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参考人(田尻
宗昭君) 私は、前職の海上保安庁でタンカーの油について非常に苦労いたしましたので、その体験等も含めて申し上げておきたいと思います。
まず、この
瀬戸内海保全措置法の第十七条に、海難等による大量の油の排出の防止及び防除に関しての規定がございますけれども、このこと
自体は非常に意義のあることだと思いますけれども、こういうような表現の条項あるいは条文というものは、すでに海上保安庁におきまして非常に古くからもう行っておることでございますので、問題はこの中身であります。どういう対策を具体的に政令、省令等で定めていくかということが一番キーポイントであります。何しろこのタンカーの油対策といいますのは非常にいろんな困難性がありまして、ただ
指導、取り締まりを強化するというような
言葉だけではとても片づけられない大変な大きな転機に立っておるわけでございます。
海上保安庁の持っております海洋
汚染防止法あるいは海上交通法というような一般法では、どうしてもこの
瀬戸内海というような特殊な
海域の巨大タンカーは律し切れない。どうしてもこういうような
特別法の中で特殊な対策を、この際大胆に発想を転換して実効のある対策をとっていただかないと、
瀬戸内海で一たび巨大タンカーが油を流しましたときにはもう致命的である。それはもう水質汚濁なんという
言葉で言えない非常に致命的な影響を与えるということは、単に私のオーバーな発電ではございません。ことしの三月十六日にフランスのブルターニュ
海岸におきましてリベリアの便宜置籍船二十三万トンのタンカーが座礁いたしました。その結果、
沿岸二百数十キロにわたって油が流れました。軍隊が数千人、二十四隻の軍艦が出動いたしましたけれども、もうほとんど手がないということで、いまだにこの油の
汚染が数ヵ月続くだろうと言われております。しかしながら、御案内のようにこれは英仏海峡でありまして、もし
瀬戸内海のように閉鎖された水域ですと、これは傑然たる
状況になるのではないかということです。ある学者は、
東京湾において二十万トンのタンカーが油を流せば、一昼夜で
東京湾はすべて油に覆われてしまうという
研究をいたしております。それからこのアモコ・カジス号の流した油が二百数十キロといいますと、ちょうど
瀬戸内海の閉鎖性の部分がすっぽりと入るのでございます。これは非常に偶然の数字でございますけれども、これを
瀬戸内海に置きかえれば
瀬戸内海は全部油になるということでございます。従来の例で言いますと、水島が一万トンそれから新潟のジュリアナ号事件が七千トンでございましたから、二十万トンの油が流れますと水島の二十倍、あるいはジュリアナの三十倍という油が流れるということでございます。国際的にも一九六七年のトリー・キャニオン号というのがイギリスの
海岸に座礁いたしました。イギリスはもう何ともはや打つ手がなくて、英空軍が爆撃をいたしました。それから新潟のジュリアナ号事件、水島事件、これはもうよく御存じのように、結局はむしろとひしゃくしか役に立たなかった。これはもう事実でございます。
そういう実態がありまして、
世界的にもこの大量の油にはもう手がないというのが本当の事実でございます。たとえばオイルフェンス、オイルフェンスというのは私
たちも現場で本当に苦労いたしましたけれども、三十センチの波とか二ノットの潮がありますともうだめなんです。使えないですね。油が下をくぐってしまうし、潮が二ノットも流れていますともう沈没してしまう、いかりで張っておりますから。吸着材というのは、こういうような何か座布団みたいな、吸い取り紙みたいなものをばっと投げるわけですけれども、これを固めてぽっと投げると——海面にきれいに敷き並べるといいんですけれども、固まって落ちるものですから、これはもう油をなかなか取れない。取った後がどうしようもないわけです。だれかが一枚ずつ敷き並べればいいんですが、まあそういうことはできません。そういうことで対策はほとんどない。したがって、何とかこの巨大タンカーの事故をなくすということを未然に考えなければ、現在の海上交通法のように決められた全国で十一の航路だけを、しかも衝突防止だけをやっている、あるいは海洋
汚染防止法のように事故が起こってから後始末を考えるというような
法律だけではこれはどうしようもないということであります。現在、もともとタンカーにつきましては非常に立法が
不備でありまして、タンカー安全法がないのであります。機帆船も漁船も共通の船舶安全法しかない。非常に私
たちは不満であります。それから、乗組員に危険物の免状が要らないんですね。これはまた何としたことかということで、いまだにそういうことでございます。
瀬戸内海は
世界で最大の、一番長い狭水道、一番困難な、まあわれわれ船舶
関係にとりましては非常にいやなところでありまして、たとえばデータで申し上げますと、一日平均明石海峡を通る船が千二百隻でございます。千二百隻といいますと一分間に一隻であります。ただこれは二十四時間に全部ならしての話であります。これはわが国最大、最も過密であります。それからタンカーも、
瀬戸内海の明石海峡で一日平均二百九隻、これも最高であります。それから海難も
瀬戸内海が一年間で、五十一年で六百二十二件、全国の七八%であります。それから海洋
汚染が五十一年度で
瀬戸内海で五百二十九件も起こっているんです、油で。こういうようなデータが余りにも知られてないんじゃないかということです。
それでは、
瀬戸内海で本当に巨大タンカーの海難を防ぐにはどうしたらいいかということを申し上げてみたいと思います。
第一は、やっぱり何と言いましてももう巨大船のトン数を
規制をしないといけない。私
たち商船学校を出たころは、一万トンの船なんというのは最高でございました。この十年間ぐらいで物すごい
スピードでタンカーが巨大化をいたしました。もともと小さい港でございます。
瀬戸内海なんというのは小型船がゆっくり走っていた
海域でございます。そこへ二十万トンを入れるというようなことは、私
たちが学校を卒業するころには常識では考えられませんでした。
そこで、二十万トンタンカーというのはどういう船かといいますと、デッキの長さが後楽園球場の三倍ございます。
東京駅が三つ入る。十六階建ての建物と同じ高さであるということをお考えいただければ大体おわかりだと思います。この二十万トンタンカーは、エンジンストップしてブレーキかけましても四千メーターとまらないのであります。そういうような、動く島というようなタンカーが入ってくる。これはもう常識で私
たちは考えられない。それでは、その二十万トンタンカーはどこに入っているかといいますと、水島、もうほとんど水島なんです。そして水島で受け入れている企業は何社か。二社である。たった二つの会社のために、
瀬戸内海を二十万トンが、すれすれの危険性を持って走っておるということは、私はやはりぜひお考え願いたい。
客観的に申しますと、
岡山県が「水島の歩み」というパンフレットを出しました。その「水島の歩み」に、この水島港のことが非常によくわかるように書いてありますので、ちょっと引用してみます。
港湾
計画は、会社の要望を入れて次々に大型化されていった。三菱石油の誘致は長い期間を要した。水島が完全ならば、こんな期間はかからなかった。いや完全ではなかった。それは何よりも港湾の条件にあった。
昭和二十六年には水深三メーターぐらいの小さな港を七メーター半にしゅんせつする
計画であった。そのうちにタンカーの方が二万八千トンから四万トン、六万トン、八万トン、十万トンと大型化していった。水深も十メーター、十二メーター、十三メーター、十六メーターと、だんだん必要になってきた。
昭和三十二年十月に
アメリカのタイドウォーターの副社長が十五万トンを入れたいが喫水が十五・五メーターあるのでと申し入れたところ、知事が即座に十六メーターに掘りましょうと答えた。ところが、当時十五、六メーター掘る技術がなかった。将来可能になるであろうということで決まった。
こういうようなことが書いてあります。つまり、あの港は河川港でございまして、もともと千トンぐらいの船しか入れない港でございます。そこに二十万トンが入っている。具体的に申し上げますと、実は
昭和四十八年の十月十六日に、運輸省の港湾審議会の
計画部会で十二万トン以上は入れないことにしようという申し合わせがなされている。いま二十万トンが入っております。それから
昭和四十七年の
岡山県のパンフレットにも、十万トン級の船舶が入れるというぐあいに書いておりますけれども、水深はその当時から全然変わらないのに、もう二十万トンが入っている。
そこで、なぜこれは入れないかといいますと、第一に水島航路、水島港ともに深さが十六メーターでございます。二十万トンの足の深さというのは二十メーターでございます。四メーター足りないわけです。で、どうしているかといいますと、川崎に行ってちょっと油を揚げて船足を軽くして、あるいは沖繩で軽くして、そうしてセカンドポートとして入ってくるというのですね。ところが、最初に揚げる港というのは、これは商売ですから、そんなに御要望に応じて喫水だかり考えて油を受け入れるわけではございませんので、沖繩なんかでは海がしけてきたらもう中止になるわけです。そうすると多少積み過ぎたまま入ってくるのですね。船長はそれからが頭が痛いんです。満潮を利用して入ってくるというような離れわざをする。満潮ですと少し深くなりますから、そのときをねらって入ってくる。そして油を揚げている間にだんだん潮が引いてくるだろうというような、非常に危険なことをやっている。この一番浅いところでは十四・八メーターというところがあるのですが、同じ十五・八メーターの喫水の船が、
昭和四十九年の十二月二十八日に日進丸という船が入っている事実を確認しております。そういうようなことをやっている。
第二番目に、幅が四百メーターでありますけれども、これは運輸省令で、長い航路では船の長さの一倍半をとれ、こうなっている。船の長さが三百六十メーターですから、計算をすると五百四十メーター要る。この航路では四百メーターしかない。運輸省令に百四十メーター足りない。
第三番目に、運輸省令に言う「泊地」、駐車場でございますね。駐車場がない。細長いわけですから駐車場がないわけです。
それから第四番目に、これが問題ですけれども、備讃瀬戸から水島に入るところはこう九十度曲がるんです。大型タンカーは旋回するのに十二分かかります。非常に腰が重い。ですから、九十度、曲がるというのは大変なんです。ここは潮が三・四ノットと非常に速い。しかも、ここへ本四架橋が今度かかるわけです。橋の足がこう立つわけですね。ここで九十度曲がるというのはもう大変なことです。ちょうど高速道路の真ん中でダンプが横倒しになるというような感じです。船の航路でございますから、そういうことでは非常にこれは問題であるということです。
次に、大きな第二番目といたしまして、ぜひ外国船の対策を考えていただきたい。これはアモコ・カジスが座礁しましたときに、EC八カ国が非常にたまりかねて、もう便宜置籍船は入れないと、入港禁止を打ち出しました。この便宜置籍船といいますのは、リベリアとかパナマのような
規制の甘いところに籍を移すのです。そうしますと税金がかからない、検査が要らない、おまけに東南アジアあたりの船員を安い賃金で雇えるというようなことで、一種のもぐり船であります。だから、検査がないものですから全く欠陥船ということで、
世界では海の無法者ということできらわれております。これが一番
世界で海難を起こしております。特にリベリアの便宜置籍船。明石海峡を航行する巨大タンカーの五百六十六隻のうち、二百二隻が外国船であります。この外国船が、便宜置籍船が一番悪質であります。ところが、驚くべきことには、このリベリアに籍を移してもぐりをやっている船の一番大手が、わが日本であります。三百隻。実は、リベリアの船ということであるけれども、ひっくり返せば日本の船であるというのが三百隻もある。したがって、皮肉なことに、EC八カ国からリベリアという形の実は日本船が入港禁止をされている。海運界はこれは大変でございます。そういうことがありますので、
瀬戸内海におけるこの便宜置籍船の欠陥船、それを入れるということをもう考え直さなきゃいかぬじゃないか。先進国がやっておるのでありますから、これは
瀬戸内海のように
世界最大の難所では当然考えるべきことです。
それから第三番目に、水先人。これは
瀬戸内海に水先人が義務づけられていない。ぜひ水先人を義務づけるべきであります。水先人に定年制がありませんので、八十何歳という水先人が運航している。これはもう本当に困った話でございまして、戦前は定年制があったのであります。
それから四番目に、アセスメントではいつも煙突と排水口の話ばかり出てくる。タンカーのアセスメントをぜひやってほしいということなんです。いつもこれが忘れられている。水島のときも和歌山の御坊が対立候補であったようですが、このときに
瀬戸内海の巨大タンカーの問題を少しでも配慮して水島に企業が立地しなかったならば、今日の
瀬戸内海の危険はなかったということであります。
最後に、これは非常にトピックでございますけれども、最近姫路港にLNGタンカーを入れようという
計画が進んでおります。このLNGタンカーがまた私ども
専門家の中では非常に厄介な船でございまして、十二万五千トンもあるわけですが、まだ日本ではできない。外国が特許であります。フランスや西ドイツであります。実は、この明石海峡ではやっぱり五十年に二十二回、五十一年に十七回と最高の海難が起こっておりますけれども、LNGタンカーというのはマイナス百六十二度という非常に低温の液化ガスでございますので、これが、一万五千トンの船が五ノット以上の
スピードで衝突しますと、完全にタンクに破口が生じます。そうしますと、六分間でこの全量のLNGが流出をいたします。LNGというのは、当初は海面で猛烈なあわを立てます。このガスが約一万二千メーターに広がるわけであります。このLNGガスの爆発性は非常に強大でありまして、最高の爆発性を持っております。
アメリカのクリーブランドで一九四四年にLNGタンクが爆発をいたしました。死者百三十六名、住宅八十二戸が全壊。一九七二年に
アメリカのスターテンアイランドで、やはりLNGの爆発がございまして、それで
住民を含む死者が出ております。以後、このLNGというのは余り解明されないまま実はLNGタンカーが入ってこようとしているけれども、非常に問題なのは明石海峡が最大の難所であって、潮が非常に速いということです。ここで衝突事件が起こりますと、一万二千メーターにガスが広がるということは、その中に数十隻の船舶が入ります。この船舶がすべて着火源であります。爆発の源であります。しかも、明石海峡が四千メーターでございますから、残る八千メーターというのは
沿岸の住宅がやはりガスに覆われるということでございますので、海も陸もやはりこの爆発の危険にさらされる。もし、爆発をいたしましたならば、この
アメリカのような例が起こらないということは絶対に保障できないわけでございます。ところが、二重に困りますのは、LNGというのは鉄を、脆性破壊といいましてひび割れが生じる、瞬時にして。したがって巡視船が近得れない。これは致命的であります。それからオイルフェンスを張りましても、オイルフェンスがぼろぼろになる。つまり全く手がない。油以上に手がないということでありますので、これは非常に問題であります。しかもデッキの上にタンクが載っておりますので、千メーター向こうが見えないんですね。千メーター向こうが見えないような船で明石海峡を走るのは、私ならばもうごめんであります。したがって、このLNGタンカーというものは、この際真剣なアセスメントをやらないと、一たんここで事故が起こると、やっぱり災害につながるということをぜひ申し上げておきたいと思います。
一応これをまとめまして、第一は、五万トン以上のタンカーの
瀬戸内海の航行
規制をすべきである。第二番目に外国船対策、特に便宜置籍船の入港を禁止すべきである。第三に水先人を義務づけ定年制を
実施することである。第四番目、タンカーアセスメントをすべきである。第五に、姫路のLNG受け入れ
計画を再検討すべきである。
昨年、米国のカーターがタンカーを二重底にするというような厳しい提案をいたしました。いま国際海事
会議等でも検討されていますけれども、
一つ申し上げたいのは、このタンカーを二重底にするというあたりまえのことが——昔は小さな船でも二重底でした。乗り上げたときに防御するように二重底でした。それに反対をしているのはわが日本であります。一体海洋国日本に海洋政策があるのかということを、私
たちは海洋人の一人として非常に恥ずかしい思いをいたしております。
いま、安全も公害も一体であると思います。そういう
意味で、一度やったら終わりだという
意味で何とか巨大タンカーの対策を、こういう
保全措置法の審議を契機といたしまして、有効な対策をきちっと確立をしていただきたい。それが
瀬戸内海を守る最大の大きな方法であることを申し上げておきたいと思います。