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参考人(
永石泰子君) 私は、
国際人権規約締結のための本
委員会での御
審議に際しまして、
国籍の問題について
意見の陳述をいたしたいと思います。
国籍の問題を取り上げましたのは、たまたま私が弁護士として取り扱うようになったケースを通じまして
国籍の得喪という問題、
わが国が
国籍権を
国民の
固有の
権利として把握していないのではないかという疑念を持ったからであります。今回の
国際人権規約の中にもうたわれております
基本的人権とか両性の
本質的平等、
国籍権
尊重の精神、そういったものに沿ってぜひ
国籍関係法規の立法整備をしていただきたいと思うからでございます。
問題を二つ持ってまいりました。まず、第一の問題から申し上げます。
これは現行
国籍法の
規定でございます。
国籍法の二条一号という
規定をごらんになっていただければおわかりと思いますが、婚姻中に産まれた子の
国籍につきましては、その父が
日本人であるということを
国籍取得の要件として、いわゆるこれを父系優先血統主義と申しておりますが、その立場をとっておりまして、母系を父系に劣後させるというふうにしております。これは生まれた子供の
国籍取得の
権利を、父母、つまり第三者の性によって
差別をしているというふうなもので、
憲法十四条に違反しているというふうに考えられます。
さらに、
国籍の現実
生活面における機能というところに焦点を当てました場合に、
人間というのは、大体、夫婦、親子、兄弟姉妹というふうな身分
関係で家庭というものをつくります。その家庭という単位の集団が
日本社会をつくり上げるわけですが、そういうふうなことを考えますと、
日本人父とその子については無
条件に
日本人としての家族
関係を
承認する、しかし、
日本人の母とその子についてはそれを否定するというふうな結果を招きますので、これは家族の具体的な身分
関係に関して、
個人の
尊厳と両性の
本質的平等を定めた
憲法二十四条にも反するのではないかというふうに考えます。
日本に住む
日本人妻を持つ国際結婚の夫婦は、子供を
日本人とするために内縁
関係のままで子供を非嫡出子として産む、その場合には父が知れない場合というふうになりまして、母の
国籍を取得することができますので、そういうような方法をとって子供に
日本国籍を取得させるというふうなことを現実にやっているというふうに聞いております。
また、直接には父系優先の問題から外れるかもしれませんが、
国籍法五条、六条という
規定をごらんいただきますと、
日本国民たる女性の
外国人夫に対する帰化要件と、
日本国民たる男性の
外国人妻に対する帰化要件というのを
差別しております。これも
外国人の配偶者を持つ女性と、
外国人の配偶者を持つ男性とを性により
差別しているというふうに言えると思います。この
日本人夫とその
外国人妻については非常に容易に
日本人として受け入れ、これを家族
関係として認める。しかしながら、
日本人妻とその
外国人夫に対しては帰化要件を厳しくして
日本人としての家族
関係を容易に認めないというふうな結果となりますので、やはり
憲法二十四条に違反するのではないかというふうに考えられるわけでございます。
これらの
差別規定は、本件
国際人権規約AB両
規約にございます第三条とか、あるいは
B規約の第二十六条に反し、また、
B規約二十三条1項の趣旨にももとるものではないかと考えるわけでございます。
父系優先血統主義というのは、重
国籍防止のためにやむを得ないという
考え方がございます。しかし、これはそのような法技術から生まれたものではございません。沿革的にはこれははっきりと家父長制の名残でありますし、理念的にも男子
中心家族主義のあらわれと言えます。父系優先血統主義というのは、家族のすべてが父の所属する
国家の共同体に所属すべきであるという家父長制的な封建思想に根づいているもので、妻とか子供が父に生存の基礎をゆだねるというふうな歴史の上に成立してきたものでございます。しかしながら、家族のあり方というのは非常に変わってまいりました。それから夫と妻とは家族
構成員として平等な立場で責任を分担しているという意識も強まっておりますし、また、現実面でもそのようになってきております。
外国人の夫と婚姻しても、夫の国に居住して夫の国に同化するという
生活ばかりではなく、妻の国で居住するという例もありますし、さらには海外で、つまり夫婦いずれの国でもない国で
生活するという夫婦も非常に多くなってくることも考えられます。まして
わが国は、終戦後、家制度というものを廃止しまして、
昭和二十五年七月一日、夫婦
国籍独立主義、つまり結婚しても妻は
国籍の
異動を生じないという、そういう立場をとる
国籍法を施行いたしました。この制度のもとにおきましては、この父系優先血統主義というのは理念的にもその
根拠を失ったというふうに言われております。
もっとも、長い間、夫婦の
国籍同一主義、つまり妻の
国籍は婚姻によって夫の
国籍の方へ吸収されるというふうな
考え方のもとにありました国の中には、夫婦
国籍独立主義というものを採用した後でも、やはり父系優先血統主義を残していた国は少なからずございました。しかし、
人権思想や両性平等の思想の観点から、その理念に反するではないかとして改正が行われております。主な国を申し上げますと、たとえばフランス、これは一九七三年に民法の妻の地位に関する
規定の改正とともに、両性平等の見地から改正したというふうに言われております。また、ドイツは一九七四年に、これはそれまで採用していた父系優先血統主義は
憲法違反であるという
憲法裁判所の
判決が出まして、その趣旨にのっとって改正されました。また、スイスも一九七八年に改正され、いずれも父母平等血統主義に変わっております。父母平等血統主義の採用というのは民主制
国家の趨勢ではないか、現在、
世界における趨勢というふうに言ってよいと思われます。
なお、法務省の
見解によりますと、父母平等血統主義の採用は重
国籍を招くから、それを防止するために、やはり父系優先血統主義はなお合理性があるのだというふうなことを言われているんですが、しかし、
国籍立法には、この血統主義という
考え方と生地主義、つまり産まれた場所でその
国籍を取得するという、そういう立法趣旨と二つが対立しておりますので、この重
国籍の発生ということは避けることができません。現に、
わが国の
国籍法の九条というのも重
国籍を
承認している
規定でございます。また、
世界の中で数多くある血統主義に立つ国でも、先ほど申しましたように、次第に父母平等血統主義をとる国がふえてきますと、
日本が父系優先を非常に固執しておりましても、重
国籍の発生を防ぐことはできないのでございます。結局、
世界の統一
国籍法というのでもできない限りは、重
国籍の発生はある程度やむを得ないということでございます。さらに、出生子の
国籍をいずれか
一つに選択させるという方法をとりますれば、この重
国籍防止というのを法技術的にはできると考えられます。これらのことを考えますと、
基本的人権とか面性平等の
原則を曲げてまで父系優先血統主義を貫き通さなきゃならないという合理性はないし、むしろ的外れではないかというふうに考えるわけでございます。
で問題となることは、無
国籍者の発生をどうするかということでございます。
国際社会におきましては、人はいずれかの国に所属すべきであるということが当然の要請になっております。
世界人権宣言の十五条の1項にも「すべて人は、
国籍をもつ
権利を有する。」と決めてありますし、児童
権利宣言というのも第三条に「児童はその出生のときから姓名及び
国籍を有する。」と決めております。また、今回の
国際人権規約、
B規約の二十四条3「すべての児童は、
国籍を取得する
権利を有する。」と定めておりますのも、無
国籍者の存在が
人権上ゆゆしい問題であるというふうな観点から、その発生防止に
国家が
努力すべきことを求めているわけでございます。ところが、現行の
国籍法は無
国籍者の発生の防止ということを考慮した
規定を全く欠いております。
日本人母から産まれて
日本に居住する子供でも無
国籍者となる場合があるということについては、事実上、放置しているという
現状でございます。
ところで、これはアメリカとの
関係でございますが、一九五二年、アメリカ合衆国の移民及び
国籍法という
規定がございまして、この
規定によりますと「合衆国人父が国外で
外国人女性と婚姻した場合、その子がアメリカ
国籍を取得するためには、父が通算十年以上米
国内に居住し、そのうち五年間は十四歳から継続していることを要する。」というふうになっております。この
規定のために、この
条件を満たさない米国人の父と
日本人母とが
日本国内で婚姻
生活中に子供を産みました場合に、その子は無
国籍者となるわけでございます。
私が現在代理人として訴訟を起こしておりますケースも、父が米
国籍は持っておりますが、
日本での居住歴がほとんどでございますために、この
法律によって子供は無
国籍とされております。沖繩県のことでございますが、特に沖繩の場合には、現在非常に米基地というのが残っております
関係上、ここに勤めている米国人と婚姻した
日本人女性の生んだ子供が父の
国籍を取ることができずに無
国籍となるケースが多い。法務省の調査によりますと、このようなケースでの沖繩県での無
国籍児は八十名ぐらいいるということで、児童の
人権上見逃せないというふうなことになっております。さらに、現在は米
国籍を持っている児童でも、先ほどの移民及び
国籍法という
規定によりますと、満十四歳から二十八歳までの間に継続した二年間を米
国内で居住しないと、
原則として米
国籍を失うというふうにされておりますので、これまた無
国籍者の予備軍とも言えるわけです。
昭和四十八年九月現在の外人登録によると、この該当者というのが三千九百十三名であるというふうな資料がございます。
私が扱っておりますもう
一つの
事件は、米国人の父が
日本に永住する気持ちを持っておりまして、子供は一応先ほどの米国の
条件にかなって米
国籍を取得しましたけれども、米国へ居住するといち
条件を満たさない場合には将来あるいは無
国籍になるというおそれもあるわけでございます。米
国籍を持っているというふうに申しましたけれども、この子供たちは
日本人を母とし、
日本で産まれ、
日本に住み、
日本語の教育を受けているわけでございますが、特に沖繩などの米国軍人家庭の場合は、この父母が何らかの事情で別居したり、あるいは離婚したりして母子家庭となっている場合が非常に多い。で、その子供は全く名目だけの米国人というふうな状態になっているわけです。このような母子家庭の子供が将来自分の
国籍を
留保するために米本国へ居住して、その要件を満たさなければならないのだということを知っている者が非常に少ない、あるいは知っていても、経済的にそれをし得ないという問題もあるわけでございます。
それから二番目の問題に移らせていただきます。
これは
昭和二十七年四月十九日、法務府民事甲四三八号という通達で「
平和条約の発効に伴う朝鮮人、台湾人等に関する
国籍及び戸籍事務の処理について」と題する民事局長の通達でございます。この通達は、言うなれば、民族的な意味での朝鮮人、台湾人は内地に住む者も含めてすべて
サンフランシスコ平和条約の発効とともに
日本国籍を失う。それからさらに、もと内地人であった者でも、
条約発効前に朝鮮人または台湾人と結婚したり、あるいは養子縁組などをして、その身分行為などによって内地の戸籍から除籍せられるべき事由の生じた者は、朝鮮人または台湾人であって、
条約発効とともに
日本の
国籍を喪失するというふうなものでございます。で、この通達によりまして、実務上は、血統的な意味での朝鮮人、台湾人及びその者と婚姻、養子縁組などによって、内地人であったけれども内地の戸籍から除籍されるべき事由の生じた者は朝鮮人や台湾人であるとして
日本の
国籍を失うというふうにして扱われております。この後者につきましては、共通法の三条一項というのを基礎にしておるのでございます。この共通法三条一項というのは「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ他ノ地域ノ家ヲ去ル」という
規定なんでございます。
この通達に関しましては、当初から
法律上いろんな問題があるとしまして、学者の間にも議論が多いし、今日非常に有力な学説が有効性を疑問視しております。この
法律上の問題につきましては細かく立ち入る余裕がございませんので省略さしていただきます。
私がたまたま扱うようになりました事案というのは、戦前、十歳ぐらいのときに内地に来住した朝鮮人と
昭和二十二年七月二十五日に婚姻届が出されて、そして自分の戸籍を消失されたという
日本人の女性の問題でございます。
この女性は十七歳のときに、父の独断によりまして、ヤミブローカーをしていた朝鮮人と一緒にさせられまして、
昭和三十一年五月末日、一応事実上離婚をして、それで次に
日本人の男性と内縁
関係に入りました。それで子供も産まれるというふうなことになりまして、婚姻届を出そうと思って自分の戸籍を取り寄せたところ、戸籍が除籍されていたというふうなことがわかって、本人はどういうわけでそうなったかわからないということでいろいろ聞き歩いた結果、これは自分は
日本国籍はないのだというふうなことを初めてわかったということで、何とか戸籍をつくろうと思いまして実に二十年余り奔走しました。しかし、現在なおその婦人と、その
日本人の内縁の夫との間に産まれた二人の子供は戸籍がございません。そして法務省のその通達によりますと、結局、三人とも
韓国籍にあるということになるわけでございます。
法務省では、このような境遇にある女性とその子については、帰化手続をするほかないのだというふうなことを言っておりまして、この女性の場合も司法書士に依頼しまして帰化手続というのを進めておりましたが、そう簡単にできるものじゃございませんで、いろいろ数年を費やしているうちに、その手がけてくれた司法書士が亡くなってしまって、ついに手続未了というふうに終わりまして、私が、昨年、その
事件の相談を受けましていろいろ調査しましたところ、
韓国人の本籍がはっきりしていないというふうなこととか、それから、この人は
昭和四十年二月三日に死亡しているというふうなこともわかりました。
法務省の通達に対する
見解ですと、
平和条約の発効までは朝鮮人、台湾人はなお
日本人である、
平和条約の発効とともに
日本は朝鮮半島や台湾の領有権を失ったから、その土地に属すべき人は
日本国籍を失ったというのでありまして、そのいずれの土地に属すべきかというのを戸籍の所在によって決定したのでございます。しかし、もし法務省の言うように、たとえ理論上にせよ
平和条約発効までは朝鮮は
日本の一部であり、朝鮮人は
日本人なのだという
考え方で処理を考えるならば、戦前、
日本の植民地時代に施行されていた共通法というのは
日本国憲法が施行されたもとでどんな効力を持つべきかということを頭に浮かべないで
適用するということは、非常に片手落ちではないかというふうな気がします。
共通法三条一項は、朝鮮人の家に入る婚姻をした結果、
日本人の女が内地の家を去る。だから朝鮮の家に入ったから
日本人ではなくなったのだというふうなことでございます。法務省は、共通法というのを、便宜、朝鮮や台湾と
日本との間の準
国籍法規というふうに見て処理したのだというふうに言われるのですが、戦前の家制度とか植民地時代の考えに立った
法律を
根拠とするというのは、
憲法の精神を全く無視したものと言わざるを得ません。
現在、その戸籍のない親子三名でございますけれども、帰化手続をせよと盛んに言われますけれども、二番目の子供は、不幸せにもゼロ歳のときに受けましたほうそうの予防接種によって現在重度心身障害者になっております。こういう場合には、本人が十五歳未満ですとともかく、現在二十歳になりましたので、全然帰化能力なしということで帰化ができません。そうなりますと、血統上全く、あるいは地縁的にも朝鮮と
関係のない人が
韓国人であるというふうな扱いを受けたまま、この
日本で戸籍もなしに生きていかなければならないということになるわけでございます。
以上、私がたまたま扱ったケースについて申し上げましたので、焦点を
日本人女性というところに当てて述べましたけれども、結論として申し上げたいことは、民族的な意味での朝鮮人、台湾人も含めまして、民事局長通達というような一行政機関の通達をもちまして
個人の
国籍を一方的に取ってしまうというふうなことは、
憲法十条の「
日本国民たる要件は、
法律でこれを定める。」という、それに反しているではないか。さらに
平和条約の
前文を読みますと、
日本国としては、あらゆる場合に
国際連合憲章の
原則を遵守し、
世界人権宣言の
目的を
実現するために
努力する
意思を
宣言するというふうなごとを言っております。
世界人権宣言の十五条の1項は、先ほど申しましたように「人はすべて、
国籍をもつ
権利を有する。」第2項は「何人も、専断的にその
国籍を奪われ」ないというふうに書いてございます。この
規定にも反します。かつ、従来の国際慣例とか、あるいは
わが国の過去においてとってきた実際上の措置にも例を見ないことでございます。少なくとも領土変更に伴う住民の
国籍の変更につきましては、当該相手国との
条約をもとにした
立法措置が必要であるということ、さらに
国籍の変動を生ずるであろうような
関係者に対しましては、
国籍選択の機会を与えるべきであるというふうなことでございます。
今回の
国際人権規約につきましては、ぜひ一日も早く
締結していただきたいと思いますが、それに当たりまして、このような通達が既成のものとされてしまうことは、せっかくの
批准の趣旨にももとるものとも思われます。決してこれは済んでしまったことではございません。これらの人たちに対します
国籍回復の道を開く
立法措置も、
国籍関係法規の整備とともに、とっていただきたいと思うものでございます。
簡単でございますが、述べさしていただきました。