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川村清一君
長官の
お話も、次長の
お話もそれなりにわかるわけでございますが、私をして言わしめれば、どうも二百海里
時代に入ったということに対する危機感といいますか、いわゆる
基本的な
考えと構えがないような気がするんですね。要するに、いままでのやり方の持続である、その持続の中でできるだけ
漁獲量を減らさないようにしていこうと、こういうような
考え方が
水産庁の中にあるのでないかと思うんです。私は、この二百海里
時代というのは大変な
時代だと思っている。ある
意味においては、
漁業の
一つの維新期を迎えたと言っても過言ではないのではないかと思うんですね。
つまり、
昭和二十四年に新しい
漁業法というものが制定されました。これはもっともマッカーサーのまだ占領
時代でございますが、いわゆる漁村の民主化とか、そういうものをひとつ目標にしまして、そうして新しい
漁業法が制定された。そのときに、いままで明治
時代からずっと行われてきたところの、いわばこれは明治
時代から行われてきた
漁業を踏んまえて、そして
漁業法が制定されて——これは旧
漁業法ですね、その
漁業法によって与えられたところのいわゆる専用
漁業権であるとか、あるいはその他定置
漁業権であるとか、それから
漁船漁業権ですね、こういったものを一度
政府は全部これを買い上げたわけですね。そして
昭和二十四年の新しい
漁業法の制定によって、この
漁業法に基づいて新たに
共同漁業権であるとか、定置
漁業権であるとか、区画
漁業権であるとか、あるいは区画
漁業というものを与えられまして、そうして新しい
日本漁業の構造というものをつくられたわけでしょう。それがずっと今日に来ているわけですよ。ところが、今日の段階は、いままで
考えてもみなかった二百海里
時代というものを迎えて、
日本の
漁業そのものが、
日本の
漁業の構造そのものを変革しなければならない
時代に来たと私は
考えているんですよ。
ですから、私はかつて鈴木
大臣に、あの
昭和二十四年のように、現在与えられておるこの
漁業権というものを全部
政府が一回補償して、新しい
漁業法をつくって、その
漁業法に基づいて免許あるいは
許可をして、新たな二百海里
時代に即応したところの
日本の
漁業構造をつくるべきではないかということを提言いたしましたら、鈴木さんは、
川村さん、そんなことを言ったっていまそんなことができるわけないじゃないか、あのころはマッカーサーの占領
時代だからできたんだ、いまそんなこと言ったってできるわけがないじゃないかと、こうおっしゃったから、言われればまさにそういうふうにも思われますから、それ以上何も申し上げませんでしたが、もうそういう
時代に来たんではないでしょうかね。さっき
大臣は、
漁業外交を強力に行って、そうしていままでの
既得権をできるだけ守る、その場合に
共同漁業もあるだろうし合弁
漁業もあるだろうと、こういうようなことをおっしゃっておりましたが、それはそのとおりだと思うんですよ。しかし、将来、
遠洋漁業というものを展望されてどうお
考えになりますか。
遠洋漁業は、あす、あさってからゼロになるなんということはあり得ないです。あり得ないけれ
ども、ふえることはないでしょう。減ることはあってもふえることはないでしょう。いわゆる五十二年に日ソ
漁業協定が結ばれた。それで、もっとも一月から三月までは従前どおりの
漁獲をしておりましたが、あの協定に基づいて六月から十二月までは四十五万五千トンぐらいでしょう。昨年五十三年はソ連二百海里の中からの
漁獲量は八十五万トン、ことしは十万トン減って七十五万トンということになったでしょう。そして、そのかわり今度はソ日
漁業協定によって昨年はソ連が
日本の二百海里から六十五万トン、ことしも同じく六十五万トン。それでソ連の主要な魚種はイワシ、サバであると。しかし、そのイワシ、サバというものが、これは
日本の二百海里の中であるけれ
ども、
水域は相当規制されているわけですよね。
もしも、そこでソ連が引き受けたところの割り当てのその量を
漁獲できないという場合がくれば、当然それは今度はね返って、
日本が今年は七十五万トン、そのうちスケトウが、昨年の三十四万五千トンがことしは三十万トンになった。ソ連がもし
日本のこの
水域でとれないとするならば、そうすれば当然はね返って、
日本に対してもとれないようなそういうものが来ると思うんです。いわゆる
日本は実績
主義なんて言ったって、それはもう国際的に通用しないわけですから、相互
主義あるいは等量
主義というものによってなっていくのではないかと思うんですね。アメリカはいいかなんていったって、いまのところは少しおおようでありますが、将来どうなるかわかりませんでしょう。それから、南方のたとえばオーストラリア、ニュージーランド、
日本近海にはイカがなくなったのでニュージーランドの海域へ行ってイカを
漁獲しておった。しかしながら、これにはばか高い
入漁料を払わなければならないと。そんな高い
入漁料を払ってとってきたところで、これじゃとても経営がペイしないということになれば、行かなくなるでしょう。そういったように
世界各国がそういうような状態であれば、だんだん減っていくでしょう。ゼロにはならないけれ
ども、ゼロに近いものは将来来るんではないかということを
考えるわけですよ。
ですから、先の展望に立って
日本の
漁業というものを
考えれば、もう
遠洋漁業を
考えて、それ合弁だ
協力だと言ったって、要するにそれは輸入でしょう。輸入という姿になってくるわけですね。ですから、どうしてもある
意味においては、この二百海里
時代に即応した
日本の
漁業構造を新しくつくるんだという気構えでこれからの
水産政策を立てること、あるいは
水産行政を私は行っていかなければ大変なことになるんではないかということを
考えるわけです。後で食糧問題のときにも申し上げますが、食糧問題として取り上げてもこれは重大な問題を持っておる。
それから、いま次長はイカのことをおっしゃっておりました。私はまあ本当の漁師じゃありませんからよくわかりませんが、たとえば私
ども子供
時代の北海道あるいは樺太等のイカのとり方というものはハネゴと言って、こういうふうにしてイカをつっておったもんですね。それがやがて今度は機械を回してとるようなのになって、そして昨年あたりはイカを流し網でとっている。これはもっともスルメイカでなくてアカイカですが、流し網でイカをとる。そんなことをやったなら、イカ
資源なんというものは一網打尽、何もなくなるでしょう。そういうこともぴしゃっと規制ができない。
業界と話がつかないとどうとかこうとかなんて言っていつも
業界に振り回されておったら、こういうような革新的な
漁業行政などというものはできますか、どうですか。ちょっとこれに対して御
見解をお聞かせいただきたいと思います。