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藤田委員 大蔵
大臣はよく冗談に、歯切れの悪い
大臣だということを時折おっしゃることを私も聞いたことがございます。いまの答弁を聞いておりますと、これだけ歯切れの悪い答弁はない。やはりそこにはかなり
大臣自身としても
自己矛盾を感じながら、どんな答弁をしたらいいのだろうかというようなことを
考えながら、この答弁をされたような気がしてなりません。
私自身、誤解を与えたらいけませんから率直に申し上げておきますが、妻の座を強化する方向に沿っての税
改正、このことに反対をしておるものではないのであります。このことは申し上げるまでもなく、個人の尊厳と両性の本質的な平等、いわゆる同一世帯間の水平的な
財産移動の問題について、この
相続税に対してできるだけ
非課税限度を引き上げていこう、あるいは世帯主の死亡後における
配偶者の経済的独立を保証するためには、それは
子供よりも
配偶者の
立場というものをできるだけ強めていこう、こういう基本的な
考え方について私は反対をしておるものではないのであります。これは賛成であります。
しかし、そこにはおのずから
社会通念としての常識的な限度というものがあってよろしいのではないかということを言っておるのであります。先ほどからも申し上げておるように、現実的に三十億からの遺産
相続をした人がいるわけですし、一億以上の
相続をした人が一昨年だけでも二千八百人からいる。そういたしますと、三十三億の遺産
相続をやった人の例からいけば、このたびの
改正では十億余の遺産
相続までの限度においては税金が全然かからないというようなことは——私は、先ほど所得税の課税最低限の問題をあえて取り上げましたのは、以下申し上げる理由にあるわけであります。
私は労働者の出身ですから、率直に言って、こういうめっぽうもない青天井方式の税
改正については、もうぴんとこないというよりも、ある
意味では一種の憤慨を覚えるものであります。
というのは、所得税の課税最低限は百八十三万円。そういたしますと、エンゲル係数五〇%ではありませんが、仮にその半分の九十万円を毎年貯金をしていくとして計算しますと、一日一人当たりの給食費が、飯代だけで五百五十円くらいの非常にまずい食事しかできないのですよ。そうして仮に百八十三万円の所得税の課税最低限の平均のところをとりまして、九十万ずつ貯金をしていくと、高等学校を出て二十から就職をして六十歳まで四十年間働いたとしたら、四、九、三十六で三千六百万なんですよ。もうサラリーマンのそういう
生活をして、食うものも食わず、飲むものも飲まずにためても三千六百万しかできない。
また仮に常識的な
考え方で言えば、年間二百万の平均所得として、わかりやすく言えば二割の貯金をする、年間四十万。そうして今度の課税最低限の四千万円の、税金のかかるだけの
財産をつくろうとすれば、百年かかるのですよ、百年。勤労者の
立場、サラリーマンの
立場で、まじめに労働者
生活を、勤労者
生活をやるような者からいけば、課税最低限のこの四千万というのは、本当に一生かかってもそれだけの
財産というものができない。
ところが一方では、十億以上もの
財産を引き継いでも、そこには何も税金がかからない。これはやはりおのずからそこに一定の節度というものがあっていいのじゃないか。そういう点からいけば、一億の
財産を
相続しても三分の一ですから三千三百万ということになれば、私は一億あるいは二億というようなところを
一つの目安として上限の枠設定というものをする必要があるのじゃないかと思う。そうしないと、一部ではあっても親からのあるいは主人からの
財産相続によって不労所得で飯を食っていくというような者が出てきて、
人間的にもあまり好ましい
人間づくりにはならぬのじゃないか。
こういう観点から
考えて、特にこの
配偶者の三分の一までは青天井という点については、サラリーマンの所得税課税最低限の問題等とも関連をさせて、私は私なりに
検討いたしますと、当然そこには、先ほどから申し上げておるような一定の枠の設定というものがあってしかるべきじゃないかと思うのでありますが、重ねて
局長及び
大臣の見解を聞かせてもらいたい。