○
参考人(
今井賢一君) 一橋大学の
今井でございます。
私は、
経済学者の
観点から、今回参議院に送付されたこの
改正案に
基本的に賛成であるという
立場から、三点、
参考意見を申し述べたいと思います。
まず第一は、現時点でなぜ
独禁法を
改正する必要があるのか、そういう点についてであります。いま
参考人からいろいろ御
意見がございましたように、こういう
不況の中でなぜ
改正する必要があるのか、あるいは
狂乱物価のころの問題提起は終わったんではないかという
意見があるんですが、私はそうではなくて、いまの時点においてこそ
独禁法の
改正というものは必要であると思います。
その第一点は、要するに問題の本質は、われわれが取り組まなければならない問題というのは、スタグフレーションという点にあるということであります。つまり
不況と好況とが同時に
存在する、あるいは
不況とインフレとが同時に
存在するという問題を抱えていて、不幸にしてこの問題に対していま
経済学の
観点から有効な処方せんはございません。しかし、
経済が抱えている問題はスタグフレーションでありますから、それに対してはどうやって対処するか、その点が
基本的な問題なわけでありまして、その
観点から私はぜひとも
独禁法を強化していかなきゃならないというふうに考えています。
その意味は、要約して申し上げますと、要するにいま
不況であるからいろいろな
対策が必要であるということは事実であります、しかし、同時にインフレの心配も抱えている、それに対してどうやって対処していくか。インフレの懸念があるからこそ
不況対策も中途半端になり、ケインズ流の政策も十分できないわけであります。したがって、この
不況を打開していくためにもどうしてもインフレというものに対して、あるいは寡占的な
価格の
上昇というものに対して何がしかの手を打っておかなければならないわけでありまして、そういう点で
不況であるから
独禁政策の手綱を緩めていいとか、あるいは
不況であるから
独禁政策を緩和しろということは全くおかしなロジックなわけでありまして、どうも私お伺いした限りでは、その問題のポイントがやっぱりずれていると思います。つまり、現実の
日本経済の抱えている問題はそういう問題を解決しなきゃならないわけでありまして、そういう
観点から私はやはり
独禁法を現時点で
改正すべきだと思います。
それから第二は、寡占の
弊害は現にあるかどうか、あるいはそれに対して、寡占の
弊害がいま
不況であんまりあらわれてないのになぜ
改正するんだという
意見があるわけでありますが、私はそうは思っておりません。しかしこれは省略いたしますが、仮にその点を認めるにしても、やがて寡占の
弊害があらわれてくることはもう目に見えていると思います。
つまり、
高度成長の過程で、
日本の
企業の多くは非常に設備投資をし、安い
価格で物を売って、そして代替製品の
市場にも食い込んで
高度成長をやってきたわけでありまして、その過程では、ある意味で基礎的な資材の
価格も安定し、それほど高くならないというのは、
企業の利潤を追求していく過程での有効な戦略であったわけであります。しかし、それが低成長に移る、それからいろいろな点で秩序が固定化してくるということになれば、やはり
企業の中で
価格を上げていく志向があらわれてくるのはこれは論理必然的でありまして、そういうことに対処するためにも、いまの時点で
独禁法を強化するという
方向で考えなければならないわけであります。
そしてそれに関連いたしますが、この点が先ほどスタグフレーションということに関連して申し上げて
基本的に重要な点なんですが、要するに、
日本のインフレ率を決めているものは何であるかということになれば、それは寡占的なマーケットでの賃金の決定であり、それに応じた
価格の決定であると考えなければならないわけであります。つまり、たとえば今回の春闘におきましても、鉄鋼業で賃金の
ベースアップの率が決まり、そしてそれに応じてある程度
価格を引き上げようとされているわけでありますが、あれだけ物が余っているにもかかわらず、なぜ賃金が上がり、なぜそれで
価格が上げられるのか。そのことが私
どもが言っている寡占の持っている恣意的裁量権というものでありまして、そういうものに基づいて
日本経済のインフレの
基本的な率が決まっていくわけであります。
したがいまして、それがスタグフレーションの持っている
問題点でありまして、
企業がいいとか悪いとか、大
企業がいいことをするとか悪いことをするという問題ではないんです。そういう大
企業の行動というのは
経済の全体を動かし得るような力を持っているわけでありますから、それに対して、それが
日本経済のインフレ体質を加速し、それが
国民生活を破壊するというようなおそれのないようにあらかじめ手段を講じておく、あるいはそれに対して可能なあらゆる手段を考えるということは、これは行政の責任でありますから、そういう
観点から言っても、私は、現時点で、そういう寡占的な
産業に対して
競争的圧力を残すということをあくまでも強調したいと思うわけであります。それが現時点でなぜ
独禁法の
改正が必要であると私が考えるかという理由であります。
大きな論点の第二に、内容に入りたいわけでありますが、私
ども経済学者の
立場から、すでに数年前から、
現行独禁法では対処できない
産業組織上の問題があるということを指摘し、また提言も述べてまいりました。
それは第一に、カルテルに対して有効な規制の手段がない。第二に、高度寡占的な
状態が生じても、それに対しては何ら
現行独禁法では手段がない。それから第三に、
企業間の
株式保有ということがかなり行われ、それが
企業集団というような
日本的な問題をもたらしているにもかかわらず、それに対して有効な手段がない。そういう三点を指摘し、そしてそれに対処するために
独禁法を
改正する
方向について
一つの提案をしたこともあります。
そういう
観点からいたしますと、今回の参議院に送付されてまいりました
改正案の内容はこの三点にそれなりに対処しているわけでありまして、私はそういう
方向で、カルテルの課徴金、それから
独占状態に対する規制、それから
企業間の
株式保有制限というものに対する主としてその三点から
改正案の内容を評価したいと思います。それで第一と第三の点につきましては余り議論もないようでありますから、主として論争の焦点でありましたいわゆる
企業分割、つまり営業の一部譲渡の問題について多少
意見を申し上げてみたいと思います。
この点について、
企業分割というようなものは
構造規制をやり出したんだと、そして全く新しい何か
産業政策に立ち入るようなことをやり出したんだという
意見があるんですが、私はこれは多少
誤解ではないかと思います。つまり、私
どもも
構造規制ということを
市場構造を重視するという
立場から不用意に使った面もあるのでありますが、ここで考えられているような
独占的状態に対する規制ということは現行法でもやられているわけであります。
それは御承知のように第十条に
企業間の
株式保有制限の
規定があるわけでありますが、それには株式を取得しもしくは株式を所有していることが
競争を実質的に制限することとなる場合にはそれが排除されるという
規定になっておるわけですが、そのことはつまり株式を取得するだけではなくて、現に所有していることが
競争制限をもたらしているならば、それはやはり
現行独禁法でも排除されるわけです。同じく役員兼任についても同様であります。したがって、今回の
独占的状態規制というのが、全くいままでやっていなかったことに何か新しいことをつけ加えたわけではありませんで、
現行独禁法の延長線上で考えられてきている案なわけでありまして、私は、そのことは多少往々にして
誤解があると思いますので、この際、その点をコメントをしておきたいわけであります。要するに、ポイントは、独占的要素を
市場から除去していくということであって、構造とか行為とかいうことに余りこだわるのは意味がない。つまり行為の累積が構造になっていくわけでありますから、その点について何かこう異質のものというふうに考えるのは私は行き過ぎではないかと思います。
それから、それでは
企業分割は
弊害規制なんだというふうに公取が言ったりあるいはそういう答弁が行われ、そういうふうに新聞紙上でも伝えられているのはなぜか、そういうのはどういう意味なんだという御
意見があると思います。
私は、これもやはり理にかなったことでありまして、要するに、ある
市場で
独占的状態が出てきた、ひとり占めに近いような
状態が出てきた場合に、それに対処する方法は三つしかないわけでありまして、第一に、それを国営
企業にするとかあるいは公益事業にして
政府が
価格を規制する。第二に、
企業分割を命ずる。第三に、
企業の自主的な抑制にまつ。この三つしかないわけでありますから、その第三の自主的抑制が望ましいというのはこれは
企業のマネージメントの
立場として当然であります。そして今回の
改正の案でも、そのことによって現実に
弊害が生じなければ、営業の一部譲渡、つまり今回の第八条の四は
適用されないわけでありますから、それは実質的に
弊害規制になっているということ、つまり、独占的要素を排除し、そしてそれをできれば
弊害規制にとどめておきたいということになっておりますので、論理は一貫しております。そしてこの
規定を加えることで現行の
独禁法は首尾一貫し得るわけであります。
以上が第二の点でありまして、
最後に、第三点として、
改正内容の評価について申し上げてみたいと思います。
要するに、せっかく
改正しても分割の
規定は抜かずの宝刀であり、課徴金は大した効果がなくという種類の、いわば余り効果を
期待できないんではないかという議論もあるようでありますが、私はやはりかなりのことを
期待し得るというふうに思います。
たとえば、第一に、カルテルに対する課徴金について見ますと、もちろんこの算定方法について
経済学者の
観点から注文もありますが、細かな点は除きますが、しかし、課徴金を導入するということは、いままでカルテルは要するにやればやっただけ得であって、そして公取から注意を受ければ、申しわけありませんでした、これからは気をつけますと言えば済んだ
状態にいまあるわけですが、それに対して課徴金を取るということは、それなりにカルテルというものが
企業の
立場からも損なことだと、
国民経済的にももちろん望ましくないことであるということを徹底していく上で有効な手段であるというふうに思います。
第二に、いわゆる営業の一部譲渡についても、これについても今回の
改正案にあるただし書きについてもいろいろ
経済学者の
観点から問題があります。たとえば経理の不健全性とか、あるいは
国際競争力の
維持というような余り概念のはっきりしないただし書きがついているということは問題でありますが、しかし、この
規定が置かれることによって、いわゆる暗黙の
協調によって少数の
企業間で実質上のカルテルが行われているにもかかわらず、それに対して何らの規制の手段が用意されていない、そういう手つかずの
状態が現状の
独禁法にあるということを直すだけで、私は法の
適用の不公正さあるいは
独禁法の構えというものが変わるわけであります。つまり、あらゆるカルテルに対して対処していく、そして暗黙の
協調的ないままで見えざるカルテルであったものに対しても、もしそれが
弊害が生じているならばやはり対処するという構えをつくったわけでありまして、そのことの有効性はかなり大きいと思います。現実に、たとえば第四章の独占予防
規定をこれから
適用していく際にも、分割ということを導入しておきながら合併をどんどん認めるということはおかしなことになるわけでありますから、それに対してやはりいままでより厳しく考えていかなければならないということになるわけで、その効果はそれなりに考え得るというふうに思います。
それから第三に、
株式保有制限についても同様でありまして、株式の総額を規制するだけで有効なのかどうかということは大いに議論があり、私
どももそれで十分とは思いませんし、いろいろこれも注文もあります。しかしながら、やはり総額規制を導入することによって
企業間の
株式保有の個別的、直接的な規制ということ、つまり現行の十条の
適用というものがやはり厳しくなるということが
期待し得るわけです。
そして議論のポイントは、独占というものに対しては予防的に、つまり独占ないし寡占による支配の累積的な過程が始まる以前に、その前に規制をしなければ意味がないわけでありまして、でき上がってからでは何ともならない面が多いわけです。そういう意味からいたしますと、これまでの
独禁法の運用で独占の予防的規制という
観点が余りにもないがしろにされ過ぎてきたように思います。そういう意味で、今回の
改正はそのことの重要性を確認するという意味もあって、私は
日本の
独禁政策の一歩の前進であるというふうに考えたいと思います。
時間もありませんので以上で終わりますが、要するに、スタグフレーションという問題に取り組んでいく上で、やはり
独禁法の今回の
改正はそれなりに
努力の跡が認められるのであって、もちろん注文はありますが、この
方向で
改正案が実現していく。そして
日本経済が非常に発展してきたわけでありますが、要するにその成果が
国民全体のものになっていないというところに問題があるわけでありまして、そういう
方向へこの
改正は橋頭堡になるということを願って、今回の
国会でこの
改正案が実現することを心から
期待して、私の論述を終わりたいと思います。
それから、先ほど
委員長から御紹介がありましたのですが、私はきょう教授会と評議会がありまして、ちょっと
議題の性質上どうしても
出席しなければなりませんので、残念ながら午後の討論に参加できないので、このまま帰らさしていただきたいと思いますが、失礼の段お許しいただきたいと思います。