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勝又武一君 ここで格差問題を
議論するのは本論でありませんので差し控えますが、言いたい
意味は、たとえば一週間当たりの受け持ち授業時間数、あるいは事務職員の配置の問題等ですね、幾つか挙げていけば、小学校と
高等学校との間に、私は、格差なり差別というものが、正常でない差というものがあり過ぎるというように思いますので、あえてその点を
指摘したかったのであります。しかし、それは本論ではありませんから差し控えます。
いまお話のありました免許法上の問題ですね、
一つは、先ほどの調査でも明らかですが、一人で小学校一級、中学一級、高校二級、そういう
免許状を持っていらっしゃる方々が、いまの
教員養成制度の中ではあるわけですね。ですから、
高等学校の
教員で小学校
免許状を持っていらっしゃる人、小学校勤務で小、中、高の
免許状を持っている人もいると思うんです。同時にまた、そのことが免許法が隘路ということがありましたら、私はやはり免許法の改正ということにもこの際手をつけていってもらっていいんじゃないかとさえ思います。というのは、
大学院の修士課程
卒業生が小
学生、中
学生を相手に授業をやるということは、私はいいことだというふうに思うわけですよ。そういう
意味からいけば、当然むしろそういう
意味で、何か小学校というのはこういう先生、
高等学校というのはこういう先生というような、そういう従来のいままであったものを、
大学院卒業生が
教育現場で授業をやるということが、ここでいま
議論され、想定されるわけでありますから、そういう
機会を通して、ひとつ一歩を進めてもらったらどうだろうかということですが、その辺は、非常にいまの御
意見では無理があるという
意味合いだと思いますけれども、なおその辺を、小学校、中学、高校の人事の交流を進めていくということが、そういうことをひとつ側面から直していくもとになるんじゃないかと思いますので、この点はぜひ今後の中で御
検討をいただき、必要に応じて、各県指導等もそういう観点でもお願いをしたいと思います。
それから、お話がありました小学校の全教科担任とのかかわりですが、私は、そろそろ小学校の高学年における教科担任制ということは、踏み切るべき時代の即応といいましょうか、そこへ来ているんじゃないかと思いますね。
たとえば一例を挙げますが、低学年における全教科担任ということは
意味合いがあると思いますね。ですけれども、同じ小学校の二年生を受け持っていても、音楽だけはという感じですね。ぼく自身がそういう
経験もありますので、思いますけれどもね。同時に、私は小学校、中学、高校と、それぞれの段階を
経験いたしましたが、そういう
意味から言っても、やっぱり小学校の高学年における教科担任というのは、最近の各教科の発達のぐあい、あるいは子供の受ける側、いろいろ総合して、小学校の高学年における教科担任制というのは、そろそろ踏み切るべき時期だというふうに思うんです。
同時に、これは前の
文教委員会で私が御質問を申し上げて、初中
局長からも御答弁がありました受け持ち授業時間数と
研究時間の保障の問題がございますね。一週間の勤務時間の中で、授業一時間やるには一時間の
研究時間が、事前準備、事後指導、そうして教材
研究を含めた一時間の準備活動というのが必要だということになれば、必然的に小学校の先生の受け持ち時間数も、一週間に十八時間とか二十時間というように、だんだん初中
局長の
趣旨から言っても必要でないか。となれば、当然専科
教員の問題なり、高学年の教科担任制という問題が、その
意味からも、
研究時間の保障という
意味を含めて必要だと思いますが、この辺についての文部省の見解はいかがでしょうか。