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1979-02-15 第87回国会 衆議院 予算委員会 第11号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十四年二月十五日(木曜日)     午前十時六分開議  出席委員    委員長 竹下  登君   理事 伊東 正義君 理事 小此木彦三郎君    理事 塩川正十郎君 理事 浜田 幸一君    理事 毛利 松平君 理事 大出  俊君    理事 藤田 高敏君 理事 近江巳記夫君    理事 河村  勝君      稻村左四郎君    海部 俊樹君       倉成  正君    笹山茂太郎君       正示啓次郎君    砂田 重民君       田中 龍夫君    田中 正巳君       田村  元君    谷川 寛三君       野呂 恭一君    羽田野忠文君       藤田 義光君    藤波 孝生君       坊  秀男君    松澤 雄藏君       松永  光君    村上 茂利君       森   清君    安宅 常彦君       井上 普方君    石橋 政嗣君       稲葉 誠一君    岡田 利春君       川俣健二郎君    小林  進君       兒玉 末男君    平林  剛君       安井 吉典君    池田 克也君       坂井 弘一君    鈴切 康雄君       長谷雄幸久君    林  孝矩君       二見 伸明君    大内 啓伍君       米沢  隆君    寺前  巖君       東中 光雄君    正森 成二君       伊藤 公介君    大原 一三君       中川 秀直君    山口 敏夫君  委員外出席者         証     人 郷  裕弘君         参  考  人         (評論家)   海原  治君         郷証人随伴者  和泉  久君         予算委員会調査         室長      三樹 秀夫君     ————————————— 委員の異動 二月十五日  辞任         補欠選任  稻村左四郎君     松永  光君   奥野 誠亮君     森   清君   中川 一郎君     谷川 寛三君   根本龍太郎君     村上 茂利君   岡田 利春君     小林  進君   池田 克也君     矢野 絢也君   鈴切 康雄君     広沢 直樹君   長谷雄幸久君     正木 良明君   林  孝矩君     二見 伸明君   正森 成二君     東中 光雄君   山口 敏夫君     伊藤 公介君 同日  辞任         補欠選任   谷川 寛三君     中川 一郎君   松永  光君    稻村左四郎君   村上 茂利君     根本龍太郎君   森   清君     奥野 誠亮君   小林  進君     岡田 利春君   東中 光雄君     正森 成二君   伊藤 公介君     中川 秀直君 同日  辞任         補欠選任   中川 秀直君     山口 敏夫君     ————————————— 本日の会議に付した案件  昭和五十四年度一般会計予算  昭和五十四年度特別会計予算  昭和五十四年度政府関係機関予算      ————◇—————
  2. 竹下登

    竹下委員長 これより会議を開きます。  昭和五十四年度一般会計予算昭和五十四年度特別会計予算及び昭和五十四年度政府関係機関予算に関し、外国航空機購入予算問題について、郷裕弘君より証言を求めることにいたします。  証言を求める前に証人に一言申し上げておきます。  昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人宣誓及び証言等に関する法律によって、証人証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことになっております。  宣誓または証言を拒むことのできるのは、まず、証言が、証人または証人配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあった者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときであります。また、医師歯科医師、薬剤師、薬種商、助産婦、弁護士、弁理士弁護人公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあった者がその職務上知った事実であって黙秘すべきものについて尋問を受けたときにも証言を拒むことができることになっております。  しかして、証人が正当な理由なくして宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは三月以上十年以下の懲役に処せられることになっております。  一応このことを篤と御承知おきを願いたいと存じます。  なお、今回の証人喚問についての理事会申し合わせ事項については、証人にはすでに文書をもってお知らせしたとおりでありますが、この際、その主要な点について申し上げておきます。  その第一点目は、証人随伴者助言を求めることが許される場合についてであります。  すなわち、証言は、証人がみずから知り得た事実を証人自身記憶により申し述べるのが原則でありますが、証言を求められている事柄が議院証言法証言を拒否することが認められている事項に該当するかどうか確認しようとするとき、その他委員長がこれを中心として判断し、許可を与えるのを相当としたものについては、証人随伴者助言を求めることができます。  これらの助言は、いずれもその都度証人委員長にその旨を申し立て、その許可が得られた後に認められるものであります。  その第二点目は、資料についてであります。  証人は、証言を行うに際し、資料を用いることは差し支えありませんが、委員長許可が必要であります。また、これらの資料は、いずれも当委員会に提出していただくことになっております。  その第三点目として、証人は、メモをとることは認められておりません。  その第四点目は、随伴者についてであります。  随伴者は、発言することはできませんが、メモをとることは許されます。  また、随伴者は、証人委員長許可を得て助言を求めた場合は助言することができますが、自分の方から証人に対し助言することはできないことになっております。  以上の点を十分御承知おきください。  それでは、法律の定めるところによりまして、証人宣誓を求めることといたします。全員御起立を願います。     〔総員起立
  3. 竹下登

    竹下委員長 それでは、郷裕弘君、宣誓書を朗読してください。
  4. 郷裕弘

    郷証人      宣 誓 書  良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、  又、何事もつけ加えないことを誓います   昭和五十四年二月十五日                 郷  裕弘
  5. 竹下登

    竹下委員長 宣誓書署名捺印してください。     〔証人宣誓書署名捺印
  6. 竹下登

    竹下委員長 御着席を願います。  これより証言を求めることといたしますが、証人の御発言は、証言を求められた範囲を越えないこと、また、御発言の際には、その都度委員長許可を得てなされるようお願いいたします。  なお、こちらから質問をしているときは着席のままで結構でございますが、お答えの際は起立して発言をしてください。  なお、委員各位に申し上げます。  本日は、申し合わせの時間内で国政に係る重要な問題について証言を求めるのでありますから、不規則発言等、議事の進行を妨げるような言動のないように特に御協力をお願い申し上げます。     —————————————
  7. 竹下登

    竹下委員長 これより証人に対して証言を求めます。  まず、委員長より所要の事項についてお尋ねをして、その後、委員各位の御発言を願うことといたします。  あなたは郷裕弘君ですね。
  8. 郷裕弘

    郷証人 はい、私は郷裕弘でございます。
  9. 竹下登

    竹下委員長 生年月日住所職業を述べてください。
  10. 郷裕弘

    郷証人 生年月日、大正四年四月二十三日。職業会社役員でございます。
  11. 竹下登

    竹下委員長 住所をお述べください。
  12. 郷裕弘

    郷証人 失礼いたしました。東京都港区赤坂六丁目十九の二十三。
  13. 竹下登

    竹下委員長 あなたとダグラス社との関係について伺いますが、いつごろからどういう資格でどんな仕事をしていたか、また、現在もダグラス社との関係は続いているのかの点についてお述べください。
  14. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  私は、昭和四十五年、一九七〇年から契約上五年ということでマクダネル・ダグラス社本社付経済顧問といたしまして、いわゆる外国語を使わしていただければエコノミックアドバイザーといたしまして勤めておりました。  ただいま申し上げたように四十五年から五十年まででございまして、ただいまは何ら関係ございません。
  15. 竹下登

    竹下委員長 SEC報告に記載されております一万五千ドルの販売促進費及び合計十万ドルのコンサルタント料について、御存じの点をお述べください。
  16. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいま御指摘のセキュリティー・エクスチェンジ・コミッションの報告に記載してございます一万五千ドルについては、あの文書を拝見いたしましても、私またはコンサルタントなる者に渡したというふうに書いてございますが、また、そのあとの五万ドル及び五万ドルというのは私は確かに受け取っております。これはアドバイザーとして受け取っております。  以上でございます。
  17. 竹下登

    竹下委員長 次に、発言の申し出がありますので、順次これを許します。松永光君。
  18. 松永光

    松永委員 私から質問をいたします。  米国証券取引委員会、いわゆるSEC公表資料、これは証人読みになりましたね。その公表資料によりますと、マクダネル・ダグラス社は、一九七〇年に、日本における不成功に終わった航空機売り込みに関し、独立した商業コンサルタントコンサルタント費用として五万ドル、その後追加分として五万ドルを支払った、こう指摘いたしておりますが、ここに指摘されておる商業コンサルタントというのは、証人、あなたのことを指しておるのでしょうか。
  19. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいまの御指摘米国SEC報告内部に記載してございますことは、私は余り詳しく拝見しておりませんが、言葉どおりでは必ずしもないと思いまして、私はコンサルタントではございません。エコノミックアドバイザーという点で少し異なるのではないかと存じます。
  20. 松永光

    松永委員 先ほど委員長質問に対して、五万ドル、その後五万ドルは受け取られたというふうに証言されたわけですが、その五万ドル、それからその後の五万ドルを、いつ、どこで、だれから、どういう方法で受け取られたか、それを明らかにしてください。
  21. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  五万ドル並びに万方ドルという御質問に対して、私は、最初の五万ドルは契約日直後、一九七〇年の年末と記憶しておりますが、それから次の五万ドルは七四年の半ばぐらいに私が辞表を提出しましたときに受け取ったというふうに覚えておりますが、いずれにせよ小切手でいただいております。
  22. 松永光

    松永委員 場所とあなたに交付した相手の人がわかりますればおっしゃってください。
  23. 郷裕弘

    郷証人 交付した相手ダグラス本社経理係と存じますが、場所はただいまのところでちょっとはっきり覚えておりません。
  24. 松永光

    松永委員 あなたのおっしゃることによると、タグラス本社の係の者だということですが、場所は、もっと大ざっぱに言って、日本で受け取られたのか、米国で受け取られたのか、どちらですか。
  25. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいまのところ、はっきりどちらかと記憶はございません。小切手でいただいたということだけしか記憶ございません。
  26. 松永光

    松永委員 押し問答してもしようがありませんから次に移りますが、昭和四十五年にあなたの言う経済顧問としてダグラス社との間に契約をした、こういうことであるようでございますが、契約内容、それをもう少し詳しく説明してくれますか。
  27. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ダグラス本社との契約内容につきましては、私を経済顧問として任命するということがうたってございます。エコノミックアドバイザー、それからスタッフである、すなわち実際の現業には携わってはいけないという項目があったことを記憶しておりますが、そのうちエージェントではない、契約その他とは関係はない、すなわち営業活動全般には携わってはいけないというふうにうたってあったように覚えております。
  28. 松永光

    松永委員 その契約の中に、ダグラス社製造に係る航空機売り込み協力するというふうな仕事内容は書いてなかったですか。
  29. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  それはDC10という民間機がちょうどその時期に世界全般に市販し始めておりましたので、ほかのものも含めましてDC10にも関連したアドバイスと申しますか、ということをうたってございました。
  30. 松永光

    松永委員 もう少し詳しく聞きたいのですが、DC10についてその販売に関するアドバイスもするということがあなたとダグラス社との間の契約の中身に入っておったということですね。
  31. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  DC10のみというふうには書いてなかったように私は思いますが、要するに、広い意味での、直接販売には関係ございませんから、そのもとになる調査その他の方のアドバイスというふうに私は考えて努めておりました。
  32. 松永光

    松永委員 そうすると、経済顧問として実際の実務には関係しないということと、DC10を含む飛行機売り込みについてもアドバイスをするということとの間には少し矛盾があるような気がしますね。単なる経済顧問じゃなくして、DC10を含む飛行機売り込みにも協力するという任務があなたとタグラス社との間の契約にはあるのじゃないでしょうか。あったのじゃないでしょうか。
  33. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  契約書はただいま手元にございませんが、先生の御質問でございますと、関係があった、これは広い意味にあったということにも解釈になると思いますが——委員長、ちょっと一分御説明してよろしゅうございましょうか、その内容につきまして。
  34. 竹下登

    竹下委員長 御説明いただいて結構です。
  35. 郷裕弘

    郷証人 恐れ入ります。  御承知のとおりああいう民間機日本に、たとえば売り込みという言葉を使わしていただければ、の場合は決して単に自動車その他を売るのと違いまして、御承知のとおりその国の経済の現状、また見通し、いろいろとGNPの伸び、国民所得、それに従っていろいろとその国の貿易関係、広くそういうものを詳しく調べまして、それによって日本に十八機が適当とか二十三機が適当だろうというプロポーザル、提案のもとにする資料づくり、また、常にそういうのは変動もございます。そういう意味において私は、お役に立ったかどうかわかりませんが、いろいろ諮問されたことかございます。  以上でございます。
  36. 松永光

    松永委員 DC10の売り込みに関して買い主側の方あるいは買い主側関係者にあなたが接触をして、そしてDC10という飛行機を売り込むことに協力をする、こういう活動をされたことはありませんか。
  37. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  買い主側には私は何も関係ございませんし、お勧めしたことも、またお会いしたこともございません。
  38. 松永光

    松永委員 では、買い主側の方、日本買い主側と言えば日本航空会社ですね。そっちの方の関係者に会ったことはないということですが、ダグラス社の方としてあなたがこのDC10に関係した当時はどの航空会社に対して、どの航空会社というのは日本における航空会社に対して売り込むという話であったか、その点はあなたは御承知でしたか。
  39. 郷裕弘

    郷証人 ただいま申し上げましたように、私はスタッフ仕事で、はっきりどの会社に売り込むからということでなく、非常に広範囲に全般的の、たとえば商習慣とか日本人の考え方とかいうようなことを問われまして、どの会社に売り込むということは、それはもちろんわかっておりましたけれども、それについてどうこうということはございませんでした。
  40. 松永光

    松永委員 ちょっといま聞き取りにくかったのですが、どの会社に売り込むということはわかっておったということですか。
  41. 郷裕弘

    郷証人 それは、日本には二、三社しかございませんから、当然だと存じます。
  42. 松永光

    松永委員 日本にある二、三社のうちのどの会社であったか、特定できますか。
  43. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  どの会社が先というふうに私ははっきり聞いていなかったように思われます。
  44. 松永光

    松永委員 先後は別として、名前を挙げてくれますか。
  45. 郷裕弘

    郷証人 委員長、ただいまちょっと聞き漏らしましたが……
  46. 松永光

    松永委員 先後は別といたしまして、日本における航空会社は二、三社しかないとおっしゃいました。そこで、あなたがダグラス社で売り込もうとしておる航空会社名前は知っておるとおっしゃったので、どういう航空会社であったか、売り込もうとしておった、ダグラス社が。その名前を挙げてください、こう質問しているわけです。
  47. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  正確でないかもしれませんが、日本航空、全日空それから東亜ドメスティックというふうに聞いております。
  48. 松永光

    松永委員 あなたとダグラス社との間の契約文書があるわけですね、いまお持ちでないということですが。あなた自身が自宅なり事務所にお持ちですか。
  49. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいま私には、事務所を探しましたが見当たりません。
  50. 松永光

    松永委員 新聞等に出ておった資料や情報によりますと、マスコミ関係者に、あなたはダグラス社の方で同意するならば契約書をお見せするとか、出しますとかいうようなことをおっしゃったような記事が載っておりますが、国会からその契約書の提出の要請があったならば積極的に協力してもらいたいと思うのですが、いかがですか。
  51. 郷裕弘

    郷証人 報道にあったことはともかくといたしまして、私はできる限り御協力したいと存じております。
  52. 松永光

    松永委員 いままでの私の質問に対するあなたのお答えを総合しますと、SEC公表資料指摘されていることと重要な部分において相当の食い違いがあるのでございますが、公表されたSEC資料によりまして、あなたは独立した商業コンサルタントであったということがはっきり指摘されておるわけなんです。それから十万ドルのお金は商業上の販売努力に関連してと、こういうふうにSEC公表資料には書いてあるようでございますが、そういうふうにSEC資料に書いてあることとあなたのただいまの証言とは食い違いがあるのですけれども、いままでの証言をそのまま維持されますか。もし訂正される点があったならば、この機会に訂正しておいていただきたいと思うのですが。
  53. 郷裕弘

    郷証人 SEC報告書をもう一回拝見したいと存じますが、私は事実をそのまま事実として申し上げております。
  54. 松永光

    松永委員 先ほどあなたは最初の五万ドル、それから後の五万ドルについてお認めになったが、販売促進費としての一万五千ドルにつきましては否定をされました。しかし、あなたが日本新聞記者等とお会いになって、そのときにいろいろお答えが変わっているようですけれども、最終的にはダグラス社関係者日本に来られたときに、交通費とか飲食費とかの立てかえがあったのでそれを請求したことがあるが、一万五千ドルはその金かなというふうなあなたの新聞社等に対するお答え記事に載っておりましたが、そういうことがあったでしょうか。
  55. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいまの一万五千ドル、SEC販売促進費ですか、セールズ・サポート・エクスペンシズという言葉を使ったと思います。その翻訳についても私はちょっと異議がございますが、それは別といたしまして、その一万五千ドルについては私は心当たりございません。  それからいまの経費云々という点は、元ここの連絡事務所長の者が、これは引退した方がいろいろ党の方か記者の方に説明かたがた言った中の言葉に出たことであって、私は別のものだと考えております。
  56. 松永光

    松永委員 さっきあなたはSECの公表された報告書を詳しく読んでないとおっしゃったけれども、ただいまは販売促進費という翻訳が適当でないと思うというようなことをおっしゃったのですけれども、お読みになっているのじゃないです。か、SEC公表資料は。
  57. 郷裕弘

    郷証人 私の英語の力をもってすれば、一、二回読めば大体わかります。
  58. 松永光

    松永委員 先ほどよく読んでないという証言は訂正されますね。
  59. 郷裕弘

    郷証人 よく読んでないと、お言葉を返したくございませんが、一、二回さらっと読んだのを私よく読んでないと申して、どうもそういう意味において御無礼申し上げました。
  60. 松永光

    松永委員 あなたはダグラス社製民間航空機だけじゃなくして、民間航空機以外に軍用機売り込み関係したことはありませんか。
  61. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  一切ございません。
  62. 松永光

    松永委員 あなたがダグラス社との関係をおやめになったそのいきさつはどういうことですか。
  63. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  石油ショックがございましたし、また、私がそうお役に立たないと思いましてみずから引くことに決めました。
  64. 松永光

    松永委員 あなたはゼネラルダイナミックス社コンサルタントになったことはありませんか、あるいは現になっていらっしゃいますか。
  65. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  現在、同じくエコノミックアドバイザーという立場でございます。
  66. 松永光

    松永委員 では、このゼネラルダイナミックス社との間の契約をした日、契約内容、それから報酬、それを説明してください。
  67. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ゼネラル・ダイナミッククスと契約いたしましたのは、一九七五年の年末だと記憶しております。  それから内容につきましては、ゼネラルダイナミックスは非常に広い範囲に、原子力潜水艦から戦闘機飛行機の部品、データグラフィック、まあコンピューター関係仕事、鉱山、LNG船用造船所、その他非常に手広く仕事をやっております。その手広い仕事の一応基礎的な東洋または日本における経済関係顧問をいたしております。  報酬につきましては、世間並みのものでございます。
  68. 松永光

    松永委員 世間並みとおっしゃってもわかりにくいので、一年に幾らとか、そういう点をひとつ明確にしていただきたいと思います。  それから、あなたの任務ですね。ゼネラルダイナミックス社との間の契約に基づくあなたの任務、それから先ほど言った報酬の額、支払い方法、これを明らかにしてください。
  69. 郷裕弘

    郷証人 私の任務はただいま申し上げたとおりでございまして、一般経済顧問でございまして、特にスタッフ仕事でございますから、また前と同じく現業とは関係は直接ございません。  報酬の点は、ひとつ御勘弁願います。
  70. 松永光

    松永委員 これは御勘弁というのは証言を拒否なさることになるのですが、どうですか、おっしゃってください。
  71. 郷裕弘

    郷証人 別に申し上げてどうということはございませんが、いずれ、それでは相手があることでございますから相談いたしまして、その契約書を提示さしていただきます。その契約書に書いてございます。
  72. 松永光

    松永委員 いまのお答えじゃ承服できないですね。だから、質問に対して答えてください。
  73. 郷裕弘

    郷証人 それではお答え申し上げます。  月約四、五千ドルでございます。
  74. 松永光

    松永委員 いままでにどの程度お受け取りになられましたか。いままでに受け取られた総額GD社から。
  75. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  総額は、十——三年間でございますから、十七、八万ドルと存じます。
  76. 松永光

    松永委員 ちょっともう一回言ってください。十何年間……。ただの三年でしょう。——で、現在ではもう関係ないのですか。
  77. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  現在、続いております。
  78. 松永光

    松永委員 その報酬はいつ、どこで、どういう方法で受領されたか、お答えください。
  79. 郷裕弘

    郷証人 その報酬は毎月事務所に振り込んでおります。米国から銀行を通じて仕送られております。
  80. 松永光

    松永委員 事務所というのは日本にあるあなたの事務所ということですか、米国から。
  81. 郷裕弘

    郷証人 お答えいたします。  そのとおりでございます。
  82. 松永光

    松永委員 あなたとゼネラルダイナミックス社との間の契約の中で、ゼネラルダイナミックス社製造に係る軍用機日本に売り込むことについて協力する、アドバイスするという任務は、あなたの契約の中身に入っておりませんか。
  83. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  16に対して協力ということはうたってございません。
  84. 松永光

    松永委員 重ねて聞きますが、いわゆる第三次FX戦争という言葉で使われておりますが、日本が採用する戦闘機について熾烈な競争が行われたわけでございますが、その結果F15に決まったわけですけれども、ゼネラルダイナミックス社製のF16を日本に売り込むについて、あなたは関係したことはありませんか。
  85. 郷裕弘

    郷証人 私はあくまでもスタッフの立場でございますが、協力したというお言葉に対しては、心情的の協力はしたと存じます。
  86. 松永光

    松永委員 あなたが、SECからダグラス社関係する疑惑についての公表がなされた直後の去年の十二月の十八日と十二月二十日の二日にわたって、ある新聞社の記者とインタビューをされた。ある新聞社というのは、名前は毎日だと思いましたが、そのインタビューの中で、次のようなことをおっしゃっているようでございます。ダグラス社のやり方は汚い。特に日商のやり方には問題がある。なぜF15の売り込みに絡む日商のやり方を追及しないのか。特に、日商岩井の海部氏がどんなあくどい手を使っているか、君たちはそれを知らない。こういった趣旨のことをおっしゃっておるように新聞では詳しく報道されました。君たちはそれを知らないということは、自分は知っているのだというふうにもとれるのでございまして、もし、日商岩井の海部氏がどんなあくどい手を使っているかということに関連して、あなたが知っていることがあればおっしゃっていただきたい。
  87. 郷裕弘

    郷証人 指摘していただいたその新聞記事については、私はそういうことを言った覚えがございませんし、何らかの誤解だと存じます。
  88. 松永光

    松永委員 終わります。
  89. 竹下登

    竹下委員長 これにて松永君の発言は終了いたしました。  大出俊君。
  90. 大出俊

    ○大出委員 大出俊でございます。  いま同僚委員質問いたしておりましたので、これに続いて、最後の質問にかかわる問題点を少し承りたいのですが、いま、どうも新聞が書いたのは誤報だ、こういうふうに郷さんおっしゃいましたが、そうおっしゃられたのではこれはまことに困るわけですね、書いた方もおいでになるのですから。したがって、これは二日にわたって郷さんは話しておられるわけですね。一月の十九日というのがございますし、二日お話しになっておられます。ここで、私読み上げますが、こう言っておられるわけですよ。これは、実は私も同感なんです。なぜ日商岩井のあくどい売り込みを追及しないのかとまでおっしゃっている。ダグラスのやり方は汚いのだ。特に日商岩井のやり方は問題がある。なぜF15の売り込みに絡む日商岩井のやり方を追及しないのか。とにかく日商岩井の海部、海部氏と書いてありますが、海部氏、現副社長がどんなあくどい手を使っているか、君たちはそれを知らない。私の家には一佐クラスの制服組が、これは防衛庁ですね、一佐クラスの制服組が遊びに来るが、F15に決まったことに皆義憤を感じている。政治家のAやB氏、いずれも実名を挙げて、括弧が入っておりますが、私腹を肥やしているのだ。不正があるということかという質問が出ておりますが、それに対して、そうだ。もっとも、石油問題に絡む不正は航空機などの問題にならないほど大きい。こうおっしゃっておるのですね。これを全部誤報だとおっしゃられたんじゃ、ちょっと私も後に引けないのですが、お認めになりませんか、この点を。こうおっしゃった、あるいはほぼこれに類することをおっしゃったという点を。ここは証言法に基づく証言をお願いしているのですから、はっきりお答えください。
  91. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  先ほど申し上げたように、私はそういうはっきりしたことを言った覚えはございませんし、何か誤解だと存じます。
  92. 大出俊

    ○大出委員 もう一遍言いますが、これ、ずっと長いのですよ。郷氏との一問一答の要旨は次のとおりである。SEC資料指摘するMDC、マクダネル・ダグラスの日本コンサルタントはあなたではないかというところから始まりまして、私は何も知らない。ただMD社の元社長ルイス氏の一家とは親しくしている。MD社との交際はなかったのか。MD本社ルイス元社長を何度も訪問したことがある。社長室で日商岩井の海部副社長とばったり顔を合わせたこともある。こうはっきりとおっしゃっているでしょう。そこからいま私が申し上、げたこととつながっていくのです。だから、ここを否定されて、これは郷さん、幾ら何でもそうでございますと言えない。もう一遍、では一体どういうふうにあなたはお話しになったのですか。一間一答できているのですから、言うてください。
  93. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  誤解だと存じますし、そのときは一問一答という形式とは、私、考えておりませんでした。
  94. 大出俊

    ○大出委員 それは郷さん、誤解だと言ったって、二日にわたって三時間もお話しになっているのですから、それは言わないのに、それは幾ら何でも——これは重ねて何回も言っているのですよ。一遍言っているのじゃない。これはあなた自身が、このときはゼネラルダイナミックスの方の、コンサルタントが悪ければエコノミックアドバイザーでもいいですけれども、つまりあなたはF16の方の売り込みにかかわっておいでになった。宣伝にかかわっておいでになった。  一つ、ここに資料がございますが、F16にかかわる宣伝文書があります。これは私は大変よくできていて感心している文書です。なぜこれを早く皆さんはお配りにならなかったかと実は思っている。したがって、後から御提示いたしますけれども、そういう時期だけに、この時点ではこれは皆さんの相手方、敵なんですね。だから、あなたの方が何か言うのはあたりまえなんで、日商岩井の動きというのはよくわかっているのですから。それを全く否定して、それじゃどう言ったかというと、それも言えない。それは困ります。御説明ください。
  95. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  日商岩井の内容につきましては、私存じませんし、また、そういうようなことを申したという報道については、私何かの誤解だと存じます。
  96. 大出俊

    ○大出委員 私は委員長に申し上げますが、郷さん、あなたは、ここにF16関係資料ナンバー五というのがありまして、ゼネラルダイナミックス東京支社、五十年六月十日作成これはナンバーは五なんです。F16に関して非常にわかりやすい宣伝文書が一問一答形式で載っています、読み上げている時間がありませんが。つまり、こっちの方、F16の方に乗っていまあなたは一生懸命動いている。そうすると、相手は日商岩井であり、海部さんなんですね。そこらでぶつかり合っている。一番よく事情がわかっているのはおたくです。そういう意味で、これは日商岩井けしからぬ、海部氏あくどい。出てきても不思議じゃないのですよ。もう一遍言いますから、念のためにもう一遍承って、どうしてもお答えいただけないのなら、委員長にひとつお答えいただけるようにしていただきたいのです。  確かに、私は日航の松尾さん、全日空の大庭さんと親しい。松尾さんとは湘南のゴルフ場で遊ぶ仲だ。防衛庁の幹部、制服諸君とも親しい。こういうふうにお認めになっていて、ダグラスのやり方は汚い。私はGD、ゼネラルダイナミックス社に移ったのでF16を宣伝していただけだ。F16は価格的にも性能的にもF15をしのいでいると書いてあるでしょう。ちゃんとここに書いてある、ナンバー五に。あなたがおっしゃっているとおりなんです。その上で、ダグラスのやり方は汚いのだ、特に日商岩井のやり方は問題がある、なぜF15の売り込みに絡む日商岩井のやり方を追及しないのか。私ども追及しているのですから、これは御協力いただきたい。おっしゃるとおりなんです。とにかく日商岩井の海部氏がどんなあくどい手を使っているか。だから私きのう一生懸命質問している。おっしゃっているとおり。君たちはそれを知らない。知らないと言われると困るので、私は一生懸命勉強しているのですから、もっと教えていただきたい、知らしていただきたい。私の家には一佐クラスの制服組が遊びに来るが、F15に決まったことに皆義憤を感じている。政治家のA氏やB氏、いずれも実名を挙げて、私腹を肥やしている。これは大変なことですよ、郷さん。そうでしょう。不正があるということかと聞いたら、そうだ、もっとも石油問題に絡む不正は航空機など問題にならないほど大きい、こうおっしゃっている。これを単に誤解と言うだけで、ではどう言ったんだと言ったら、それもおっしゃらぬというのでは証人尋問になりません。委員長、これ、促進願いたいのですが。
  97. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  一つ一つ取り上げて申し上げることは時間がかかりますが、たとえば松尾さんその他を知っているとそこに出ております。私は全く存じ上げません。したがいまして、全般的に誤解と思います。
  98. 大出俊

    ○大出委員 これは後でひとつ考えさせていただきます。  郷さん、ここでひとつ承っておきますが、F15と16の争いでした。で、15をやっているのは海部さんであり、島田三敬さんですね。それで島田三敬さんがお亡くなりになる最後のメモに、新聞でごらんになったと思いますが、「郷さんは何にか言いました。生きていたら告訴します。私達はそれが、日本のためになるんだと思ってやって来たんです。」こう言っているのですね。これは亡くなられた島田三敬さんの最後の遺書、メモですね。私には、大蔵省の方に多く郷さんが物を言った、だからそっちに質問したらどうかというアドバイスがございましたが、一体この中身は思い当たる点がございますか。
  99. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  その内容につきましては、どういうわけだか全くわかりません。
  100. 大出俊

    ○大出委員 これは私は、あなたがおっしゃっている日商岩井の売り込みのやり方がまことにけしからぬということ、ここに関連しているというふうに仄聞をいたしております。だから、その前段になる問題として御質問申し上げている。だから島田三敬氏の方は、腹に据えかねる、こう言う。激しい争いが浮き彫りになっている感じがします。それでもお答えにならないから、時間の関係もありますからもう一点承ります。  先ほどの五万ドル、五万ドル、計十万ドルといううちの後の五万ドルというのはDC10の売り込みにかかわる、日本流で言えばほう賞金じゃないのですか。
  101. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  これはアメリカの習慣、商習慣会社の習慣で、一つのプロジェクトと申しますか、国の計画に対して携わった者に対して、それが成功した場合にはボーナスとしていろいろ出す習慣がございます。そういうボーナスとして受け取りました。
  102. 大出俊

    ○大出委員 そこで、この五万ドル、五万ドルなんですが、二つ証言があるのですが、郷さん自身が金額は四千ドル少ないようだ、こうおっしゃっておる。四千ドル少ない。十万ドル行ったことになっているけれども、四千ドル少ない。それからフィリップ・ボガートさん、日本DCの元代表ですね。ボガートさんがここではっきり物を言っているのですね。郷さんに五万ドル、五万ドル、十万ドル行ったことになっておるけれども、実はもう少し少ない、とこう言う。四、五千ドル少ないという意味のことをおっしゃっておる。郷さん自身も四千ドル少ない、こうおっしゃっておる。ぴったり一致するのですね。  これは二つ承りますが、表街道では五万ドル、五万ドル、十万ドル行ったことになっているけれども、四千ドル少ない。そうすると二つ問題かある。少ないことをお認めいただければ、ではその四千ドルはどこへ行ったかということになる。それが郷さんのルートでないとすればほかのルート、こうなる。この二点をお答えいただけますか。
  103. 郷裕弘

    郷証人 ただいまの四千ドル少ないということについては、私はそういうことを言った覚えございませんし、ボガートもそう言っているようには私いままで聞いておりませんが、ともかく明確にいたしますのは、合計十万ドルは、私きっかり十万ドル受け取っております。
  104. 大出俊

    ○大出委員 これも実はやりとりの中に出てきていて、四千ドル少ないということで、はした金と言うとこれは郷さんの名誉にかかわりますから申しませんが、非常に憤慨をされた形で四千ドル少ない、こうおっしゃっておるのですけれども、これも否定をなさる。  そこで、それじゃもう一つ承りますが、郷さん、これは方々の新聞にお話しになっていますから否定なさらぬと思うのですが、MDC日本の政治家の方とお二人でおいでになっている。私はその方がどなたか承知いたしておりますが、私から申し上げるよりも……。郷さんが一緒にお連れした方、ただ、この方は工場見学ということでごらんになってお帰りになってきているようであります。しかし方々に載っておりますから、世上の誤解は解いておかなければならぬ。だから差し支えないと思うのでありまして、どなたとおいでになったかお答えいただきたいのです。
  105. 郷裕弘

    郷証人 全然この問題とは関係ないと思いますので、委員長、それはお答えする必要は私はないように思われますが……。
  106. 大出俊

    ○大出委員 いいですか、関係があるかないかというのは私どもにはわからない。だから、こういう方をお連れして一緒に行ったが、こういうわけで関係がない、そういうふうにお答えをいただかなければ、そこのところははっきりしないので、だから聞いているのですから。せっかくこれは証言法に基づく証言をお願いしているのですから、本当のことを言っていただくようにお願いをしているのですから、いかがでございましょう、もう一遍お答えください。
  107. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  お供した方は国連協会の会長でおられるし、中部経済全般に対していままで日本の政治は余り顔を向けてなかったからそれを検討、研究に行きたい。で、たまたま私がゴルフで、余りおつき合いは深くなかったのですが、お顔が見えたとき偶然御一緒、それで君は通訳として行かぬかということで非常に私お世話になりました。ダグラス社に行かれたことは何も隠すことございませんのは、ダグラスのマクダネル会長は米国の国連協会会長でございます。そして私ははっきり記憶しておりますが、会社関係を一切切られて、マクダネル氏のお屋敷で夕食をともにして、またそこには会社の方は一人も出ておられません。
  108. 大出俊

    ○大出委員 大体そこまでおっしゃっていただければわかりますので、それ以上の追及、質問はいたしません。  ところで、もう一つだけ承りまして小林委員と交代をさしていただきますが、結果的に東亜国内航空にDC9が二十五機、日航へDC10が九機、ダグラス、三井物産ということなんですが、売り込みに成功された。先ほどDC10でほう賞をおもらいになっている、こういうことなんですが、この関係をまずお認めをいただいて、さてそこで、二回の金の受け取りは、税務署の税務調査の中身を私が関係者から承ってみますというと、税務署の調べた限り国内ではないという。国内ではなければアメリカだということに一応常識ではなるわけですが、これは先ほどの金のルートと絡みますので、どうしてもお答えいただきたい。私は税務署に、税務当局に聞いたんですから。国内では見当たらない、ならば国外だ、そこだけはっきりしていただきたい。いかがですか。
  109. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  五万ドル、また五万ドルというのは、私はいろいろ調査費その他の必要経費として暗黙の了解で向こうから受け取っておりまして、そういう経費として使っておりましたものでございまして、確かに税務署には経費だと思っておりましたので報告を怠ったことがあるかもしれませんが、またその一部は確かに日本で受け取ったように記憶しておりますが、ただいま記憶を起こして当時の者とともに資料を集めまして報告するように仕事を進めております。
  110. 大出俊

    ○大出委員 五万ドル、五万ドルを一部は日本で受け取った。二つに分かれている、いずれも小切手とおっしゃいますから、二つとも小切手でしょう。五万ドル、五万ドル、二枚の小切手を一部日本で受け取ったとおっしゃれば、一部は日本でないところで受けとった、こう理解してよろしゅうございますか。
  111. 郷裕弘

    郷証人 私は経費として使いましたものでございますから、ただいま記憶を起こして資料を一応整えておりますところでございます。
  112. 大出俊

    ○大出委員 もう一問だけ。  とにかく小切手で二回受け取られたとさつき松永さんの質問でおっしゃっている。ところが小切手小切手で二枚なんだから、どういうふうにお使いになったかというのは税務処理上の郷さんの方のこれは処理の仕方でありまして、私は受け取った場所を聞いているだけでありまして、二枚しかないのでありますから、一部国内でとおっしゃるなら一部は国外でと、こうなるのではないか。このぐらいお答えいただけませんかね。これは答弁を全面的になさらぬ感じになっているのですけれども、この一問だけぐらいはっきりしてください。いかがでございますか。
  113. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  決して二枚の小切手ではなかったと存じます。
  114. 大出俊

    ○大出委員 これはしかし、これだけ全部断られますと、もう一遍お出かけでもいただかぬことにはけりがつきませんが、時間がありませんからこれで交代いたします。
  115. 竹下登

    竹下委員長 これにて大出君の発言は終了いたしました。  小林進君。
  116. 小林進

    小林(進)委員 SEC報告書の中にコンサルタント報告として——これはあなた顧問とおっしゃったが、あなたは顧問でも、SECの中にいるコンサルタントはあなたを指していることは、もうあなたもお認めになっておりますから、言葉の問題でなくお答え願いたいのでございますけれども、その中に、その報告書日本政府当局者一人に一万五千ドルを渡したという意味にとれる文章がここにあるわけであります。でありまするから、SECはともかくコンサルタントから一万五千ドル日本の政府高官に渡した、けれども、それに対する領収証その他裏づけるものは来ていないが、というこういう報告書になっているわけでございまするから、これを素直に読めば、あなたからダグラス社の方にそういう報告が行っているという、こういう解釈になるわけでございますが、この点をひとつ率直にお伺いをいたしておきたいと思います。
  117. 郷裕弘

    郷証人 率直にお答え申し上げます。心当たりございません。
  118. 小林進

    小林(進)委員 これはないとすると、いままではSEC報告は大体事実に近かったのでありますから、私はこの部分に対してもこの報告は非常に信証に値するものと判断している、いままでのずっと経緯から見まして。それをあなたが心当たりがないとおっしゃいますと、これは将来ともこの問題は非常に尾を引いていきますよ。この点をひとつお含みおきいただきたいと思います。これは一問であります。  第二点は、先ほども質問がありました海部氏とあなたとの関係でございますが、これを見てまいりますと、あなたがダグラスの経済顧問をおやりになっておるときには、片っ方の日商は、ちょうど同じ時期に民間機のボーイングを盛んに売り込んでいるのですが、一方海部氏は、軍用機マクダネル・ダグラス社のF15を盛んに売り込んでいるわけです。ですから、たまたまあなたがコンサルタントをおやりになっているのと、海部君がマクダネル・ダグラス社軍用機を売り込んでいるのと一緒になっているわけです。こういう関係をひとつあなたにお聞きしたいのでありますけれども、同じダグラス社飛行機売り込みをおやりになっていたのですが、その間にあなたと海部さんの間のおつき合いがあったかなかったか、あるいはあなたがマクダネル・ダグラス社コンサルタントをやっていることを海部君は知っておったかどうか、この点をひとつお聞かせを願いたい。
  119. 郷裕弘

    郷証人 まず根本的に、申し上げておりますように、私はスタッフ仕事でございまして、飛行機売り込みとは関係ございません。それから日商岩井は軍用機の方のエージェントでございまして、私はそちらとは一切関係ございません。また、いまおっしゃった海部さん、お目にかかったこともお話ししたこともございません。
  120. 小林進

    小林(進)委員 それでは島田さんの遺書の問題は後にしまして、いま一つお伺いしたいが、あなたが顧問をおやりになっているときのマクダネル・ダグラス社日本に対する責任者は三人いる。ボガート、それからグラハム、それからクロッカス。クロッカスは現在副社長ですが、当時は日本に対して相当はでに軍用機民間機売り込みをやっておりまして、日本の政界、財界その他のレセプション等にもしばしば顔を出していた。そのときにあなたはどうもクロッカス氏について、そういうはでなつき合いをしていたというふうな情報が入っているのでございますが、顧問たるあなたを直接、指導と言ってはなんでありますけれども、直接の上司で一番関係の深かったのは、この三人のうちどなたであるか、お聞かせを願いたい。
  121. 郷裕弘

    郷証人 ただいまおっしゃいました三人は、私の上司ではございません。
  122. 小林進

    小林(進)委員 それでは時期がずれますか。日本にいられてもこの方たちはあなたの上司でないというのは、あなたは本社から直接任命されたのだという意味かどうか知りませんけれども、日本において直接あなたの上にいられる方は、この三人でございましょう。ボガート氏でありグラハム氏でありクロッカス氏でありましょう。そうじゃないのですか。あなたは一体、経済的な報告書であるとかあるいはあなたの意見というものは、この三人のうちの方々にお出しになったんじゃありませんか。そうじゃございませんか。
  123. 郷裕弘

    郷証人 私は、申し上げておりますように、ラインの仕事とは関係ございません。スタッフ仕事で本社に直接報告しておりますので、日本における営業活動には私は口を出せないということが契約にうたってございます。
  124. 小林進

    小林(進)委員 そうすると、先ほどの松永さんに対する答弁とあなたのいまの答弁と少し矛盾しますよ。先ほどの松永さんの答弁の中には、民間機DC10の売り込みに対してもやはり御協力を申し上げたという、ちゃんと答弁が出ておりますよ。それとちょっと矛盾するんじゃありませんか。それが一つ。  時間がありませんからいま一つは、海部さんがF15を盛んに売り込んでいるときに、ボガート氏はダグラスの民間機を売っていた。どうもこれが売れなくて今度はグラハム氏、いわゆる中将だか少将だか司令官にかわって軍用機売り込みにかかった。ここであなたの仕事と海部氏の仕事はぶつかるんですな。それが先ほど大出さんが言われた、あなたが海部氏のF15の悪口を言うふうな関係になった。あるいは島田氏があなたに切々たる恨みを残して死んでいくという、こういう因果関係が生まれてくると私は思うのですよ。ですからこの関係をいま少し詳しくひとつ——あなたもダグラス社、海部氏もダグラス社、売り込んでいるのは軍用機と民用機。あなたがグラハム氏の直系ならば、グラハム氏と海部氏と実に真っ向からぶつかるわけだ。ところが、あなたはボガート氏についていても海部にはぶつかる。ボガート氏は非常に海部氏を恨んでおる、あなたも海部氏に恨まれておる。そこにやはり血で血を洗う商戦の非常に陰うつな戦いがあると私は見ておるのですが、そこら辺をひとつお聞かせ願いたい。  もう時間がありませんが、あなたと海部氏の関係、なぜ島田三敬氏があなたに恨みを残して死んでいったかは、同じ、ダグラス社のいわゆるコンサルタントであり、代理店であったというところの中に問題が眠っている、これをひとつ明らかにしてもらいたい。
  125. 郷裕弘

    郷証人 申し上げておりますように、私は日本においての売り込みには関係ございません。また、してはいけないことになっておりまして、島田さんも、海部さんですか、いろいろ名を挙げておっしゃいました方々は私は直接存じ上げませんし、事実はそういうものでございます。
  126. 小林進

    小林(進)委員 もう時間が来ましたので、残念ながらこれで終わりますが、あなたが、いまの三人申し上げましたこのダグラス社の代理人と一緒になって、レセプションその他の会合へ行って政治家にお会いになっていることも私は知っているのです。名前は名誉に関しますから、あなたからお聞きしたかったけれども、言いませんが、いま一度、あなたがこの一万五千ドルは別にしましても、この三人で日本の政界の方を御紹介なすった、あるいは案内をされた方のお名前をここでひとつお聞かせを願いたいと思います。
  127. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。そういうことはございません。
  128. 小林進

    小林(進)委員 残念ながら、時間が来ましたから終わります。
  129. 竹下登

    竹下委員長 これにて小林君の発言は終了いたしました。  林孝矩君。
  130. 林孝矩

    ○林(孝)委員 証人に伺いますが、あなたとマクダネル・ダグラス社コンサルタント契約についてであります。先ほどエコノミックアドバイザーである、スタッフである、このように証言をされました。この点については後ほど証言を求めます。  まず初めに、コンサルタント契約として十万ドルを受け取ったことは認められた。この契約について、その契約書内容の中に証人報告の義務を負わされていると思うわけです。その点についてはいかがですか。
  131. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  報告の義務と申しますよりも、私は、向こうからたとえばこういうデータその他が来ておる、日本から。それに対する自分たちの見方はこういうものである。アメリカ人の尺度で物を見ますので必ずしも正確でない、日本から見た場合に。そういう面でお役に立とうとしたわけでございますが、定期的に報告というものはいたしておりません、電話ではよくございましたけれども。書いたものを出すというよりも資料を集めて提出したように覚えております。
  132. 林孝矩

    ○林(孝)委員 資料を集めて報告する。また電話で報告する。これはたとえば具体的に年間何回の報告、そういうふうに決められておるものなのか、あるいは随時報告されておるものなのか。  もう一つは、アメリカの商慣習でいいますと、いわゆるコンサルタント契約というものが結ばれるということによって一つの契約書というものがつくられる。先ほどその契約書が存在するということもお認めになったわけですね。その契約書の重みといいますか、内容の重さというものは、日本以上に厳しく規定されておるわけなんです。これはアメリカの商慣習。その中で、証人がいわゆるコンサルタントなんですから報告しなければならない。その契約に基づいて活動する。その活動の結果、こういう情報があります、こういう経済の状況の報告をしましょう。いろいろな形で報告をされてきたと思うのです。そのことについて、いまの証言によりますと電話でした。それから資料を送った。自分で書いて送った覚えはないということですけれども、その辺をもう一度明確にしていただきたいと思います。
  133. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。先ほど申し上げたとおりでございます。
  134. 林孝矩

    ○林(孝)委員 先ほどの証言をもう一度明確にお願いしたいというのが私の質問です。
  135. 郷裕弘

    郷証人 経済顧問といたしまして、そうかた苦しいことよりもむしろその都度都度、あちらから幹部が日本の情勢につき、また自分たちの尺度で日本経済を見ているので、それを、こういう見方をしておるけれども、どうかというようなことが主なる仕事でございまして、私は一週間、四十時間縛られたわけではございません。
  136. 林孝矩

    ○林(孝)委員 先ほどDC10の売り込みに関して日本の国内の民間航空機会社、いわゆる日本航空、全日空、東亜国内航空、このようにおっしゃいましたけれども、この三社を想定してこのDC10の売り込みに関心を持った、あるいは関与した。そうしたニュアンスの証言があったわけです。実際そういう活動をされたかどうか。そして、そうした活動報告もその契約に基づいてダグラス社にされたかどうか、この点についてお伺いします。
  137. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  私はスタッフでございますので、三社に伺っていろいろと御説明したり売り込みに対して積極的な活動をしたこともございませんし、それからただいまの御質問DC10について云々ということは、私が申し上げたのは広い意味で非常に間接的だと思いますが、一つの計画に対する助言をした意味で、非常に間接的な協力というふうに見ていただきたいと思います。
  138. 林孝矩

    ○林(孝)委員 間接的な意味での助言というふうに証言されたわけですが、この間接的な意味助言というのをどのように解釈したらいいかという非常に重大な問題だと思うのですが、それを納得のいくような言い方で、より具体的に証言をしていただきたいと思います。
  139. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  具体的に詳しくとおっしゃいましても、ほぼ十年前のことでございますから余り覚えておりませんが、先ほど申し上げたように、その都度いろいろと問われたものに対して私は答えるという立場で、それがいわゆるアドバイザーの立場だと心得て、そういうふうに仕事を進めておりました。
  140. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それでは、問われたことに答える、これはダグラス社から問われたことに答えるというふうに理解するわけですが、当時、ダグラス社からはどのような問いかけが証人にあったのでしょうか。
  141. 郷裕弘

    郷証人 十年前のことでございますから、非常に正確には覚えておりませんので、先ほど申し上げた程度以外に、ただいま記憶を起こす時間をいただかないと、はっきり覚えておりません。
  142. 林孝矩

    ○林(孝)委員 十年前のことで記憶にない。しかし、証人がいわゆる契約を結んでおったのは四十五年から五十年、この五年間であります。したがいまして、十年前というのはどういう計算でおっしゃっておるのか、もう一度お答え願いたいと思います。
  143. 郷裕弘

    郷証人 ほぼ十年前という意味で申し上げました。
  144. 林孝矩

    ○林(孝)委員 昭和五十年から今日まで十年たっていないということは証人もおわかりだと思うし、これは単純な数学、算数の問題です。そういうことではなしに、四十五年から五十年までのこの五年間、ことしは五十四年ですから最終年月日から四年しかたっていない、こういう状況のことでありまして、すべて十年前だから記憶にない、こういうことではないと思うのです。何かそこに証人記憶にあることはございませんか。DC10の売り込みに関すること、またダグラス社から問いかけがあって答えた、その問いかけの内容、どういう問いかけがあったのか、いかがでしょうか。
  145. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  一つの例をいま思い出しましたのは、DC10を日本に持ってきて、日本の業界に実際に実物を見せたいけれどもどう思うかと、これは全く経済関係とは違いますが、それを聞かれたことは覚えております。それに対して、百聞は一見にしかずという日本語で言うことがあるのでいいじゃないですか、というような程度しか私はいま覚えておりません。
  146. 林孝矩

    ○林(孝)委員 DC10を持ってきて実物を見せたい、こういう問いかけに対して、百聞は一見にしかずだからいいじゃないか、こう答えた。いま記憶を呼び戻していただいたわけですが、その結果、事実関係としてDC10をダグラス社日本に持ってきたという結果が生まれたのか、それとも、そういう百聞は一見にしかずだからいいでしょうと言った答えに対して、ダグラス社はそれを実行しなかったのか、その結果についてはどうでしょうか。
  147. 郷裕弘

    郷証人 実行したと思います。
  148. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それはいつ、どこで、どういう形で実行されたか、その点についてはいかがですか。
  149. 郷裕弘

    郷証人 何年ということはいまちょっと覚えておりませんが、追って調べておいてお答え申し上げます。
  150. 林孝矩

    ○林(孝)委員 いま私がお伺いしたことは非常に重大な意味を持つことだと思うのです。すなわち、証人ダグラス社コンサルタント契約を結んだ。冒頭に私が申し上げましたように、証人エコノミックアドバイザー、いわゆる経済顧問なんだ、スタッフだ、肩書きあるいは名称そのものはそうであるかもしれませんけれども、実際の活動内容というものは、いま記憶を呼び戻して証言をいただいたように、事実関係としてDC10の売り込み、これに大きな影響力を証人が与えておられるということであります。その結果として、これもまた事実関係としてDC10が持ち込まれて、そして民間航空会社売り込みが図られた。これはれっきとした販売促進活動ではないでしょうか。私はそういう意味で、SEC報告内容、先ほどからも議論をされておりますけれども、この内容がまこと当を得たものである、そのように思えるわけです。  さらに詳しく言いますと、いわゆる不成功に終わった場合においても五万ドルを受け取った、こういう事実ですね。そのSEC報告は、一九七〇年にマクダネル・ダグラス社から五万ドル支払われておる。これはコンサルタントフィーという英語が使われておりますけれども、いわゆる商活動として、そのコンサルタントとしての五万ドルなんだ。さらにそれはコマーシャル・セールス・エフォート・イン・ジャパン、日本における商活動のいわゆる努力、航空機販売の努力に関して、成功しなかったそのことに関してのコンサルタントフィーなんだ、これがSEC資料なんです。こういうことと、いまいみじくも記憶を呼び戻された、そうしてその中で証言されたDC10の売り込みに関する重大な影響を与えられた事実、全く一致するわけです。したがって、これは肩書きは経済顧問スタッフということでありますけれども、証人が今日まで日本において活動されたその活動内容販売促進に関するそうした活動、影響を非常に与える活動と言っても当を得ていると私は思うわけですね。  そういう意味で、証人にお伺いいたしますが、一つは、先ほど契約書内容を本院に提出を願いたいという提案がありました。と同時に、証人がそうした活動記憶を呼び戻していただいて、当時ダグラス社の本社に報告した資料のコピー、いわゆる郷レポートとでもいいましょうか、そういうものだと思う。そういうものの報告を本院にお願いいたしたい。いかがでしょうか。
  151. 郷裕弘

    郷証人 御質問の御趣旨の一つといたしまして、最後に報告書のコピーとおっしゃいましたが、一応見当らないと思いますが鋭意努力いたしまして、あるものを提出いたしますが、それから、私を非常に買いかぶっていただいて恐縮いたしております。
  152. 林孝矩

    ○林(孝)委員 契約書の取り扱いと、それからコピーの報告書の取り扱い、これについて委員長にお願いしておきたいと思います。
  153. 竹下登

    竹下委員長 理事会で協議をいたします。
  154. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それから、先ほど証言の中で、この十万ドル受け取った、この事実をお認めになって、それは調査費、経費として使った、したがって申告をしていないというような意味のことを証言されたと思うのですが、もう一度確認したいと思います。
  155. 郷裕弘

    郷証人 おっしゃるとおりに、経費として使いました。
  156. 林孝矩

    ○林(孝)委員 この十万ドルの経費の内容について、どういう経費の項目になっておったか、お答え願いたいと思います。
  157. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいま記憶を思い起こしまして、いろいろ資料を整えておりますが、大まかなと申しますと、研究費、事務費、旅費というようなところだと存じます。
  158. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それから、もう一つお伺いいたしますが、証人が、日本においていわゆる売り込み活動をされた。いろんな人にお会いになったと思うのです。先ほど新聞記者のインタビューに対してほとんど否定的な証言をされたわけでありますが、やはりその中に述べられていることでありますけれども、私は——これは証人のインタビューに対する発言として報道されたものですね。私は、政界、財界に多くの知人がいる。政財界、官界ということも報道されておるわけです。政界にはどういう知人がおられるのか、お答え願いたいと思います。
  159. 郷裕弘

    郷証人 その時期の問題でございますが、ダグラス社に私は顧問としていたしましたときには、全く政界の方にもダグラスの問題で、いろんな政界の方にも財界の方にも、ダグラスの問題でお目にかかっておりません。
  160. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それは四十五年から五十年までの間にいわゆる政界の方にはお目にかかっていないということでしょうか。
  161. 郷裕弘

    郷証人 その後も私はほとんどゴルフ場とか何かの会合でお顔を拝見する程度でございます。
  162. 林孝矩

    ○林(孝)委員 ゴルフに行く、非常にこれは親しい関係だと思うのですが、証人がダグラスのことでお目にかかってない、それ以外のことであれば親しくつき合っているという人がいるという意味ですか。
  163. 郷裕弘

    郷証人 正確に申し上げますと、御承知のとおり、私はLP業界の業界代表といたしまして、いろいろ業界のために活動をいたしますので、いまは名誉会長でございますが、そういう意味において、正確に申し上げて、もちろん官界の方、それから政界の方にも、それは自分の業界のために陳情その他に行くのは、私当然のことと思っております。
  164. 林孝矩

    ○林(孝)委員 そういうことに関しても、いま私の質問は、いわゆるダグラス社関係でありますけれども、証人契約に基づいてダグラス社報告した内容の中にそうした名前も入っておりますか。
  165. 郷裕弘

    郷証人 私は、経済関係でございますから、政界のことはよくわかりません。名前も何も出した覚えはございません。
  166. 林孝矩

    ○林(孝)委員 そうしますと、ダグラス社への報告の中には、政界の関係についての名前等は報告されていない、こういうふうに理解してよろしいですね。
  167. 郷裕弘

    郷証人 そのとおりでございます。
  168. 林孝矩

    ○林(孝)委員 証人がいわゆるコンサルタント契約を結んでおられた時期というのは、その時期にダグラス社が手がけたのは、DC10、DC9、偵察機RF4E、F15戦闘機、こういうものがあるわけです。この売り込みは、御存じのように非常に日本において激しい売り込みの競争が行われた。こういう時期に証人はいわゆるコンサルタントをしておった。証人が担当した機種ですね、もしありましたら証言をしていただきたいと思います。
  169. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  担当した機種はございません。
  170. 林孝矩

    ○林(孝)委員 SEC公表資料によりますと、一九六九年以降ダグラス社から百八十万ドルのコミッションが支払われているとなっております。この百八十万ドルについて何か証人が知っている事実がありますか。
  171. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  何も存じません。
  172. 林孝矩

    ○林(孝)委員 この時期においても、証人コンサルタントをしておったわけであります。もう少し具体的に言いますと、RF4E一機につき三万ドル、十四機で四十二万ドル、それにプラス部品手数料一万一千ドル、合計四十三万一千ドル、これが日商岩井に支払われているわけです。それからDC9、DC10などの残る百三十六万九千ドルは、手数料として三井物産が受け取った、このようにされているわけです。合計百八十万ドル。日本におけるダグラス社のいわゆるコンサルタント証人はいわゆる経済日本の情報といいますかね、そういうものをダグラス社に提供する、こういう立場にあったことは認めておられるわけですね。こういう時期に、また証人がそういう立場にあって、こういう事実について全然御存じなかったでしょうか。
  173. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  私は本社付のスタッフ、それは日本に住んでおりますけれども、本社付のスタッフでございまして、いま御指摘になったような数字その他について、内容についても、何も存じません。
  174. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それは非常におかしいことで、ダグラス社からとったら、そういう顧問——証人がおっしゃっておりますから顧問という言葉を使いますけれども、そういう経済顧問というのは、会社にとっては非常に不熱心な顧問になるわけですね。ですから、証人はそういう不熱心な性格ではないとお見受けするわけで、その辺が非常に不可解なことであります。  時間が参りましたので最後に申し上げますが、一問だけお願いいたします。  証人は先ほど海部氏と関係はないとおっしゃった。また、亡くなられた島田常務とも関係はない。確認の意味でお伺いするわけでありますが、カーン氏とは証人は親しい関係にあるというふうに仄聞するわけですけれども、カーン氏と証人関係はいかがでしょうか。
  175. 郷裕弘

    郷証人 カーンというお名前も新聞紙上で紙面に拝見するまで存じませんでしたし、本人も存じ上げません。
  176. 林孝矩

    ○林(孝)委員 終わります。
  177. 竹下登

    竹下委員長 これにて林君の発言は終了いたしました。  米沢隆君。
  178. 米沢隆

    ○米沢委員 きょうは御苦労さまです。  早速質問に入りますが、先ほどアドバイザーの契約の期間が、お答えでは昭和四十五年、すなわち一九七〇年の末だということでありましたけれども、郷さんは否定をされておりますけれども、私たちとしては、民間機航空機売り込みが失敗をしたというその例が、もしおたくが四十五年以前から契約があったならば、ひょっとしたら日航の売り込みが失敗をしたという例になるかもしれない。もし四十五年以降だったら全日空、いわゆるオプション事件等にかかわり合いがあるのかもしれない、そういう関心を持っておりますので、一説には四十三年ごろから、すなわち国内線用のエアバスの選定が華やかになり出したころから関係があったという説があるのでありますが、正確に契約期間を教えていただきたいと思います。
  179. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  契約期間は、一九七〇年十一月と思いますが、それ以降五年間ということになっておりました。
  180. 米沢隆

    ○米沢委員 先ほど来のアドバイザー契約の職務内容についてでありますけれども、単なる経済顧問である、スタッフ、実務に携わってはいけないということになっている、あるいはまた、営業活動に携わってはいけないということになっている、しかし、DC10に関連するアドバイスはする。ダグラス社の立場からしたら、確かに経済的な知識も教えてほしい、同時に、できればDC10の売り込みも頼みますというのが私は人情だと思うのですね。そういう意味では、してはいけない、営業活動はしてはいけない。ダグラス社にしてはもう躍起になっておるわけですから、してほしいと思っておる会社が、営業活動だけはしてはいけません、そんな契約なんてあるのでしょうか。
  181. 郷裕弘

    郷証人 契約に書いてあるものをそのまま申し上げました。
  182. 米沢隆

    ○米沢委員 どうもそのあたりがちょっと納得しかねるのでございます。  契約内容によっては経済顧問だけだ、こうおっしゃいますけれども、しかし日本人の物の考え方とか、日本経済一般に関する知識とか、商慣習はどうなっておるかなんというのは、郷さんにわざわざアドバイザー契約をして頼まねばならぬほどのことはないと私は思うのですね。その裏に、ダグラス社そのものがあなたが必要だったという理由があるはずなんです。私はそう思うのです。そういう意味で、契約を結ぶに至った経緯というのはルイス社長と親友であるというだけでありますが、その他にダグラス社としては、あなたの後に控えておるいわゆる郷さんの華麗な人脈、あるいはまたいろいろと政財界に知人がたくさんおるというそのあたりを勘案した上で、その上親友であるから頼みます、こういうことになったのではないですか。
  183. 郷裕弘

    郷証人 委員長、これにお答え申し上げるのに一、二分かかってよろしゅうございましょうか。
  184. 竹下登

    竹下委員長 結構でございます。
  185. 郷裕弘

    郷証人 お許しをいただきましてありがとうございます。  経過というふうに御質問がございましたが、私は外国には友人が非常に多うございまして、よくクラブ、すなわち日本で申しますれば工業倶楽部、日本クラブというのに類したものでございますが、そういうところの昼食会その他の集まりによく呼ばれまして、私は何も肩書きを持っておりませんが、一日本人としていろいろ問われることがございます。そういうときに、若干言葉が通じることと、それからアメリカの慣習その他考え方を長年勉強いたしておりますので、及ばずながら何とか向こうが日本の考え方その他を理解できるようにいろいろ話すことの機会が多うございまして、そういうようなところから、たまたまダグラスの幹部がそこにおりまして、君の方、よかったら、暇があったら手伝ってくれというような軽いことでございました。決して先生がおっしゃったような背景その他のことではないと存じます。
  186. 米沢隆

    ○米沢委員 あなたと三井物産との関係を簡単に説明してください。
  187. 郷裕弘

    郷証人 私個人と三井物産の関係というのは何もございませんが、私のブリヂストン液化ガス株式会社の大株主をしておられますし、三井物産からの役員も三名おられます。
  188. 米沢隆

    ○米沢委員 四十四年の七月に三井物産がダグラス社と代理店契約を結んだ、もしその後に郷さんがダグラス社契約をされたならば、ひょっとしたら三井物産の方から郷さんに頼むという働きかけなりアドバイスがあったのじゃありませんか。
  189. 郷裕弘

    郷証人 そういうことは一切ございません。
  190. 米沢隆

    ○米沢委員 先ほど来の答弁の中でも、郷さんは航空機に関与していないというのを強調し過ぎるほど強調されておるわけで、逆にちょっと不思議に考えるのでございます。  御案内のとおり、ちょうど郷さんが契約を結ばれた時期というのは、エアバスラッシュと言ってもいいくらいにエアバスをどうするかという問題が華やかであったころでございます。ですから、先ほど申しましたように、ダグラス社としては郷さんが本当に必要だった、それも経済的な知識なんかよりも、何とかして販売促進に力をかしてほしいと願ったのは、私は当然のことではないかという気がするのでございます。そういう意味で、何もしなかったというのはちょっとうそのように聞こえて仕方がありません。  たとえば、おたくはF16の関係指摘をされて、F16とはおれは全然関係はない、ただゼネラルダイナミックス社の一部門のアドバイザーとしてF16を応援したくなるのは人情だ、こう語っておられますけれども、DC10のときだけ人情が働かず、F16だけ人情が働くというのはおかしいと思うのですが、いかがですか。
  191. 郷裕弘

    郷証人 御質問の要点はよくわかりませんが、DC10の場合でも、それは私といたしまして、経済顧問としてある枠をはめられたという事実はございます。
  192. 米沢隆

    ○米沢委員 ちょっとそれは納得しかねます。  それから、ダグラス社の、たとえば日本コンサルタントとしておたく以外にだれかダグラス社契約を結んだようなことは御存じありませんか。
  193. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  存じません。
  194. 米沢隆

    ○米沢委員 金銭の授受に関してでありますけれども、先ほど来いろいろと御説明をいただきました。しかし、ちょっと疑問に感じますのは、SECのレポートによりますと、御案内のとおりセールス・サポート・エクスペンスという言葉コンサルタントフィーという言葉と、それからコミッションという三つの言葉が出てくるのでございます。この販売促進料、いわゆるセールス・サポート・エクスペンスの方がイコールコミッションであったならば、この文脈はきれいに通るのでありますけれども、この三つの言葉が使い分けられておるということは、コンサルタントフィーとセールス・サポート・エクスペンスについてはSECはつかんでおるけれども、その他のコミッションについてはつかんでいないがゆえにここに出ていない、こんなふうにも受け取れるわけでございます。  そこでまず最初にお聞きしたいことは、おたくは、タグラス社との関係で、十万ドルと、いわゆる販売促進料の一万五千ドルと言われるもの以外に、金銭の授受があったことはありますか。
  195. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいま先生は、十万ドル、一万五千ドルを私が受け取ったように私は承りましたが、私は、十万ドルは、リテーナー、コンサルタントではございません。アドバイザーのリテーナーという言葉でございます。として、これも契約にはっきり書いてございます。リテーナーとしていただいております。  SEC報告の御指摘いただきました一万五千ドルのセールスサポート、これは促進費と訳しておりますが、私はこれは一つの助成金と思いますが、その一万五千ドルは、私はいただいておりません。
  196. 米沢隆

    ○米沢委員 だから、もしそれが、いただいてなくても、その他SECで扱っておるこのお金以外、ダグラス社からお金をもらったことはありますか。
  197. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  正確に申し上げますと、その他若干立てかえが——私が立てかえしたものを返してもらった。これは先生の御質問範囲になるかどうか、お答えになるかどうか存じません。
  198. 米沢隆

    ○米沢委員 その金銭の授受に関しまして、郷さんは、確かに金銭の授受はあった、しかし、断熱材の開発のコンサルタント料として受け取ったもので、航空機とは無関係であるというようなことを言われておるわけですね。このいわゆる断熱材の共同開発に伴う開発負担金というものは、この十万ドルのお金と関係あるのですか、ないのですか。
  199. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  関係あると思います。
  200. 米沢隆

    ○米沢委員 ちょっともう一回、はっきりしてください。
  201. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  関係あると思います。
  202. 米沢隆

    ○米沢委員 この事件がこんなに大きくなる以前、少なくとも十二月の段階では、このダグラス社とあなたの関係を余り公表されたくないという節がいろいろな発言の中にあるわけです。コンサルタントではない、おれはアドバイザーだとかそういういろいろな話があります。もし、ダグラス社関係がある、それも公正なものであるならば、あるいは知られても何もおかしくないというものであるならば、それはそうだというふうにお認めになるのが筋ではなかったかと思うのでありますが、どうも十二月の段階では、余り関係があることを知られたくない、そして、お金はもらったけれども、断熱材開発のコンサルタント料だ、こういう話をきれておる。そのあたりが、一月、明けてから、今度はやはりアドバイザー料だというふうに変わってくる。そこらに大変大きな疑問を感ずるのでありますけれども、そのあたりをちょっと、本当に知られたくないような理由があったのではないかと思うのでありますが、いかがですか。
  203. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  別に隠すことも何もございません。
  204. 米沢隆

    ○米沢委員 先ほど国税局への未申告の問題がちょっと出ましたけれども、おたくはゼネラルダイナミックス社との契約されたこの手数料は申告済みですか。
  205. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  会計士を通して申告しております。
  206. 米沢隆

    ○米沢委員 郷さんはことしに入りましてから、この事件に関連して事情聴取等を受けたことがありますか。
  207. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  受けておりません。
  208. 米沢隆

    ○米沢委員 時間がありませんので、最後に二つだけお聞かせいただきたいと思います。  これも新聞情報で、確かではありませんが、郷さんが七五年からゼネラルダイナミックス社との契約を結ばれて、F16に関係したのではないか、こう言われておるのでありますが、その前後、F14を握っておりますこのグラマン社と、対日売り込みコンサルタント契約というのを持ちかけて、何とかそのグラマン社のF14もおれに関係させてくれという、そんな話があったとかなかったとか、そういう話がありますけれども、実際はどうだったのでしょうか。  それからもう一つは、先ほども同僚委員から指摘がありましたように、ダグラスのやり方は汚い、あるいは日商岩井のやり方は問題であるというこの例の発言は、先ほど申しましたように、これもやはり十二月の段階で話が出ておるので、それゆえにまた非常に真実味があるような感じがするのですね。そして、こういうふうな大きな問題になったがゆえに口を閉ざされてしまったという感じがするのでありますが、本当にこんなことを言うたことがなかったのか、もう一回お答えをいただいて質問を終わりたいと思います。
  209. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  グラマンとは何も関係ございません。  それから、第二点につきましては、先ほど申し上げたような事情で、何かの誤解だと存じます。
  210. 米沢隆

    ○米沢委員 グラマンとは関係ない、それは不成功に終わったら関係ないわけでありますが、そういう話をグラマン社に持ち込んだことはありますか。
  211. 郷裕弘

    郷証人 持ち込んだことはございません。
  212. 米沢隆

    ○米沢委員 ありがとうございました。
  213. 竹下登

    竹下委員長 これにて米沢君の発言は終了いたしました。  東中光雄君。
  214. 東中光雄

    東中委員 ダグラス社とのアドバイザー契約で五年の期限が契約書に入っておったということを言われましたが、手数料についてはどのように入っておったのか、お伺いしたい。
  215. 郷裕弘

    郷証人 失礼でありますが、手数料とおっしゃいます意味がよくわかりませんでございますが……
  216. 東中光雄

    東中委員 では、顧問料でも何でもいいです。あなたがいろいろ経済顧問として労力を提供するわけでありますから、それに対する対価については何にも書いてなかったのかどうか、書いてあったとすればどういうふうに書いてあったか、お聞きしているわけです。
  217. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  十万ドルいただいておりますが、それをほとんど経費で使いました。
  218. 東中光雄

    東中委員 質問に答えてください。契約書にどう書いてありましたかということを聞いているので、結果において幾らもらったかということを聞いているわけじゃありません。
  219. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  失礼いたしました。契約書には五万ドル、リテーナー。それからもし——たしか、はっきり記憶いたしませんが、このプロジェクトの成功した場合はあと五万ドルというふうに書いてあったというように覚えております。
  220. 東中光雄

    東中委員 もしこのプロジェクトが成功すればというプロジェクトは何ですか。
  221. 郷裕弘

    郷証人 契約内容ではDC1〇となっております。
  222. 東中光雄

    東中委員 あなたは、先ほど来の証言では、一般的な経済的な事情について意見を言うのだと言っておりましたが、DC1〇とプロジェクトというふうに具体的に関係をしておるじゃありませんか。それをしてないようにいままで言われてきたのは、これは明らかにいま言われた証言と違うわけですね。そのことをまず確認をした上で、その成功報酬といいますか、最後にあなたがお受け取りになった五万ドルについても、これは必要経費であったというふうにあなたの方は考えておるわけですか。そして、対税務署に対してはそういう姿勢できたというふうに聞いていいわけですか。
  223. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  最初の点については、私は先ほど申し上げたのは、プロジェクトチームと申しますか、日本に対する仕事の一部が成功した場合ということについてボーナスをいただいたと思います。  それから第二点につきましては、おっしゃるとおりでございます。
  224. 東中光雄

    東中委員 成功報酬が必要経費になるというふうな考え方をされるとすれば、経済人としてあるいは一般の社会人としてもあり得ないことだ。そういうことを申告していないという事実の前であなたはいま言われておるということになるわけであります。非常に詭弁と言うよりほかにないと言わざるを得ないわけであります。  そこで、そのほかの一万五千ドルについては、あなたもよく知っておられるボガート氏が、わが党の訪米調査団に直接語ったところでは、あなたの方から請求をされて、大阪のレディースクラブなどの接待費等を含めて請求してきて支払ったものだ、こういうふうに言っておるわけでありますが、そういう事実はございませんか。ボガート氏は、いいかげんなうそを言っていることになるのか、あなたが請求をされて、そして一万五千ドル支払いを受けた事実があるということになるのか、いずれでございますか。
  225. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  五年間の間に、私がいろいろ立てかえいたしましたものを清算してもらったことはございます。それが一万五千ドルであったかどうか、私は、それ以上のことになったのではないかとも考えております。
  226. 東中光雄

    東中委員 とにかく、あなたが立てかえて、そして請求をして、それをもらったものが一万五千ドルないし一万五千ドルを上回るぐらいあった。それは特定の固有名詞が入っておるわけですけれども、大阪のレディースクラブの接待費ということもボガート氏から言われておるわけでありますが、だれに対する、どういう接待をされたのか。この接待費だけで一万五千ドルあるいはそれ以上ということにはならないと思いますので、そのほか、どういうところに金を渡す立てかえをしたのか、その点について思い起こしていただいて、いまあなたの口からお述べをいただきたい。
  227. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ボガート氏が言われる大阪の何とかというクラブについては、全然わかりません。どういう意味——彼は非常にユーモアに富んだ発言をする人でありまして、そういう意味で何か言われたのではないかと考えられます。あとはいろいろと、たとえば幹部がゴルフに行ったときに、私のクラブを使ったようなこともちょっと記憶にございます。そういったものに類した出費でございます。
  228. 東中光雄

    東中委員 だれに対する接待なんでしょう。クラブを使ったこともあるとあなたはおっしゃいました。そのほかに、SEC報告に出ているような、政府高官の一人に渡した可能性もあるということを言っておるわけでありますから、その経費の一万五千ドル、あるいはそれ以上の請求をされた分、立てかえられた部分の内容についてあなたは言ってもらわないと、それはまさにSECで言っているような可能性があるということになると思うのですけれども、いかがでしょう。
  229. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  SEC報告の一万五千ドルということについては、私は全然心当たりございませんし、この立てかえ分その他は、全然別の会計だと心得ております。
  230. 東中光雄

    東中委員 立てかえ金というのは、何を立てかえるんですか。
  231. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  先ほど申し上げたように、幹部がゴルフを私としたような場合に、自分の方につけといてほしいということはあったようにも記憶しております。別に、いま御指摘のような政界人とか、そういう人とゴルフをしたという記憶はございません。
  232. 東中光雄

    東中委員 事実がないのじゃなくて記憶がない、そうお伺いしておきます。  あなたは、この十万ドルのいわば対価をもらってダグラスに提供した、顧問としての、アドバイザーとしてのいろんな活動は、先ほどの証言によりますと、問われたことに答える、そして資料を集めて報告する、こういうふうに言われました。しかもそれはDC10の売り込みに関連して、それが成功すればということが前提になっているわけでありますから、どういう資料を集められるのですか、どこから資料を集められるのですか、お伺いしたい。
  233. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  資料は非常に全般的の、公表しているものでございますし、また、新聞紙面に出ておりますようなものを常に読んで頭に入れておいて、何か問い合わせに答えるというような状況でございました。
  234. 東中光雄

    東中委員 問い合わせがあれば、資料を集めて電話で報告をする、文書報告するというようなことまでは余りしてないんだ、こうあなたは先ほど証言されておるわけであります。だから、あなたの御経歴から言えば、通産省に勤めておられたこともあります、経団連にお勤めになったこともあります、そして航空機の購入あるいは輸入というものについて、その当時はいろんな動きがあったわけであります。そういうことについての資料を集めて報告をする。そうでなければ、わざわざエコノミックアドバイザー、こういう契約をすることはあり得ないと思うのですが、いかがですか。
  235. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ダグラスは非常に大会社でございまして、いまおっしゃったような、必ずしも航空機と関連した情報のみということを要求しておりませんでした。
  236. 東中光雄

    東中委員 あなたがその顧問をやっておられる間にハワイ会談がありました。緊急輸入品目をどうするかということが大きな問題になっておりました。そして民間機の輸入の問題も、非常に大きな問題になっておったわけです。そういうときに、今度は売り込みをやろうとしているDC10、それについての情報あるいは経済事情の動き、そういうものを、通産省出身のあなたにいろいろ聞こうとするのは、どういう動きになっておるのかというのは、むしろ当然のことだと思うのですけれども、そういうことは全くなかったのですか。ああいう動きのときに、そういうことも相談しないような顧問であったということになるのですか。いかがでしょう。
  237. 郷裕弘

    郷証人 おっしゃるとおりに、そういうことを相談しない顧問でございます。  なお、つけ加えさしていただくことをお許し願えれば……
  238. 竹下登

    竹下委員長 どうぞ。
  239. 郷裕弘

    郷証人 その会談については、むしろ向こうの方がいろいろ知っていたのじゃないかと私、考えられます。
  240. 東中光雄

    東中委員 緊急輸入について、民間航空機が問題になっておるというときに、あなたに相談しないと言えば、ほかに相談することは何もないわけです。新聞に書いてあることだけだったら、そんなものはあなたに相談せんだってわかっておるわけです。そういうことになります。  さらにあなたは、商習慣といいますか、あるいは日本の考え方というようなことについても相談を受けたということを言われておるのでありますが、ロッキード公判におけるコーチャン証言等によりますと、賄賂を贈ることが商習慣になっておるのだというようなことも出てきているわけですね。そういうことについてダグラス側から、そういう大きな動きについて聞いてきているのではございませんか。そうでなかったら、どういうことについて——商習慣について報告を求めた、あるいは報告をしたということをあなた先ほどの証言で言われましたけれども、どういうことをやったのか、お伺いしたい。
  241. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいまのコーチャン証言云々のようなことは一切申しておりません。またそういうことも問い合わせもございませんでした。  商習慣と申しますと、いまちょっと思い起こせませんが、非常にささいなことでも、あちらはちょっと納得できないということが非常に多いように思われます。たとえば、つまらないことでございますけれども、稟議制というのはどういうものだとか、日本では下から上へということを言うけれども、それはどういうものだとか、全くわれわれは当然だと思うようなことを聞かれる、そういうような状態でございます。
  242. 東中光雄

    東中委員 時間ですから、終わります。
  243. 竹下登

    竹下委員長 これにて東中君の発言は終了いたしました。  伊藤公介君。
  244. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 新自由クラブの伊藤公介でございます。私の質問で締めくくりでございますので、もう一度確認をさせていただきながら、締めくくりの質問をさせていただきたいと思います。  もう証人は、御承知のとおり、マスコミの中では華麗な一族、そう書き立てられている、しかも国際的な事業家だ、そういうお立場で、ひとつおわかりになっていることを率直にぜひお答えをいただきたいと思います。  SEC資料の中で明らかにされてまいりました十万ドルの受け取りは証人は認められました。それでは、その十万ドルの、まず五万ドルは何に使われたか。後に受け取った五万ドルは何に使われたか、まずお尋ねをいたしたいと思います。
  245. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  全部経費として使いました。
  246. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 それでは、いずれこれは申告をされるだろうと思いますね。ですから、その十万ドルの使途について明らかにされるのだと思いますけれども、その資料を本委員会に提出をしていただけますか。
  247. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  資料につきましては、記憶を起こしまして、可能なる限りにおいて集めます。
  248. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 それでは、その十万ドルの使途についてはその資料をいただいてさらに検討をしてまいりたいと思いますけれども、その十万ドル以外に、このSECの方で示されてきた資料の中には販売促進資金一万五千ドルの一部はある政府高官に渡された可能性がある、こう示されている。実はここが問題でございます。この一万五千ドルの使途ですね。証人は先ほどから、一万五千ドルではない、しかし契約の間にいろいろな諸経費、かかったものを請求をされてこられた。この契約期間に請求をされてきた金額、明確に、後日でも一結構ですから御提示いただけますか。
  249. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  その一万五千ドル、SEC報告に書いてありますも一のと、私の請求したボガート発言による一万五千ドル前後というものとは、私は違うものだと存じますが、大分前のことでございますから、できる範囲資料を集めて御報告いたします。
  250. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 証人コンサルタントという言葉を非常にきらっております。まあ英語に通じている方でございますから、エコノミックアドバイザーだと言われる。しかし、先ほどからの同僚議員の質疑を通してみても、十万ドルでありますから、日本円で、三百円として三千万円。三千万円を確実にお受け取りになられていて、エコノミックアドバイザーとして、日本商習慣、そういったことを漠然とアドバイスをしていたというだけでは、三千万円の報酬をするにはいささか高過ぎはしないか。率直に私は国民感情として受け取っているわけでありますから、このエコノミックアドバイザーというものは具体的にはどういうことをされてこられたのか、ひとつ少し詳しくお話しをいただけませんでしょうか。
  251. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  ただいまの御発言のお言葉を返すことは非常に失礼でございますが、まさにそれが私の申し上げております、日本日本の尺度で外国を見、外国は外国の尺度で日本を見るというところに尽きると存じます。  それからあとの、詳しいこととおっしゃいましても、いまからなかなか、詳しいことは思い起こすことは不可能に近いものだと存じますが、御了承願います。
  252. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 具体的な問題を一点お尋ねしたいと思いますが、昭和五十一年ごろ、これはちょうど昭和五十一年の十二月の九日に第三次FX、F15に内定をした年でございます。翌年の十二月の国防会議で決定をいたしたわけでありますが、そうした非常に重要な時期に、東京であなたは官界の方々を集めて勉強会をお持ちになられたことがございますか。
  253. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  そういうことは私はいたしておりません。
  254. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 最初質問に戻るわけでありますが、お受け取りになられた十万ドルの意味は、先ほどの同僚議員の質問にもお答えになられましたけれども、DC10の成功報酬だということですが、確認をさしていただきたい。そういうことでございますね。
  255. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  たまたま日本に対して売り込みをしておりましたその時期に、売り込みをしておりましたDC10に結びついて非常に広い範囲において、広い意味において私もアドバイザーとして協力したということから、そのプロジェクトのチームの一員としてそういうボーナスが出たということを申し上げております。
  256. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 時間が限られておりますから、私は最後に、先ほども取り上げられた問題でありますが、五十四年の一月二十一日毎日新聞の権威において、私もこの問題を確認をさしていただきたいと思います。  この毎日新聞の中に証人はこう答えているわけであります。「ダグラスのやり方はきたないのだ。特に日商岩井のやり方は問題がある。なぜ、F15の売り込みにからむ日商岩井のやり方を追及しないのか。とにかく日商岩井の海部氏(現副社長)がどんなあくどい手を使っているか、君たちはそれを知らない。私の家には一佐クラスの制服組が遊びに来るが、F15に決まったことに皆、義憤を感じている。政治家のA氏やB氏」これは実名を挙げて話された、括弧になっております。「が私腹をこやしているのだ。」「不正があるということか。」こういう質問に対して「そうだ。」はっきりこう答えているのです。「もっとも石油問題にからむ不正は、航空機など問題にならないほど大きい。」石油の問題にはもっと大きな不正がある、これは毎日新聞との一答一問という形になっているのでありますが、私は記者じゃありませんからわかりませんけれども、恐らくこれは、一問一答という形もあるでしょうし、あるいは長い時間、三時間くらいの間にお話しになられて、それをこういう形で構成をされたということもあるでしょう。しかし、いずれにしても多くの国民の皆さんが読まれている公器であります。あなたはこの新聞社に関してこういう発言をいささかもしたことがない、こう言い切れますか。あなたはそのことをここで言い切って、当然この新聞社の方はこれから問題にされるでしょうから、この場であなたがそういう証言をされまして、もし間違っていれば、証人御存じのとおり偽証罪であります。はっきり最後にお答えをいただきたいと思います。
  257. 郷裕弘

    郷証人 お答え申し上げます。  それは何かの誤解だと存じております。
  258. 伊藤公介

    伊藤(公)委員 質問を終わりますけれども、後日この問題についてはさらに私も調査をしてまいりたいと思います。
  259. 竹下登

    竹下委員長 これにて伊藤君の発言は終了いたしました。  以上をもちまして、郷証人に対する尋問は終了いたしました。  証人郷裕弘君には長時間にわたり御苦労さまでした。御退席くださって結構でございます。     —————————————
  260. 竹下登

    竹下委員長 この際、御報告いたします。  本日、出頭を求めておりました証人川部美智雄君から、昨二月十四日灘尾議長あてに、医師の診断書を添え、書面をもって、病気のため出頭できない旨の申し出があり、議長より委員長に通知がありました。  この際、診断書を朗読いたします。  この診断書は、現地からドイツ語、原文で参っておりますものを本院渉外部において翻訳したものであります。   一九七九年二月八日     診断書   川部美智雄氏(生年月日 一九一九年八月一〇日、住所 四〇〇〇デュッセルドルフ・マウアーシュトラーセ一八)は、一九七九年一月三一日以降本医師の治療を受けている。   川部氏は、冠不全による重症の再発性狭心症発作を患っており、同年一月三一日以降完全に就業不能な病状である。外来診療にもかかわらず前記疾患の重さにより健康状態がますます悪化するに至った。   これ以外にも心筋梗塞の疑いも存在することにかんがみ、本医師は川部氏を本日直ちに入院加療することとした。   川部氏の入院加療は、数週間を要する見込みである。   また、これ以外にも、病院における治療に引き続き数週間の療養所滞在が医学的に緊要であると本医師は判断する。       医学博士        エルフリーデ・ヴェネッカース        内科専門医        四デュッセルドルフ・ミュンスタ        ーシュトラーセ一一六 以上であります。  川部証人不出頭の件につきましては、後刻理事会において協議することにいたします。  午後三時より再開することとし、この際、休憩いたします。     午後零時二十六分休憩      ————◇—————     午後三時一分開議
  261. 竹下登

    竹下委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  昭和五十四年度一般会計予算昭和五十四年度特別会計予算及び昭和五十四年度政府関係機関予算に関し、外国航空機購入予算問題について、参考人海原治君の出席を願っております。  海原参考人には、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。  参考人の御意見は、委員からの質疑にお答えを願う方法でお述べいただきたいと存じます。  それでは、質疑の申し出がありますので、順次これを許します。松永光君。
  262. 松永光

    松永委員 海原さんにお尋ねいたしますが、あなたが防衛庁の官房長になられたのはいつで、いつまで官房長をされたか、それから、その後、国防会議事務局長になられたようでございますが、国防会議事務局長をいつまでおやりになったか、防衛庁をやめられたのはいつか、まずあなたの経歴に関することを伺っておきます。
  263. 海原治

    ○海原参考人 私が防衛庁の官房長になりましたのは、昭和四十年の六月でございます。それから二年間官房長を勤めまして、四十二年の七月に国防会議の事務局長になりました。そして、国防会議の事務局長を退官いたしましたのが、昭和四十七年十二月でございます。
  264. 松永光

    松永委員 順序が逆になるでしょうけれども、まず、国防に関する事柄についてはあなたは相当の専門家だと思ってお聞きするのですが、今回E2Cワンポイント分四機を導入する予算が五十四年度の予算に計上されておるわけでございます。  そこで、このAEWの必要性及びE2Cの機能について、専門家としてあなたの御意見をひとつ承っておきたいのです。
  265. 海原治

    ○海原参考人 ただいま、私に対して専門家というお言葉がございましたが、私、特にその方面についての専門家ではございません。現在、軍事関係を主とした評論家をいたしております。  ただ、防衛庁に長くおりましたので、その私の体験での私の意見を申し上げますと、このレーダーを搭載いたしましたレーダー搭載警戒機、あるいは早期警戒機、いろいろ言われておりますが、これにつきましては、昭和四十一年の防衛力整備計画のときに、この研究開発ということが決定されています。  必要かどうかという、その必要性につきましては、それをはかると申しますか、どのような立場で検討するか、物差しのいかんによって違ってくると思います。たとえば、国防全般につきましても、国を守るために防衛力が必要だと考える方々と、防衛力は要らないというお考えの方もおられるわけでございまして、さらには、特定の機種につきましても、一つの目的のための要撃機でどれがいいか、いろいろ意見が違ってまいります。したがいまして、いまのお尋ねのこの必要性ということになりますと、防衛庁としてはそのような飛行機が必要だと考え、その研究開発を考え、それが後刻輸入に切りかわったということでございまして、私自身のこの種の飛行機についての判断ということでございました場合には、私なりの物の考え方でお答えをするということになります。  そうなりますというと、現在の陸海空自衛隊、いろいろな問題点を抱えておりますから、そのいろいろな問題点を正しくするための経費ということもあわせ考えますと、必要か必要でないかということになってまいります。したがいまして、これ以上私の個人的な判断を申し上げることはいかがかと思いますので、差し控えさせていただきます。  そのほかに御質問がございましたのは……。
  266. 松永光

    松永委員 あなたの意見を聞いているのです。
  267. 海原治

    ○海原参考人 私としましては、いま申しましたように、現在の陸海空自衛隊、たとえば同じ航空自衛隊にいたしましても、隊員の宿舎の問題あるいは教育訓練の問題、具体的には現在持っておりますところのF104とかF4とかという戦闘機の要撃訓練のための条件がございません。したがいまして、国費の充当が許されるならば、たとえばいまの予定経費がその方面に使えるならば、私ならそういう方面に使いたい、こういう考えでございます。
  268. 松永光

    松永委員 レーダーを搭載した飛行機を飛ばしておくことによって、低空で入ってくる侵入機を早期に発見できる、こういう性能をこのE2Cというのは持っておるわけですね。そこで、そういう飛行機の必要性は防衛庁は認めておるが、それよりももっと先に整備すべきものがあるから、そっちの方の整備を先に進めた方がいいという、選択の問題として、あなたは他の分野の整備の方を進めるべきだ、こういう御意見だと承っていいのですか。
  269. 海原治

    ○海原参考人 このE2Cというレーダー搭載警戒機を常時飛ばすということになりますと、まず、日本のどの部分をどのようにカバーするかという技術的な問題がございます。したがいまして、日本の全空域について二十四時間、いまおっしゃったような低空で入ってくる飛行機を一機残らず捕捉するということになりますと、相当な機数が要るわけでございます。そのために何機の警戒機が必要か、それをどう運用するかということにつきましては、その方面の専門家の意見の開陳があってしかる後に判断ができる、こういうふうに私は考えるわけでございます。  私なりの知識から申しますと、今回の防衛庁の購入予定の四機、その後に何機続くのかということがはっきりいたしません限りは、そのことのプラス・マイナスの評価はできないと思います。ただ、四機の購入によって得られますことは、このような機種を入手することによって、日本の防空のためにどのような機能が入手できるか。言葉をかえて申しますと、どの程度これが日本の防空のために有効かあるいは有効でないかということがはっきりと認識されますから、それによって今後の装備を考えるそれなりの意味はあると思います。ただし、四機を持ったからといって、先ほど申しましたように、低空域で入ってきます飛行機を全部捕捉することはできません。  このE2Cの性能につきましては、一般に発表されておるところによりますと、たとえば戦闘機のような小さな目標ですと、大体二百二十海里くらいの範囲内の捕捉ができるわけでございます。ただし、飛行機は動いておりますから、そのレーダーの捜索範囲は常に動くわけでございます。そうなりますと、低空で入ってくる飛行機が常につかまるというわけではございません。低空で入ってきます、先般のミグ25のような事例につきましては、レーダーが当然の欠陥として持っておることでございまして、たとえばアメリカでも、キューバから入ってきました戦闘機を発見できなかった例もございますし、要するにこの低空域のカバーということは、事実上いまの情勢下においては、二十四時間あらゆるところでやるということの必要はないというふうに諸外国も見ておるようでございます。御参考までに申しました。
  270. 松永光

    松永委員 あなたの御意見はわかりました。  そこで、次にお尋ねしたいのは、あなたが昭和四十二年の七月に防衛庁の官房長から国防会議事務局長に転出されたことについて、あなた大変御不満もあったようでございますが、その経緯についていろいろおしゃべりになったり、物に書いたりしていらっしゃるわけでございますが、そこでそのいきさつをごく簡単にひとつ述べていただきたいのです。
  271. 海原治

    ○海原参考人 委員長にお伺いいたしますが、いまの御質問は、一公務員の人事問題についてこういうところで話をしろという御要求でございます。国政の審議とは関係のないように私は考えるわけでございますが、いかがでございましょうか。
  272. 松永光

    松永委員 では質問を変えましょう。質問を変えまして、昭和四十三年の、これはあなたがもう国防会議の方に移られた後でございますけれども、第二次FXを、F4E、L一〇一〇、それからこれはミラージュですか、FlCというのですか、この三つの機種にしぼる決定がなされておりますが、この第二次FXについて、あなたは特別な御意見をお持ちであったというふうに聞いておるのですが、どういう御意見をお持ちだったのでしょうか。
  273. 海原治

    ○海原参考人 第二次FXという言葉一般に言われております戦闘機の選定に当たりましては、私、防衛局長の後半にちょっと関係いたしました。あとは官房長時代、それから具体的には国防会議の事務局長と、こうなりますが、防衛庁の中でこの問題を検討しておりますときには、私は、アメリカのノースロップという会社のつくりましたF5と言っておりますが、もとの飛行機はN156でございます。このF5というタイプの飛行機日本の防空戦闘のためにはそれなりの特色がある。そこで、その飛行機と、たとえば決定されましたF4ファントムとの優劣と申しますか、プラス・マイナス、そういうものを十分に比較検討した上で決定すべきだということを防衛庁の中で申しておりました。私は、私個人としては、私の物の考え方からF5の系統の方がよりよいのではないかということを言っておりました。そういう事情でございます。
  274. 松永光

    松永委員 先ほど私が、人事に関することであったのですけれども、あなたのおっしゃっていることや物に書いてあることを見ますと、そのことが、あなたを官房長から国防会議事務局長に移したことに関係があるやにあなたもおっしゃっておったし、またそういうものも書いておりますね。その点、間違いありませんね。そこで、あなた自身としてはそれに関係があると思っていらっしゃったのかどうか。
  275. 海原治

    ○海原参考人 この点につきましては、多少皆さん方に誤解があるのではないかと思いますのは、私が防衛庁の官房長から国防会議の事務局長に移りましたことを、左遷をされたとか、あるいは追放されたとか、ないしは追い落とされた、こういう表現で皆様方は受け取っておられますが、国防会議事務局長は決してそういう変なポストでございません。現に私の後で、事務次官を務めた方が二人も事務局長になっておられるわけですから。したがって、私が国防会議の事務局長になりましたのは、私も同意いたしまして、最終的には私の任意な承諾のもとに行われたわけでございますから、したがって、そういうことにつきまして私が不満であったとかというようなことはないはずでございます。
  276. 松永光

    松永委員 それでわかったのです。一部の新聞報道や雑誌などに書いてあることと実際の姿は少し違う。国防会議事務局長というのは決して左遷とか追い落としとかという地位じゃなくて、相当りっぱなというか、大事なポストであったということでありますから、いままで巷間伝えられておったようなことは必ずしも真相ではない。これはわかったわけです。  そこで、あなたが第二次FXについて、F5の方を、そっちの系統の方を日本の防空としては、日本が採用する飛行機としては望ましいということで主張しておられたようでございますが、次にお尋ねしますが、あなたが推してというか、検討の対象として述べておられたF5というものの性能は、F4などと比べてどういうふうに違っておったでしょうか。私の聞いたところによると、スピードの点等ではF4Eの方がはるかにすぐれておって、F5ノースロップの方はスピードが落ちるというようなことを聞きますし、その他総合計すれば、やはりF4Eの方が日本の防空としては適しておるという、そういうことを聞いておるのですけれども、それらの比較を簡単にしていただきたいと思うのです。
  277. 海原治

    ○海原参考人 まずお断りいたしますが、私は飛行機の操縦の経験がございません。したがいまして、私個人の判断ということはございませんので、私がF5系統の飛行機がいいと思いましたのは、アメリカの空軍省の意見をそのまま代弁したわけでございます。私は、昭和三十二年の十一月の末にアメリカの日本大使館に参事官として参りました。翌年の一月に防衛庁から永盛調査団というのが参ります。このときに私は同席いたしまして、これはいわゆる第一次FXのときでございますが、いろいろとアメリカ側の話も聞いておりました。このときに、私の本にも書いておきましたが、アメリカ空軍省、まあ国防次官補代理のシャッフ氏が明確に言ったことでありますけれども、アメリカとしては、当時F104というものが前提でございますが、F104よりはN156の機種の方が日本に向いたものではないか、こういう意見を言っておるわけであります。それは、そのときのアメリカの国防次官補代理の言葉をそのまま申しますと、この後でF5となります飛行機は、アメリカの空軍のためではなしに、日本とかその他の同盟諸国、国土が狭小で、滑走路も短い、その維持経費も簡単で済むというような国のための開発のものである、こういうことを説明いたします。なるほど、スピード、上昇性能を比べますと、F104は音速の二倍、マッハの二でございますが、N156は一・五マッハしか出ない。しかし、この上昇性能、スピードの差は決してそれほど大きな差にならない。敵を撃滅するものはミサイルであるということで、具体的な比較表まで示されました。そういうところの考え方を実は私はそのまま伝えたわけでございまして、そのときに米空軍が申しましたのは、地上の通信組織も含めて兵器体系として一体として観察することが必要だ、ところが日本の人は、とかくいまおっしゃいましたような性能諸元の表だけを見て、スピードのすぐれたものがいいと思ったらそれは間違いだ、こういうことを具体的に言われたわけです。それを私がそのままその後もずっと紹介をしておるというだけでございます。  くどくなりますが、私自身飛行機の操縦の経験がございませんので、当時のいろいろな飛行機を開発しましたアメリカの空軍省の意見というものをそのまま伝えた、それが私の意見ということになっております。
  278. 松永光

    松永委員 そして結局は、昭和四十四年の一月十日に国防会議でF4Eの採用が正式に決定されておるわけでございますが、その一月十日の国防会議、その当時はあなたが国防会議の事務局長でいらっしゃったわけであります。あなたは国防会議という機構の中の一員でございますから、決定されたことについてはいろいろ批判する立場ではなかったと思いますけれども、今日、一私人の立場に立たれて、四十四年一月十日の国防会議でF4Eを日本が採用する決定をしたことについては正しかったというふうに考えていらっしゃいますか。
  279. 海原治

    ○海原参考人 これは正しいとか間違っているということではなしに、先ほども申しましたが、選択の問題でございますから、それが日本政府としての決定でございます以上、それなりの理由も十分あるわけでございます。したがいまして、正しくなかったということはないわけでございまして、正しいことだと思います。ただし、その正しい戦闘機を現在正しく運用できているかというと、できていない。そこに先ほど申しました教育訓練の面がございます。したがいまして、どの戦闘機にもそれなりのプラスとマイナスがございますから、それなりのプラスをとり、マイナスをカバーするという措置が必要でございましょうし、りっぱな戦闘機を手に入れた以上はその戦闘機を有効なものにする、そのための努力が必要である、このように考えております。
  280. 松永光

    松永委員 そこで、先ほどのことにちょっと絡んでまいりますけれども、一部の新聞に載っておること、雑誌に書かれておること等からすれば、あなたがF4E導入に反対をしておられた、そのことがあなたを防衛庁の官房長から国防会議事務局長の方に人事異動をした原因であるし、また、あなたに対するいろいろな批判等のビラなどがまかれたようなことを書いてあるものも読んだことがございますが、いまあなたがおっしゃったようなこととあわせ考えれば、一部の新聞等に書いてあるのは事実とちょっと相反する点が多いわけですね。
  281. 海原治

    ○海原参考人 新聞の報道が事実と反するところが多いと言われましても、どの点がどう違っておるのか私には実はわかりません。今回の事件が起こりましてから、私のところには多くの新聞社、雑誌社の方がお見えになりました。大体二人、三人でお見えになりまして、一時間半ぐらいお話しする。それがまとまって記事になりますと、私が予想もしなかったところに力点が入っておったり、いろいろと文章もつづまったりしますので、新聞記事と私の発言との違いということになりますと、具体的にひとつお示しをいただきたいのでございます。  ただ、その辺の人事の問題につきましては、先ほども申しましたが、私は人事を発令された相手でございまして、発令権者も、当時の発令をされた方もおられるわけでございますから、もしその辺の真相でございましたら、その発令をされた方面の方にぜひお聞き願いたいと思います。
  282. 松永光

    松永委員 その点については先ほどのあなたのお話でわかったわけです。無理やりにやられたなんということについての質問はわかったわけですが——大体わかりました。  そこで最後にお尋ねいたしますが、四十三年の五月の三種類にしぼった段階において、結局F4EとCL一〇一〇、それからミラージュ、この三機種にしぼられたようですが、この三つの飛行機の中で、CL一〇一〇という飛行機は、実際につくられてどこかの国で採用されたことはないのだというふうに私は聞いておるのですけれども、そうすると、結局この三機種にしぼられた時点において、日本として採用するのはもうF4Eかまたはミラージュと、こうなってくる。そこで調査の結果F4Eになった、こういう必然的な結論になるわけですけれども、いま申したことの中で、CL一〇一〇という飛行機はどういう飛行機で、先ほど言ったように実際につくられたのか、どこかの国で使われたことがあるのか、そういう点について御承知ならば最後に伺って質問を終わりたいと思います。
  283. 海原治

    ○海原参考人 私の承知しています限りでは、おっしゃいましたCL一〇一〇は現実のものはございません。ただ会社の提案があった。現実のものをこうすればこうなるという提案があった程度のものと聞いております。
  284. 松永光

    松永委員 終わります。
  285. 竹下登

    竹下委員長 これにて松永君の質疑は終了いたしました。  稲葉誠一君。
  286. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 海原さん、あなたは証人ということではなくて参考人ということですから、法律的な束縛もありませんし、いまは自由な評論家ということなんですから、遠慮なく知っていることを話してくださいよ、余りやかましいことは言わないで。  そこでお聞きしたいのは、あなたが官房長のころに、日商岩井の海部八郎さんがあなたのところに一回だかおいでになったことがある。そのときの模様をお話し願えませんか。
  287. 海原治

    ○海原参考人 日商岩井の海部氏は、私が官房長時代一度、会社の方一名を伴われまして部屋に見えました。そのときが初対面であります。そしてファントムのお話をされましたので、私はいま官房長だ、そういう話を承る立場にない、ただし、ファントムという飛行機日本にはよ過ぎる飛行機ではないのですかということを言いました。それだけでございます。その後お目にかかっておりません。
  288. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 海部さんはだれかの紹介であなたのところへおいでになったわけですか。
  289. 海原治

    ○海原参考人 その点は記憶いたしておりません。ただし、官房長というのは御存じのように役所でもいろいろな方にお目にかかる仕事でございますので、どなたが来ても私はお目にかかっておりました。紹介はなかったと思います。
  290. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 それでは、F5ノースロップはあなたが支持しているというか、アメリカ軍が日本や西独用につくった飛行機のようですね。それから、F4Eの方はダグラス、日商岩井の系統が推していた、こういうことになるわけですね。それを知っていて、海部さんはあなたのところにおいでになったのでしょうか、どうなんでしょうか。
  291. 海原治

    ○海原参考人 これは人様のことでございますので、私の推理ではわかりません。
  292. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 その海部さんという人は、あなたから見てどういうような——一回会っただけですけれども、人柄というか仕事ぶりというか、防衛庁の中に食い込んでいるというか、そういうような点は、どういうふうに御判断されましたか。書いたものを見ますと、この人は、防衛庁が一体どういう機種を要求しているかということをいち早く察知する能力の非常にある人だということがちょっと書いてあったように思うのですけれども、どんな人だというふうにあなたはごらんになったのでしょうか。
  293. 海原治

    ○海原参考人 私は一度お目にかかっただけでございますから、その当時の印象というものは別に記憶しておりません。ただ、海部八郎氏の名前は聞いておりました。非常に有能な商社の方であるという程度の認識はございました。それだけでございます。
  294. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そこで、二回目にどこかでお会いになりましたね。赤坂のレストランか何かで会  つたでしょう。そのときに、あなたも何か飲んでおられたのか知りませんけれども、何か海部さんにあなたの方からお話しになったことはありませんか。
  295. 海原治

    ○海原参考人 これは官房長時代には一度しかお目にかかっていないと申しました。役人をやめましてから二、三年前でございましたか、友人と一緒におっしゃった赤坂の料理屋で酒を飲みました。それは酒を飲んでいるときでございますから、何を話したか記憶ございません。
  296. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 いや、酒を飲んでいるときだから本当のことを言ったんじゃないの。ぼくはこの男に追い出されたんだというようなことを海部氏にあなたが話したら、海部氏が、いや、そんなことはないとかなんとか言ったという話がありますね。記憶を素直に呼び戻してもらいたい。
  297. 海原治

    ○海原参考人 いま御指摘の程度の雑談はいたしました。
  298. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 この「日本防衛体制の内幕」という本があるでしょう。これはあなたの書いた本でしょう。ぼくも買ってきたのですよ。日比谷公園のところの時事通信の下へ行って買ってきたのだけれども、これの五十六ページにこういうのがあるのだな。「怪文書乱舞のきっかけをつくった「帝都日日新聞」の記事は、某商社があるPR会社を通じて書かせたものとわかった。」こういうのが書いてありますね。そこで、あなたはこのことについて、大人の推理だとかなんとかいろいろ言われていますけれども、これであなた方は山辺、恩田それから、小名、三人を警視庁へ告訴をされた。それで三人つかまった。そして四十三年に三人とも執行猶予になりましたけれども、あなた方の主張が認められたわけですね。それで、ここにあるいま言った「PR会社」というのは、これは川部氏のやっておるPRジャパンというのですか、だということは常識的にあなたもおわかりになっていらっしゃるのでしょう。大人の推理ですよ、あなたの好きな大人の推理ですよ。それから「某商社」というのは、少なくともF5、これはノースロップ、伊藤忠の系統が推していたものですわね、それをけ落とす反対のF4E、ダグラス、日商岩井の関係がこの「某商社」であるということは、これはまあ常識的にというか、自然の推理として考えられてくるのではないのでしょうか。そこら辺はひとつ、もうあなたも公務員じゃないのですから、そしていろいろ秘密のあれはもう時効で、なくなっているのでしょう。だから、大丈夫だから話してくださいよ。
  299. 海原治

    ○海原参考人 その事実がはっきりしておりました場合には、私は実名を書きます。そこに書きましたのは、私の友人のある新聞記者が持ってきてくれた情報でございます。情報でありまして、要するに推測でしかないので、そういう表現をしたわけでございます。したがいまして、この席で、その商社はどこだろう、そのPR会社はどこだろうとおっしゃいましても、そういう情報に基づいてこの公の席ではお答えできないと思います。
  300. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 公の席ではお答え願えないとしても、その情報というものは、あなたとして本にこうはっきり書いてあるわけですからね。それで、この怪文書というのは六種類ぐらい、非常にいい紙で出たわけでしょう。その金がどこから出たかということで、彼ら二人にそんな金があるわけはないから、どこかから出たのではないかというふうに考えられる。とすれば、この二つのこれがどこだかということは大体推理できるわけです。だから、あなたがここで明言するわけにはいかぬけれども、私の推理にお任せしますということなのか、私の推理に対して敬意を表しますというのか、どっちかということになるのではないのでしょうか。
  301. 海原治

    ○海原参考人 私には他人様の推理を裏づけるような力はございません。いろいろな方がいろいろな推理をされることは、それは自由でございます。私としては、それがどうだ、こうだとは申し上げるわけにはまいりません。
  302. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 では、どうしてここへこういうことを書いたのですか。これは本に書いてあるのだからね。
  303. 海原治

    ○海原参考人 それは要するに私の思い出の記でございますから、そういうことを書いただけでございまして、それが……(「それなら書くな」と呼ぶ者あり)書くなとおっしゃいましたら、これからは考えますけれども、その本の時点においては、別にそういうことを書いても一向構わない、こういう判断でいたしました。
  304. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 いや、書くのは自由なんですよね。ですけれども、この本を読めば、常識的にこの商社がどこであって、そしてPR社がどこであるかということはおわかり願える、こういうふうに思うわけです。  そこで、いろいろのことを聞きたいのですが、時間のこともあるものですからあれですが、もうさっきは、防衛庁の中の人事の問題だから答えられないというふうな話がありましたね。それはあなたの御意見としてそういう意見かもしれませんが、それでは、この本の十八ページにこういうふうなことが書いてあるのですね。「「人事異動は、メモの形で、増田さんに渡された。それには、最高の人のサインがあったので、増田さんも如何ともしがたかったのだ」と、私に教えてくれた人がいる。そのメモの筆者は、〃佐藤四奉行〃の一人で、かつて私を外に出そうとして失敗した人である。彼は、二十七日は、政府関係の団体の会合を主宰しなければならなかったのであるが、終日、六本木の空模様を気にしていたとは、新聞記者の情報である。」と、こういうのですが、どこまでが情報でどこまでが事実なのか、ここに書いてあるのを見るとよくわからないのです。「そのメモの筆者は、〃佐藤四奉行〃の一人」というのは、これは常識的に言って松野さんだというふうに言われておるわけですが、これはその人がメモを書いて持ってきて、そのメモには何か佐藤さんのサインがあった、こういうことなんでしょう。これはそこまで書いてないが、そういうふうに見ていいわけでしょう。
  305. 海原治

    ○海原参考人 私の文章についての読み方は、その読まれた人の自由でございます。
  306. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 何だか政府委員の癖がまだ抜けないような答弁だな。あなたはもう政府委員じゃないのだから、もう少しいろいろ話をしていただきたい、こういうふうに思うのです。  それから、新聞の中にいろいろ書いてありますことは、これは全体の時間の中の、いま言ったような話の中の一部分ですから、私もあなたのおっしゃるとおりと思うのですが、たとえばサンケイ新聞の一月二十一日を見ると、「怪文書はどこから流れたと思うか。」というのに対して「日商岩井がPRジャパン(岸氏の元秘書、川部美智雄氏が社長)を通じて書かせた、と知人から聞いた」こういうふうに出ていますね。これは、言ったことは間違いないわけですか。
  307. 海原治

    ○海原参考人 それは申しました。
  308. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 それで大体話はわかりましたが、そうすると、あなたは有森という人には会ったことあるのですか。
  309. 海原治

    ○海原参考人 私の記憶では、会ったことはございません。
  310. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そうすると、いまの恩田、山辺、二人が書いたいろいろな記事がございますね。そういう記事は内部の人でなければわからないというか、防衛庁関係に詳しい人でなければわからない、こういうふうに考えられるのですが、その点はどうでしょうかね。どこからこの記事が出たというふうに考えられるわけですか。
  311. 海原治

    ○海原参考人 怪文書は合計五種類も出ました。そして当時私は現職でございますし、根も葉もないことばかりでございますから、いまおっしゃいましたような点の推理はいたしませんでした。まあ、取るに足らないことでございますから。
  312. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 では、もう一つ聞きますが、今度は別のことになりますが、いつ、いま問題になっておるE2Cですか、そういうふうな問題や何かについて——中曽根さんは最初国産論者だったわけですね。そしてそれをちゃんと発表しておられた。それについてあなたは、そんなことはもうとてもできっこない話なんだ、こういうようなことを言われておる。それで四次防でもまた中曽根さんは国産論を展開される。ところが、国防会議の議員懇談会ですかなんとかというときに、ハワイ会談の後くるっとひっくり返ってきた、こういうことですね。まずハワイ会談の後の十月九日ですか、国防会議の懇談会だか議員会だかよくわかりませんが、そこでの出来事が、国産化がなぜひっくり返ったのだということが一つと、それからもう一つは、そこで中曽根さんは全然黙っていたということをどこかに書いてありますね。そうすると、いままで国産化を主張していた中曽根さんは、それに対して一言も異議を言わなかったのでしょうか。その二点についてどうですか。
  313. 海原治

    ○海原参考人 いまの御質問の点には一般的な報道の誤解がございます。と申しますことは、国産が決まっておったのがひっくり返ったという意味の御質問でございましたが、そういう事実はございません。これは対潜哨戒機、PXLのときにも私、証言いたしましたが、防衛庁の中でそういう対潜哨戒機とかレーダー搭載警戒機、これをどうするかというときに、必ずまず、いわゆる純粋の国産ということが希望されるわけでございます。しばらくやっておりまして、なかなかむずかしいということになりますと、そんな八年も十年もかかるようでは国産をやめて輸入をすべきだ、こういう考え方になります。この国産論、輸入論というのは常に防衛庁の各幕僚の中にございますので、そのときどきの情勢に従って、どっちの方の意見が勢いよくなるかということの移り変わりでございます。そして、中曽根防衛庁長官のときに国産の方針が決まりました。そのときには、たとえばE2Cにつきましては、E2Cで代表されるレーダー搭載警戒機につきましては、一応六年間で百二十億の金があれば開発ができるというふうに防衛庁の技術研究本部では言っております。ところが、その二年後になりますと、六年が八年になり、しかもその費用が二百二十億になる、こういうふうに見積もりが変わるわけでございます。このことでもわかりますように、非常に高度の技術を必要とするものにつきましての国産か輸入かということは絶えず問題になるわけでございます。  それで、問題の十月の国防会議でございますが、これは国産問題を白紙としたのではございません。従来から大蔵省と防衛庁との間で問題になっておりました国産化問題を白紙でございます。それは専門家会議をつくるから、そこで十分検討してもらおう、だから大蔵省も防衛庁もいままで言っておったことを全部原点に戻して、白紙で、そこで検討してもらうというのがあの十月九日の国防会議議員懇談会の了解の趣旨でございます。したがいまして、国産を白紙ではございません、国産化問題を白紙でございます。どうもその辺のところが一般に誤解されまして、国産と言ったのがひっくり返った、こう思っておられますが、これは完全な誤解でございます。
  314. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 しかし、あなたは専門家会議と言ったって、だれも専門家はあの中にいないじゃないか。専門家会議の発足というものは非常におくれましたよね。おくれたということから見て、これは国産はだめで輸入に切りかえになったのだというふうにお考えになったのじゃないですか。本当にそうじゃないですか。
  315. 海原治

    ○海原参考人 私は、四十七年の十二月に退官いたしております。したがいまして、いまおっしゃった問題は私の退官後のことでございますから、私のお答えする立場でございません。
  316. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 いや、あなたが国防会議の事務局長をやっているときに、いまの国産化問題というものが一時主として輸入の方向に変わったでしょう。それで専門家会議を置くということになったわけだ。そのときに専門家というものはいないことはわかり切っているのだから、これはもう輸入ということに変わったのだというふうにあなたはお考えになったのじゃないかと聞いているのです。
  317. 海原治

    ○海原参考人 私が考えましたことは、専門家会議というのを突然発案されましても、その会議は国防会議のどういう機関かもわかりませんし、それからおっしゃっている趣旨がいわゆる第三者機関だと思います。第三者機関となりますと、そういう早期警戒機、対潜哨戒機についての専門家は、私はまずいないだろうと判断したわけであります。防衛庁かあるいは関係会社以外には、そういう技術関係に詳しい人はおらないというのが私の判断でございますので、その当時専門家会議の設置につきましては、国防会議の議員懇談会の了解事項にしていただきたいということを私は事務局長として申し上げたわけです。そういうことでございます。
  318. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 時間もあれですから……。  あなたは一月十五日に毎日新聞にインタビューされているわけです。これも長い時間の中の一部分かもわかりませんから、真相というか、どこまであれしているかは、問題と言うと語弊がありますけれども、わかりませんが、この中でこういうのがあるのです。「海原さんの防衛庁時代の体験に照らしてみて、商社から政治家へのリベートというものは支払われるのが常識と考えていいか。」海原氏「それは政治家に聞いてください。現にそういう政治家はいるんだから。何か世話になれば、お礼をするというのが日本社会の常識だよ。ボクが政治家なら当然のこととしてもらうよ。」  まあ、こういうふうに言ったかどうかは別ですよ。こういうふうに一問一答で議事録のように言ったかどうかは別として、こういう趣旨のことを言われたのではないかと思うのです。「政治家に聞いてください。」と言ったって、こっちに聞いたってわからないからね。こっちじゃない別のところに聞かなければわからないけれども、「現にそういう政治家はいるんだから。」ということを言っていますね。こういう点をもう少し、あなたよく知っておられるはずですから、詳しく説明してくださいよ、国民の皆さんはこういう点を聞きたがっているのだから。
  319. 海原治

    ○海原参考人 そのくだりの話は、皆さん方、新聞の方がいい悪いと言われるときには、現実の世の中の善悪の判断の基準が問題ではないですかと申し上げたのです。現在の国際社会、一般社会で善悪、是非の判断をする場合に尺度がございましょう、だから特定の政治家だけをどうこうということはおかしいじゃないか、そういうくだりの一節でございます。そして、政治家の万々が政治活動をする場合にはいろいろな経費もおかかりになる、そこで政治献金が認められている、ですから、いわゆるリベートという言葉がちょっとひっかかるわけでございましょうけれども、正当な報酬であるならば、努力に応じてもらうのは当然ではなかろうかという意味のことを言ったわけでございます。私も、仮に政治家であるならば、政治資金のためにいろいろの方にお願いして政治献金を受ける、これは当然ではないでしょうか、こういうことを言ったことは事実でありますが、おっしゃったような、そこにあるようなどぎつい表現ではございません。
  320. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 だけれども、あなたの長い間の体験から、そういうふうに骨を折ればお礼をするというのが日本の社会の常識だ、こう言うのなら、当然こういうふうなことが行われていたということをあなたも御存じだったのじゃないのですか。ちょっとここで言うのは勘弁してくれというならしようがないけれども、知ってはいるけれどもちょっとここで言うわけにいかぬというなら別かもわかりませんけれども……。
  321. 海原治

    ○海原参考人 私はそういう事実は何も知りません。ただし、ロッキード、グラマン一千億の空中戦という時代におきましては、いろいろな金の動きがありましたことが当時の国会の審議等でも一応は出ておるようでございます。
  322. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 あなたはなかなか政府委員の癖が抜けないな。役人のあれが抜けないよ。  それは話は別ですが、もう一つお聞きしたいのですが、あなたと川部美智雄氏との関係はどの程度の関係かということが一つと、それから何か仲たがいをするようなかっこうになった。あなたに言わせれば仲たがいじゃないと言うかもしらぬけれども、仲たがいをするようになった、ここのところが一つ。それを聞かしてくれませんか。
  323. 海原治

    ○海原参考人 川部氏と私との関係は、朝日ジャーナルに申しましたように知人でございます。カーン氏との間は友人であるということで、私はカーン氏とのつき合いは古うございます。その過程におきまして川部氏が顔を出した。それ以来ときどき顔を知っておる程度のつき合いでございまして、友人ではございません。  それから川部氏との知人としてのつき合いと申しますか、それが切れましたのは、本に書きましたように、岸信介という方の英文の手紙の写しを手に入れまして、そこに書いてあることが事実と違うので、もしこの人が岸元総理であるならば、秘書がこういうことは配慮するのだから、間違ったことを書かせてはいかぬということで、川部氏にその手紙の写しを見せて調べてもらった、そのことがございます。それっきり彼との縁は切れました。
  324. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 あなたの話を聞いていると、友人と知人とが違うように聞くのですが、日本語では違うけれども、英語でどう違うのかぼくも知りませんけれども、それは別として、もう一つお聞きしたいのは、朝日ジャーナルの二月二日号、これであなたがハリー・カーンのことを書いていますね。まず、ハリー・カーンという人がどういう人なのか、あなたとのおつき合いの関係がどうかということ。どういう人かということが一つ。  もう一つお聞きしたいのは、ここで題字として書いてあるのは、「私の首を斬った敵方の友人だが尊敬はしている」こう書いてあるのだね。あなたが書いたのじゃないが、書いてあるでしょう。これはどういう意味なのか。中を読んでみるというと、どうもこの題字みたいなものがなかなか出てこない。ぼくには出てこないと思う。ただしかし、カーンは岸の方と接触していた云々ということが盛んに出てくるわけだ。だから、岸・佐藤・松野ラインというか、それがあなたの首を切ったから、敵方の友人だが尊敬はしている、こういう意味にもとれるのだよね。「敵方の友人」というのはどういう意味なんでしょう。
  325. 海原治

    ○海原参考人 ハリー・F・カーン氏と私とのつき合いは、私が国家地方警察本部の総務部企画課長、すなわち昭和二十三年のころからでございます。それは、当時のニューズウイークの東京支局長のパケナム氏と知り合いまして、このパケナム氏から紹介されまして、カーン氏とのつき合いが始まりました。私の知っているカーン氏は、今日の日本の現状に対しての恩人だということを申しております。これは長くなりますので省略いたしますが、とにかく尊敬する友人でございます。  そして、その雑誌の見出しでございますが、私は、敵という言葉はいまだかつて使ったことございません。それは、その雑誌の編集の方がおつけになったものでございまして、実は、私もそれを見てびっくりいたしました。
  326. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 いまの題といいますか、「私の首を斬った敵方」というのは、あなたから見るというと——敵ですよ、岸なりあるいは佐藤なり松野だということは、この本の中を読んでみればわかるのじゃないですか。そうじゃないですか。そういうふうに推測してもよろしいですか。
  327. 海原治

    ○海原参考人 先ほども申し上げたことですが、その題は私が選んだものじゃございません。朝日ジャーナルの方でつけたわけでございますから、朝日ジャーナルの編集の方にお聞きいただきたいと思います。
  328. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 それはわかりましたけれども、あなたの敵というし、あなたの首を切ったというのは——首を切ったのじゃない、あなたに言わせれば栄転だ。有吉君のように外局に出て二階級特進した人もいるわけだ。だけれども、あなたの全体を流れているのは、いわゆる長州の連中だというのでしょう。長州御三家とあなた言っているでしょう。岸、佐藤、重宗、これが防衛庁を独占しているのだという意味のことを——独占と言ったら、あなたは、そんなこと言ったことないと言うけれども。あなたは、こっちがちょっと言葉を言うと、それは違う、違うと言う。なかなか鋭いや。どうなの、いまの点は。岸、佐藤、重宗が、防衛庁に対してどういう影響力を持っておるか。それと松野さんとあなたとの関係、結びつき、これはどういうことになっているの。本当のことを言ってくださいよ。
  329. 海原治

    ○海原参考人 いま稲葉先生は、長州の御三家が防衛庁を支配したということをおっしゃいましたが、そういうことは全くございません。そこにありますものは、戦後の政治の中で重きを占めた人人は、数えてみると長州の方三人ではないかと話をしたわけです。それだけでございます。  それから、私とそれらの人の間の関係をお聞きになりましたが、私には敵はございません。味方もございません。
  330. 竹下登

    竹下委員長 大出君。
  331. 大出俊

    ○大出委員 一、二分しか残っておりませんが、問題点をしぼります。  しばらくぶりでございます。お元気で……。どうも長年の質問相手でございましたから……。一点だけ承ります。  いまの朝日ジャーナルに出てくるのですけれども、佐藤さんが二回海原さんを追放しようとした、二回目のところと絡むのですけれども、それには「二つ理由がある。その年の二月、四次防予算の先取り問題で国会が紛糾した。私にいわせれば、防衛庁の方で勝手に予算要求を決めておいて、追認の格好で国防会議にめくら判を押させようとしたのだ。国防会議議長は総理大臣だ。それが十分に検討もしていないのにそんなことをするのはおかしいと、私はけった。」と、こうある。朝日ジャーナルです。実は、このときの官房長官は、予算委員長竹下さんだったわけでございます。竹下さんは、私のミスもあってということを言っておられますけれども、実はこれはここで予算を凍結をするわけですが、E2Cの話はこれからでございますけれども、実はこの凍結をした中にRF4Eがあるのですね。RF4Eは、御存じのとおりにF4Eと同じ機体で偵察機でございますが、このRF4Eに関しまして大変大きな疑問があります。  当時アメリカから、マクダネル・ダグラスは、近く同機の生産を打ち切ると通告してきている。これを知っているのは、いま防衛庁に残っている方、伊藤圭一さんくらいしかいない。当時のことを覚えておられるように仄聞をいたしておりますが、生産ライン停止とおどかされたかっこうで、その後、江戸一佐の名前で防衛庁から直接MDCに聞きまして、そしてあわてて実は十四機一括購入のかっこう。これは買い取り方式ですね。日商が買い取って防衛庁に売るのだから、こんなにもうかる商売はないのだけれども。だから、これはえらい急がせて、これは政治力かなければとても急げないと思うのですが、国防会議はたな上げで、あなたたなに上げた以上に国防会議はたなに上げて、RF4Eの十四機分の予算を何とかしなければということで、予算を先に決めちゃって、国防会議の議を経ないで出してきた。これが原因なんですね。  何でこんなことをしなければならなかったかということは、これはけった御本人ですから、当時の事情はわかっていると思いますから、私は結論を先に申し上げて聞きますが、その後、イランだとかあるいはギリシャ、トルコが先ですけれども、生産ラインは停止してないですね、RF4Eは。そうすると、何かの政治力があって、停止する、だからいま契約しなければ買えない、こういう雰囲気をつくって、ばんと予算に決めて出した。だから、国防会議はどっかへ行っちゃった、こう理解をしているのですが、この間の事情をちょっと説明していただきたい。
  332. 海原治

    ○海原参考人 まずお断りしますのは、朝日ジャーナルの記事で、私がけったということになっておりますが、私は一事務局長でございまして、もし私がこうだと申して、防衛庁長官の方が、それはまずい、けしからぬと思われれば、当然総理にお話しいただけばいいわけでございますから、私のためにそうなったというふうにもしおとりでございましたら、それはひとつ御訂正願いたいと思います。  それからRF、偵察機の問題でございますが、その当時において防衛庁はそういう連絡を受けた、その時点においては、恐らく会社としても、もう生産の打ち切りを考えておったのじゃないかと思います。しかし、その後の情勢から、また再開されたということもあり得ます。ただし、これは私の想像でございまして、その当時私は、それの一括購入につきましての問題は感じておりませんでした。したがいまして、ここで責任を持って申し上げることはございません。
  333. 大出俊

    ○大出委員 うまいこと答えるね。昔から似たような答弁するのだけれども……。どうも。
  334. 竹下登

    竹下委員長 これにて稲葉君、大出君の質疑は終了いたしました。  鈴切康雄君。
  335. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 あなたの「日本防衛体制の内幕」という、この内容につきまして、これは真実を残しておこうというふうにお考えになってこれをお書きになったのか、あるいは、幾らか興味的にお書きになったのか、まずその点はどうでしょうか。
  336. 海原治

    ○海原参考人 私の気持ちとしましては、真実を書き残しておきたいと思いました。ただ、いま御質問の中に、幾らか興味的という言葉がございましたが、それにつきましては、私はある週刊誌に、私の見る真実、それを社会部的に書いた、こういうことを言ったことがございますが、全然かたいことばかりですと買ってくれないということもございますので、多少ストーリーというようなことも考えまして書いたわけでございます。
  337. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 あなたの「あとがき」、これはあなたが責任を持ってお書きになりました、「海原治」という署名が書いてありますね。となりますと、この署名の中で、「その数多くの事件のなかで、私が体験し、真相を語っておくに足ると考えたものを拾い出したのが、本書の内容である。」こういうことなのですね。となりますと、これは全くあなたは真相を語っているのだということの裏づけになるのじゃないでしょうか。
  338. 海原治

    ○海原参考人 真相と真実とどこが違うか私にはわかりませんけれども、一応私の見る真実を書いたっもりでございます。
  339. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 先ほどもちょっと話がありましたけれども、ホーク・ミサイルのライセンス生産をめぐって、ノブスケ・キシ氏が防衛庁の決定前に東芝を推薦する趣旨の英文の紹介状を米国レイセオン社のチャールズ・F・アダムス社長あてに書き、その手紙の写しをあなたが入手したというのは事実ですか。
  340. 海原治

    ○海原参考人 事実であります。
  341. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 また、その内容の中で、どの記述が誤解を生む点であったのか、もう少し詳しくお話しをしていただきたいと思いますし、またいまもその写しをお持ちでしょうか。
  342. 海原治

    ○海原参考人 まず、写しは現在でも持っております。それから、内容が私がおかしいと思いましたのは、当時まだホークの生産計画というものはどこの会社にも出しておりません。それを東芝の方に、三井グループの方に発注したということが、英語で申しますと現在完了の形で書いてあります。これは明確に事実と反するということでございます。
  343. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 あなたはそれについて大変に事実と違うということで、岸さんの秘書の方にそのことを言われたと言いますけれども、それは川部美智雄さんですね。
  344. 海原治

    ○海原参考人 川部氏であります。
  345. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 私は、きょう特にあなたに来ていただいた、そして聞かなくてはならない問題というのは、やはりあなたが国防会議事務局長であったその当時のことで、しかもいま御存じのとおりE2Cの問題が大変に大きな問題になっておるわけでございますから、そのE2Cの問題も含めていろいろお話を聞きたい、こういうわけです。  背景を申し上げますと、国民の皆さん方、海原さんをこうやってお呼びして、私が断片的にお話を聞いてもなかなかおわかりにならないと思いますので、まずその背景から申し上げながら、ちょっと質問に入りたい、こう思っております。  今回、御存じのとおり、アメリカの証券取引委員会報告で、グラマンのE2C、いわゆる早期警戒機ですが、との売り込みについての疑惑が公表されたのはあなたも御承知のとおりです。その中にアメリカの米人コンサルタント、カーン氏や日商岩井が売り込みに関し日本政府高官あるいは政治家に働きかけ、少なくとも日本のそれらの人たちに汚い金が支払われたか、あるいは支払われる可能性を示した内容になっているのは御承知のとおりであろうと思います。  ロッキード事件以来、政府は一貫して、田中・ニクソン会談のトップで航空機の売買までが話し合われた事実はないと、いわゆる商談説を今日まで否定してまいりました。ところが、首脳会談に参加したマーシャル・グリーン元国務次官補が、私が非公式な事務レベルで、協議の席でE2Cを要請したと言明をいたしました。また、グラマン元社長は、すでにハワイ会談に向けて、当時のアレン大統領補佐官に議題として取り上げるよう要請をされたわけです。疑惑解明のため、国会においてもE2Cの問題が当時の会談の中で話し合われたのではないかということで問題になり、政府と国務次官補の発言を確かめたところ、いままで一切なかったと言明していた政府は、現在は亡くなっておられる鶴見審議官とグリーン元国務次官補の中で雑談的に話し合われた。政府は、雑談だから記録にとどめておかなかったと言っておりますけれども、アメリカにおいては外務省の覚書として残っておる。こういう外交史上まれに見る奇怪ないわゆる出来事であります。  昭和四十七年の八月三十一日から九月一日のハワイ会談のあとを受けて、一カ月後の十月九日の国防会議でPXL、AEWの国産化方針が突如として白紙還元され、輸入を含めて慎重に検討するということが決定されました。となりますと、ハワイ会談で何が話し合われたかはいまのところ実際わからないわけでありますけれども、それを受けての国防会議は重要な問題をはらんでいるので、当然ここで国防会議の事務局長であるあなたに、その問題をただしておかなければならない、こういうことでおいで願ったわけでありますが、具体的にお聞きいたします。  そこで昭和四十七年の十月九日、国防会議議員懇談会了解事項としてPXL、AEW等の国産化問題を白紙として白紙還元が決まったけれども、当時あなたは国防会議事務局長であったし、そのときのあなたあるいは防衛庁も予想しなかった。それは決定されたというのはどういうわけで決定されたのか。また、予想されなかったのはどういうわけでしょうか。
  346. 海原治

    ○海原参考人 いま先生がおっしゃいました、予想をしなかったということは、何を予想しなかったか、実は問題でございます。と申しますのは、少し具体的に御説明しますと、十月の九日の国防会議の議員懇談会で専門家会議の設置ということが決まります。そこで先ほどもちょっと申しましたが、従来大蔵、防衛の間で問題であったAEWとPXLは、この国産化問題は白紙とし、ということになったわけです。  その専門家会議の設置でございますが、そのときまでに懸案でありましたのは対地支援戦闘機の輸入か国産かということでございまして、従来防衛庁は対地支援戦闘機の国産を主張しておりましたが、当時の御存じのいわゆるドル減らしのために、大蔵省としましてはできるだけアメリカから買えるものは買ったらどうだということで、そこでこの対地支援戦闘機の輸入問題が出てくるわけであります。そこで大蔵省は輸入説、防衛庁は国産説、こう対立いたします。これが国防会議の参事官会議、幹事会、幹事会は次官レベルの会議でございますが、ここでも意見が対立する。そこで最終的に国防会議に持ち上げたわけでございますが、実は十月の八日、前日の夕方に大蔵省の宮下主計官から防衛庁の方に連絡がございまして、この対地支援戦闘機の国産については同意する。ただし、AEWとPXLについては国産を前提とした研究開発費はつけない。これが大蔵省の態度という連絡がございます。これを受けまして防衛庁では幹部が会議をしました結果、この大蔵省の要求をのんでおります。そのことが防衛庁長官まで、日曜の晩でございますが、報告されております。本来ならばその時点で大蔵、防衛の間の意見の合致が後藤田官房副長官と私には連絡されてしかるべきでございますが、これが連絡されておりません。そこで翌日の幹事会でも両省の意見が対立する形のままで、事務的には私は三案を用意いたしました。この対地支援戦闘機につきましての国産案、輸入案、折衷案、その三案を国防会議で決めるということで、あの国防会議の議員懇談会になったわけです。  このことは実は後でわかったわけですが、先年のロッキード問題のときに調査いたしましたら、その日曜の夕方にすでに大蔵、防衛の間では話し合いがついておるわけです。となりますと、おっしゃったように国産することについて何も問題はないわけでございます。なぜか、この大蔵、防衛の間の協議の連絡がございません。そのために問題がついに総理の裁断ということになります。そこで総理としては、そういう専門的な問題を自分に判断しろと言っても無理だということから、第三者機関としての専門家会議の設置、こうなったというのが、事後の検討の結果わかった筋道でございます。
  347. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 そのとき、当時首相官邸で国防会議が開かれたわけでありますけれども、その直前に総理の執務室に、田中総理大臣、そして後藤田官房副長官、相沢大蔵省主計局長の三人が会談し、国防会議の席に着いたとき、後藤田氏からあなたにメモ、すなわち専門家会議の設置、AEW、PXLの検討という簡単なメモが渡されたということですが、これは本当でしょうか。
  348. 海原治

    ○海原参考人 私は、後藤田副長官からメモをもらったと記憶しておりますが、後藤田副長官、現在は後藤田議員でございますが、後藤田議員は、自分はメモを書く習慣がないので、それは海原おまえには口頭で言った、こう言っております。したがいまして、伝達の方法は、私はメモをもらったと思っておりますし、後藤田君は口頭で言ったと言っておりますが、内容はおっしゃったとおりです。そのとき聞いたわけでございます。
  349. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 あなたはメモをもらったという記憶を持っておられるわけですし、記憶があるということは、そのメモをどうしたかということは、当然次の行動に出るわけですが、そのメモはだれにお渡しになったのですか。
  350. 海原治

    ○海原参考人 メモは、要するに私の記憶では簡単に専門家会議の設置と書いてあった、これは何だということを聞いたときに、会議の方が始まります。そこで、約三十分の会議でございますので、私は議事の進行役をいたします。そして、いまの専門家会議の設置につきましては、一応の経過の報告の後で総理から御発言がありまして、議員の全員が賛成されました。  そこで、どういうことにするかということにつきましての文案を、大蔵、防衛、国防会議事務局、この関係の人々で、会議進行中の部屋の片すみで文章づくりが始まります。そこでできましたものを私が受け取って、それを朗読いたしまして、先ほど皆さんが合意されましたことはこういうことでございますかということで皆さんに伺いますと、議員の方々全員がうなずかれます。そこで、それではこういうことにいたします。ただし、これは国防会議の決定ではなしに、議員懇談会の了解事項という形にしていただきますというのが、これは私の発意でございます。それでよろしいということになりました。
  351. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 そのメモなんですが、そのメモは、わずかにいわゆるPXLあるいはAEW検討という本当に簡単なメモ、これをあなたがもらった。その後、国産化問題は白紙とし、今後輸入を含め慎重に検討するという文案に変わっていった。これが要するにここにあります了解事項ですよ。あのわずかのメモで、どうしてこういうような内容になっていくかということは実際には非常に不思議なんです。そこで私は調べました。調べましたところが、そのときにおられた方はだれかといいますと、大蔵省の主計局の次長をしている長岡實さんと、それから防衛庁の島田事務次官と、そしておたくの国防会議の渡辺参事官、この三人はわかった。あなたは至るところに五、六人の方がおられた、こう言われておるわけですね。その五、六人の方はだれとだれとだれでしょうか。
  352. 海原治

    ○海原参考人 私の記憶では、いまおっしゃいました三人のほかに、防衛庁では久保防衛局長、ただし久保君は途中から出ましたから、どこまでおったかわかりません。大蔵省では相沢主計局長、この方がおられました。そこで、私の記憶では五、六人、もう一人は私の方の事務局の参事官ではなかったかと思います。
  353. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 結局、いわゆるその意思を体した人が、言うならばこの了解事項内容を言わなければ、全然入っていない人はこの了解事項内容はできるはずはない。ですから、結局だれかの意思を体して、そしてそういうことをここに盛り込んだという以外に実はないわけでありまして、そう考えてきましたときに、相沢さん——二階堂官房長官は、あるいは後藤田官房副長官はいかがでしょうか。伺えますか。ちょっとそれじゃ……。
  354. 海原治

    ○海原参考人 二階堂官房長官、後藤田副長官はともにこの国防会議の懇談会の方で話をしておりますので、片すみに先ほど申しました五、六人の人が集まりまして、そこで合議しての上にできたのがあの文章でございます。二階堂官房長官も後藤田副長官も入っておりません。入る余裕はございません。
  355. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 あなたが、向こうでできたその文章をお読みになられたと言われておりますけれども、その当時国防会議には十二名おられた。クレームはつかなかったですか。
  356. 海原治

    ○海原参考人 異議の御発言は全然ございません。
  357. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 ちょっとおかしいですね。実はそのとき中曽根通産大臣もおられたはずですね。中曽根通産大臣といえば、第三次防衛力整備計画を受けて、国産化のもう本当に先駆者とまで言われて、国産化国産化ということでずっと来ていることは、もうあなたも御承知のとおりだ。その国産化を推進している中曽根さんが、しかも言うなら通産大臣という立場である中曽根さんが、何にもクレームをつけなかったということは、あなたは不思議なことじゃないだろうかなとお思いになりませんでしたか。あなたはそのときどうお思いになりましたか。
  358. 海原治

    ○海原参考人 私は全然何の感じも持っていません。
  359. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 あなたは何にも感じを持たないというのは、その点においてはやはりどこか——新聞には、あなたは大変におかしいと、そのように言っているじゃないですか。おかしいと言っているじゃないですか。新聞の中にあなたはおかしいと言っておりますよ。で、あなたは少なくとも中曽根さんにそのことを聞きたいことなんだと言っているじゃないですか。どうなんですか、一体。
  360. 海原治

    ○海原参考人 私がおかしいと申しましたのは、そのとおりの、何と申しますか、その新聞のいまの文字でおっしゃっておりますけれども、国産化ということを決定された、その方が今度は輸入のときに何も異議を持たなかった、その理由について私は知らない、もしその理由が知りたければ、それは中曽根議員にお聞きくださいと、こう申し上げた。ただし理由の説明がなければおかしいという感じにはなります、こういうことでございます。  ただそのときに、先ほども申しましたけれども、防衛庁の中で事務の方で両説がすでにあるわけであります。そこで、先ほども申しましたけれども、中曽根長官のときに国産をお決めいただいた。しかし取りかかってみると、これは大変なことだということに気がつきますと、先ほども申しましたように、むしろこれは輸入してほしいという気持ちになる、そういうことがいろいろな方面に当然いくこともこれは考えられます。そのような理由をおっしゃっていただきたいという気持ちは私もいまもございます。それだけのことでございます。別に、中曽根通産大臣がその席で発言されなかったことにつきまして、私は何にも感じませんでした。
  361. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 五十四年の一月十六日の朝日新聞のインタビューに、あなたは「メモを見た時、おやつと思った」というんですね。「おやつと思ったのは確かだ」とおっしゃっている。で、「おやつと思ったのは確かだ」ということは、これは唐突さと驚きをあらわす感情なんです。そうなんです。だから、そのおやつと思った、そのときのいわゆる感想はどんなことだったのですか。
  362. 海原治

    ○海原参考人 このおやつと思いましたのは、専門家会議の設置ということが突如として出たから、おやっと思っただけであります。
  363. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 だから専門家会議の、そのいわゆるあれが突如と出たということは余りにも唐突であったということでしょうね。
  364. 海原治

    ○海原参考人 これは少し事務的な説明をさせていただきますと、先ほども申しましたけれども、国防会議で御決定いただく前には、各省の参事官会議がございます。その次には幹事会がございます。一応そこで全部問題点を整理いたしまして、その上で国防会議で御決定をいただく、これが従来からのしきたりでございます。したがって、もしそういう専門家会議の設置ということになりますと、先ほどもちょっと申しましたが、それはどこの機関になるのか、法律、政令に根拠のあるものかどうか、そういう点が問題になるわけであります。したがいまして、そういう専門家会議の設置ということが急に出てきましたので、おやっと思った、こういうことであります。
  365. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 いまだにわからない点は、要するにそのPXL、AEWの国産化問題は白紙としてという部分でありますけれども、防衛庁長官談話に、国産化の是非についての従来の論議を白紙にするとか、あるいはPXL、AEWの国産化問題の是非の論議をたな上げするということだ、これが白紙なんだというふうに言われておりますけれども、これは国民は全くわからないのです。論議をすることがなぜ悪いのでしょうか。論議をするのはあたりまえなんです。国産化にしようかあるいは輸入しようかという論議をすることはもうあたりまえのことなんです。その論議をたな上げして、いわゆる論議を白紙にするということなんですね。あなたは先ほども、これは国産化するか輸入するかわかっていないというならば、なぜ白紙にするのですか。決まってないものを白紙にできるわけはない。決まっておったんでしょうよ。決まっておったから、色がついておったから白紙にしなければならないんだ。そうでしょう。どこで決まっておったかというと、これは昭和四十七年二月の七日、四次防の大綱で国防会議で決定された。その国防会議で決定された内容はどういうことかといいますと、その大綱の「整備方針」の第五の項に「技術研究開発を推進し、装備の近代化及び国内技術水準の向上に寄与するとともに、装備の適切な国産化を行ない、防衛基盤の培養に資するものとする。」というくだりがあって、その後さらに「主要整備内容」の第四項には「技術研究開発 各種誘導弾、電子機器ならびに対潜哨戒及び早期警戒機能向上のための各種装備等の研究開発を行なうとともに、技術研究開発体制を強化する。」というのが決定された。これはあなた御存じのとおり。  そこで、要するに問題は「機能向上のための各種装備等」という「装備等」の問題。これは第三次防衛力整備計画の、C1とかT2とかあるいはレーダー哨戒機とか、そういうときに名前が出ていたのは、私、当然わかっております。わかっておりますから、それを受けて「装備等」ということは、当時防衛庁は「装備等」という中には機体が含まれる、こう判断をした。またその判断も正しかったろう。それが結局決まったがゆえに、どうしても国産化を進めるというのでなくして、当然国産化になるような研究開発、これはずっとやってきたわけでありますし、いままでPXLにおいては約十億円からの金を使ってきておるわけです。当然国産化も出ているわけですね。ということから考えますと、ここにある「装備等」を消すためには、どうしても国防会議のいわゆる決議をしなければならない。それでなければ消えません。このところは消えてこない。案の定、国防会議のそれを受けて「装備等」のここは消えましたね。消えてしまいました。だから、国防会議で決まったことなんだから国防会議で消すのはあたりまえだということで、言うならばそういうふうな取り扱いをなされた、私はそう判断をするが、あなたはいかがでしょうか。
  366. 海原治

    ○海原参考人 まず、もう一度お断り申しますが、十月九日の了解事項の文言、文章でございますが、これは草々の間に五、六人の人が集まってつくった文章でございます。したがいまして、その白紙という言葉意味は何だと聞かれましても、これはわかりません。ただし、決まった文章を私が読み上げまして、国防会議の議員の方々の全員がそれに賛成されまして、どなたも異議を申されないということは、それなりに皆さん解釈をおとりになったと思います。それが第一でございます。  第二は、いまお読みになりました四次防等の文章でございますが、おっしゃいましたように、「等」という言葉の中に機体が入るというのが防衛庁の主張でございます。私はそれに反対であります。大蔵省も反対であります。そういうことで、その前に対潜機能と書いてあります。機能というのは海の中にもぐっておる潜水艦を見つけるための個々のいろいろな機器の機能ということであります。ファンクションであります。そういう面の研究が先行すべきだ、それから後でそういうものを乗っけた対潜哨戒機をつくろうというのが、あのときの四次防をつくる過程での大きな問題でございます。ところが防衛庁の方は、その「等」に機体が入る、こういうことを言うものでありますから、そこで最後に決めましたときにはその辺を整理した、これが事実でございます。  このときの国防会議の議員懇談会では、たとえば例を申しますと、空対空のミサイルの国産ということが従来から言われております。国産をしますと一発が六百六十六万もいたします。アメリカから買えば百万円で買える。六倍も高いものを買うのが国産かどうかということも問題になりました。そういうことで、あの四次防のときには十分そういうことを整理いたしました。それが私の解釈でございます。したがいまして、私は防衛庁が言っていますような「等」の中に大きな機体が入るとは解釈いたしません。
  367. 鈴切康雄

    ○鈴切委員 一問だけ。  私はそうとらないんです、実は。昭和四十七年の二月の七日にこの四次防の大綱が国防会議で決定された。ここに、政策的に大きく変更しなければならない昭和四十七年の十月の九日、わずかに八カ月間ですね、この間にいわゆる防衛庁とするならば大きな政策転換をするわけでありますから、当時はPXLの問題で大変に疑惑を生んでおった問題でもあり、わずかの間に変わったというのはおかしいじゃないかというように言われやしないかという配慮が多分に働いた。だから、そういうことからいって、あなたが先ほどもお認めになりましたように、了解事項内容がわずかの時間に、短時間に実際に書かれたので、白紙の意味がわからないとおっしゃったわけです。それが要するに実態なんですよ。だから、これはまた疑惑が非常に大きくあるし、今回のE2Cの問題、さらにこれからも国会は全力を挙げてこれに対しての解明をしていくわけでありますけれども、ともあれ、本日は参考人としてあなたの御意見をお聞かせいただきましてありがたく思います。ありがとうございました。
  368. 竹下登

    竹下委員長 これにて鈴切君の質疑は終了いたしました。  大内啓伍君。
  369. 大内啓伍

    ○大内委員 きょうは御苦労さまでございます。  ロッキードから最近のグラマンに至るまで一つの問われている課題は、そうした機種選定ないしは飛行機購入をめぐりまして、不当、不法な政治的な圧力があったか、あるいはそうした政治家と商社との癒着といったような問題について問われているわけなんでございますが、私がこれから御質問申し上げることも、実はそういう見地に立っているからであります。  これは海原さんが一月の二十八日にある雑誌で述べられたことなんであります。したがって、文責はこの雑誌にございますので、必ずしもこのとおりではないかもしれないのですが、機種選定に当たって海原さんはこういう持論を述べておられるわけなんです。「機種選定は、防衛庁と、予算の関係で大蔵省、さらに、国産か輸入かという関連で通産省、この三つの役所が当たり前に機能すれば、おのずから機種は決まってくる」こういうふうにおっしゃっているのですが、いまもそのようにお考えですか。
  370. 海原治

    ○海原参考人 私は、そのように考えております。
  371. 大内啓伍

    ○大内委員 そこで海原さん、その後重要なことをおっしゃっているのですね。「しかし、現実は全く違う。いくらでも政治家の介入の道はある。」こうおっしゃっているのです。そういうふうにお考えですか。
  372. 海原治

    ○海原参考人 介入の道は幾らでもあるという表現は、私は少しオーバーではないかと思います。ただ、現実の時点におきましてのいろいろな動き、そういうものはあり得るということを言ったわけです。
  373. 大内啓伍

    ○大内委員 そうすると、俗に言いますと、やはり介入というニュアンスも入りますね。常識的にそうですね。
  374. 海原治

    ○海原参考人 これは言葉の解釈でございますが、私は介入とは見ません。何となれば、最終的には防衛庁の決心でございますし、それに同意した大蔵省の決心でございますから。
  375. 大内啓伍

    ○大内委員 こういうふうに続けて述べられているのですね。「第一次FXの時は、当初、ノース・アメリカンのF100と、ロッキードのF104の戦争だった。ところが、いつのまにかこの二機種が落ちて、急にグラマンのF11Fが国防会議で内定してしまった。なぜ、当初、有力候補に上っていた二機種が消えてしまったのか、この理由はあいまいだ。ただ、一つはっきりしているのは、グラマンの浮上には有力な政治家が動いて、関係者に働きかけたということだ。」こういうふうに海原さんおっしゃっているというんですが、大体このとおりですか。
  376. 海原治

    ○海原参考人 前半はそのとおりでございます。  後半は、その当時の新聞報道等を参照として申しました。  前半と申しますのは、昭和三十二年の中ごろまではF100と104の争いでございます。ところが、八月か九月でございますが、永盛調査団がアメリカから帰ってきまして、グラマン社のF11Fという名前を持ち帰ります。そこへノースロップのN156、これが登場して四機種の争いになる、こういうことでございます。その後はおっしゃったような経過でございます。
  377. 大内啓伍

    ○大内委員 そこで続けまして、最初の結論として海原さんは、「力のある政治家を抱き込んで、売り込み合戦に勝ったところに機種が決まっていくわけだ。」こういうふうに書いてあるのですが、これはお考えとは違うのですか。
  378. 海原治

    ○海原参考人 私は「政治家を抱き込んで」という言葉はいまだかつて使ったことはございません、そういう大きな力があるとは思いませんから。ただ有力な政治家の方の援助を願う、そういうことは当然あり得ることではないか、こう言ったことはございます。
  379. 大内啓伍

    ○大内委員 続いて第二次のFXの機種決定に際して、そこで「第二次FXの機種決定の時、私は、大きな政治の渦に巻き込まれた。」こうおっしゃって、実は例の怪文書事件について触れているわけなんですね。そしてこういうふうに述べられているのです。「一連の怪文書乱舞のきっかけをつくった「帝都日日新聞」の記事で、私と三菱重工業、伊藤忠商事の仲をとやかくいったものは、ある商社がPR会社を通じて書かせたものとわかったが、」「わかったが、」とおっしゃっているのですが、このPR会社とは今度のグラマン社の問題で登場してきたPRジャパンだった。言うまでもなく川部美智雄さんのやっているところです。こういうふうにやはりおっしゃっているわけですか。
  380. 海原治

    ○海原参考人 これは、先ほども申し上げましたが、私の友人のある新聞記者からの情報でございます。その「わかった」というのは、そういう情報を得たということであります。そのPR会社はそのときの情報ではどうだったかと言われますから、そのとおりだと、こう答えたのです。
  381. 大内啓伍

    ○大内委員 そうしますと、ここで出てくる商社、つまり情報として提供されてわかったと考えた商社はどこだと理解されたわけですか。
  382. 海原治

    ○海原参考人 その当時、このF5の対抗馬と言われておりますのがファントムでございますし、この取り扱い商社は日商岩井でございますから、当然その商社ということになるかと思います。
  383. 大内啓伍

    ○大内委員 そうすると、日商岩井ということですね。
  384. 海原治

    ○海原参考人 それはたびたび申しておりますが、大人の推理でございます。
  385. 大内啓伍

    ○大内委員 それでは私も日商岩井という大人の推理をいたします。  昭和四十年六月に松野頼三氏が防衛庁長官に就任したとき、あなたは「鮮烈な思い出がある。」というふうに、これは多少オーバーかもしれませんが、こういうふうに言っているのですね。「松野氏は防衛庁幹部との会合の席上で、突然、「練習機のT38はダメだよ。あれは伊藤忠商事が仲介商社になっているんだろう」」こういうふうにおっしゃられ、そしてその後の怪文書でこのT38が非難されていく。そしてあなたは「政治の乱気流の中で、日本を守るべき、国民の自衛隊機が翻弄される過ちは、もう再びあってはならない」こうおっしゃっているのですが、このくだりはいかがですか。
  386. 海原治

    ○海原参考人 その最後のくだりは、これは記者の作文でございます。そういう非常にオーバーな表現は私はいたしません。
  387. 大内啓伍

    ○大内委員 いや、私の聞いている中心課題はT38のことです。
  388. 海原治

    ○海原参考人 これにつきましては、まだ防衛庁長官が下からの御進講をお聞きにならない前のことでございますので、いろいろとほかの人からあらかじめそういう情報をお聞きになったのではないかと思いますので、その点につきましては責任者から話を聞いていただきたいということでその場をとりなしたことがございます。それだけでございます。
  389. 大内啓伍

    ○大内委員 きのうは証人喚問が行われました。テレビはごらんになったと思いますが、あそこで有森國雄さんですね、証人喚問をごらんになりましたですね。
  390. 海原治

    ○海原参考人 終日見ておりました。
  391. 大内啓伍

    ○大内委員 あそこで海原さんに関係する怪文書につきまして、有森さんは共同通信とのインタビュー、これは昭和五十一年の九月ごろのインタビューなんですが、こういうふうに述べられている。これは実は録音をとりましてその速記を起こしたものですから、相当精度が高いと思うのですが、ここでは怪文書関係について有森さんが「日商としては先行する伊藤忠をたたきつぶす、その一環として怪文書事件があったと考えてよいと思う。あれは(防衛庁を)完全に掌握したという点では大きな出来事だった。従来の秩序をぶち壊したようなもの」である。こう言っているのですね。これは言うまでもなくF4Eファントム対F5の争い、日商岩井対伊藤忠の争いということに関連して述べられているのですね。  そこで、きのう実は有森さんが、昭和三十八、九年から四十一、二年にかけて、私は良心に照らしてやましいことをやった、こういうことを言われまして、したがって一切の証言を外為法違反にも通ずるので拒否する、こういうことをおっしゃっているのですが、有森さんはこの怪文書事件に関係されているとごらんになっていたのですか。
  392. 海原治

    ○海原参考人 私は全然そういう知識は持っておりませんでした。
  393. 大内啓伍

    ○大内委員 日商岩井がこの怪文書事件の背後にあるとお考えになっていたですか。
  394. 海原治

    ○海原参考人 背後にあるような感じはいたしました。
  395. 大内啓伍

    ○大内委員 そうしますと、海部さんとか有森さんは当然その中心人物になるということに普通はなるわけですね、論理的には、あの当時の人的状況からしまして。
  396. 海原治

    ○海原参考人 その当時におきましては、私はまことに失礼でございますが、有森さんの名前は知りません。お父様の有森さんは航空機工業会の役員をしておられましたので存じ上げておりますが、その息子さんが日商岩井でそういう仕事をしておられることは、当時私は知りませんでした。
  397. 大内啓伍

    ○大内委員 先ほど海原さんの人事についていろいろお尋ねがありましたのですが、これは決して海原さんの個人的な人事の問題ではなくて、やはり機種選定等にかかわる一連の問題として私ども実は理解をしております。  そこで、あなたはことしの一月十九日の朝日新聞とのインタビューの中で、この人事を異例な人事というふうにおっしゃっていると思うのですが、そのとおりですか。
  398. 海原治

    ○海原参考人 異例と申しますのは、その発令の手順、手続、その内容でございます。
  399. 大内啓伍

    ○大内委員 それじゃ具体的な内容を申し上げましょう。これももちろん文責は朝日新聞にあると思うのですが、天下の大新聞ですから、そうめちゃくちゃも書かぬと思うのです。「そうだ。やる以上は徹底的にやろうということだったのだろう。」これは人事の問題ですね。「海原派ということで外局に出すため二階級特進した者もいた。これは全省庁をみてもトップの昇進だった。月給も当時のカネで二万円上がった。これだけの異例の異動が行われたのは、それだけ異例なことをやろうと」いうことだったと海原さんは述べられていることになっているのですが、大体こうですか。
  400. 海原治

    ○海原参考人 そのとおり申しました。
  401. 大内啓伍

    ○大内委員 その後が、これは重要なんですね。「それは上からの指示だ。岸、佐藤氏の勢力を代表する松野頼三氏の指示だろうということだ。」こういうふうに海原さん具体的に指摘されたと書かれているのですが、そのとおりでございますか。
  402. 海原治

    ○海原参考人 それは、二つ三つ私が申しましたことを要約総合するとそういうふうになったということです。
  403. 大内啓伍

    ○大内委員 そうしますと、かいつまんで申し上げますと、やはりそういう人事異動の背後、つまりその機種選定というものを動かすための人事異動の背後には要約して岸、佐藤氏の勢力を代表する松野頼三氏の指示があった、せんじ詰めるとこういうことでございますね。
  404. 海原治

    ○海原参考人 特にお断り申しますが、そのときにそういう感じを持ったのではございません。このことも新聞には申してあります。私は、役人になった以上は、もう局長になればあとはいつでもやめるべきだ、そういう気持ちでおれということを自分にも言っておりますし、部下にも言っておりました。したがいまして、先ほども申しましたけれども、別に追い落とされたという感じは持っておりません。そういうことで、背後に大きな力が動いたのではないかということは、後からの私の総合的判断でございます。当時においては別にそういう気持ちはございません。
  405. 大内啓伍

    ○大内委員 では、後でも結構ですが、日商岩井と松野さんの深い関係というものを御存じになりましたか。
  406. 海原治

    ○海原参考人 私は承知いたしておりません。
  407. 大内啓伍

    ○大内委員 そろそろ時間のようですから、それでは最後に一つだけ聞いてみたいと思うのです。実はそういうことと関連する問題でして、これはあなたの著書の中にも出てくる問題なんですが、ホークミサイルのライセンス生産をめぐって岸信介氏が防衛庁の決定前に東芝を推薦する紹介状を米国レイセオン社のチャールズ・F・アダムス社長にあてて書き、その手紙を入手した海原さんは、岸氏の秘書川部美智雄氏に、防衛庁はまだこのようなことは決めていない、こう注意された。つまり、岸氏は、そういう問題について、防衛庁がそれらの兵器を採用する前に、採用するに当たって相当な強い圧力を持っていたということを、あなたが間接的に注意という形でこれを是正さしたという状況が実際にあったんでしょうか。
  408. 海原治

    ○海原参考人 それは、私の文章の解釈、いささか書いたものとは違います。岸信介氏の手紙が、本にも書いてありましたけれども、元総理が御自分でお書きになるはずはありません。そういうものは秘書かあるいは会社が書いて、それにサインをしていただくというのが普通でございますから、事情を知らない元総理にうそをつかしてはいけないという気持ちから、その秘書の方に注意をするつもりで川部君に来てもらった、こういうことでございます。
  409. 大内啓伍

    ○大内委員 ありがとうございました。
  410. 竹下登

    竹下委員長 これにて大内君の質疑は終了いたしました。  正森成二君。
  411. 正森成二

    正森委員 参考人にこれからお聞きいたしますが、その前に一言申し上げておきたいと思います。  私は、二月九日の予算委員会の集中審議で、わが党の調査団が海原さんから事情をお聞きした、こういうつもりで、私が聞いたというように言い誤っておるということを秘書から聞きましたので、この機会にそのことを申し上げて御了承を得たいと思います。  私がお聞きしたいと思いますのは、他の委員もお聞きになりましたが、あなたの著書の中で、当時のF5とF4Eファントム、この売り込み戦についてあなたの防衛庁内における地位異動が行われたのではないかという点でございます。あなたの御著書を見ますと、まず第一に、「松野頼三氏が防衛庁長官のときも、私を国防会議事務局長に送り出そうとしたが、橋本官房長官のところで抑えられた、という話を消息筋からきかされていた」云々というくだりが一番初めに出てくるわけですね。これは事実なんでしょうか、どういう推測で書いておられるのでしょうか、できればお話し願いたいと思います。
  412. 海原治

    ○海原参考人 私が聞きましたのは私の友人の新聞記者からでございます。名前を申し上げることは差し控えさせていただきます。
  413. 正森成二

    正森委員 これが第一回目のあなたの地位を動かそうとしたという動きでございまして、その後でいろんな怪文書事件が次々に起こったわけですが、さらに、いよいよ国防会議事務局長にあなたが出られるときに、同じくあなたの著書によりますと、「「人事異動は、メモの形で、増田さんに渡された。それには、最高の人のサインがあったので、増田さんも如何ともしがたかったのだ」と、私に教えてくれた人がいる。」、こういうくだりがあるわけですね。それに伴いまして東京新聞が書いております。それによりますと、「サインは当時の佐藤総理。だから、増田長官といえども抵抗できなかった。おぜん立てし、意見具申したのは松野氏ということだ。」こう書いてございまして、わが党の調査団が、参議院議員が参加いたしましたが、あなたに伺いましたら、これは事実そのとおりである、さらに、そのことをあなたに教えてくれたのは、もうすでに故人になられましたが、当時の防衛庁の政務次官であった浦野幸男氏であるということをわれわれに対しておっしゃいました。そこで、こういう話を浦野さんからいつどこでお聞きになったのか、相当の信憑性があるのかどうか、できればお話しを願いたいと思います。
  414. 海原治

    ○海原参考人 もうすでに故人になっておられる方でございますが、浦野政務次官から、私が増田さんから言われた後で、廊下でもって教えていただきました。
  415. 正森成二

    正森委員 あなたがそうおっしゃっているのに対して、非常に失礼ですけれども、公平を期するために、私たちとしては航空機特別委員会で増田議員に、現在も議員でございます。増田議員に伺いましたら、そういうことはさらさらないんだというように言われておるわけですが、再度あなたの御記憶を確かめていただけませんか。
  416. 海原治

    ○海原参考人 私はそれ以外の記憶はございません。
  417. 正森成二

    正森委員 それではもう一点伺いますが、同じくあなたの御著書の中で、「三次防の予定経費のなかで、T38購入のため見積もられていた約二〇〇億円は、ファントムの国産のための不足経費をひねり出す財源とされたからである。」つまり、T38が取得されなかったことについて言っておられるわけです。「T38は、「豆を煮る豆がら」の役をつとめた次第である。この約二〇〇億円の「流用」については、空幕のなかで若干の抵抗があった。教育部門の幕僚はこれに反対したのである。ところが、元防衛長官筋から「ファントム戦闘機の後部座席を活用せよ」との指示があり、それが、「結構な案」となった。」「結構な案」というところに括弧がしてあります。「そこで、豪華な実用戦闘機を「練習機」として使用するという、世界に稀な、奇抜な教育訓練体系がつくり上げられ、この目的のため、ファントムには種々の「改装」が実施されたという。これは、六本木での「公然の秘密」である。」、こう書いてあります。この元防衛庁長官というのは松野氏のことでございますか、できればお答え願いたいと思います。
  418. 海原治

    ○海原参考人 それは、そこに書きましたように、公然の秘密が私のところへ伝わってまいりました。防衛庁長官の名前は出ておりません。
  419. 正森成二

    正森委員 それでは結構です。  次に、私はE2Cの問題について伺いたいと思います。  先ほど与党の委員の方からE2Cが必要であるかどうかということに関連して、あなたの私見をお述べになりました。わが党の調査団がアメリカに参りましたときに、私の同僚の内藤参議院議員が国防省に赴きまして、米国防総省の米海軍エア・システム・コマンドのE2Cプロジェクト部長C・J・ムーア海軍大佐と面会いたしました。そこで、E2Cはいかなる用途に使われるのですかということを聞きましたら、われわれが普通今度のE2C購入でも承知しておるように、低空から入ってくる飛行機を防ぐために、上に上がって、レーダーを背中にひっつけてそれを知るということだけではないのだ、E2Cには実に多目的の目的があるのだ、こう言われまして、長くなりますが、一、要撃機を管制する、二、空中給油を指示する、三、母艦の近くの民間航空の交通管制を行う、四、敵艦、地上目標に対する攻撃の管制を行う、五、救援ヘリの指揮管制を行う、E2Cはすべての情報を母艦または陸上司令部に送る等々のことを言われた上で、このムーア大佐は、ベトナム戦争でベトナム攻撃のためにE2Cの前身のE2Bが使われた、私はそのE2Bに乗ってベトナムに参戦したのだということを言っておられるわけであります。こういうムーア大佐の発言というのは、軍事専門家としてのあなたの目から見て間違いの点がございましたら御指摘ください。
  420. 海原治

    ○海原参考人 E2Cという飛行機は、これはもともとアメリカの航空母艦搭載用としてつくられたものであります。したがいまして、いまおっしゃいましたような各種の機能を備えておることは当然だと思います。
  421. 正森成二

    正森委員 そのムーア大佐は、自分は第一一四空母機上早期警戒隊のE2B機に乗り、キティーホークに所属してトンキン湾上での作戦に参加した、こういうように言われまして、E2Bはベトナムに対する攻撃機の後方約千フィートぐらいを飛ぶのだ、しかし、敵戦闘機には弱いから、敵陸地から七十五マイルだけ離れることが要求されている、そして攻撃機を誘導して種々の指示を与えるのだ、こういう意味のことを言われているわけであります。  そうだといたしますと、E2Cというのは、必ずしも低空を飛んでくる飛行機を早く見つけて防空するというだけでなしに、たとえば敵の基地に対して攻撃をするために随伴していろいろ有用な役割りをするし、現にそういうように役立ったというように理解してもよろしいですか。
  422. 海原治

    ○海原参考人 私は、その向こうの専門家の言いましたことを批評する資格はございません。ただ、先ほど申しましたように、この飛行機はアメリカの航空母艦に搭載いたしまして、多目的の行動ができるような機能を持っております。したがいまして、おっしゃったように使われることも、これは当然だと思います。そこで、日本の防衛庁がその機能のどれを採用するのか、すべての機能を持たすのか、それはそれなりの判断がございま  しょう。
  423. 正森成二

    正森委員 いままでに各委員が、あなたがいろいろ防衛庁在職時代に活動といいますか、奮闘をされたことをお聞きになりましたが、あなたは、防衛庁におられたときだけでなしに、国防会議の事務局長に移られてからも、なおかつ退職するようにというように示唆されたといいますか、そういうことがおありになったのではございませんか。
  424. 海原治

    ○海原参考人 示唆されたと申しますか、やめてはどうかということのお尋ねはございました。私はお断りしました。
  425. 正森成二

    正森委員 非常に失礼ですが、やはりあなたのお書きになりました著書によりますと、佐藤総理の退陣が確定的になったときに、佐藤総理が引退するときにはあなたをやめさせると言われているがどうかというようなことを言ってきた新聞記者がいる。さらに、佐藤内閣がどうしてもやめる六月三十日、これは昭和四十七年であります。「午前十時二十五分から、佐藤内閣最後の国防会議が開かれ、四次防の策定や文民統制強化のための措置等、田中内閣への引きつぎ事項が決定された。会議が終わって退出しかかった私に、三原官房副長官が、「官房長官室にいてほしい」と耳打ちした。」「待つこと約三十分。」非常に失礼でございますが、「竹下官房長官が部屋に入ってきて、「唐突な話ですがね」と切り出した。「佐藤首相が退陣されるので、貴方も後進に道を譲ってほしい」私の辞職要求である。」こういうようにお書きになっておりますが、これは事実でございますか。
  426. 海原治

    ○海原参考人 事実でございます。
  427. 正森成二

    正森委員 そうすると、あなたは佐藤内閣あるいはその系統の方から、こう言うたらいけませんが、非常にやめてほしいと思われていたというように思わざるを得ないのですね。それにはやはり深いわけがあると思わざるを得ません。そのときに、ある新聞には、あなたがやめるとも言わないのに辞職の話が出ていたということが出ておりますし、また当時閣僚であった、元役所の上司であった方が、「海原君、君の人事でもめているときいた。この際、頑張るのは、良くないよ」こういうように再度言われたけれども、あなたは結局信念を貫いてやめなかった。その結果、四十七年の暮れにやめたときにはだれもあなたには再就職を世話してくれなかった、こう書いてあるのですね。これも事実でございますか。
  428. 海原治

    ○海原参考人 事実でございます。
  429. 正森成二

    正森委員 私はここにそのときの佐藤内閣の閣僚名簿を持っております。そして、この中からあなたの先輩であり、ここに書いてある内務官僚でもあった人というのはだれであるかということは推測がつきます。名前は申し上げませんが、厚生大臣をされていた方ではありませんか。
  430. 海原治

    ○海原参考人 その方は亡くなられておられますので、ひとつ名前は御勘弁願います。
  431. 正森成二

    正森委員 それでは、質問を終わらせていただきます。
  432. 竹下登

    竹下委員長 これにて正森君の質疑は終了いたしました。  中川秀直君。
  433. 中川秀直

    中川(秀)委員 参考人にお尋ねをいたします。  同僚議員のいろいろなお尋ねをずっと聞いておりまして、参考人が防衛庁の前身の保安庁にお入りになったのが昭和二十七年、それから防衛庁をおやめになる昭和四十二年の七月、そして、その後国防会議に転出をされて、それをおやめになる四十七年十二月、この間防衛庁の航空機売り込みに関するいろいろなことがあったことを私は思い出したわけであります。  ちなみに、いささか整理をさせていただいて、お伺いをしたいと思うのでありますが、第一次のFXがございましたね。それから、バッジシステムがありました。そのバッジシステムの後に、先ほどから議論をされている五種類の怪文書がばらまかれる。そして更迭ということで国防会議事務局長に転出をなさる。その直後にはまたバッジシステムの導入に絡む機密漏洩事件ということで、実は自殺者まで出ておるわけであります。そして、国防会議にお出になりましてからも、先ほど来議論をされているF4Eファントムの第二次FXがある。あるいは国防会議のPXLやAEWの白紙還元の問題がある。あるいは四次先取りの問題もございましたね。そして御退職になった。まあざっと整理をいたしますとそのようなことになるのであります。  そういう経緯の中で、まず総論的にお伺いをするけれども、参考人はそういう意味では、防衛庁にかかわるいわゆる航空機売り込み販売競争といいますか、そういうものを受け手側として内部から体験をされた人物であるということになるわけであります。この間の、防衛庁も国防会議事務局長も御在職の期間、この売り込みや決定に関して、まず総論的にお伺いいたしますけれども、不可解なこと、あるいは明らかに政治の介入でねじ曲げられたとお感じになったこと、あるいは事件として立件をされたかされないかということは別にいたしまして、国民に指弾を受けるようなことが明らかにあったと思われること、ありましたかお伺いをしたいと思います。
  434. 海原治

    ○海原参考人 いま御指摘のようなことは全くございません。
  435. 中川秀直

    中川(秀)委員 防衛庁やあるいは政治家、商社あるいは在日米軍幹部との交際について不明朗な交際があった、そういう思いをなさったり体験をなさったことはありませんか。
  436. 海原治

    ○海原参考人 不明朗なという言葉意味がわかりませんが、私の知る限りではそういうことはございません。  なお、先ほどの御質問で簡単過ぎたと思いますけれども、いろいろな事件を後になって振り返って総合しますと、そこに一つの解釈が出てまいります。ただし、その当時におきましては、そういういろいろな意味合いというのはわかりません。したがいまして、私がお答えしているのはその当時におきますところの私の感じでございます。
  437. 中川秀直

    中川(秀)委員 それでは後になって不可解だと思われたりあるいは政治の介入があってちょっと曲がっちゃったんじゃないかと思われたことは、後になって振り返ったときはあったわけでありますか。
  438. 海原治

    ○海原参考人 不可解ということではございません。先ほども申しましたが、選択の問題でございます。A、B、Cの中のAをとるかBをとるかCをとるか、この選択の問題でございますから、私ならそうはしないということはございます。
  439. 中川秀直

    中川(秀)委員 それから第二点のお尋ねで、その不明朗なということは意味がわからないけれどもといういまお答えがございましたが、それでは参考人が、これは好ましくないとお感じになったことはあるのでありますか。
  440. 海原治

    ○海原参考人 全くございません。
  441. 中川秀直

    中川(秀)委員 時間がありませんから先を急ぎますが、私も参考人がお書きになった著書の印税に貢献をした方でありますが、その「日本防衛体制の内幕」という本を読みますと、先ほど来同僚議員がいろいろ聞いておりますから省略いたしますが、いわゆる怪文書のきっかけになった帝都日日新聞の記事に対して、あなたは「告訴しようとした。」こうお書きになっている。そうしたら「友人から、「新聞社相手の喧嘩はやめた方がよい」と忠告されて、思いとどまった」「あとから考えると、このとき断固として告訴をし黒か白かの決着をつけておくべきであった、と思う。」この場合の「黒か白かの決着」というのはだれに対して決着をつけるという意味でありますか。
  442. 海原治

    ○海原参考人 私に対しての疑惑があるかないか、そういう真実に反することを売り込んだ者はだれか、そういう事柄の真相でございます。
  443. 中川秀直

    中川(秀)委員 続いて、「それによって、某商社の策動が暴露されていたかもしれないし、」「依頼主の名は出なかったとしても、現在裁判が進行中であるという事実が、怪文書の発行を抑える効果を持ったであろう、と考えられるからである。」こうおっしゃっておられる。この場合の某商社あるいは依頼主というのはどこを指しておりますか。
  444. 海原治

    ○海原参考人 それは先ほどもお答えいたしましたが、・推測の域を出ないわけでございます。先ほど申しましたのは、ファントムF4を推薦している、扱っている会社は日商岩井だ、こういうことでございます。
  445. 中川秀直

    中川(秀)委員 そうすると、大人の推理でありますが、日商岩井を指す。依頼主も同じでありますか。
  446. 海原治

    ○海原参考人 依頼主となりますと、これはまた具体的に話が分かれてまいりましょう。同じグループの方だ、こう思います。
  447. 中川秀直

    中川(秀)委員 先を急ぎますが、先ほどもちょっと触れられましたが、いわゆるT38導入が某防衛庁長官筋から「ファントム戦闘機の後部座席を活用せよ」という指示を受けて「それが「結構な案」となった。」「これは、六本木での「公然の秘密」である。」そういう御表現をこの本の中でされているわけでありますけれども、その後で「航空幕僚長は、現在の防衛庁長官に対する「最高の専門的助言者」であるのに、〃有力な〃元防衛庁長官の言葉を〃天の声〃として受け取ることである。」こう書かれている。実はこれに関しましては、かつて防衛庁の内局の高官をなさっていた方が、防衛庁では機種選定を含め重要な事項は、歴代長官に説明に行く。先ほどこれについて同僚議員が、元防衛庁長官というのは松野さんではないかというお尋ねがあったのに対して、事実上肯定をされるお答えをしておられましたけれども、この元高官の方にお話を聞くと、機種選定を含めて防衛庁の中身のことはいつも歴代長官に説明に行くんだ、そして松野さんも飛行機には特に関心が強かった、こういう御発言を私になさった。防衛庁というのはそういう体質があるのでございますか。
  448. 海原治

    ○海原参考人 防衛庁の体質となりますと私わかりませんが、御存じのように防衛庁は毎年の予算要求の場合に、私が使います言葉ですが、有力な後援団体がございません。したがいまして、元の防衛庁長官にいろいろと問題点を御説明して御助力を仰ぐということは、これは当然の成り行きだと思います。そういう意味で、重大な決定の場合には一応その決定の内容を説明し、この御理解を得、さらには御支援を得るということで参るのでございましょう。私は行ったことはございません。
  449. 中川秀直

    中川(秀)委員 しかし、相談に行くというのと「〃天の声〃として受け取る」というのは意味が違う。「〃天の声〃として受け取る」というのはどういう意味ですか。
  450. 海原治

    ○海原参考人 所在はわかりませんが、まことに権威のあるものとして受け取るわけです。
  451. 中川秀直

    中川(秀)委員 時間がありませんので先を急ぎます。  参考人自身の更迭の問題でありますけれども、四十二年の七月の二十七日、一時間以内に返事をしろ、こう言われた。しかも、その人事異動の発表は夜八時発表である。そして参考人が増田防衛庁長官に呼ばれたのは、じりじりじりじりしながら、どうもそうらしいという気持ちで夕方の六時まで待って呼ばれた。非常に異常な人事異動だ、こういう御感想を本の中に書いていらっしゃる。そしてその中で私がちょっと気になりますのは、「〃海原学校〃の生徒達がどういう扱いを受けるのか、も心配である。」という御表現が、その後で、御返事をするまでに一時間でお迷いになっておるときにそういう心配をした。あるいはそのほかの記述にも同じようなことが出てくるのであります。「私がいなくなったその後の防衛庁では、〃海原派〃が分散され、〃海原の残党〃(某高官が酒席で丸山昂防衛審議官(当時)現事務次官」この本の書かれた当時ですね。これを「指しての表現)が整理された結果、第二次FXの選定は何の波乱もなく、すんなりとF4に決定した。」海原学校、海原派、私はいささかこれも奇異に思いますけれども、では「〃海原学校〃の生徒達がどういう扱いを受けるのか、も心配である。」という、その海原学校の生徒さんたちはどういう扱いを受けられましたか。
  452. 海原治

    ○海原参考人 その海原学校というのにはちょんちょんころころがついております。通称の意味でございます。これは当時の防衛庁記者会の諸君がそういうことを言っておったわけです。現に、私がもし次官になれば防衛局長はだれだ、経理局長はだれだ、装備局長はだれだという人事異動予定表を持って各方面に説明した記者の人がおります。そういうことでございますから、もし私がこのような非常に異例な扱いで人事を考えろということになりますと、当然その方面にも及ぶのではなかろうかという心配を持った、そのときの気持ちを素直に書いたまででございます。
  453. 中川秀直

    中川(秀)委員 時間がありませんので先を急ぎますが、先ほどE2C、AEWあるいはPXLの国産化問題白紙還元を決めました国防会議の議論が出ておりました。私は、当時防衛局長だった久保さん、この方は、そのこちょこちょと最後に文書に書かれた五、六人の中に入っておられたお一人だと先ほどのお話にございましたが、その久保さんのお話を聞くと、参考人のこの国防会議について御発言になったことと若干違う。かなりは一致をしておるのですが、若干違う。しかも若干違うのは、案外重要なところであります。参考人は、国防会議の前日に大蔵省から防衛庁に対して、いわゆる支援戦闘機はT2改で結構だ、国産で結構だ、そのかわりAEW、PXLは国産のための研究開発費はつけない、これに対して防衛庁も夕方オーケーをした、つまり前日に大体そういうことは決まっておったのだ、こういうお話でありました。しかし、当時防衛局長の久保さんは、そうはおっしゃっておられない。当然当該の責任者でありますが、国防会議の朝まで防衛庁と大蔵省で議論してまとまらなかった。当時防衛庁長官だった増原さんが田中総理のところへ行って、翌朝、国防会議の朝行って、それでも結論をもらってこなかった。そこで、席上で議論をし、決定をするということになった。そう他意があったとも思えないが、突然出たということで、文書もその場でごちょごちょと書いたということになっておる。これが久保さんの話で、前日決まった、防衛庁もオーケーしたとは言っておられない。これは明らかに食い違いますね。いかがでございますか。
  454. 海原治

    ○海原参考人 その点は先ほど私が申し上げたとおりでございまして、後藤田前官房副長官もそのようにメモをちゃんと用意しております。これは先般のロッキード事件のときに、関係者が全部の人々の話を総合いたしました結果、当日の十月九日に至る過程というものを全部整理してございます。そこにはっきりと私の申したようなことが書いてございます。すなわち、前日、日曜日の夕方、大蔵省の宮下主計官から防衛庁に連絡があって、それを受けて防衛庁では夜遅くまで会議をいたしました結果、大蔵省の申し入れを了承しております。これが事実でございます。
  455. 中川秀直

    中川(秀)委員 最後のお尋ねにいたします。  参考人は、いろいろな新聞記事で、今回の騒ぎは刑事事件にはならない、こうおっしゃっておられる。なぜ事件にならないのですか。一番事件を知っておられるというか、いろいろなことを御存じの参考人が、国会でいろいろまたこういうふうに疑惑を提起され、そしてまた、新聞あるいはアメリカのSECからもいろいろな報告書が出ておる。こういう中で、なぜ事件にならないとおっしゃるのか。ひとつ明快に御説明をしていただきたい。まだE2Cは導入をしていない、だから事件にならないのか、それとも現在提起をされている問題が、それに介在をするもろもろの力が相当の力を持った、たとえばあなたを追い落としたというか、たな上げをしたというか、そういう方々、そういう力である、そうお考えになっておられるのか、ひとつそれをお伺いをしたいと思います。明快に御説明をしてください。
  456. 海原治

    ○海原参考人 私は、いまでも政府委員の性質が抜けませんので、新聞の方にお話しするときも必ず条件をはっきりしております。今回のグラマンの事件については、これまで新聞で報道された限りの事実に基づいて、私の個人的な体験から言えば、恐らく刑事事件にはならないでしょう。ただし、将来のことは神様しかわかりません。したがいまして、検察当局の捜査の結果を待ってどうだこうだとおっしゃるのが筋ではないですか、こういうふうに申し上げておるのです。
  457. 中川秀直

    中川(秀)委員 いまのお答えに対して一つだけ。  それでは評論家として刑事事件のことまでおっしゃっておられるわけですから、グラマン事件以外の、たとえばRF4Eとか、いろいろ問題はまた別途提起をされている、あるいは第三次FXのF15についてもいろいろな話がある、これはまた国会で私お尋ねをいたしますが、それは事件になるかもしれないという、そういう趣旨を含んだ御発言か、これだけ確認をしておきたいと思います。
  458. 海原治

    ○海原参考人 そこまでどうこうということは考えておりません。そして、私は刑事事件という場合には、いわゆる汚職、贈収賄事件というふうに限定して申しております。そういうものにはこれまでの新聞で報道される限りにおいてはならないのではないですか、こう言ったわけです。
  459. 中川秀直

    中川(秀)委員 終わります。
  460. 竹下登

    竹下委員長 これにて中川君の質疑は終了いたしました。  海原参考人には、長時間にわたり御意見をお述べいただきまして、ありがとうございました。御退席いただいて結構でございます。     —————————————
  461. 竹下登

    竹下委員長 この際、お諮りいたします。  証人川部美智雄君の本日不出頭の件につきましては、後刻理事会で検討することとし、当面やむを得ないものとしてこれを認めるに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  462. 竹下登

    竹下委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。  次回は、明十六日午前十時より開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後五時十五分散会