庁の方に何とか調停して米軍に払わせてくれ、ずっとそれが約一年近くまで来ているわけです。それでもなおらちが明かない。さっきの話では、合同委員会に上げてどうのこうのという話ですね。そこでまた調停しようという話になっているわけでしょう。  これ以上言っても皆さん方にはなんですけれども、最後に長官に伺いたいわけですが、これは長官もいきさつは御存じのとおりですね。県の財政、この下水道特別会計はもう穴があきますね、当然米軍の支払うべき下水道料金が入ってこないということで。その分一般会計で補てんしてみたり、そういう状況で、もういま五月ですから、十七、八カ月と経過したまま、なお米軍からその下水道料が入ってくる見通しが立たないままの状況にあるわけです。したがって、現地の方ではもう水をとめるぞという話まで出てきているわけです。日米安保条約に基づいて米軍が駐留する、これはわが国の基本的な立場だと政府はおっしゃっているわけですから、下水道料金を払ったの払わないのという状況で、水までとめられて、安保条約に基づいて米軍が駐留して、それが日本の安全あるいはアジアのどうのこうのということに重大な支障を及ぼしてきたときには、もう大問題だと思うのです。もちろん、県は県でそういう予算に組まれた料金が入ってこないわけですから大問題になっている。長官、こういう状態を御存じだと思いますが、どのようにお考えになられますか。
  102. 小渕恵三

    小渕国務大臣 たしか、本問題につきましては、私も、今日のみならず他日も当委員会で御議論ありましたこと、各委員からの御指摘を承って、お聞きをいたしております。  いずれにいたしましても、沖繩県の中に起きました問題として、今時点まで解決を見ておりませんことは、開発庁長官としてまことに憂慮いたしておるところでございます。しかし、いずれにいたしましても、これは米軍と地元行政庁とのかかわり合いの問題でございますし、また、施設自体がこの問題につきまして鋭意解決のために努力をいたしておることと承知をいたしておりますので、それぞれの担当の部署におきまして、さらに誠心誠意、本問題について一日も早く解決されるよう、最善の努力を心から期待をいたしておる次第でございます。
  103. 玉城栄一

    ○玉城委員 長官がそこまで非常に憂慮しておるということをおっしゃられましたが、これまでらちが明かないわけですね。ですから、これが合同委員会にかけられる、合同委員会の中に調停委員会ですか、契約調停委員会、そこでまたかけられるということですけれども、これまでの経過をずっと見ますと、県側の要求どおりには米軍は払う意思がないのです。そうしますと、県は入るべき歳入が入ってこないということで、大変なことになるわけです。施設庁、何かいい考え方があるのですか。
  104. 箭内慶次郎

    ○箭内説明員 この問題は、契約上の紛争の問題でございますので、県と米軍との間で円満な解決をすることを期待しているわけです。したがいまして、防衛施設庁といたしましては、両者の間で円満な解決を見るような解決策といいますか、これを考えて調停を行うという立場でございまして、現在現地の調査どもいたしまして、具体的にどういうふうにしたらいいかということを鋭意検討中でございます。  これから日米合同委員会に提案してやろうかということで、そういう方向で現在検討を進めておるわけでございますが、具体的に米軍とどのような交渉を行うかということにつきましては、現在検討中でございまして、まだ具体的にここでお話しするような段階には至っておりません。
  105. 玉城栄一

    ○玉城委員 次は、厚生省の方にちょっと伺いたいのですが、いらっしゃいますか。  沖繩の僻地医療の実態について簡単に伺っておきたいわけですが、その中で私のお聞きしたいことは、沖繩県の一番南の方にあります竹富町ですね、そこで町当局とそれから住民の方々と従来いらっしゃったお医者さんと、いろいろトラブル等があったやに承りまして、これは県の管轄下にあるわけですが、急に配置転換になりまして無医地区になったということで、住民の方々は、これは離島ですから、石垣島にまた医療のために来なくちゃならぬ、相当の経費がかかるということで、非常にいま関係地域住民の方々がこの点を何とかしてくれということなんです。その辺について厚生省はいかがでしょうか。
  106. 森幸男

    ○森説明員 いま先生指摘は西表の診療所の件だと思いますが、実は私どもまだ県の方から具体的な報告を聞いておりませんので、詳細については存じていないわけでございますが、いま先生おっしゃいましたように、診療所で勤務をされるお医者さんが実際にいなくなったということでございまして、この点につきましては、その診療所が地域の医療を確保するというような意味でこれまで果たしてきた役割りから考えましても、私どもとしても、地域住民の医療を確保するという観点から、心配しておるところでございます。
  107. 玉城栄一

    ○玉城委員 まあ御心配はしておられるということですが、これは県の僻地医療の行政についての問題もあろうかと思います。したがって、ただ心配されているだけではなくて、実際にもう医者がいなくなって、離島の方々は非常に不安に陥っているわけですから、厚生省としても、県の方と協力して実態を調べられながら何らかの手は打たれると思うのですが、その辺はいかがでしょう。
  108. 森幸男

    ○森説明員 これは先ほど先生おっしゃいましたように、第一義的には沖繩県において対処すべき問題であるというふうに考えておりますけれども、僻地医療を確保するという観点から、もちろん私どもにも間接的ではございますが関係がある問題でございますので、何でしたら県の方からもまた事情を聞きまして、今後どういうふうにすべきか、考えてみたいと思います。
  109. 玉城栄一

    ○玉城委員 ありがとうございました。  時間がございませんので、最後に、これも私もよくわかりませんので、この機会に防衛施設庁の方に伺っておきたいのですが、キャンプ・シュワブで、国道の下の方に地下道をつくって、約二億の経費をかけて工事を始められたということですが、この辺の経過を簡単に御説明いただきたいと思います。
  110. 久保邑男

    ○久保説明員 お答えいたします。  キャンプ・シュワブの一部返還につきましては、御承知のとおり、十六回日米安保協議委員会において、移設措置とその実施に係る合意の成立後返還される施設、区域として了承されております。その後、日米間において移設の条件等につきまして調整を行った結果、昭和五十五年三月二十四日、日米合同委員会において、いま御質問のありました地下道を含めまして、進入路及びピストル射撃場を移設することを条件に、同施設、区域の国道三百二十九号線沿いの約十七万平方メートルを返還することが合意されたものであります。  そのうち、進入路建設工事の一部として計画した国道三百二十九号線地区下の地下道建設計画は、現在の隊舎地区と演習場地区が国道三百二十九号線をはさんで存在しているために、訓練等のため、米軍が、両地区間を移動するに当たって重車両等が同国道を使用するし、また横断するため、従来より交通に支障があるとして、地元から善処方の要望が出されてきたものであります。  施設庁としましては、周辺住民の安全対策並びに国道の交通渋滞の防止及び一般車両の円滑な通行を確保するため、地下道方式を採用することとしたものであります。
  111. 玉城栄一

    ○玉城委員 いろいろそういう手続はきちっとされているでしょうけれども、米軍の宿舎と演習場のために、国道の下に地下道まで掘りまして、こんなことまでしなくてもいいのじゃないかという感じがしますのでね。  もう時間がございませんので、以上で終わります。
  112. 河村勝

    河村委員長 榊利夫君。
  113. 榊利夫

    ○榊委員 最初に、下地空港の問題でお尋ねいたします。  宮古の下地空港が七月に開港する予定だと聞いております。この下地空港そのものについては論議のあるところでありますが、開港となれば、当然運輸省の職員が配置され、仕事につくということになります。きょうは時間の関係もありますので、職員の処遇問題にしぼって人事院の見解を聞きたい、こう思っておるわけです。  空港が開設ということになりますと、当然一般職給与法第十三条の二、いわゆる特地勤務手当ですね、この適用を受けることになると思いますが、それはそうですね。
  114. 林博男

    ○林説明員 先生おっしゃるとおりであります。
  115. 榊利夫

    ○榊委員 そうすると、人事院規則の九の五十五の別表ですか、これの改正が必要になるのじゃないでしょうか。人事院としては当然その準備を進めておられると思いますけれども、お聞かせ願います。
  116. 林博男

    ○林説明員 新たに下地空港ができました場合に、これを特地官署として指定いたしますれば、規則の別表を改正することに相なります。
  117. 榊利夫

    ○榊委員 その際、級地の指定に関して運輸省との間で協議するとか意見交換を行うとかということは行っておられるでしょうね。また、運輸省はこの点についてどういう見解なのでしょうか。
  118. 林博男

    ○林説明員 運輸省の方からはいろいろお話を伺って、あるいはデータなどもちょうだいいたしております。
  119. 榊利夫

    ○榊委員 御承知のように、下地の島は伊良部島と隣り合っているわけですけれども、現在では人が住んでいないわけです。そういう点で、言い方は余り感心しませんけれども、妥当かどうかは別といたしまして、離島中でも全くの離島、こう言うことができると思います。級地の指定に当たっては、当然このことが配慮されるのではないか、また配慮しなければいけないのではないかと思いますが、その点の見解はどうでしょうか。
  120. 林博男

    ○林説明員 特地勤務手当につきましては、先生承知のとおり、要するに生活環境に着目いたしまして、生活が著しく不便な地に所在する官署に勤務する職員に対して支給する、こういうことにいたしております。  その具体的な基準といたしましては、生活の不便度につきまして、隔遠の度合いであるとか、交通機関の有無でありますとか、あるいは学校とか病院とか役場等の状況、そういったものを中心にいたしまして、一定の基準に基づきましてこれを点数化いたしまして総合いたします。そうして、その点数の区分によりまして、一番軽度なものが一級地、それから二級地、三級地とまいりまして、一番生活不便の度合いの強いところ、それが最高六級地というところで、いずれかの地域に官署を区分する、こういうことでございます。
  121. 榊利夫

    ○榊委員 仄聞するところによりますと、全運輸労組は四級地以上の指定を要望しておられるというふうに聞いております。これはいまの説明にもちょっとありましたけれども、現行の宮古空港が三級地ですか、それから奄美空港が四級地、徳之島が五級地に指定されているというふうに聞いておりますが、こういう状況から見ても、四級地以上というのは当を得た要望ではないかと思いますけれども、その点はどういうふうにお考えでしょうか。
  122. 林博男

    ○林説明員 先生指摘のとおり、宮古に比べますと、隔遠の度合いとしてはより厳しいということは当然でございますけれども、果たしてその程度が、宮古の三級地に比べて級地を上に格づけするだけの基準に該当するかどうかということは、現在、既存のデータに基づいて検討いたしますと、ちょっとそこまでいくかどうかなという感じでございます。これは既存のデータでございますから、これからまた最新のデータをちょうだいしまして、検討いたしたいということでございます。
  123. 榊利夫

    ○榊委員 ここに地図を持ってきておりますけれども、宮古がありまして、そのわきに海を介して下地があるわけです。ここは、宮古の方はかなり大きな町もありますし、生活上の利便という点もはるかにこの下地に比べればあるわけで、その点では宮古の三級地と同等ということはちょっとあり得ないわけで、それはしかるべく総合的な判断が必要ではございますけれども、この総合的な判断の上に、指定に当たっては四級地以上、こういう要望は当を得たものであると思いますし、そういう方向で御努力お願いしたいと思います。
  124. 林博男

    ○林説明員 御要望の趣旨はよく承知しておりますけれども、同じ三級地と申しましても幅のある話でございまして、いわばほとんど二級地に近いような三級地というのもございますし、四級地にほとんど近いという三級地も当然あり得るわけでございまして、そこの幅の中でどうなるかということを、先ほど申し上げましたように、新しいデータを関係当局からちょうだいいたしまして、これに基づきまして検討いたしたい、かように考えております。
  125. 榊利夫

    ○榊委員 念のためお聞かせ願いたいのですが、その問題では、後ろ向き、前向き、哲学みたいなものですけれども、少なくとも前向きに考える余地というものは十分にある問題でしょうか、どうでしょうか。
  126. 林博男

    ○林説明員 これはいろいろな条件を点数化いたしまして、何点ということで出てまいります。したがいまして、かなりの幅がございますけれども、何点から何点であれば何級地、こういうことになりますので、その点数がどういうふうになるか、こういうことでございます。
  127. 榊利夫

    ○榊委員 やはり、ここで働く航空関係者が安心して夢を持ってこの島で働くことができるように、ぜひその点では前向きの解決をしていただきたい。このことを要望しておきます。その点よろしゅうございますか。
  128. 林博男

    ○林説明員 御要望の趣旨は十分わかりますので、せっかく検討いたすつもりでございます。
  129. 榊利夫

    ○榊委員 どうもありがとうございました。  二番目は、九日のこの委員会で私が質問したことでございますけれども、原子力潜水艦のロングビーチが三月に沖繩ホワイトビーチ、金武港に寄港した際、放射能の異常が起こったという問題でございます。これはいまも県民の中に大きな不安が残っている問題として、引き続いている問題でございます。前回時間がなくて中途で質問の話題をほかに転じましたので、ちょっとそのことを続けて質問させていただきたい、こう思っておるわけであります。  この点について、いわゆるカウント数が平常値を上回って出ているということは確かではないかと思うのです。政府の定めた基準を超えていなかった、仮にそういたしましても、この問題はやはり単純に済ますわけにはいかない。と申しますのは、政府は、調査結果が通常でないからこそアメリカ側にも問い合わせたのではなかったかと思うのです。その点どうなんでしょうか。
  130. 穂波穰

    ○穂波説明員 お答えいたします。  事実関係は、三月十七日及び二十一日に、わが国の放射能調査体制のうちのモニタリングポストの一つに、変動値が観測されたことに端を発しておるわけでございます。変動値の観測と申しますのは、種々の要因によっても起こり得るわけでございます。たとえば雨が降りました場合に、天然放射性物質から出ますラドン、トロン等の影響を受けまして、観測値が晴天時の二倍ないし三倍になる。また、軍艦に搭載しておりますレーダーを試運転なんかしておりますと、その影響を受けることがございます。よく港で行われます軍艦の修理に用います非破壊検査用のエックス線装置、あるいはコバルト60等のガンマ線を用いました、非破壊検査装置から出る放射線の影響によりましても上昇する場合がございます。  こういったことにつきまして、私どもは不幸な経験を持っておりまして、昭和四十三年五月に佐世保港で起こりましたソードフィッシュ事件のときに、種々のこういった要因を調査いたしまして、その後、われわれのモニタリングポストがそういう影響を受けることがないように、雨の影響というのはやむを得ませんが、レーダーの影響等を受けることがないように、改修してきた次第でございます。  ことしの三月に受けました変動値につきましても、モニタリングポストのうちの一つのみについて観測されているということ、あるいは晴天が続いていたということから、降雨による影響とは私どもは認めませんでした。なお、その直後にとりました海水及び海底土の核種分析結果からは、特に異常値も出ておりませんでした。したがいまして、この変動値がどういう原因であるかというのは、われわれ調査体制をとっている者には非常に追求すべき点でございますので、アメリカ側にもこの間の事情調査を依頼した次第でございます。
  131. 榊利夫

    ○榊委員 その後はどうですか。現在はどうですか。
  132. 穂波穰

    ○穂波説明員 三月二十二日に外務省を通じて、米側に事情調査を依頼した次第でございます。同時に、この件につきまして報道発表をいたしました。  その後、四月七日に行われました科学技術庁の専門家会議の評価分析委員会及び米国原子力軍艦調査専門家会議、この両会議に、先ほど申し上げました核種分析の結果、と申しますのは現地沖繩における核種分析の結果でございましたが、さらに詳細な核種分析を、千葉にございます日本分析センターで行った結果が出てまいりましたので、モニタリングポストのチャート、現地における核種分析のチャート、及び分析センターで行いました分析結果、この三者のものを出しまして、この両専門家会議で種々検討していただいた次第でございます。その結果は、種々のデータをつけ合わせてみましたけれども、モニタリングポストに出ております変動値の原因を追求することはできないという専門家の御判断でございました。  その後、四月九日午後米軍から回答が参った次第でございます。この回答の内容は、自然変動による測定値の変動があり得ること等、その変動の原因を米側としてはやや説明をしているような回答でございます。それからまた、「ロングビーチ」が出港後、米軍の手によって採取した海水及び海底土からは異常値は検出されず、バックグランドの上昇は見られない、こういう回答が主な点だったと存じております。  この件につきまして、四月十八日に同じく開催されました、米原子力軍艦放射能調査専門家会議に提出したしまして御判断をいただいて、特にその原因は米側の回答からはやはり究明することができなかった、こういう流れになっております。
  133. 榊利夫

    ○榊委員 そこで質問いたしますけれども、科学技術庁の発表では、測定された内容は当該モニタリングポストの平常値の変動幅の中に入っているというふうになっていて、「全く通常の環境変動に起因する」というふうな文言というのはなかったと思いますけれども、それはそうですね。
  134. 穂波穰

    ○穂波説明員 そのとおりでございます。当日発表しました文書は、変動値は観測された、しかしながらこの変動値は自然条件の変化による変動幅の中には入っておるという言い方はしておりますが、当日は晴天であったので、この程度の変動があったと認めた旨の新聞発表をしております。
  135. 榊利夫

    ○榊委員 いまお話のありました四月九日のアメリカ側からの回答、私もここにいただいて持っておりますけれども、これを見ますと、アメリカ側の回答はこうなっているわけですね。「科学技術庁は、得られた表示値が全く通常の環境変動に起因する通常の変動範囲内(毎秒九から十八カウント)に十分におさまるものであることを認めている。」、こう述べているのです。そうしますと、明らかに食い違うのですね。科学技術庁が述べていないことを「こう述べている」というふうに米側の回答は述べている、これはおかしいのじゃないでしょうか。
  136. 穂波穰

    ○穂波説明員 ただいま先生御朗読なさいましたのは、私どもが米軍の回答を得たときに新聞記者に対しまして仮訳としてつけた日本文でございますが「科学技術庁は、得られた表示値が全く通常の環境変動に起因する通常の変動範囲内(毎秒九から十八カウント)に十分におさまるものであることを認めている。」これが私どもの仮訳でございます。これは英文と突き合わせて見ますと、毎秒九から十八カウントの中にあるというのは自然環境の変動があった場合の話でございます。そういう意味で私どもは外務省にも御連絡申し上げましたし、米側としてもそういったニュアンスで書いているのは間違いないと思います。今回の値が通常の環境変動による値の中であるのは間違いございません。
  137. 榊利夫

    ○榊委員 そうすると、政府としては、調査結果がいわゆる通常じゃないからアメリカ側に問い合わせたのじゃないんですか。
  138. 穂波穰

    ○穂波説明員 先生指摘のとおりでございます。私どもが米側に調査依頼しましたのは、先ほど申し上げましたように、晴天が続いておりまして降雨もございませんときに、ああいう変動が一つのモニタリングポストのみに出るということは、何らかその付近にあったものに起因するのではないかということで聞いた次第でございます。
  139. 榊利夫

    ○榊委員 そうしますと、科学技術庁の方からアメリカ側には「全く通常の環境変動」云々、こういう言葉はなかったわけですね。
  140. 穂波穰

    ○穂波説明員 米側には外務省を通じて説明したわけでございますが、その説明資料のうちに、この九から十八カウントと、かつて降雨時に出たデータは示しておりまして、その場合には、こういった降雨が生じた場合にはモニタリングポストの一つのみにそういう変動が生ずるのではなくて、あそこには三カ所空中計と海水計がございますから合計六基の検出計があるわけでございますが、そういうもの全体に影響が出るはずである、今回は唯一の検出器に異常が出ている、これははっきり説明した記憶がございます。
  141. 榊利夫

    ○榊委員 そうすると、やはりそこには両者の表現に微妙な食い違いがあるわけですね。
  142. 穂波穰

    ○穂波説明員 米側の回答という意味では、科学技術庁の認識とまず食い違ってはいないと思います。米側の回答は必ずしも、今回の変動幅が自然環境の変動によって生じたものだ、これは言っておりません。
  143. 榊利夫

    ○榊委員 大きな食い違いはない、しかし少なくとも表現が違うことは明らかでしょう。
  144. 穂波穰

    ○穂波説明員 米軍のこの文書の流れは、まさに先生いま御指摘のところからトーンが変わっておりまして、科学技術庁は、こういう変動が生ずる、そして今回の変動が環境変動があった場合にはそういったものの中に入るということを言い、それから、こういった低いレベルでは種々雑音等で影響を受けるから、低い値を見るときには注意しなければいけないというトーンになりまして、その後米軍が海水及び海底土を採取して分析した結果は、環境の放射能、バックグランドの上昇するような原因は見当たっていないというトーンになっておりまして、必ずしもそこのところが明確になっておるわけではございません。
  145. 榊利夫

    ○榊委員 そういう点では、私はやはり外交文書の正確さという点で問題がある、真実に反するとまで言わなくても、真実とは若干のずれがあるような文言が外交文書にあらわれてくるということは好ましくない、こう思うのです。これはやはり、少なくとも日本政府、科学技術庁がそれなりの責任で出されたものだろうと私は思います。それがアメリカの外交文書にひかれて、こちら側に戻ってくるときに、必ずしもそのとおりでなくて、若干ニュアンスの違った用いられ方をするということは避けなくてはいけないことだ。そういう点では、これは科学技術庁さんというよりも、むしろ外務省あたりはこういう問題をどういうように考えているのか、この機会に、あるいは来ておればの話ですが、それでいいのですか。
  146. 丹波実

    ○丹波説明員 本件の処理に関しましては、非常に専門の知識を要することなのでございますので、われわれとしては、常時密接に科学技術庁の皆さんと協議しながら、アメリカにも申し入れをしたり、その後の処理をしたわけでございます。  この紙でございますけれども先生いま外交文書と言われたのですけれども、言葉をあれするつもりは毛頭ないのですが、アメリカ側が回答してきましたときに、確かに英語の文書は持ってきましたけれども、これは本来私たちが口頭で回答するものですが、しかしながら、そのわれわれの口頭の文書を書き取ったり何かして間違ってはなんですから、タイプしておきましたよという程度の紙として考えてくれということがあったわけで、その点だけちょっと御説明させていただきたいと思います。
  147. 榊利夫

    ○榊委員 いや、それは国家間のやりとりの文書というのは外交文書ですよ、それはいろいろなレベルのものがあっても。だからそれはあえて弁明なさらなくてもいいわけで、そういうものがやはりいろいろな問題を引き起こしてくる、それからまたいろいろの誤解も生まれるし、また解決可能なものもむずかしくする、そういう意味合いにおいて私はいま言っているわけであります。  私があえてこの問題を言うのは、これまでの一つの歴史的な背景と申しますか、原子力軍艦の放射能たれ流しの問題というのは、これまでも、先ほどもちょっとありましたように、例の佐世保の問題と言い、非常にその当時から世論を騒がしてきた問題でもあるわけです。それが根本的な解決を見ないまま今日に至っている。そういう言うなれば二十年ぐらいの、あるいは佐世保の場合は一九六八年でしたかね、だからかなり長いわけです。六八年だからもう十数年たっているわけです。そういう点で、こういう微妙な問題の食い違いといったものもきちっきちっとやっていかないと、やはり軍事機密であるとか、あるいは軍の属性であるとか特殊性であるとか、そういったことで、言葉は悪いですけれども、結果的にはごまかされてあいまいなままに進んでいく。あるときどかっとその被害が出てももう後の祭り、こういうことにならないように、ここにまさに政治の責任があるから、あえて言及しているわけでございます。  そこで、一言だけお伺いしますけれども、外務省では、この問題については何かアメリカ側に善処を求めるとか、若干コメントを求めるとか、あるいはこちらからコメントするとか、そういうことはあったんでしょうか。
  148. 丹波実

    ○丹波説明員 申しわけございませんが、先生の御質問の趣旨が必ずしもちょっとよくわからないのでもう一度……
  149. 榊利夫

    ○榊委員 つまり、この問題でアメリカ側に言ったことがあるかということです、これをもらった以後に。
  150. 丹波実

    ○丹波説明員 わかりました。  アメリカ側の回答の内容につきましては、今回の寄港による環境への影響というのがないという結論でございましたし、かつ、アメリカ側に科学技術庁の要請によって本件を申し入れた段階で、アメリカ側といろんな意見交換をしましたけれども、そのときに、アメリカ側は、今後ともあるゆる放射性廃棄物の取り扱いについては厳重な管理を行っていく、アメリカとしても本件は非常に重要なことだと考えておる、われわれとしても非常に重要なことだと思っているんで、そこは細心の注意をもって実施するようにということを返す返すも申し入れておるものですから、私たちは当面これで十分だと思っておりますけれども、今後ともこのような観点から随時アメリカ側の注意は喚起していきたい、こうふうに考えておるわけです。
  151. 榊利夫

    ○榊委員 時間がありませんので、その問題とちょっと似ておりますけれども、続けて別の問題に移っていきます。  やはりアメリカ側に問い合わせていく、事実をはっきりさせていくという問題でございますけれども、いまの放射能の問題も、これからもあれこれ問題になってくる可能性があります。そういう点では、しかるべき時期に合同委員会なりにそういう安全性の問題というのは出すことは、やはり考えていってもらいたいと思うのです。  関連して、これはきのうの本会議でも私はお尋ねしたのですけれども沖繩基地の米軍がイラン作戦に参加しなかったかどうかという問題です。例の問題ですね。これはアメリカ側に問い合わせたという回答がすでに二回、本会議とこの前の沖特であるわけでございますが、もう一度お尋ねしますけれども、いつ、どこで、だれが、だれに、どういう方法で確かめられたのですか。
  152. 丹波実

    ○丹波説明員 突然の御質問なので具体的な日にちは覚えていませんけれども、イランの人質救出作戦がございまして、その後御承知のとおり、安保特別委員会で本件についての質疑が行われましたので、その当日、ワシントンの日本大使館に、このような点が国会及び日本の新聞で論点となっておる、したがってアメリカの国防総省の担当部局に事実関係を調査しろという訓令を出しまして、安保特別委員会がありましたのは四月二十六日だと記憶しておりますけれども、それから三、四日たってと思いますけれども、アメリカ側から回答がございまして、回答の内容はすでに申し上げたとおりでございますけれども、この辺の具体的な日にちについては、追って先生の方に御連絡しても結構でございます。
  153. 榊利夫

    ○榊委員 そうしますと、このアメリカ側の回答では、少なくともC130にしか触れていないわけですね。沖繩駐留の第一特殊作戦中隊、つまりMC130Eについては何も述べていないわけです。四月二十五日の人質奪還作戦を中心に、このMC130Eが沖繩の基地にいなかったということはもう確定的なんですよ。だから、それについては確かめられたのですか。
  154. 丹波実

    ○丹波説明員 照会した骨子は、沖繩に配備されておるMC130の機数、それからそのMC130がイランの人質救出作戦で使用された可能性、この二点でございます。  第一点につきましては、アメリカ側は、嘉手納飛行場には確かにMC130が四機配属されております、しかしながら、この四機のMC130が一定の日、一定の時点にどのような行動をとっていたか、どこにいたかということについては、これは常々、一般的にアメリカ側が言っておるとおり、米軍の個々の活動にわたる問題なので申し上げられない、こういうことです。  それから、第二点につきましては、そのイランの人質救出作戦に使われたC130については本土から行ったものである、こういうふうに考えてほしい、こういう回答でございます。
  155. 榊利夫

    ○榊委員 それで、やはりそこで見ますと、いわゆるいまのその回答は五月二日じゃないですか、この回答だけで、調査をしたと済ませるということはどうかと思うのですね。  それで、もし沖繩のMC130Eがイランに参加するため出動していれば、あなたの専門ですけれども、安保条約のたてまえから、こういう点からも重大問題ですし、それから、アメリカは言わないからとだけで済ませるわけにはいかない。と申しますのは、いろいろの情況証拠と申しますか、いろいろな事実関係が出ているわけですよ。軍医の問題であるとか、看護婦がその前後にも出ているとかですね。だからこれはやはり明確にさせるべき問題でありまして、それがやはり、沖繩県民初め国民の不安と疑惑を晴らす道だ、こう思うのです。  それで、最後に質問ですけれども、やはり政府がみずから調査をするという必要があるんじゃないか。可能な方法は幾らもあると私は思いますよ。たとえばアメリカ側への再照会ということもあるでしょうし、あるいは在日米軍に聞くということだってあるし、あるいは駐日イラン大使館を通じてだとか、あるいは在イランの日本大使館を通じてだの、いろいろとそういった自前による調査もありますし、問題は、その気があるのかないのか。アメリカが一回そういう回答をしてきたから、その顔色をうかがって気がねしてということじゃなくて、その気があるかどうか、その点ずばり、しぼって質問したいと思います。
  156. 丹波実

    ○丹波説明員 二点申し上げたいと思うのですけれども、第一点は、やはり軍隊の属性として、その軍隊の装備の一つ一つについて、あるいは航空機、船の一艦、一機の行動について、常にその存在といいますか、行動の内容をアメリカ側に明らかにすることを求めていくということは、あるいはアメリカがそれは明らかにできないと言うのは、それは軍隊の属性として理解できるのではないか、私はこう考えておるわけです。  それから第二点は、これも非常に重要なことだと思うのですが、私たちは、日本にいる在日米軍というものは国連憲章、安保条約、地位協定その他の関連取り決めの枠内で、別な言葉で申し上げますと、一般国際法及び特別国際法の枠内で行動しておるというのがわれわれの理解でございますから、そういう観点からも、私たちは、これ以上本件についてアメリカ側に照会する必要はないと考えておるわけです。
  157. 榊利夫

    ○榊委員 最後に一点だけ。  枠内で行動していないという疑惑があるからこそ問題になっているわけでありまして、それを頭から決めてこれ以上聞く必要がない、これは私はやはりお役所仕事だと思うのですよ。みんなが不安を持っている。しかもマスコミでもこの問題は非常に大きく現地でも騒がれ、それでいまに引き続いている問題でありますし、これから問題が重大化していくという可能性も大いにはらんでいる、そういうときであるだけに、私はやはりこの点については責任ある立場から、可能な方法で自前の調査もすべきである、こう思うわけであります。あるいはいまの答弁を繰り返されるかもしれませんけれども、少なくとも国民的な立場から見るならばそうあるべきだ、こういう筋道だけは私は申し上げておきたいと思うのです。
  158. 丹波実

    ○丹波説明員 御意見としてお伺いしておきたいと思います。
  159. 河村勝

    河村委員長 本日は、これにて散会いたします。     午後四時十二分散会