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三神参考人 三神でございます。
これまで、
実務家、実際家の具体的な当面の施策に対する御指摘あるいは要望などがございました。私は、
立場上、いわばごく常識的な一般論あるいは抽象論ということになるかと存じますが、御了承願います。また、全体の趣旨においては、これまでの各
参考人の御発言、御趣旨とそう大きな違いもあるまいと存じますが、したがって、五十三年度畜産物
価格はどうあるべきかというような
意見を申し上げることができにくいのでございます。
ただ、今日の畜産物、畜産
生産、牛乳、牛肉あるいはその他の停滞というものの姿を見ておりますと、どうも古いことを思い起こします。つまり、
先ほど来
お話がある米の過剰という問題は、実は戦前にも幾たびか過剰は経験しておりますけれ
ども、それでは全
国民が満ち足りて米を食べておったかというと、むしろそうではなくして、戦前長きにわたって米は絶対的な不足の時期を経過し、戦後、恐らく四十年代に至って、ようやく
国民あまねく米が三度三度十分に食べ得るというようになったのだろうというふうに感ずるわけでございます。
つまり、今日畜産物の
消費において、
消費者一般はその潜在需要はなかなかに旺盛なものがあるにかかわらず、相対的に
価格が家計負担において高いということから、今日の大きな需要の停滞を招いておるのではなかろうか、こういう感じがいたしますし、また、今日米の減反というものを
一つの象徴的な事柄として、食生活は著しく変革しつつある、変革のまさにさなかにあるというように私
どもは
理解をいたします。
一例を述べますと、戦前は、栄養カロリー量の七、八〇%を米を給源として得ておったが、今日に至りますと、一日
国民一人
当たり二千五百カロリーの中で、おおよそ米の供給するカロリー量は三分の一、言いかえますならば、かつて主食であり副食であった米が、むしろ副食の地位も失っておるという比喩的な言い方もできようかと思います。したがって、その残るところのカロリー量、米によらないところのカロリー量は六〇%を今日すでに超えておる。さらに米の
消費は微減をしつつあり、そして、主として動物たん白、畜産物を供給源とするカロリー構成への転換という姿を示しつつあるということは、これはまさに食糧
消費構造の構造的な変化と言ってよろしかろうと思いますし、まさに今日そういうさなかにあるのだろう。いわゆる畜産物の
消費の旺盛な潜在需要というのは、こういうところに構造的にあり、これからも当然のこととしてそれは続いていくものであろう。にもかかわらず、後に申し上げますように、今日
消費者一般が十二分にあるいは相当
程度に畜産物
消費をスムーズに生活の中に取り入れておるのかということになると、必ずしもそうは思われないというふうに感ずるのでございます。
これからの私の短い
意見を要約いたしますと、これまで各
参考人が御指摘になりましたことと重複をいたしますけれ
ども、要するに、今日の政府のもろもろの畜産物
価格支持水準というものは、それは
生産者サイドに立てば、るる
お話がありましたように、まことにお気の毒な水準ではあるのかもわかりませんけれ
ども、しかし、それにしても、その
価格水準は今日ようやく家計の負担のほぼ限界に達しつつあるのではなかろうか、このことが需要停滞の主たる要因となっておるように私には思われてならない、こういうことが一点。
したがって、それでは末端
消費者
価格を安定低位ならしめつつ、一方で
生産者がそれぞれの畜産物作目について十分な収益を上げ、展開をしていくためにはどうすればよろしいのか。これについても、基本的には、幾たびか
参考人が御指摘がございましたように、要するに、非常に困難ではございましょうけれ
ども、
生産者の
価格を、コストを相対的に低からしめていく。相対的に低からしめて、家計負担とのバランスをとり得るような
価格水準を目標として
生産を続けていただきたい。それが、より長期的に見れば、ある時期に至りますとあるいは飛躍的に畜産物
消費の需要を拡大する契機にもなるかもしれないというふうに考えるのでございます。つまり今日、非常に酷な言い方かもしれませんけれ
ども、私
どもは、
生産者方の、
生産者側
委員と申しますか、主としてそういう感じの
方々と同席させていただいており、私もまた心情において
生産者サイドにあると自分自身思っておりますけれ
ども、非常にお気の毒、困難ではありましょうが、
生産物
価格の水準を引き上げるということを期待して
生産をすることよりも、収益、利潤を引き上げるために
生産性を引き上げる、そういうところに関心を持つように
努力をしていただきたいと存じますし、何ほどかの
価格の上昇があるやなしやということの議論は別といたしまして、少なくとも国の政策の方向もそういうところに向けられることがよろしいのであろう、こういうふうに考えます。
そこで、まず
消費者の家計負担について、牛肉、牛乳などを例としてその推移を見ますると、これは総理府の家計
調査あるいは
農林省の統計でございますけれ
ども、たとえば牛肉につきまして、これは
全国全世帯四十五年度から五十一年度に至る推移でありますが、家計の中で牛肉支出金額だけを取り出してみますというと、四十五年度八千四百五十六円であった、五十一年度五年後二万一千九百十一円になっている。購入量はどうかと見てみますると、これは世帯
年間購入量でございます。その世帯といいますと、まず四十五年度
——五十一年度四・二三人、ざっと四人というところで、余り変わらぬと思いますが、四十五年度の
全国世帯の牛肉の購入量は六千八百六十一グラム、五十一年度購入量は八千百五十二グラム。つまり購入量はやはり年々微増をいたしております。とりわけ四十八年、四十九年時点のいわゆる石油ショックを契機にしまして、いわゆるけちけちムードというようなことがございまして、かなりに
消費が切り詰められましたものの、なおかつ四十八年を除いては翌四十九年一二%、五十年一%、五十一年五%というふうに伸びてきておる。この間五カ
年間の伸び率一五%で購入量がふえておる。
価格はどうか、四十五年対比実に二倍半に値上がりをしておる、こういうことであります。
それから、牛乳の方はどうか。これはこの三月の総理府の家計
調査でございますけれ
ども、五十二年まで牛乳の
消費量は、同じく全世帯四人世帯で、四十五年が四十八キロ、五十二年が四十五キロと若干減っておる感じがいたしますが、この推移をたどっていきますと、四十六年四十五キロ、四十七年が四十四・六キロ、四十八年が四十四・四キロ、四十九年四十一キロとかなりに激減をし、五十年四十三キロと低下が続き、逐年一ないし二%ずつ低下をするという推移をたどっております。
この間の牛乳の
価格の推移を見ますると、これは同じく家計
調査で同じ出典でありますけれ
ども、トータルではございませんで一例でありまして、すぐ統計がつながりませんが、東京で一本
当たりの牛乳の
価格の値上がりを見ますると、四十五年の平均
価格が二十三円でございましたものが五十一年には五十二円になっておる。これまた二・三倍に
価格は上昇をしておる。
消費量は逐年わずかながら減退をし、
価格が二・三倍になっておるという姿がございます。試みに十年前を見ますると一本十七円、十カ
年間に小売
価格は三倍余りになっておるという状況があるわけでございます。
以上のような細々した数字を申し述べまして、要約してどういうことを私
ども感じておるのか。つまり、この五カ
年間の家計支出といいますものは、年々の所得の増加ということがございますのでおのずから
消費支出が増加をするということで、四十五年が月額九万八千円、五十一年には二十一万、つまり二・二倍に家計は伸びておるのでございます。所得が伸び、したがって一般物価が上昇する、食料品
価格も上昇する、当然のこととして牛肉、牛乳とともにその
価格は賃金上昇に肩を並べてそれぞれ二倍半もしくは二・三倍という
価格に値上がりをしておるわけでございましょう。なおかつ牛乳
消費量の微減あるいは牛肉
消費量の若干の増加があるということは、言いかえますると、
消費者が
価格高騰にもかかわらず、それまでの
消費量を維持するために相当の支出を費やしてきているんだ、個々の家計において、いわゆる食肉、乳製品、牛乳
消費のための
努力はされておるんだ、にもかかわらず牛肉
消費の若干な増加もしくは牛乳在庫の大幅な貯留、滞留というかっこうになっておりますよということでございましょう。つまり、
消費者の
努力と
生産者の
努力が相互にかみ合いませんところに、それが
価格という形にあらわれて今日の状況を招いておるというのではなかろうかと存じます。
さて、いまのようなそれぞれの世帯の牛肉、牛乳の
消費量とはいかなるものか。
先ほど片柳参考人から御指摘もございましたように、少々細かいことを申しますと、四人世帯、恐らく夫婦子供二人ということでありましょうが、一カ月牛肉七百グラム、一日では牛肉二十三グラム、しかもこれが四十五年に対比いたしまして一五%増加をしておるということであります。
農林省の長期見通しなどによりまするというと、牛肉
消費はこれから六十年に至る間およそ七〇%
程度伸びるであろう、こういうふうに予測をされておりますが、その七〇%伸びるということは、世帯において一日二十三グラムのものが四十グラム弱になるにすぎない、こういうことであります。あるいは牛乳について見ますると、世帯
消費量は一日一本少々、こういうかっこうになりまして、微減でありますがまあまあ五年前とほとんど変わっていない。いささかくどく繰り返しますけれ
ども、牛乳の
価格は、四十−四十五年には三〇%上がり、四十五−五十一年の五
年間に二・三倍に上がる。およそ十カ年、三倍に上がる、こういうかっこうになっておるということでございます。少なくとも、四人世帯において一日二十三グラムの牛肉
消費、一日一本の牛乳
消費、これが過剰であるということにはならぬのだろう。これはさまざま統計的な
調査がございますけれ
ども、どうも感覚的に見て納得しがたいという感じは免れません。
これまでの間に、この五
年間、十
年間、エンゲル係数は逐次引き下がっております。恐らくこれからも下がるでございましょう。つまり、年々の所得の増加に応じてその増加分を食糧に向けることの割合が幾らかずつ低下をしていく。五十二年度のエンゲル係数は、つまり家計の中に占める食糧
消費の割合は二九%余、前年は三〇%を超えておった、こういうことでありますが、これからは逐年エンゲル係数は相対的にわずかながら低下していく、つまり所得の増加分と同じ割合を食糧
消費にふやすということにはなかなかなりにくいということであろうかと思います。これは
消費者が、格別計算をして、理論的にあるいは栄養的に等々を考えてそういう志向をとるのではなくて、国際的にも
国内的にも、きわめて慣習、伝統的にこういう
一つの志向をたどるということであろうと思います。
したがって、畜産
消費の将来というものも、
消費者の家計において見ます限りは、やはりこういう畜産
消費もしくはその支出金額のバランスというものはそうにわかに崩れていかない。にわかに急増もせず急減もせずということが実際では現実なんだろう。そういう現実というものを頭に描きながら、
生産者側がこれに対応していくということにやはりならざるを得ないのではなかろうか。おのずから相当に
生産性を引き上げ、年々コスト低下の
努力をしつつ末端
消費者に対応していくというのが、やはり本来の畜産
生産展開のための基本的な姿ではなかろうか、こういう感じがいたします。
それでは、
価格は相対的に下げるよ、収益は引き上げるんだよ、そういううまい方法はどのように今日あるのか。申すまでもございません、いわゆる畜産を制するは
えさを制するというのが戦前からの
一つのスローガンであるやに聞いておりますが、これまでの各
参考人の御指摘もございましたけれ
ども、
飼料の
自給率を引き上げつつ、それに対応して、個々の適正規模の拡大を図る、あるいは規模の適正化を図るというほかには、特段の奇策というものはないのではなかろうかというふうに私
どもは考えます。
先ほど桜井参考人からも御指摘がございましたが、
農林省の
調査によりますというと、これは五十一年の数字でありますが、
生産費の五七%が
飼料である、家族労働、雇用労働を込みにした二四%、
生産費のおよそ四分の一は労働費である、いわゆる牛の導入、牛の償却費七・五%である、こうなっておりますが、これらの三つの費目を合わせますと
生産費の八九%になります。そして、
飼料のコストに占める割合は六〇%弱ということになっております。そしてこの資料は北海道、内地を含んでおる平均の資料でございましょうから、北海道の場合には当然、その基盤に恵まれたところでは自給
飼料比率はもっと高くなる。逆に内地の場合を考えますと、全面的に購入
飼料に依存している内地の
飼料費比率ははるかに高くなるかと思われる。ごく常識的にそういう推測も成り立つかと思います。
そこで、簡単な算術計算を試みますと、仮に自給
飼料の拡大等によって
飼料費を二割下げることができたとすれば、それは直ちに一二%の
生産費の低下ということになること、きわめて初歩的な計算でございますが、そういう数字にもなるわけでございましょう。
それから、
生産者の飼養規模について見ますと、
全国平均では乳牛で十二頭とは言われますものの、四頭未満が四六%、いわゆる
酪農家といわれるものの半数が四頭
程度の牛を飼っておるということであります。また、肉牛に至っては二頭未満というのが八三%。最近はいわゆる乳雄の
肥育専業
農家がふえまして、はるかに
肥育規模は拡大しておりますから、逆に、こういうきわめて零細な多くの
肥育農家ときわめて少数の多頭
肥育農家とが混在をしておるということも、やはり
一つの問題ではなかろうかという感じがいたします。
この同じ
生産費
調査によりますと、飼養頭数の規模が三十頭までの
酪農家のところでは、牛乳の、
飼料費、労働費、牛の償却費、つまり九割を占めます三つの費目はそれぞれ低下していく。つまり、
生産性が上がりコストが低下をしていくというのが三十頭水準までであります。今日の
日本の北海道、府県を含む
飼料基盤の中でそういうことが可能である。そして同時に、一日
当たり労働報酬あるいは利潤、労賃、地代、資本
利子というものを含めた利潤はやっぱり上がっていくという姿に、これはだれが見てもそうであろうと推測されるような常識的な結果になっておるということでございます。
価格の若干の仕組みないし若干の展望を申し上げたにすぎませんで、政策的な
お話は一向に私
ども特にここで用意はございませんけれ
ども、最近の見聞の一例をちょっと御紹介しますと、
霞ケ浦周辺の開拓地で、一週間ほど前でございましたが、なかなかりっぱな
酪農家のところへ見学に参りました。この
酪農家は、開拓入植
農家でございましたが、戦後の開拓ですから、配分面積も、
酪農専業、畜産専業ということで、かなり多くの配分を持っておられましたが、今日時点で、水田の裏作が百三十アール、草地が百二十アール、合わせて二百五十アール、二町五反の草地基盤を持っておる。
年間の乳量は、これは恐らく五千五百キロというのはほぼ平均もしくは
全国平均を若干上回る
程度の水準であろうと思いますが、
年間一頭
当たり搾乳量が五千五百キロ、キロ
当たり乳価が百四円。この百四円というのは地域酪
農協の中では二、三円高い、つまり乳脂率がよろしい、それから雑菌のランクがきわめて低いということで、良質乳価である数字でございますが、一頭
当たりの
年間の乳代というものを計算すれば簡単に算術できるわけでございますが、五十頭からただいま搾乳しておりますから、
年間の牛乳販売代金は二千七百五十万円ということになるわけです。
お話を聞いてみますと、
飼料の
自給率は六〇%、二町五反あって、内地府県で
酪農を主とする
農家が
努力をなさるというと、六〇%
飼料の自給ができるということ。しかもその牛は、耐用年数はおおよそ平均十カ年だということで、いわゆる搾乳専用というような形で、一腹しぼりというような形で三年、四年で、たったっと牛をかえていく、おのずから投資額は増大をするというような形はとっていない。あるいは一腹しぼりのために、全面的に濃厚
飼料に依存するという形もとっていない。それが、同じ関東周辺の、比較的都市に近いところで十二分に営まれておるという実例を見たわけでございます。仮に、この五十頭搾乳というものを、草面積と頭数を半分に考えましたところで、やはり恐らく自立経営の専業
農家たり得るのだろう、これがそう遠い目標であろうかという感じもいたしたわけでございました。
以上のような、これは今日きわめて数少ない熱心な
農家、後継者の息子さんとお父さんと二人でこれだけの所得、収益を上げておられるという実例を見たわけでございます。ひとつ、こういうところを
努力目標として、
価格の問題もさることながら、もちろん満たされる
価格なくして経営を続ける、拡大をするということは困難ではございましょうけれ
ども、個々の
農家の
方々の目標も、最終的にはその
消費の拡大とともに歩むというような姿でお考えをいただきたい。食糧
消費構造は、向後相当多年にわたって変化をしていく。いま苦労する
努力というものは、先が楽しみなんだということで、耐えがたきを忍んでいただくということもあるいはあってよろしいのではなかろうかという感じがするのでございます。
肉牛について一言だけつけ加えますると、やはり今日、乳雄、その乳雄子牛の
肥育というものは、肉資源の自給力、自給活力、こういうことでございますから、当然のこととして乳牛の飼養、それに伴う雄子牛の供給の安定というものが、とりもなおさず牛肉
価格の安定にも端的につながっていく。その意味では、わが国の食糧
消費構造の中ではきわめて重要なものでございましょう。牛乳、乳牛、肉牛というものはきわめて重要なものでございますが、それらは多様なつながりの中で、ぜひとも向後発展をさせていただきたい。かつはまた、くどいようでございますが、多少
生産者の
方々の御
意見に賛同しつつも、若干の違和感、不協和音をきょうは申し上げたような感じがいたしますけれ
ども、やや長い将来にわたってのわが国畜産の発展を考えるに当たって、私
どもはそういう感じを持っております。
飼料資源の規模拡大ということで、
先ほど幾人かの
方々から、林野の活用ということを申されました。これも多年にわたって私
ども聞いておりますし、それこそがまた
飼料の基盤の拡大については勘どころかなめであろうと思いますから、その点についても国会等の
方々には、ぜひとも奮発をされて、ひとつお取り組みをいただきたいと思っております。
以上で終わります。はなはだ抽象的、散漫な御
意見を披瀝いたしました。どうも失礼いたしました。(拍手)