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渋沢委員 いまの
長官の話を聞いてあなたの
文章を思い起こしていたのですけれ
ども、ここにあります。まあひどいことをおっしゃっているので、いまは何か、だから
安全性を
保障する、高める施策を推進しなければならないということをつけ加えられましたけれ
ども、このお話では
一言も、かけらもそういうことをおっしゃってない。いま御自身おっしゃったように絶対的な安全なんというものを追うことにどだい無理がある、こういう
論理を展開されておって、酒だって
たばこだって飲み過ぎれば安全じゃないのだよ、こうおっしゃっておる。飛行機や
自動車の
事故もあるじゃないか、こう言っている。
原子力エネルギー反対だと言うなら、
ろうそくで暮らしたらどうだ、その
意味の
指摘をされておって、
安全性の
保障については
一言もおっしゃっておらないところに、私は非常に際立った印象を受けたものですから、それで
お尋ねをしたわけなんですが、しかしいまの
論理は非常に飛躍があるのじゃないかという
感じがいたしますね。私はやはり酒や
たばこ、
自動車の
事故と対比してこの
原子力の安全問題を論破される
姿勢というのは、
長官としていかがなものかというふうに考えるわけです。
安全性についてすべての
専門家、
科学者に対してきちんと解明されておって、そのための
努力が十分にされているということがあれば、あるいはまた
説得力があるのですけれ
ども、残念ながらそういう
努力がむしろ欠けておる。むしろあなたに言ってほしいことは、私がいま聞きたかったことは、いろいろ御
心配だけれ
ども、こういう
論拠で
安全性の問題については御
心配に及ばないのだということを、やはり
国民全体にわかるように訴えていく、こういうことが必要なんです。私が
長官からお聞きしたがったのは、あなた自身の
安全性に触れての確信を伺いたかったわけです。言葉じりだけで言っちゃいけませんけれ
ども、この言いようはむしろ本当に開き直りでして、これで
安全性の問題にあなたがお答えになったというのではいかがなものでしょうか。
そこで、あなたに
幾つかなお直接
お尋ねをしておきたいと思うのです。
今度の
アメリカの
事故が、むしろいままで
安全性の問題に触れて
指摘をされておった
幾つかの
論拠に、非常な
説得力、有力な
保障を与えた
感じがありますのは、たとえば
アメリカの
ネーダーが三年前に言っておることで、
ECCSという
安全装置が働くかどうか、「フル・スケールの
実験ではまだ実証されていない。アイダホの
実験施設で行われた二分の一の規模の
実験では、六回のうち六回とも
ECCSはうまく作動しなかった。「
原子力規制委員会の少なくとも一人の
専門家は、安全だという有名な
ラスムッセン報告があるにもかかわらず、
ECCSの
妥当性が実証されなかったことを認めている」」、こういう
文章の一節があります。これは三年前に
ネーダーが
アメリカの
緊急炉心冷却装置にかかわる所見の中で
指摘をしておるのです。まさに起こるべくして起こったというふうな
感じが今度の
アメリカの
事故の中でしているわけですが、
日本の学者の中でも非常に強い
批判、
心配を、この
安全性の問題について展開している
方々がありますが、その中で、たとえば法政大学の力石さんが出しました
論文の中に
一つありますので、これは
安全性については酒や
たばこについての
安全性を云々するようなものだ、そうおっしゃるなら
ろうそくで暮らしなさいとおっしゃる
長官の
安全性についての不動の確信をひとつ裏づけていただきたいわけで、そういう
意味で私の知恵ではとても足りませんので、力石さんの
指摘している
部分に触れて、当然反論がおありになりはせぬかと思うので、念のために伺っておきたいと思うのです。
この力石
先生が出した
安全性に触れた
部分について、こういう
指摘がございます。「
原子力発電所は、煙突と冷却水のなかに微量放射能を排出している。境界地の
人間の被曝線量は年間五ミリレムに抑えられている。われわれは、自然放射能を年間八〇ないし一〇〇ミリレム前後あびているので、五ミリレムは、まったく問題にならない線量であるということになっている。」これはまさにあなたのおっしゃるように酒や
たばこの範疇だということなのだ。こういうことが言われている。しかし、パリ大のピエール・サミュエル教授が明らかに
指摘しているように、自然放射能と人工放射能は明確に区別しなければならない。「自然放射能は、宇宙のかなたや地殻の底にある放射性原子から照射を受けているもので、原子そのものは生体から遠いところにある。ところが、
原発からでる人工放射能は、放射性原子そのものであって、生体との接触を避けることは困難である。セシウム一三七やストロンチウム九〇は、カリウム、カルシウムといった生体にとって不可欠な元素と化学的に近縁関係にある。したがって、これはカリウムやカルシウムの代りに生体組織に結合されてしまい、ガンや白血病、遺伝子の損傷などのような有害な作用をするのである。」省きますが、大変こういう
専門的な、自然放射能と人工放射能との性質の違いを
指摘した
論文で、これは、お読みになれば、われわれが見ましても全くそのとおりだと思わせるような内容を含んで
論文が続いております。そうしてまた、現にシッピングポート
原子力発電所周辺でのがん発生率の
調査資料が、具体的に
アメリカのペンシルベニア州の中でのデータがつけ加わりまして、そうして微量の放射能といえ
ども、遺伝的な影響その他を含めて、
科学者の間では重大な解明が残されている、未解明の分野だ、これはゼロにしなければいけない、こういうことを
指摘した
論文でございます。
大変極端な
意見を長々と引き合いに出して恐縮いたしますけれ
ども、こういうことについて
長官は、いやそれは間違っておるよというような御
意見でもおありなら伺いたいし、あるいは
安全性についてあなたがしかとそれだけ強い御確信であるとすれば、いままででもこれからでも、この種
原子力エネルギーの
開発について、とりわけ
安全性について学究的な、科学的な
課題として、投げかけられている疑問に積極的に答えていくような
対応を
エネルギー庁としておとりになる、そういうお考えがおありになるか、それとも
エネルギーの
開発というものは
国民や
専門家各層の理解、協力とは無関係に、あなた方の御
判断でお進めになるという性質のものとお考えになっておるのか。私
どもの理解で言えば、すべてそうですけれ
ども、とりわけ
エネルギー問題というのは
国民の理解と協力なしに進めることのできる仕事ではどだいないし、そのための手だてというものが余りにも足らない、後でも触れますけれ
ども、そういうふうに思っているわけです。まして、先ほど来のあなたの御
指摘をまつまでもなく、
石油需給の内外の状況、また新たに
指摘されるような八〇年代後半での枯渇状況、資源埋蔵量に対する認識というのは、ときどきいろいろに変わりますが、そのことを別にいたしまして、そういう
かかわりの中で
原子力エネルギー開発に力点を置こうとするあなたの
立場は、それなりにわからないわけじゃありませんけれ
ども、ならば、やはり
国民各層の理解と協力を得てこれらの事業を進めようということであれば、
安全性の問題については酒と
たばこも同じだという言い方だけでは、それじゃ
自動車の
事故がこわいのなら、あなた車に乗るのやめなさい、そんな開き直りで片づく性質のものではないように思いますので、どんな感覚、お考えでいらっしゃるか、伺いたいと思う。