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委員以外の議員(
寺本広作君) ただいま議題となりました
刑法の一部を改正する
法律案についてその提案理由を申し上げます。
最高
裁判所は昭和四十八年四月に、違憲立法審査権の初めての発動として、
刑法第二百条について違憲の判決を下しました。違憲立法審査の二度日の対象となった薬事法は判決後一カ月余りで改正されましたが、
刑法第二百条は判決以来四年有余を経過した現在でも、なおそのままに放置されています。このような事態は、単に司法軽視の風潮を生むだけでなく、守られない条文がそのまま
刑法の中に存在することは法治国としての矛盾であると思います。
刑法改正の議案は、政府から提案されることが望ましいとされていますが、最高
裁判所判決の趣旨が、それ以前に発表された改正
刑法草案中の尊属殺重罰規定の
取り扱いと異なるものであるところから、政府としては、その提案に相当苦心してこられたようであります。私
どもも
刑法のような基本的法典は、議員立法で改正すべきではないという
意見には傾聴すべきものがあると思いますが、今度のような場合には、議員立法もまたやむを得ないところであると思います。行政優位の立場をとっていた旧憲法下でも、大正デモクラシーのころには、議員立法によって
刑法改正が行われた先例があるそうであります。国会が唯一の立法
機関とされておる日本国憲法のもとで、
刑法改正が議員立法によって行われることがあっても許容さるべきことではないかと思います。
最高
裁判所の違憲判決に伴う
刑法改正に当たって、判決理由の少数
意見をとるか、または多数
意見をとるか、それは立法者の自由であるという主張があります。その主張は間違ってはいないと思いますが、少数
意見を
法律化して世の中を急速に変えていこうとするのは革新的な立場であり、多数
意見を
法律化して世の中を徐々に改めていこうとするのは民主主義の立場であると思います。少数
意見は、尊属に関する加重規定の存在そのものが、法のもとの平等に反するというのでありますから、その立場に立つ人々は、
刑法第二百条だけでなく、尊属に関する
刑法の一切の規定を削除すべしと主張されるのであります。私
どもは、尊属殺加重規定の存在そのものは違憲ではなく、法定刑を死刑または無期懲役という極端に重いものに限定し、どんな情状があっても執行猶予にすることができないようになっていることが違憲であるという多数
意見に賛成する立場に立つものでありますから、
刑法第二百条を修正して存置するだけでなく、合理的根拠に基づく差別的
取り扱いの域を出ない他の尊属規定は、これをそのまま存置すべしと主張するものであります。
最高
裁判所の判決理由では、社会生活上の基本的道義の維持は
刑法上の保護に値するといっていますが、
刑法上の保護とは条文を残すことと、
裁判上これを適用することにほかならぬと思います。現存する条文を削除すれば反対解釈が生まれるだけでなく、
裁判上これを適用すべき根拠を失うことになるのであります。条文を削除してもなお多数
意見を生かすことができるという説明は全くの詭弁であります。
多数の学者を包容する法制審議会と最高
裁判所の
意見が異なるときは、立法者は法制審議会の
意見を尊重すべしとの主張があります。しかしながら、法制審議会がいかに著名な学者を包容しているにしても、結局は行政部内の一諮問
機関にすぎないのであります。最高
裁判所判事は
国民審査によって
国民に対して責任を負い、憲法によって違憲立法審査権を与えられている存在であります。両者の
意見が対立矛盾するとき、立法者として後者の
意見を尊重すべきは当然の理であると思います。
さて、
刑法第二百条を修正存置するとして、法定刑の下限をいかに定めるかということでありますが、最高
裁判所の判決は、情状最も憫諒すべき
事件について二年半の刑を科して執行猶予としております。したがって下限を五年としてもよいわけでありますが、同時に出された他の未遂
事件について二年の科刑を行い執行猶予とした判例がありますので、私
どもはその軽い判例をとって下限を四年といたしました。殺人における尊属と
一般人の違いがわずかに一年とは少な過ぎるとの議論もありましたが、
傷害致死における下限一年の違いや、遺棄、逮捕監禁における下限三カ月の違いなどを考慮に入れると、この
程度で尊属殺加重規程の趣旨は十分達成されるものと思います。
なお、法案作成の
過程で論議された若干の問題についてこの際触れておきたいと思います。
その
一つは、不敬罪が削除された結果、天皇に対する罪すら
刑法第百九十九条によって
処理されるのに、尊属に対する特別の規定を残すのは矛盾であるという
意見であります。最高
裁判所の判決は、この点に関し、第一回国会において憲法の理念に適合するよう
刑法の一部が改正された際にも、
刑法第二百条がその改正から除外された事実を
指摘しております。私
どもは初期占領政策の嵐に耐えて生き残ってきたこの条文を、いまになって削除しなければならぬ理由の理解に苦しむものであります。
法務省の資料によれば、フランス、イタリア、ルーマニア、ブルガリアなど天皇も皇帝もいない多くの国々でいまなお、尊属殺加重規定の
刑法を持っていることが明かにされております。ここにその事実を
指摘しておきたいと思います。
次に、尊属のみならず子殺し
事件が頻発しつつある最近の世相にかんがみ、卑属、配偶者等の殺害に対する規定をあわせて立法すべしという
意見であります。これについても最高
裁判所判決は近親殺という加重要件を持つ立法例があることを
指摘しています。これらの問題はいずれも、急を要する違憲立法判決の後始末とは切り離して、来るべき
刑法全面改正の一環としてその際に改めて検討さるべき問題であると私
どもは
考えます。
今回の国会には、第七十一回国会に提案された改正案と同一の議案が、議員発議によって衆議院に提出されています。
刑法第二百五条第二項につきその後四回も合憲の判決が出されているにもかかわらず、これをあわせて削除するというのはいかにも客観情勢を無視した提案であると思われます。
以上が、この
法律案を提出する理由であります。私共は議員各位が十分両案の内容を御検討の上、速やかに本案に御賛成くださるようお願いを申し上げます。