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参考人(塚谷恒雄君) 塚谷でございます。
きょう、
参考意見を述べよということで、
内容については特に限定されませんでしたので、私は、三月出されました、
鈴木先生が
委員長になっております
判定条件等
委員会の
報告について述べたいと思います。
で、今回の
専門委員会の
報告を評価いたします私の
立場をまず説明させていただきたいと思います。個人的にはいろいろ
意見は持っているわけですけれども、それを述べるのでは余り
参考になりませんので、たとえば、学術雑誌に論文を私
たちが発表するときには、一般の雑誌の小説とかそういうものとは違いまして、レフェリーの制度があります。査読の制度というのがありまして、この論文が、学術的に見てその前提になるものとか、推論の方法とか、
結論が、
科学的に妥当であるかどうか、これを審査する制度であります。たとえて言いますと、私が
専門委員会報告についてレフェリーになったという
立場で評価したいと思います。
結論的に言いますと、全体としてはまとまった
報告書で、現在の
NO2の
影響に関する
科学的知見をよく総括していると
考えられます。しかし、それにもかかわらず、この
報告書は、再度吟味して
内容を改めなければ、たとえば学術雑誌に公表するということはできない。レフェリーとしてはリジェクトするという個所が幾つか見受けられるわけです。その個所のうちの
一つ――幾つかあるわけですけれども、その
一つについて以下述べたいと思います。
この
報告書の最大の主張点であります
指針値、そのうちの
長期目標値、年平均〇・〇二から〇・O三PPmの提案の部分がありますが、以下に述べるような理由で、この値というのは〇・〇二PPm以下に改められるべきではないかと思っております。
年平均
濃度で示された
指針値〇・〇二から〇・O三PPmを導き出した根拠は、
報告書では二カ所で示されております。一番目の個所は、
報告書の三の二十八というページで謝りますが、十四の
疫学の
研究論文を紹介した後の締めくくりとして、次のような表現があります。「以上の
慢性呼吸器症状有症率
調査のうち、吉田、常俊、岡山県または坪田の
報告で示されている持続性せき・たんの有症率と
二酸化窒素濃度のみを対比してみると、
二酸化窒素濃度〇・〇二-〇・〇三PPm以上の地区での有症率は、
二酸化窒素濃度との関連でそれ以下の地域の有症率よりも高率であり、
二酸化窒素濃度との間に関連があることが観察された。このことは
環境庁複合
大気汚染健康影響調査で
報告されている結果と一致するものである。」、ここで述べられていることを、長いですから、整理し直して二点に要約いたしますと、第一に、
NO2
濃度〇・〇二から〇・〇三PPm以上の地区の有症率が、それ以下の地区の有症率に比べて高いことが認められたと、こういうふうに述べております。それから第二に、地区間の有症率の差は、地区間の
NO2
濃度の差によると
考えることができる。
いま申しました第一点の方は、
NO2
濃度の高低には触れずに、単に有症率に差があることを示しているのでありますが、なぜこのことを確かめることが必要であるか、例を挙げて説明いたしますと、たとえば、いま
人口十万人の都市のうち、三千人が呼吸器に疾患がある地区で、百人を無作為に抽出して有症率
調査を行う場合、最もうまく計画された
調査によっても、百人のうちの有症者には一人から六人という幅がありまして、決して十万人のうちの三千人――三%という数値にはならないわけであります。
次に、第二の点、地区間の有症率の差が証明されることの必要性は、次のように
考えることができます。すなわち、有症率の高低が、
NO2を指標とする
大気汚染以外の原因によって生じ、見かけ上たまたま
NO2が有症率に
影響しているかのように見受けられる場合があるわけです。このことを確かめなければならないわけですが、もちろん医学、生物学的に
NO2の人体への
作用ということを考察しなければならないわけですけれども、それ以外にも統計学的に
NO2
濃度が相当広い範囲にわたって有症率と
関係があることを示さねばならないわけです。
指針値〇・〇二から〇・〇三PPmの根拠を示す他の一カ所の部分は、これも
報告書の三の四十四というページ、
疫学調査のまとめという個所に、次のように示されております。引用いたしますと、「
大気汚染のほとんどない都市の有症率である三-四%を
参考に、これ以下の有症率では
濃度と有症率との関連が見い出されないであろうと
考えた。こうした
条件から各地域の
疫学的
調査の結果を総合的に考察すると、有症率三-四%に対応する
大気汚染の指標としての
二酸化窒素濃度は
年平均値〇・〇二-〇・〇三PPmであった。」、このように書かれております。
また、同じように、このような
結論を導くために必要なことを整理いたしますと、やはり次の二点が証明されなければならないわけです。
第一点は、
大気汚染のほとんどない地域の有症率は三から四%である。それから第二に、
NO2平均
濃度が〇・〇二から〇・〇三PPm以下の地域の有症率は三から四%である。この
二つが後段の引用個所について成立しなければならないわけです。
以上、
指針値を導き出した根拠となる個所を二カ所引用し、それぞれについて証明されなければならない命題を四つ紹介したわけです。
さて、この四つのうち、
報告書で部分的にせよ言及されているのは
二つでありまして、
一つは、地区間の有症率の差が
NO2
濃度の差に対応している、すなわち相関
関係があるという部分、これは
報告書の三の二十八というページに書かれております。それから、
二つ目は、同じページですけれども、
NO2が〇・〇二九PPmの地区での有症率は四%である。これは全国六都市の
調査結果でありますけれども。この
二つが
報告書では言及されているわけです。もちろん、
専門委員会においては
先ほど申しました四つの命題すべてにわたって検討されたかとは思いますけれども、一応公表される論文となりますと、すべて四つについて証明を必要とするのではないかと思います。
それで、以上の点に関する私の
意見をこれから述べるわけですけれども、その前に、
専門委員会が想定している
NO2と有症率との
関係をあらわすモデルを私なりに推理してみたいと思っております。
鈴木先生から、それは違うと言われればそれまででございますけれども、一応の推理を申しますと、想定されている
NO2とそれから有症率の間の
関係は、
NO2が低い地域での有症率は
NO2には無
関係である。それから、
NO2がある値を超えると両者には
関係が出てくる。私はここで、そのある値を超えるというある値について、臨界
濃度、マージナルもしくはクリティカル
濃度と以降呼ばせていただきます。このモデルは、統計学的にはホッケー・スティック・モデルと呼ばれております。すなわち、横軸に
NO2の
濃度をとっていただいて、縦軸に有症率をとりますと、両者の
関係は、その図の中では、初めは横軸に平行に、それから臨界
濃度を超えると右上がりに上昇を始める、そういうモデルであります。もう一度言いますと、集団における有症率を、住宅
事情とか労働
条件とかあるいは喫煙とか、もろもろのほかの
影響をもし除去できるとすれば、
NO2と有症率との関連は、初めはその図の中で横軸に平行に、臨界
濃度を超えると右上がり、これはあたかもスポーツのホッケーに使われますスティックに似たかっこうをしておりますので、ホッケー・スティックと呼ばれております。
それでは、有症率が上昇を始める臨界
濃度を求めるにはどうしたらいいかという問題が出てくるわけです。統計学的にはいろいろ解析なり試みがなされておるわけですけれども、
専門委員会で行われたと推定される方法は次のようなものであります。すなわち、有症率もしくは
NO2
濃度の低い方から並べ、それらの間に相互に差があるかどうかを検定しながら、徐々に有症率もしくは
NO2
濃度を増加させ、差が明らかとなった時点での
NO2
濃度をもって臨界
濃度とする、これが
指針値になったのではないかと思っております。
しかしながら、この方法には致命的な欠陥が――致命的なというか、致命的と言える欠陥がありまして、そういう方法で求めた
濃度というのは、必ず実際の、真の臨界
濃度よりは高くなる性質があります。すなわち、いま自然有症率をたとえば三%とみなして
調査人数を二百人にとれば、差が出てくる地域の有症率は六%以上、
調査人数を四百人にとれば、五%以上、千人にとっても四・二%以上でなければ、三%との差は出てこないわけです。ですから、当然それに対応する
NO2
濃度は高く出てくるわけです。統計学的には、このことは検出力が弱いという表現をいたします。検出する力が弱い。逆に言いますと、エラーのうちの第二種のエラー、ベータのエラーと言いますけれども、ベータというのは簡単に言いますとぼんやり者のエラーというわけですけれども、差があるのに差がないかのようにぼんやりしててやってしまうという、こういうベータが非常に大きくなる
可能性があるわけです。
実際にこの方法で、私がデータに当たってやってみますと、引用されている四地域の
NO2の
濃度については、岡山では〇・〇二七から〇・〇三〇、それから千葉では〇・〇一六から〇・〇一八、大阪では〇・〇二〇から〇・〇二九、六都市の
調査では〇・〇一六から〇・〇二〇、それぞれ単位はPPmです。この方法で
指針値〇・〇二から〇・〇三PPmが――低い
濃度もありますが丸めてやりますと〇・〇二から〇・〇三PPm、これが出てきたと推論ができるわけですが、
先ほど述べましたように、果たして検出力が非常に弱い。べータが大きいために、実際の有症率というのは、岡山ではそういう
指針値のときの有症率は二・五%、これは平均値でありまして、もっと違う言い方をしますと、八・三から一五・一%。違う言い方というのは統計的な幅を持たせた言い方なんですけれども、千葉では五・〇八で、四・〇から七・四。大阪では、これは有症率の指標が違いますが、
慢性気管支炎で五・八%、統計的に同じく四・九から六・八%、それから六都市、これも、指標は同じですけれども、
調査対象が、三十歳以上の女子でありまして、五・四六%、幅は三・〇から八・七%と、いずれも非常に高い有症率になってくるわけです。
それでは、地区間の有症率に差があるとみなせる
濃度はどれくらいかと言いますと、四つの
疫学調査のうち三つ、岡山、千葉、大阪の結果は、簡単に述べますと、すべての地区には全体として差があるのであって、
NO2がある
濃度より低いところで差がなくなるというような臨界
濃度は見出せない。言いかえますと、すなわち、臨界の
濃度というのは、岡山では〇・〇二八、千葉では〇・O一三、大阪では〇・〇二〇PPm以下のところに存在するであろう。それから四つのうちのあと
一つ、六都市の
調査では、このような臨界
濃度は〇・〇一三から〇・〇一六PPmであります。
次に、
大気汚染のほとんどない地域の有症率は三から四%であるかいなかについて申し上げたいと思います。
報告書には、ページ数は三の七十五というところに付表がついておって、鹿島、赤穂、青森、秋田等の有症率が記載されていますが、この表からも三から四%という数値はちょっと無理がある。さらに低いところであるのではないか。
ついでに、従来の中公審の
専門委員会の
報告では、自然有症率、持続性せき・たんは三%という記述がありますし、一般的には二から三プラスマイナス〇・五%ぐらいと言われておりますし、
調査によってはもっと低い二%以下の値を出しているものもあります。
それでは、実際の四つの
疫学調査のうち、〇・〇二から〇・〇三PPmの有症率が三から四%であるかいなかについて、統計学的に検定を行ってみますと、非常に言いづらい。どう言うんですか、
先ほどの言い方で言いますと、エラーのうちの第一種のエラー、アルファですね、あわて者のアルファと言いますけれども、あわててそういうように言うことは言えるかもしれないですけれども、非常に危険が多いということであります。
結論的に、この論文の
最初に言いました、たとえばレフェリーとしての評価を申し上げます。
第一点は、今回の
報告書の根拠となった
疫学調査からは、
報告書で
参考値とは銘打ってありますが、
指針値〇・〇二から〇・〇三PPmという数字は求められない。
報告書中で述べられている手法を推理すれば、その手法は検出力の弱い、すなわち、第二種の、べータが非常に大きい方法である。
第二点は、
大気汚染の集団
影響に対し、
NO2を指標にとるならば、
影響が認められる臨界
濃度は〇・〇一三から〇・〇二〇PPmの範囲に存在するのではないかと
考えられます。
専門委員会では丸めを行っておりますが、平均値であらわす限りこの値というのは安定した値でありますので、丸めの必要はなく、そのまま小数点以下三けたまで出してもいいのではないかと思っております。
第三点は、以上のような若干の不備な点を除けば、
疫学的
調査結果から導かれる
判定条件といいますのは、四十七年六月の、中公審窒素酸化物に係る
環境基準専門委員会報告に述べられた、
NO2と有症率のいわゆる予見的な推論を相当
程度に補強し、かっこれを実証する
可能性がある。こういう四十七年当時の予見的な推論がいかに正しかったかということが今回ある
程度補強されたと思いますが、これはひとえに
専門委員会と
鈴木先生の学問的なセンスが相当高かったということを証明するものではないかということを述べて、私の
参考意見といたしたいと思います。