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今井参考人 核拡散の
防止に関する
条約について
意見を申し述べるようにというお招きでありますので、
考え方を要約して申し上げたいと思います。
そもそもこの
条約は、申し上げるまでもなく
国際政治、
軍事情勢、
原子力の
平和利用あるいは
技術というような多岐にわたる問題に
関連をしておりますので、簡単に申し上げるのは非常にむずかしいことだと思います。しかし、本日は各
方面の
専門家の
方々も御
出席でいらっしゃいますので、まず
最初に簡単に要点を申し上げまして、詳細の点については御
関心がおありでございましたら後ほど御説明するということにしたいと思います。
この
条約につきましては、私はきわめて初めのころから
批准を推進するという
意見を持っており、そういう趣旨をいろいろな折に発表もしております。これは、
核拡散防止条約が一〇〇%理想的な
条約であるとか、あるいはこれが
世界に新しい
道徳律をもたらしたというような
意味ではないわけでありまして、言うまでもなくこれは
現状維持条約でありますし、それだけにいろいろな形の制約があるのも当然かと思います。しかし、
わが国の
国益ということを考え1
国益と申しますのは、この際
政治、
経済、
軍事にわたる広範な
意味の、新しく包合した
意味の
広義の
安全保障というような面から考えまして
核防条約に加盟することが有利であるというふうに考えております。
この
条約をめぐる
世界の
情勢というのは、一九六八年に
条約が書かれましたときから、再
検討会議が行われましたことしに至るまでの間にいろいろな
変化が起きており、その間、核というものについてもその
評価が変わってきているという面があると思います。それにもかかわりませず、あるいはそれのゆえにこそ
核防条約に加盟することの必要というのは一層強まったのであるというふうに考えております。
変化といいますのは、考えてみますと、これは言うまでもなく
米ソ間の
デタントというか、
核兵器国間の
政治的な
接近ということが一番大きな問題かと思います。それに伴いまして、あるいはそれと軌を一にいたしまして、
兵器としての核の
評価が変わってきているということが言えるかと思います。これは戦略的な核という面でも、戦術的な核という面でもいろいろな
変化があらわれている。それから三番目には、特に石油問題から端を発しまして
エネルギー問題に関する
関心の
度合いが非常に強まり、あるいは
必要性が強まったということから、
平和利用の核というものが非常に広まってきたということがございます。これは当然
エネルギー面の問題と同時に、
核能力の
拡散という問題になってまいります。あわせて申しますと、核を含めまして一般的に
先進技術というものに対する批判が
世界的に広まっているということも言えるかと思います。これは環境問題なんかに対する
関心の
度合いの高まりということからも言えることでございまっしょう。
最初に、いわゆる
デタントということについてでございますけれども、これは核を持った
大国間の
政治的な
接近であると言われ、あるいはいわゆる
冷戦構造の崩壊であるとも言われておりますし、現在の
時点ではいろんなことがあわせて起きておりまして、次の安定がどういう形で生まれてくるのか、実現されるのかについてはまだ模索の
状態であるということが言われております。これは
ヨーロッパにおいてもアジアにおいても
現状を申し上げるまでもなくいろいろな
問題点があるわけでございます。
しかし、この間を通じまして、核が使えない
兵器になってきたということが広く言われるようになってまいりました。これは単純に核の
大量破壊という
意味だけでございませんで、
戦略核、
戦術核を通じて
核兵器というものの
体系が、特に
米ソの間では
技術的にも非常に複雑なものを含むようになった。これはいわゆる
大陸間弾道弾から始まりまして
クルーズミサイルに至るまで、
人工衛星その他のものをいろいろ含めて、
技術的には非常に複雑な
体系があって、これが
米ソ間でもっていわば全般的にばかりでなくて各段階でもって均衡をするという
状態になってきているかと思います。こういう
意味でもって考えますと、特に
北大西洋条約諸国、NATOと、それから
ワルシャワ条約諸国との間の対立あるいは対決というものについても様相が変わってきているということがよく言われることでございます。
それから次に比較的重要な問題だと私が思っておりますのは、
兵器としての核の
有用性というものが非常に変わってきたということが言われております。これは単純に
大量殺人あるいは
大量破壊をするということに興味があるというような変な話を別にいたしますと、
兵器というのはそもそも戦争の目的を遂行するという点から考えると、無差別に何でもいいからたくさん壊してしまうというのが一番いい
兵器ではないであろう、それよりも目標とするものを確実に破壊することができるというのが一番大事なんだというようなことから考えますと、最近の
命中精度の向上というようなものに伴いまして、
核兵器というのが必ずしも一番いい
兵器ではないのではないかという議論が各
方面に見られるようになってきたと思います。
三番目に、やはりこの何
年間かの
変化といたしましては、
兵器としてそういう
意味のある
体系とは別に、単に
政治的な
威信を求めるためだけの
核兵器、いわゆる非常に単純なかつ原始的な
兵器というものをつくることがあちらこちらでできるようになったのではないかという懸念がございます。
まあこの三つのことを
背景にして考えますと、
日本について考える場合に、
日本には特に
威信を求めるために核をつくってみせる
必要性は全くない、
日本の
威信というのは明らかであるということが
一つございましょう。
それから、
日本が
軍事的に
意味のある核を持とうと思うと、いわゆる戦略的な第二撃
能力に値するものを持たなければ
意味がないわけでございまして、これは
技術的あるいは
経済的に考えて
わが国の
能力をはるかに超えるものであるということがございます。
それから、申すまでもなく
日本という国は、狭い国土に人口が密集しあるいは工業が密集しているわけですから、
核攻撃に対しては非常に脆弱であるということも言われますし、また非常に大事なことは、
わが国の
核産業というのはもちろん平和が唯一のものでございますけれども、どういう形にしましても一切の原料、特に
ウランを
外国からの
輸入に仰がなければいけないということがございまして、この
輸入がとまれば平和とか
軍事とか論ずる余地がなく、核というものはどういう形でも持てないのだという
状況があると思います。したがいまして、そういうことを考えますと、
核武装の現実的なオプションというのは
わが国はもとより初めからなかったし、現在もないわけでございますし、将来もありそうなことではないということになると思います。
そういたしますと、先ほど申し上げた
政治的な
威信を求めるための核が
拡散するということは、これは全
世界的な影響を持つものではないといたしましても、局所的、地域的には非常に重大な脅威になり得るものでございまして、
わが国の
立場から考えても、このような核が広がるということは非常に好ましくないことであるということになるかと思います。それからまた、今後国際的な
軍備管理の推進に当たって
わが国の
役割りというようなことを考えますと、この
デタントというか、
政治的な
変化に伴ういろいろな
状況を考えても、
核拡散の
防止条約には
わが国としては早期に加盟する必要があるのだと思います。
次に
平和利用の核のことでございます。
中心になりますのは
原子力発電という形態でありますけれども、現在のところこれは
わが国に限りませず、
エネルギーを発生させる
手段として、ここ十五年とか二十五年とかいう期間の間に現実的に
産業技術として成り立つ
可能性のあるものというのは
原子力しかないだろうと言われております。これは太陽熱とか地熱とか
いろいろ候補はあるのですけれども、一般的な
考え方としてこれがすぐ
産業技術として役に立つとは考えられない。そういうことから、
世界各国に
原子力発電計画というのが非常に規模が大きくなって広まりつつあるということがございます。
ただ、これが直ちに
核兵器の
拡散につながるというのはちょっと
考え方がおかしいのでございまして、いわゆる
動力炉というものから出てくる
プルトニウムがそのまま
兵器に使えると思っている人は
余りないようでございます。したがいまして
原子力発電が広がって
年産プルトニウムが
世界で何トンになるからそれだけ
核兵器があちらこちらでつくられるという考えは、少し短絡した
考え方のようでして、むしろそういうことよりも
研究炉であるとか
研究施設あるいは
研究者というふうに
技術能力が高まって広がってくることそれ
自体が問題であるというふうに考えられています。
それから、先ほどもちょっと申し上げましたように、
わが国は
原子力平和利用に関してはほとんどすべてのものが
外国依存であるというのは、
エネルギー源として考えますと、たとえば
わが国には
ウラン鉱石というのがほとんど存在しないといっていいくらいだと思います。これは従来の計算でいいますと、
昭和六十年度に一
年間に必要とする
ウランがちょうど
わが国の
埋蔵量と一致する
程度でございまして、したがって
年間数千トンというものを現在の
状況でいいますとカナダ、オーストラリアというような国から全面的に
輸入をしなければいけないということになっております。
それから
原子炉の
燃料として使いますためには
濃縮という作業が必要なわけですけれども、
濃縮施設を大量に持っているのは
アメリカと
ソ連だけでございまして、現在の
時点では、一九八〇年代にはこれも
年間数千トンという
濃縮サービスの購入を、いまの
わが国の
体制ではほほ全面的に
アメリカに
依存せざるを得なくなっております。このために
アメリカでつくられる次の
濃縮工場をどうするか、それに
日本がどのような形で参加するかというようなことが現在非常に問題になっているわけであります。一九八〇年代になりますと、これに加えまして
フランスの
工場からも
濃縮サービスが
輸入できるだろうと言われております。これは
フランス、
スぺイン、イタリアの共同による
国際工場なわけです。このほか
ヨーロッパでイギリス、西ドイツ、オランダの共同している
遠心工場からも
輸入ができるようにいずれはなるのではないかと言われておりますし、もちろん
国産の
濃縮工場ということは真剣に
検討されているわけであります。しかし
技術の水準それからこれに要する巨大な投資というようなことを考えますと、
国産濃縮工場がそう簡単に実現するものだとは
関係者はだれも思っていないのだというような
状況であります。
さらに、
原子力発電の
基本になっています現在の
軽水炉の
技術というのは、ほぼ全面的に
アメリカからの
技術導入になっております。この辺の事情は細かいことはいろいろございますけれども、実際に
わが国で
軽水炉を製造販売しているメーカーというのは、全部
アメリカのライセンスによっているということを申し上げれば、細かいことは別といたしまして大体の
状況は御納得いただけるかと思います。したがいまして、
原子力の
平和利用という面で考えますと、
わが国の
現状は、資源としても
技術としても
外国への
依存、特に
アメリカへの
依存度が非常に大きくなっているというのが否定のできない事実であるかと思います。
このような
平和利用と
核防条約との
関連という点を考えてみますと、一番よく言われますのが
保障措置あるいは
査察制度と言われるものでございます。これは
国際原子力機関が実施することに
条約の三条で決まっているものでございますけれども、そもそもこの
核防条約ができました
時点では、この
査察制度には非常に
問題点がたくさんございました。そのために一九七〇年にこの
保障措置制度を改めるための
国際会議が行われまして、それに伴って
標準協定と通常呼ばれるものがつくられました。この
標準協定は、実はほぼ半分近くが
日本人の
英作文だという話がありますくらい、この
標準協定の作成に当たりましては、
わが国の意向というものが非常に強烈に反映されているということが言えるかと思います。これによりまして、
査察員が無制限にどんなときにもどんなところへも立ち入れるというような条項が一切排除されたということがございます。それによって
査察制度というものを客観的な科学的なものに直したのだと私どもは申しますけれども、
査察員が主観的にいろいろなことをするのではないということに直すことができたと思っております。この
体系をいわゆる
ユーラトムという独自の
査察系統を持っているところに適用するための
方式というのがその後いろいろ
検討されて、
ユーラトム条約というのがつくられたわけでございますけれども、ことしの二月に
わが国がつくった
国際原子力機関との間に交渉しました
査察条約というのは、これと全く同じ
方式を採用することになっております。
これらのことを通じて、いわゆる
査察問題が
産業界から見ても満足すべき
状況になったのだ——これは物事は決して完全ということはございませんので、いろいろ
問題点は残っておりますけれども、満足すべき
状況になったのだということは
原子力産業界自体が認めましたわけで、そのために
原子力産業会議というのがわざわざこれで結構であるという声明を出したというような
経緯がございます。
保障措置と並んでもう
一つございますのが最近問題になってきましたフィジカルプロテクション、
物的防護と一応訳されておりますが、これはいわゆる
核ジャックに対する、
核物質ないしそういうものをどろぼうされるのに対する
防御手段のことでございます。この面は最近
アメリカ、
ソ連が非常に強く核散問題と
関連して騒ぎ始めたものでございまして、
わが国でも当然、この種の問題というのは
余り宣伝するわけにはいかない種類のものだと思いますけれども、いまの
物的防護についていろいろな
手段が講じられており、今後国際的にも非常に問題になっていくのだろうというふうに考えられております。
この
二つのこと、つまり
保障措置あるいは
査察と、その
物的防護の
二つを道具にいたしまして、最近の
情勢では、特に
アメリカ、
ソ連等を
中心にして、輸出入の
政策に
関連して
締めつけをしようという
感じが大変強くなってきたというふうに考えられます。これは最近のジュネーブで行われました再
検討会議なんかでも顕著に出てきた傾向でございますけれども、何か
感じとしては
核防のクラブみたいなふうになってきて、
核防に加盟している
諸国の間では
技術あるいは物資の
交流を自由に行うけれども、
核防に加盟していない国に対しては、いろいろな面で
締めつけを行いたい。これらは
拡散の問題のほかに、特に非
同盟諸国が
核防に参加することの恩恵を明確にしろという形で迫ったという
経緯がございますので、こういう形になっているかと思います。
最後に、
核防条約と
原子力平和利用面での
研究開発の自由がどういう
関連があるかということがいろいろ問題にされたかと思いますけれども、現在のところ、いま申し上げましたように、
保障措置その他の面が、
産業あるいは
技術に実際問題として妨げにはならないだろう。特にこの面では、西独のように利害を
わが国と共通にする国もございまして、その面では
余り心配はされていない。むしろそれよりも、
条約の第四条による
技術交流というようなものの
促進、特に
わが国の場合には、
ウラン濃縮の
技術の
交流の
促進というようなことに
関心が非常に持たれております。
したがいまして、
核拡散防止条約というのは、
条約文章の表現の解釈の上ではいろいろと問題があるかと伺ってはおりますけれども、全般的な問題として考えますと、
平和利用の面からも、やはりこの
条約に早急に加入している方が
わが国の
立場から言っては有利なのであるというふうに考えております。
一応、これで終わります。(拍手)