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参考人(
向坊隆君)
お答えいたさせていただきます。
文学部での事件、特に火災を起こしましたことにつきまして、まことに国家、社会に対して申しわけないと存じておりまして、私
ども重大な責任を感じておる次第でございます。
ただいま
秦野委員から御
指摘の点につきましては、まことに社会からごらんになりますと、
大学というところは何をしておるんだろうという御批判があるのは十分了解できるところでございますが、今回の文学部の事件の
経緯の中で、
学生が部屋に座り込むとか、あるいは先生を追及するというような行為は、これはもう
大学として許せない行為でございますけれ
ども、
大学の処分というのは、部局からの申請がございませんとこれは取り上げないわけでございまして、その学部で、そういう事態にもかかわらず、話し合いで何とか解決しようという努力をなさっておられる間は、私としてはまあ何もできないわけでございます。文学部としても、ここに八月二十三日に文学部長が退去命令を出されるまでは「坐り込み」という表現を使っておりまして、私に、占拠状態だから排除してくれというような
要請は何もございませんでしたのです。私も困ったことだと思いながら、文学部の努力を見守っておったというわけでございます。
それで、排除をいたしました
時点におきましては、文学部も確かにこれは占拠であって、排除すべきものであるという
考えを固めておられましたし、文学部での非常な御努力にかかわらず、退去させることが不可能であるという見きわめがついた
時点で、私としては緊急事態と判断して、警察力を
要請して排除した、そういう状態でございます。
火災の後、私
どもは何をしたかと申しますと、まず、これは私
どもの管理責任をはっきりさせるべきであると
考えまして、
最初に取り上げたのは、評議会で私及び文学部長の責任を
審査してもらったわけでございまして、その
審査の結果、懲戒処分というのが決まりましたので、私
どもはそれを受けて
文部省に上申した次第でございます。
その後は、もちろんその間もその出火の事実の把握、それから出火の原因の
調査等は
大学なりにいたしましたけれ
ども、これは
大学の力では出火の原因は把握できませんです。それから、出火の直接責任者の責任は、これは文学部で特別に
委員会をつくられまして、詳細に
検討されたわけです。その結果も、どうしても出火の直接責任者は特定することができませんでしたので、文学部が今回出された上申では、ごらんくださいますように、文学部長が占拠として退去を命じたにかかわらず、居残りまして、そうしてそのためにこの出火事件の原因をつくったと、直接の出火の責任者と特定はできませんけれ
ども、そういうことで出火の原因をつくったと見られる三名の
学生に対して、処分をすべきであるという
結論を出されて、上申してこられたわけでございます。
その上申書は、二つの部分から成っておりまして、一つは懲戒処分の提案でございますが、それに対して、「本学ではここ十年程学則にもとづく
学生の処分は行われていませんので、その点もご配慮の上、よろしくお取り計らい願います。」という二つの部分からできております。これを受けまして、私
どもといたしましても、まあ詳細に
検討いたしました。東京
大学におきましては、御承知の
大学紛争のときに、
学生と教官との間に確認書というものを交わしまして、それに一応縛られているわけでございます。これをまあ詳細に
検討いたしました結果、確認書によってこの処分の適用範囲及び処分の手続については、制限あるいは修正されたところはございますが、処分
制度そのものは否定されておらないということを、確認書及びその前後の文書を詳細に
検討いたしまして、私としては判断したわけでございます。したがって、文学部の場合にも、この処分の申請をなさったということは、ぼくは妥当なことであったと、
大学として不当なことをなさったわけではないと判断したわけでございますが、一方にこの十年間東京
大学で処分がなされなかったという事実がございます。この事実は、処分するような事件がなかったからではございませんで、処分して当然であると世間でもお
考えになるような事件が幾つかあったわけでございますが、それについての処分上申がなかったために処分が行われなかったわけでございます。その処分の上申が行われなかったという理由でございますが、これが一般社会ではなかなか御
理解いただきにくい点と存じますけれ
ども、学内におきまして確認書が交わされた後に、いろいろこの確認書の解釈につきまして違った意見ができまして、この確認書が交わされた以上処分ば一応たな上げになったんであるという
考え方を持つ者が相当いたわけでございます。
学生諸君の間には特にそういう
考え方が強かったと思います。それで、私といたしましては、その間新しい処分
制度も制定されませんし、それから確認書によって制限されていることはどういうことで、どういう処遇手続をとるべきだという、そういうことについての明示も
大学側から行われなかったわけでございます。そういう状態のままで今回処分するということは、やはりその後に学内で、
学生ばかりでなく教官にも疑義を残すおそれがあるという判断をいたしまして、今回の文学部の事件については懲戒処分を行うことは適切でないと、しかし、こういう行為は当然処分の対象となり得るものであるので、東京
大学で懲戒処分
制度というものは否定されておらない、そしてどういう点が適用範囲として制限されており、どういう処分手続をとることになっておるかということをこの際明示いたしまして、今後こういうことが起こった場合には、私が明示したところに従って処分を行い得るものであることをこの際はっきりさせると、その組み合わせと申しますか、そういう諸
措置が最も現
時点においては適当であろうという判断を下して、この
措置というものを決めまして、それを評議会に諮りました。一週間を経て評議会の全員一致をもって私の
措置が了承されたわけでございます。それで、この
措置が了承された機会に、私はさらにその
措置をとるに至った
考え方をはっきり見解及び声明という形で詳しく文書として出しましたわけでございまして、それは評議会できのう決まったわけでございますが、本日の
時点で学内広報として学内には周知させたと、そういう次第でございます。