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国務大臣(
熊谷太三郎君) いま
政府委員からお答えさすべきかと思いますが、先ほど来の御発言に対しまして、一応私からも答弁さしていただきたいと存じます。
科学技術庁といいますか、
政府の
原子力行政に取り組む姿勢が非常に自信がないように見えるじゃないか、これでは
国民が安心して
政府を
信頼することができるかどうか、自分も少し疑念を持ってきたと、こういうような御
趣旨であったかと思うわけであります。もしそういうお
考えを持たれるといたしましたならば、それこそわれわれとしましては、私
どもの舌足らずと申しますか、あるいは表現のまずさといいますか、という点から来ているわけでありまして、この点は非常に遺憾に
考えるわけであります。先ほ
どもちょっとほかで承りましたが、反省するということについて、どうも少し反省し過ぎるんじゃないかというような御
趣旨のことも漏れ承っているわけでございます。これはやはり私のいま申しました舌足らずでございまして、そういう誤解を招くとしますと、これまたまことに申しわけないわけであります。
ただ、私
どもの気持ちをこの際さらに敷衍して申し上げますと、これは
原子力行政だけではありませんが、すべていろいろ施政に対する、施策に対する御
批判、御
意見の中には、われわれから見ますれば、あるいは当事者から
考えれば、いろいろさまざまの御
意見があると思いますが、その御
意見が一般に
考えればどのような
内容でありましょうとも、その中に、もって範として取り上げなければならぬと思う点が皆無ということは、私は多くの場合ないと
考えているわけであります。したがって、反省という意味はそういう意味でありまして、全部のすべての点を反省するというような
趣旨で言っているわけでもありませんし、決してわれわれの、そう大した自信でもありませんが、一応の
考え方、一応の信念が決して崩れているわけではありませんので、そういうことも御了承願いたいと
考えるわけであります。
ことに、この
原子力船「むつ」の問題でございますが、これに対して一般に行われておりますいろいろな
批判、その
批判については、われわれもさらにそれに対する
批判も持っております。さらにまた、一般の
批判にあらわれない面に対する
考え方も多分に持っております。それからまた、例に出されました美浜の燃料棒の折損をひた隠しに隠してきたと言われるような問題につきましても、われわれ自身としましては反省もありますとともに
批判もあるわけであります。
ただ、しかし、いまの
日本の
原子力発電に対する一般の
理解の度合いを
考えてみますと、これを克服してまいりますということは、いままでの
あり方では私はなかなか困難ではないか、なかなか一応のことで、このように大幅な幅のあるそういうものを、
一つのある程度常識的な線に求めていくということはなかなか言うべくして困難ではないか。いままで
原子力の
安全性と
必要性については口が酸くなるほど叫ばれ、あるいはいろいろの宣伝、広報によってそれが普及されておりますけれ
ども、
必要性ということは比較的
理解されやすいと思いますが、
安全性に対する取り方については、頭ではわかっても、そういう認識は私は非常に薄いんじゃないかと
考えているわけであります。やっぱり物事に対する
理解というものは頭で感じた、わかっただけではいかぬわけでありまして、言葉は適当でないかもしれませんが、はだで感ずるぐらいのそういう強い認識、
理解がありませんと、それが一般に定着するもとにはなっていかないと
考えているわけであります。
こういう現状を
考えますと、こういうムードを、われわれの
考えている良識的なムードに持っていくということはなかなかむずかしい。従来の
あり方だけではなかなかむずかしいのではないか。としますと、やはり非常に回りくどい話でありますけれ
ども、
原子力発電所というものを現地に受け入れ、そしてそれが本当に
人間なりあるいは周囲なりに悪い影響があれば直ちにそれが自分自身に
関係してくるというような、そういう、はだでいろんなことを感じ得られます地域におきまして、
原子力に対する正しい、あるいは
安全性に対する正しい認識を持っていただいて、そしてそういうものが自然に広まっていくという、はだで感じた
原子力に対する認識が広がっていくという、そういうムードを打ち立てていくことが、私は非常に回りくどいようでありますけれ
ども、間違いのない
方法ではないかと
考えているわけであります。
したがって、これはほんの一例を申し上げたいと思いますが、いまの一ミリでどうとか、五ミリレムでどうとかというお話がありましたが、現在の
段階におきましては、それもむろん大切でありますけれ
ども、実際、
住民が、まあ公開でありますから、どんなことだって、どんな小さなトラブルでも公開すべきでありますけれ
ども、先ほど申しました
原子力の
立地懇談会での
内容としまして、
地元の方にも御
理解を願いたいことがやっぱりあるということを申しておりますが、たとえばそういう場合におきまして、あらゆると言っちゃちょっと大げさですが、いろいろな場合を想定しまして、こういう問題はもう別に隠すわけではないが一々明らかにしない、したがって、それが後でわかっても、それは別に隠したのでもなければ、もちろん
住民なり周囲なりに影響を与えたことにはならないというような
一つの線を決めまして、これ以下の影響の度合いのもの、あるいはこれ以下の数値に対しては、これは別にそういういろいろ安全協定を結ぶとか、あるいはそういう中身は伝えていかない。これだけはどうしても安全協定をするとか、あるいは安全協定にかわって国がそういう
地元に御迷惑をかけないように全
責任を持つ
体制を持つとか、そういうことにして、
地元で、つまり
安全性に対する本当の、はだで感じたそういう認識をつくっていく。そしてそれを、大分いま各地に
原子力発電所もできておりますので、そういう
地元の正しい認識を核といたしまして、じみちな、もっと地に足のついた
原子力に対する認識を広めていくということを私は
考えているわけであります。
いろいろ申し上げたいこともございますが、いろいろ舌足らずな点があるとしましたら、それは今後そういう点も、それこそ反省いたしまして、改めてまいりますが、ただ反省ということを申し上げましたことは、いろいろな
意見の中でとるべき
意見が
一つや二つは多くの場合あるんじゃないか、そういう点は、なお私
どもとしては取り上げて善処してまいりたいという
趣旨で申し上げたということを御
理解いただければ幸いでありますとともに、私
どももそういうような
考え方をひとつ進めてまいりまして同じ
原子力の
安全性に対してピンからキリまで大きな開きのあるこの認識、それは中には飛び離れたようなことをするような
考え方を持つ人もありますから、それはやむを得ませんが、まあ十人中七人、八人まではまずまずという合意のできる、そういうひとつ認識を打ち立てていくということを進めまして、そして
原子力ないし
原子力行政に対する
信頼感を実をもってひとつ打ち立てていきたいと、このような
考えでありまして、十分意を尽くしませんが、そういう
考えでありますので、中村議員の御
趣旨もよく私も身にかみしめまして、味わいますとともに、そういう
考えでありますので、どうか舌足らずであった点は御勘弁をいただきたい。また、そういう私の
考え方にいろいろな場合で御指導や御鞭撻をいただければ大変幸いである、ありがたいと
考える次第でございます。