○池田参考人 私は、鳥獣の問題、それから
環境保全の問題、これを専攻しております一員でございます。その立場から本日私の
意見を開陳いたしたいと存じます。
最初に総論的なことを申し上げますが、今度の松くい虫防除特別措置法の制定に当たりまして、この法の主要目的としておいでになるところは木材の量の
確保、それから景観の保全あるいは水源涵養、その他いろいろあるようでございますが、そういうことを基準にして
国土保全をする、その
ために松くい虫で被害を受けている松を、航空機を使いまして空中から薬剤を散布して、これを駆除し松を保護する、そういう目的で効率を上げ、そして
国土の保全を全うしたいというようなことがこの法の御趣旨だと解釈しております。
これを私の方の技術的な面から一応解析してみますと、松くい虫についての生物学的な研究、それから薬剤の化学的性能の
検討、それから駆除の方法並びにその効果、こういうものにつきましての
調査研究は非常にりっぱなものがなされていると私は解釈しております。いわば現時
日本での最高レベルでの技術の集結というふうに私は解釈しております。
ただし、ここで
一つだけ私が疑問に思う点がございます。それは松くい虫それ自体についての御研究は非常に高度のレベルに達しておりますけれども、この松くい虫の
ためにまきます薬剤によって影響を受けるであろうという範囲内の野外での御研究が少し不足しているんではないかというふうに私は感得いたしております。松くい虫の方の研究は、それぞれの分野の専門の方々が担当なさって非常に高度の技術を持ち、十分に研究、
検討されておると思いますが、野外での
長期にわたります鳥獣をも含めまして
環境への影響試験というものの資料がいささか不足しておるんじゃないかというふうに私は感得しております。特に鳥獣類、魚類、これは水生生物も含む範囲でございますが、こういうものにつきまして薬剤散布をいたしましたときにどういう影響を及ぼすのかというような野外での
調査、研究が、現在まで私が知り得ました範囲では少なくとも十分であるとは申されないというふうに私は解釈しております。昭和四十八年以来本年までで足かけ五カ年間、空中散布によりまして松くい虫の非常に効率的な駆除をなさり、その実績を上げておるという事実がございますが、その間に、経年的に毎年、
長期間にわたりまして野生鳥獣あるいは魚類あるいは
環境に影響を及ぼす
調査というものがなされたんだろうとは思いますが、決して十分とは申せないということでございます。この点に私は、薬剤を航空機によって散布するというこの現象に対して多少
一つの不安感を持つものでございます。
総括的に申し上げますと、薬剤の散布とい一うことは、自然にあります有機体あるいはこれを簡単に申し上げますと生物でございますが、生物に対して何らかの作用を及ぼすからこそこの薬をまくわけでございます。したがいまして、非常に低濃度であり、分解能が非常に早いというような薬品であっても、目標とする生物以外の生物にその薬品の影響が及ばないとは断言できないというふうに
考えるわけでございます。もし全く及ばない薬でしたらば、これはまく意義がないというふうに私は感じております。
それでは、どういう形の影響がここで生ずるかということは、二つの場合を私は
考えております。その第一の場合は、直接の影響でございます。これは申すまでもございません。薬剤をまいて、そこですぐ即効的に顕著にその結果があらわれる、これはわれわれの目で確認し得られますから問題はないと思いますが、第二の間接的な影響という点に私は問題が残ると思います。しかも、この間接的の影響というのは、従来こういう作業の中でとかく見落とされる傾向がございました。ということは、直接何もそこに目に見えるはっきりした現象があらわれないものですから、これが見落とされるという傾向がございました。
薬剤類というものは、一度体内に吸収されますと、程度の多かれ少なかれの差はございますが、その一部が体内に蓄積されるという現象がございます。この蓄積されます薬剤は、有効成分が人間なり動物の体の中の筋肉とかあるいは脂肪という層の中に蓄積されます。そして、その生体が弱ってきますと、脂肪分解を起こして、エネルギーをその脂肪分解によって補うという段階になりまして、脂肪の中に溶けておりました有効成分というのが体内に流れ出て、そしていろんな機能に障害を及ぼしてくるという現象がございます。
それではどういう経路によって体内にこれが入るか、体内に持ち込まれるかという問題は、主として食物からだと解釈されます。特に鳥獣類に関しましては、御
承知のように鳥類は羽毛がございますし、獣類は体毛がございます。ですから、直接皮膚から浸透してくるということは余り
考えられない。どうしても食物から来る。薬剤によって汚染されました食物を摂取することによって、体内にこの薬剤が持ち込まれるということが
考えられます。これは、私の方で申しますと、食物連鎖という現象がございます。珪藻類あるいは浮遊生物、そういうものを小型の動物が食べて育っていく、その小型の動物をさらにそれより少し大きい動物が食べていく、順々にこれを食用として食べていく、これを食物連鎖と申します。たとえば、空中散布によって水が汚染されるというと、そこの珪藻類の中に、非常にごく微量ですが、この成分が保有される。その珪藻類を食べた小型の魚の中に、その珪藻類を通じてある程度の量が蓄積される。そのまた蓄積されたものをさらにそれよりも大型のものが食べると、またそれが蓄積される、こういうふうに各生物間に非常に食物連鎖を通じて広く行き渡り、しかも蓄積される量がだんだん多くなってくるという現象がございます。その結果どういうことが起こるかと申し上げますと、鳥類では、いろいろ薬剤がございますから、薬剤によって違いますけれども、殺鼠剤にいたしましても、殺虫剤にいたしましても、殺菌剤でも除草剤でも、ある程度の量が体内に蓄積されますと、ふ化率、産卵率、そういうものが低下してまいります。また軟卵を——軟卵と申しますのは、普通の卵でなくてからのやわらかくなった卵、軟卵を産む場合がございます。これは当然ふ化いたしません。要するに、不妊症を起こしてくるというような現象がございます。さらにこれが進展いたしますと、御
承知のように催奇性あるいは発がん性というようなものをそこで誘発してまいる。さらにそれを深く追求いたしますと、遺伝因子すら変えていくと言う学者がおります。こうなりますと、非常に長い間知らず知らずの間にわれわれの体内に蓄積されたものは、非常に恐しい作用をするというふうに一応
考えていいのではないかというふうに私は
考えております。
さて、これから具体的にこのスミチオンの問題に入ります。スミチオンは非常によく研究されておりまして、確かに低毒性であり、そして分解能が非常に早いということは、紛れもない事実でございます。これは科学的に証明されておる事実でございまして、議論の余地はないと思います。しかもネズミ類、マウスあるいはウサギ、ある場合には人間すら使って、これの毒性試験をやっておいでになるということから、非常にしっかりした薬剤の性能をつかんでおいでになるということは、私は一応認めるつもりでおります。また御
承知のように、WHO、
世界保健機構というものがこれの使用を認めている、そういう国際的の部署もあるということでございます。
しかしながら、私の
考えでは、あくまでも野外で自然の生態系の中で起こった現象というのは、必ずしも実験室の中で科学的にこれを解析し、追求していった結果とは同一ではない場合があるということで、たとえばある動物が死んでおった、これをとってきてそれを分析してみたらば、その中にスミチオンの有効成分がなかった、だからこれは大丈夫だということは、ある一定時期での問題であって、これを
長期間という目で見ますと、必ずしも私は信じがたい点があるんじゃないかという点でございます。すなわち、長年月に経過していった過程で、生物体内にこのスミチオンならスミチオンの有効成分が蓄積されていかないという保証にはなっていないというふうに、私は
考えるわけでございます。
このような
基本的な
考えの上に立ちまして、今度のこのスミチオン航空散布に対しまして、私は四つの疑問点を持ちたいと思っております。
その第一は、航空機によって散布いたしましたことは、すでに五カ年間の実績があるが、その間に長時間かけまして、野外での現象、
環境への影響あるいは鳥獣、魚類への影響の資料が第一不足しておる。実施する前にはもう少しこの資料が
確保されなければならぬじゃないかという点が第一点でございます。
第二点が、散布の時期が五月ないし六月ということでございます。これは松くい虫を駆除する上でも最適であると同時に、一般生物界の繁栄に対して非常に重要な時期なのでございます。ここに重なっているという点に、
一つ私は不安の要素を持っておるわけでございます。
第三番目に、一回の散布区域は、大体二カ所以上をもって一単位とするというふうに表現されておると私は
承知しております。具体的な面積は示されておらないのですが、当然これはある程度の広い範囲を
考えておいでになるというふうに解釈いたしますが、何といっても航空機をもって薬剤を散布するということは、広範囲にこれをまかなければその効率は低下する、これは当然なことだと思います。したがいまして、この薬剤が散布されます区域は、一回がかなり広範にわたるのじゃないかという点が、第三点の私の不安な点でございます。
第四点は、これはあるいは直接的な害、現象と申せるかもしれませんが、スミチオンは水溶液でまかれるというふうに伺っております。水溶液でまかれるということは、ちょうど繁殖期の巣におります小鳥類のひなに水分がかかるということでございます。そうしますと、体温の異常発散を起こしまして死ぬひなが出てくるという心配でございます。これは、それならば自然に雨が降ったらどうなるのかというような御疑問があると思いますが、雨が降る場合は、親鳥が上にかぶさってそれを防いでやる、たとえ多少ぬれても、再びそこに親鳥が帰ってきてこれを温めるということで保護している、これは自然の現象でございます。航空散布の場合には、第一に
考えられることは、飛行機が森林の上に参りますと、そこにおります鳥は全部一時そこを退避いたします。これが、一回、二回と飛行機が繰り返しますと、かなりの時間巣に戻ってまいりません。これは、私、実際に山で自身で経験しておることから申し上げておるわけでございます。そうしますと、水分によって体がぬらされたひなが死ぬ危険性がある。
以上の四点が私の疑問といたします点でございます。したがいまして、この点をひとつもう少し追及していただくという点が私の
希望でございます。したがいまして、現在のままでは、この航空機によりますスミチオン散布に対して全面的に賛成をいたすというわけにはまいりません。多少そこに私は疑義をはさんでおるという姿勢でございます。
なお、蛇足と思いますが、最初に法の目的を申し上げました。
国土保全ということを申し上げました。
国土保全の
ために松を救うのだというこの目的は、確かに一理あると思います。しかしながら、松を完全に保護する
ために薬剤をまいて、われわれが
生活しております場所を汚染するということが
国土保全とどういう価値判断をなさるか、この点の
検討がもう少し必要なのじゃないかと私は思うのでございます。この点をもう少しよく御
検討いただきまして、その上でこのスミチオンを散布する、しない、あるいはどういう方法でやるというようなことを御
決定願いたい、かように
希望するわけでございます。
以上で私の話を終わります。