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島田小
委員 少しまだ時間があるようでありますから、この乳価がそういうことで、
牧草の
国内におきます
活用な
ども含めて、それから
有効利用、この
建議の中にもありますように
国有林、
民有林も含めてもっともっとひとつ
草資源開発を図るべきだ、そういうふうにしていかなくちゃいけないということを言っているのは、これは全くそのとおりでありまして、異論のないところです。しかし、
現実はこういう
苦労しながら国土の狭い中でたくさんの
家畜を飼って
生産を上げていこうというそういう
努力を続けている中でも、
努力すればするほど
生産性が
向上した、こういう理屈のもとにそのメリットは確実に取り上げられてしまうというのは
大変不満な点であります。
たとえば一頭
当たりの
労働時間を見てみましても、統計上あらわれております四十四年から五十年までの一頭
当たりの時間は、四十四年で三百三十時間であったものが四十六年には二百七十六時間、そして四十八年には二百三十一時間、五十年には二百十三時間と、実に百二十時間もこの十年足らずのうちに短縮している。これは確実に
生産性が上がったということについて評価をするのには私は非常に多くの問題を含んでいるというふうに思うのです。しかし、仮に二百十三時間で牛一頭を一年間に飼うんだ、こういうことが可能だとしても、私
ども一年間に働く時間は、八時間で三百六十五日掛けると二千九百二十時間であります。とってもそれだけ全部働くなんということはこれはできないわけでありまして、
農協にも用事足しに行かなければいけないし、
隣近所のつき合いもせなくちゃならぬ、こういうことになりますから、恐らく二千九百時間働くというのは、これ大人一人大変だと思う。二千九百時間で割り返してまいりますと、一頭
当たり二百十三時間だから十二、三頭しか飼えぬということになるのですね。そういうものを根拠に置いたいわゆる乳価というものが当然出てきませんと、あとは体を酷使するか、そうして盛んに
局長が煙幕を張っていらっしゃるのですが、ことしは上げ要素なくて、そしてこれ以上乳価を上げると
生産が刺激されてとんでもない、牛乳があふれるほど出てきちゃうからこれは困るのだ、こういうことを言っていますが、私はそうでなくて、
現場にはこういう
実態があるということをひとつ御
理解願っておきたいのです。
われわれは営農設計を一月にやりますが、そのときに最近のわれわれの立て方というのは、まともに立てていっても収支バランスがとれなくなる、いまの乳価じゃどうにもならぬです。ですから、一体家計費が幾らかかって、そして
借金はどれくらい払っていかなければならぬかというやつを積み上げて、それが支出の
部分で明らかになってきたらそこから逆算して、この牛は四トンしかしぼれない牛だけれ
どもそんなことを言っていたら収支バランスとれぬから四トン五百に、さらに四トン五百の牛じゃ足りないから五トンに、また十頭の牛じゃ足りないから無理してでも十五頭の牛をそろえて乳をしぼる。そういうふうにことし一生懸命
努力してきた。そうやって体をすり減らし、牛のいわゆる個体も、もっと使えるものを短年月で牛の個体もすり減らし、土地もすり減らしてそうして増産に励んできたら、それが合理化されたとして吸収してしまう、こういうやり方をする。これじゃとても浮かばれないですよ。そこのところが、低乳価だと
生産は刺激されないと言うけれ
どもそれは逆でして、いま言ったように帳じりを合わせるためには、四トンしかしぼれない牛でも五トンしぼるような
計画を立てていかなければならぬし、
計画を立てた以上はそれに向けて濃厚
飼料をぼんぼんくれて、一生懸命に体をすり減らしても増産をするというようなことにしていかなければ収支のバランスがとれないから、そういうものが積み重なってことし北海道あるいは全国でも低乳価なるがゆえに自転車操業式に増産せなければならぬという結果が増産にあらわれているという
部分もあるということを、これはひとつ認識をしていただきたいと思うのです。時間が来ちゃいましたからもうこれ以上申し上げられませんけれ
ども、いかがですか。私は
現地のそういう事情を申し上げているのです。