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村上参考人 水産研究所の
村上でございます。私は、
赤潮全般に関しましての
意見を申し述べさせていただきます。
御承知のように、
赤潮の成因と申しますか、これは従来までにいろいろ言われておりまして、基本的には、その成り立ちが解明されていると申して差し支えないと
思います。
すなわち、まず第一点が、海の富栄養の問題であります。
御承知のように、大きな人為負荷、
汚染負荷の流入によりまして、
瀬戸内海を初め各地の内湾で、窒素や燐の濃度が非常にふえた。これを一口に富栄養
状態と申しておりますが、それとともに、海の底にそういうものがたまりまして、少なくとも
瀬戸内海などでは、
赤潮を起こすに十分なだけの栄養を備えているわけであります。こういったことがございませんと、
赤潮というのは本質的に生まれないわけなのです。
しかしながら、この富栄養だけで、それでは必ず
赤潮が出るかと申しますと、そこにはまだほかの条件がございまして、たとえば海そのものの条件、水の停滞であるとか、あるいは夏になりまして上と下の水が入れかわらない、これを成層と申しておりますが、そういった問題、あるいは
台風などによりまして、その入れかわらない水が上下攪拌されてしまうといったような、海そのものの条件、さらには日射であるとか雨が降るとか、あるいは気温が高いとかいった気象の条件。もちろん、この
赤潮というものが、主として光合成を行う植物プランクトンによってなされる以上、日射が必要なことは当然でございますし、また、雨が多いということ、つまり現在
赤潮をつくっております生物は、やや低い塩分、たとえば太平洋の真ん中の水に二、三割方真水を入れたような濃度の塩分、こういったものに一番適したものが多いわけで、そういう塩分の低下、あるいは陸上から川にたまったもろもろの栄養物質であるとかあるいは有機物を溶け込ます問題、あるいは海の水の動きを弱らせるというような問題、そういうようないろいろなことに
関係してくるわけでありますが、いずれにしましても、日射であるとか雨であるとかあるいは気温のような気象条件がございます。
さらに、今度は生物の側の条件といたしまして、
赤潮をつくっている生物は、いままでに諸先生からいろいろお話がございましたが、一つとして全く同じ生理条件が適しているといったものはございませんで、それぞれに特有の生理条件を持っております。したがいまして、増殖を一時に刺激するような要因となる物質あるいは現象もさまざまございまして、あるものは有機物であるとか、あるものは金属であるとか、そういう刺激的な要因が必要であると同時に、もう一つ、現在問題になっておりますような大型の
赤潮、発生の範囲も広く、持続期間も長い、したがって弊害と申しますか、
被害が起こりやすい
赤潮、それをつくる
赤潮の生物、これも先ほどからいろいろ御説明がございましたが、一体どういう種類の生物がそういう大きな
赤潮になるのか。これはいままで申し上げましたような条件のほかに、元来が
赤潮のごく初期の
状態というのは、
赤潮になるようないろいろな生物がわりにふえてまいりまして、その中から一つあるいは二つのものがぴゅっと急激にふえるといったようなことが多いわけです。それでは最終的に何が飛び出すかということ、それを解くかぎが、生物間の共存あるいは競合の問題でございますが、そういった条件がございます。
そこで、以下申し上げます
赤潮は、現在問題になっております。
被害を伴うような大型の
赤潮に限って申しますが、こういったものの発生を予測するということが一体できるだろうかということであります。
いま申しました条件から申しますと、結局基盤になる富栄養、こういう
状態がある。それから気象条件のうちで日射はともかく、雨などというのは、これは降り方によって非常に作用が違ってくる。たとえば四十七年に
播磨灘で大規模
赤潮があったときには、集中豪雨があった。四十八年、九年の場合にはそういった条件がなかった。それでは、その集中豪雨ということを予測できるかどうか、あるいは
台風というものを予測できるかどうかといったような点がある。それから最後に申し上げましたように、プランクトン間の競合問題がある。つまり、そういった予測し得ない、し得たとしても非常に確率の低いもの、不確定要因というものがあるために、最終的にはいつ幾日どんな
赤潮が出るという予測は、学問的にもきわめて困難であるということになっております。
しからば、ことしは
瀬戸内海では一体どうなるだろうか。現在までの
状態は、いろいろお話があったところでございますが、今後どういうふうに考えていったらいいかということを解析したいと
思います。
まず、その第一の条件である富栄養化の
状態、大規模
赤潮の発生を支持できるだけの富栄養化の
状態、これはどうかと申しますと、確かに
臨時措置法によってCODは半減された。しかしながら、一方でNとかPとかいうものはまだ規制されていない。そこで、近年ここ二、三年の
瀬戸内海の水の中にある栄養物質の濃度を比較してまいりますと、残念ながら、これは決して減っているとは申せない。特にふえたわけではないのですが、ここ二、三年大体同じである。
屎尿投棄が禁止になっても、なおかつ、それだけでは不十分だということを物語っているようであります。したがいまして、現在の
瀬戸内海では、富栄養条件から申しますれば、大規模
赤潮の発生にたえ得るだけのものは十分あると申さなければならないわけであります。
次に、水の停滞の問題でありますが、四十七年の
播磨灘赤潮の場合には、先ほど申しました集中豪雨と、それから黒潮の紀伊水道への接岸、これによりまして、
播磨灘、紀伊水道方面の水が外海への搬出を阻まれまして、ちょうど水が滞ったような形になった。しかも集中豪雨の結果、海の表層が甘くなって、下の方まではそれほど影響しませんから、上下にも滞ってしまった。この滞るということが実は大規模
赤潮の一つの要因でありまして、御承知のように
赤潮というのは、非常に細かい、一ミリの何十分の一あるいは何百分の一というような生物が数多く、一ミリリットルの中に数万あるいは数十万というような大きな数でふえるわけですから、水がもしどんどん外へ運ばれていくのならば、そういうふうな濃度になるはずがない。これは動くということと交換ということと別でございまして、たとえばそういう濃度の水を同じところをぐるぐる回している分には、どんどんふえる、ところが、これが一方通行でどんどん出ていってしまったならば、そういったふえるということは起きないわけであります。これは栄養塩の問題にしても同じことなのですが、そういった水の停滞、この点から申しますと、これは気象庁の予測によりますと、今年これからの時期に、雨量は平年よりやや多目で、豪雨と申し上げていいかどうかわかりませんが、集中多雨の危険性があるということでございまして、その意味から申しましても、水の停滞条件というのは予測されるわけであります。あるいは海中の擾乱、これは下の方にたまった栄養物質を上へ運んでくるという作用がございますが、これに関しましても、
台風がことしは、いつものように来るのではないかという予測がされているようであります。
したがいまして、
瀬戸内海の例から申しまして、今後、つまり六月から高
水温期、大体十月ごろまでと
思いますが、そういった期間において問題となるような種類、たとえば渦鞭毛藻類であるとかミドリムシのたぐいとか、あるいはホルネリアとか、いままで諸
先生方から述べられておりますような問題になる種類が出る可能性は否定できないわけであります。さらに、そういうものが出た場合の
被害はどうか、こうなりますと、主として
ハマチなどがいままで
被害にかかっておりますが、出るものの種類によって、そのものが毒性を持っていたならば、当然そういったことも考えられるだろう。ただしかし、これは可能であるということでございまして、それが果たしていつ幾日、何が起きるか、また、どのくらいの確率でそれを予測できるかと申しますと、冒頭に申し述べましたように、現在のレベルでは不確定要因が多過ぎて、そういった予報をいたしかねる
状態でございます。
さらに、問題を
播磨灘にしぼって考えますと、先ほど
岡市先生からもお話がありましたように、実は、昨年の暮れに水島から一万キロリットルという大量のC重油が
流れ込んだ、そのものが大部分備讃瀬戸から
播磨灘へ来たわけでございます。
そこで、こういったことがプランクトンにどういう影響があるかということでありますが、実は昨年の三月に出されました、これはマックギル大学の海洋科学センターというところでおまとめになったのですが、海洋における油
汚染の生物学的考察という総説が出されております。その中で、プランクトンの項目を見ますと、植物プランクトンに関しましては、かの有名なトリー・キャニヨン事件のときに、これは海上の
調査では、植物プランクトンが死んだということは非常にわずかであった、軽微であったというふうに報告されておりますが、ただし、これは現地で
調査するという非常に悪条件が重なったために、必ずしも確かではないのだというふうに述べられております。一方、室内の実験ではどうかと申しますと、これは早くも一九三五年にガルトソフという人が、カキを培養する場合に、ニッチアという珪藻、これを
えさに使ったのですが、そのニッチアを育てるのに油がどういう影響をするかということを実験をしておられる。そうしますと、そのニッチアの培養液に油を入れて油膜をつくってやりますと、一週間ほどでニッチアの増殖が阻害されたという報告がございます。さらに一九七〇年にソ連のミロノフという方がおやりになった実験では、植物プランクトンを十一種類使って油の影響を調べられたのですが、大部分は油の濃度が一〇〇ppmぐらいでは、分裂をしないかあるいは遅くなる。まあ種類によって違いまして、ごく鋭敏なものでございますと〇・〇一ppmぐらいで、成長と分裂の速度に影響があるというように言われております。動物プランクトンの場合には、油で全滅したということはいままで観察されていないのですが、しかし、いまの室内で行った実験によりますと、多くの動物プランクトンが油に非常に鋭敏であるというふうに言われておりまして、たとえば一〇〇ppmの濃度では、ミジンコのたぐいは二十四時間以内で死ぬのですが、しかし、一ppmぐらいの濃度では、多くの種類の親は大丈夫だ、しかし、
子供の方は一ppmでも三、四日以内に死んでしまうといったようなことが述べられております。
時間の
関係で、そのほかは略しますが、いずれにしてもこれまでの実験というのは、外国ではわりに害作用があるというような点にしぼって実験が行われておりまして、先ほど
岡市先生が御紹介されましたような増殖の促進ということの効果に関する実験、これはわりに例が少ないようでございます。いわんや、
赤潮の発生を促進するかどうかということに関しましては、私も不学でありまして、ただいまの
岡市先生が申し述べられました実験以外に、その例を知らないわけであります。しかしながら、実験からもおわかりのように、ある濃度においては多分に増殖促進というか、
赤潮を誘発せしめるような作用があるということは疑うことができないと
思います。
しからば、今回の水島の流出によって、
播磨灘が一体どういうプランクトンとしての影響を受けたか。この
政府の
調査による結果はまだまとめの段階にございますので、その詳細を申し述べる自由を持っておりませんが、概括して申し上げますと、先ほど
岡市先生も指摘されましたように、今年の
瀬戸内海の植物プランクトンの増殖というのは、きわめて早い時期から、きわめて大量にあった。これは何も油の
流れた
瀬戸内海東半分に限りませんで、全域を通じまして、その
状態が認められます。ふだんの年の数倍の増殖量があった。ところが、私ども一月に
調査したのでありますが、その
調査した時点で見ますと、
播磨灘の南部、つまり大きな油のかたまりがどんどん
流れた地域では、北部に比べまして数分の一程度しかない。つまり、流出直後の非常に油の、まあ濃度というより、これはもう御承知のようにもちみたいになって
流れたわけですから、そういった条件下では、せっかく増殖していたプランクトンが、絡まって死んでしまった、あるいは毒性で死んだといったような結果、主に油の通った
播磨灘南部は、余り通らなかった北部に比べて、植物プランクトンの存在量がきわめて減ってきたということが明らかになっております。さらに、その後三月にいたしました
調査では、その格差がやや薄められたものの、しかし、依然として残っていた。一方、そういう濃い油ではなしに、先ほどの
岡市先生のお話のような薄い油、二〇ppb——ppbというのはppmの千分の一になりますが、二〇ppbであるとかあるいは一〇〇ppbであるとかといったような濃度でございますと、物によってはやはり増殖促進の作用があるわけでございますから、したがいまして、今年の
播磨灘に夜光虫の
赤潮が、比較的長い間、しかも広い区間にわたって続いたということに、やはりこの方面の影響を考えないわけにはいかないわけであります。
次に、それではこういった
赤潮の
被害に対しまして、どういう
対策があるだろうかということでございますが、いままで申し述べたところからおわかりなように、まず、研究の部面から申しますと、たとえば今回の
播磨灘の
赤潮にいたしましても、
赤潮の発生の
状況の
調査あるいは、何がどこでどういう作用をしたかというようなことに対しまして、少なくとも
播磨灘一円で共同の
調査体制を組む必要があろう。これは何も
播磨灘に限りませんで、どこの場合でもそうなのですが、たとえばA県の地先、B県の地先、C県の地先というふうに限ってやった
調査では、その接点のところの問題で、つまり全体としての像がなかなか浮かんでこない。やはり当初からA、B、C全部、その
海域全部を対象にいたしまして、
調査陣営がA、B、Cあれば、それをひっくるめたような
調査体制というものを組んでおく必要がある。そういう点が一つ。
それから、
安達先生のお話にもありましたように、
赤潮を起こす生物の種類というのは、学問的にもきわめて分類のむずかしいものでございまして、当初エグジュビエラマリーナですか、そう言われた種類が実はプロロセントラムミニマムといったようなことでございまして、このほか、いろいろ現在問題になっております
赤潮生物種の同定には非常に困難がある。専門家といえども十分にわからない点がある。やはりこういった点、現実に一番困りますのは、第一線で
赤潮をくんで顕微鏡で見て決めなければならない人、その人
たちが一番苦労するのでありまして、こういった
赤潮生物種の査定ということに関する進歩あるいは普及がなければならぬと存じます。また、
赤潮の生物の種類によりましてはその毒性が云々されるものがございます。従来その毒性に関する生物試験はなされておりますものの、次から次へと新しいものが出てくる
状況では、毒性の疑いのあるものに対して、その毒性がどういうものなのかという生物試験をしっかりやらなければいけない。当然油による促進作用も、これまで諸先生述べられておりますように、これも実験によってこれを確かめる必要があろうと存じます。さらに、何が飛び出すかわからないということを申しましたが、生物間の競合の問題、どういう条件になったら、このうちからどういうものが飛び出してくるのだといったような生物間の競合の問題の研究というようなものも必要であろうと存じます。
次に
対策の面でありますが、これは一言にして言えば、
赤潮を絶対なくす方法というのは富栄養化の解消にあるのです。ところが、現実の問題として、これがとても一年やそこらで達成できない。となれば、それが達成できる日までは、少なくとも大規模な
赤潮というものを考えざるを得ない。そうしますと、それに対処するためには、予測は占いみたいにいつ幾日と言うことはできなくても、見ていれば大体危険だなという時点をつかめるわけでありますから、その時点をできるだけ早く発見して、そうして時間をかせいで、その間に
被害防除の
対策をとっていくという、早期発見のための努力が必要であろうと存じます。そのほか、
赤潮が出てしまった場合に回収するとか、あるいはかきねをつくって入らないようにするとかというようなことがいろいろやられておりますが、やはりこれもオールマイティーの施策ではございませんで、そういった
対策を時と所に応じて選んでいく必要があろうかと
思います。
それから富栄養化の解消の一因として、その一つの根源である、いわゆるヘドロと言われている海の底にたまったどろ、富栄養物質をいっぱい持ったどろ、それが底から溶かし出されるということが非常に困るわけでありますから、そういうものを除いていくといったような
対策も進めなければなりません。
さらに行政的に申しますと、先ほども触れられておりましたCODの半減——実はCODというものも大体わけがわからないのですが、CODだけ半減すれば富栄養が解消するか、これはきわめて問題でありまして、やはりその規制にN、Pというものを考えなければいかぬ。さらに最近の研究によりますと、N、Pがふえれば
赤潮のように植物プランクトンが増殖する、それが結局は海の中のCODを増殖させることになりますので、つまりN、PはCODに直結しているわけでございますから、その総量規制、負荷削減にいたしましても、当然そういうことを踏まえましてN、Pというものを削減していくということが必要になろうと
思います。
さらに、現在行われております埋め立ての規制にいたしましても、水の停滞ということが
赤潮の発生条件の一つである以上は、やはり埋め立てが停滞域を増すということ、あるいは肝心の有機物を分解する能力の強い浅海を喪失するといったようなことから、埋め立ての規制を進めるということも必要であります。
最後に、
ハマチの方から考えますと、その
養殖方法を考えていかなければならない。つまり、
赤潮の
被害に遭わないような
養殖はどうやったらいいか。幾ら
赤潮の
被害に遭わないといったって、
養殖する以上、
養殖が不可能な方法では、これは困る。だから
養殖技法の点から十分に研究する必要があるだろう。あるいは一時提唱されておりました、
赤潮が来たら網を破って
ハマチを逃がしてやったらどうかといったような点も、もう少し行政的にも突き詰める必要があろう。さらには
ハマチを
養殖することによって起きる
養殖場周辺の
汚染の問題、これは主として食い残しの
えさによるものでありますが、富栄養化の促進に一役を買っております。あるいは
ハマチを飼い過ぎる、一定の海面にいっぱい入れ過ぎてしまうといった密殖の
被害、こういった
養殖法そのものの検討、それを改良していく必要があろうかと
思います。
以上で私の
意見を終わらせていただきます。(
拍手)