○原(茂)
委員 いまのお話で西欧を簡単に言った中に、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス等をひっくるめてお話があったと思うのです。おっしゃることは、おおむね妥当だと思うのですが、言われている中に何回か、よく調べ、よく
調査をしという発言があるのですが、たとえばユーゴのごときは、二十六年という苦闘の歴史の中から、現在の自主管理評議
制度というのはできたわけですね。特に私が関心を持って飛鳥田発言というのを、きょうお伺いしようと思ったのは、
日本で、いまあるバロメーターではありませんが、相当
程度参考にしていいなと思うのは、私は、検討した結果では、ユーゴのこの事例というものは相当
程度日本に取り入れるときに、大変取り入れやすい要素がいっぱいあるという考えを持っておりますし、ドイツの経営参加の
責任分担のあり方等を見て、ちょっと
日本では行き過ぎて無理だ、これはやはりユーゴが一番いいのだというふうに、いままで検討した中で考えていたので、飛鳥田はなかなかいいことを言ったなと思いましたし、
日本の
労働行政の
指導的な地位にある
労働省が、当然この種のものは
調査し、検討を十分しているだろうと思ったし、その期待で実はお伺いをしていたわけですが、どっこい、私や飛鳥田が一番いいなと考えているこのユーゴスラビアあたりの自主管理評議
委員制度というものに対しては、検討しておりません。こんなことで
日本の
労働省が、この
労働問題というものの非常に
政治的なウエートの強い問題を考えているとは言えないと私は思いますので、この点は皆さんが大変怠慢だと思います。
したがって、西欧と言われる一般の中に、やはりユーゴも加えながら今後大至急に検討をして、私はある種のものを、
日本の現状とユーゴなり、あるいはドイツなりなんなりというものの行っている現在の方向というものを、それが総評だとか同盟だとか、あるいは中立労連だとか国際金属労連だとか、そんなことに拘泥しないで、
日本の現状からいって好ましい今後の経営参加の方針というのは、こういうものじゃないだろうかというようなものは、大胆に
労働省として出していいのじゃないかと思うのです。
何もびくびくびくびくして、こんなもの言ったのじゃ総評からやられやせぬか、これを言ったのじゃ同盟から反発だ。こんなびくびく行政が、私どもが見ていると、
労働省のへっびり腰がまことに遺憾なんです。いい悪いは別ですよ。われわれも大胆に批判しますから、やはり私は大胆に出していいと思う。
国の
労働者全体の幸せを考えた上で、これが保守党であるから、その性格がにじみ出してこようと、あるいは革新政党であったために逆の何かが出てこようと、やはり時の行政をつかさどる監督者の立場から言うなら、私は、大胆に
労働省というのが、
日本の好ましい
労働運動の今後の方向というものを、ずばりと出されるようになってこないと、いつまでも、あっちでもこっちでもいろいろ暗中模索して試行錯誤をやっている、そいつを見ているうちに、一番いいのだけおいしくちょうだいしようみたいな、あるいは何か口を出せば、やられそうなというようなことを、あんまり大木に気がねする、天池に気がねする、何に気がねするなんてばかなことをいつまでもやっていない、いわゆる
労働行政というものが、指針的な、やはり
労働省のこうあっていいのじゃないかというものが大胆にいまこそ出されないと、それがたたき台になって結構なんですから、それで
国会でも論議しようじゃないですかというようなものが、いまは出されていい時期がもう来ている。
高度
経済成長のパターンが非常に大きく変化しながら、低成長下における
労働運動のあり方というものを、みんな模索している最中ですよ。国の行政機関としては十分な勉強ができるはずですから、諸外国の例を取り入れながら、
日本の現実を踏まえた上で、こういう方向が現段階ではいいのじゃないか、あしたはこれがいいのじゃないかというようなものを出してこないと、私は大変国民的な損失になっているように思う。
これはもう時間のロスから言っても、あるいは何とか闘争、何とか闘争というのをやっていて、そこのどこかに何か支障みたいなものがあると、それがだんだん解消されていくようなことだって、われわれの側、
労働者の側から考えることがあり得るのですから、そういう意味では、やはりいまの混迷した状況というものに対する
指導的な役割りというものも、誇りを持って、自負を持って果たしていい時期が来たと私は思う。従来の態度はへっぴり腰で、あっちにも気がねし、こっちにぶつかったら大変だというような態度だったように思うのですが、これは大胆なものを出す時期が来ていると思いますが、
大臣、どうですか。