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参考人(
甘粕健君)
文化財保存全国協議会事務局長の
甘粕でございます。
私は六二年の平城宮の
保存運動以来
全国の
考古学研究者あるいは市民の
方々とたびたび
国会請願等々を通じて、国民の共有財産である
文化財、とりわけ専攻の
関係もありまして、
埋蔵文化財の
保護ということに努力してまいりました。今回、
国会でその
文化財保護の基盤、かなめになる
保護法の
改正の問題を積極的に取り組んでいただくということに非常に感謝しているわけであります。私は、そのほか、学術会議の文化的
環境保護と育成の小
委員会というふうなことをも通じまして、今回の
改正に当たっても在京の八
団体——歴史
関係、
考古学関係、
文化財保存団体、こういうものと一緒に
改正の過程でもいろいろと要望してまいりました。そして最終的に、現在案が
衆議院を通過してここで御審議になっているわけでありますが、この中で、特に
埋蔵文化財の問題に関して、この点に関してはぜひここで再
検討していただきたいという問題にしぼってお話ししたいと思います。
それは
櫻井先生からも御指摘がありましたけれ
ども、五十七条の五でございますね。
埋蔵文化財、これが土木
工事の過程で発見された場合の措置でございます。これについては
幾つかの問題があるわけですけれ
ども、第一に、これはこの法律では発見の
届け出があってから一カ月以内に、停止、中止の命令を発動するということなんです。この中止、停止命令権というのは、非常に強い、いわば伝家の宝刀的な意味を持っているわけで、われわれ非常に重視するわけでありますが、これがしかし発見があってから一カ月以内に発動しなければ時間切れになってしまうというところが非常に問題があるわけです。現実に各地で問題が起こっている
状況を見ますと、何しろ
工事のさなかに発見されるわけですから、それが
地域住民や
地域の
研究者の通報によって辛うじてその実態がつかまれる。それから市なり県なりに通報される。それがさらに
文化庁に通報される、そういう段階をとるわけですね。その場合、
文化庁長官は、地元の
地方自治体とも相談して、非常に強い、その
遺跡が非常に重要な
遺跡であり、
保護上
調査が必要である、そういう非常に重要な判断を下さなければならないわけですから、その間一カ月というのはいかにも非現実的である。せっかくいい法律をつくってもこれは抜けない宝刀ではないかということを深く憂慮するわけであります。これはこういう伝家の宝刀を非常に強く期待していればこそこの点はどうにも納得できないという点が第一点であります。
それから第二点は、たびたび問題になっていますけれ
ども、当面九カ月、五年後には六カ月という停止
期間の限界でございますね。これがこの法律では非常に厳しく、とにかく
届け出があってから通算六カ月あるいは通算九カ月ということですから、いろいろごたごたがあって、ぎりぎり一カ月以内に発動されたとしても、まず最初の三カ月、それでどうしても片がつかない場合には、さらに三カ月ということで段階的になっているわけですけれ
ども、これは現在
埋蔵文化財の破壊というものが年々大規模化してきている。それから学会や住民の
遺跡に対する認識というものもだんだん深まってきている中で、
調査を要する
範囲というものはますます広がってきている。それからまた、
調査の内容というものも充実していかなければならないということで、ここ数年来の
調査の実態を見ましても、やはり年を越すという場合が非常に多くなってきているという実態をぜひ踏まえて、この問題を再
検討をしていただきたいと思うわけです。
そういう点で、具体例でここ数年問題になった
幾つかの
遺跡の例を挙げてみますと、たとえば姫方
遺跡の問題、参議院でも問題にしていただきましたけれ
ども、これは四十六年二月に造成が開始されたわけですけれ
ども、しょっぱなの段階ではそこの三基の古墳の
調査ということから始まったわけですけれ
ども、そしてこれは一応
調査は終わったと、
教育委員会ももうあと何もないからやってよろしいといった段階になって、今度はブルドーザーが入った段階で下からかめ棺が続々出てくるということですね。ですから、これに対して対応するまで非常にやはり時間がかかるわけです、現実の問題として。そしてここでは、かめ棺、最終的には四百基のかめ棺が出たということでございますけれ
ども、現実にはもうブルドーザーに追われながら
調査が進んで、最終的にはほとんど全滅してしまったというケースですけれ
ども、この場合なんか最もそういう停止命令権を出してもらいたい、そういうケースだと思います。それでは四百基のかめ棺を
調査するのにどのくらいかかるだろうか。これはちょっと経験もない大きな
調査で、なかなかあれはしにくいと思うんですけれ
ども、たとえば九州大学が福岡県の有名な須玖
遺跡、この大かめ棺墓地を
調査したという例があります。この場合は十六日間かけて十九基を
調査しておられます。これは非常に優秀な
調査団だったと思いますけれ
ども、ですから、結局一日に一・二個の割合で上げているということになりますけれ
ども、非常に強力な
調査団でこうなわけです。ですから、この四百個のかめ棺をそれで割ってみますと、姫方の場合はやっぱり約一年間当然かかるわけです。しかもこういう
調査は長引けば長引くほど逓減するといいますか、だんだん能率は落ちていくわけですから、こういうことを考えますと、非常にやはりこの六カ月ないし九カ月という制限というものは問題であると思います。
それから、同じ九州の塚原古墳群の場合も、これは九州縦貫道路の通る御承知の
遺跡でございますけれ
ども、これも最初はここは通してもいいだろう、
遺跡はほとんど重要な古墳がある部分はこれで避けられるというところで問題が始まったわけですけれ
ども、結局幅五十メートル、五百メートルにわたってべた一面に地下に方形周溝墓だとか古墳の跡であるとかあるいは前方後円墳の堀であるとか、そういうものが出てきて、合計九十八基の
遺跡がここから出てきて、足かけ三年かかって
調査をしたというのが実態だと思います。こういう場合は、決してこれからは例外的な例ではないと思います。特に、
日本のこの
集落遺跡あるいは墓地の
遺跡というようなものは、まさに
埋蔵文化財でありまして、
表面の土器の散布などであらかじめわかる場合はありますけれ
ども、特に道路建設なんかの場合に突然発見される。その場合も、前のここの
委員会でも問題になっていた大阪の池上
遺跡などの場合も、塚原とそういう意味ではよく似ていて、延長五百メートルの道路敷全体が大きな弥生の大
集落の中心部に当たっているということですから、池上
遺跡の
調査の場合もすでに二年半という年月を費やして
調査が行れています。
また、浜松の伊場
遺跡の場合は、いま第七次
調査が昨年終わって、
調査自体は一段落したという
状態だと思いますけれ
ども、これは一九六九年の十二月から始まっているわけですから、五年間の日時をかけているわけでございます。こういうことで、さらに、もっと具体例はいろいろさらに詳しくお話しできればと思いますけれ
ども、こういう
状態で一端を御理解いただきたいと思うわけです。
次に、もう
一つの問題としては、では
調査体制を整えればいいのではないかという問題があると思います。しかし、いま申しましたように、学会の、学問の要求、それから国民自身の
文化財に対する要望というものが高まって、
文化財自身の
価値が高まるという
状況の中で、一方では、
調査の
技術水準が上がるということは確かに合理化されてスピードアップする面もあるけれ
ども、しかし、新しくいろいろ手を打たなければならない問題というものもふえてくるわけで、決してこの問題は、
技術が進み、そういう
技術開発が進めばスピードアップできるという性質のものでは本来ないということであります。
それから、しかもこの法律は、今回制定議決されれば三ヵ月以内に施行されるわけでありますから、現在、国を含めて確かに
事前調査の体制というものは
強化されてくる。この
政府の
資料を見ましても、そういう
調査のための各都道府県の技官、そういう専門職員が四百人を超えたわけでありますけれ
ども、しかしこれは、ここ数年間に五倍ぐらいの伸び率を示したわけですけれ
ども、一方破壊の方は、いま年間二千件という実態になっているわけですから、これはこの十年間にほぼ二十倍近い伸びになっているわけです。残念なことに、この伸びというものは足踏みすることなく続いているということでございます。ですから、これは単にその
調査体制を
強化するということでは解決がつかない問題であろうというふうに考えます。
この点に関して言えば、これは伝家の宝刀として用意されているもので、一般には従来どおり
協議、指示的な条項で
指導するということだと思います。ですから、そういう点では、理論的には特に
期間の制限ということが一般的な場合にはないということが言えるわけでありますけれ
ども、この点が非常に私
どもは重要だと思うんですけれ
ども、現在、当然のことながら、各地の開発は何とかしてこの
調査の
期間というものを切り詰めて早く着工させてほしいということで
全国でしのぎを削っているわけであります。そういうときに、たとえば、この六カ月ないし九カ月というものがあれば、体制を整えれば
調査ができるのだということがいわば法律的に裏づけられるということはいかにもまずいということであります。現に、各都道府県の努力によりまして、実質的には一般の大規模開発の
事前協議に近い
状態になっている面はあるわけですね。建築申請とからめて
文化財関係の問題が解決しないと許可がおりないということで、実は各地で大規模開発がメジロ押しにその
条件が満たされるのを待ってくれているという
状態があるわけですよ。これは、これまでの
保存運動やいろいろな経過を経て開発側も
考古学の
調査、
埋蔵文化財の
調査というものは非常に暇がかかる大変なものなんだということを不本意ながらも認めざるを得なくなってくるわけですね。そういう点で、最初のうちは時間切れだというので強行突破を、ブルドーザーを入れるということを繰り返してきたわけですけれ
ども、やはりそれは得策でないということになって、場合によっては一年でも二年でも待つということになっているわけです。ですから、いまここでこういう期限条項というものができることによって、そういうたとえば悪質な業者が強行突破した場合も、約束の
期間に
調査が済まなかった、
調査団のが悪い、
教育委員会のが悪いということになりかねない。従来でしたら
協議ということで、特に期限がない場合は、いわば道義的にそういう強行突破をしても強行突破をした業者を批判することができた。ですから、二回、三回と繰り返すことはできないということだったわけであります。もちろん、ですからいままでの法律でもそういう強行突破をとめる、それだけの法律的な裏づけがなかったわけですけれ
ども、しかし、実態として、そうなってきているのだということをぜひしっかりと踏まえてこの問題を
検討していただきたいと存じます。
それで、ではわれわれどういうことを積極的に望んでいるのかといいますと、もちろん、この停止命令権というものは非常に有効なものである、もしこれがそういう実際には発動しにくいというふうな
状況でなければですね。ですから、その点では決して伝家の宝刀に終わらせずに、どしどしこれは必要なときに打っていただいて結構です。その場合は、一カ月の前の方の期限、それから後の方の六カ月の期限というものはあっても、抜きたくても抜けない。抜く場合もたまにはあるかと思うけれ
ども、それは、その限りは、その間でおさまっても、実際一番抜いてもらいたい非常に大きな
遺跡のときに、これでは抜けないじゃないかということをわれわれは考えるわけです。ですから、これは素人考えですけれ
ども、やはりただ期限と
範囲を定めて、とにかく
調査が終わるまでは待たせるという趣旨で私は当然だと思うわけです。その点ぜひ
検討していただきたいということであります。
そして、いまこれは決して小さな問題ではなくて、今回の
改正が主としてやはり
埋蔵文化財というものが
全国で三十万カ所あると言われているわけですが、これは非常に多いわけですけれ
ども、これは、とりもなおさずそれぞれの
地域地域に大事な
埋蔵文化財があるということなんです、国民の住んでいるどこにでも。だからそれをどう守っていくか、いままでの
史跡指定という
制度が一番強い
制度だったわけですけれ
ども、これを
指定主義とわれわれ言っておりますけれ
ども、これは非常に限界があるわけです。いまのところ三十万カ所ある
埋蔵文化財のうちに、恐らく埋蔵
関係の
指定遺跡は一千件足らずだと思います。現在のスピードで
指定をどんどん
強化してもらいたいんですけれ
ども、これはやっぱり目に見えているわけです、いまの法律の枠内では。三十万カ所の
遺跡のうち、まず六千カ所は何とかということを
文化庁も考えておられるようですけれ
ども、これでも、これが完全に
指定にされても、まだまだ非常に重要で、学会も
地域住民もぜひ残したいというものを
指定によって守るということは困難なわけです。ですから、
指定の
制度を
強化すると同時に、たとえば五十七条の二項というものを
強化して
許可制にする、あるいは不時の発見のときだけではなくて、一般の土木
工事の周知の
埋蔵文化財包蔵地における土木
工事の
届け出に対しても中止、停止の命令ができるということにして、この
届け出を出せば、そうして
調査をすれば、しばらく待てば
工事ができるんだということではなくして、やはり重要な
遺跡は最大限残していくと、そういう方向で改定していただかないと、幾ら
調査体制を
強化しても、それは根本的な解決にならない。
それについては、そういう点でますます総則
関係の第一章ですか、
地域計画
策定時において国が
埋蔵文化財の
保存というものを配慮しなければならないという最初の自民党案にもあったこの条項ですね。それから企業にも国の
施策に協力して、
文化財保護に積極的に協力する義務があるということを盛り込んだ条項だとか、それから国、
地方自治体自身が積極的な
文化財保護の
策定の義務があるとか、そういう総則
関係の改定というものが非常にやはり実際的な意味があるんだというふうに考えます。
それから
事前協議が今度は法制化された、実質的には法制化されたということは確かに大きな改善です、そういう意味では。ですから、これはぜひ緊急
調査、
事前調査のための
事前協議にならないように、最大限大きな開発の中で国等の開発は積極的に
遺跡を残していく、そのための
事前協議にしていただきたい。そうしなければ、ますます緊急
調査がふえる一方で、これは決して抜本的な対策にはつながらないのだということを強調したいと思います。
それにつけても、この五十七条の三でございますか、新しい官庁同士の
文化庁と開発側の省庁との話し合いというものには、ぜひ
文化財保存団体あるいは学会、そういう生の声が反映できるような、そういう何らかの裏づけというものをぜひつけていただきたい。もしいままでの一般的な
届け出の書面審査から、全体二千件のうちの七割に及ぶ国等の開発が全部
事前協議になるとすれば非常に結構ですけれ
ども、それにはその
事前協議をこなす膨大な中央に機構がなければ、
文化庁としてはやっぱり当然こなし切れないだろうと思う。そうでなければ、向こう側が出してきた計画に盲判を押すということになりかねないわけです。ぜひこの点も十分考えて、特にそういった国民の世論というものを反映して、
事前協議条項が本当に生きるように、このように切望するわけであります。