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1978-03-22 第84回国会 衆議院 法務委員会 第9号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十三年三月二十二日(水曜日)     午前十時十六分開議  出席委員    委員長 鴨田 宗一君    理事 羽田野忠文君 理事 濱野 清吾君    理事 保岡 興治君 理事 山崎武三郎君    理事 稲葉 誠一君 理事 横山 利秋君    理事 高橋 高望君       稻葉  修君    篠田 弘作君       三池  信君    西宮  弘君       飯田 忠雄君    安藤  巖君       正森 成二君    中馬 弘毅君  出席国務大臣         法 務 大 臣 瀬戸山三男君  出席政府委員         法務政務次官  青木 正久君         法務大臣官房長 前田  宏君         法務省民事局長 香川 保一君         法務省刑事局長 伊藤 榮樹君         法務省訟務局長 蓑田 速夫君         法務省入国管理         局長      吉田 長雄君  委員外出席者         総理府恩給局恩         給問題審議室長 手塚 康夫君         警察庁刑事局保         安部防犯課長  長岡  茂君         警察庁警備局調         査課長     依田 智治君         法務大臣官房参         事官      藤岡  晋君         法務省刑事局刑         事課長     佐藤 道夫君         法務省刑事局公         安課長     河上 和雄君         文部省学術国際         局留学生課長  光田 明正君         厚生省薬務局企         画課長     新谷 鐵郎君         最高裁判所事務         総局刑事局長  岡垣  勲君         法務委員会調査         室長      清水 達雄君     ————————————— 委員の異動 三月二十二日  辞任         補欠選任   正森 成二君     安藤  巖君   加地  和君     中馬 弘毅君 同日  辞任         補欠選任   安藤  巖君     正森 成二君   中馬 弘毅君     加地  和君     ————————————— 本日の会議に付した案件  裁判所司法行政法務行政及び検察行政に関  する件      ————◇—————
  2. 鴨田宗一

    鴨田委員長 これより会議を開きます。  お諮りいたします。  本日、最高裁判所岡垣刑事局長から出席説明要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 鴨田宗一

    鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。      ————◇—————
  4. 鴨田宗一

    鴨田委員長 裁判所司法行政法務行政及び検察行政に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。稲葉誠一君。
  5. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 法務大臣刊事局長にお尋ねするのですが、主として刑事局長になると思いますが、最初にお尋ねするのは、ロッキード裁判国民注視のもとに進行しておるわけですが、これは刑事局としては順調に進んでおる、こういうふうに理解をしておられるわけですか。
  6. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 御指摘のとおり、順調に進んでおるように思います。
  7. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 冒頭陳述に書いてあり、そしてそれが法廷で開陳されたものについては全部十分なる証拠がある、こういうふうに理解してよろしいでしょうか。
  8. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 冒頭陳述に記載しました事項を逐次立証に努めておりまして、まだ立証の途中でございますから現段階で全部明らかになったというわけにまいりませんけれども、全部明らかにできる方向で進んでおると思います。
  9. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 この冒頭陳述の中に、田中総理関連して四のところで「桧山らの田中に対する請託及び現金五億円の賄賂の約束とその経緯など」、こういうところでずっと状況が書いてあるわけです。それで、桧山と大久保が八月二十三日朝七時ごろに目白台の田中私邸を訪問し云々ということから、総理大臣就任の祝辞を述べて、「更に「実は、アメリカロッキード社が、全日空飛行機売り込みをかけているが、なかなか思うようにいかない。ロッキード社飛行機売り込みに成功した場合、総理に五億円の献金をする用意があると言っている。丸紅もこの売り込みにいろいろ骨折っているが、他社との競争も激しく、難渋している。なんとか全日空ロッキード社飛行機を導入するよう、総理の方から然るべき閣僚に働きかけるなど、何分の御協力をお願したい」旨依頼して請託し、五億円の賄賂申し込みをした。」こういうふうに冒陳には最初のところに、四のところにあるわけですが、これはそれぞれ証拠に基づいて、証拠というのは供述調書だと思いますが、この冒陳ができ上がっておる、そうして、それは十分証拠によって立証ができる確信がある、こういうふうに承ってよろしいですか。
  10. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 そのとおりでございます。
  11. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、いまここに文章といいますか文言があるわけですが、これはここに関連をする人の検察庁における供述調査の中に出てきている。このとおりかどうかわからぬけれども、こういう趣旨のことが調べの中で出てきておる、こういうふうに当然理解できると思うのですが、これでよろしゅうございますか。
  12. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 どういう証拠に基づいてそういう記載をしましたかは、今後公判で明らかにする問題でございますから御勘弁いただきたいと思いますが、おおむね御推測のようなことではなかろうかと私も思います。
  13. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 その後で「田中は、桧山右依頼が、総理大臣としての前記職務権限に基づき、航空機の導入に関し権限を有する運輸大臣を指揮して全日空ロッキード社航空機を購入させるよう働きかけてもらいたい趣旨であることを了知し、かつ、ロッキード社が申し出ている五億円は、その報酬として贈与されるものであることを知りながら、好意的な態度で、即座に「よっしゃ、よっしゃ」と気嫌よく答え、右の請託を了承するとともに五億円の賄賂申し込みを承諾した。」こういうふうになっておりますが、これにも十分な証拠がある、供述調査があるというふうに理解してよろしいわけですか。
  14. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 ただいまの御質問に対しては十分な証拠があるというふうにはお答えを申し上げるのが適当であると思いますが、その十分な証拠の中身につきましては今後逐次立証されていくと思います。
  15. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、その「よっしゃ、よっしゃ」という言葉ですね、これもだれかの供述調査に出てくるということになって、そして冒陳ができ上がっておる、こういうふうに理解してよろしいわけですね。
  16. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 証拠内容は御勘弁いただきたいわけですが、「よっしゃ、よっしゃ」というような言葉は、だれか聞いた人がいないとなかなか確認できない問題でございますから、あるいは御指摘のようなことではないかと思います。
  17. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そこで、今後の一つの問題になってくるわけですが、そうするとあなたの方としては、これはちょっとあれですけれども、この冒陳どおり証拠が出てきて、証拠が解明されて、そしていま言われた人の犯罪事実が証明されるということには確信を持っておる、こういうふうに理解してよろしいですか。
  18. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 検察当局はそういう確信を持っておるようでございまして、私も、検察当局判断は正しいと思っております。
  19. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 大臣はどうですか。
  20. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 私が直接担当して調べたり何かしたわけではありませんが、こう言ってはなんですけれども稲葉さんも過去においては検察官としていろいろの事件を扱われたと思います。事がきわめて重大な事件でありますから、検察官としては当然に慎重に検察範囲では調査をしたものと思います。冒頭陳述は創作ではないと思いますから、各種の証拠によって事件冒頭陳述で推移を述べたもの、かように信じておりますので、いま刑事局長が答えたとおりに私も考えておるわけでございます。
  21. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そこで、これ以上大臣に聞くのもあれですから、問題を少し変えまして、この最高裁判所嘱託尋問関連して、最高裁判所宣明書というのが昭和五十一年七月二十四日にあるわけですね。最高裁判所長官藤林益三名義であるわけですが、これが出てきた経過についてはいままでずっと言われていますから、これはもうわかっておるのですが、その経過を簡単に御説明願いたいのと、問題は、この最高裁判所宣明書なるものの法律的な効力の問題ですね、一体どういう効力を有するのかということをお聞きしたいわけなんです。一応経過を簡単にお話し願って、それから法律的な効力の問題について御説明願いたい。
  22. 岡垣勲

    岡垣最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。  これは先ほどもおっしゃいましたように大体公知の事実でございますが、五月二十二日付の書面東京地裁裁判官からコーチャンらの証人尋問中部カリフォルニア合衆国連邦地方裁判所に対して嘱託した。それに関連しまして、中部カリフォルニア合衆国連邦地方裁判所のウォーレン・J・ファーガソンという裁判官が七月六日に決定をいたしました。これを簡単にファーガソン決定と申しますと、ファーガソン決定では、この嘱託尋問の請求を受けた証人らが本件嘱託尋問嘱託者について証言した結果として入手されるあらゆる情報を理由として日本国領土内で起訴されることがない旨を明確にした日本国最高裁判所決定または規則日本国政府が当裁判所に提出するまで、本件尋問嘱託者に基づく証言を伝達してはならないことを指示するということがあったわけでございます。  ところで、いま決定または規則と申しましたけれども、これはオーダーまたはルールというふうな原文でございまして、それで、これをではどう対応するかという問題になりましたけれども、これはいままで何度も御説明申し上げましたとおりに、具体的事件についてのいわゆる裁判としての決定であるとか、あるいは抽象的、一般的な最高裁判所ルール制定権に基づく規則であるとかいうふうな、一般的な問題に対しての規則というふうなものではとても対応できる性質のものでないことはこれは明らかでございますので、この文言どおりではとても何もできない状況であります。ただ、どういう事情でこういうことになったのか、この真意といいますか、日本国アメリカとは必ずしも法制が同一ではございませんから、それで翻訳いたします言葉相互の概念の広がりと申しますか、内包と申しますか、要素と申しますか、そういうものは必ずしもぴたっと一致するものではありませんので、一度感触を聞いた上で返答した方がよかろうということで、イエスと答えるにしろノーと答えるにしろ、その感触を聞こうということで係官を派遣いたしました。その結果、先ほど申し上げましたような刑事訴訟法に基づく裁判であるとか、あるいは最高裁判所ルール制定権に基づくルールだとかそういったものではなくて、この宣明書のようなものでもいいのではなかろうかという感触を得て帰ってきたわけであります。そこで裁判官会議でいろいろ御検討になりまして、この宣明書にあるとおりに裁判所法の十二条の規定に基づく司法行政上の措置としてこのような内容宣明書を出すということを御決定になったわけでございます。これが経過でございます。  それで、いま法的性質というふうなことをお聞きになりましたけれども、この法的性質につきましては、これはいままでたびたび当委員会でも御質問を受けましたし、またそういう点についていろいろと、どういうことだろうかとお考えになるのはもっともだというふうに私どももよくわかるわけでございますけれども、しかし、この問題につきましてはただいま訴訟が係属しておりまして、その訴訟でこの性質いかんということが非常にシリアスな問題として争われておりますので、ここで私どもが申し上げるのは必ずしも適当でないというふうに考えます。ですから最高裁判所宣明書文言から御推察いただくほかないわけでございまして、この文言によりますと、十二条の決定、つまり十二条に基づく宣明ということで、裁判所法十二条は司法行政に関するものでございますので、したがって、これは具体的事件について受訴裁判所がいろいろとこれから裁判されていく上において何らの拘束力も持たないところの司法行政上の措置であるということ、それから、ここにいままで申し上げたような経過が記載してありまして、その経過に基づけば最高裁判所はこのような認識を持っているということが公にされている、そういうことでひとつ御了解いただきたいと思います。
  23. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 裁判所法十二条の司法行政上の措置というか、そういうものだったとしても、これは決定とか規則とかいう形では、下から具体的な事件が上がってきて初めて決定や何かが出るので、それはよくわかるのですが、しかし、この裁判官会議では当然その前提として、この結果として嘱託尋問が行われるということは認識されておられたわけでしょう。
  24. 岡垣勲

    岡垣最高裁判所長官代理者 おっしゃるとおりでございまして、この宣明書の頭書のところに二十二日付の書面で嘱託したということを述べておるわけでございます。
  25. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 だから嘱託尋問が行われて、嘱託尋問書日本へ返ってくる、そしてその嘱託尋問調書公判廷に提出されるということは当然予期されておられたわけではないのですか。
  26. 岡垣勲

    岡垣最高裁判所長官代理者 嘱託尋問というものは、これはここで申し上げるまでもないと存じますが、刑事訴訟法の二百二十六条に基づくものでございまして、これは「犯罪捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者」が出頭または供述を拒んだ場合に、第一回の公判期日前に裁判官にその者の証人尋問を請求することができるということでございまして、この要件に合っているかどうかということを地方裁判所裁判官判断して、要件に合っているというふうに思ったということはあれでございます。したがいまして、これは「犯罪捜査に欠くことのできない知識を有する」ということでございますから、捜査上必要であったということは一つ前提になりますが、捜査上必要であるとして調べられた結果が今度公判に出てくるかどうか、あるいはそれがどういうふうになるか、これはまた次の問題でございまして、確定的なものではないと思います。
  27. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 非常にむずかしい問題ですし、もう少しゆっくり答えてくれませんか。これは私の方もよくわからないんだから。これわかったら博士になれるでしょう。  そこで、当然最高裁判所裁判官会議で、嘱託尋問をする、嘱託尋問調書アメリカから返ってくるということ、そしてそれが刑訴法の二百二十六条の条件いかん、いろいろな問題があるでしょうけれども法廷に出てくるということが前提になって議論がされておったに違いないわけです。それでなければこんなものを出すわけはないのですから。だから、宣明という形はとっているけれども、結局これはこの嘱託尋問調書に形式的な証拠能力——実質的な証拠能力は別ですよ、形式的な証拠能力を与えるということを最高裁判所宣明という形をもって、決定という言葉は悪いかもわからぬけれども、意思表示した、結論としてはこういうことになるんじゃないですか。あるいは、その点こそがいまこれから争いになるという意味ですか。
  28. 岡垣勲

    岡垣最高裁判所長官代理者 ただいまのような問題が今後訴訟で問題とされていくことはあると思いますが、その裁判官会議でどのようなことを前提として議論されたかということはここで申し上げるわけにもまいりませんし、それから、これはいずれにいたしましても先ほど申し上げましたとおりに「犯罪捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者」が出てこないからということでやられたことでございますから、捜査であることだけは間違いないと思いますけれども、それ以上のことは必ずしもそう明らかではないと思います。
  29. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 これを出すときにいろいろな問題を具体的に刑事局あたり検討して、それでやったのじゃないんですか、これは。それでなければ、最高裁判官会議といったって、刑事のことをわかっておられる方もおられるし、わからない方もおられるし、いろいろな方もおられるけれども、これは最高裁刑事局が相談に乗ってつくったものでしょう。結局そのときに、今後の公判においてこの嘱託尋問調書が出てくる、それについては形式的な証拠能力があるんだ——実質的なやつは別ですよ、ということを最高裁が、司法行政上か何か知らぬけれども、認めたことになるのではないのですか。あるいはそうではない、それは全く白紙だ、そういうことですか。どっちなんですか、これは。むずかしい問題かもしれませんけれども
  30. 岡垣勲

    岡垣最高裁判所長官代理者 その点につきましては、先ほど申しましたとおりに、いま訴訟でその点がいろいろと争われているところでございますので、私どもはもちろんこの宣明書の問題につきまして事務立場でいろいろなことを検討いたしましたので、その検討範囲内にそういうことももちろん入っておりましたけれども、しかし、それはここで私どもがどうだこうだと申し上げるのは妥当でないと存じますので、差し控えさせていただきます。
  31. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、結局ロッキード裁判の中で最高裁判所長官、これはかわってしまったけれども、この人が証人に呼ばれなければこの法律的な効力はわからないということになるのですか。これは、下級裁判所最高裁判所長官か何か証人に呼べるのですか、一体。どうなんですか。
  32. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 御指摘宣明効力、すなわち、それが適法か違法かというようなことは、現在ロッキード公判コーチャン等尋問調書証拠として裁判所が採用するかどうかという点をめぐる一つ問題点でございまして、弁護人側からは、あの宣明は三権分立の精神に反するから違法だというような主張が出ており、検察側はこれに対して詳細な意見を開陳することになっておりまして、その期日が多分きょうやるのではないかと思いますので、しばらく御容赦をお願いします。
  33. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、いまの問題嘱託尋問調書の法律的な効力の問題、この宣明との関連どもあると思うのですが、これが結論が出るのは、いま検察側意見を述べて、それで裁判所側判断をすると、ちょっとむずかしい法律的な問題がありますから、大体夏休み明けぐらいに裁判所結論が出るのではなかろうか、こういうふうに常識的に見てよろしいでしょうか。
  34. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 この嘱託証人尋問調書四つ裁判証拠申請を現在いたしておりまして、四つ裁判所がそれぞれの判断でお決めになることでありますから一律には申せませんけれども、今後弁護側あるいは検察側のこの証拠能力に関する意見が出そろいました段階で、裁判所がその嘱託尋問手続等についてある程度の立証を御要求になるかもしれません。そういたしますと、仮定の問題でございますが、たとえば嘱託尋問に参りました当該検事その他があるいは証人調べを受けるというようなことになるのではないかとも思われますし、それらの裁判所が今度証拠能力の有無を判断するための手続として証拠調べを若干なさるのじゃないかと思います。それらのことが終わりまして採否が決定されるのは、夏休み前にはちょっと間に合わないのじゃないかというふうな感じを持っております。
  35. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 お聞きしたいのは、そうすると、この嘱託尋問調書が採用にならなくても、検察当局としては冒陳が十分立証できる、こういうふうにお考えなんですか。
  36. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 大変むずかしい御質問でございまして、嘱託尋問調書内容をも踏まえて冒頭陳述書が書かれておることは事実でございますが、この調書がなければ立証できないかどうかということになりますと、もう一回全部の証拠をよく見直すとかいうようなことが必要であろうと思いますし、ただ、申し上げられることは、嘱託尋問調書がわが方に到達する前にすでに処分が行われたケースが相当多うございますので、その辺から御推察をいただくほかないと思います。
  37. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 現在、裁判の問題でもありますし、余り詳しく聞きませんが、そこで別のことになりますが、いわゆる灰色と言われる四人の人に対して、何か刑事局長がどこかへ呼ばれて、そのときに、その四人の人を国会証人として喚問することは公判影響があるから差し控えてほしいという意味のことを言ったということを金科玉条にしておる方々もいらっしゃるのですがね。一体どこでどういう話をあなたはされたわけですか。
  38. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 公式の場で申し上げたのは、衆議院のロッキード特別委員会で御質問に対しましてお答えをいたしております。その要旨は、国会証人をお呼びになるという事柄について私どもとしてとやかく申し上げる立場にはございません、しかしながら、法務当局あるいは検察考え方を言えとおっしゃいますので、強いて申し上げれば、現在たとえば全日空ルート金銭授受、その趣旨等をめぐっていわば一つの山場に差しかかっております。そういう段階で、起訴されております二人の方と証拠、事実関係密接不可分関係にある四人の方の関係につきまして、国会という権威の高い場で証人調べがなされるということになりますと、その結果が好むと好まざるとにかかわらず裁判影響を及ぼすおそれがある、そうなりますと、裁判の公正、あるいは検察側から言いますと、公訴の維持に何らかの影響を及ぼすおそれがありますので、いましばらくお待ちを願いたいというのが偽らざる心境でございます。かようなことをお答えしておるわけであります。
  39. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、その四人の人たち刑事事件として立件をして、そしてあるいは公訴権時効、消滅だとか、あるいは職務権限がないとかいう形で事件を落としたのですか。立件したのですか、しないのですか。
  40. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 結論から申し上げますと、刑事被疑事件として立件する手続はとっておりません。事実上、事実を検察として確定して、これは起訴の対象にならないという判断はしておりますけれども、御指摘が、いわゆる立件して不起訴裁定したかというお尋ねであろうと思いますので、そういう手続はとっておりません。
  41. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 とすると、一体どうして立件しなかったのですか。具体的に事実で金銭授受が認められるというふうにあなたの方は認定しておられるわけです。そしてそれが公訴権時効の問題もある、職務権限がないという問題もあるならば、そのことで事件を不起訴裁定すればいいわけですね。どうして立件しなかったのですか。
  42. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 四人の方について、たとえば起訴するということになれば当然立件しなければなりませんが、捜査の結果、あえて立件して処分するまでの必要がない、かように検察考えたものだと思います。
  43. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 処分するまでもないと言ったって、起訴するときに立件するのはあたりまえの話なんで、そんなことを聞いているのではなくて、立件して、そうして落とすなら話はわかるというのですよ。立件しないで落としてしまったというか——落とすということにならないな、立件しなければ。ただそのまま——何と言えばいいのかな、不問に付してしまったということでしょう。どうもわからぬな。それだったら、あなた方は政府に対して、報告書というものの中では、結論としてちゃんと金をもらった、そうして金をもらって、それが時効にかかっていた、請託立証ができないから、普通の単純収賄時効にかかってしまったとかなんとか言っているのでしょう。立件しなかったという理由がどうもよくわからない。どこかからそういう話があったの。どうもはっきりしないな。
  44. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 稲葉委員も御経験に基づいて御承知だと思いますけれども一つ事件捜査しておりますときに、関連していろいろな事柄が発見されるわけですけれども、そういう人たちを起訴するなら格別、そうでない場合にはあえて立件するというふうな手続をとらないのが普通ではないかと思います。いまのお尋ねは、後になってロッキード特別委員会からの御要望によって秘密会で四人の方々の事柄を申し述べたことをまずお考えになりまして、それから振り返って検察の立件しなかった措置はおかしいのではないかというふうなお感じでお尋ねをいただいておると思うのですけれども検察としては、ロッキード事件捜査、処理しておる当時はそういう方々の話も出てきたけれども、起訴する見込みのない方々でありますから、何ら立件しないで済ませておった。後に今度ロッキード特別委員会におかれまして、政治的、道義的責任ありとされる方々のカテゴリーをお示しになって、捜査の過程でこういうものに当たるものがあったとすれば報告をしろ、こういうことでございましたので、捜査の全過程を振り返ってそういうカテゴリーに当たる人は四人でございます。こういうふうに御説明申し上げたのでございまして、後の方の出来事から、捜査当時のことを振り返って御指摘いただきますと、そんなに大ごとになるのなら立件をしておいた方がよかったのかなという気があるいは検察当局もしているかもしれませんけれども、普通はそういうわざわざ立件して不起訴処分にするというふうなことは余りやらないのじゃないかというふうに思います。
  45. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 やらないのじゃないかと思ったって、やる場合もあるんですよ。それはどっちでもいいのだよ。それはそうですけれども、そうすると、今後はどうするのです。今後はこの四人の人たちを立件するつもりはあるのか。
  46. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 その点検察から聞いておりませんが、多分そういう意思はないと思います。
  47. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それから、この四人の人たちは、立件の有無は別として、あなたの方へ来ていただいて調べたことは間違いないのでしょう。
  48. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 その点はお答えをいたしかねます。
  49. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 お答えをいたしかねるったって、私は被疑者として調べたと言っていないのですよ。参考人としておいでを願ったと言っているんだよ。おいでを願ったのでしょう。おいでを願わなくて結論は出ないでしょう。どうしてそんなことを隠すのか。ぐあいが悪いのか。
  50. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 捜査の過程でどういう人たち調べたか、あるいは調べなかったかというようなことは、私ども捜査の秘密、名誉の保持という観点から申し上げないことを常としておるわけでございます。  ただ、御指摘の四人の方では、私新聞で拝見をした限りは、検察当局に事情を述べたとおっしゃっている方がおるようでございます。
  51. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 なかなか回りくどいようだけれども、回りくどくない答弁だよ、それは。  そこで、その四人の人たち、これは起訴されていないのでしょう。起訴されていない、起訴事実にもない。冒陳には出てこないでしょう。これは関係ないですね。だから、将来そういう人たち証人として裁判所に呼ばれる可能性はないでしょう。
  52. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 可能性がないとは言えないと思います。
  53. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 どうしてです。事件関係ない人を呼ぶわけがないじゃないですか。どうしてその四人の人たち公判証人として呼ばれる可能性がないと言えないというのですか。ありっこないじゃないですか、こんなもの。——こんなものというのは取り消しますが、こういう方々ね。
  54. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 先ほどもちょっと申し上げましたように、起訴されております二人の被告人の方とこの四人の方の金の授受、それから受け渡しの趣旨、これは事実関係証拠関係密接不可分でございますから、現に検察といたしましてはこの四人の方に対する授受趣旨等も現在立証しておるわけでございます。その立証に対してプラスになるということになれば、そういう方を検察から証人申請するかもしれませんし、また逆に弁護側の方から、この四人の方に証人として出てもらった方が、検察の収集しました証拠の証明力を争うのによろしいということになればその証人申請があるかもしれませんし、また、裁判所が何らかの判断をするために職権でお呼びになるかもしれない、そういう可能性のない方々ではない、こういうふうに思っております。
  55. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、あなたの方ではあれですか——私の考え方では、立件してないわけでしょう、それで、起訴事実にもないし、冒陳にもないそういう人たち公判廷に証人として呼ばれるということは、まずないというふうに普通考えられるわけですよ。となれば、この人たち国会に喚問したところで公判影響があるという理屈は出てこないのじゃないか、こういうふうに思うのです。だから、あなたの方としては、この人たちを呼ぶことが公判影響があるから困るということを別に強く言っているわけじゃないんでしょう。それは国会にお任せします。あたりまえのことだけれども、そういうふうに言っているのでしょう。
  56. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 冒陳には固有名詞が出ておりませんけれども、ほか何人ということで、特に名誉保持の観点から固有名詞を出さないで書いております。したがって、その四人の方を含めた授受関係立証する必要があるわけでございます。  なお、裁判の現段階を申し上げますと、御承知の副島氏の証言が一応終わりまして、そうしてあと伊藤宏の証言が予定されておる。それらが終わりますと、今度は、伊藤証人がどういうことを言うか知りませんが、少なくとも副島証言は検察にとって十分満足のいくものではございません。すなわち、金銭授受趣旨でありますとか、そういった事柄がぼやけております。そこで、検察官調書証拠としてとってもらうべく証拠申請をする段階がいずれ来ると思います。その場合に、裁判所が特に信用すべき情況がある供述かどうか、こういうことを判断されて、このいわゆる検事調書証拠にとっていただけるかどうかということは、全日空ルートの解明にとっては一つの山場であろうと思います。その供述調書の中には恐らく四人の方の分も混然と記載されておるのじゃないかと思うのでございますが、その調書の信用性あるいは中身の信憑力、こういうものについての裁判所判断にいささかでも影響があるというようなことは、私どもとしては何とか御勘弁いただきたい、こういうふうに思っておるわけでございます。
  57. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 私も副島証人の二回にわたる証人尋問、これは新聞などで見た程度ですから、実際に傍聴したわけではありませんから何とも言えないのですが、いまのお話を聞いていましても、検察官調書と面前でとった調書と違いますね。重要な点をぼやかしているというか、何かしていますね。そうすると、偽証の疑いがあるということになるわけですか。後で甲山事件が出てきますけれども、あなた方偽証が大好きらしいけれども、偽証の疑いがある、なきにしもあらず、こういうふうに理解してよろしいですか。あるいは、その点についてはいま進行中だし、答弁は御勘弁願いたい、御推察願いたいということなんですか。
  58. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 検察官調書と異なった供述をしたからといいましても、今日の時点での記憶をそのまま述べておるとすれば偽証の問題にはならないわけでございますし、また、副島氏自身も弁護側の反対尋問がまだ全部終了しておりませんので、その辺はいまの段階判断することは適当でないと思います。
  59. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると——まあこれ以上聞くのはよしましょう、進行中の事件ですから。  そこで、あなた方の方では、四人の人を国会証人喚問することについて、いつごろになったら公判に支障がないというふうにお考えでしょうか。
  60. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 公判というものは非常に流動的なものでありますから、いまの段階でいつごろになったらというふうに確定的にお答えをするのはどうかと思います。いま考えておりますのは、少なくとも副島、伊藤らの検察官調書証拠調べが行われるまでは、やはりまずもって、率直に申し上げれば検察当局としては困る、こういうふうに考えております。
  61. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、その検察官調書証拠調べが行われれば、それはもう公判影響がないという理由はどういうところから出てくるの、逆に言うと。
  62. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 ただいま申し上げました供述調書が、証拠調べが行われた後の段階であるいは何かまた支障になる事情ができてくるのかもしれませんけれども、現在のところは、とりあえず見通せる最も近い機会であります検察官調書の取り調べというところまではやはり困る、こういうふうに考えております。
  63. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それでは、ロッキード関係でいろいろ聞きたいこともありますけれども、進行中ですし、重要な段階ですから、これ以上お聞きをいたしません。  そこで、もう一つの問題は、三月九日に神戸地検で殺人で山田悦子という人に対して起訴し、それからあとの二人の人を偽証で、十九日ですか二十日ですか起訴した事件ですが、この事件について、率直な話、この事件がシロであるとかクロであるとか、それから証拠の能力の判断がどうであるとか、こういうふうなことについては、これは私がお聞きをする筋合いではありませんから、そういう点はこの段階でここでは聞きません。ただ、お聞きをしたいのは、この取り調べその他が相当いろいろな問題を含んでおるのではないか、こういうことが考えられますので、そこでお尋ねをしていくわけです。  まず、この中で、武沢という人を偽証で逮捕して、それからこれはどういう経過ですか、勾留が却下になったのですが、その経過を先に御説明願いたい、こう思います。
  64. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 お答え申し上げます。  この事件関連いたしまして、神戸国際会館保安係をしております武沢菊雄、四十五歳になられる方ですが、偽証という容疑をもちまして、三月七日、神戸地検におきまして逮捕いたしまして、三月九日釈放しております。
  65. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それは結果で、まず、どういう容疑で逮捕して、そしてそれが釈放するに至る経緯ですね、それをお話し願いたいと思います。釈放になったのは、あなたの方で釈放したくて釈放したわけではないんだから。
  66. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 お答え申し上げます。  この事件につきましてはいろいろといきさつがございまして、神戸地検におきまして、第一次強制処分という言葉をいま使わさしていただきますが、容疑者の山田悦子を第一次的に逮捕いたしましたが、処分留保のまま釈放しておりますが、この件につきまして、容疑者側から国あるいは兵庫県等を相手とする民事訴訟が提起されておりまして、この民事訴訟事件におきまして、原告側の証人として出廷した武沢菊雄氏が偽証をしたという容疑でございますが、その内容は、事件当時の被告人の——現在起訴されておりますので被告人でございますが、被告人のアリバイについて偽証をした、こういう容疑で逮捕したわけでございます。
  67. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 いや、逮捕したのはわかるし、それから、四年前のこともそれはわかっているのです。そのことを聞いているのではなくて、武沢という人を逮捕したのでしょう。それで、勾留請求をしたら、勾留は却下になったのでしょう。これは、勾留が却下になったからあなたの方で釈放したのでしょう。勾留却下に準抗告かなんかしたのでしょう。それで、嫌疑なしというのは、その裁定かなんかあって——そこのところぼくもちょっとわからないのですが、そこら辺のところを細かく聞いているわけですよ、釈放になったことはわかっているのだから。
  68. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 失礼いたしました。  ただいま先生御指摘のとおり、勾留請求いたしまして、この請求が却下になった結果の釈放でございます。  それと、現在まだ処分はしておりません。したがいまして、処分留保のままの釈放、こういうことでございます。
  69. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そこで、なぜその武沢という人が勾留却下になったのですか。勾留却下に対して、あなたの方で準抗告かなんかしたんじゃないの。
  70. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 本件につきまして、もちろん検察側からも準抗告をいたしましたが、裁判所の入れるところとならなかったというところでございます。
  71. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 だから、裁判所が受け入れるところとならなかったその理由は、準抗告の却下決定かなんかに出ているわけでしょう。偽証の嫌疑がないということなんでしょう、それは。そういうことじゃないの。
  72. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 却下の理由につきましては、神戸地検よりの報告に接しておりませんので、詳細わかりませんが、いずれにいたしましても、勾留の必要がないという裁判所判断であったというふうに考えております。
  73. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それはあたりまえですよ。勾留却下になったんだから、勾留は必要ないという判断で勾留却下になったのに決まっているのだものね。それ以外の理由はありっこないのだから、それは。勾留を継続する必要があるから勾留を継続するというのと結局同じ理由ですね。  それはあれなんですが、一体なぜ武沢という人まで逮捕しなければいけなかったのですか。この事件はそこまでやらなければいけないの。しかもあなた、これは勾留却下になっちゃって……。どうなんです。これは非常に大きな人権侵害じゃないんですか。
  74. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 この事件につきましては、先ほど私が申し上げましたとおり、一度検察庁におきまして不起訴処分をしております。それに対しまして、被害者の両親から検察審査会に申し立てがありまして、検察審査会におきまして検察庁の取り調べた記録等を検討いたした結果、さらに公訴を提起するに足る証拠があるように思われるので鋭意検討されたい、こういう意味での不起訴不相当の決議がございました。この決議を踏まえて、検察庁といたしましても、問題が問題でございますので、さらに慎重に検討をした。その上で、再逮捕、再勾留に踏み切ったわけでございます。  いずれにいたしましても、この事件検察庁といたしましてはきわめて重要視しておりまして、あらゆる点から見まして、被告人側のいわゆる弁解を覆すための所要の捜査を行った。その一環といたしまして、やはり武沢さんにつきましても所要の捜査を行う、そのためには、身柄を確保して強制処分を行う必要があるという判断で行ったも  のでございます。
  75. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 いや、そういう必要があるという判断だったら、裁判所が勾留を認めるわけですよ。勾留を認めないのですからそこまでの必要はないし、あるいは、自分の記憶に基づいて陳述しているということで、武沢という人が却下になったんじゃないんですか。そこら辺のやり方が、次から次へ拡大して、偽証で逮捕していって、そしてやっていこうというあれですね。これは非常にラフなやり方じゃないかと思うのです。私は、いまの段階では中身について触れるつもりはないのですが……。  そこで、もう一つ段階としてお聞きしたいのは、この取り調べで、山田という人が毎日メモを書いているのですね。主任検事は逢坂というのですかね。これは非常に遅くまで調べておるのですね。一体何時ごろまで調べるのが普通なんです。これはどうなの。
  76. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 本件につきましては、ただいま御指摘のとおり、若干時間が遅くなったということもあるようでございますが、いずれにしましても勾留期間中に真相を解明したいという検察側考えから、さような時間の都合上もありまして多少時間のおくれもあったということですが、かような場合におきましては、やはり翌日は午後から取り調べをするというふうなことで、被疑者側の健康状態あるいは精神状態も十分に考えた上での取り調べを行っているということで、取り調べにつきまして行き過ぎがあったというふうな報告は、地検からは受けておりません。
  77. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、多少遅くなったと言うのだけれども、何時ごろまで女の人を調べたの、これは。
  78. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 詳細はわかりかねますが、毎日十一時ぐらいまでなったということではなしに、場合によっては十一時ぐらいまでなったこともあるというふうに聞いております。
  79. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 十一時というのは、いつの十一時。昼間の十一時。
  80. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 時間が遅いということを前提にしての答えでしたので、当然午後でございます。
  81. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 大臣はどう思うの。女の人を——これは完黙ですよ、完全黙秘。それを夜の十一時ごろまで調べているのです。いろいろなことを言って調べているようですよ。これは調べるのは自由かもわかりませんし、あなたやりましたかと聞いて、やりません、はいさようならというわけにはいかないから、それはある程度しようがないにしても、夜十一時ころまで調べているのですよ。一回や二回じゃないでしょう、夜十一時ごろまで調べているのは。何回ぐらい調べているの。全部初めから、調べた日時の時間を後で表にして出してくださいよ。非常に遅くまで調べているのだ。何回ぐらい調べているの、それは。
  82. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 取り調べの具体的な内容の詳細につきましては、先ほど申し上げましたとおり報告は受けておりませんが、いずれにいたしましても、十一時ぐらいまで達したこともあるということは聞いております。しかし、先ほど申し上げましたとおり、やはり被疑者の健康状態あるいは精神状態等につきましては十分な配慮を行った上でのことでございますので、その点、問題はないというふうに考えております。
  83. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 しかし、あなたは次の日は十分休ましているというようなことを言っているけれども、たしか午後から調べている場合もあります。三月七日は、午後の二時半から四時半まで調べて、それから六時半から十時半、十一時ごろまで調べている。それから八日の日も、やはり午後ですけれども、二時半から五時まで、ちょっと休んで、それから七時半から十時半、十一時近くまでかな、こういうふうに調べているのですよ。  完全黙秘しているのでしょう。完全黙秘していて、黙秘権を使うと言っているのに、何でそんなに調べる必要があるのですか。何のためにこんなことをするの。
  84. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 検察当局といたしましては、勾留期間中に取り調べができないなどとはゆめ考えておりません。やはり事案の真相を解明すべく鋭意取り調べを行うということでありまして、本件の取り調べにつきましても、先ほど申し上げましたとおり、夜遅くなった場合におきましては、午前中の取り調べはこれを行わないで午後に回すというふうなことで、限られた十日間という時間内に最大限の努力をしたということでございます。
  85. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 十日間、十日間と言うけれども、あなた、十日間というのは結果として十日間になったので、勾留延長を請求したのでしょう、これは。勾留延長を請求したら、夜遅くなって勾留延長を却下されたのでしょう。
  86. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 事実関係は先生御指摘のとおりでございます。ただ、検察といたしましては、延長却下になることは当然あり得ることでございますので、最初から一応十日というめどで事件の解明をするというのが一つの原則でもございます。
  87. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それはあたりまえだけれども刑事訴訟法に書いてあるのですから。  そうすると、四年前に調べて、まあいろいろ、そのときは不起訴裁定がありますね、羽山検事正のときに。それはそれとして、それからその後に新しい証拠なり何なりが出たということを言っているわけでしょう。それで、否認のままでも起訴できるということを最初から言っているのだから、それなら何も身柄を、女の人を勾留しなくたって調べができたんじゃないですか。どうして逮捕し、勾留したの、これは。
  88. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 再逮捕、再勾留が許されるという場合の一つ理由といたしまして、新たな証拠を発見した場合というふうな講学上説明されておりますので、本件につきましても当然さようなことで裁判所に逮捕状あるいは勾留状を請求して、裁判所の令状を得て再逮捕、再勾留を行ったわけでございます。  なお、取り調べにつきまして、たとえ完黙の被疑者でありましても、これは一般論でございますけれども、やはり検察官としても熱心に取り調べを行って、できるならば真相を吐露していただきたい、いただきたいという言葉はちょっと語弊がございますけれども、真相を吐露させたいという熱意を持ちまして取り調べを行うというのは私といたしましても至極当然のことではないかというふうに考えております。
  89. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 だから、あなたの方で新しい証拠を発見した、こう言われるのですから、在宅の起訴でも十分間に合うのじゃないのですか。在宅でやるのが原則なんだから、それを何も身柄を拘束してやらなくてもいいのじゃないか、こういうことなんです。そうじゃないのですか。
  90. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 本件につきましては、元甲山学園の園長をしておりました関係者等三名を偽証という容疑で逮捕をいたしまして、このうち二名は起訴しております。いずれにいたしましても、被疑者とこれら関係者との間に通謀等のおそれがあるということに相なりますれば、身柄を拘束して取り調べを行うということもこれまた当然のことではないかというふうに考えます。
  91. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それから、民事の国家賠償法の請求、損害賠償の請求をやっていたわけですね。やっていて、そしてその証人として供述した、こういうわけですが、その調書がどういうふうにして検察庁へ、まだ係属中の事件でしょう、判決したのならば話は別だけれどもまだ係属中の事件で、どういうわけで検察庁へその調書が手に入ったのですか。
  92. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 本件の場合に、いかなる方法をもちましてこの民事関係調書検察官捜査資料としたか、その辺のいきさつは私不明でございますけれども、一般の偽証事件におきましては、当該民事事件の係属しております裁判所に対しまして、記録の取り寄せとか嘱託とかあるいは謄本の交付とかいうようないろいろな手続をもちまして当該部分の調書を提出していただきまして、もちろん謄本ないし抄本でございますけれども提出していただきまして、それを使うというふうなやり方をしておるわけでございます
  93. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、係属中の民事事件でも検察庁が取り寄せ申請をすれば検察庁へ出すのですか。これはどれでやったのですか。
  94. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 手続の細かいこと、大変恐縮でございますが、いま私記憶しておりませんが、一般の偽証事件につきまして常時やっておることは、普通関係者側から当該公判調書の謄本等を提出してもらうということもあり得るわけですが、本件の場合、いかなる手続で行われたのか、これをちょっと調べてみないと何とも申し上げかねます。
  95. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 これは急な質問ですから、まだ日があれですからまだ調べてないのはよくわかりますから、後で調べてもらえればいいと思うのです。  そこで、本件について検察審査会で審査をしておるわけですね。昭和五十一年の十月二十八日に議決をして、十二月十四日付で公告されておる、こういうわけですが、この検察審査会の審査のときに、何回やったのか知りませんが、検察官を呼んで事情を聞いておるというけれども、この山田という人を呼んで事情を聞いてないということが言われておるのですが、この検察審査会はそれでは片手落ちだ、こう思うのですが、どういうふうにして行われたのですか。検察審査会法にもいろいろありますからあれですけれども
  96. 岡垣勲

    岡垣最高裁判所長官代理者 検察審査会のいたします職務は、これは非公開でございますし、それからその内容、それからそれをどういうふうにしてどういうことをしたかということにつきましても、結局明らかにできることはこの四十条に規定してございます要旨を一般に公告するという以外にはないわけでございまして、したがいまして、検察審査会がどういうふうな審理の経過をとり、どういう内容のものを調べて今度の結論に達したか、そういう中身は、これは私どもとしては申し上げることはできないものでございます。
  97. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 だけれども、普通の場合はその被疑者とされた人を呼ぶのではないのですか。本件の場合、呼んでないというようなことをちょっと聞いているのですが、それはどうなんですか。答えられないですか。
  98. 岡垣勲

    岡垣最高裁判所長官代理者 ただいまのところ、私どももまだはっきりと聞いておりませんので、果たして呼んでいるのか呼んでいないのか、そこのところ私残念ながらここでお答えできませんが、仮にそれが私、わかっておっても、やはりこういうことで、こういう理由で呼んだとか、こういう理由で呼ばなかったとか、そういうことは恐らく申し上げられないのではないかと存じます。
  99. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それは検察審査会法に条文がありますからしようがないのかもわかりませんが、そこでこの山田という人に対する勾留延長を請求したのでしょう。そうしたら、これは却下というか認められなかったのですね。どういうわけで認められなかったのですか。
  100. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 本件の容疑者につきましては、先ほど述べましたとおり第一次強制処分の段階におきまして二十日間の勾留がなされておるわけでございます。その点を踏まえまして、第二次強制処分であるということで十日で必要かつ十分ではないかというふうに裁判所判断したというふうに聞いております。
  101. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 いや、第一次強制処分といったって、それは四年前の話ですから別ですけれども、そうするとあなたの方ではどういう理由で勾留延長を請求したのですか。
  102. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 本件につきまして勾留延長請求理由の詳細は大変恐縮でございますがこれまた報告には接しておりませんが、ただ事案がきわめて複雑である、あるいはまた関係者の取り調べが未了である等々の理由によるものと考えます。
  103. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 この山田悦子さんの公訴事実を読むと、動機が書いてないのですね。普通の殺人の場合には動機があるわけでしょう。だからその動機関係をあなたの方では本人からは自白させようということが勾留の目的じゃないのですか。なぜ動機関係が書いてないのですか。それから、動機関係を明らかにしようというのが勾留の目的じゃないのですか。それが第二点。
  104. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 一般の殺人事件あるいは放火事件等におきましては、通例の起訴状におきましては動機を明らかにするというのが普通のやり方でございます。しかし、本件の場合には、ただいま御指摘のとおり、なお動機に十分解明できていない点もあったという判断で動機の部分が記載されていないと考えられますが、いずれにいたしましても、取り調べにおきましては動機というものは殺人事件あるいは放火事件等におきましてはきわめて重要な要素をなすものでございますから、その点も含めて十分な取り調べを行うということは、これも当然ではなかろうかというふうに考えます。
  105. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 本件でもう一つ問題となるのは、私は中身に触れているのじゃないのですが、弁護士との接見を何か非常に妨害をするというか認めないというか、こういう傾向が非常に強いということが盛んに言われておるわけですね。弁護士の接見は、見ますと、わりあいに数は多く行われていますよ。普通の事件から比べると確かにそういう点は私も認めますが、その中で、ぼくもよくわからぬのですが、これは最高裁に聞いた方がいいのか、いわゆる接見の一般指定ということがあって、これはどういうふうになっているのですか。これは判例上、一般指定は違法だというふうなことになっておるのですか。どういうふうになっておるのですか。
  106. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 違法であるとする考え方もございますし、そういう線に従った裁判例も出ておるわけでございますが、検察庁といたしましては違法であるというふうな考え方には立っておりませんので、できましたら機会を見つけてそういう裁判例を是正していきたいというふうに考えておるわけでございます。
  107. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 その接見の中で、これはあなたの方でも調べてもらいたいのですが、弁護人が接見したいと言ったら五日後に接見の指定をしたということが言われているのですね。普通、そんなことはないでしょう。その日か次の日あたりに接見の指定をするのがあれだけれども、五日後に指定をした、こういうことを弁護人から聞いておるのですが、そういうふうなことがあったのですか。
  108. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 通例の事件におきましては、弁護士の接見というものはまず逮捕直後、それから勾留がなされた場合には勾留直後から五日おいて、あるいは十日おいてというぐらいのことで、大体検察官と弁護人との話し合いによりまして、勾留期間中二ないし三回程度の接見が行われるというのが普通の例でございます。本件の場合は、地検の報告によりますると、二、三日除いてほかの日はおおむね弁護人が接見しておるようでございます。もちろん接見するに至ったいきさつはいろいろあるようでございますけれども、しかし、弁護人側の接見の御要求が大変頻繁であったということも本件の場合には指摘せざるを得ないのではないかというふうに考えます。
  109. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 前段に言った被疑者の勾留期間中に接見禁止の場合に、弁護人との接見を非常にいやがるんですね。ことに選挙違反なんかでもそうなんですが、いやがるわけだ。弁護人が会うと本人の供述が変わってしまうというので、弁護人に会わせまいとする傾向が非常に強い。これは一般論として非常に接見させるのをいやがるわけですね。本件は弁護人側の力が強かったというか何というか、わりあいに接見をしているようです。しかしそれに対して、接見をさせないということで準抗告か何かが十回ぐらいあったのですか。その関係はどうなっておるのです。
  110. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 接見についての詳細はまだわかりかねますが、いずれにいたしましても検察官が任意で数回接見をさせておる。それ以外の接見は弁護人の方から準抗告の申し立てをしまして、裁判所決定を得て接見が行われておるというようでございます。
  111. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それから、弁護人の接見も非常に夜遅く行われる。取り調べが終わってからというような関係で夜の九時半ごろに接見を許可するとかなんとか、そういうやり方をしているようですね。そういうのは、一般の場合はないのじゃないですか。
  112. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 弁護人の接見も、われわれの理解では、取り調べに支障のない限りにおいて御協力願いたいというのが率直なところでございまして、ほとんど毎日のように午前中あるいはまた午後の相当時間を弁護人との接見ということに費やされますと、本来の目的である取り調べも容易に行われがたいということに相なりますので、でき得べくんばそういう取り調べ側の事情も弁護人側におきまして十分御考察いただきまして、双方話し合いの上でスムーズに接見が行われるというふうなやり方をわれわれ期待しておりますし、現に多くの事件におきましては、検察官と弁護人の紳士的な話し合いによりましてそういうやり方が肯定されておるということでございます。
  113. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 私の方もまだこのことについて、最初にお断りしたように、内容がシロであるとかクロであるとか、証拠能力がどうであるとか、そういうふうなことについて本件を聞いておるわけではありません。そういうことは聞く筋合いでございませんから聞きません。ただ、この別所君という人は、私は会ったことがないのですが、これは率直に言うと検事の中に非常な崇拝者がいるわけだ。この人こそ検事の代表だ、正義のかたまりだというふうに崇拝している人も検事の中にいる。ぼくも知っている。ある検事正になった人がそういうふうに言っている。それから、そうでなくて、ある検事正をやめた人に会ったら、あの人の事件の後始末はかなわぬというようなことを言っている人もいるわけだ。あなたの方は答えられないだろうけれども……。     〔委員長退席、濱野委員長代理着席〕  そういうふうなことで、前にもこの人は、きょうは聞きません、後でまた別の機会に聞きますが、日本弁護士連合会から別所汪太郎殿というので昭和五十二年八月十八日付で——これは検事総長神谷尚男殿あてでも行っているのですが、荻野憲祐という衆議院の決算の調査室にいた人の事件で、別所氏が東京地検特捜部の時代に起訴したわけです。これは古い事件で、ロッキードとグラマンが問題になったころらしいのですが、六十四日間勾留されて、昭和三十年一月十四日に起訴されて、昭和四十年十月五日に東京地裁刑事九部で無罪の判決、それから検事控訴があって昭和四十三年十二月二十三日に無罪が確定した。起訴事実は三つありますが、一つは何か二百万円の礼金を受け取る約束をしたとか、あるいは自民党に二千万円の寄付をしろとおどかしたとか、十三万円を詐取したという事件です。この事件日本弁護士連合会から検事総長に対して、去年の八月十八日付で   当連合会は、荻野憲祐申立の人権侵犯事件につき、当連合会人権擁護委員会調査にもとづき、東京地方検察庁在職当時の別所汪太郎検察官(現在神戸地方検察庁検事正)が右申立人に対しなした逮捕、押収、捜査及び起訴等につき、報告書の通りの人権侵犯があると認定した。よって、貴庁におかれては部下の検察官に対し、被疑者に対する犯罪捜査を行うに当たっては、今後かかる人権侵犯のないよう指導監督されることを要望する。 という要望書が出て、それに引用してあるのが警告書として別所汪太郎殿というので、   貴官の行った本件捜査は、当初から過度の予断にもとづき、関係者の迎合的な供述を過大に評価し、容易に収集可能な本人のアリバイに関する資料収集を怠るなど基礎的捜査において冷静さを欠き、ひたすら強引な見込捜査を続けて、深夜早朝、寒中炭火を用いながらしかも換気について著しく配慮を欠いた取調室における長時間にわたる取調を反復し、そのため申立人に精神的肉体的に耐えがたい苦痛を与えたものであつて、重大な人権侵害である。     〔濱野委員長代理退席、委員長着席〕   のみならず、同人に対する逮捕・勾留及び捜索・押収が、当時のいわゆる「グラマンロッキード戦争」をめぐる政府高官に対する涜職容疑事件捜査の便宜に利用された疑いも拭いえないことを考え合せると、貴官の捜査権の行使は濫用のそしりを免れないものである。   よつて、当連合会は、憲法および刑事訴訟法の精神に照らして、右捜査権の行使につき貴官に対し、深く反省をうながし、今後重ねてかかる人権侵害にわたることのないよう厳重に警告する。 こういうのが日弁連から出ているわけですね。これはいま私が概要申し上げたのですけれども、どんな事件で、結局どうなったのですか、事件そのものは。
  114. 佐藤道夫

    ○佐藤説明員 突然のお尋ねでございますが、私の記憶では、いま先生が指摘されました事件は無罪が確定した事件だというふうに思います。
  115. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 この点についてはぼくの方も細かく通告しなかったから突然のあれになるわけですが、大臣、後で調べておいてくださいよ。日弁連から検事総長あてに来ているのですよ、いまぼくが読んだやつが。本人あてにも行っているわけです。一部の検事から見ると非常に神様のような検事正なんです。また一部から言わせると、個人のことだから余り言わぬけれども、なかなか強引な人らしいんだ。個人的なことをこれ以上申し上げませんけれども、この結果どうなったのか、どこに問題があって、検事総長あてに要望があってどういうふうにしたのか、これはきょうでなくていいですから、後でまた調べておいてください。どうしますか。
  116. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 ただいま初めて承ったわけですから、よく調査してみます。  それから、これは先ほど来甲山事件でいろいろお話がありましたが、実は私も甲山事件が数年前に不起訴になっておったのが、さらに逮捕、起訴するという状況を新聞で知りました。事件内容はもちろん私も承知しておらなかったわけでございますが、前に不起訴になった事件を数年後にさらに立件をして、逮捕して起訴する、こういう事件はやや異例なものに属する、かように考えます。事は場合によっては人権に関係することもあるし、あるいは検察のあり方に対する国民の信頼にも関係する、こういう感じを持ちましたので、新聞を見ました直後、法務省の刑事局長に事情を聞きまして報告を受けました。ところが、先ほど来法務省から説明しておりますように、何でも、詳細は私つまびらかにしておりませんが、甲山学園収容児二人が死んだ後の事件捜査については、学園自体がきわめて閉鎖的であった、それで周到な捜査ができなかった事情があるそうです。その後あの学園が、どういう事情か知りませんが、だんだん収容者が少なくなって、外に出る人がたくさん出てきている。その間においていろいろ新しい証拠が発見されたといいますか、そういう事情で新たな事件として取り調べを再開した、こういう事情であるということだけを報告を受けておることを申し上げておきます。
  117. 鴨田宗一

    鴨田委員長 横山利秋君。
  118. 横山利秋

    ○横山委員 きょうはちょっと変わった質問ですが、大臣、この「愛のコリーダ」というのはごらんになってはいないでしょうね。
  119. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 新聞で、いろいろ裁判ざたになっておりますから、聞いておりますが、残念ながら私は見たことはございません。
  120. 横山利秋

    ○横山委員 それでは、残念でしたら、一遍これを見ながら私は質問しますから、ちょっと……。  この「コリーダ」は、御存じのように裁判になっておるわけであります。この機会に、このわい雑ということについて、私も前に一回ここで質問したことがあるのですけれども、一体どう考えたらいいのか、われわれ法曹界といいますか、私どもも法務委員としてどういうふうに考えたらいいのかという点について、意見を交えながら質問をしたいと思うのであります。  私はこの前、ある機会があって神田を歩きました。思いがけなく偶然に入ったわけでありますが、神田のその本屋さんは、いわゆるわい雑、私はわい雑とは必ずしも思わないのですが、そういう本ばかり、専門店なのでありますが、実にたくさん集めている本屋であります。それからまた、ポルノ映画ですね、ポルノ映画は市中に各所あるわけですから、もうこれは看板を見てもわかるわけであります。まさにいまはポルノはんらん時代、テレビでもまた同様であります。  そこで、いまこの「愛のコリーダ」が裁判になるということなんで、それだけ見れば、大臣はそういうのをごらんになったことがないというのでありますから、ある程度刺激を受けられるかもしれませんね。しかし、その「コリーダ」だけが悪いならば、神田の本屋もあるいはテレビも映画も、全くもう全部「コリーダ」になる。その意味では、法の公平といいますか、それはどう考えたらいいのだろうか。その「コリーダ」は一罰百戒という意味があるのか。もしそれがいけないというならば、神田の本屋から、ポルノ映画から、ポルノテレビから、あるいはおびただしい月刊雑誌、週刊雑誌、漫画本に至るまで、全部それはいかぬということになるのですが、法の公平という意味において、まず大臣の御意見を伺いたい。冠詞をつけますけれども、いわゆるわい雑についての法の公平……。
  121. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 大変むずかしい御質問でございます。公然わいせつということをどこまで社会の中で犯罪として認めるかというのは、非常にむずかしい問題だと思います。過去においてもいろいろ裁判があったことを聞いておりますが、また書籍店でどの程度のものを販売しておるか、私も残念ながらよく知りませんけれども、これはやはり人間社会の性に対する考え方の常態といいますか、その姿で、社会通念という言葉が適当であるかどうかわかりませんが、社会通念上好ましくない、きわめて好ましくない、こういうものは排除すべきだ、こういう点に観点があると思います。いまお示しの「愛のコリーダ」がどの程度であって、ほかのところがどの程度であるかということを私が判断する資料を持ちませんけれども、これは現在裁判にもなっておりますし、とやかく申し上げるわけにはいきませんが、問題はそういうところで判断すべきものだと、非常に抽象的でございますが考えております。  もちろん法は公平でなければならないことはおっしゃるとおりでありますから、そういう種類のものを取り締まり、あるいは処罰する、こういう場合には公平な取り扱いをしなければならない。しかし、公然と販売しておるものはわかるでありましょうが、実際問題としてすべてのこの種のものを全部取り調べ、いかに処置するかということをきわめることばなかなか困難であることはおわかりだと思います。
  122. 横山利秋

    ○横山委員 その「コリーダ」を刑法百七十五条のわいせつ文書販売容疑で捜査証拠品押収をされた警察庁は、法の公平についてどうお考えになっておりますか。
  123. 長岡垣勲

    ○長岡説明員 最近、性に対する意識が非常に多様化してまいりまして、これに便乗した性の商品化傾向あるいは法軽視の傾向がございまして、刑法のわいせつ罪に触れるような事犯あるいはそのおそれのあるようなものがたくさん出回っておるということは十分承知しております。警察といたしましては、これらのものの悪質なものにつきましては看過することなく検挙するということでやっておりますけれども、何しろ対象が非常に多いものでございますので、すべてについて検挙しているかどうかということになりますと、必ずしもすべてを検挙しているとは言い得ないというのが現状だろうと思います。したがいまして、現在、書店あるいはいろいろな店等の、社会におきまして出回っているものの中に当然わいせつ罪等で検挙すべきものがあるのではないか、たまたま私ども捜査力あるいは調査能力等から十分掌握できないものがあるのではないかと考えております。
  124. 横山利秋

    ○横山委員 たとえばどろぼうがおって、わからぬ、一人のどろぼうをつかまえた、ほかにどろぼうがたくさんおるかもしれないという問題ではないのですよ。あらゆる本屋に、あらゆる映画館に、あらゆる週刊雑誌に、あらゆる漫画に、あらゆる月刊雑誌に、あなたは商売柄わかっておりそうなものだが、全部はんらんしておる中で、「愛のコリー−ダ」だけがなぜ起訴されなければならないのか。内容はまた別ですが、その中で悪質と言われる。それが悪質であって、町にはんらんしているものが全部悪質でないとは、あなたおっしゃいますまい。  そこで、刑法百七十五条のいわゆる三原則、いたずらに性欲を興奮または刺激させること、普通人の正常な性的羞恥心を害すること、善良な性的道義観念に反すること、これがいろいろな裁判の中で基準として出てくるようであります。この三原則の解釈もまた多様性がある。いま大臣のお話しになったような社会的に好ましくないという意味が私にはよくわからないのですが、少なくとも法律に触れるとすれば被害者がおるはずですね。この問題には被害者がないのです。被害者だろうというのであって、本人は一生懸命見て喜んでおるかもしれぬ。だから被害者はないわけです。この三原則の解釈が日時とともに、年月とともに非常に変遷しておることは御存じのとおりであります。  そこで大臣にお伺いしたいのですが、最高裁の判決の中に、芸術的、思想的な価値のある、ないが議論されている。大臣は個人的にどうお考えでしょうか。芸術的、思想的に価値ある文書は刺激が薄れるのか、刺激がふえるのか、どう思いますか。
  125. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 きわめて遺憾でありますが、私、そういう方面をよく研究しておりません。問題は、芸術性が非常に高いとかあるいは美的であるとか、思想的ということがあるのかどうか知りませんが、そういうものであるかどうかが一つ判断の基準にされておるように思います。それはやはり個々の出版物等、いわゆる公然わいせつの文書図画等によって判断する以外にはないのじゃないかと思いますが、この「愛のコリーダ」がそれに当たるかどうかは、せっかく裁判になっておりますからそこで判断してもらう以外にないのではないか、かように考えております。
  126. 横山利秋

    ○横山委員 いや、逃げないで答えてください。私は一般論で言っているのであって、「コリーダ」で言っているのじゃない。芸術的、思想的に価値ある文書の中にあるいわゆるわい雑は、それによって芸術性、思想性が優先して性的刺激が減殺されるのか、それとも、芸術的、思想的な文書の中におけるわい雑は逆に刺激がふえるのか、どうお考えでしょうかとお伺いしているのです。
  127. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 私は余り実見しておりませんから……(横山委員「感覚的に、あなたの人生体験から言って」と呼ぶ)その点、明確にお答えができないのはまことに残念でございますが、生命ある動植物は全部性が基礎になって繁栄しておると言います。さればといって、社会の秩序といいますか、性に対する秩序といいますか、そういうものに悪い影響を与えてはいかぬのだということで、各国ともそういう刑法をつくっておるようであります。その評価の強弱は違うと思いますが、各国ともそういう規律といいますか、性に対する規律を定めなければ、ほかの動物のことは申し上げませんけれども、人間社会を円満に構成していくのについては弊害を伴う、あるいは場合によっては犯罪につながる。いろいろ弊害があるわけでございますから、そういうものに至らない程度のもの以外は許してはならない、こういうことだと私は思います。そのほかに、いまおっしゃったように芸術的な面等が含まれておる場合、これが社会にどの程度被害を与えるか、あるいは社会によい面を与えるか、こういう判断は個別の問題で判断しなければいけないと思いますが、私はいまその程度しか観念を持っておりません。
  128. 横山利秋

    ○横山委員 これは国によっても違う、人によっても違う、時代によっても違うということが言えると私は思うのです。明治時代、大正時代、そして昭和の初め、昭和の今日、今日ほどポルノがはんらんしているときはないわけであります。明治時代であったらもう問答無用の状況でございますね。いま外国はどうかとおっしゃるけれども、外国はもう、スウェーデン、アメリカを初め、ポルノ映画がはんらんしている。「愛のコリーダ」は外国では無傷で上映されているわけですが、日本ではいかぬというわけです。  人によって違うというのは、たとえば東京地裁の判決、五十年十一月二十七日の新聞によりますと、「裁判官弁護側証拠として提出した分も含めて、ポルノ映画、ポルノビデオ十二本を法廷で“鑑賞”。雑誌や週刊誌約五十冊を“読破”して実体審理を進めた。」そうであります。「そして、問題となったビデオ四本について「うち三本は、刺激の程度は強いとはいえ、いまの社会ではわいせつ性はないといえる。残り一本は演技がリアルで現実感があり、わいせつ物の要素が強いが、事前に当局から警告を受けず、被告に犯意もなかった」として、結局、無罪」になっているわけであります。  最高裁の判決は、もちろんそういうものを見ていませんから書面審理だけでやっておるわけですが、最高裁裁判官が町でポルノ映画を見たという話は聞いておりませんし、恐らくごらんになっていないでしょう。そういう町で何が行われておるか、どういう状況であるかということについては、実地に実感がないのじゃありますまいか。そういう点ではあなたも、いま常識的なことをおっしゃいましたが、いまの日本におけるポルノの実態というものを——いいとか悪いとかではまずないですよ、私は結論をまだ言っているわけじゃありません。圧倒的なポルノの状況についての実感とか、人間心理の移り変わりとか、そういうものが全然なくて、昔かたぎの人間として御判断をなさっていらっしゃるのじゃないでしょうか。現実的認識というもの、この問題についての時代の移り変わりというものについてお気づきになっていないのではないですか。そういうことについて御反省はないでしょうか。
  129. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 私がそういう出版あるいは映画その他全部拝見しておるわけじゃありませんから、認識がないのじゃないかとおっしゃられれば、私は十分認識があるとは申し上げられませんけれども、いかがでしょうか、こういうものはなるほど時代の変遷によって大変違ってきておるということは私も看取しておるつもりでありますが、時代が変わってきて、社会生活上必ずしも好ましくないというものでも、はんらんしたからそれはもうよろしいのだということになりますと、私は悪貨は良貨を駆逐するということが言えるのかどうか知りませんが、やはりそこに一つのめど、こういうものを保つことはいかなる場合でも必要じゃないか。いまの日本状況が必ずしもいいとは私は考えません。そういう人もたくさんいらっしゃると思う。最近の映画でも、たまにテレビ映画なんか見ておりましても、以前よりか大分、いわゆる公然わいせつの極端なものがだんだん減ってきておるように思います。やはりそれは国民といいますか、社会人の、これではひど過ぎるじゃないか、こういうことによってめどを立てなければならない、こういうことじゃないかと思います。世の中そうなっておるのだからそれでいいのだということになりますと、世の中だんだん——人間の一面においては悪い方に向かう性向がありますから、それをみんながそうだからそれでいいじゃないかというわけにはいかない。それから国によっても違うと思います。やはり社会生活の姿というものが違いますから、外国ではそんなものはいいのだから日本でもいい、こういうわけにはやはりいかないのじゃないか、非常に概念的でございますけれども、私はさような考え方を持っておるわけでございます。
  130. 横山利秋

    ○横山委員 あなたはやはり昔かたぎだと思うのは、人間というのはだんだん悪い方に向かうものだという性悪説をとっていらっしゃるようであります。私は、どちらかというと性善説なんであります。おのずから皆さんが自然に律すべき点は律していくのだという考えを持っておる。しかし私も青少年に対して、これを自由に見て回っていいとか、たばこだって酒だって青少年にいいとか、そう言っているものではございません。それから業界の自主規制が行われるということを私も期待したいところなんです。問題は、国家権力というものが時代の趨勢に逆行してといいますか、ウンカのごとき大群のイナゴを一匹つかまえたところで何にもならぬじゃないか。むしろ「愛のコリーダ」を宣伝するようなものじゃないか。いかぬと言えば、何だろうということになるわけです。そういう時代の趨勢というものがこの三原則の解釈も変えつつあるのですよ。私は最高裁の言う、芸術性と思想性があれば、いわゆるわい雑性は相対的に減殺される、つまり名著であるならば、その中におけるわい雑性は阻却されていくという判断は、これはやはり最高裁の人らしいなと思うのであります。ところが、私自身の体験をもって見れば、くだらないエロ本やくだらない映画は見る気がしないのであります。むしろ芸術性、思想性のある本の中におけるそういう、いわゆるわい雑に、私はむしろ刺激をされる方なのであります。近代人というのはそういうものじゃないでしょうかね。私はその意味では最高裁判断、多数意見でございますけれども、多数意見判断は、名著だから何とか、「チャタレー夫人の恋人」だから何とか弁護してやろうというような気持ちがあるけれども、本当の名著の中における性欲というのは、むしろ私は刺激される。近代人ならそういうものじゃないか。くだらないエロ本やくだらない映画を見て、私ども余りわい雑を感じないくらいなのであります。逆なんだと思うのですが、それで大臣に先ほどそのことを聞いておったわけであります。検察庁は、いま私と大臣との意見の違いもおわかりになったと思うのです。  検察庁に聞きたいのは、ウンカのごときこのような状況に、イナゴの一匹をつかまえている。そしてそのイナゴによって、かえってその本がどんどん売れる、むしろ興味を呼ぶ、逆効果を生じているということが一つですね。それから芸術性、思想性と、いわゆるわい雑との関係はどう考えられるのか、そういう点をお伺いします。
  131. 長岡垣勲

    ○長岡説明員 ただいま御質問の芸術性、思想性との関係でございますけれども、私ども承知しておりますのは、芸術的作品であってもわいせつ性を有する場合がある。あるいはわいせつ性の存否と申しますものは、当該作品自体を客観的に見て判断すべきものであって、作者の主観的意図によって影響されるものではないというのが判例の態度であるというふうに承知しておりまして、そういう観点から取り締まりに当たっておるわけでございます。  それから、警察の取り締まりが場合によって逆効果になるのではないかということでございますが、私ども確かにそういう感じがしないわけではないわけでございます。しかしそうだからと申しまして、このまま放置しておくということもまたますます事態を悪化させるということになると思いますので、私どもは悪質なものから逐次鋭意取り締まりに当たっているというのが実態でございます。
  132. 横山利秋

    ○横山委員 この「愛のコリーダ」の本の、映画の一番最後に「タイトル」として  「一九三六年五月十八日のことであった。二人がはじめて会った日から三か月半、駈落ちしてからわずか二十五日間であった四日後、切りとったものを肌身につけて逃走していた定は捕えられた。  そしてその年の暮、懲役六年の判決を受け、直ちに刑に服した。  事件日本中を震撼させ、定には不思議な人気と同情が集中した。  それは、同じ年のはじめに起きた若手軍人による大規模な反乱事件を契機に急速に戦争への道を走りはじめた日本社会のなかで、人びとがこの事件に一服の清涼剤を感じたからだという説もある。しかし、それはもちろん定の関知するところではない」。 それから同じような意味で、最高裁の判決の中で   検察官指摘の一四か所は、主人公ジュリエットを中心に、法王、貴族、警察長官、大盗賊その他さまざまな登場人物の間で次々に繰りひろげられる奇矯な姿態、方法による乱交、鶏姦、獣姦、口淫、同性愛等の性的場面であるが、 ということを挙げながら   以上の一場面、一場面の間に、原著者マルキ・ド・サドは、ジュリエットその他の登場人物の口を通じて、自然の法理とか、政治や宗教についての彼一流の思想、哲学を語るのであるが、それは、一八世紀のヨーロッパの精神的潮流となった素朴な進歩主義や性善説に立つ啓蒙思想、腐敗堕落したキリスト教文明に真向から挑戦し、人間性にひそむ暗黒面を徹底的に摘発し、既成の道徳、宗教、社会秩序を根底から疑い、世俗的な価値観を打破して、人間性の本質に迫ろうとするものである。 判決の中にそういう文句があります。こういうような思想性を結語として出しておるものと、それから、そういう結語はないけれども、それは明らかにいまの人間社会における何かを訴えるという一つのバックグラウンドがある、私はそういうふうに考えるのであります。なぜ人間社会が今日のポルノ映画なりポルノ雑誌あるいはそういうものを読むのか、見るのかということの中に、避けがたい一つの流れというものがある。その流れというものをここでとめよう、ここでとめようと言ってやっておったところで、とうとうとして流れというものはとめることができない状況になっているのではないか。しかも、その流れというものが、大臣の言うように悪の方へ流れておる、そういうふうには思いません。明治、大正、昭和にかけてこの三原則なるものも大きな変遷をして、解釈も大きく違ってきた。そういう流れというものを無視して、なければいい、すべて悪いのだけれどもつかまえられるものだけつかまえようというような観点が大きな逆行をしておると私は思うのであります。もちろん私も、いまの人間社会、いまの日本社会において一つの流れの一定の基準というものが何もなくてもいいと言っているわけじゃありません。先ほど言ったように、おのずからなる基準、つまり青少年の問題、それから出版業界なり映画業界なりテレビ業界なり、そういうものの自主規制というものが当然あり得る、またそれを期待するということについては、決してあなたに劣るものではありませんけれども、しかし、権力的なやり方でそれをとめようとしてもむだなことだ、無理なことだ、また間違っているという感覚を私は持っておるわけであります。  お約束の午前中の時間でございますから一応これで終わります。昼からまたやります。
  133. 鴨田宗一

    鴨田委員長 午後一時再開することとし、この際、暫時休憩いたします。     午後零時二分休憩      ————◇—————     午後一時二分開議
  134. 羽田野忠文

    ○羽田野委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。横山利秋君。
  135. 横山利秋

    ○横山委員 先般来しばしばスモンやカネミの問題を取り上げまして、製造物責任について質問をいたしました。きょうは製造物責任と同時に、判決の中で非常に重要な意味を持ちました国の責任について政府側の御意見を伺いたいと思います。  問題を整理いたしますために、たとえばスモンの判決を引用いたしますと、原告は裁判を通じて、国はキノホルムの薬局方収載、輸入製造の承認、追跡調査の各段階で安全確認義務を怠り、製薬会社もキ剤作用を容易に予見できたのに放置した責任があるとしています。国の方は、四十五年のキ剤販売停止までにキ剤の有用性を否定する根拠は認められず、責任を負う必要はない、政治的行政的責務と賠償責任は直接には結びつかないと主張をいたしました。製薬会社は、国の責任には触れず、自分も責任がないと言っています。東京地裁——これは和解をしたわけですが、和解の中で、キノホルムの有効性は早くから確認されており、製薬会社が情報を公開しなかった責任は重大、国も安全確認の措置をしておらず、共同して責任があると判断をしています。そして最後に判決は、キ剤の毒性は予見が可能だったから、厚生大臣のキ剤製造、承認に過失があり、国家賠償法上賠償責任がある、製薬会社のキ剤販売行為も違法で、民法上の賠償責任がある、こういう判断をいたしまして、俄然国の責任——これは薬品の問題等てはありますが、しかしこれの一例をもってあらゆる問題について国の責任はいかにあるべきかということが重要な問題となってまいりました。  しかるところ、この判決について「国(厚生省)は、判決内容検討を続けていたが、「国の法的責任は認めがたい」という立場から七日、控訴することを決めた。同日中に小沢厚相と瀬戸山法相が会い、正式にこれを決定したあと手続きをとる。」そして「「法的責任はあくまで認めがたい。患者の救済はそれと別に行政責任として行う」としており、主な争点となった現行薬事法上の安全確保の責任と、昭和二十八年当時から副作用の予見可能性があったという二点について、とくに反証をあげ、今後も争っていくことにしている。しかし、因果関係については、これまで通り基本的に「キノホルム原因説」を認めるとしている。」こういう国の責任は認めがたいとして控訴をする模様であります。これは新聞だけでありますから、いかなる理論的根拠で国が控訴をしたか、それをこの判決と思い合わせてまず説明を願いたいと思います。
  136. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 詳細については担当の政府委員から御説明申し上げた方が適当であると思いますが、問題のスモン病に関する金沢裁判所の判決に対しては控訴いたすことにいたしました。  その控訴する最大の要点は厚生省と関係行政庁と協議のもとでございますが、医薬品製造許可等についての行政庁の責任の範囲について承服しがたい。特に昭和二十八年当時キノホルムに関する学理上その他の関係からスモンの予見ができたような判決の内容になっておりますが、これは余りに無理である、不可能に近いことを行政庁に要求するかっこうになっておる、こういう点に対しては承服しがたい点がある、こういう事情から控訴して公正な判断をさらに仰ぎたい、こういうことで控訴いたしました。  そういう点の詳細については今後裁判所に詳細に意見を出すわけでございますけれども、まだその事前でありますから細かに申し上げることはここで差し控えさせていただきたいと思います。
  137. 横山利秋

    ○横山委員 これから裁判をやらなければならぬから細かい答弁は差し控えたいと言うのですけれども、予見可能性、予見ができれば薬を許可しない、これは当然のことでございますね。いいですね。そうすると、いま許可しておる薬を予見できた、判決にありますように、そのときの国の最高の科学的判断をもっていま許可している薬であるけれども、許可したけれども、最近になってそれはだめだと思ったから許可を取り消す、それも当然あり得ることですね。いいですね、その理論は。
  138. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 薬剤が施薬の結果スモン等の重大な害が起こる、こういうことが明らかに予見できればそういうものを許可したり販売させたりするということは、これは行政上はもちろんやるべきでない、かように考えます。
  139. 横山利秋

    ○横山委員 厚生省も御意見があったらぜひ聞かしてほしいのだが、そうすると政府としてはこの予見可能性理論については承服されるわけですね。つまり、予見ができたら許可しないし、許可したものも取り消すということについては同意できるわけでしょう。
  140. 新谷鐵郎

    ○新谷説明員 医薬品の製造承認をいたします場合に、あらかじめ副作用被害が予見できたならば、許可しないということは常識的にはおっしゃるとおりでございます。ただ、医薬品というものの特別な性格上、ただ副作用が予見できたならばということだけでは不十分な点がございます。と申しますのは、よく言われますように、医薬品というものはいわばもろ刃の剣のような性質を持っているものでございまして、常に有効性と安全性というものをバランスにかけまして、ある場合には多少の副作用があるけれども、しかし疾病を治すためには有効性の方が上回る、したがって全体としては、有用性という言葉を使っておりますけれども、有用性という認定をいたしまして製造承認をするということがあるわけでございます。したがいまして、ただその副作用だけを切り離しまして、それだけの認識があれば常に製造承認はしないというふうにはまいらない場合もある、一般論でございますけれども、ということを申し上げたいと思います。  それからもう一つ、しかし製造承認をいたしました後、その医薬品につきまして重篤な副作用があることがわかって、それが有用性を否定するようなものであるという場合には、製造承認の取り消しができるかどうかという点でございますが、現行の薬事法では、そういう製造承認の取り消しの権限につきましては明文の規定を欠いておるわけでございますただ、私ども従来からその点につきましては、薬事法に明文の規定がなくても一般の行政法の通則に従いまして、欠陥のあった製造承認であれば、後から取り消すこともできる、そういう解釈をいたしてきております。
  141. 横山利秋

    ○横山委員 非常に御両所とも示唆に富むお話だと思います。もちろん私も、いまお話しの有効性と安全性ですか、だから薬というものはもろ刃のようであるから、本来は薬を発売することと薬を患者さんに出すお医者さんの問題と両方ある、その点はよくわかるわけです。  しかし、そうなりますと、多少の副作用はあるけれども、この患者にはそれを押して有効性をとうとぶからやってもよろしいというのもやはり限界があるでしょうね、副作用が人体に著しい被害をもたらすということが予見できれば、当然これは禁止さるべきであり、そこのところはいわゆる予見可能性の範囲内でやはり同じことが言えると思うのです。  そこで、予見可能性というのは、判決によればどういう文章でございましたか、そのときの国の最高水準の考え判断をせよと言っている。問題は、国は許可した薬について全部が全部副作用があるとも必ずしも思われぬのですから、常にその時点における国の最高水準の科学的判断でもっていわゆる予見可能性を確かめる義務がある、そういうことは納得できますね。
  142. 新谷鐵郎

    ○新谷説明員 その点が今回の裁判でも一つの争点になっておった点でございまして、薬事法に基づきまして厚生大臣が医薬品を国民の健康のために副作用のチェックをする、そして重篤な副作用があることがわかっている場合には、これを製造承認しないという点についてはおっしゃるとおりでございますけれども、ただ、薬事法の製造承認というものの性格は、伝統的には取り締まり法規的な性格のものであるというふうに解釈されておるわけでございまして、その安全性の確認義務と申しますのは、やはり第一義的にはつまり営業の自由ということが前提になっておりまして、申請者がそういう有効性と安全性について十分考慮いたしましてその書類を出してくる、それを公益の観点からチェックをするということはもちろん厚生大臣の義務でございますけれども、そのチェックがあらゆる手段を講じて、そして常にそのときの最高の学問水準を反映して行わなければならない性格のものであるかどうかという点については、現行の薬事法のそういう沿革と申しますか、伝統的性格から申しますと、本来取り締まり法規的な性格のものであるという解釈でございますので、その辺の解釈につきましては問題があるところであるというふうに私ども考えておるわけでございます。
  143. 横山利秋

    ○横山委員 その点が国がいつも言っておる「薬の製造承認は、国が合理的判断に基づいて行う行政上の規制。国民が安全な薬を飲めるのは、この行政規制から生まれる間接的な利益に過ぎず、法的に保障された利益ではない。従って薬害に対する賠償責任まで、国は負っていない」、そういう御主張のようですね。私がきょう国の責任を問題にいたしますのは、国が許可した許可責任というものは一体どういうものかという広範な命題の中で薬を取り上げておるわけです。私もこの間理事会でちょっと話をしたのですが、国が許可したということは、法律に基づいて国民の営業上の制限あるいは製造物販売の制限、製造の制限あるいは広範にわたっているのが国の許可制度である、その国が許可した以上は、すべての問題について国に責任がある、必ずしもそうは私は立論の土台として言っていないわけであります。しかしながら、ここであなたが言っているように「国民が安全な薬を飲めるのは、この行政規制から生まれる間接的な利益に過ぎず、」つまり第一義的に製薬会社の責任があるけれども、おれのところは第二義的でもない、国が、この薬はつくってもよろしい、売ってもよろしい、しかし、売る場合、つくる場合には十分注意しろよということを仮に言ったにしても、薬と食品、つまり人命に重大な影響をもたらすおそれのある問題と、その辺の自動車会社を許可する、信用組合を許可するというものとは許可の内容がずいぶん違うと思うのです。事実薬事法はきわめて詳細にわたって規定をしていますね。十二条の製造業の許可、十四条の日本薬局方外医薬品等の製造の承認、十六条の医薬品の製造に関する遵守事項、五十六条の販売、製造等の禁止、六十九条の立入検査等、七十一条の検査命令、実に精密にわたって、薬については他の許可をするものと違った厳重な制限が行われている。このことは、少なくとも薬だとかあるいは食品というものについては国としては慎重の上にも慎重に、法律が規定をするのは慎重の上にも慎重に許可をしてもらわなければ困るよ——それであっても今日の薬のはんらん状況というのは恐るべき状況なんですね。そして製薬会社が薬事法を盾にとって、国から長年かかって許可してもらったものだ、そして許可番号もつけて、また有名な医学博士のお添え書きもつけてやっておるのですからね。国民が、これをもってして、あなた方が言うように、行政規制から生まれる間接的な利益にすぎないという、おれの責任はないんだ、おれに賠償してくれと言われたってそれは無理よという理屈は私は成り立たないんじゃないか。また、いまあなたがおっしゃったように、許可した薬を取り消す法文がないというのも、これは本当におかしいと私は思います。薬事法が非常に重要な課題となってまいりまして、この薬事法のみならず、国の責任問題、道路にしたってあるいは住宅にしたって、国が直接自分が道路をつくったあるいは許可して道路をつくらせた、そういう責任について重大な過失とかあるいはお役人の間違いとかいうものがなければ責任を負わないということは、どうにも国民的に納得ができないことだと思うのです。  私は法務大臣にお伺いしたいのですけれども、これは厚生省の立場というものと法務省の立場というものは違うので、裁判は法務省が訟務局長に命じて、国を代表してやらせられるのですけれども、かねがね私が言うように、国が国民を相手に、あるいは何かの企業を相手に裁判をやるときに、勝てばいいというものじゃないでしょうと言ったら、全くそのとおりに思っています。前法務大臣も、また訟務局長お答えになりました。まあ国が勝った例が裁判では多いのですけれども、しかしその中でも国が負けた例がなしともしないし、国はもうあらゆる知能を動員して裁判で争うのですから、一般国民がそれだけの力量なりいろいろなものがない場合が多いのですから、裁判一つ法廷技術が手伝うときがあるのですから、大所高所からして国の責任というものをこの際、くどく言いますが、全部が全部国の責任を追及するわけじゃないけれども、少なくとも薬品とか食品というような、国民が安心して、国が許可したものだからというふうに理解をして、それによって購入し服用するような問題については、国の責任をもう少し重要視して考えなければならぬのではないか、そう思いますが、大臣はどうお考えになりますか。
  144. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 率直に申し上げて私は薬事法を詳細に承知しておるわけではありませんが、先ほども話が出ましたように、薬というものは、私はきわめて常識的な認識でありますけれども、毒は薬になり、薬は毒になるというようなものでないかと思います。特に最近多く出るいわゆる化学薬品、こういうものは一面においては、用い方によっては非常に人体等に害を及ぼすおそれのある、これは素人でも考えられるようなことじゃないかと思います。そういう意味で、ほかの話になりますが、こういう事件、事案の場合に、お話のように勝ちさえすればいい、裁判で勝てばいいのだという考え方は基本的に持っておりません。やはり責任の所在がどこにあるということは別問題にいたしまして、現に悲惨な状況が国民の中に薬の関係で起こっておる、この事態そのものに対しては、国はできるだけの措置をしてこれに対応しなければならない、そういう基本的な考えを持っておりますが、先ほどもお話が出ましたように、許可すれば全部こっちが責任があるのだということになりますと、きわめて深刻な事態になってくる、不可能に近い状況になってくると思います。  でありますから、実は今度のこの金沢判決に対する、スモンの訴訟について控訴を決定する段階においても、私は素人でありますけれども、最近の薬のはんらん状況を見て、一般国民は、率直に言って素人でありますからこれを施用する、そこで、薬事法上許可等の権限を持っておる行政庁としての厚生大臣としては、もう少し薬の、これは用いようによっては毒にもなるわけでありますから、なるほどそれを厳密に用法に従っていけば、先ほどお話しのように有効である、こういう場合でも、スモンの場合のように非常な弊害を生じておる事実もほかにもあるわけでございますから、お医者さんの施薬についても十分な注意をするようにして、やはり食べ過ぎとか飲み過ぎに効く薬も害を及ぼす、こういう状況にもなりがちでございますので、そういう点まで十分注意するような検討をしてもらいたい、薬事法にも、私は細かく検討しておりませんが、もう少し国民が安心していけるような姿をつくるように、薬事法の再検討をすべきところも検討してもらいたい、こういうことを注文といいますか、お話をして控訴決定をした事情があります。厚生省でも検討されておると思いますが、やはり最近のように新しいものがどんどんできる段階になりますと、やはりそれに適応する薬事法の検討なりまた薬事行政あるいは医療の検討等をすべき段階に来ておるのじゃないか、こういうお話し合いをしておるわけでありますが、すべて許可したもの、そういうものは全部害が出れば行政庁なり国家の責任だ、こういうことになりますと、行政はきわめて停滞してしまって、かえって逆効果を生ずるおそれもある、こういうことも考えなければならぬと思いますので、これは十分検討しなければならない問題であろう、かように考えておるわけでございます。
  145. 横山利秋

    ○横山委員 ちょっと言葉が足らないのですけれども、二つ問題を提起します。一つは、予見可能性理論というものはお互いに了解するところであります。先ほど詰めたのは、予見ができれば許可しない、有用性、有効性を踏まえて、予見ができれば許可しない。その次には、許可したものでも予見ができればやめさせるというところまでは同意ができるわけですね。  そうすると、そのときの、たとえばキノホルムでもそうですか、いまとなっては、いまの日本の医学の最高水準でいけば、あれはだめなんだということが、予見が事実できた状況にある。それならば十年前はどうだったか、十五年前はどうだったか、そのときの最高水準で予見ができたのではないか。きょうはできて、きのうはできなかった、おとといはできなかったということではない。そうすると、きょうは予見ができたけれども、一年前、十年前は本当に予見ができなかったのであろうかという疑問がわくわけですね。だから、予見可能性論を厚生省なり法務省が認識されるならば、その前に予見可能ができた時期があったではないか、それをやらないで、きょう忽然として予見ができたということはあり得ないではないか、理論的にはあなたの方が弱い点がそこにあるのじゃなかろうか、そういうことを私は考えるのですが、まずそれについてどう思いますか。
  146. 新谷鐵郎

    ○新谷説明員 スモンの場合の予見可能性の問題につきましては、御承知かと思いますが、日本の学界でスモンの原因がキノホルムであるという意見が出ましたのは、昭和四十五年の新潟大学の椿先生の御意見が発表された段階でございまして、行政というものは、もちろん常にそういう副作用についてあらかじめ予見ができるように努力をしておらなければいかぬわけでございますけれども、しかし、そういう行政の判断というのは、やはりそのときそのときの日本の学問の水準のレベルの上に立っていたすものでございまして、その学問の水準のレベルというのは、これはやはり日進月歩で、時代によってずいぶん違ってくる面があると思うわけでございます。  スモンの場合に椿説が出たのは四十五年でございまして、もちろんその段階で直ちに販売を中止させる措置を厚生省としてはとったわけでございますけれども、それでは、それ以前にその予見可能性があったかどうかということになりますと、なるほど、その訴訟になってみますと、後から原告の方でいろいろ出しておられる資料の中に、キノホルムのそういう神経性の障害についての幾つかの論文があったというような御指摘は確かにあるわけでございます。しかし、わが国の場合に具体的に考えてみますと、日本の学者の中でそういう論文に着目をされて、キノホルムの使い方に問題があるじゃないかという御意見は、残念ながら四十五年までの間になかったわけでございまして、そういう点では、今日予見できたものが五年前にできた、あるいはさらに五年前にもできたということにはならない性格のものであるというふうに理解をいたしておるわけでございます。
  147. 横山利秋

    ○横山委員 予見可能性論というのは、怠慢であるという論理は追及できますけれども、国家賠償法によるところの公務員の「故意又は過失」ということにはどうもならぬのではないかという感じがするわけです。私には。間違っているかもしれませんけれども。国家賠償法の「故意又は過失」なのか、それとも怠慢ということは過失にやはり通ずるものであるかどうか、その点はどうお考えになりますか。
  148. 蓑田速夫

    蓑田政府委員 ただいまお尋ねのありました予見可能性というものは、過失の構成要素の一つというふうに考えられております。
  149. 横山利秋

    ○横山委員 わかりました。  そこで、先ほど大臣がおっしゃった、許可したものにすべての責任を持つということは大変なことだ、それは私も先ほどるる申し上げているようによくわかっているわけです。いま国家賠償法一条の「故意又は過失」が怠慢に通ずるとすれば、今回の問題は一般的に言えば怠慢だ、一生懸命やれば予見ができたものを、まあいまのお話によれば、医学に偶然そういう御意見ができたから、厚生省は何も言わなかったけれども、そういう意見があったからこれはいかぬぞと言うて厚生省が気がついて処置をとったように聞こえるわけですね。問題は、許可した責任というものを二つに分けて、一つは賠償という問題もあるけれども一つは常時それを念査して、危険のあるものについては厚生省が常にイニシアをとってやらなければいけないというふうに私は考えるのですが、どうですか。
  150. 新谷鐵郎

    ○新谷説明員 一般論としてはおっしゃるとおりだと思います。ただ、スモンの訴訟に関して申し上げますならば、私どもが従来訴訟上主張いたしておりましたのは、確かに先生のおっしゃるように、一般的に許可をしたら責任があるということをおっしゃっておるわけではなくて、医薬品というものは特別なものじゃないかということからおっしゃっておると思うのでございます。     〔羽田野委員長代理退席、委員長着席〕 したがって、今後の薬務行政のあるべき姿といたしましては、先生のおっしゃるような議論を十分考慮して、先ほど法務大臣のお話もございましたように、薬事法の改正問題についても検討する必要があるというふうに考えておるわけでございますけれども、スモンの事件について言いますと、やはり現行の薬事法の解釈の問題になるわけでございますしそういう点からいいますと、先生のいまお話しございました、たとえば製造承認後も副作用が出ないかどうかにつきまして、厚生大臣がいわば権限を持ってそれを追跡するような規定も薬事法には書いておるわけでございまして、現行の薬事法の解釈の問題と、それから今日の時点での薬務行政のあるべき姿とは分けて考えざるを得ないのではないかというふうに思っておる次第でございます。
  151. 横山利秋

    ○横山委員 次に、国家賠償法は、一条に「公務員の故意又は過失」、二条に、公の営造物の設置、管理の瑕疵に基づく損害賠償責任求償権として「管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたとき」となっています。国が道路工事の保守が悪かったといって判決で負けて、そして控訴も取りやめたという飛騨川事件を例にとってみますと、国家賠償法のこの制限につき賠償といいますか、そういうものについて一遍見直す必要がありはしないか。そういう理屈があったから国は控訴を取り下げて賠償したというのだけれども、民間では、いま無過失責任が強く要請されておる時代である、その無過失責任が民間では要求されておるけれども、国は無過失責任は負わないということに固執をし過ぎてはいないか。これもまた、私は何から何までと言うつもりはありません。少なくとも、いまの国家賠償法の解釈もかなり広がっておる、裁判の判例なりいろいろな現象、最近におけるいろいろな問題を拾い上げてみますと、国家賠償法の解釈もまた、何が故意であるか、何が過失であるか、何が瑕疵であるかという点についても、かなり解釈が広がっておると思うのですが、国の無過失責任についてどうお考えになりますか。国は過失はないけれども、国民にえらい被害を与えてしまったという問題についてどうお考えになりますか。
  152. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 一般の原則論としては、国であろうが個人であろうが、やはり責任という場合には故意なり過失なりを前提にすること、すべての社会秩序を維持するためにはやはりその原則を守らなければならぬのじゃないかと私は思っております。ただ、いろいろ社会の現象を見ておりますと、それだけでは解決のできないものもだんだん出てくるように思いますから、一般原則は一般原則として、やはりここで具体的に何かれと申し上げる能力を持ちませんけれども、やはり物によっては無過失の責任を認めるような体制をつくることが社会生活上必要ではないか、こういう考え方を私としては持っておりますけれども、基本的にはやはり、故意はもちろんでございますが、過失というもので責任を負うという原則を守っておらなければ、これはとどまるところを知らず、そういうことでかえって社会の秩序なり社会の現象に対応し得なくなるおそれがある、私はそういう考え方を現在持っておるわけでございます。
  153. 横山利秋

    ○横山委員 申すまでもないことですが、憲法は  「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、國又は公共團體に、その賠償を求めることができる。」とありますが、これはもう、旧憲法でお上は悪いことをしないのだということから考えますと、まさに非常な歴史的な変化だと高く評価されたものであり、しかも、承れば、これは衆議院の修正過程で付加されて成立したもので、国民のまさに大きな要望を国会が取り入れた。しかしそのときても、それに伴う国家賠償法でも、当初は故意または過失、瑕疵について、訴えた国民側に挙証責任を求めるという状況が続いたわけであります。しかし、その挙証責任についてもだんだんと国が反証を挙げる、国が挙証責任を負うという方向に広がっておるわけであります。ですから、いろんな学者の中にも、国家賠償法について考えるべき点があるのではないかという説、あるいは国家賠償法はそうであろうともその解釈について近代的な国の責任について広がりを見せる方法を模索するということが考えられ、判例もまたその方向に沿って最近の有名な判決がされておる、そういうふうに私は考えているわけであります。  いま私は薬品の問題を取り上げましたが、食品ないしはそれに付随するような国民の生命、安全その他に重要な影響をもたらすものについては、国家賠償法の改正をするか、国家賠償法が改正できなければ食品とか薬品とかそれぞれきわめて重要な法律については国の責任をさらに重くして、そして国民に求償権を与える。これは短かい時間ですべてを言い尽くすわけにいきませんけれども、そういう方向がいま要請されておる、そう思いますが、結論的に法務大臣の御意見を伺って、私の質問を終わりたいと思います。
  154. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 いま私の立場結論を申し上げるだけの準備がございませんけれども、そういう問題を検討する時勢になっておる、私もさように考えておるわけでございます。
  155. 鴨田宗一

    鴨田委員長 飯田忠雄君。
  156. 飯田忠雄

    ○飯田委員 本日は、出入国管理令は封建的な法律かという問題これは第一点ですが、第二点は、出入国管理の根本的可否、この二つの点についてお尋ねを申したいと思います。  まず、出入国管理令を見ますと、前書きに、これは政令であると書いてあります。「この政令を制定する。」と書いてございます。これは法律の体裁を整えていないもののように思われますが、ところで昭和二十七年四月二十八日の法律第百二十六号というのがございまして、これはポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律ということでございます。この法律は主として出入国管理令の問題を扱っております。そして、その第四条を見ますと「第一条及び前条に規定する命令は、この法律施行後も法律としての効力を有するものとする。」こうありまして、第一条の命令というのが出入国管理令でございます。それから、前条というのが入国管理庁設置令でございます。この二つの政令は「法律としての効力を有する」、こう書いてあるわけです。  ところでお尋ねを申し上げますが、ここに出入国管理令で「この政令を制定する。」と書いてある政令というのは、憲法の第七十三条にある政令のことでございましょうか、お尋ね申し上げます。
  157. 吉田長雄

    ○吉田政府委員 そのとおりでございます。
  158. 飯田忠雄

    ○飯田委員 この政令につきましては、法の条文によりますと、憲法及び法律の規定を実施するために内閣によって制定されたものだ、このようになっております。法律の内容そのものは、もちろん国会の審議を経て制定される法律でなければなりませんが、この政令を法律と化する、そういう力を憲法は国会に与えておるかどうか、この点についてお尋ねいたします。
  159. 吉田長雄

    ○吉田政府委員 ちょっと技術的な問題ですので、官房参事官からお答えいたさせます。
  160. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 お答えをいたします。  お尋ねのように、まさしく国会の審議を経て制定されるべきものでございますが、御案内のように、終戦後平和条約によりまして主権を回復するまでの間、ポツダム宣言の受諾に伴いましていわゆるポツダム政令ということで、当時の一時的な現象といたしまして、憲法に定める手続を経ないで法律の内容を有する政令を制定することが認められておった。そういう経緯で、出入国管理令は内容的には法律で定めるべきものをおさめておりますけれども、政令として制定された、かような経緯でございます。
  161. 飯田忠雄

    ○飯田委員 政令は、先ほども申しましたように、憲法ではっきり書かれておるように、これは法律の規定を実施するためのものだ、こうなっております。ところが出入国管理令の内容を見ますと、法律の規定を実施するものとはおよそ違ったものに思われますが、この点についてはどのように御認識でしょう。
  162. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 先ほども申し上げましたように、本来政令は法律の施行に関することを定める、そういう機能を託されたものでございますけれども、終戦後平和条約発効までの間は、言葉は適当かどうか若干問題がございますけれども、超憲法的なポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官が発する命令を根拠といたしまして、国会の審議を経ないで内容的に法律に相当するものを政令で定めた、こういう過渡的な一時の現象でございます。
  163. 飯田忠雄

    ○飯田委員 その点はよくわかっておりますが、問題は、ポツダム宣言実施によるところの政令というのは、元来わが国が占領されておった間に施行されたものでございまして、今日すでにサンフランシスコ条約以後ずいぶんたちます。にもかかわらず、まだポツダム宣言時代と同じような内容のものが実施されておるということは、憲法の条文からいきましてどうでございますか、憲法違反じゃないでしょうか。
  164. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 お答えをいたします。  確かに、平和条約によりまして完全に主権を回復いたしました後の日本国の法律制度といたしまして、政令という名称の——まあ内容は法律でございまして法律としての効力を認められておりますけれども、名称は依然として政令という形のままになっておる、さような出入国管理令によりまして、本来名実ともに法律で行うべきいわゆる出入国の公正な管理という国の行政を行うことにつきましては、感心したことではございませんので、名実ともに国会の御審議を経た法律として、新しい出入国管理に関する法律を制定すべきものであろう、かように存じておりまして、法務省といたしましても、入国管理局を中心に、従来、さような角度からの新しい法律の制定ということに努力をしてまいった経緯があるわけでございます。
  165. 飯田忠雄

    ○飯田委員 法務省の御努力はあったと思いますが、現実に存在するものが政令でございまして、法律ではない。ただ、法律でないのだが、書いてある内容に法律的効果を与える、そういう法律が出されておるわけなのです。そういう政令に法律的な効力を与えるという法律をつくる、そういう権限が一体あるのかどうか、このことをお尋ねしておるわけです。
  166. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 お答えいたします。  昭和二十七年四月二十八日の法律第百二十六号、名称は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律、この法律は、当然に当時の国会の御審議を経て制定され、発効したものでございます。そういたしまして、その法律の第四条におきまして、先ほど先生御指摘のように、第一条に規定する命令、つまり出入国管理令という政令は法律としての効力を有するんだというふうになっておりますので、繰り返して申しますと、法律第百二十六号を国会が審議なさって、そして法律として成立させられたということによって、その中身として出入国管理令が、名称はともかくとして、法律としての効力を付与されたものである、こういう形になっておりますので、やはり国会の御審議を経ておる、こういうわけでございます。
  167. 飯田忠雄

    ○飯田委員 国会の審議を経ておるかどうかという問題だけで、それでこの問題を片づけることはできないと思うのです。もし国会の審議を経ておると言うなら、当初からこういう政令でなくて法律として出されるべきものでございましょう。それが法律として出されないで、政令のままで、中身は、ポツダム宣言受諾の当時のそのままの中身で、今日までそれを法律として扱ってこられたというわけなのですが、そういうことをやり得る根拠が国会及び政府にあるのかどうか、この問題です。憲法には明らかに、政令というのは憲法及び法律の規定を実施するためのものだ、こう書いてあります。これは憲法に明文がありますね。しかも、これは内閣がつくるものなんです。内閣がつくった一つの政令に包括的に、単に国会が、これは法律として効力を与えるよということを決めただけで一体法律になるのか、こういうものでございます。どうでしょう。
  168. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 お答えいたします。  先ほど申しました昭和二十七年、法律第百二十六号の第四条には、第一条に定める命令は、この法律施行の以後においても「法律としての効力を有するものとする。」さような趣旨のことが書いてございますが、それは結論的にさような条文になっておるだけでございまして、法律第百二十六号を国会が御審議をなすったその審議の際には、出入国管理令という政令の内容にわたりまして審議があったわけでございます。したがいまして、内容、実体におきましては、出入国管理令という法律第百二十六号以前の段階の政令について、その内容について、あたかも法律案として出された案についての審議と同様に審議がなされ、審議を経た上で、そしてその第四条の規定ができたわけでございますので、必ずしも包括的に、審議をしないで、卒然と法律としての効力を有することにするというような規定を設けられたわけではございませんので、実体、実質におきましては、国会の御審議を経た法律として、今日、出入国管理令は存在する、かように私ども考えておるわけでございます。
  169. 飯田忠雄

    ○飯田委員 いまのお考えはそのお考えだと思いますが、私が申し上げましたのは、こういうことが可能なら、政府の方で政令を出しておいて、これは後で法律としての効力を与えるということを国会で決議をすれば法律になってしまうということになりますが、そういうことは、今日の立法制約に違反をいたしませんか。
  170. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 確かに先生御指摘のように、一般的に、まず内閣が政令を制定しまして、それを包括的と申しますか、法律としての効力を有するというような法律の条文を可決することによって、さような政令に法律としての効力を付与するというやり方は一般的には避けるべきものであるという点では、私は全く同感でございます。何分古いことでございますので、昭和二十七年法律第百二十六号の制定経過につきましては、ただいま細かな準備をいたしておりませんけれども、当時、平和条約の発効に伴いまして、もろもろの立法措置が必要である、その中で、何せ出入国管理令という政令の取り扱います事項は、主として外国人を対象とする事項でございますので、早急の間に本来の法案として提出し、法案として御審議を仰ぎ、成立をさせるという時間的と申しますか、もろもろの事務的な準備その他が必ずしも十分なゆとりがなかった、こういう経緯がございまして、確かに先生のおっしゃいますように、ある種の正統的でないと申しますか、やや変わったやり方で制定をされた、こういう経緯でございますので、さような意味で私どもは承知しております。
  171. 飯田忠雄

    ○飯田委員 いつまでここで議論しましても片づきませんので、この辺にしておきます。  ところで、この出入国管理令は、政令であることは間違いないですね。どうですか。
  172. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 名称は政令でございますが、国の法体系のもとにおける憲法、法律、政令、省令という分類をいたします場合に、実質、実体は法律でございます。
  173. 飯田忠雄

    ○飯田委員 実体が法律のものであれば、法律という名前でお出しになればいいのに、どうして政令ということでお出しになったのか。これは内容まで審議されたのなら、ついでに法としてお出しになったらいいわけです。内容まで審議しておいて、ことさら政令として出されたのには、何か特別の根拠があるのでしょう。
  174. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 法律第百二十六号を審議いたします際に、確かにいま先生のおっしゃいますように、単に効力を付与するということだけでなくて、名称も、たとえば出入国管理法と改めるといたしますれば、いまのような問題は起こらなかったのであろうと存じますが、その辺のいきさつにつきましては、ちょっと準備不足でございますので、また後ほど……。
  175. 飯田忠雄

    ○飯田委員 それでは、この問題はやめまして次に行きますが、これは一応政令と書いてありますので、政令に罰則をつける場合には、法律の委任がなければつけることができないというふうに憲法七十三条に書いてある。そうしますと、これは、形式は政令だけれども内容は法律だといまおっしゃったけれども、それはそうとしまして、どの法律の委任によって——このポツダム宣言の出入国管理令、これは法律なら法律でもいいですが、この法律が罰則を決める根拠になったもう一つ上の委任はどれでしょうか。
  176. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 出入国管理令は、昭和二十七年法律第百二十六号以降は法律でございます。それ以前のいわゆるポツダム政令としての出入国管理令は、本来であれば、ただいまおっしゃいますように、憲法上の要請として法律の委任がなければ一定の罰則を定めることはできないわけでございますが、それは最初に申し上げましたように、終戦から平和条約発効までのある種の超憲法的な権威と申しますか、連合国最高司令官の発する命令を根拠として罰則が盛られていたわけでございます。そして、さような経緯で政令にすぎないところの出入国管理令に盛られておりました罰則、それを含めましたものが、法律百二十六号の審議に際して国会の御審議を経た、こういうわけでございます。
  177. 飯田忠雄

    ○飯田委員 この出入国管理令が出ました当時、これに罰則を置いてもいいという委任を与えた法律はなかったでしょう。なくして罰則が決められたのです。その後この昭和二十七年の法律によって「法律としての効力を有する。」と書いてあるだけなんです。法律じゃないのです。政令に法律としての効力を認めたというだけの話なんです。そうなりますと、これは実質的に法律的な効力があるにしましても、それは政令なんだ。しかもこの政令に書いてある罰則は、罰則をつけるときに何ら法の委任に基づいていないということになります。もしこの出入国管理令を昭和二十七年に法として認められたのなら、そのときにこの問題も解決しておかなければならない問題であったと思うのです。ところがそれが解決されていない、ここに一つの問題があると私は思いますね。  この出入国管理令についてなぜ私はこういうことを持ち出すかといいますと、出入国管理令に盛られておりますものは占領中の外国人処遇の思想によってつくられておる。それから今日までもう三十年たっておるのですよ。今日の段階においてもなおこの占領中の外国人処遇の思想を盛り込んだ出入国管理令で行われる、そこに問題がありはしないかと考えますので、この法律の有効性を持ち出したわけです。御見解を承りたいと思います。
  178. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 繰り返すようでございますが、法律としての効力を有するということは、名はともかく、法律であるということだというふうに私は考えております。
  179. 飯田忠雄

    ○飯田委員 これは旧憲法で独立勅令というのがありましたね、あの独立勅令と同じようにお考えなのですか、お尋ねします。
  180. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 そうではございません。繰り返しになりますけれども、法律第百二十六号の御審議を経たことによって、同法が成立以降は法律としての効力を有する、つまりいわゆる旧憲法、明治憲法時代の緊急勅令のようなものではなくて、日本国憲法のもとにおいて法律としての効力を有する法律である、かように私ども考えておるわけでございます。
  181. 飯田忠雄

    ○飯田委員 この問題は実は非常に重要な問題であって、立法形式というものは厳格でなければならぬと私は思うのですよ。そうでなければ日本国憲法体制は崩れてしまう。ですから、こうした憲法的には疑いのあるものをいつまでも存続させておいて、これで多くの外国人を処理されていくということはどうかと思われます。いままでなぜこのように放置されておったのか、何か放置されなければならぬ理由があったでしょうか、お尋ねします。
  182. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 まことに先生おっしゃるとおりでございまして、外国人であれ日本人であれひとしく人間でございますので、人権の主体であるところの人間を取り扱いまするいわゆる外国人管理の法令というものは、名実ともに憲法を基礎として適法、合憲的な手続のもとに法律として成立させるべきものでございます。さような意味合いで法務省といたしましては従来から、いわゆるポツダム政令から脱皮して名実ともに法律としての新しい出入国管理の法をつくるべくいささか努力してまいったわけでございまして、具体的に申し上げますと、昭和四十四年以来四十八年までに前後四回にわたりまして出入国管理法という名称の法律案を国会に提出いたしまして御審議を仰いだわけでございます。しかしながら結果から申しますと、その都度審議未了、廃案になりまして、今日までいまだ実現するに至っておりません。法務省といたしましてはこれは大変残念である、先ほど来先生御指摘のように、何とか名実ともに法律としての新しい出入国管理の法をつくりたい、かように考えております。  四回も出しながらなぜ四回とも成立しなかったのかということにつきましては、細かいことを申しますといろいろ経緯があったようでございますが、結論的に申しまして、そのとき、そのときの国会において十分に御理解をいただくことができなかったということでございまして、その点につきましては私どもといたしましても、過去に四回成立しないで流れたということは事実でございますので、それを謙虚に受けとめまして、今後、将来に向かいまして正しい、時代に即したあるべき法律をつくる仕事の上で十分にしんしゃくをしてまいりたい、かように存じております。
  183. 飯田忠雄

    ○飯田委員 国際人権規約というのを御存じだと思いますが、この国際人権規約の中にも人間としての権利を認めようじゃないか、外国人に対しても人間としての権利を認めていこうという趣旨のことが書いてありまして、この国際人権規約はわが国もこれに加盟しようじゃないかという機運がわいてきております。なぜならば、この問題は人間性の問題でございまして、単なる一国の国家管理の問題じゃない、そういう点で非常に重要な問題だと思いますが、従来、法務省の案が否定されてきましたのは、この国際人権規約に盛られておるような人道主義的な、あるいは外国人に対しても内国人と同じように人権を認める、そういう内容のものでなかったからではないでしょうか、どうですか。
  184. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 過去四回提出いたしました法律案は、その都度少しずつ模様がえがあったわけでございますけれども、大筋について一貫しておりますことは、いわゆる人権の国際的な尊重、国際的な保障ということをも頭に置きまして立案し、提出したものでございます。その意味では、ただいま先生御指摘のような、昨今非常に脚光を浴びておりまする国際人権規約の基本的な思想、趣旨に沿うものがかなりあったと私は理解いたしております。
  185. 飯田忠雄

    ○飯田委員 法案の審議の問題はそのくらいにいたしまして、ひとつ基本的な態度の問題についてお尋ねを申し上げたいのですが、国際人権規約の中に教育に対する権利ということが書いてありまして、当事国はすべての者が教育に対する権利を有することを認める、こうあります。外国人でありましても日本の国で教育を受けたいという者があれば、それを当事国である日本は認めるべきだ、こういうような趣旨だと解されます。  ところで、教育を受ける希望者に在留許可をどの程度認めるかという問題についてお尋ねをいたしますが、まず、文部省はこの問題についてどうお考えでしょうか、お尋ねいたします。
  186. 光田明正

    ○光田説明員 お答えいたします。  留学生でございますが、留学生の受け入れについては、学校教育法というものがございまして学生の入学資格を決めております。それによりまして、それぞれの種別の学校、小学校、中学校、大学といろいろございますが、たとえば大学の場合なら「外国において、学校教育における十二年の課程を修了した者」というような定めがございまして、その資格を有し、かつ学校長等の入学許可があればそれで十分でございまして、文部省といたしましてはそれ以上の制限はつけておりません。
  187. 飯田忠雄

    ○飯田委員 この場合に、教育というのは、文部省としてその範囲はどの辺に考えておられますか。大学、高校、中学、小学校、こうございますが、どのところを教育とお考えでしょうか。
  188. 光田明正

    ○光田説明員 私、留学生課長でございます。従来、留学生といいますときは短大以上の大学に来る人たちを念頭に置いております。しかし、たとえば東京学芸大の付属にタイから高等学校の生徒も来ております。その入学につきましては、先ほど申し上げましたようなことでございまして、それぞれの学校が考えるという現状になっております。  以上でございます。
  189. 飯田忠雄

    ○飯田委員 国際人権規約では義務教育のことも決めておるのです。もちろん大学のことも決めておりますが義務教育の場合には無償を主とする、こう書いておりますね。この場合に、すべての人はというのですが、すべての人はの中には日本人以外の外国人も含まれると思われますが、この点については文部省はどのような御見解でしょうか。
  190. 光田明正

    ○光田説明員 私は留学生課長でございますので、この件についてはちょっとお答えを差し控えさせていただきたいと思います。
  191. 飯田忠雄

    ○飯田委員 この問題につきまして、在留許可をお認めになる法務省としましてはどのような基準をお持ちでしょうか、お尋ねいたします。
  192. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 お答えをいたします前に明らかにしておきたいと思うのでございますが、国際人権規約、いわゆるA規約、B規約とございますけれども、これらの規約はいずれも、たとえばいまお尋ねの教育に関する権利につきましても、外国人がこの規約の当事国、いわゆる締約国に入国をするあるいは滞在をすることを許すか否か、許すとすればいかなる条件のもとに許すべきかということにつきましては、この両規約は何ら言及いたしておりません。言及していないということは、およそ外国人の入国あるいは滞在を許すか否か、入国、滞在の許否は、各主権国家の自由裁量事項に属するという国際法の一般原則、つまり国際慣習法がそのまま存在しておる、これらの両規約によって何ら修正されたり制約されたりするものではない、こういうことでございます。これは当然のことでございます。  したがいまして、いまお尋ねの留学と申しますか勉強しに来る外国人の問題につきましても、文部省の方からお答えになりましたのは、外国から新たに勉強するために入ってくる外国人の問題というよりは、むしろすでに何らかの経緯によって日本で暮らしている、日本人に滞在している外国人に対する教育の問題としておとらえになっておるのだろうと思います。問題は、私どもの出入国管理行政の分野について言いますれば、私どもはいまのA、B両規約の趣旨には非常に感銘いたしておりまして賛成でございますので、あらゆる分野でその趣旨を実現するように努力したいと考えておりますけれども、法的に、人権規約があるから人権規約で教育に関する権利が外国人についても保障されておると読める、だから教育を受けたいという目的で入国の許可を求める者に対してはこれを許可しなければならないとは考えておりません。  以上でございます。
  193. 飯田忠雄

    ○飯田委員 私は国際人権規約そのものを適用せよと言っておるのではなくて、立法をしたりいろいろ政府の態度を決めたりする場合にその精神を取り入れるべきではないか、こういうことを申し上げたわけなんです。  そこで、わが国に対して特別な不利益を生じない、そういう人たち日本で教育を受けたいという場合に、それを受け入れることは実質的には何ら差し支えないのですが、これは法務省の内規あるいは省令、そういうものの内容によって決まる問題だと思います。そこで、こうしたたとえば大学に行きたい、高校に行きたい、中学に行きたい、あるいは中学に行くためには日本で子供のころから教育したい、そういう人がおる場合に、わが日本の国においてしっかりとした身元引受人もおるし、親戚もあるし、また経済的にも何ら困らない、そういう人である場合に、こういう者に対する在留許可の審査というものにつきましてはどのような審査基準があるのでございましょうか、お尋ねいたします。
  194. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 中学校あるいは高校で修学をするという年齢層、つまり比較的年少者であるところの外国人が、先生いま御指摘のように日本で勉強したい、それについて日本政府がかような目的を了解して、入国、滞在を許すか否か、その決定につきましてはいろいろな要素を総合的に勘案することになりますので、これさえ満たせばこの人は許可である、この人は不許可であると機械的に決定されるべきものでないという立場から、先ほど先生おっしゃいましたように、本人の勉学意欲、あるいは在日中の学費、生活費の負担をだれがするか、そういう保証がどこにあるか、あるいは在日保証人の保証能力だとか、さらには本人は日本語をどれだけできるであろうか、来てすぐ日本の学校で勉強になるだろうかということをケースごとに多角的に検討、審査いたしまして結論を出していく、大体こういうやり方でやっておるわけでございます。
  195. 飯田忠雄

    ○飯田委員 いろいろのお話を承りましたが、こういうものはケース・バイ・ケースでやるべき問題だろうと私は認識しております。そこで、できるだけ人間としての立場からの御考慮を得たい、このように思っております。  そこで次に、外国人の追放の問題について少しくお伺いをいたしたいと思います。  わが国に入ってきました政治亡命者に対して、これをどう扱うかということがどうも法律にはないように思いますが、どのようになっておるのか。
  196. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 政治亡命者がわが国に保護を求めて入国をさせてくれ、入れてくれと言ってきた場合に、どのように扱うかという問題でございますが、このような事案、ケースの取り扱い方といたしましては、本人がいわゆる迫害の申し立てをするわけでございますので、その迫害の申し立ての内容が、果たして真実さような迫害のおそれがあるのかどうか、どの程度のおそれであろうかというようなこと、また、本人に対して、仮に特別な計らいをもって入国を許す、あるいは在留を認めるということにした場合に、いわゆるわが国の国益に照らして果たしてぴったりと調和するだろうかというようなこと、この両者を総合いたしまして、もちろん政治的な理由で迫害を受けている者に対しては、できる限り温かく保護をしてやるという人道的精神の基調、ベースとするものではございますが、他面において国益との調和も考慮しながら、ケースごとに適切な措置をとっていくというのが私どもの方針でございます。
  197. 飯田忠雄

    ○飯田委員 政治亡命者につきましては具体的に裁量処分でやるというふうにいま私伺ったわけですね。そこで、裁量処分でおやりになることは非常にいいと思います。こんなものはそうたくさんあるものじゃないのだから。だが、その裁量処分をなし得る法的根拠としては、現行法ではどれに基づくのでしょう。
  198. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 二通り大まかに言ってあると言えると思います。  一つは、新たに国外から日本の国にやってまいりまして、そして入国許可を求める。ところが、法律つまり出入国管理令の要求する入国許可要件を満たしていない。したがいまして、本来は、さような人は入国をお断りして帰ってもらう。その場合に、その人がいわゆる政治亡命者である、迫害のおそれがあるということがかなり顕著に認められて、しかも、この人の入国を許可しても、先ほど申しました国の利益との関係で特に不都合はないというようなことになりました場合、さような場合は出入国管理令の第十二条、私どもは上陸特別許可と呼んでおりまするが、第十二条によりまして、法務大臣の裁量によりまして入国を許可する。  もう一つの場合は、何らかの事情ですでに日本の国内に在留しておる者が、たとえば許された在留期間を超えて出ていかない、そのために、私ども言葉で申しますところの不法残留の形になっておる。不法残留というのは、本来これは退去強制されるべき事実上の理由でございます。退去強制事由に該当するのでございまして、したがいまして、本来であれば不法残留を理由として国外に追放される筋合いでございます。しかしながら、その場合にも、本人につきまして、先ほど申しましたようないわゆる政治的な迫害のおそれがあるということ、それから特別に許可を与えても、日本の国の利益との調和を害しはしないということ、この二つの要件を満たす場合には、出入国管理令の第五十条、私どもこれを在留特別許可の制度と呼んでおりますが、第五十条によりまして、法務大臣の裁量によりまして在留を引き続き許可する、こういう二通りの仕組みがございます。
  199. 飯田忠雄

    ○飯田委員 政治亡命者に対してはわかりました。  ところで、政治亡命者ではないけれども、わが国にやってきて、本国に帰れば身の危険を感ずるという状態の人がときどき出てまいります。政治亡命とまでいかぬけれども、思想的にだめなんだというのですね。たとえば例を挙げますと、今日、中国と台湾の間には何ら交通機関がない、手紙のやりとりをする郵便の協定もない。こういう場合に、また検閲を受けるので、それを避けるという目的もありますが、日本を仲介して、日本に一人の中国人を置いて、その中国人が実際に手紙を持って行ったりして交通している、こういう事態があるといたしますと、普通は、悪い人はスパイだというふうに言うかもしれませんね。しかし、こういういわゆるスパイのように思われる人であっても、これが直接にわが国には何ら損にも得にもならないものである場合、しかも、これは本国の、台湾にも帰れなければ中国にも帰れないという者がおる場合、これに対してどういうような御措置をおとりになるお考えでしょうか、お伺いいたします。
  200. 藤岡晋

    ○藤岡説明員 最初にお断りいたしておきますが、先ほど私お答えしました二通りのやり方、つまり出入国管理令第十二条に定める上陸特別許可及び第五十条に定める在留特別許可の制度の運用といいますのは、たまたま先生が政治亡命の場合にどうかとおっしゃいましたので、政治亡命の場合にも、いま申しました第十二条及び第五十条のいずれかによって救済されることが可能な場合があるというだけのことでありまして、第十二条ないし第五十条は、政治亡命者を救済するために設けられた規定ないし制度ではございません。念のために、ただいまの先生のお尋ねにお答えしたいと思います。  結局、救済をするためには、出入国管理令の第五十条によるほかはないわけでございますが、第五十条には、その者の在留を特別に許可すべき事情があるときには、法務大臣が許可を与えることができる、こう書いてあるわけでございまして、結論は、先生が先ほど具体的に御指摘になりましたようなケースも、特別に在留を許可すべき事情に該当すると評価することができるかどうか、それは結局そのケースのいろいろな要素を多角的に検討して初めて結論が出るものでございまして、一律に、一概に、助かるとか助からないとかということは、ただいま申しかねるわけでございます。
  201. 飯田忠雄

    ○飯田委員 私は、人を助けるとか助けないということは申していないのです。そういう者がおる場合に、わが国の出入国管理令でどういう扱いができるのだろうかという問題なんですが、帰そうとしてもどちらにも帰されないという事態が生じました場合に、これは何らか暮らしていく道をその人も考えざるを得ないだろうということになりますが、それがここで一定の期間在留が認められるということであれば、職業にもつけるでしょう。そうでなければ職業にもつけないということになります。私は、この問題につきましていま具体的な中国の例を挙げましたが、それは一応別にしまして、特に問題なのは韓国の問題だと思います。  大村収容所に入っておる人たちがたくさんおられますが、この人たちはいろいろの罪を犯して日本から追放になるわけですが、しかし、韓国の方がこれを受け取らない。たとえば韓国が受け取りましても、韓国ではもはや生活する道がない。在来から日本におった人で、韓国に帰っても親戚もないし、食っていく道もない、そういうような人が大村収容所にもおります。それからまた、密貿易をやって捕らえられておる人もおります。しかも、その密貿易をやった人は、韓国が本拠であれば韓国に帰れるわけですけれども、韓国が本拠でないのがおるわけですね。そうしますと、外国人だということを除いて考えれば犯罪人ですね。犯罪人ならば、日本の懲役でこれを直すということになります。ところが、外国人なるがゆえに、向こうへ送り帰そうということで大村収容所に入れるわけですけれども、大村収容所から向こうへ行けないわけです。そんな悪い者は一切受け取らぬというのが韓国の態度です。日本においていままで生活しておる者を、なぜ犯罪人にしてから韓国へ帰すのだ、韓国ではこういう言い分ですね。これは一理があると思いますよ。日本で罪人にしておいて、悪くなったら韓国へ帰すとは何事だ、こういうことになります。こういうような人たちをどうするかという問題が今日あると思います。前は日本国籍を持っておったのです。ただ本籍が日本であったか韓国であったかの違いにすぎないものです。こういう者に対して根本的な処置を考えていただかないと困るのではないかと思われます。  それからまた、大村収容所に入っている者でも、これが一律に改善不能ということもありませんし、日本に家族もおり、また日本の家族のもとで暮らした方が本人のためには更生の可能性がある、韓国へ送ればどうなるかわからないという者もございます。そういう場合に、特別にそういう者を取り扱って、日本で暮らしていける道を講じてやる法の根拠は必要ではないだろうか、こういうことなんです。現実においてそういう法がないならば、そういう保護法も必要だし、また保護法を設けなくても現実に方法があればそういうことで扱っていただければ、人道的な考え方から言って非常に救われるのではないか、こう思われるわけです。  私はここで具体的な人の名前を出しません。いろいろの人を知っております。そして本当に大村収容所の中のことも、その人が手紙で書いているのですが、大村収容所は非常に人道的だと書いております。決して監獄のようなものじゃない。その人は監獄におって、大村収容所に送られてきた、ところが、大村収容所の内容は監獄とは打って変わって自由だ、だからその点は非常にいいし、スポーツをやらしてくれるので、スポーツをやっておる間は非常に自分も改善されていく、こう言っています。ただ、中に入っている人の多くがスポーツさえも知らない、毎日ばくちをやるかマージャンをするかぐらいしか知らない人が多いのだ、それから五つか六つぐらいの子供、あるいはもっと小さな子供もたくさんおって、中で遊んでおる、その手紙をよこした人はこういうことを書いておるのです。自分はここへ来て非常に反省をさせられて、自分の改造をやってよくなりました、だが全然怒りを感じないということはない、そうした小さな子供をこういうところへいつまでも収容しておいて、この人たちの教育は一体どうなるのだ、これは非常に重大な問題ではないか、また、ここにおることによって人間が改善されていく人はもちろんおるけれども、大部分の人は改善されないで堕落の道をたどっておる、収容所自体は人権を重んぜられて非常によくやってくれるけれども、そのことだけでは解決できない問題があるのだ、ここに収容されておることによって人間がだめになるのだ、こういうことを書いておりますが、私はもっともだと思うのです。こういうことについて日本政府としましても、現実に韓国へ帰すわけにいかないのだから、そういう者については何らかの処置を講じていただくことはできないだろうかという問題があります。
  202. 吉田長雄

    ○吉田政府委員 先生の大村の問題を持ち出されての御質問でございますので、ちょっと御説明申し上げます。  大村で、実は三、四カ月ごとに帰還船が出ておりまして韓国に送り帰しておるのでございますが、韓国政府側がなかなかまだ受け取り準備ができていないということで、大村に少したまっている人がおられるということは事実でございます。それについてわれわれも非常に憂慮いたしまして、一昨年以来韓国政府と内々交渉をしておりまして、現在もまだ交渉中でございますが、韓国政府側としてもだんだん理解を示してまいりました。韓国の経済がだんだんよくなってまいりまして、国の余裕も出てきたということだと思うのです。元来、これは両国政府の間で基本条約及び協定がございまして、こういう人たちは文句なしに韓国が受け取るべき人たちでございますが、向こうが何とか言って受け取らないので、こういう現象が起きてきている。やはり国と国との関係は、条約及び協定によって、国と国の正式な約束によって律せられるべきものであると思いますので、それに基づいて、われわれとしてはそれを正しい姿に戻すべく交渉中でございまして、だんだん改善の方向に向かうものと思って期待している現状でございます。
  203. 飯田忠雄

    ○飯田委員 私がこの大村の問題を持ち出しましたのは、大村に入っておる人たちを韓国に送り帰さないでおるのはおかしいではないかということを申し上げたのではないのです。あの大村に収容されておる人の中にも、日本で暮らさせた方が本人のためになる人もおるし、そうでない人もおるでしょう。しかし、一般的に言いまして、韓国が喜んで受け取るような人はほとんどいないというのが現実だろうと思います。そこで、むしろこの大村収容所に入りまして、自分を改造して非常によくなって、しかも親がこちらに住んでおる、そういう人たちにつきましては、特別の御考慮をしていただく、そういう認定基準はないのだろうか、こういうことをお尋ねしたわけであります。
  204. 吉田長雄

    ○吉田政府委員 不法入国とか不法残留という人たちは相当な数おられるわけでございまして、これはわれわれ審査いたしまして、法務大臣の特別許可ということで、いま手元にございませんけれども、大体七、八割ぐらいまでは許しておるわけでございます。それで、あとの、いよいよこれはもうどうにもならないという人を大村に送っているわけでございまして、また韓国側にも受け取ってもらいたいという要望をして、韓国側もだんだんいまのような事情がわかって、それでは受け取りましょうというところまで大体来ているわけでございますけれども、一応国と国の関係というのは条約とか協定がございまして、それで律していくべきものであると私は考えておりまして、それを逸脱したやり方というものは、それではなぜ国と国が約束したのかというその基本を壊してしまうという結果になると思うのでございます。したがいまして、国と国の条約とか協定というものはあくまで尊重していくべきものである。もちろん、その条約、協定の適用について、十分人道的な立場も考慮して、法務大臣としては相当な部分許している。しかし、いろいろなことで許せないのがいま大村に入っている、こう御承知願いたいと思います。
  205. 飯田忠雄

    ○飯田委員 大部分の方はそうかもしれませんね。ただ、私ここで一つの例を持ち出しますが、私が持ち出す人は、未成年当時に日本犯罪を犯しまして少年院に長く入っていた。ちょうど八年の刑を受けまして、五年目に仮出所させられまして親元へ帰りました。帰りましたのですが、そういう人は、頭からこれは悪い男だから韓国の方へ帰すんだということで大村収容所に入っておると思います。しかし、この人は少年院におる間に非常に修養しまして、ある宗教の感化を受けまして人間を非常によくしてきておる。現在大村収容所でも非常に愉快に——中に入っておるということについては不平は言うていないのです。ここで自分を鍛え直すんだということで喜んでやっておる。ここで何年かおる間にいつかはまた許してもらって親元に帰れるだろう、こういうことでそこに一縷の望みを見出してがんばっておるわけです。その望みを断つときに、やはり人間としてはだめになる、私はこう思います。いまここに手紙もありますけれども、手紙を読む余裕がありませんので読みませんが、そのような本当に改善をしておる人でも、外から見ればこれはならず者だというふうにしかとられない場合があるわけです。といいますのは、日ごろから触れていなければその人の心も性質もわかりません。ただ過去において、未成年のころに刑法犯、刑法上の犯罪を犯した、これはけしからぬ、それだけの観念で処理をされますと、せっかく立ち直る人間がだめになってしまう。そういう点もひとつ御考慮をいただきまして——これは個別的な問題だと思うのです。一般論ではだめなんです。個別的な問題として、そういうような場合には特別のお計らいをできるような一体基準があるのでしょうか。認定基準はございますか。
  206. 吉田長雄

    ○吉田政府委員 ただいま基準があるのかという御質問でございまするが、これはケース・バイ・ケースに審議いたしておりまして、人間社会の現象というものはなかなか一口で律せられない面がございまして、これは基準を設けることによってかえって弊害が出る、自動的にいろいろなことが決まってしまうので、私たちの方といたしましては、むしろ個別的に慎重審議をやるという立場をとっております。  それで、ただいまの例のお話でございますが、これは先ほども申し上げましたように、韓国政府との間で、こういう人たちは韓国政府は一人も受け取っておりませんので、それはやはり協定違反でございますので、そのことについて目下話し合いが進行中でございまして、個別的にやはりわが方としても再検討して、結果的には将来許可する人もあるだろうし、これはどうしても韓国側へ帰ってもらわなくてはならないし、また韓国政府も、しからば受け取りましょうという者も出てくると考えております。
  207. 飯田忠雄

    ○飯田委員 私の持ち時間が参りましたのでこの辺でやめますが、出入国管理令という法律がいままで本物の法律にならなかった理由はいろいろあると思います。どうか、この本物にならなかった根本的な理由はどこにあるかという点を御研究願いまして、一日も早く法としての体制をとっていただくようにお願いをいたします。今日のこのままの出入国管理令では、私はどうも憲法に違反する疑いがある、こう思えてなりません。ここで憲法違反の疑いだと言いますと、いままでのことが無効になりますので、あえてそういうことは申しませんけれども、こういう疑いのあるものはいつまでも残しておかない、そして野党もみんなが賛成できるような出入国管理法をつくっていただきたいと思います。よろしくお願いします。
  208. 吉田長雄

    ○吉田政府委員 ただいまの先生の御発言でございますが、法務省といたしましても、過去四回にわたり入管令の改正を提案した次第でございまして、残念ながら与野党間の合意が得られない、一回も審議なしに審議未了ということに四回なってしまっておる、この現状が改まらない限り、私率直に申しまして非常にむずかしいことだと考えるわけでございまして、先生方の方も、何が一番国家のためにいいのかということをひとつお考え願いまして、われわれもいつも——ここにおります藤岡官房参事官はそのものを担当して日夜勉強しておりますので、いつでもまたそういう御検討には応じたいと思っております。
  209. 飯田忠雄

    ○飯田委員 最後に一つだけ。  この法律の問題は外国人処遇の問題でございまして、外国人をわが国がどのように処遇するかということになるだろうと思います。これは何も犯罪人だけじゃなくて、この問題は普通の人を処遇する法律ですので、それが多いですから、そういう点で、先ほど例に引きましたのですが、国際人権規約の精神、こういうものも十分考慮されまして、外国人処遇を考えていただきたい、こう考えるわけです。  この点につきまして、私、事務当局の御意見よくわかりました。大臣の御意見、いかがでしょうか、一口だけお願いいたします。
  210. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 出入国管理令、先ほど来飯田さんから御指摘があるように、ちょっと妙なかっこうに経過ができておるわけでございます。しかし、これは占領から独立に至る間の特別の措置としてああいうふうになっておると思いますが、いずれにいたしましても、たびたび御説明いたしておりますように、過去四回も、改正をする必要がある、こういうことで国会にお諮りしましたが、御承知のようなことで今日まで成立しておりません。  そういう事態があるものですから、法務省としてもいろいろ各方面の今日までの御意見等も考慮に入れながら検討を進めておるわけでございますが、国会の方でもぜひ、いま御指摘のような問題がある法律でありますから、できれば速やかにこういう疑念のないわが国の法律にするようにひとつ御協力を願いたい。われわれ法務省といたしましても、できれば早く改正案を出したい、こういう考えでございますが、過去四回も見過ごされてきたという経験があるものですから、うかつには国会に提案できない、こういう立場にあることもまた事実でございます。しかしそれだけではいけませんから、できるだけ早く提案をいたして皆さんの御同意をいただきたい、かように考えておるわけでございます。
  211. 飯田忠雄

    ○飯田委員 どうもありがとうございました。
  212. 鴨田宗一

    鴨田委員長 正森成二君。
  213. 正森成二

    ○正森委員 私は、大須事件につきまして、検察行政の観点から伺いたいと思います。  それで、刑事訴訟法の第一条には「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うじつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」こうなっております。刑事訴訟法が事案の真相を明らかにするということを一つの大きな目的にしていることはきわめて明らかなことであります。  そこで、法務大臣に伺いますが、憲法の三十七条の二項では「刑事被告人は、すべての誰人に對して審問する機會を充分に與へられ、又、公費で自己のために強制的手續により證人を求める権利を有する。」となっております。この規定は、実体的真実を発見し、かつ被告人の基本的な権利、人権を守るためには、事案の真相を解明するのに必要な証人というものが裁判所に喚問されて審問される機会が与えられなければならないという観点から、先ほどの刑事訴訟法の第一条を実際的にも保障する人権の一つとして規定されたものだというように思うのですが、いかがですか。
  214. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 おっしゃるとおりだと思います。
  215. 正森成二

    ○正森委員 そういうように大事な証人が何らかの理由によって証人として呼ぶことができないというようなことになりましたら、これは被告人にとって非常な不利益を受けることになるというように思うわけであります。  そこで、以前に、昭和五十年の二月の十二日に当法務委員会におきましてわが党の青柳盛雄議員が質問をされたことでございますけれども、大須事件で清水栄という警察官がおります。この警察官は事件が始まりました最初の第一発のピストルを発射したというように言われている人物であります。ところが、この人物が数回にわたって証言はいたしましたけれども法廷でなお聞くべきことがあるということで、被告からも証人喚問をされたわけでございますが、昭和三十九年に行方不明になっておるということで呼ぶことができないわけですね。  そこで、すでに青柳議員がお聞きになっておりますので、私から詳しくその経過を申し述べることは省略いたしますが、法務省当局から簡単な経緯及び現状について御説明願いたいと思います。
  216. 河上和雄

    ○河上説明員 お答えいたします。  いま正森委員がおっしゃいましたように、重要な証人の一人であります清水栄証人が三十九年に書き置きを残しまして家出して、それ以来、検察庁あるいは警察当局にお願いしましてずっと所在を捜査しておりますが、現在に至るまでどこにいらっしゃるのかわからないというのが実情でございます。
  217. 正森成二

    ○正森委員 青柳委員質問に対しまして安原刑事局長、当時の刑事局長ですね、現事務次官が答弁されておりますが、警察にも捜査を依頼したという御答弁があるわけですね。それで、警察としてはこの清水栄についてどういうように承知しておるか、改めて説明を受けたいと思います。
  218. 依田智治

    ○依田説明員 警察としましては、清水元警視が昭和三十九年十一月十四日、家人あてに後のことはよろしく頼むということの書き置きを残しまして失踪したという届けが同年の十一月二十四日に妻のあきさんから所轄の北警察署にあったわけでございます。警察としましてはすぐ、専門用語で家出人ぶれと言っておりますが、写真を載せた手配書でございますが、そういうものを六千枚程度刷りまして、特に愛知県内、それから本人の本籍地が長野県境でございますので、そういう方に行っている可能性もあるということで、そういうところに特に重点的に配ったり、親戚、知人、友人等もいろいろ手配して捜したわけでございますが、今日に至るも消息がない、こういう状況でございます。  また、年々警察では蒸発した人間を捜す運動とか、集中的に変死人その他いろんな調査をしておりますが、そういう場合にも奥さんにも御足労いただいて写真その他いろいろ見ていただいているわけでございますが、いまだに消息がわからない、こういう状況でございます。
  219. 正森成二

    ○正森委員 われわれの調査によりますと、この清水栄という人は、昭和二十八年一月十二日に名古屋市警の少年課長を退職しました。当時は警視でありました。その後、尾西市の渡玉毛織と言いまして渡辺春彦という人が社長をやっておりますけれども、この渡玉毛織の総務に勤務をされておった。この渡辺社長というのは当時は県の公安委員長だったといいますから、警察の関係で就職をしたということは間違いのない事実であります。その後、昭和三十七年には小牧自動車学校というところに校長として就職をされました。御承知のように、自動車学校というのは公安委員会と非常に密接な関係がありますから、ここでもやはり警察関係者のいろいろの世話で就職をしたであろうということがうかがわれるわけであります。その後、それよりやや後に庄内自動車教習所というところに職をかわられました。ここでも所長というのですか、責任者をしておられたということを言っておるわけであります。現にそこへたまたま自動車の免許を取りにいった人が、これは大須事件の被告の一人でありますが、偶然会って、あなたはこんなところにいたのかと言ったら非常に驚愕したということがわかっておるわけです。その後間もなく、三十九年におられなくなったということに大体の経緯がなるわけです。そうしますと、三十九年に失踪されるまでは一貫して警察関係者の紹介によって就職をしておられたということになりますと、警察が五千枚ですか、身元捜査の写真を送られたというだけでそのままにしておられるということは、憲法上の権利からいいましても、長い間裁判で抗争しておる被告人にとってこの証人を審問する権利というのが十分に守られていないということになると私は思うのです。  そこで、ここら辺までは前に青柳さんも質問されておりますので、私はさらに突っ込んで質問をさせていただきたいと思います。といいますのは、三十九年に書き置きをして行方がわからなくなったわけですが、もちろん病気で死んだわけじゃない。ところが、その後昭和四十八年十二月三十一日に、弁護団の一人で高木輝雄という弁護士と名古屋の救援会の谷口久男という人が、妻のあきさんのところに会いに行っておるわけであります。そういたしますと、四十一年ごろに、つまり行方不明になりましてから二年たってから一度戻ってきて、十日間ぐらいでまた出て行ったということを言っておるわけでございます。そうしますと、これは蒸発しましたといっても一たん帰ってきたわけですから、現在も生存している可能性が非常に強いわけです。これには補強証拠がございまして、富子という四女がおりますが、その四女がやはり、父は出たけれども一たん帰ってきたということを証言しているわけです。それで、三女の照子という人も、当時関係者が会いに行きましたら、一回いなくなって、その後また帰ってきたということを言っておられるわけですね。つまり、家族の中で妻のあきさんと四女の富子と三女の照子というのが、いずれも四十一年に一たん帰ってきたということを認めておるわけですね。そうしますと、本人がなお生存しておる可能性は十分にあり得ると言わなければならないと思うのですね。それで、この点について、検察当局は恐らく警察当局に調べてもらうということになると思いますので、警察の調査課長に伺いますが、こういう点について調査をなさったことがございますか。
  220. 依田智治

    ○依田説明員 ただいまお尋ねの点でございますが、これは前回の、先ほど先生の言われました法務委員会の際にもちょっと話が出ておったようなわけでございますが、当時、愛知県警で詳細に奥さん等から事情を聞いたのですが、その際にも、そのような事実については確認してないということでございます。したがいまして、警察の方としましては、本人が四十一年ごろ、一たん十日ぐらい帰ったということについては、現時点では全然確認していない、こういう報告をいただいております。
  221. 正森成二

    ○正森委員 警察がそういうように言っておりますけれども、私の方で今回質問するのについて、前回の青柳先生のときには、私も記録を拝見しましたけれども、高木輝雄弁護士であるとか、あるいは谷口久男名古屋救援会の役員であるとか、そういうことは申し上げていないのですね。ですから今回は、現に会った、しかもその会ったという人は四十八年の十二月三十一日に妻の現住所であきさんに会ったという日時まで言っておるわけですね、そのときに、四十一年ごろに一たん戻ってきて十日間おったということを言っておる。同じころに三女と四女に会っても同様の言明を得ておるということになるわけですから、その点についてはやはり警察に調べていただくか、あるいは検察当局が、これは公平な裁判をするという観点で、自分に不利益な証人を隠しておるなどという痛くもない腹を探られないためにも、できれば関係者に聞いていただいて、そして調書を取るなどして、法務委員会検察行政一つの問題として報告をしていただきたいというように思うのですが、いかがですか。
  222. 河上和雄

    ○河上説明員 清水栄さんの御家族の方に実は検察庁独自でも、いま正森委員おっしゃった四十八年十二月三十一日以後にも接触はしておりますが、残念ながら行方がわからないということでございまして、証人を隠すというようなことはあり得るはずもございませんし、十分続けて捜査をしている、こういうふうに御理解をいただきたいと思う次第でございます。
  223. 正森成二

    ○正森委員 証人を隠すなどというようなことはあり得るはずがない、こういうことを河上公安課長が言いますので、それは言葉どおり信じたいのですけれども、しかし、言葉はいけませんが、警察、検察には前科がありまして、松川事件のときに諏訪メモを長い間お隠しになって、そのために被告側がえらい困ったということがあります。あるいは警察では、菅生事件について、戸高公徳という現職の警察官がダイナマイトを仕掛けた、そのときに市木春秋というようなふざけた仮名を使って、当時問題のありました大分県の村に出入しておった、その人間は、警察官がずっとかくまっておったということで、あるマスコミ社が発見をして、それで問題が大きくなって、一審では有罪になったのに二審では無罪になったということになるわけですから、あなた方が、ふだん通常の事件では証人を隠すはず等はございませんという言葉はそのまま信用したいのですけれども、事公安関係事件が絡んでまいりますと、しばしばとは言えないかもしれないけれども、かつて証拠をお隠しになり、証人をお隠しになったという前科があるわけですね。ですから、本件につきましても、われわれとしては、十分にお調べになっているかどうかという点について疑問を持っておるわけです。  その幾らかの符合する点をさらに申し上げますと、たとえば昭和五十一年の四月十日、つまり四十八年の十二月三十一日に高木輝雄弁護士が会いに行ったのですが、その後、五十一年の四月十日に救援会の川村という人が再度あきさんを訪問しておりますね。そして、このときの会話については録音テープがあるわけですけれども、その録音テープを全部を起こしてみますと、青柳議員が質問されました昭和五十年の二月十二日の前の二月八日ごろには、失踪宣告をしてほしい、もう行方不明になってから七年以上になりますので、そういう申し立てが出ていた。そうしますと、青柳議員の質問があるということになりますと、それをお取り下げになっているんですね。その後、昭和五十一年にまた失踪宣告の申し立てをされまして、昭和五十二年には失踪宣告が確定してしまっているという複雑な関係があるわけです。当時は、失踪宣告が出ているということは知っておりましたけれども、取り下げをしているという点なんかは十分に承知しないで行ったわけですね。そうすると、その中で「大須事件がひっかかっておりましたでしょう。ですから、二月二十日でしたでしょう、出したときに、そこで私に、二月の六日か七日に来たのですけれども、一遍取り下げたんです。」これは本人のしゃべったとおり録音に入っていますので、意味がよくわかりませんが、つまり、二月の六日か七日に一たん出したのだけれども、二月二十日に取り下げたということを言いまして、そして、それは大須事件がひっかかっていて取り下げたとおっしゃるのかという意味のことを聞いたら、その後で「そういうわけではないんですけれどもね。まあ恩給ももらっておりますものでね。」ということで、恩給関係のこともあるので取り下げたという意味のことを言っておるんですね。  そこで、恩給関係の方、来ておりますか。——この清水栄について、本人の恩給関係はどうなっているかということを御承知なら承知していると答えていただきたいし、承知していないとすれば、この録音テープ全部は長いですから読みませんけれども、一たんは恩給をもらっておりましたのが、余り長い間いないので、本人としてもらえなくなって、そして失踪宣告が確定すれば、今度は家族に二分の一出るというので失踪宣告をしたんだというように受け取れる発言をしておられるわけですね。そこで、恩給というものは大体そういうものなのかどうか。つまり、本人に受給資格があったけれども、長い間本人が行方不明だということになれば、本人としては恩給はもらえないで、家族がもらおうとすれば、失踪宣告をしたら二分の一だけもらえるんだというようなことになるのか、一般論としてお答えいただいた上で、この清水栄についてはわからないということであれば、調査をした上で、清水栄の恩給関係がいつから出て、いつまでは全額が出ていた、いつからもらえなくなったとか、いつから二分の一もらえるようになったとか、そういう点を調べ委員会に報告をしていただきたいと思うのですが、いかがですか。
  224. 手塚康夫

    ○手塚説明員 急なお話でございましたし、いまお話を初めて伺ったところでございます。したがって、当該個別案件につきまして、私ども現在手元に何も資料がございませんので、細かい点はお答えできません。  ただ一般論といたしまして、普通恩給の場合、本人がもらうのが原則でございます。その本人が失踪ということでいなくなりますと、これは受け取ることができないわけでございます。ただ、御本人が亡くなった場合には遺族に扶助料が行く、これは二分の一行く原則ということになっております。したがって、長年月失踪の場合には、法的に失踪宣告という形で、死亡と推定いたしまして、それで扶助料を出す、こういう仕組みになっております。
  225. 正森成二

    ○正森委員 私がこのことを申しましたのは、二遍目に失踪宣告の申し出が出まして、昭和五十一年の家第五百八十九号で、昭和五十二年二月一日付で失踪宣告の審判が確定したというのが公告に載っているわけですね。そこで、そうなりますと、これは死んだということで戸籍からも抹消されますので、もう証人として呼んでも仕方がないというお答えが出るかと思って申し上げたわけです。  つまり、昭和五十一年の四月十日に救援会の人が行って聞きましたところでは、録音を読みますと、「まあ恩給の関係がありますもんでね。恩給の方でも、私いま恩給停止になっておりますもんでね 早く、恩給局からね、早くあの扶助料をもらえるように手続した方がよろしいとおっしゃったもんでね。その関係でね、早くしましたんです。」こう言っておるわけです。それからしばらくおいて、「本当は半額もらえますけどね、だけど手続しないことには、証人が出ぬことにはもらえぬでしょう、その関係でね、しましたです。」こうなっておるのですね。つまり、七年たっていますから法律的には失踪宣告が出せるのでしょうけれども、このやりとりから見ますと、直接の動機は、本人がもう死んでしまったということの確信に基づいて行っているのではなしに、恩給停止になっておるから、手続をすると扶助料が半額もらえるから、恩給関係の方から言われて、あるいは警察かもしれませんが、言われて手続をしたのだというように受けとれるわけですね。したがって、経過はいま調べるとおっしゃいましたね。
  226. 手塚康夫

    ○手塚説明員 経過は、先ほど申し上げましたように現在手元に持っておりませんので、帰りまして調査をして、わかり次第御報告したいと思います。
  227. 正森成二

    ○正森委員 恩給局は調べるとおっしゃっていただきましたが、警察、検察庁に重ねてお願いしたいと思うのです。つまり失踪宣告が確定しましたから法律的には死者になっておるわけですけれども、その失踪宣告の申し立てをする動機がこういうものであるということになりますと、遺族の動機としては扶助料がほしいということであって、死んだということの確信を持っているわけではない。年齢も、いま生きておられるとすれば六十八歳ぐらいですから、必ず死んでしまっているという年でもない。しかも私が申し上げましたように、四十八年に調査したときには、四十一年に十日ぐらい帰ってきたということはその妻及び三女と四女が明言しておったことであるということになりますと、本人として、本人というのは被告人ですが、なかなかあきらめ切れないということは当然であろうと思いますので、少なくとも関係者に聞いていただいて、その調書をとっていただくかあるいは国会に報告をしていただく、できれば調書をとっていただくということが望ましいと思いますが、法務大臣、いかがでしょう。     〔委員長退席、保岡委員長代理着席〕
  228. 瀬戸山三男

    瀬戸山国務大臣 被告人に対して有利だと思われる証人を警察なり検察庁が隠しておるというような疑いがあるという御発言でありますが、そういうことをわれわれは信じたくありません、しかし、先ほど来いろいろの事実関係があったようなお話がありますので、そういう点は、清水さんの奥さんやそれから子供さんが二人会ったというような事実が述べられましたから、そういう点を含めて、あるいは戸籍上現在どうなっておるか、そういうものもあわせて調査することにいたします。
  229. 依田智治

    ○依田説明員 警察の方としましても、一昨年の二月一日失踪宣告が確定したといいましても、やはり本人の所在については重大な関心を持っておりますので、現在でも所轄警察署等が巡回連絡の際には立ち寄って、何か手がかりはありませんかというようなことは申しておりますし、その他いろいろ継続して本人を捜査するということは努力しておりますので、その点御報告しておきたいと思います。  なお、先ほど御指摘の中で清水警視の経歴で、いきなりやめて公安委員長の経営しておる毛織会社にすぐ入ったというお話でございましたが、当方で調べたところでは、二十八年二月に退職して、これは依願退職、家事都合ということで退職しておりますが、間もなく名古屋の製糖会社に就職して、どうも仕事が思わしくないということで若干ノイローゼぎみになって一年くらいで一たんやめた後、先ほどの会社に入った、こういうような状況でございます。  なお、これは先生にこういうことを申し上げるとあれですが、菅生事件につきましては、判決等で、戸高氏が交番に仕掛けたというようなことについては、そんなことは出ておりませんで、現在も警察庁に勤務しておって、当時その点については有罪とするに足る証拠がないということで無罪になっておりますので、その点ひとつよろしくお願いしたいと思います。
  230. 正森成二

    ○正森委員 判決は被告人を無罪にすればいいので、被告にもなっていない人がやったとかいうことを確定する必要はないわけです。しかし、戸高公徳氏の存在が非常に大きな理由になって、一審で有罪であったものが無罪を言い渡さざるを得ないようになったということはもうきわめて明らかで、たしか上告もしなかったわけでしょう。ですからそのことを指摘しておきたいと思います。  さらに御参考のために申し上げますが、一番新しい調査では、五十三年二月十八日に清水幸雄という町会議員が一緒になりまして、清水勇という栄の実兄がおりますが、そこへ調査に行っております。     〔保岡委員長代理退席、委員長着席〕 その調査によりますと、昭和三十九年に行方不明になりましたときには、公安委員のところへ行くと言って出て行ってそのまま行方不明になった、こう言っているのです。その公安委員というのは県会議員の林清一さんという人で、昭和三十五年に公安委員に就任をしておるわけですね。四十年まで公安委員であった。残念ながらこの方は現在もう死亡しておられます。ですからその真偽のほどは確かめられませんけれども、ともかく公安委員のところに行くと言って出て行って、そのまま行方不明になった。当時は自動車関係の学校の校長であったということを言っておるわけです。  それから家族の証言によりますと、大須事件の後、本人は性格が一変して人が違ったようになった、こう言っておるのです。私たちは、このことは、彼が真っ先に発砲してその弾が十八歳の朝鮮人の少年に当たって死亡したという事実から非常なショックを受けたということだけでなしに、同時に彼が自分の意に沿わない証言をせざるを得ない立場に置かれたということにもよるものではないかという疑いも持っておるわけです。そういう疑いを晴らすといいますか真相を明らかにするには、やはり清水栄の所在をはっきりと確かめる。もし死んだなら、それはどこで、いつごろ死んだのだろうかということがわかることがきわめて大切だと思いますので、法務大臣から御答弁がございましたから大丈夫と思いますが、関係者についてできれば調書をとっていただく、そして国会へ報告していただく、恩給局は恩給の関係について調べて報告をしていただくということを重ねてお願いしたいと思います。よろしゅうございますね。
  231. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 調書をとってお出しをするというようなことが適当かどうかわかりませんが、本日の問答を検察当局へしかと伝えることにいたします。
  232. 正森成二

    ○正森委員 それでは、もう一つの問題について質問をさせていただきたいと思います。  大須事件というのは非常に奇妙な事件でございまして、大須球場を出ましたデモ隊がわずか二百メートル行くか行かないかの間に、春日神社というところを出発いたしました警官隊、特に山口中隊というのがございまして、その発砲制圧によって二、三分でデモの体をなさなくなったという事件なんですね。当時、警察は鑑識関係の警察官を、これが二名とも言い四名とも言うのですが、配置いたしまして写真を多数撮った。ところがその写真はどういうわけか、専門の警察官であるのにどれもこれも全部写っておらないということで、マスコミ関係者から写真を集めて、そして当時の現場の状況裁判所に提出したという非常に奇妙な事件になっておるのです。私、この間アメリカへ行ってまいりました。三十枚ほど写真を写したのですが、腕が未熟なもので、半分しか写っていなかったのですけれども、これは正森という写真のへたくそなやつが写したのだからというのでどなたも御納得いただくと思うのです。ところが、鑑識係で夜でもいつでも写るような装備を持っておる者が複数出動しておって、その写した写真が一枚も写ってなくて、マスコミから関係の写真をもらって裁判所へ提出するなんということは非常に異常なことなんですね。そのことから、これは実際は、いろいろ鑑識係が写真を写してみたけれども、デモ隊が先制的に暴徒と化していろいろの行動をしたという関係の写真がきわめて少ないかあるいは存在しないがために、逆にマスコミからもらった写真のうち適当なものを出しておるのではないかという疑いが非常に強いわけなんです。それが証拠に、マスコミが所有しておられて従来写真には出ていなかったもの、この中には、清水栄とおぼしき人間がまさに拳銃を抜こうとしておるというものであると弁護団が主張しておる写真がマスコミの提供によって出てきたということで、最高裁判所証拠申請をするということになっておるのですね。これは出所もはっきりしておりますし、証拠調べがもしあるとすればされるだろうと思いますので、私はこの点については触れないことにしたいと思うのです。ただ、私が申し上げたいのは、こういうように一枚の写真であっても、当時の状況を明らかにするために、通常証拠調べをしない最高裁判所証拠調べの請求をするというようなことになっておる場合に、どうやら警察が持っておる写真をまだ十分に提出していないのではないかという疑いのある事実が出てきたわけですね。  そこで、この問題について警察及び法務省当局に質問をさせていただきたいというように思うのですが、それは、すでに御承知のことであろうかとも思いますけれども、警苑という警察の雑誌があるのですね。その雑誌の昭和二十七年八月号というのに写真が載っておったわけです。ところが、その写真が大須事件関係の写真ですから、なぜこの写真が載ったのだというように聞きましたら、それは実はあるマスコミから提供を受けたのだというようなことを言っておったわけです。そしてそれはもう存在しないというふうに言っておったのが、その後、ここに私は写真だけを持ってきておりますけれども昭和三十五年七月に発行された名古屋市警察史という本があるのです。その名古屋市警察史という本の中にそれと同じ写真がまたまた載っておるのです。ところが、昭和二十七年八月の警苑に載った写真よりも約三分の一くらい大きくなっているのです。つまり昭和二十七年八月には載っておらなかった写真が、昭和三十五年七月に発行された名古屋市警察史というのには載っておるということになりますと、昭和二十七年八月の写真をそのままここへ載せたのだということではなしに、そのときには載っていなかった部分の写っているより大きい写真が載っておるわけですから、この写真のネガが存在をしたということを客観的に証明しているのではなかろうか、こう思われるわけです。そうしますと、警察官というのは、こういうように実は写真を何枚か持っておるのだけれども、自分に不利と思われる写真についてはネガがないということで出さないのではないかという疑いが、長い間苦労している被告弁護団から出てきているわけで、これはある意味では当然のことだと思うのです。  そこで、この名古屋市警察史に載っておる写真のネガ、これは昭和二十七年八月の警苑に載った写真と同じであって、しかも部分が広がっておるわけですから、そのネガがあるはずである。そのネガをお出しになり、かつ関連の写真をお持ちのはずであるからそれを裁判所に提出するということは当然であると思うのですが、警察はいかがお考えですか。
  233. 依田智治

    ○依田説明員 ただいま御指摘の名古屋市警察史の中に載っておるというのは私ここで初めて聞きましたので、その点実は確かでないのですが、そのもとの警苑につきましては、昭和二十七年八月号に「大須騒擾事件 火炎びんに抗し断固暴徒の鎮圧にあたる」という題名がついて、部隊がずっと火炎びん等をにらんで対峙している写真が載っておるわけでございますが、そういう点もありまして、受知県警の方には、当時これがどういうあれで入手され、現在ネガ等があるならば見せてくれということで、先生の御質問もこういう点にも及ぶのではないかということで、今回もいろいろ責任を持って調べてきたのですが、現在そういうネガ等がない。当時編集しておった方がまだ幹部等でおりますので、その方々に当時の事情をいろいろ聞いていただいたのですが、当時残念ながら鑑識活動は今日ほど発達しておりませんでしたので全部失敗して、大体報道関係とか一般の方々から提供を受けたような写真をいろいろ利用させていただいておる、しかし、それについても現在ネガはない、こういう状況でございます。したがいまして、この三十五年七月の写真がどういう経路でここに載ったのか、この点については私現在承知しておりませんが、しかし、そういうものも含めたネガが現在愛知県警には残っていない、こういうことでございますので、その点報告させていただきたいと思います。
  234. 正森成二

    ○正森委員 念のためにこの写真をちょっと見ていただきたいと思うのです。大臣局長も一緒に見ていただけますか。
  235. 鴨田宗一

    鴨田委員長 速記をとめて。     〔速記中止〕
  236. 鴨田宗一

    鴨田委員長 速記を始めて。
  237. 正森成二

    ○正森委員 それでは、速記に載るように申し上げたいと思いますが、いま大臣局長、警察関係者あるいは委員長に写真をお見せいたしましたように、昭和二十七年八月の警苑に載っております写真には、左の方の部分が余り写っていないですね。ところが、それから八年たちました昭和三十五年七月の名古屋市警察史には、八年前に載っておらない写真が明白に載っておる。しかも同じ写真によるものだということは一見して非常にはっきりしているわけですね。そうしますと、昭和二十七年に紛失したのじゃなしに、三十五年には少なくとも写真が存在した。警苑だけが存在して写真はなくなっていたということは絶対にあり得ない。昭和三十五年にも写真そのものがあったか写真のネガがあったということでなければ、警苑からの複製によっては昭和三十五年七月の名古屋市警察史の写真は出てこないものであるということは論理上当然なんですね。いまの警察庁の調査課長の答弁によりますと、名古屋市警察史という点については愛知県警に聞く場合にも言うておらなかったということですから、あるいは言ってもネガがない、写真がないということかもしれませんけれども、名古屋市警察史にこういうものが載っておるという本日出た事実も踏まえて、改めて愛知県警に写真あるいはネガの存在その他関係写真があるかないかということについて御調査願いたい。その結果を御報告いただきたいと思いますが、その点はよろしゅうございますか。
  238. 依田智治

    ○依田説明員 ただいまの事実関係、私もいまここで知った関係でございますので、調査しまして御報告したいというふうに考えております。
  239. 正森成二

    ○正森委員 それでは、私は、係属中の事件でございますので、検察行政あるいは警察行政という観点から伺って、多少気を使いながら質問したわけでございますけれども、いま私どもが憲法上の権利や刑事訴訟法上のあり方という点を踏まえまして、しかるべき大事な証人はやはり呼んでもらわなければならない、そのためにしかるべき調査はしていただかなければならない、また、重要な現場証拠と思われる写真が非常に不明確な点があるという場合については、それは調査していただきたいということを申しましたので、その点について警察から答弁がございましたが、特に法務省は検察行政を見ていく立場にある役所でございますので、いやしくもアンフェアであるというようなことが言われないように、そういう点について、あるべき資料というのはよく調査をして出していただく、あるいは国会にその結果を報告していただくということについて再度お尋ねいたしまして、私の質問を終わらしていただきたいと思います。
  240. 伊藤榮樹

    伊藤(榮)政府委員 ただいまの点も検察当局によく申し伝えたいと思います。
  241. 鴨田宗一

    鴨田委員長 次回は、明後二十四日金曜日午前十時理事会、十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後三時三十二分散会