○山原
委員 いまのような現状にあるわけです。
そこで、高専をもう一問振り返ってみますと、
一つは私は六・三・三・四の
学校体系というものを、いわゆる六・三・五というものを並行させた複線型としたというところにあると思います。これは御承知のように、六一年、三十八国会で成立をした
法律で、一九六二年に発足をして、いま十三年目を迎えているわけですが、現在六十三の高専があるわけですね。
ところで、この設立までのいきさつをちょっと調べてみますと、当時の荒木
文部大臣はこういうふうに言っているわけです。「複線型の方がより多く青少年に
教育の場を与えることにもなるし、」と国会で答弁をいたしております。さらに「複線型をこの際創設することがより
教育目的にかなう」こういうふうにも言っております。これに対しまして、いろいろな
意見が国会でも出ているわけですが、その
意見を少し申し上げてみますと、
一つは「六・三・三という
学校全体系がいいかどうかということを、基本的に再検討してみる必要がある」、また「そういうことを全然触れないでおいて、先の方だけを局部的に拙速的にいじくることはちょっと問題ではないか」という
意見も出ております。その他の
意見を申し上げてみますと、「産業需要を
教育計画の基本としている」のではないかという質問も出ています。また「
一般教育を軽視したつめ込み主義
教育」になりはしないかという
意見も出ています。それから「
教育の袋小路になりはせぬか」というのも出ているわけですね。それから「その場かぎりか、あるいは短期しか役立たない技能者の養成に終る恐れ」はありはしないか。さらに「全人間的な人間形成においてかけるものがあるのではないか」、こういった疑問があるわけです。今日の高専の現状を見ましたときに、これらの疑問というものが必ずしも不当な疑問ではないということも言えると思いますね。
それから、産業界の、要請の問題について、こういうふうな疑問が出されております。「産業界の要請」に即応するものではないかという指摘が国会でなされておりますが、これに対して当時の荒木
文部大臣は、「産業界の要請なんというものは第二義的結果論であって、」こう言っています。しかし、その次の答弁で荒木
文部大臣は、「ルンペンを養うために
学校を作るべきでないことも当然のことである」と言っております。そして引き続いて、「需要面からのみ言えば、露骨に言って、いささか安きについたように見えはしましても、本来国がなすべき
教育目的の重大なポイントである、」と述べております。そして次に、「その」、「その」というのは、産業界のという
意味ですが、「その要請に応じ得ることそれ自体が
教育目的を達することにもなる。」と述べているわけです。
この一連の質疑、そして荒木
文部大臣のこの高専設立当時の法案
審議に当たってのやりとりを見てみますと、結局荒木
文部大臣は、つづめて言えば、
教育を労働力の需給政策の一環として位置づけておる側面を持っておるわけです。それからさらに、産業界の要請にこたえるのが、いろいろ、第二義的だという
お話がありますけれども、話の経過を時間を追ってだんだんたどってみますと、産業界の要請に応じるのが第一義であるということを漏らしているわけです。そして、こういう
言葉も出てまいります。「東海道だけでは不十分だ、現在の交通量はまかないきれない、もう一本二級国道的なものを
考えねばならぬという
意味合いでございまして」と、こういう答弁が出てくるわけですね。そうしますと、この「二級国道的な
意味合いでございまして」という
言葉は、大変重要だと思います。これは明らかに複線型、そして差別、選別体制づくりではないかと指摘されるのは、この
言葉からするならば当然だろうと思うのです。
こういう過程を踏みましてこの
法律は成立をして、この高専が生まれるわけなのであります。
ところで、当時、御承知のように専科
大学の問題も出ておりましたが、つまり高専というかっこうになりました。これは結局袋小路をつくるということがもうこのときから大体わかっているわけですね。そして現在はどうなっておるかといいますと、これはいろいろな問題が出ておりまして、私もここで高知高専の実態を取り上げたことがあるわけですが、教員数にいたしましても、非常に兼務者が多くなっております。それから、いわゆる袋小路、これも出てまいります。それから、非常に非民主的な
学校運営というものもあるわけです。なぜなら、ここには教授会はもちろんありませんし、そうして校長さんがほぼ絶対的な権限を持っているわけです。そして、私が取り上げたのですけれども、たとえば全寮制にしましても、退寮したいという場合には退学願を出さなければ退寮ができないという、こういう状態、あるいは主事室
制度というので主事などという者が非常に力を持っているというような、いわば大変異質なものが存在して、もっと端的に言えば、密室の中の
教育というふうな、そうい 呼び方ができるようなものもあるのではないかと思うわけです。こういう形で十三年間続いてまいりました。この高専をどう見るかという問題です。
私、
幾つかの資料を見てみますと、この子供
たちが、袋小路でなくて、もっと
大学へ行きたいと思っているのは当然ですね。これは何とかしてあげなければならぬという、これはお互い一致すると思います。その袋小路を解決するために、いま出ておるところの技術科
大学院という修士課程の
大学院を設置することがいいのかどうかは分れますけれども、とにかくこの子供
たちのすぐれた
可能性というものを、本当にこの希望に従って伸ばしてやるというのは当然のことなんです。ところが、これはこの間から答弁にもありますように、確かに
大学進学の道は開かれているけれども、実態はどうかと言いますと、たとえば「実質は袋小路といってよい」という、これはある方の資料でございますけれども、「
文部省の調査で七〇年度の卒業者のうち、進学希望者は二三一人とあり、実際に進学できたのは一三三人で、「そのほとんどが
私立大学か地方の
国立大。東北大を除く旧帝大は高専の編入学をシャットアウトしているのが現状」となっている。なお、七二年度から東工大が三年編入募集にふみきった。法的には三年への編入が可能だが、
国立ではほとんど不可能で、二年編入が主であり、それも実際にはなかなか編入できず、全国から受験者が集まっても、
国立への合格は毎年数名あるかないかといった狭き門となっている。」こういうことが出されているわけですね。
そこで、これをどうするかという問題は、これは安易な道を
考えるのではなくして——
文部大臣いらっしゃるときには言いたいことを全部言っておきますから。この袋小路をどう解決するかということは、本当にこれは
考えなければならぬ、私はこういう
方法だってあると思うのです。
大学三年へ編入できるような
教育内容を高専の子供
たちに与えていくという
方法はないのかという問題ですね。それからもう
一つは、高専をもって
大学にする。これは子供
たちの希望を見てみますと、本当に
大学へ入りたいというのが希望ですから、そういう点で高専をむしろ改組して
大学にしていく。この高専に二年をくっつけて、下の三年は付属高校としたっていいんじゃないかという
考えもあるわけです。何とかそういう点で
考えれば、そこから余り無理をしないで修士課程に、
大学に対しても子供
たちが行くことができるわけですね。ところが今度の場合はかなり無理をしなければならぬという、その二年間の予科的なものを存在をさしていくというこの不明な部分ですね。これが果たして、こういう私が言いましたような
教育を受けてきた子供
たち、こういう
学生がここで一体どうなるのかというような問題を含めて検討しなければならぬのではないかというふうに思うわけてす。
しかも、これ以上演説をやっても——それで、こういう調査も出ているわけですね。
大学への希望者の統計が出されておりますが、それを見生すと、何と文科系を希望する
学生が多いのですね、四四%。理科系が三六%、工科系が二一%という数字が出ておりまして、これは
大学進学の希望者であります。それから合格率を見てみますと、入学率ですね。文科系が八〇%に達している。そして理科系が一〇%、工科系が一〇%。こうなりますと、
国立高専を卒業した
学生たち、これが多くが文科系へ入っているという状態ですね。だから、じゃ、この
学生たちはむしろ高専
教育には不適格な
学生ではなかったのか。十五歳のときに進路を決定をされて、そして高専に入ります。入りますが、多くは文科系を志望しておるという事態が出ておるわけですね。そうしますと、高専
教育に対して適格な人が多いんだろうかという疑問も出てくるわけですね。ここらの問題を
考えますと、高専
教育というものについては相当綿密な検討が加えられなければならぬというふうに思うわけです。これを袋小路をなくするからと言って、何となく一段とまた質が低いと言ってはいけませんけれども、また何か職業人を養成するような
大学院をつくっていく、こうなってくると、何と言いますか、格差とか差別とかいうようなものは依然として抜け切らない、いわば肩身の狭い者がここで、しかもかなり無理をしてできるのではないか。この
学生たちの袋小路をなくしていかなければならぬけれども、またまた矛盾の上に矛盾が積み重ねられるのではないかという疑問が生じてくるわけです。
えらい長く申し上げましたけれども、この私の疑問に対してひとつ答えていただきたいと思います。