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参考人(
栗林忠男君) 慶応大学の
栗林でございます。私の専攻の
関係から、
ハイジャック防止の国際法上の側面について御
報告申し上げます。
ハイジャックの規制に
関係のある国際条約といたしましては現在三つの条約がございます。いずれも国連の専門機関でありますICAOの主宰のもとに作成されたものでございますが、その採択の年代順に申し上げますと、
一つは一九六三年の東京条約、二つ目が一九七〇年のハーグ条約、そして三つ目が一九七一年のモントリオール条約でございます。このらち二つ目の条約が
ハイジャックを直接的かつ詳細に規制したものでありまして、正式には航空機の不法な奪取の
防止に関する条約と言われまして、一般には
ハイジャック防止条約というふうに呼ばれております。この条約の前にできました東京条約は、広く航空機内の犯罪一般を取り扱ったものでありまして、
ハイジャックについてはわずか一カ条の一般的な規定しか設けておらなかったために、一九六八年以降急激に増加しました
ハイジャック事例に対処するためにハーグ条約ができたわけでございます。
内容は、簡潔に言えば、各国がハイジャッキングを重い刑罰で処罰すべき犯罪として国内法上定義する。そして、
犯人または容疑者を条約上定められた一定の国に引き渡すか、もしくは訴追のために自国の当局に付託する義務を締約国に負わせる。また
ハイジャックされた航空機の
乗客、
乗組員の旅行の継続を促進させるとともに、機体及び積み荷を占有権を有する者に返還すべき義務を締約国に課しております。
この
ハイジャックに関して詳細な規定を定めましたハーグ条約と同時に、航空活動自体の安全に重大な脅威を与える行為は
ハイジャックには限らない。それ以外にも航空機の運航並びに航空施設に対する妨害、破壊行為などをも含む不法な行為も多々あるので、
ハイジャック以外のそれらの行為を規制するための審議が、ハーグ条約の審議よりちょっとおくれてスタートいたしまして、ほぼハーグ条約の諸原則を盛り込みましたモントリオール条約となって成立いたしました。
しかし、一九七〇年に入りましてから、航空機の地上襲撃
事件や
爆破事件が相次いで発生しまして、特にアラブゲリラによります不法奪取や爆破行為は、航空機内の
人質の
釈放とゲリラ捕虜の
釈放の
交換要求を含むなど、次第にその内容がエスカレートしてきたこともありまして、政治、外交上の立場から、これらの行為を行う者の避難場所を提供する国に対する国際世論の非難を喚起するようになりました。そこで、
ハイジャックやその他の不法な妨害行為を行った者が、ある国の領域内におり、しかも、その国がその者を抑制せず、あるいは、その後その者を
引き渡しも訴追もしない場合には、そのような国に対して共同の制裁行動をとることができる、そういう仕組みを考えるべきだという機運が高まりまして、その結果ICAOは、いわばこの一連の条約づくりの
最後の締めくくりとなるべき制裁のための条約の作成作業を行いましたが、一九七三年のローマにおける
会議では、結局参加国間の合意が成立せずに失敗いたしました。
ハーグ条約にいたしましても、モントリオール条約にいたしましても、その作成
経過が非常に短い間に行われたということが特徴でございます。それは、早急な抑制策を要望する各方面からの世論の結集によるところが大きかったのですが、しかし、その反面、これら航空犯罪の事例が増加する度合いに応じて、その都度対応する国際法規則の確立が急がれてきたために、ハーグ条約、モントリオール条約、さらに制裁のための国際立法化の過程並びにその審議内容には著しい追加的、補完的な色彩がありました。東京条約で不十分に規定されました
ハイジャック規定を詳細に補完するためにハーグ条約が、またハーグ条約でカバーしなかった他の犯罪類型をモントリオール条約が、そして、それら条約の実効性を確保する必要が認識されるに伴って制裁への動きが出るといったぐあいでありました。
このように早急にそれぞれの条約を作成するという
要請と同時に、もう
一つ要請された点は、この種の犯罪を規制するためには、できる限り多数の国による条約への参加を確保しなければならないという点でありまして、この条約の早急な成立と、この多数国の参加という二つの
要請の結果、条約内容には非常に多くの各国の妥協が盛り込まれております。それは、少数の国が国内法上の措置を整備、強化いたしましても、これらの犯罪に実際に遭遇した航空機自体が飛行する
関係諸国による
犯人の
引き渡し、あるいは訴追、処罰、さらに
乗客、
乗組員の旅行継続と機体、積み荷の所有者への返還といった点に関する広範にしてかつ具体的な
協力措置を得ることなしには問題に対処することができないからであります。そして、これらの点に関する各国の法制度や政策的な立場というのは必ずしも一様ではありませんで、しかも、しばしばこの種事犯に含まれる政治的要因との関連の中で、条約への普遍的参加を期さなければならないといった数々の困難が原因となっております。特に犯罪の抑制に関する国際間の規制には、各国の持っております領域主権に鋭く触れるものが含まれておりますだけに、国内法にゆだねられる傾向が強いといった面もございます。
私は、これらの条約の審議過程を議事録を通じて検討したことがございますが、審議の過程には幾つかの大胆なアプローチが示されたにもかかわらず、結局成立した条約が全体としては
着陸国など、現在
犯人がその領域内にいる国が必ず処罰したり、
政治犯であるとしても
引き渡ししなければいけないといったような体制にはなっていないということなど、各国の国内法や刑事政策上の裁量余地というものが広範に残される内容となったというのは、主として以上述べたことが理由となっております。加えまして、ハーグ条約にせよ、モントリオール条約にいたしましても、各国の政治的判断にはできる限り触れないという了解のもとに成立していたのでありまして、最近におけるテロリズムやゲリラ活動の線上においてこの種の事犯が信条や主義のデモンストレーションの手段として使用されるに至りますと、果たしてそれらに対抗する有効な法的規制としては、おのずと一定の限界がある条約体制であるというふうに考えております。
しかし、だからといって、国連の場で、できるだけ多くの国がこれらの条約体制に入るための呼びかけを行う
努力を否定するわけではありません。むしろ条約体制に入る国がふえ、それに伴って各国の国内法の整備が進んでいくということになれば、それはより強固な体制の一歩でありますし、またそうした過程の中から共通の国際的意識が芽生えてくるのだろうというふうにも思っております。
ハーグ条約やモントリオール条約は、その目的といたしまして、そのような行為を抑制する目的をもって
犯人の処罰のための適当な措置を緊急に講ずる必要があるという考慮のもとに締結されておりまして、犯罪の抑止のための処罰体制の強化という点にこれらの条約の直接の目的があります。したがいまして、
ハイジャックや、広く民間航空の安全に対する不法な行為の予防的措置、あるいは
事件発生後の救済的な措置につきましてはほとんど触れておりません。これらの予防措置につきましては、ICAO、あるいは各国
政府、航空企業等の手でなかなか決め手が見出されないまま種々講じられてはおりますが、国際法の観点からいたしますと、ICAOでさまざまな検討を今後も重ねると同時に、それを現在のような各国
政府に対する勧告という程度にとどめずに、もう少し強い性格のものにする必要があるのではないかと思われます。
また、最近の乗っ取り
事件に見られますように、いわばアラブ諸国の間にも、
人道上の
見地から乗っ取り機の
着陸を許可したり、
乗客、
乗組員の安全を図るための
国際協力に次第に積極的に応ずるようになっている傾向ということも見逃すことはできません。結局これら予防的措置、あるいは事後救済的措置の問題には、
ハイジャック関係情報の迅速な提供や、技術保有国から発展途上国に対する技術援助や施設の提供などがタイアップされる必要があるのではないかと考えられます。
次に、先ほども触れましたように、避難場所を提供する国に対する共同行動に関する条約化が失敗いたしましたのは、準備的検討が不十分であったという側面がありましたと同時に、制裁についてのアプローチや考え方が各国間に幾つも分かれたことが原因でございます。
最終的には次の三つの方法、つまり一番目に、国際民間航空条約を改正して、そのような国をICAOから除名したらいいではないかという方法。二番目に、ハーグ条約とモントリオール条約に新たな議定書を追加して、
犯人の存在する締約国が、
犯人を航空機の登録国に無
条件に返還するような規定を設けたらよいではないかという方法。三番目に、新しい条約を作成して、専門家
委員会を設立し、事実
調査を行わせ、
実行は伴わないけれども、国際機関が違反国に勧告すればよいという方法。以上の三つが最終的に残った方法でございますが、そのいずれも多数の賛成を得ませんでした。
その理由は、国際民間航空条約の改正は長期的な
解決策であり過ぎる、また、航空機の登録国への
犯人の無
条件の
引き渡しは、現行の国際法上、
政治犯罪人不
引き渡しの原則、あるいは国家の有する庇護権というものに鋭く抵触するものである、それからさらに、国際機関にこの問題に関する権限を与えることには、主に社会主義諸国の間から消極的な態度が見られる、そういうような理由によるものでございます。これらの方法が互いに三つどもえの対立様相を深めましたことが失敗の最大の原因でありまして、特に発展途上国の中には、国家主権の擁護の立場から、条約への強制的加入とか、諸国による集団的な行動の自動的作用に反対するものが非常に多く、とりわけ近年これらの諸国がかち取った独立の後に期待される経済的な発展を阻害するような形での航空活動の停止、航空路の停止といったような措置には反発する声が強かったのでございます。
こうした結果から得られる教訓は、世界のすべての国は、あらゆる脅威から国際民間航空を保護するという一般的目的について合意しているけれども、それを達成する方法については共通の合意が得られなかったということでありまして、現時点では、制裁という面は余りに性急にこれを行える状況にはないということでございます。しかも、この側面を普遍的なレベルで実現しようとするところに
一つの無理がございまして、たとえば二国間または地域間の航空
交渉などにおいて、そのための
国際協力を徐々に積み上げていくというような方法を考えることも残されているように思えますし、また、
政府間の組織だけでなく、IATAやIFALPA、その他の非
政府間の国際団体において、世論の拡大を図っていくという方策も考えるべきかと思われます。
最後に国連では、近年テロリズム
防止のための国際条約の審議が行われておりますが、テロリズムの概念自体におきまして、民族
解放運動の
暴力行為を正当化しようとする立場や、そのような動機や背景を問わずに、行為そのものの違法性を追求しようとする南北間の対立がありましてなかなか進まない状況にございます。恐らくこの問題の根本的
解決は早急には図り得ないかもしれません。しかし、国家が相互に交通を行って、財貨、文化のたゆみない交流を通じて、初めて世界の平和と発展があり得るという基本的な点は、いずれの国も認めるところでありますから、民間航空の安全ということこそ最大の法益として主張することは、国際法の基本的原則にも合致するものであります。テロリズムを民間航空活動というものから切り離せという主張の正当化はそこにございます。
わが国は、テロの
防止の審議を進める過程におきましても、この点に国際社会の舞台で声を大にする必要があると思います。
以上述べましたところから、国際法の側面からのみ見ました見解ではございますが、結局私の御
報告申し上げたい点を要約しますと次の四点ぐらいになるかと思います。
第一に、ややどろなわ的につくられました
ハイジャック関係の国際条約をもう一度現時点において再検討する必要がありはしないか。
第二に、この種の犯罪の予防的措置と事後の救済措置について各国間の
協力を促進すべきであろう。
第三に、民間航空の安全こそ人身、財産の安全という個人的な法益と、航空運送業務の正常な活動という社会的法益を保障するものであるという信念に立ちまして、犯罪の国際性を強調する国際世論の形成を積極的に行うべきではないか。
第四に、テロリズム
防止のための討議を進めるかたわら、少なくとも民間航空の安全を脅かす行為とテロリズム一般の
解決というものを切り離す方策を考えるべきではないかということでございます。
問題が多角的に検討されることによって初めて効果的な
対応策があり得るということは言うまでもございませんので、皆様方の十分な御検討を望みまして、私の
報告を終わらせていただきます。