○坂田国務大臣 実は十月二十九日、昨日でございますが、各幕僚長、統合幕僚
会議議長、技術研究本
部長あてに
防衛庁長官といたしまして「昭和五十二年度以後の防衛力整備計画案の作成に関する第二次長官指示」ということをいたしたわけでございます。
これは、四月一日に実は第一次長官指示というものを行っております。その内容といたしますところは、今後ポスト四次防を
考えるについて、極力その要員を抑制するということが
一つ。それから、いままでは高度経済成長下にあって、しかもゼロから出発したわが自衛隊としては当然なことであったと私は
考えるのでございますが、これからはいよいよ安定経済へ入っていく、そういうことから、正面装備もさることながら、後方支援体制とか抗たん性とかというところに重点を置くべきだという指示を第一次指示にいたしております。しかし、それの背景となるところの防衛構想というものがなくちゃならない、そういうわけで、ちょうど四月から五月、六月と三カ月にわたりまして「防衛を
考える会」を発足いたしまして、その報告書を得たわけでございます。それはどういう
意味かと申しますと、国民の大方の良識ある方々は日本の防衛についてどういうふうに
考えておられるだろうか、あるいは国民一人一人の自由と安全を守るということについて、どういう安全保障上の
考えを持っておられるだろうかということを知りたかったわけでございます。その報告書も出ました。そういうこともにらみ合わせながら、参考にいたしながら、今回二次の長官指示というものを出したわけでございます。
それはまず侵略の未然防止。みずからの国の独立と平和というものは、やはりみずからの手によって守るという決意を具体的に明示をして、そして武力侵略を容易に行わせない体制をとるとともに、米国との安全保障体制の有効な維持を図ることによって、すき間のない防衛体制を構成して、わが国に対する侵略を未然に防止する、こういうような
考え方、しかもそのような体制を保持することは、またアジアにおける国際政治の安定的均衡の維持に寄与し、そうしてそれは世界の平和と安定に貢献することになるのだ、こういう
考え方。そして侵略対処あるいは災害救援等の位置づけをも
考えております。
したがいまして、常備すべき防衛力といたしましては、通常兵器によります限定的な侵略の事態に対して対処できるということでございます。いままで限定的な侵略ということに対しまして、局地戦ということに対処できるという表現をしておりましたけれ
ども、これは同じ
意味でございます。
そういうわけでございますが、どうしてこういうような
考え方を持ったか。一口に申しますと、平和時における基盤防衛力と申してもいいと思うのでございますが、どうしてそういうような発想が出てきたかと申しますと、まず国際情勢であります。これは緊張緩和というものは、中ソの
関係、これは対立
関係にございます。あるいは米ソ、米中の
関係は緩和の
状況にある、こういう前提で、今後同じように緊張緩和の方向にあるという判断でございます。
それから経済事情は、いまも申し上げましたように安定経済へ行く。財政事情あるいは経済事情はなかなか困難な
状況が出てくる、そういう制約が一面にある。しかしながら、日本国民のあるいは日本国の安全ということは一日も忘るることのできないことである。しかしそれは、私がかねがね申し上げますように、日本の防衛力というものは、他国に脅威を与えるようなものであってもならないし、民生をはなはだしく圧迫するようなものであってもならないんだ、こういうような、過大でもなく過小でもない、そういう適当な防衛力というものを平和時における基盤的防衛力、こういうふうに
考えるわけでございまして、今後常備すべき防衛力というものは、四次防を見直しまして、あるいは反省をいたしまして——反省ということはちょっと言い過ぎかと思いますが、見直してみて、そうしてもう少し機能及び組織を備え、それから配備につきましても均衡のとれたものにしたい。まあ平たく申しますと、小ぢんまりしておるけれ
ども本当に即応力のある、対処できる防衛力を持とう、こういうふうに
考えておるわけでございまして、小規模の直接侵略事態に対しては原則として独力で対処し、
早期に事態を収拾し得ること、しかし、そういうような事態を越えるような侵略事態に対しては、情勢の変化に応じて有効に対処できるようにしたい。つまり、基盤防衛力があれば——、いまは平和時てある、しかしそれが緊張してくる、あるいは有事に至る、そういう事態になるならば、これが移行し得るような、そういう基盤防衛力なんだ。というのは、その防衛力というのは一朝一夕にできません。要員の養成にいたしましても訓練にいたしましても、十年とか五年とかかかりますし、あるいは艦船
一つとりましても、五年、六年というふうにかかるわけでございます。飛行機にいたしましてもそうでございます。そういうわけでございまして、やはり絶えずこの防衛の努力はしなければならない。しかし、それは過大なものであってもいけないし、過小なものであってもいけない。そうしてほどよいと申しますか、小規模の事態に対処できるものであって、国民が侵略に対して抵抗する強固なる意思というものと、そういう適当な防衛力と、そして
日米安保条約、この三つが一組みになった場合においては、ちょうど毛利元就ではございませんけれ
ども、三つの矢が
一つの矢であるとすぐ折れてしまうけれ
ども、三つの矢を一緒にするならなかなか折れがたい。そういうように、防衛の国民の意思、それから防衛力、そして
日米安保条約、この三つが一緒になるならば、大国といえ
ども日本を侵すことはない。そのことによって国民一人一人の自由と安全とが守られる、まあ生存が守られる、こういうような構想でございます。