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安武洋子君 いずれにしても三者がお会いになったということはこれは御否定できないわけです。お認めになったと。
記憶がいま前か後ろかはっきりしないとおっしゃるのはそれはそのとおりでしょう。いまもうこの問題があってから六年近くたっているわけです。ですから、御
記憶としては、ちょうど四十八年の十月の九日、この
決算委員会が開かれておりますのはこういう問題があってから一年です。ですから、この当時の御
記憶の方がはっきりしているということはこれは客観的に言えると思うんです。そして約三年間も
事務レベルで膠着していてどうにもならない問題だと、こういう問題がちょっとあった、正式にじゃないと。しかもどの
場面だったかわからないと、そういうことの本当にごくささいな、正式に
事前にもセットもされていない、そして話し合おうという予定もないところで国の
主権にかかわるような重大問題が話される、そういう不十分なことの方がもっとけしからぬのじゃないんですか。そして私が先ほどいただいた
閣僚の
行動日程でもはっきり出ておりますように、
中曽根当時の
通産大臣は九月七日にお帰りになっていらっしゃる。そして九月の八日にはもう
金外務部長官に対して
共同開発でいこうと、原則的な同意をしましたと、こういうことを
後宮大使がお
返事をなさっていらっしゃる、こういうことだけはこのいただいた
記録でもはっきりしているわけです。こういう国の
主権にかかわるような大切なことをそういうちょっとした席で話し合われる、そのことの方が私はよっぽどけしからぬと思うんです。
それからもう
一つです。
決算委員会のこの
中曽根国務大臣の
議事録を私が後の方だけを取り上げたから、私の
読み方の方がおかしいんだというふうにおっしゃいましたが、これはこの三
者会談があったと。そして
大平外務大臣、
中曽根通産大臣、それから
韓国側からは
金外相が
出席していると、こういう問いに対してお答えになっていらっしゃるんです。その中身なんです。それでいまおっしゃったのは、
膠着状態を打開しようと、それは確かです。「そういうことでわれわれも強く
要請をし、
先方も
共同開発でいくことがいいだろう、」
先方がとは書いてないんですよ。「
先方も
共同開発でいくことがいいだろう、そういう
考えを持たれて」と、自分が言ったことにだれが賛成するんですか。その後を
読みますと、「そこで朴大統もそれに賛成された」こういうおかしな論法になります。この点についてはいかがなんでしょうか。