○林(大)
委員 亡くなった
松村謙三先生が「三代
回顧録」というものを残されておりますが、私は、その中の一節をここに切り取って持ってまいりました。これは
昭和三十年の第二次
鳩山内閣当時の
文部大臣であられた
松村先生が、同じ
内閣の
外務大臣をしておりました
重光先生が
外務大臣の現職でニューヨークにマッカーサー元元帥を訪ねられた、その報告を
重光さんが閣議でなさったということでございますので、私は、閣議に果たしてそういう報告があったかどうかまでは調べておりませんけれ
ども、これは
松村先生が
回顧録の中で出されておりますので、それを信じてここに引用したいと思いますが、
重光外務大臣がマッカーサーにお会いしたときに、マッカーサーが開口一番
重光さんに質問したのは、ちょうど
昭和三十年でございますから、終戦後十年ほど経過した時期でありましたでしょう、それを考えてマッカーサーは、この十年間に日本がここまで復興したその最高の殊勲者はだれだと思いますかという質問をなさったということであります。
重光さんは、これは多分マ元帥あなたですよと言わせたいのでそのような質問をしたのかと実は内心思ったものですから、黙っておったそうであります。そうすると、マッカーサー氏は重ねてこのように言われたそうです。それは日本の
天皇であるということを言われたそうです。なぜかといいますと、その年数は、私はここに書いてございませんけれ
ども、
天皇が第一回にマッカーサー元帥を御訪問なされた事実がございますけれ
ども、そのときに、外国の王室にかかわる方々であれば、そういうことをなさらずに、国が破れれば一番先に国外に逃亡するかあるいは戦勝者に対して命ごいをするというのが、大体外国の歴史の姿であった。ところが、日本の
天皇におかせられては、
一言半句もそのようなことをなされずに、すべての責任は私一人で負うから、
国民の
生活だけはひとつ大きく寛大な気持ちでこれをやってもらいたいということを、
天皇がマッカーサーにお話しなされておるということでございます。そして
最初は、マッカーサーは、敗戦国の
天皇が命ごいに来たのではないということで軽べつの念を持ちながら
天皇をお迎えしたのでございますけれ
ども、
天皇とお会いして、その言葉から、しかも
天皇の本当に真心あふれる真摯な御態度に深く感動しまして、そして最大の敬意を払ってこれをお送りした。したがって、その
天皇を中心に日本が敗戦以来立ち上がったのであって、一番の殊勲者は私は
天皇であると思っているというようなことを、マッカーサーが話されたということを松村謙三さんが
回顧録に書きとめてございます。
先ほど
次長が、
皇室財産の問題で、こういう例は諸外国にはあまりないではないかということを話しておりますけれ
ども、私も全く同感なんです。何々家と言えば必ず姓がございます。しかもこれは、外国の王室にも、たとえばハプスブルグであるとか、あるいはホーヘンツォレルンであるとか、あるいはまたチューダーであるとかロマノフであるとかブルボンであるとか、シナにおいても劉家であるとか趙家であるとか、必ず姓がございます。しかし、わが日本の
皇室には姓がございません。姓がないということは、世界の王室史上まことに奇跡的なことじゃないかと私は思うのです。こういう姿を私は、もっと堂々と
国民が自分の心にこれを受けとめて、それを
国民が自覚するような堂々たる姿が日本の
国民にあってもいいじゃないかと思うのです。それが敗戦以来、
天皇は戦犯の第一号じゃないかというようなことを言わせながら、しかも、それをそうじゃないのだと言えば、それは大変軍国主義的な右翼のやからの言うことだというような、そういう風潮がはびこっておった時代もありますけれ
ども、これは私は大変な誤りじゃないかと思うのです。
私は、これを誤りであると否定するについて、大変饒舌を弄して恐縮でございますけれ
ども、人間の大脳の構造を話してみたいと思うのです。人間の大脳の構造の中で、左右二つの大脳が合わさっておりますが、その合わせ目が実は大脳の古い皮でございまして、古皮質と呼ばれますけれ
ども、これは人間の欲望をつかさどる本能のバロメーターとなるところであります。ここから欲望が生まれてくるわけです。この欲望は哺乳動物は、どんな動物でも持っておるのです。この欲望のうちの大きなものは、もちろん自分の体を維持しようとする個体維持の欲望です。もう一つは、お互いに集団しようとする欲望です。もう一つは、種族を繁栄させていこうとする欲望です。この三大欲望は、哺乳動物はみんな同じに持っているのです。したがいまして、大脳の古い皮質から出る欲望の限りにおいては、人間も哺乳動物も何ら変わりはないということなんです。それが人間だけがなぜ別の面を持っているかというと、これは人間だけに抜群に発達した新しい皮の層があるわけです。これが大脳を包んでいる新皮質です。これは、ほかの哺乳動物にはないのです。あっても、それは大変後退しております。特に前頭葉と呼ばれるところは人間だけにあるものです。この前頭葉から人間の特性というものが生まれてくる。これは私が勝手にこじつけた理屈じゃなくて、大脳生理学の世界的な通説になっております。
したがって、人間と他の哺乳動物の差はどこにあるか。自分の体を養おう、自分の体を維持しよう、あるいは種族をつくっていこう、お互いに集団をつくろう、こういう欲望、これは牛や犬や豚やネコやサルにもあるのです。どんな哺乳動物にもあるのです。ですから、人間が自分だけをやろう、自分のためだけ動こうとするならば、その限りにおいては哺乳動物、他の動物と余り変わらないわけです。それが変わるのは、人間の脳を包んでおる新しい皮から出るところの知、情、意をつかさどる、そういう作用があるからである。その一番の中心が、前頭葉にある特性をつかさどるところである。したがって人間は、その心の中で価値意識というものを持っております。何がとうといか、あるいは何が正しいか、どうすればいいのか、どうしなければならないのかという価値意識と、それから行動に対する規範というものを自分の心の中に持っておる。これが他の哺乳動物と人間との違うところです。
そこで、そういうことを考えますと、他の動物であれば、何がとうといのか、何を大事にしなければいけないのかということはないわけです。人間だけが持っておるこれを伸ばしていかなければいけない。しかもこれは、心の純なるものほど最も強く持っておるというのがやはり定説でございます。
それを考えてきますと、日本の国が長い間
皇室をいただいて、しかも、その
皇室は御自分の姓というものを持たれない。しかも、代々の
天皇の御名には必ず仁の一字を付されて、そうして
国民すべてにえこひいきをつけることなく、どんな人でもあまねくこれに仁愛をたれさせたもうというお心が含まれておる。これを、やはり
日本国民はここでもう一度かみしめなければいけないじゃないかと実は思うのです。
大変饒舌が長くなりますけれ
ども、これは亡くなりましたのですが、かつてシナにおいて、曾国藩の再来ではないかと言われた湯恩伯という蒋介石総統の非常に信頼を受けた将軍がございました。曾国藩という方は、シナの清朝末期に出た大変すぐれた、シナの歴史でもまれに見るような人格者であるし、哲人であるし、しかも政治家であって軍人でありました。この曾国藩の弟子で李鴻章というのがおりましたけれ
ども、李鴻章などは、曾国藩から比べますと問題にならぬほど小人物であったはずです。この湯恩伯というのは、曾国藩の再来ではないかとまで当時言われておったのですが、この湯恩伯が、蒋介石総統が終戦のときに日本の
天皇制の護持につきまして大変お力を尽くされたその
理由を聞かれたことがあるそうですか、私はその
理由を直接この湯恩伯将軍から伺ったのでありますけれ
ども、そのときに蒋介石総統はこう言われたそうです。
日本の
皇室をここで守っていくということについては、幾つかの
理由があるのだ。その
理由の一つ一つみんなこれは大事だ。しかし、その中でとりわけ大事なのは、連綿として二千数百年——ことしは紀元で言いますと、二千六百三十五年でありますけれ
ども、その二千数百年連綿として皇統が続いてきているという姿は世界のどこにもないのだ。ただ年代が長いというだけならばあるでしょうけれ
ども、特に国と
皇室とのつながりを、このように心の奥底に持ってつながってきたのはないのです。実はわがシナにおいても、四千年の歴史の中で多くの王制が変わっておる。しかもシナでは、あくまでも政治の典型に王道ということを考えてやってきたが、それがシナではとうとう実現できなかった。ところがくしくも、シナでできなかったことが、日本においては
天皇を中心に伝わっておるじゃないか。したがって、この日本の
天皇制というものを守っていくということは、これは世界の歴史のためにも大事なことなんだということを言われたと聞いております。
このように、先ほどのマッカーサーの話にしましても、あるいはまた、いまの蒋介石総統の話にしましても、外国の心ある者は、非常に深く日本の
皇室のことを敬愛しておられる。
したがって、私はこの際、
政府におかれましても、もっともっとその点については率直に、勇気を持ってこのことを出してもいいじゃないかという気がするのです。それらを考えても、
天皇には全く自分というものがない。非常に広く、深く
国民すべてを考えておられるということであられるわけでございまして、それだからこそ、
日本国の
象徴であるし、
日本国民統合の
象徴であらせられるわけですので、それを
日本国民は、やはり改めてこの時期にかみしめなければいけないのじゃないかという気持ちでいっぱいなんです。したがって、それだけにまた、
天皇の御日常に御
不自由をおかけするようなことがあってはならないのじゃないかと思うのです。このようなことを、私がここで大胆に申し上げますと、あいつは右翼だろう、とんでもないことを言い出したと思う方も
国民の中にはおられるかもしれません。しかし、私は私なりにそういう信念で御
皇室に対して考えておりますので、どうぞ御
不自由のないように
お願いしたいと思っております。
それから次にもう一点、
宮内庁の
富田さんにお伺いしたいのですけれ
ども、それは
皇室の
財産について譲り渡しをする、あるいはまた
皇室が
財産を譲り受ける、あるいは賜与なされるというようなことがありますが、これは、そういう場合には国会の議決を経なければならないというように
憲法の八条に
規定がございますけれ
ども、これを受けて賜与または譲り受けの限度額というものを定めてあるようです。これはもちろん毎年、毎年この限度額を
改定しているようではございませんけれ
ども、このような非常に諸
物価の
趨勢あるいはまた
給与の
改定、それがなされるこの時期でございますので、私は当然これも出されるんじゃないか、譲り受けの限度額等についての
改定がなされんじゃないかと思っておったのですけれ
ども、今回出されていないようですが、これについてはどのような
理由なのか、出されなくても差し支えないのかどうか、お伺いしたいと思います。